いま本をどう売るか――ウェブ、イベント、書評

2017年3月1日
posted by 仲俣暁生

村上春樹の4年ぶりの長編(新潮社によれば「7年ぶりの本格長編」)『騎士団長殺し』が2月24日に発売された。当日は各地の書店で深夜零時からの発売に向けたカウントダウンや読書会など、さまざまなイベントが行われた。

私も都内の大型書店で行われた深夜零時からのカウントダウン&即売イベントに参加した。発売日夕方にこの本をめぐってラジオの生放送で話をする仕事があり、その前に確実に手に入れたかったのだ。

「まだ大丈夫かな?」と不安に思いつつ、発売数日前にこの大型書店に向かって手に入れた整理券の番号は39。案外と若い数字に驚いた。当日の集合時間ちょうどに会場に着いたときも、すでに集まっていた人の数は思ったよりも少なく、殺到という感じではなかった。カウントダウンの瞬間までには長い行列ができたが、その一部は、当日の呼び込みで並んだ人たちだった。

書店によってはタワー上に積み上げたところもあったようだが、この書店ではオーソドックスな面陳だった。

一つしかない特設レジで、あらかじめカバーがかけられ、手提げのビニール袋に入れられた上下巻セットが淡々と売られていく様子は、さほどドラマチックなものではない。かつての「Windows 95」や、人気のゲームソフトが発売されたときと比べれば、きわめて静かな風景だった。

しかし、こうしたイベントがテレビや新聞などのメディアで報じられ、本の存在が多くの人に知られることの意味は大きい。ニュース映像や新聞記事が伝えるイメージは、この夜の実際の雰囲気とはかなり異なるものだったとしても、同じ本を求めて人が集まるということ自体が、いまの時代には新たな意味をもっている。

アマゾンで予約すればそれほど待たずに家に送られてくる本を、わざわざ夜中に本屋まで買いに出かけるのは、一番乗りで読みたいというファン心理だけが理由ではないはずだ。自分と同じ本を読んでいる、他の読者がどんな人たちなのかを知りたい。そんな動機も働いていたのではないか。

報道陣の姿が目立った『騎士団長殺し』発売日の都内大型書店。

こうした即売イベントは、メディアがその本の読者を取材する絶好のチャンスでもある。私が並んだ書店でもカウントダウンの前から取材陣が待ち構えており、購入したばかりのお客さんからコメントをとるのに余念がなかった。メディアの取材陣がとりまくことで、地味だった即売会場も、心なしか華やかな雰囲気になっていた。

「風物詩」となったティーザー広告

今回の『騎士団長殺し』は初版が上下巻が各50万部、さらに発売前に上巻20万部、下巻10万部の増刷が決まった。メディアは大げさにこれを「130万部」と報じたが、通読する読者は最大で60万人(図書館や個人間の貸借、中古本での売買を考慮にいれなければ)である。この本より売れている本は、現代小説に限ってもいくらでもある。必ずしも村上春樹のこの作品が、飛び抜けた大ヒット作というわけではない。

にもかかわらず、新刊が出るたびにメディアは村上春樹の新作を取り上げ、社会でも大きな話題となる。それは書店側が仕掛けるイベントだけが理由ではない。なによりも出版社の側が、この作家の本を売ることに積極的に取り組む姿勢を見せていることが大きい。

村上春樹『騎士団長殺し』公式サイト。ティーザー広告が発売後は公式サイトになった。

今回も、本が出版される数ヶ月前から、内容には一切触れずにタイトルだけを開示するいわゆる「ティーザー広告」という手法がとり入れられた。この戦略が大成功を収めたのは、2002年の『海辺のカフカ』(やはり新潮社)のときだ。折しもインターネットが一般に普及し、マスメディアに替わる有効な告知媒体となりつつある時期だった。これが功を奏したことで、以後、版元がどこであれ、村上春樹の新作に関しては、つねにこの方法が採られるようになったのだろう。

今回の『騎士団長殺し』でも「村上春樹 7年ぶりの本格長編 2017年2月刊行決定!」と謳った新潮社の特設サイトが早くから立ち上げられ、店頭ポスターとも連動した大々的なプロモーションで読者や書店の期待を高めていた。こうした情景は、村上春樹の新作が出るごとの「風物詩」となった感がある。

もちろんすべての新刊書に対して、これだけの手間とコストをかけたプロモーションができるわけではない。それなりの売上が見込める村上春樹のような人気作家だからこそ、ということなのかもしれない。

しかし本来は、その反対であってしかるべきではないか? さほどプロモーションをしなくても、ある程度売れることが確実な人気作家でさえ、これだけの努力をしないと本が売れないのだとしたら、そうでない作家や本は、さらにきめ細かい新刊情報を事前に書店や読者に流し、本の魅力を伝える努力が必要なはずだ。

書店員と読者を招いた新刊ラインナップ説明会

新刊ラインナップ説明会に登壇したロビン・スローン氏。このあとで本誌の長い取材に応じてくれた。

この前日、2月23日に行われた東京創元社の新刊ラインナップ説明会にも参加した。このような場は初めてだったが、『ペナンブラ氏の24時間書店』の著者ロビン・スローン氏(メディアの未来を予言した動画「EPIC2014」の作者の一人でもある)がちょうどこの時期に来日しており、同書の文庫化にあわせて登壇の予定があるという。ぜひスローン氏を取材したいとオファーしたところ、説明会への参加とインタビュー取材を許可していただけた。

この新刊ラインナップ説明会は、東京創元社が今年発売する本について、招待された書店人や読者に対してプレゼンテーションを行う場だ。入場時に配られた封筒には、今年刊行予定の書目とその概要が記された書類やチラシのほかに、「SECRET」とシールが貼られた小袋が入っていた。案内に従って開封すると、なかには文庫サイズの小冊子が。同社イチ推しの新刊の冒頭部分が読めるプロモーション用サンプルだった。

「SECRET」と書かれた小袋を開封すると小冊子が入っていた。

ラインナップを記した資料を見ると、久生十蘭の『魔都』が創元推理文庫から4月に復刊されるとあった。私の知るかぎり、社会思想社の現代教養文庫、朝日文庫に次いで三度目の文庫化となる。これはとてもうれしい。おそらく会場を埋めた他の書店人や読者も、自分の好きな作家や作品との出会いに、同じように胸をときめかせたことだろう。

配布された資料の情報はソーシャルメディア上でのシェアも許可されており、この説明会に参加するような書店人や読者が、ネット上でのインフルエンサーとしても期待されていることがわかる。

会場の廊下には関連する既刊書や特製グッズ、特製のガチャポンまでが運び込まれ、物販も行われていた。登壇する著名作家の姿も自然に会場に溶け込んでおり、書店や読者への感謝イベントのような風情も感じられ、取材であることを忘れるほど楽しかった。

こうした試みは一版元だけでやるだけでなく、同ジャンルの複数版元でやれば、なおのこと効果的だろう。すっかり既刊書の(下手をすれば「不良在庫」の)安売りイベントと化した東京国際ブックフェアは、今年の開催が中止になったと本日付けの「文化通信」が伝えている。その代わりに、このような「新刊案内」の場がもっと機能すべきではないか。エンターテインメント系の本だけでなく、人文書などでもぜひ、こうした場をつくってほしい。

新作が事前に読めるNet Galleyが日本でもサービス開始

本を売るための古典的な仕組みとして書評(ブックレビュー)がある。もちろん書評は「批評」の一種であり、ダイレクトな意味での販売促進の施策ではないが、現実には多くの書評家や作家に対し、書評を期待した献本が行われている。

最近では「プルーフ」と呼ばれる簡易製本の書評用冊子が刊行前につくられることも増えた。しかしこれは、あくまでも書評家など限られた人が対象であり、一般の読者――ウェブで熱心に本のレビューを書いているような人も含め――が本の刊行に先立って新作の内容を目にする機会はない。

アメリカのNetGalleyでは過去に村上春樹の作品も。

ところで、アメリカにはNetGalley(galleyはゲラ、つまり校正紙)というサービスがあり、本をプロモーションしたい側の出版社と、事前にプルーフを読んでレビューしたい書評家(登録制)とをマッチングさせる仕組みになっている。このサイトでためしにHaruki Murakamiで検索すると、6点がヒットした。もちろん、現在はプルーフを読めないようになっているが、新刊のときはこのサービスをつかってプロモーションを行ったようだ。

NetGalleyには日本人もレビュアー登録ができるようなので、試しに入会していくつかの本をリクエストしてみた。しばらく待つと、リクエストした本は自分の「本棚」に登録され、DRM付きのPDFかKindleへの配信として読める。もちろん単なる「タダ読み」は許されず、感想やレビューなどのフィードバックを促される。そのフィードバックの品質や頻度によって、レビュアー自身も評価される仕組みのようだ。

アメリカ版Net Galleyのトップページ。登録したレビュアーは、ここに掲載されたなかから希望する新刊のゲラをリクエストできる。

リクエストした本のプルーフが読める状態になったところ。DRM付きのPDFまたはKindleで読める。

このNetGalleyが日本でも今春、サービスを開始する。2月10日に行われた印刷業界向け展示会「PAGE2017」のカンファレンス「デジタルメディア時代の出版ビジネス最前線」でも、出版デジタル機構の新名新社長が、この春からNet Galleyの事業を展開することを告げていた(なお、出版デジタル機構はメディアドゥの子会社となることが2月28日付で明らかになった)。

当日のプレゼン資料によると、現在はα版をテスト中とのこと。レビュアーとしては「プロフェッショナルリーダー」が想定されているが、その資格はプロの書評家など従来の書き手に限らず、図書館員や書店員、ウェブ上のインフルエンサー(影響力のある書き手)なども含まれるという。

プロモーション支援ソリューションNetGalley(ネットギャリー)の仕組みを伝える図(出版デジタル機構の公式ページより)。

このように本の情報や話題、意見のあつまる場はいま、多様化している。リアルイベントにしても書評やレビューにしても、これまでのように書店の店頭や印刷媒体のなかだけで閉じるのではなく、それをきっかけにネット上で話題が広がり、さらに多くの人々の目に触れるようになりつつある。

日本でのNetGalleyのサービス開始は、出版デジタル機構の公式サイトでもすでにアナウンスされている。会員(レビュアー)側の申し込みも始まっていたので、私もさっそく登録した。思いがけないほどスピーディに日本での展開が決まったのは、本の話題や評判がウェブで広まっていくことへの、出版社の側の大きな期待があってのことだろう。この仕組みが定着すれば、日本でも本の売り方が大きく変わっていくに違いない。

日販の『出版物販売額の実態2016』に感じた時代の変化

2017年2月22日
posted by 鷹野 凌

日本出版販売株式会社(以下、日販)は昨年9月30日、『出版物販売額の実態2016』を発行した。今回の同誌には、大きな変更点がいくつもある。私はこれに、時代の変化に対応しようと日販が努力している様子を感じ取ることができ、少し明るい気分になった。

まずプレスリリースを読んだら、今回から日販が運営するオンライン書店「Honya Club.com」での取り扱いが始まったという記述に気づいた。ついにネット通販で、誰でも入手可能になったのだ。

さっそく購入しようと思い「Honya Club.com」のページを開いたら、PDFデータ版の取り扱いも始まっていてさらに驚いた。私は紙の資料だとすぐどこかへ埋もれてしまうため、紙版と電子版が選べるなら迷わず電子版を選ぶようにしている。大量のファイルがあろうと、検索すればすぐに見つけられる。埋もれた資料を探して、時間を無駄にしたくないのだ。

ところが、このPDFデータ販売は少し残念なことに、購入したその場ですぐダウンロードできるわけではない。パスワードがかかっているPDFファイルが後日メールで送られてくるという、いささか古いやりかただ。

システムを構築するにはコストがかかるので、人の手でやっているのだろうか? それでも従来に比べたら、大きな変化である。注文翌日にはメールが届いたし、PDFからテキストデータをコピーすることも可能なので、満足度はそれなりに高い。

「出版社直販ルート」の追加が重要な理由

同誌を手に入れページをめくり、「はじめに」を読んでさらに驚いた。従来は、取次を経由する販売経路だけが掲載されていたのだが、なんと今回から「出版社直販ルート」が追加されたのだ。思わず「マジか」と声が出た。なぜこのような重要なアピールポイントが、プレスリリースには書かれていないのだろう? もったいない。

なぜこれが重要な変化なのか。例えば、日経BP社の「日経ビジネス」は毎週20万部を発行しているが、大半が読者へ直送する定期購読である。アマゾンは「e託販売サービス」で、出版社との直接取引を拡大している。

紀伊國屋書店も、大日本印刷と合弁で出版流通イノベーションジャパンを設立し、村上春樹氏の『職業としての小説家』をスイッチパブリッシングから買い切りで仕入れるなど、出版社との直接取引を拡大している。

石橋毅史氏の『まっ直ぐに本を売る』(苦楽堂)で詳しく紹介された、トランスビューのような事例もある。

実は筆者が以前勤めていた会社でも、取次を経由しない出版物で年間数億円の売上があった。つまり、取次を経由しない一般消費者向けの出版流通はいろいろあるはずなのに、従来は取次を経由した販売ルートの数字しか勘案されていなかったのだ。

こういった「実態」に、私はつねづね疑問を感じていた。今回の同誌は、その疑問にひとつの答えを出してくれたのである。もちろん、取次を経由しない流通は推計値ではあるが、アンケートなどそれなりの根拠に基づいた数字であり、無いものとして扱われていた従来に比べたら雲泥の差だ。過去10年分のデータを再計算しているので、推移を見ることもできる。

ただ、同誌の注釈を読んでも、アマゾンの「e託販売サービス」のようなケースが「インターネットルート」なのか「出版社直販ルート」なのかは不明だった。そこで私は、この定義について日販に問い合わせてみた。担当者の回答によると、要するに「エンドユーザーがどこから購入したのか?」によってルートを分類しているそうだ。

つまり、アマゾンで販売された紙の出版物はすべて「インターネットルート」に含まれ、取次経由なのか「e託販売サービス」なのかは関係ない数字ということになる。ただし、『出版物販売額の実態2015』における2014年の「インターネットルート」と、『出版物販売額の実態2016』における2014年の「インターネットルート」は、同じ数字であることは指摘しておこう。「前年までの資料とは接続しない」と注記されているものの、疑問は残る。

電子媒体の推定販売額はインターネットルートを抜いた

これを前提として、データを見てみよう。期間は2015年4月~2016年3月だ。「電子媒体(電子書籍、電子コミック、電子雑誌の合算で、学術ジャーナルは含まれない)」の推定販売額は、既に「インターネットルート」を追い抜いている。

「インターネットルート」も前年比では106.2%と伸びているが、「電子媒体」は135.2%と急成長している。この伸び率からすると、2016年度には間違いなく「CVSルート」や「出版社直販ルート」を追い抜くだろう。電子出版の市場規模は、既にそういうレベルにまで達しているのだ。

なお、「電子媒体」と「インターネットルート」を合計すると3591億円で、出版物販売額全体(紙+電子)の18.2%を占める。また「書店ルート」が占める割合は、電子出版物を除くと64.6%、全体(紙+電子)に対しては58.5%となる。販売ルート別の推定販売額と、「電子媒体」の推定販売額は、なぜか離れたページに記載されているためわかりづらいのだが、「エンドユーザーがどこから購入したのか?」という観点で現実を直視するためには、並べて記載したほうがいいように思う。

日販の『出版物販売額の実態2016』がこれまで述べたような変化を遂げたいっぽうで、出版科学研究所の『出版指標年報』は2016年版でもまだ取次ルートが主体の数字だ。

1995年に公正取引委員会が発表したアンケートに基づき「書籍の7割近く、雑誌の9割強」が取次ルートであるとしているが、アマゾンが日本でサービスを開始したのは2000年のこと。その後の変化をまったく踏まえていない「実態」を発表し続けてきたことになる。とはいえこちらも、2016年版からようやく電子出版市場の推計を出すようになったので、次回からは変わるのかもしれない。期待しておこう。

読み放題サービスの「dマガジン」や「楽天マガジン」は好調であると伝えられており、講談社などが苦情を申し立てているアマゾン「Kindle Unlimited」の騒動も、ユーザーが人気作品に殺到してしまったがゆえに起きている事件という見方もできる。デジタル・ネットワーク化という時代の変化はもちろん止めることなどできず、むしろ今後ますます進展していくことだろう。

ダーウィンの進化論は「弱肉強食」ではなく「適者生存」である。強者が生き残るのではなく、環境の変化に対応できた者が結果として生き残るのだ。生物は、自分の意思で体を作り替えることはできない。しかし企業は、人の意思によって変化できる。『出版販売額の実態2016』には、時代の変化とともに、日販の「変わろう」という意思も感じられる。変化に対応できなければ、淘汰されるだけ。それはもちろん、出版社や書店にも同じことが言えるのだ。


*本記事は『出版ニュース』2016年11月上旬号)に掲載された「『出版物販売額の実態2016』に感じた日販と時代の変化」を改題し、再編集のうえ転載したものです。

セルパブ作家の東京〈特殊書店〉見聞録

2017年2月20日
posted by 波野發作

書店が減った書店がなくなったというニュースが日々飛び交うこのご時世でも、新たに開店したり、しぶとく生き残ったりする書店もある。近年は一念発起して脱サラしたり、趣味が高じて開店したりというカフェ併設のおしゃれな書店が増えてきているが、そうした個性派書店ではない。まったく異なる方向性を持ったスペシャルな書店があるのだ。今回はぼくが小説執筆の資料を集めるために利用している、そんな「特殊書店」を三つ紹介してみたい。

色街風俗専門書店――カストリ書房(台東区千束)

カストリ書房
東京都台東区千束4-11-12
https://kastoripub.stores.jp
(定休日:年中無休)

千束四丁目と聞いてピンと来る人は十中八九スケベオヤジである。その一帯はかつて吉原遊里があったところで、まるっきり「おはぐろどぶ」の内側にあたる。今でも無数の特殊浴場(ソープランド)が立ち並び、日中でも店員さんが案内のために店頭に立って商売に励んでいるという、そんな危険地帯である。ただし、カストリ書房はギリギリそのエリアの外側にあるので、東側からアプローチすれば客引きの類には会わずに済むので安心だ。

ぼくがセルフパブリッシングで勝手に書き続けている『ストラタジェム;ニードレスリーフ』は、吉原に深い関わりのある物語だ。なので、吉原関係の文献や資料、赤線や各種風俗史に関する本はチェックしておかねばならない。「吉原に書店ができる」と聞いたとき、行かねばと思うのは当然の帰結である。

カストリ書房は電車で行くには駅から遠い。入谷か三ノ輪からバスまたはタクシーを使うか、ヒマなら徒歩で街並みを楽しみながら徒歩で行こう。クルマで行く場合は吉原大門の交差点から侵入し、近隣のコインパーキングに駐車するといいだろう。仲之町通りから江戸町通り(ソープ街東端)のさらに一本東側の路地を入れば、すぐにカストリ書房の暖簾が見えるはずだ(ぼくが訪問したときは雨なので暖簾はしまわれていた)。

店内は大半を小上がりがしめていて、座りながら平積みにしてある本をじっくり品定めすることができる。まだ若い店主は傍にデスクを構え、ライティングの仕事などをしながら店番をするのだということである。そういえば、この店舗スタイルはどこかで見覚えがあるなと思ったら、江戸期の書肆の販売スタイルではないか! 両国の江戸東京博物館あたりで見た雰囲気そのものだ。店主、なかなか奥が深いですな。

※花輪を出している「片品村蕃登(カタシナムラ ホト)」さんは秘宝館などにグッズや土産物などを卸している方だそうだが、詳細な素性は不明。


開店当初のラインナップはカストリ書房で復刻した赤線時代のガイドブックなどが中心であったが、再訪した際は新刊も小上がりいっぱいにまで増え、壁際の書架には赤線、売春関連の古書がみっちりと並んでいた(ちなみに、小上がりにはもう座れない)。公安委員会復刻ステッカー、キーホルダーなどのオリジナルグッズも気が利いている。オープンにあたってはクラウドファンディングで資金調達をしたようで、今後このような方式の特殊書店は増えて行くのかもしれないと期待が膨らむ。こんなご時世ではあるが、末長く商売を続けていただきたい。

小説執筆の資料として
・松川二郎『全国花街めぐり』上巻&下巻(復刻編集:渡辺豪、カストリ出版)
・橋本慎一『昭和エロ本 書き文字コレクション』(カストリ出版)
を購入した。

気象庁内にある個人書店――津村書店(千代田区大手町)

津村書店
東京都千代田区大手町1-3-4(気象庁内1階)
http://www.tsumura-shoten.com/
(定休日:日・祝祭日)

人間でもない台風を「上陸」と表現したのは誰なんだろう。「その言い出しっぺが知りたい!」という課題が本誌編集長から出されたのは、異常なまでの台風の当たり年となった平成28年の夏から秋にかけてのこと。ぐるぐる回ってくる台風だのが到来した年だ。

「上陸」について、いろいろな資料を漁ってみたところ、明確な回答は得られなかったものの、調査の中で「岡田武松」なる人物が捜査線上に浮かんだ。Wikipediaによると、武松は第四代中央気象台長を務めたのだが、彼が打った「天気晴朗ナルモ浪高カルベシ」という天気予報は、日本海海戦の際に連合艦隊から大本営宛に打たれた電報の元となったとも言われているらしい。

武松は後進の育成にも熱心であったようで、数多くの指導書を残している。その中の『氣象學』に「颱風上陸」の記述があったというのが、ぼくの調査の限界だった。しかし、この岡田武松という人物はぼくの脳裏にしっかりと刻まれてはいたのである。

それからしばらくして、いつものように我が心の友『タモリ倶楽部』を見ていたところ、世にも特殊な書店が紹介されていた。その名も津村書店。気象庁内部にある、気象関連書籍&資料専門の書店である。番組ではなにやら楽しそうに気象クイズだの気象図の読み方だのをプロの気象予報士らと遊んでいた。世の中にはすごい書店があるものだと感心していたところ、ふと岡田武松のことが想起されたわけである。そうか。ここに行けば何かあるかもしれない。

さっそく次の営業日に現地を訪ねてみた。津村書店は前述の通り気象庁にある。最寄駅は竹橋だが、大手町からもすぐだし、神保町・駿河台下交差点からも徒歩10分程度だから、古書漁りのついでに足を伸ばしてもいいだろう。

気象庁はエントランスまでは自由に出入りできるが、津村書店は一階の奥のほうなので、受付で手続きをしなければならない。書類に必要事項を書き込むと、入館証がもらえる。ゲートを通って少し先を左に曲がれば数歩でたどり着く。入口脇には知育玩具的な気象ホビーのようなものが展示されている。無機質なビルの中に突然現れる商業区画ということでは、病院の売店に近い風情だ。

津村書店は狭い。二人までならいいが、三人以上同時に客がいると、店員さん二人とあわせて五人。そんなコンパクトな空間にところ狭しと気象関連書籍が詰め込まれている。限りなく自費出版に近いものや、官公庁から発刊されたと思しきものまである。おそらくその多くはここでしか入手できないものだろう。

少しだけ一般書籍もあるが、最新刊以外は日焼けして(ビルの中央部で日差しなどないのに!)変色したものが店晒しになっていた。レジにいる店主の奥さんによると、先代の頃からずっと返本はしていないとのこと。かなり年代物の大型書籍もたくさんあるが、これらはすべて新品なのである。

岡田武松の文献はないかと物色してみたが、それらしいものは見当たらない。岡田武松本人の伝記というものは存在してないか、すでに絶版となっているということだろう。そこで少し捜索範囲を広げて、中央気象台なり気象庁なりのルーツがわかる本を探してみた。これは簡単に見つかった。古川武彦『気象庁物語』(中公新書)である。軽くめくってみると、日本海海戦のことも詳しく書いてある。Wikipediaの元ネタはおそらく本書であると思われる。戦果あり。

岡田武松は第二次大戦前夜、陸軍とバチバチやりあって中央気象台長を退任に追い込まれるなど、相当に信念の固い人物だったようだ。裏付け調査が必要ではあるが、おそらく今使われている気象用語や慣用表現は、彼が起稿した指導書や教科書が元になっているのではないかとぼくは考えている。いつの日か、岡田武松の物語を書くときのために、また津村書店に足を向けたいと思う。

小説執筆の資料として
・古川武彦『気象庁物語』(中央公論新社)
・酒井茂之『江戸・東京 橋ものがたり』(明治書院)
を購入した。

教科書を手にとって選べる――小川書店(港区南麻布)

小川書店本店
東京都港区南麻布2−13−15
http://www.ogawashoten.co.jp/
(定休日:日・祝祭日)

世の中には小説投稿サイトというものがある。たくさんある。有名なものは「小説家になろう」で、数十万人単位のアマチュア作家やセミプロ作家、あるいはプロ作家が覆面で昼夜を問わず創作物を無料で披露するというウェブサイトだ。他にカドカワ直営の「カクヨム」もある。カクヨムは以前「マガジン航」でレポートしたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。ちなみにその時に書いた小説『我輩は本である』は各電子書籍ストアから鋭意発売中である。

閑話休題。そんな小説投稿サイトのひとつに「comico」というものがある。こちらは投稿して人気が上がっていくといずれは「公式」という立場になり、収益から分け前がもらえるシステムになっている。すでに書籍化やアニメ化された作品も登場しており、なかなかに盛り上がっている。

以前、日本独立作家同盟のセミナーで高松侑輝さん(comicoの中の人)が登壇したのをきっかけに、ぼくもいっちょ試しにcomico小説を書いてみることにした。高校の国語科を題材にした学園ものである。

タイトルは今風に文章系の長いものにして『次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。』とした。キャラのアイコンは「星宝転生ジュエルセイバー」から拝借。余談だが、このカードゲームのメーカーはキャラクターイラストなど百点以上を、無料で二次使用させてくれる。申請は事後承諾でもよく、セルフパブリッシングの書影に使われるケースが増えている。ぼくもありがたく使わせてもらった。

さて、ちょこちょこと書き始めたところで、いまどきの高校国語の教科書はどんなものだろうかという素朴な疑問が立ちはだかった。ぼくは当年とって46歳。アラフォーどころかそろそろアラフィフの仲間入りである。手元に高校の教科書などが残っているはずもない。残っていたところで最近の指導要領とは合うはずもない。時代設定を昭和にしてもいいが、ケータイやらスマホやらは登場させられない。

Amazonで検索してみたら、教科書の扱いは一応ある。あるのだが、何種類もあり、中身がわからない。学校によって採用している教科書が違うようだ。進学校かどうかでも違ったりするのだろうか。舞台が進学校の設定なのに、そこではあまり使われないほうの教科書をチョイスしたのでは、若者のハートを鷲掴みにはできない。無残にもオッサンキモイの烙印を押されてしまうに違いない。

さらに調べてみると教科書が取り寄せできる書店は多かった。しかし、それはもう買うものが決まっている場合に限られる。3点も取り寄せてもらいながら、目の前で選んで1点だけ買うなんてことはできない。現物を店頭で見比べて、選んで、良さそうなほうだけを買いたいのである。

前振りが長くなったが、じつは店頭で各教科各社の教科書をずらり取り揃えていて、いつでも誰でも買える書店が都内にある。南麻布の小川書店である。白金高輪駅から北へ数分。古川橋交差点から西へすぐのところにある路面店だ。クルマで行った場合は首都高の下あたりにコインパーキングがあるので、そちらを利用しよう。

店の外には雑誌が陳列されている。教科書が常備されているという以外は極めてスタンダードな日本の書店の姿である。ほっとする。中に入ると左にはレジがあり、実用書、児童書、コミック、単行本、文庫本が標準的な配置で平積み、面陳、棚差しされている。中央付近は専門誌があり、そして店舗右方面三分の一ほどにずらりと教科書が並んでいた。

学習参考書もあるので、一瞬わからないが、目が慣れてくると教科書が大量にあることが見えてくる。小学校から中学校、高校までを、各学年各教科各社を一堂に取り揃えているのでそれぞれ一、二冊しかなくてもそれなりの売り場面積を占有する。これは一般書店ではできない相談だろう。

自分が高校生だった当時選択しなかった日本史や、いつかリベンジしたい物理、微分積分の教科書なども気にはなったのだが、今回はあくまで国語科の資料探しが目的である。駐車料金も気になるので、手短にチョイスせねばならない。

一言で国語の教科書といっても、「国語総合」「国語表現」「現代文A/B」「古典A/B」がある。これらは新課程用というものだそうだ。ああやはりいろいろと改定されているようだ。詳しいことは現役の高校教師に取材しないとわからないが、今日のところはそれっぽいのが一冊手にはいればそれでいい。

ぼくは筑摩書房の『精選 国語総合 現代文編』を選んだ。決め手は夏目漱石の「夢十夜」が扱われていることだが、隈研吾の「コンクリートの時代」も気になるし、遠藤周作「カプリンスキー氏」、谷川俊太郎「二十億光年の孤独」あたりも扱われていたからだ。読み物としても結構面白いのではなかろうかと思い、レジに出した。25年ぶりの教科書か。定価が書いてないので不安である。お高いかもしれない。レジのお姉さんは、一般のレジとは違うPOSの管理機のようなもので価格を調べてくれている。

「616円になります」

安い! 日本の教育に栄えあれ! 文科省のお役人さんありがとう。ぼくは小銭を支払って品物を受け取った。そんなにお安いなら国語科各社一式を一通り買ってもよかったなとも思ったのだが、他のものを引っ張り出してまたPOSで一つ一つ調べてもらうのも迷惑のようだったので、今回は控えておいた。いざというときに生の資料を入手できるルートが確保できただけでもよしとしようではないか。

小説執筆の資料として
・『精選 国語総合 現代文編』(筑摩書房)
を購入した。

ちなみに小川書店にはすぐ近くに古書部もある。ちょっとのぞいてみると白金のお屋敷から流出したであろう、程度の良い古書が数多く積まれていた。値付けは若干相場と違うようなので、じっくり探せば掘り出し物があるかもしれない。

* * *

この三書店とも、おそらくは顧客のニーズ(あるいは店主のワガママ)に応じていくうちにこのような業態に落ち着いたのだろうが、世の中には奇妙な書店があったものである。まだまだ世間には見たこともない風変わりな書店が数多く埋もれているだろう。またこのような特殊書店を発見した暁には、みなさまにご報告申し上げることをお約束して、本稿を終わりたいと思う。

ノンフィクション作家はネットで食えるか?

2017年2月15日
posted by 渋井哲也

ノンフィクションの書き手が発表する場(雑誌)が少なくなっているのは、今に始まったことではない。書くメディアの確保とともに、どのように調査・取材のための資金を調達するのかが課題になっている。

この10年近く、少年犯罪や犯罪被害者遺族の取材を中心に取材、執筆を重ねているノンフィクションライターの藤井誠二さんの場合、どのような模索や葛藤があるのか、お話をうかがった。

藤井誠二さんの場合〜有料メルマガをはじめた理由

2016年はテレビ情報誌「テレビぴあ」(ウィルメディア)、情報誌「クーリエ・ジャポン」(講談社)、30代の女性向けファッション誌「AneCan」(小学館)、「小学二年生」(小学館)などが休刊した。一方、新しい雑誌が誕生したという目立ったニュースはなかった。現在は、原稿料をどう得るのかだけでなく、取材費の確保も書き手自身の課題となってくる。以前よりもマネタイズ、マネージメントへの関心が出てきている。

取材に応じてくれたノンフィクション作家の藤井誠二さん。

有料メルマガは、収入を得るための選択肢の一つだ。藤井さんが有料メルマガをはじめたのは、2010年7月のこと。タイトルは「事件の放物線」(14年からは「The interviews High」と改名)。価格は月2回の配信で540円。配信会社は「フーミー(foomii)」だった。有料メルマガをはじめた経緯について、藤井さんはこう話してくれた。

藤井:もっと以前から(有料メルマガを)出そうと言われていたんです。でも、当時は大阪でテレビのコメンテーターの仕事があったり、東京でもラジオのパーソナリティの仕事もあり、書く仕事以外にも複数の仕事を抱えていましたので、メルマガを書いている時間もありませんでした。しかも、当初は「週刊で」と言われていたので、とても無理でした。ただ、単行本のベースになればいいと思って、発行することにしたのです。

書きためたものが単行本のベースになればいい。それは、どんなフリーのライターでも一度は考えることだ。藤井さんのメルマガは、それを意識した内容を配信していた。

第一回から本格的な内容(「死刑という罰の『手触り』 第一回 大阪姉妹殺人放火事件の遺族」)が掲載されていたことからも、藤井さんのメルマガへの意気込みがよくわかる。この内容が象徴するように、特に遺族の視点にこだわった事件物の記事を配信していたのである。また、藤井さんはパニック障害の当事者でもある。2011年7月25日に配信された「わがパニック障害記…ぼくにとって『パニック障害』とはなんなのだろう」では、自らの体験を赤裸々に書いている。

ニコ生、ヤフー個人にも参戦。発信の場が広がる

藤井さんはそもそも、自分から積極的にネットで配信しようとは思っていたわけではない。メルマガを始めたのも、たまたまフーミーのスタッフが熱心に声をかけ続けてくれたためだ、と言う。しかしこれをきっかけに、ネットで発信していく機会が他にも生まれた。ドワンゴが運営するニコニコ生放送内で、「ニコ生ノンフィクション論」という番組の司会と企画を担当することになったのだ。この放送は毎月第4水曜日だった。

第一回は2010年10月18日放送の「被差別部落を行く」 。『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で大宅賞を受賞したノンフィクション作家の上原善広さんらを招いて、「取材魂」をインタビューしていた。私もこの番組に出させてもらったことがある。11年10月26日放送の「若者自殺大国・ニッポン」だ。このときは『リストカットシンドローム』(ワニブックス)の著者・ロブ@大月さんとともに、若者が自殺したがる背景を語り合った。

こうした取り組みを考えると、2010年頃の藤井さんはネットでの発信の場が少ないほうではなかった。その後、「Yahoo!ニュース個人」でも13年3月から配信を始めている。ここでも最初のころは、絶版になった『暴力の学校 倒錯の街――福岡近畿大付属女子高校殺人事件――』(雲母書房、1998年11月)を連載という形で公開していた。こうしたことを考えると、藤井さんは、ネットの発信の場としては、恵まれた場所を得ていたと思われる。

「発行ペースが守れない」と、有料メルマガをやめる

一方、これまで独自のニュース番組を製作してきたドワンゴが、その方針を見直す動きが出てきた。2011年12月、藤井さんの「ニコ生ノンフィクション論」も放送が終わってしまった。内にある動機とは別のところで、藤井さんは発信の場を失うことになった。

フーミーでの配信も、順調に続いていたように思えたが、そうではなかった。実は、藤井さん一人でメルマガを作っていたわけではなかった。配信記事はインタビューをもとにしたものが多いが、そのインタビューの文字起こしは“外注”していたのだった。

藤井:大学で非常勤で教えているのですが、インタビューの起こしのために、卒業生を2、3人雇っていたんです。単発のアルバイトとして頼んでいました。長さにもよりますが、一回で5千円から1万円を支払いました。

しかし、メルマガの会員は100人前後で頭打ちとなり、減りもしなければ、増えもしなかった。月数万円の収益のうち、その半分近くをインタビューの起こしに使っていることになる。これでは、メルマガを、仕事の主力として考えるわけにはいかない。生活のために他の仕事を優先しなければならなくなった。

藤井:そうしているうちに、発行のペースを守れなくなったんです。本当はもっと早くやめる決断もありえたのですが、少数でも応援をし続けてくれた方々への恩義もありましたし、他の仕事をやりながら、メルマガにどれぐらい労力や時間を割けば、細々ではあるけれど、もっと継続していけるのかを自分なりに実験しているうちに時間が経っていったという面もありました。

その結果、藤井さんは有料メルマガを2016年7月にやめることになった。最後の配信は16年7月28日配信号(「『裁かれなかった罪と、罰・漫画喫茶従業員はなぜ死んだのか』取材ノート その4」)。当時、月刊誌「潮」で連載していた記事について書いているものだった。

クラウドファンディングで取材費を集める

それでも他のノンフィクション作家に比べると、藤井さんはネットを使っての仕事に積極的に絡んでいるように見える。2016年4月には、沖縄の消えた買春街を追ったノンフィクション本をつくるため、クラウドファンディングのサービス「キャンプファイヤー」をつかって取材費を集めた(「沖縄アンダーグラウンド」戦後70年続いた買春街はなぜ消えたか」)。目標額は30万円だったが、1ヶ月弱で約51万円(パトロン数112人)が集まった。

クラウドファンディングでの出資は目標額を上回った。

出資を募るノンフィクション作品の一部はネット上で公開された

これは、もともと藤井さん個人の企画ではなく、講談社の編集者が留学していたニューヨーク市立大学ジャーナリズムスクールでの実験企画として行われたものだ。この試みは、欧米で行われるようになったジャーナリズムに特化したクラウドファンディングを、日本で導入する場合の課題を探るものだった。

藤井:最初からの取材経費と見れば、この額では赤字です。ただ、このときは追加取材の費用の捻出でしたので、その意味ではよかったです。

今後、こうしたクラウドファンディングによるジャーナリズム支援はうまく行くのか。藤井さんはこう見ているという。

藤井:資金を出していただいた方と交流会を持ったりするなど、書き手と読者が水平で付き合っていくということも実感したし、事前にテーマに関心がある多くの方々に原稿を章ごとに送って読んでもらいながら一冊に仕上げていくという方法論を取りましたから、作品の持つポテンシャルが出版前にかなりわかった。事前に批評が聞けるわけですから、かなり貴重な体験でしたね。

どういうものに(資金が)集まるのかは、企画によるのではないでしょうか。おそらく、書き手の知名度に頼るだけではキビしいでしょう。私の企画の募集した時期には、元海兵隊員が沖縄で女性を強姦し、殺害した事件がありました。こうしたタイミングもあり、私のテーマへの関心が高まった時期でもありました。

2016年4月、沖縄県うるま市で、強姦殺人事件が起きた。ウォーキング中の女性(当時20歳)が棒で殴られ、首を締められ、刃物で刺されるなどして殺害されていたのが見つかったのだ。容疑者は14年まで海兵隊に所属していた、沖縄の基地に駐留経験のあるアメリカ人だった。除隊後は、日本国籍の女性と結婚し、妻子がいた。この事件で、沖縄の米軍基地からの海兵隊の撤退を求める声が高まった。藤井さんがクラウドファンディングの募集を行ったのは、まさにこの時期だった。

ただし藤井さんは、クラウドファンディングによるジャーナリズムの可能性についても、楽観的には見ていない、という。

藤井:ネットだけで食べていけるのは無理でしょう。私自身、メルマガやクラウドファンディングを含めて、ネットを使って仕事をどのようにしていくかは模索中です。もし、これまでの形で有料メルマガを発行するとしたら、最低でも月10万円の収益はほしい。そのためには、300〜400人の会員、理想的には500人の会員は欲しいですね。ただ、個人でそれを実現していくには書き手によほどのカリスマ性や影響力がないといけないし、あるいはメルマガだけに集中するような仕事のスタイルをつくる必要があると思います。それができるのは一握りの書き手だけではないでしょうか。

藤井さんは当面、有料メルマガの発行は考えていないと言う。これほど実績のあるノンフィクション作家でさえ、メルマガ単独での運営は難しいのが現状なのだ。私も「私が有料メルマガ配信をやめた理由」で書いたが、個人の名前で運営されるメルマガは一部を除き、収益性から考えて、現状では維持できないと判断している。その意味で、藤井さんには同意するところが多い。

ライター経験が長く、書籍も多く出し、知名度もあるのに、メルマガ運営は難しい。ネットではやはり、固有の知名度と瞬発力が必須だ。時間がかかるノンフィクション作品中心ではユーザーを満足させられない。ましてや有料媒体は難しい。アーティストのファンクラブ会報のようにはいかない。ただ、個人を支援するのではなく、書き手が複数参加し、かつ編集に責任を持もつ体制を作れれば、可能性が広がるのではないかと思っている。

本屋とローカリティと切実さと

2017年2月1日
posted by 仲俣暁生

出版科学研究所の調査による「2016年出版物発行・販売概況」が『出版月報』1月号に掲載され、書籍市場・雑誌市場・電子出版市場(電子書籍、電子雑誌、電子コミックの三分野)の現況が明らかになった。

同調査によれば、2016年の書籍と雑誌(コミックスを含む)を併せた紙の出版物の販売金額は1兆4,709億円。うち書籍が7,370億円、雑誌が7,339億円とほぼ同程度ではあるが、僅差とはいえ書籍が雑誌を上回った。これは同調査では1975年以来、41年ぶりの出来事だという。

他方、電子出版市場は1,909億円まで成長し、紙と電子を併せた出版物販売金額は1兆6,618億円と前年比99.4%の微減となった。ことに成長著しい電子コミック(1,460億円、前年比27%増)、電子雑誌(191億円、前年比53%増)が牽引役となったかたちだ。しかし、マンガを除いた文字物の電子書籍は前年比13%増の258億円にとどまっており、このままでは来年以後、電子雑誌市場と逆転して「雑高書低」となる公算も高い。

「2016年出版物発行・販売概況」によると、同年の書籍の推定販売部数は6億1,769万冊と前年比1.4%減。「価格上昇の影響で金額よりも減少幅が大きく、前年に引き続き、文庫本の不振が響いた。文庫本は約6%減、3年連続の大幅マイナスとなり、市場の低落が目立つ」と報告されている。

雑誌・コミックスが電子出版物へと急速に移行し、安価かつ、事実上の「定期刊行物」であった紙の文庫市場が急速に減速するなかで、本の平均価格が上昇し、かつ単行本書籍においては電子化があまり進展していない。ようするに、単行本のような高価格の本は、基本的に紙で買う習慣が根強く存在しているということだろう。

替えがきかない「切実な本」を売る

そんな出版業界の片隅で健闘する、小さな新刊書店の経営者が綴った二冊の本が、先月にほぼ同じタイミングで刊行された。ソーシャルメディア上でも両者を併せて紹介する記事がいくつも見られたので、私もさっそく読んでみた。

一つは東京・荻窪で本屋Titleを経営する辻山良雄さんの『本屋、はじめました』(苦楽堂)、もう一つが福岡市でブックスキューブリックを経営する大井実さんの『ローカルブックストアである〜福岡ブックスキューブリック』(晶文社)だ。

このうち荻窪のTitleには、私自身なんどか足を運んだことがある。駅からやや離れた青梅街道沿いの、元は肉屋さんだった古い一戸建てを改装した、カフェスペースを含めても15坪程度の小さな「町の本屋」である。先日もここで行われたトークイベントに参加し、心地よい時間を過ごすことができた。日本中のローカルメディア(リトルプレスをはじめとするさまざまな地方の出版物)を手に取ることができる、貴重な場所でもある。

福岡のブックスキューブリックはまだ訪れたことはないが、「ブックオカ」という本の催しの話は以前からよく耳にしており、とても気になる本屋だった。実は2008年のブックオカには、私が当時、下北沢でつくっていたフリーペーパー「路字」を出展させていただいたご縁もあり、いつか行ってみたい本屋の筆頭だ。

二冊を読み比べて、いくつか気づいたことがある。まず、二つの本屋(ブックスキューブリックは現在「けやき通り店」のほかに「箱崎店」があるから、合わせれば三つ)はどれも、13坪から20坪という小さな本屋だ。カフェを併設していたり、ギャラリーがあったり、トークイベントなどを開催するといった点でもよく似ている。だが、これらは他の「町の本屋」でも行われているので、それだけなら特筆すべきことではない。

驚いたのは、このくらいの規模の本屋でも、本を売る大きな力があるということだ。昨年1月に開業したばかりのTitleで、10月までの10ヶ月の間にいちばん売れた本は若松英輔の『悲しみの秘義』(ナナロク社)で、のべ302冊を数えるという。この本をめぐっては、開店間もない時期に関連ギャラリーイベントが行われたという事情を加味しても、わずか15坪ほどの本屋としては立派な数字である。

一年弱の間に一つの本屋で300冊も売れたら、出版社としては御の字だろう。中堅出版社の出す単行本でも、初版1500部〜2000部というケースは昨今めずらしくない。その他、10ヶ月で100冊以上売った本が、さらに3タイトルあるという(気になる人は、ぜひこの本をお買い求め頂きたい)。

Titleではどういう本が売れるか。辻山さんはTwitterにこんな書き込みをしたことを、この本で明かしている(以下はそのツイート)。

実はほぼ同じことを、ブックスキューブリックの大井さんも著書のなかで語っている。「まちづくりの当事者として」というコラムのなかで、新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』(光文社新書)が「人文系の新書としては異例のヒットとなった背景」に、「実体験から発した『切実な』思い」があったことを指摘していた。こちらはブックスキューブリックで売れた本という文脈ではなかったが、「切実」という言葉のニュアンスは近いものがある。

本屋とは書き手にとっても読み手にとっても「切実な」本を受け渡す場である、という自己定義が、この二人に共通しているように私は感じた。

町のなかにあるローカリティ

ブックスキューブリックの大井さんは1961年生まれで50代半ば。2001年に同店を開業する以前に書店経験はない。一方、本屋Titleの辻山さんは1972年生まれ。大井さんのひとまわり下の40代半ばである。1997年にリブロに入社し、同社池袋本店の閉店時まで統括マネージャーを務めたベテランだが、書店員になった時点で出版業界のピークは過ぎていた。二人とも、本屋の「よき時代」をユーザー側としては経験しているが、書店員になってからは、厳しい時代だったといっていい。それでもなぜ、彼らは「本屋」でありつづけようとするのか。

そのヒントは、ローカリティにあると私は思う。どちらの店も東京と福岡という大都市にあるが、そのなかにある、より小さな「町のローカリティ」に根ざしているのだ。土着性の強い博多と、地縁の希薄な福岡は「別の国」である、と大井さんはいう。東京のなかでも中央線沿線、とくに西荻窪から三鷹にかけてのエリアには、本を大事にするような空気が街にある、と辻山さんはいう。考えてみれば当たり前のことだが、「都会」対「地方」という図式の中でこれは見失われがちな視点ではないか。

ローカルとは「地方」という意味ではなく、そこの場所でしかありえないということだ。以前にこのエディターズノートで、「ローカリティから生まれる声」という記事を書いたことがある。そのなかで私はこう書いた。

ローカルとは、具体的な足場のあるコミュニティのことだろう。地域コミュニティだけでなく、ひとつの企業や、ある地域の産業全体が(たとえば東京の「出版産業」がひとつのコミュニティであるように)、ローカリティを体現していることがある。物理的な「地域」を越えた関心(それは文化的なものである場合も、それ以外のこともあるだろう)が結びつけるコミュニティもあるだろう。そうしたコミュニティにも、一種のローカリティ(局所性)は宿っているはずだ。

いまならこの「局所性」という言葉を、思い切って「切実さ」と言い換えてもいいように思う。

こうした本屋とローカリティのつながりへの着目は、たんなる懐古趣味ではない。ITテクノロジーをもちいたローカルメディアの可能性は、影山裕樹さんの連載「ローカルメディアというフロンティアへ」の第5回で紹介されていた、山口情報芸術センターでの「データマイニング×ローカルメディア」というワークショップでも、その端緒を感じることができる。

また1月28〜29日には、取次大手の日販とデジタルハリウッドの共催による「新たな書店体験を提案するIoT ハッカソン」が開催されていた。このハッカソンは「モノのインターネット(LoT、Internet of Things)」と呼ばれる技術を利用し、書店という空間や本というメディアのもつ価値を多様化する試みを競うものだ。ハッカソンで生まれた優秀プロダクトは、文禄堂高円寺店・荻窪店及びパルコブックセンター吉祥寺店で実際に設置し、 ユーザーに提供するという。

このハッカソンの二日目の途中から選考会までを取材したが、書店と地域の関係に着目した企画もあり、各参加者のプレゼンテーションを大いに楽しんだ。選考結果はすでに明らかになっているが、こちらについては、別の記事であらためて報告したい。