第8回 ブックオフ肯定論を検討する(その1)

2022年1月12日
posted by 谷頭 和希

すでに本連載が始まってから3年ほどになろうとしている。

新型コロナウイルスの流行拡大などを経て、ブックオフをめぐる情勢も変化を余儀なくされてきた。そんななか、ブックオフに対する言説にも変化が見られるようになった。

本連載の目的は、ブックオフというチェーンストアを否定論だけで語るのではなく、その意義や存在の面白さも含めて捉えていくことにある。今後の展望を考えるためにも、本連載が始まって以後のブックオフに対する言説を振り返り、そこでなにが言われ、なにが問題点となっていたのかを考えてみたい。

『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の発行

近年、ブックオフに対する言及としてもっとも目立ったものの一つが、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』(岬書店、初版は2020年5月に発行。その後、特装版が同年11月に発行)だろう。同書はブックオフの思い出をまとめた本で、武田砂鉄をはじめとする9人のエッセイやマンガが掲載されている。

表紙を開くと、黄色のページの真ん中に「あなたにとってブックオフとは?」という問いかけの言葉が書かれており、それぞれの筆者にとっての「ブックオフ」像が展開することを予想させる。さらにページを開いた「はじめに」では、同書が伝えようとするメッセージがよくわかる。その最後に、このような言葉がある。

本書を、ブックオフが大好きだった友人、荒川満くんに捧げたい。

この本は、「ブックオフが大好きな人」のために書かれているのだ。かつて小田光雄が『ブックオフと出版業界――ブックオフ・ビジネスの実像』(ぱる出版、2000年。2008年に論創社より復刊)で展開した辛辣なブックオフ批判とは対称的な態度である。

『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の筆者たちによるブックオフの語り方は、本連載の視点にも近い。同書の中で、武田砂鉄は以下のように書いている。

本の現場を知る、という業界人の講釈から、ブックオフは除外されることが多い。しかし、新刊書店でも古本屋でもブックオフでもたくさんの本を買い続けている自分にとっては、ブックオフをただ悪性のものとして処理する傾向に納得できるはずもない。

繰り返すようだが、この連載でもまた、ただの否定論でない形でブックオフを語ろうとしている。

「ブックオフをたちよみ!」の開始

ブックオフに対する肯定的な言及は、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』だけでない。

当のブックオフ自身が、自社の取り組みを自己言及的に語り始めたのだ。それが、ブックオフのオウンドメディア『ブックオフをたちよみ!』である。最初の記事は2020年5月に掲載され、以後、ほぼ毎月一回のペースで更新され続けている。同サイトの「このメディアについて」という文章には以下のような一節がある。

この「ブックオフをたちよみ!」は、ブックオフのことをみなさまにもっと知っていただこうという想いから誕生したメディアです。ブックオフの常連様はもちろん、たまーに気が向いたら来店されるお客様、そしてまだ来られたことのない未来のお客様、さらには以前ブックオフで働いていた方―どなたでも楽しんでいただけるようなコンテンツを用意しています

2020年5月は、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の初版が出版されたときでもあり、時期を同じくしてブックオフ自体がその価値を世間に広げようとしたのだ。この共時性は、2020年にブックオフが創業30周年を迎えたことも大きく影響しているだろう。

「ブックオフをたちよみ!」の記事を見ると、やはり『ブックオフ大学ぶらぶら学部』と同じような態度が見られることに気が付く。

例えば、2020年12月17日に掲載された「tofubeatsは『ブックオフがなかったらミュージシャンになっていなかった』」と題されたインタビューでは、歌手、音楽プロデューサー、DJとして多岐にわたる音楽活動を展開するtofubeatsへのインタビューが掲載されている。記事のタイトル通り、tofubeatsが、どれだけブックオフの棚に影響を受け、そこから音楽的素養を形成したのか、という話がなされている。

また、元「日本一有名なニート」として作家活動を行うphaのエッセイ「ブックオフがあれば生きていけるような気がした」も掲載されている。この中でphaは「20代の頃は週に5日は(ブックオフに)行っていた」と回想し、そこでさまざまな本に出会ったことを綴る。phaは2021年に上梓した『人生の土台となる読書――ダメな人間でも、生き延びるための「本の効用」ベスト30』(ダイヤモンド社)で100冊に及ぶ読書体験を紹介したのだが、ブックオフでの本との出会いも、同書を作ったエッセンスであることは想像に難くないだろう。

同サイトの記事では他にも、さまざまな著作家・アーティストなどのインタビューやブックオフの面白い巡り方の提案が書かれている。そこでは、ブックオフを「一つの文化」として肯定的に捉え、楽しもうとする姿勢が強調されている。もちろん、オウンドメディアという性質を考えれば、ある程度の誇張や、経営母体に対する配慮などもあって当然だが、ブックオフ自身がこのようなイメージを対外的に押し出そうとしていること自体が興味深い。

今回とりあげた『ブックオフ大学ぶらぶら学部』と「ブックオフをたちよみ!」という二つの例からも、ブックオフについて、かつてのような否定論にとどまらない、幅のある言説が展開されていることがわかる。しかし、これらの言説ではまだブックオフについてすべてを語り尽くせていないのではないか。

次回からは、今回紹介した言説をより詳細に検討しながら、そこで何がどのように語られ、そして何が語られていないのかについて考えてみたい。

(つづく)

SNSでは伝わらない「声」を

2022年1月6日
posted by 仲俣暁生

第27信(仲俣暁生から藤谷治へ)

藤谷治様

新年あけましておめでとうございます。昨年末の本屋B&Bでの恒例イベントも楽しかったです――と書いてから、藤谷さん宛ての一つ前の手紙を書いたのが一昨年暮れだったことに気づきました。

そう、2021年の初めに往復書簡の第26信をいただいた後、けっきょく一度も私からは返事を書けずにいました。それどころか「マガジン航」のサイト更新自体が春から止まっており、先日ようやく一念発起して再起動を果たしたばかりです。多くの方にご心配をいただきましたが、このサイトの活動は止めない。そう宣言した後、真っ先にこの手紙を書き始めました。

この往復書簡のやりとりこそたいへんにご無沙汰ですが、藤谷さんとは年末のイベントの前にも、新宿ロフトプラスワンでの荒木優太さんとのトークイベントにゲストとしてご登壇いただきました。そのときも暮れのイベントでも話題にしましたが、昨年はSNS上で文芸や批評をめぐる、なんというか、「刃傷沙汰」とでも表現するしかない出来事が何度か起きました。

比較的ちかしい人たちが関わったそれらに対して自分なりの態度表明をしているうち、SNSに関わること自体にうんざりしてみたり、しかしネット上で何かを書いたり意見表明したりしようとすれば、SNSという告知手段に訴える以外に有効な手はないという事実に愕然としたり……という堂々めぐりのうちに、このサイトの更新が疎かになってしまった。そんなふうに昨年後半の自分を分析しています。

ところでいまSNSでの「刃傷沙汰」と書きましたが、こんな言葉がつい浮かんだのも、年末年始に一昨年から読み残したままの忠臣蔵関係の本(具体的に書目を挙げると、渡辺保『忠臣蔵――もう一つの歴史感覚』、小林信彦『裏表忠臣蔵』、井上ひさし『不忠臣蔵』といった、古い本ばかりです)を読んだり、アマゾンで古い映像作品(三船敏郎が大石内蔵助を、尾上菊之助が浅野内匠頭を、市川中車が吉良上野介を演じた1971年のTVドラマ、『大忠臣蔵』です)を観たりしていたせいかもしれません。長引くコロナ禍のなか、気がクサクサしたときはとりあえず古典的な本、つまり多くの人によってすでに読まれ、解釈され、論じ尽くされた作品をその厚みとともに享受するのがよい。そう思い知ったからです。

しかし残念なことに、現在起きている文芸作品をめぐる諍いは、いくらSNS上で「炎上」しようとも、忠臣蔵ほどのポピュラリティをもつドラマにはなりえません。藤谷さんのほうがよくご存知のとおり、魅力的なドラマを成り立たせるには、立役者にそれなりの演技力が必要です。文学の世界でまださかんに論争が行なわれていた時代のことを私たちはかすかに記憶する世代ですが、あの頃の論争にはどんなに喧嘩腰であろうとも、いや喧嘩腰であればあるほど、どこか演技じみたものがありました。でもいまはSNSでの論争の言葉が、ほとんど「生の声」として響いてしまう。いや、かりに演技だったとしても、そのようには受け取られない、というのが正確かもしれません。その結果、文学をめぐる言葉がそのまま刃になってしまう。なんともやりきれないことです。文学が伝えるべき「声」は、そこからもっとも遠いはずなのですが。

ところでこのサイトの更新が長いこと滞っていた半面――そして昨年はさしたる文学的収穫はなかったのではないか、という実感にも反して――、私自身の読書生活はそれなりに充実していました。雑誌への定期的な書き物仕事がいくつか打ち切りになり、経済的には大きな打撃を受けたかわり、本をゆっくり読む時間が増え、自分の関心に沿って読書を組み立てていく余裕ができたことが大きかったようです。これについては、おいおいまた書いてみたいと思います。

ジャーナリスティックな方面での仕事としては、月に一度の作品評(一昨年に出した単行本にまとめた連載がいまも継続しています)のほかに、『三田文學』という歴史ある文芸雑誌で、新人作家の作品を中心的に対象とする文芸季評をはじめました。これまであまり注意を払ってこなかった、もっとも新しい世代の文学作品を集中して読む機会が増えましたが、正直、まだはっきりとした手応えが得られているわけではありません。ただ、自分が熱心に追いかけてきた同世代の作家たち――その多くがいまや「大家」になってしまいましたが――とはずいぶん異なる文芸へのスタンスを感じとっています。

私は東日本大震災を一つの画期として、日本の小説はずいぶん姿を変えたと感じています。ただしそれは「震災後文学」と呼ばれることもある、あの出来事にたいする即時的反応としての作品ではなく、もっと長いスパンで起きた――あるいはいまも継続中であるような――変化に思えます。あの震災から現下のコロナ禍までの約十年の間に、文学作品に対する人々の向き合い方そのものが、大きく変わったのではないか。それをうまく表現する言葉を探しつつ、こつこつと気になる作品を読みすすめているところです。

目の前に、ぜひ読んでみたいと思える小説作品が――それも「古典」と呼ばれるもの以外に、同時代に自国語で書かれた作品として――存在していることは、それらをめぐる論争の有無とは関係なく、幸せなことだといつも思います。出版産業にとっては前途多難な日々が続きそうですが、読者としての自分は、そうした状況と関係なく幸福である、という不思議な肯定感が、先の見通せない日々をなんとか支えてくれています。

藤谷さんとのこの往復書簡も、振り返ればもう足掛け5年になります。もしご迷惑でなければ、このやりとりをもうしばらく続けさせてください。

第1信第2信第3信第4信第5信第6信第7信第8信第9信第10信第11信第12信第13信第14信第15信第16信第17信第18信第20信第21信第22信第23信第24信第25信第26信|第28信につづく)

マガジン航の今後について

2022年1月4日
posted by 仲俣暁生

新年あけましておめでとうございます。「マガジン航」編集発行人の仲俣暁生です。

記事の更新が昨年の5月以後止まっていたことで、多くの方にご心配をいただきました。いま思えば昨年5月は新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の「第4波」が訪れていた時期で、私自身、長期化するコロナ禍のなかで先行きが見通せず、かなり悲観的な気持ちになっていました。

その後、昨年夏の「第5波」がやってきたときは、正直もうダメだと思い詰める瞬間もありましたが、ワクチン接種の拡大によりここ数ヶ月、ようやく落ち着いてこのサイトの今後を考える時間を確保することができました。そこでこの場を借りて、現状報告と今後についての考え方をお伝えしようと思います。

サイトの更新は今後も継続します

「マガジン航」は、2009年に株式会社ボイジャーとともに立ち上げたメディアです。その後、ボイジャーからの支援(具体的にはサーバの提供と編集制作費の補助)をいただいて発行を続けてきましたが、同社との合意による関係解消にともない、現在は編集発行人である私の個人メディアとして運営しています。

ウェブメディアはビジネスモデルが成り立ちにくく、「マガジン航」も私が編集人と発行人を兼ねることになって以後、寄稿者に原稿掲載料をお支払いすることができない状態が続いています。しかし、それを諒としてくださる寄稿者・投稿者の文章を私が責任をもって編集することで、一定の水準をもつ言論の場として維持していこうと決め、昨年春まで不定期的にではありますが、記事の更新を続けてきました。

半年以上の更新停止の間に私が悩んでいたのは、そうしたビジネスモデルの問題以上に、長引くコロナ禍のなかで、出版や編集の世界に対する自分の考え方が定まらない、ということに対してでした。現役の編集者として、あるいは文筆家として、この2年はとても厳しい時期だったことを、ここで告白しないわけにはいきません。なによりも紙のかたちで発行される雑誌がビジネスモデルを喪失し、そこに寄稿することで対価を得る「ライター」という仕事の足場が崩れたことは、金銭的な面でも、これからの出版をどう考えるかという思想的な面でも、乗り越えるべき大きな壁となりました。

このサイトの更新はもうやめてしまおうか、と思ったことも何度かあります。しかしその都度、寄稿を申し出てくれる方の声に励まされ、自分自身の意見はともかくとして、この場を自身の言論活動のために選んでくれた方のためにもサイトを維持しよう、ということだけは決意し、サイトを維持管理してきました。

あらゆるかたちで協力者を求めます

2022年が始まったいま、あらためて「マガジン航」はサイトの存続を宣言いたします。そしてこれまで同様の寄稿・投稿の募集をすると同時に、サイトの維持管理のために最低限必要なサーバ代、そして寄稿者への原稿掲載料の支払いや取材・編集費に充てるため、あらたなスポンサーも募集いたします。さらに、このメディアを一緒につくってくださる共同編集者も募集したいと思います。

「マガジン航」の財産は、これまでに掲載してきた記事の100名を超える寄稿者のコミュニティであり、その読者のコミュニティです。出版業界の先行きはまったく見通せませんが、ウェブ上での言論活動はむしろ、紙のメディアの衰退のなかで活発化しているようにも見えます。

このサイトもささやかながら、その一端を担いたいと思います。

半年以上のブランクはありましたが、いくつかの連載企画は新原稿もいただいております。私自身のエディターズノートも、なにか世に問うべきことがあれば、不定期に更新していきたいと考えています。今後も「マガジン航」へのご協力とご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

「阿賀北ノベルジャム」という小さな熾火

2021年5月19日
posted by Yohクモハ

昨年秋、目の前を一通のツィートが流れていった。「阿賀北ノベルジャム」参加募集のツィートだった。クモハはその時「ノベルジャム」という言葉を知らなかったし、自分が参加しようという意思もなかった。

流れていくツィートを見守るうち、次第に明らかになったのは、

・「阿賀北ノベルジャム」というネットイベントがあること
・「新潟県阿賀北地方を舞台にした小説を書くこと」
・「新潟県在住でなく出身でも応募資格があること」
・「そのイベントにはどうやら参加者が少ないこと」

だった。

その時クモハは、長らく打ち込んできた長編小説をKindleで出版したものの、読んでもらえないという課題を解決できないまま、ひたすらあがき続け、とうとう打つ手がなくなった頃だった。やる気が起きず、この先もう一生小説を書くことはないんじゃないだろうか、と思いつめていた。

回復の予兆は思わぬ角度から始まった。BFCこと「ブンゲイファイトクラブ」という原稿用紙六枚のブンゲイバトルが、ネットを賑わしていた。初期の習作以来、短編とは疎遠だったが、ティーンズの時には星新一、ブラウン、ブラッドベリをはじめとする短編小説が好きだったじゃないか! 六枚なら書けるかもしれない!

二つほどアイデアが出た。書いてみた。形になった。一つを選び応募してみた。あっさり予選落ちした。けれど、その後が楽しかった。SNSでいくつか感想をいただき、作品について語れる仲間を得た。書くことと読まれることの楽しみを知った。そういう時に再び「阿賀北ノベルジャム」のツィートが目の前を流れていった。

パクン! クモハは目の前の餌に食いついた。

ノベルジャムの特徴は「チームを組み、作品を仕上げること」。
オンラインで集う初日に驚きが待っていた。クモハが存じ上げている数少ない先輩波野氏が、同じチームの編集者だった。チームとしてどのように作品を作り上げていったかは、波野氏の記事「第一回阿賀北ノベルジャム参戦記」 を読んでいただくのが一番だろう。ここではいきなり2021年1月23日、完成作品発表の日まで飛んでしまう。

恩師との再会

第1回阿賀北ノベルジャムでグランプリを受賞した『バッテンガール』(作:Yoh クモハ、編集・デザイン:チームあがっと)

『バッテンガール』は新潟県村上市の高校生、大谷瑠依の物語だが、原型はクモハが高校時代、影響を受けた恩師との出会いだ。高校時代にハンドボールボールをやっていたわけではないし、借りたのは形だけだけれど『バッテンガール』が完成した今、誰よりも恩師に読んで欲しいという強い思いがあった。恩師には数十年単位で連絡を取っていない。住所もすぐにはわからない。

が、「見えない後押し」というものは存在する。本棚のツッパリ棒を設置するために片付けた時、古い手帳が出てきた。そこには恩師の住所と名前があった。

引っ越したかも、覚えていないかも、いやすでにこの世には……。

様々な想像が働く。図々しさも勇気もいる。逡巡の末、クモハは『バッテンガール』と手紙を詰めたゆうパックを村上市の住所に送った。

もう着いた頃だろうか、と思いを巡らせていた朝、いきなり知らない番号から電話がかかってきた。

ハイ、と出たクモハの耳に旧姓を呼ぶ懐かしい声! 恩師だった。この行動力、このまっすぐさ。やはり「色部先生」だけのことはある。

驚きは続く。ある晩、ピンポ〜ンの音とともに「酒」と書いてあるダンボール箱が届いた。なんと!「〆張鶴」の一升瓶! 差出人は恩師。そして数日遅れて『バッテンガール』の感想を書いたハガキが届いた。村上市では配送業者の方が、郵便局よりも仕事が早いらしい。

これが「阿賀北ノベルジャム」のハイライトだった。3月21日に「グランプリ」を受賞した時も嬉しかったが、数十年を超えて思いが届いた瞬間は、山田錦を醸した〆張鶴のように美味だった。
こんな出会いを演出してくれた「阿賀北ノベルジャム」、ありがとう!

受賞はしたものの……

受賞後の感想は「新潟日報」の記事にもなったので割愛する。

今回のノベルジャムは、色々な意味で画期的だったと聞く。
まず、「初の地方開催」であること。これは、主催の敬和学園の松本先生と学生さんたちの尽力なくては、なし得なかったことだと思う。
次に「コロナ禍」により「初のオンライン開催」。
さらに、上記の理由により「執筆期間が3ヶ月」。
初×初×初の大賞を『バッテンガール』がいただいたことには感謝しかない。だが、この作品は六万字で一冊の本になりえる可能性を秘めていた。また三人の審査員の方々からも身に余るありがたい講評をいただいた。許可を得て一部を抜粋する。

「人物配置の巧みさが群を抜いていた」(審査員 有田真代)
「新潟を出て行った人、戻ってきた人それぞれの事情を深いところで包み込むのが、地元の民話であるという仕掛けには唸らされた」(審査員 仲俣暁生)
「作者は村上の人なのかと思ってしまうほど。地域PRにはもってこいの作品」(審査員 間狩隆充)

短編なら諦めもついただろう。加えて恩師も「村上の高校生に読ませたい」と言ってくれた。もっともっと多くの人に、とりわけ村上の皆さんに読んでもらいたい! とクモハが思うのはおかしいかな? だが、クモハはノベルジャムを知らなかった。ノベルジャムが一期一会のお祭りであり、作品を創造するプロセスがメインで、完成してしまえば「祭り」は終わりだってことは。

「売れ行き」が全てを語っている。ノベルジャム主催者の要請により、BCCKSの販売と同時にエブリスタでも連載をしたが、一番盛り上がったのは「連載中」で、受賞後はほとんど動きがない。BCCKSも受賞後、クモハから情報を流した人たちは購入してくれたけれど、サイトでの動きは鈍かった。「賞」を取ったから売れるわけではないことは、書店員時代に身に詰まされているけれど、この冷め方は予想外だった。

熾火に薪をくべる

村上市と周辺地域の広域新聞「サンデーいわふね」にも紹介記事が載った。

地域的な例外はある。受賞後、緊急事態宣言が開けると同時に、クモハは村上に駆けつけた。村上という土地への受賞のお礼と、思うようにできなかった確認のための取材を兼ねていた。そこで神的な必然での出会いがあり、「いわふね新聞社」の取材へとつながり、地元書店に置いていただくという物理的な結果を、著者は身を切って作り出した。

イマココ、である。

「祭り」は終わり、薪は尽き、炎は静まったかに見える。だが、白い灰に包まれた熾は炎が上がっている時よりむしろ熱い。この熾火に薪をくべてくれる人は現れるだろうか。

地域を糧として生まれた作品を少なくとも地域へと循環させること。それを次回の「阿賀北ノベルジャム」に期待して、この一文を終わりたい。

最後に『バッテンガール』に関わってくださったすべての人たちに感謝します。

トークイベント《文芸誌と文芸批評のゆくえ――新人小説月評における「削除」をきっかけに》を開催します

2021年5月2日
posted by 仲俣暁生

「マガジン航」編集発行人の仲俣です。表題のとおりのトークイベントを、5月8日(土)17時から無観客配信(オンラインのみ)で行います。イベント開催にはLOFT PROJECTの協力を得ており、配信もロフトプラスワンから行う予定です。ぜひふるってご参加ください。

以下はイベント概要です。詳細は以下のリンクにて。
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/broadcast/177204


文芸誌と文芸批評のゆくえ――新人小説月評における「削除」をきっかけに

【出演】荒木優太、仲俣暁生、矢野利裕

文芸雑誌「文學界」(文藝春秋)が、在野研究者/荒木優太氏の原稿を一部削除した問題について、様々な議論が巻き起こっています。
文學界、荒木優太氏の「編集権の濫用」批判に反論(日刊スポーツ)

今回の件は、書き手の《自由》と編集部の《管理》のありかた、組織/フリーランスという力関係、「文芸誌とはどのような場所であるべきなのか」といった、文芸批評をめぐる様々な問いを投げかけました。とはいえ、それらの問題はじゅうぶんに深められたとは言えません。そもそも、「削除」問題の起こった「新人小説月評」ってどんなページ?

そこでこのたび、編集者/文筆家の仲俣暁生氏と、批評家/ライターの矢野利裕氏、そして荒木優太氏をお迎えして、事の経緯と共に、今後の「文芸誌と文芸批評のゆくえ」について、じっくりお話を伺います。


* * *

このイベントは批評家の矢野利裕さんからの呼びかけで始まりました。矢野さんはnoteに以下の文章を発表していますので、まずはこれをお読みください。

『文學界』の「削除」の件について
https://note.com/yanotoshihiro/n/nb6f5efd6805a

また、発端となった文学研究者の荒木優太さんの問題提起は本誌(マガジン航)に掲載された以下の二つの文章にまとめられています。

削除から考える文芸時評の倫理
https://magazine-k.jp/2021/02/06/ethics-in-literary-criticism/
『文學界』編集部に贈る言葉

https://magazine-k.jp/2021/02/12/open-letter-to-bungakukai/

矢野さん、荒木さんのこの問題(事件?)に対する基本的なスタンスはそれぞれの文章に書かれていますので、ここでは私が今回のトークに臨む際の心づもりを書きたいと思います。

今回の出来事には、議論すべき(あらたて議論することが有益な意味をもつであろう、という意味で)ポイントが三点あると私は考えます。それは、

1)文芸作品にとって批評とは何か。その観点からみて「文芸時評」とは何か。
2)文芸作品にとって文壇(文芸誌の編集部と作家との共同体)とは何か。
3)文芸作品にとってネット環境での言論とは何か。

です。

ところで、私は矢野さん、荒木さんとは個人的にある程度長い交友関係をもっています。ご存知のとおり矢野さんは「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像文学新人賞の評論部門で優秀賞を受賞、荒木さんは「反偶然の共生空間――愛と正義のジョン・ロールズ」で第59回群像新人評論賞の優秀賞を受賞しています(二人の賞の名称が異なるのは、59回から変更になったため)。

矢野さんと荒木さんはほぼ同時期に文芸誌で評論家(批評家)として認められたという機縁がありますが、これまで直接的に深い交流があったわけではないそうです。しかし私にとって二人は、これらの賞をとる以前から、その文筆活動に注目し期待していた信頼できる若い世代の書き手でした。それぞれ別の機会に出会った二人が相前後して文芸誌でデビューする様子を、私はたいへんに心強く思っていたのです。

また私は、遥か以前に「群像」で長編評論を発表したことがあり、いまも同誌とは一定の関係を続けています(執筆機会はずいぶん長いことありませんが!)。そうしたこともあり、荒木さんの群像新人評論賞(優秀賞)受賞の際には私も授賞式に参席しました。私は、自身も文芸評論を書いてきた、そして今後も書いていくつもりの人間であるという意味で、二人と同じ立場にあります。

また過去に執筆経験のある「群像」「新潮」「すばる」「文學界」そして「文藝」といった、いわゆる「文芸誌」が毎月送られてくる以上、私もまた広義の「文壇(文芸共同体)」の一員だというべきかもしれません(私は日本文藝家協会という団体にも参加しています)。

さらに私はこの「マガジン航」というメディアの編集発行人として、12年にわたりウェブ上での言説に関わってきました(荒木さんには本誌にも度々ご寄稿いただいています)。つまり1)から3)の論点すべてにおいて私はステイクホルダーであり、この件に対して態度表明をする責任があると考えたのです。

具体的な議論は当日、オーディエンスの方も交えて行いたいですが、私の基本的なスタンスは以下のとおりです。

・文芸誌における「文芸時評」(「新人月評」などと呼び名は雑誌によりまちまちにせよ)は、荒木さんも戸惑いつつ書いているとおり、批評や文芸評論のあり方としてはかなり特殊な来歴と実質をもつ「制度」であること。

・その「制度」を支えているのはいまなお存在する文壇(端的には「文芸誌」)という共同体であること。

・だが批評家(あるいはすべての物書き)はその制度や共同体の「内部」だけで思考し行動するわけではないし、すべきではないこと。

荒木さんの当該文芸時評で編集部に「削除」された文言の妥当性は、ひとまずここでは問いません(話題となっている岸作品を私は現在も未読です)。しかし、今回の「事件」はたんに批評の文言の是非をめぐってのものではなく、「文芸時評」「文壇」という制度をめぐる本質的な問いを孕むものだと私は考えました。

3)に挙げたネット環境における言説の流布の問題は、この問題と大きく関わります。それは現在のメディア環境において、「文壇」を支える下部構造としての出版産業が、SNSを始めとするネット環境に大きく依存していること、そこでの言説流布の在り方は「批評」の問題を飛び越えて、いわば「商売」の問題に直結するということです。

いまほど小説家や批評家が、書店(人)やフリーランスのライターや編集者が、ネット上で読み書きをしている時代は、もちろん文芸の歴史の上でも前例がないでしょう。しかしそこで流通してる「言説の水準」はといえば、文芸誌という旧い制度の上でなされてきた、また目下なされているものと比べてさえ、まだ大きな構造的問題を抱えていると言わざるを得ません。

私は今回の出来事を、1)から3)の問題が絡み合ったシンプルかつ偶発的な事件と考えており、一種の「スキャンダル」としてみる立場はとりません。また文学作品や批評の在り方を問題にする本質的な「論争」としては、まだ始まってもいないと考えています。

そこで、矢野さんのせっかくの呼びかけに応え、荒木さんにはあらためてご自身の(現在の)考えを伺ったうえで、率直な意見交換をしてみたいと考えた次第です。どのような立場や考えからであれ、この問題に関心をもつ皆さんの参加を歓迎、いや切望いたします。忌憚ない意見を交換しましょう。