絶海の孤島の中にある日本語のヒップホップ論戦

2017年9月12日
posted by 川崎大助

すこし前に奇妙な事件があった。「ヒップホップ」と「自民党」という、普段あまり一列に並ばない単語がセットになって、そして日本語のインターネット空間のなかで「炎上」していた。「燃やされた」のは自民党の新潟県連だ。このとき同組織に投げつけられていた悪罵の数々を簡単に要約すると、「自民党はリベラルではない」から「『ヒップホップ』なんて口にするな!」というものだった。なぜならば「ヒップホップとは『つねに弱者の側に立つ』カウンターカルチャーだから」と……この経緯の一部は朝日新聞にも載った。7月の半ばごろの話だ。

と聞いて「えっ、ヒップホップってリベラルだったの?」と素朴な疑問を持ってしまったあなたは、正しい。ゆえにこの事件について、僕はここで腑分けを試みてみたい。その内側には、音楽文化への「日本にしかない」とてつもない誤謬が含まれていると考えるからだ。

日本語のインターネット空間は絶海の孤島か

まずは事件の概要から追ってみよう。

とっかかりは、前出の自民党新潟県連が作ったポスターだった。同県連主催の政治学校の生徒募集のためのもので、若い女性向け、若い男性向けの2種が制作された。問題視されたのは後者、男性向けのほうで「政治って意外とHIPHOP。ただいま勉強中。」というキャッチ・コピーの「前半」のみが物議をかもした。また、県連青年部局のツイッターから発せられた「#政治とはHIPHOPである」というハッシュタグも火に油を注いだ。このポスターは7月10日に貼り出され、15日ごろからツイッターを中心に批判の声が上がり始めた。「自民県連HIPHOPポスター、批判相次ぐ 新潟」と題された朝日新聞ネット版の記事は、同21日にアップされている。

LDP新潟政治学校 第2期生募集のサイトやポスターで用いられた文言が物議をかもした。

このとき、批判の急先鋒となった観があったのが、ベテラン・ラッパーのKダブシャインだった。上記の朝日の記事のなかでも彼は「自分たちが大切にしてきたヒップホップ文化をただ乗りされ踏みにじられたように感じ、受け入れがたい」とコメントしてる。さらに彼は、自身のツイッターでも、この件について盛んに意見を発表していた。たとえば、以下のように。

「持たざる者、声なき者に寄り添うことでヒップホップはここまで世界的に発展して来たのに(中略)消費税、基地建設、原発推進、はぐらかし答弁、レイプもみ消しに強行採決と、弱者切り捨て政策ばかり推し進めておいて、そこに若者を集めることのどこがヒップホップなのか解説して欲しい」(7月16日のツイートより)

そして、基本的には「この観点」と「この論調」に沿って、数多くの人々が、ツイッターそのほかで自民党新潟県連に襲いかかった。

朝日新聞記事の前後に、いくつかのメディアがこの事件を報道した。しかしこの原稿を執筆中の8月31日現在、同県連の政治学校ページには、該当のポスターと同じものが、いまなおそのままに掲げられている。以上が事件のあらましだ。

といった経緯を見て僕は、とても気持ち悪いものを感じた。なぜならば、単純にまずこう思ったからだ。

「リベラルな内容」のラップ・ソングはもちろんあるが「まったく逆」のものだって大量にあるし、そっちのほうが多い。ゆえに、ラップが、ヒップホップが「リベラル専用(あるいは、リベラル寄り)」と言うには、だれがどう考えても語弊がありすぎるし、さらに、それをもってして他者を攻撃するというのは、明らかに間違っている。いくら自民党が嫌いであっても。

同時に、このときに批判者のなかに「ヒップホップはカウンターカルチャーである」という意見も多かったのだが、これも不正確きわまりない。「カウンターカルチャーとして機能する」ものも一部あるにはあるが、アメリカのヒップホップとは元来「対抗文化(Counter-culture)」とはなり得ない。というよりも、あからさまに「体制擁護」的な本質がある。後段で詳述するが、ロックと比較してみればすぐにわかる(あるいは、フォーク・ソングとも)。

だから「ほぼ完全に」間違った意見が、歪曲したものの見方ばかりが、猛烈な速度でこのとき世間に流布されていた、と言うしかなかった。日本語のインターネット空間は、世界の言論状況から切り離された、まるで絶海の孤島のようではないか。いったい全体、なんでそんなことになったのか?

日本の右翼ラップ

そもそもアメリカのヒップホップ音楽におけるラップ・ソングとは、その歴史の最初から、つねに世間の良識派から眉をひそめられるような存在だったことは、だれもが知るところだろう。とにかく詞が、言葉が、ラップの内容が問題視された。強烈な男性原理に支配された上での、女性蔑視、セクシズム、ホモフォビア、暴力や犯罪礼讃、カネや権力へのあからさまな執着――といった要素を詞に含む楽曲がとても多く、さらには目立ったために非難された。日本でだって、カタカナ語の「ビッチ」がここまで一般化したのは、すべてアメリカ製のラップ・ソングのせいだ。

アメリカのラップ・ソングは、まず最初に「目の前の現実」をこそ詞にするものだったから、そうなった。ファンタジーではなく、ドキュメンタリーだ。理想を歌うのではなく、まず最初に現実を活写する(ときには、それを誇張して表現する)ことが得意だった。つまり、当初はラッパーの置かれていた環境が「やばい」ものであることが多かったので、「やばい」内容の曲が量産されたわけだ。

黒人が社会的弱者だから「助けてあげよう」と寄り添った、なんて行動原理があったわけではない(あるわけがない)。自分たち自身が「黒人だから」というだけの理由で社会的強者から抑圧されたから、「なめるな!」と怒っただけのことだ。「当たり前の人間としての、最低限の尊厳と権利」を主張しただけだ。声高に。

そしていまや、アメリカの商業音楽シーンの主流(Mainstream)で売れているものの大半は、ヒップホップ音楽もしくはその影響下にあるものばかりだ。ゆえに、いまとなっては超保守ラップもある。クリスチャン・ラップも、白人至上主義者によるKKK礼讃ラップすらある。ありとあらゆることが「ラップ・ソング」になった。

あのキッド・ロックだってそもそもはラッパーだった。サラ・ペイリンとテッド・ニュージェントとともにトランプにホワイトハウスに招待され、「ホワイト・トラッシュのラシュモア山や!」とCNNでコメンテイターのポール・ベガラに失言させてしまったほどのレッドネック野郎の彼だって、いまでもラップはとても上手い。

だから「右翼ラップ」と呼ぶしかないものも多い。それこそ「安倍政権よりもずっと右」なことを主張しているラップ・ソングだってある。もちろん、ここ日本にも。

日本の右翼ラップについて、最初に名前を挙げるべきは「英霊来世(エーレイライズ)」という3人組のグループだ。メンバー名は、七生報國、一億一心、明鏡止水。2005年に活動を開始し、10年にアルバムとシングルを発表。靖国神社と関係が深く、奉納ライヴもおこなっている。彼らのナンバー「開戦」では、こんな詞がラップされる。「リメンバーパールハーバー/こっちの台詞だ 忘れるもんか/世界を変えたあの轟砲 もう一丁響かそうぜ同胞」。そのほか「中国 韓国 北朝鮮 ロシア アメリカにも気は抜けん」というタイトルの曲もある。

「英霊来世」の公式ウェブサイト。

ソロ・ラッパーの「Show−k(ショック)」もよく知られている。介護士をしながら活動を続け、14年の東京都知事選挙では田母神俊雄候補の街頭演説車の上に立ってラップした。彼のナンバー「そうだ! 靖国へ行こう!」はこんな内容だ。「配慮はいらない堂々と 英霊に敬礼!!/8月15日は靖国へ行こう」。そのほか「今でも安倍」という安倍総理応援ソングもある。13年の参院選公示直前の6月に発表されたこの曲は、彼の具体的な政治的主張が見えてくるものだった。

英霊来世もShow−kも、商業的な音楽シーンのなかで高く評価されているわけではない。政治活動の一環としてラップを披露している、と見るべきかもしれない。しかし彼らのルーツと呼ぶべきラッパーは、まさに「シーンの大立て者」のひとりだ。だれあろうそれは、今回の騒動で批判者の先頭に立っていたKダブシャインだ。

95年、ヒップホップ・ユニット「キングギドラ」の一員としてレコード・デビューしたKダブシャインは、のちにソロに転向。そして02年、映画『凶気の桜』の音楽監督をつとめる。窪塚洋介が主演し、右翼活動へと没入していく若者を描いたその映画の内容に沿って、タイトル曲ではこんな内容がラップされた。「もうあれから60年にもなるゼロ戦/神風頭に浮かべ 勇敢な魂 持ってたら歌え」――この映画が話題となったころが、右翼的な内容の日本のラップ・ソングの起点となった時期だ、とよく言われる。

もっとも、Kダブシャインの詞がいつもこの調子かというと、そんなことはない。例えば00年に発表した「日出ずる処」は、こんな内容だ。「耕す米 美しいヨメ 山を夕焼けが 真っ赤にそめ/午後の6時 空が告知 栄養バランスのとれた食事」「長すぎた戦争が 終わり占領下 低い円相場 まさにゲームオーバー/再出発する 日本人 大復活する 自尊心」――ここから立ちのぼってくるのは、素朴な愛国心だ。「日本に生まれた男として、当たり前に日本を愛する心」といったものが、Kダブシャインのラップの心棒となっているように僕には思える。彼の靖国神社参拝も、右翼団体「一水会」への接近も、同じ源泉からのものなのだろう。そして、彼が愛する日本をまさに「破壊しようとしている」のが、現在の自民党の政策なのだ……というのが、理解の筋道だろう。

また、Kダブシャインが築いた「愛国心」を鼓舞するラップという橋頭堡の上に続いた者として、般若の名も挙げなければならない。彼は05年、映画『男たちの大和/YAMATO』にイメージ・ソング「オレ達の大和」を提供する。同映画の主題歌を担当した長渕剛のツアーで前座も務めている。これらの土壌の上に、英霊来世もShow−kもいる。

そしてまた、愛国心から国粋主義、排外主義へと突き進んでいく道のりは決して遠くはない。その路程を駆け抜ける際に燃料として欠かせないのが、和製英語で言うところの「マッチョイズム」だ。

ヒップホップはその当初から「男根主義的だ」とのそしりを受けてきた。この部分が、「アメリカ以外」の国へと伝播したとき、そこの地場の「男らしさ」と過剰に結びつくことで、「愛国」の烈士を生み出す触媒となってしまうのだと僕は考える。だから日本以外の「ヒップホップ輸入国」でも、同様の現象は起こっている。右翼どころか、極右ラップまでが増殖している。

欧州やオーストラリアにも広がる

たとえば、15年、オーストラリアのアデレードで開催された極右団体「リクレーム・オーストラリア」主催のイスラム教徒排斥集会にて、オージー・ディガーと名乗るラッパーがパフォーマンスを披露し、新聞ダネになった。「もう沢山だ(I’ve Had Enough)」と題されたその曲は、こんな内容だ。「オージーの二日酔いに効くのは/卵とベーコンのサンドイッチ/なにがあったって変わるわけない/だからお前も好きになれるはず/じゃなきゃ出ていけよ」(原文英語 筆者和訳 以下同)

イスラム教徒にとって飲酒や豚肉食は絶対的な禁忌であるからこそ、それを「オーストラリアに住むための踏み絵」として迫る、という詞だった。こんな曲を彼は、オーストラリア名物のベジマイト(日本でいう納豆みたいに「外国人には馴染みにくい」発酵食品の同国代表)のボトルの着ぐるみ姿の男を従えて、「楽しげに」ラップした。そして周りを固める極右仲間が大声で唱和した。

こうした動きと同様のものが、ノルウェーなどヨーロッパ諸国でも顕在化し始めている。これらすべての先駆けとなったのが、ゼロ年代初頭からドイツで頭角を現したギャングスタ・ラッパー「ブシドー(Bushido=武士道)」だ。アメリカのエミネムや50セントに影響を受けたと評される彼は、暴力的で国粋主義的なラップで人気となった。ブシドーの代表曲のひとつ「エレクトリック・ゲットー」ではこんな一行が繰り返される。「敬礼! 気を付け! 俺は『A』のようなリーダーだ」――この「A」とはアドルフ・ヒトラーを指すものだとして、ドイツでは大変な物議をかもした。しかしそれが逆に、ネオナチ指向の若者に受けに受け、後続への道を開いた。

ブシドーには女性蔑視の詞が多い。ゲイを差別し攻撃する詞も多い。「ベルリン」という曲はこんな詞だ。「ベルリンは再びハードになる/ホモのクソ野郎全員を俺らがぶん殴るから」。「理由なき戦い」では、「ホモの豚は拷問される/野郎はチンコ吸わない、これすげえ普通のこと」とラップされる。そしてこの曲には、ドイツ緑の党党首の名前を出して脅迫する一行まであった。「俺はクラウディア・ロートを撃ってるところ、ゴルフ場みたいに穴いっぱいだぜ」――これを受けて、2013年、当時のベルリン市長、社会民主党所属でゲイを公表していたクラウス・ヴォーヴェライトは法的措置も辞さない構えでブシドーを非難し、やはり新聞ダネになった。

と、このようにあらゆる批判を集めながらも、今日もなおブシドーは旺盛な活動を続けている。ドイツで屈指の知名度と人気を誇る「極右」ラッパーが彼だ。

「コーク」と「ペプシ」の違いにすぎない

では「ヒップホップが生まれた国」であるアメリカでは、ラッパーの政治性はどんな色合いなのか?――と見てみると、これは比較的わかりやすい。おおよそ「民主党支持者が多数だ」と見てもいい。とはいえ、じつはここにこそ「日本人が見誤った罠」がある。「ヒップホップが『社会的弱者の側に立つ』ものだ」なんて勘違いしてしまった、最初の落とし穴はこれだ。

なぜならば、政治を観察するモノサシの最初の最初から、言うなればその目盛りが狂わされている、からだ。つまり「日本人なのに」アメリカの政治風土にのみ表層的に毒されすぎている、と言おうか。

「保守とリベラル」とは、元来、政治思想の両極として対立するような概念ではない。これを「あくまで「自由主義」の枠のなかでの「右」と「左」の違い、いわば「コーク」か「ペプシ」の違いに過ぎない」と喝破したのは、慶応義塾大学の渡辺靖教授だ(WEB RONZA『米国にとって「リベラル」と「保守」とは何か』より)。

広い世界の民主主義のなかには「保守(アメリカであれば共和党)」と「リベラル(同、民主党)」しかない、わけではない。なのに「日本も同じだ」と考えてしまったとしたら――というか、そう考えている人がとても多いようなのだが――それは致命的な錯誤でしかない。世界はアメリカだけではないからだ。

そもそもの日本語の政治概念用語としては、保守の対義語は「リベラル」ではなかった。保守の逆は「革新」に決まっている。「右の反対が左」であるように。しかし旧社会党の凋落以来、日本の政治空間のなかで社会民主主義勢力は退潮の一途をたどり、ついこのあいだまでは、なんと日本も「アメリカ型の二大政党制」を目指さねば――なんてことになって、いつの間にやら、だれも「革新」なんて言葉を使わなくなった。リベラルだの「左派リベラル」だのだけが、跳梁跋扈するようになった。

かくして近年の日本では、アメリカ限定印付きの意味での「リベラル」という言葉が、まるで「革新」や「社会民主主義」と置き換え可能であるかのように、大いなる勘違いのもとで使用されるばかりとなった。だから、じつのところ今回のこの騒ぎも、僕にはまるで「コップのなかの嵐」であるかのように見えた。まさに「コークとペプシ」の対立であるかのように。

なぜならば、愛国心旺盛な「リベラル」派は、ごく普通の政治概念では「保守的自由主義(Conservative Liberarism)」と区分される。もうすこし右に寄せると「自由保守主義(Liberal Conservatism)」となる。そして、このどちらも標榜している政党は、日本では、英名が「Liberal Democratic Party」である自民党だ(とWikipediaの英語版には書いてある)。このようにアメリカ型の「リベラル」と「保守」とは、それほど遠い存在ではない。欧州の政治と比較して見るならば。

たとえばイギリスの「二大政党」は、アメリカとはかなり趣きが異なる。保守党と労働党だ。だからかの国には、アメリカとはまったく違う「政治風土」がある。立憲君主国に近い体制の日本では、「イギリス型」のほうが体質に合うはずだったのに、と僕は思うのだが……しかしそっちには進まなかった。

アメリカの話に戻ろう。前述したように民主党支持者が多いヒップホップ・アーティストなのだが、これももちろん「全員がそうだ」というわけではない。それどころか、かなりの大物にも「共和党支持」を公言している人物すらいる。LLクールJ、50セント、それからN.W.Aの故イージーEといったところがよく知られている。KRSワンも「ヒップホップの初期には共和党は仲間だった」と発言したことがある。また銃を好むラッパーも多いから、あの悪名高き全米ライフル協会(NRA)の会員も多い。ネリー、キラー・マイクが有名だ。

さらにこんな統計もある。CNNの調べによると、1989年から2016年までのあいだに、さまざまなラップ・ソングの詞においてドナルド・トランプの名が言及されたこと、なんと318回(!)を数えるのだという。このうち、批判的にトランプを取り上げたものは、(最近になるまで)かなり少なかった。多いのは、「派手なカネ持ちの代表例」としてのトランプ像だ。面白がっている、いやもっと正確に言うと「あこがれて」さえいるかのような扱いが「定番」だった。なぜなら、ヒップホップの基本概念として「おカネがあるのはいいこと」だからだ。それがカタカナ語にもなった「メイクマネー」というラップの決まり文句の出どころだ。

たとえば、大人気歌手アリアナ・グランデの恋人としても有名なラッパー、マック・ミラーが11年に発表した曲「ドナルド・トランプ」は、13年にはプラチナムを獲得するほどのヒットともなった。こんな内容だ。「俺がドナルド・トランプだったら世界征服だ/見ろよこのカネ全部、ちょっとしたもんだろ?/ヘイターズが怒り狂う隙に、俺ら世界征服だ/ていうのが、俺のビッチーズがみんなワルい理由」

つまりこの曲は、傍若無人な大富豪としてのトランプを、ヒップホップらしく誇張して、多分に肯定的に戯画化したものだった。なので、16年の大統領選にトランプが出馬してからの大騒ぎは、ミラーにとって「想定外」だったようで、急遽彼は「自分は政治家としてのトランプは支持していない」とのコメントを発表、釈明に追われた。しかし当然のこととして、選挙戦時のトランプ候補の破竹の快進撃にともなって、16年にはふたたびこの曲がよく売れた。

ヒップホップは資本主義社会の音楽

なんでこんなことになったのか?――というと、資本主義とヒップホップ音楽とは、コインの裏表どころではない、からだ。「表と表」の関係だからだ。ゆえに大半のヒップホップ音楽は、当たり前の帰結として、まったくもって「カウンターカルチャー」とはなり得ない。アメリカのヒップホップ音楽のほとんどすべては、その本性がアメリカの国是と同様に「資本主義を肯定している」からだ。

このことについて、音楽で資本主義的に「成り上がった」ヒップホップ大富豪の筆頭、ジェイZがとてもわかりやすく説明してくれている。インタヴュアーの「ロックの世界では『企業』は汚い言葉とされてきたが、ヒップホップではどうなのか?」という質問を受けて、彼はこう言った。

「ロックとは全然違うね。成功したロック・アクトはアンクールになる。でもヒップホップでは『成功はいいこと』なんだ。みんなゲットーから脱出しようとしているからね。だからもしきみがペプシのコマーシャルに出ても、セルアウトしたってことにはならないのさ」(17年6月、UK版『GQ』のインタヴューより)

そのジェイZが、こちらもトップスター・ラッパーと呼ぶべきナズとコラボした曲に「黒い共和党員(Black Republican)」(06年)というナンバーがある。曲中でジェイはこんなふうにラップする。「黒い共和党員みたいな気分になるぜ、ばんばんカネが入ってくる/地元には背を向けられねえ、あいつらのことが大好きだから」――もちろんここの「共和党員」は比喩であり、アイロニーなのだが、自分たちは資本主義という、「カネ」を主役とした情け容赦のない社会体制のなかで、「ゲームのルール」に従って勝負して、勝利をおさめつつあるのだ、という現状の「ドキュメンタリー」とも言える小品だった。

こうしてアメリカのラップ・ソングを概観したとき浮かび上がってくるものは、まず最初に「資本主義社会の音楽だ」ということだ。リベラルか保守か、民主党か共和党か、なんて二分法は最重要ポイントではない。アメリカが「自由世界の盟主」であり、その立場を維持する最大の装置が「カネ」である現実をまず直視しているのが、僕が知る同国のラップ・ソングの、第一の特徴だ。資本主義という「厳しい現実」に、雄々しく男らしく立ち向かっていくための音楽、とでも言おうか。

たとえば60年代には反体制派が大多数だったロック音楽の世界にも、70年代になると右翼化する一群が出現した。一時期はあたかも「カウンターカルチャー」の象徴みたいだったロックですらそうなったのだから、そもそもが「まったくカウンターカルチャーではない」ヒップホップ音楽がいま極右化したり、保守化したりすることは、自然な流れの範囲内だと言えるはずだ。「男性原理」と「資本主義の肯定」こそがヒップホップ音楽が元来持つ両輪だからだ。この現実を「見たくない」人が、日本にはとても多いようなのだが。

ともあれ特定の政党や政治家が嫌いだったり、自らを「リベラル」あるいは逆に「保守」と規定したからといって、「自らが好きな音楽ジャンル」を偏向した見方で縛り上げることなど、できるはずがない。だれかになにかを「聴くな」なんて強要することも、不可能だ。神様が止めたって、聴きたい奴は聴く。

あるいはまた「音楽に政治を持ち込むのが是か否か」なんて低級な議論がよくあるが、そんなもの「音楽にはなんだって『持ち込める』」んだから、やりたい人がやればいい、それだけの話でしかない。

もっと正確に言うと、「音楽と政治」とを切り離すことが可能だと思う人がいる、そのことのほうがよっぽど問題だ。できるわけがないからだ。今日のロック音楽の源流のひとつ、ヒルビリー音楽のオリジンとなった18世紀のバラッドに、すでに「オレンジ公ウィリアム3世」の戦歴を賞賛するものが多数あるほどなのだから。

たとえば西洋美術の歴史において「アートに宗教を持ち込むな」ということがまったく不可能だったのと同様、音楽には「つねに」政治も宗教も、愛も憎しみも、絶望も、天にも昇るような歓喜も、それらのすべてが「持ち込まれ」続けている。なぜならば元来、それこそが「歌の言葉」――歌詞というものだからだ。「日本語以外の世界」では、歴史上一度も途切れることなく、連綿と。

とはいえ、忘れてはいけないのは、いかなる政治信条や哲学よりも、つねに「音楽そのもの」のほうが上位にある、ということだ。いい音楽は、歌は、そこに存在するだけで、それを作った人間の全人生よりもずっと崇高なる価値をそなえてしまう場合もある。神というなら、神の領域にも近くなる。このことに意識的であり続けた者のひとり、ボブ・ディランが昨年ノーベル文学賞を受賞した。つまり「歌の言葉」とは、今日、人類の文化のなかでかくも高い位置に置かれて賞賛されているわけだ。

そんな時代のなかで、最もポピュラーな方法で「音楽的な言葉」のありかたの最前線にて躍動し続けているのがヒップホップだ。だからぜひ、僕としては自民党の党員や支持者の人にもヒップホップ音楽を、できるかぎり数多く聴いてもらいたい。

というか、そもそも安倍政権下において実施された「教育改革(2012年の学習指導要領改訂)」にて、中学校でヒップホップ・ダンス(現代的なリズムのダンス)が必修となったのだから、きっと自民党にはすでにヒップホップ好きの人が何人もいるのだろう。同時に必須となった「武道」と同じぐらいには。ただあのポスターの仕上がり、キャッチ・コピーのテイストは個人的に最悪だとは思うが(そもそも、なんだって男と女の募集ポスターを分けなきゃいけないのか?)。

次の国政選挙の際は、前哨戦として各政党の候補者や支援者がラップ・バトルをしてもいいのかもしれない。かなり盛り上がりそうな気がするのだが、どうだろうか。

書誌情報の「脱アマゾン依存」を!

2017年9月1日
posted by 仲俣暁生

去る8月25日、図書館蔵書検索サービス「カーリル」のブログに掲載された「サービスに関する重要なお知らせ」を読んで、驚いた人は多いと思う。この日のブログにこのような一節があったからだ。

カーリルでは、Amazon.com, Inc.が保有する豊富な書誌情報(本のデータベース)をAmazonアソシエイト契約に基づき活用することにより、利便性の高い検索サービスを実現してきました。現在、Amazon.comよりカーリルとのAmazonアソシエイト契約が終了する可能性を示唆されているため対応を進めています。

Amazonアソシエイト契約の終了は現時点で決定事項ではございませんが、カーリルではこの機会に、Amazonのデータを主体としたサービスの提供を終了し、オープンな情報源に切り替える方針を決定しました。現在、新しい情報検索基盤の構築を進めておりますが、状況によっては一時的にサービスを中断する可能性があります。

その後、29日になって「Amazonアソシエイト契約はこれまで通り継続されることとなった」との追記がなされ、危惧された一時的なサービスの中断は避けられたようだが、「Amazonのデータを主体としたサービスの提供を終了し、オープンな情報源に切り替える」というカーリルの方針に変わりはないという。

カーリルのブログに掲載された「サービスに関する重要なお知らせ」。

カーリルが今後、Amazonにかわる書誌情報として使うことを想定しているのは、彼らが版元ドットコムと共同で開発しているopenBDというデータベースだ。今年の1月にこのopenBDプロジェクトのセミナーがあり、私も参加した。

このプロジェクトの趣旨は、以下のように宣言されている。

・個人が、SNSやブログで本を紹介するとき
・書店が、仕入れや、販売のために本を紹介するとき
・図書館が、選書し、利用者に本を紹介するとき
・メディアが、本を紹介し評するとき
・企業が、書誌情報・書影を利用したあらたなサービスを開発するとき

こうしたときに、自由に使える書誌情報・書影を、高速なAPIで提供するopenBDの提供を開始します。

いま本をネット上で探そうとすると、出版社の公式サイトよりも、アマゾンをはじめとする各種ネット書店のほうが、検索結果の上位に並ぶ。本を話題にしたいときはついネット書店、とりわけアマゾンのサイトをリンクしてしまいがちだ。

カーリルのブログに書かれているとおり、それはアマゾンがきわめて「豊富な書誌情報」を保有しているからだ。アマゾンからアフィリエイト収入を得ているわけでも、アマゾンで買うことをとくに推奨したいわけでもないのに、本のランディングページとして便利だというだけで、ついついアマゾンのサイトにリンクしてしまう。

そうした現状に対するオルタナティブな選択肢として、個人でもメディアでも、書店でも図書館でも、あるいは一般企業でも自由につかえるような書誌情報と書影のデータベースがopenBDだ。ただし、1月のセミナー時点ではその活用事例については「準備中」とあるのみだった。今回の発表により、openBDの最初の活用事例はどうやらカーリル自身となりそうだ。[1][2]

[追記1]
すでに野田市立図書館がopenBDを活用した書影(表紙画像)などの提供を新着図書RSSで試験的に開始していた。ご教示くださったジャーナリストの鷹野凌さんに感謝します。
[追記2]
この記事を公開した9月1日に、「近刊検索デルタ」というopenBDのAPIのみを利用した近刊情報閲覧サイトが立ち上げられた[3]。他にもopenBDの活用事例がありましたら、編集部までご連絡ください。
[追記3]
「近刊検索デルタ」はJPRO(JPO出版情報登録センター)ではなく、同センターの活動にも参加するメンバーが個人的に立ち上げたものでした。追記して訂正します。

今年1月に行われたopenBDのセミナーで説明を行う版元ドットコムの沢辺均さん。

「ネット書店」対「町の書店」はニセの対立。真の課題は「アマゾン依存」をどう脱するか

ところで、このところまた「本屋が減っている」という話題がさかんに伝えられている。最近では、取次大手のトーハンがまとめた「書店ゼロ自治体」についてのデータをもとに、朝日新聞が8月24日に報じた「書店ゼロの自治体、2割強に 人口減・ネット書店成長…」という記事が大いに話題になった。この記事でも「紙の本の市場の1割を握るアマゾンなど、ネット書店にも押される」と書かれているとおり、ネット書店はリアル書店を脅かす存在だという見方が根強い。

現実にそういう側面はあるし、町から本屋さんが消えていく現状を憂う気持ちは理解できる。しかし、そのことをもって「ネット書店」が「町の書店」を駆逐しているという単純な見方は、ことの本質をとらえそこなっているのではないか。

現実に起きているのは、本を買う人がますます大型書店やネット書店を利用するようになったということだ。大型書店とネット書店の共通点は、ひとつには在庫の豊富さであり、もうひとつは在庫を検索できるデータベースを備えていることだ。ようするに、いま消えているのは「本がデータベースと紐付けられていない本屋」なのではないか。

書店の店頭で、たまたま本と出会う経験は楽しいものだし、その機会が奪われるのは大きな損失だが、そうした出会いは書店の店頭だけでなく、ソーシャルメディアや、その他のウェブ上のサービスでも得られるようになってきた。より問題なのは、そのときに使われる書誌データやランディングページが特定のプラットフォームに独占されてしまい、多様な行き先を示さなくなることのほうではないか。

「ネット書店」と一口でいうが、アマゾンのような強力なプラットフォームとその他のネット書店を同列に扱うと、議論は混乱するばかりだ。問題の本質は「ネットで買うか」それとも「店頭で買うか」ではなく、本に関する情報(書誌情報やレビュー)とEコマースが、特定のプラットフォームに完全に依存してしまうことの是非ではないか。そしてもちろん、それはよくないことなのだ。

今回カーリルが「脱アマゾン」という決断を下したのは、特定のプラットフォームにサービスを依存することの危険性を、彼らが十分に知っているからだろう。アマゾンに限らず、あらゆるプラットフォームの強みは、利用者を自分たちのサービスの「依存性」にしてしまうところにある。アマゾンで本を買うことが問題なのではなく、その便利さに依存しきってしまうことが問題なのだ。

openBDが充実し、「自由に使える書誌情報・書影」を「高速なAPI」で十分に提供できるようになれば、おそらく本についての情報流通のあり方が大きく変わるだろう。それは結果的に、本のコマースのあり方さえも変えるかもしれない。「ネット上でたまたま出会った本を、リアル書店で買う」ための使いやすいサービスが生まれることだって夢ではない。

カーリルが決断した書誌データの「脱アマゾン依存」は、そのための第一歩として大きな意味をもつはずだ。この問題については「マガジン航」でも引き続き、取材を続けていきたいと考えている。

第4回 デジタル時代はマンガ編集者を変えるか?

2017年8月24日
posted by 中野晴行

旧来のマンガ編集者の役割

長年、日本のマンガ業界、とくに雑誌では、マンガ家と編集者、あるいはマンガ家と原作者、編集者がタッグを組んでひとつの作品を生み出してきた。マンガ家と編集者は企画について話し合い、編集者は必要な資料を集めたり取材の手配をしてマンガ家をサポートする。

「新連載でボクシングの6回戦ボーイを主人公にしたい」というマンガ家・ちばてつやの希望をきいた「週刊少年マガジン」の担当編集者・宮原照夫が、原作者の梶原一騎を紹介し、そこから名作『あしたのジョー』が生まれたというエピソードはあまりにも有名だ。

編集者とマンガ家がアイディアを出し合い、マンガ家や原作者がそのアイディアをシノプシスにまとめあげて、ネーム原稿(セリフと大まかなコマ割りが入った状態)が上がれば、マンガ家の仕事場や近所のファミレスなどでさらにブレスト。マンガ家は、編集者のダメ出しをもとに修正を加えて、OKが出ればいよいよ本格的な下描きに入る。

原稿がアップしても、編集者の指示でさらに描きなおすこともある。いまは、FAXやメールでネームのやりとりすることも多くなっているが、直接編集者の顔を見ないと納得しないマンガ家も多い。編集者は、マンガ家がスランプのときには励まし、体調には常に気を配り、生活そのものをサポートすることもある。

だから、マンガ家と編集者の間には強固な信頼関係が生まれる。600万部時代の「週刊少年ジャンプ」で名物編集長だった堀江信彦が、集英社を離れて2006年に設立したマンガコンテンツの制作・配給を行う会社・コアミックスは、パートナー企業の新潮社の他に、編集者時代の堀江と深い繋がりがあった『北斗の拳』の原哲夫、『シティ・ハンター』の北条司が資本金を出資して役員になっている。これほど大掛かりでなくとも、編集者が移籍したのでマンガ家も雑誌を移った、とか、頼りにしていた編集者が辞めてしまったので描けなくなったというような話は少なくない。

新人の場合、編集者の役割はさらに大きい。新人を担当する編集者は、マンガ家が地方在住なら足繁く足を運び、ストーリーの立て方や構図のつけかた、引きのポイントに至るまで細かく指導する。鳥山明が『Dr.スランプ』でブレイクする以前、「週刊少年ジャンプ」で担当編集者だった鳥嶋和彦が通算500枚にも及ぶ原稿にボツを宣告し、それによって鳥山がマンガ家としての腕を磨いたという話は有名だ。

上京した新人のためにアパートを探したり、忙しくなればアシスタントを手配したり、ご馳走を食べさせたり……まさに二人三脚である。

もちろん、こうした日本独特のやり方に対しては、マンガ家や読者からの批判もあった。

マンガ家が描きたいものが編集者によって変えられて、まったく別の作品になってしまう。マンガ家と編集者が合わないと、マンガ家がやる気をなくしてしまう。編集者が口を挟みすぎる……。コミケなどの同人誌即売会で売れているアマチュアの中には、出版社がデビューをオファーしても断る人が多い、という話も聞く。理由は「編集者から束縛されたくないから」だ。

とはいえ、日本のマンガが、マンガ家、原作者、編集者というそれぞれ異質な存在が起こす化学反応によって発達してきたことは間違いのない事実だ。多くの編集者がそのことを誇りに思って、マンガ家とともに優れた作品、ヒットする作品を生み出そうと日々研鑽を積んできたのである。日本のマンガがここまで発展してきたのは、この三者の幸せな関係があったから、と言ってもいいかもしれない。

しかし、電子コミックの登場はマンガ家と編集者の関係にも影響を与えようとしている。

マンガ家自身がコンテンツを発信

ひとつは、電子コミックの登場によって、マンガ家が出版社に頼ることなく作品を不特定多数の読者に向けて発表するルートができた、ということだ。

それまで、マンガ家は出版社に原稿を渡し、出版社が雑誌や本の形にして取次に配本を依頼し、読者は本屋でそれを買うというルートが不可欠だった。出版社や取次を通さなければ、マンガ家の描いた作品が読者に届かないという仕組みになっていたわけだ。もちろん、マンガ家が自費出版してコミケや通販で売ることはできる。しかし、不特定多数の読者に広く売ることは困難で、収益を上げることはさらに難しい。プロのマンガ家として生活していくためには、出版社との関係を絶つことは現実的ではなかったのだ。

それが電子コミックの登場で大きく変わった。

2009年夏、『ブラックジャックによろしく』などの作者・佐藤秀峰は「脱・雑誌」を宣言して、今後の新作は自分が立ち上げたポータルサイト「佐藤秀峰 on Web(現在は マンガ・オン・ウェブ)」で電子コミックとして発表した後、雑誌に連載し、単行本にまとめると公表した。

同年の秋に、私はイーブック イニシアティブ ジャパンのメルマガ『マンガ最前線』のために佐藤へのインタビューを行った。このとき佐藤が口にしたのは、出版社が軒並み赤字を出している状況への危機感だった。赤字が続けば、いつかマンガ雑誌という紙媒体はなくなる。媒体がなくなる前に、自分の発表場所を確保することが「脱・雑誌」を決めた一番の理由だったというのだ。

佐藤は、専門家に依頼して2年がかりでシステムを構築し、決済システムやサーバーも外部に委託した、と説明してくれた。このときはまだ、電子コミックは携帯コミックの時代だったが、佐藤が選択した閲覧用デバイスはパソコン。あえてパソコンを選んだのは、コマごとに切り出す携帯コミックはマンガではない、という判断からだ。オリジナルのビュワーはモニター上で見開き単位で読める上に「めくり」を思わせるギミックもちゃんと備わっていた。

電子化によって出版社や編集者のサポートがなくなる不安がないのか、と質問すると、佐藤は、自分の場合は出版社主導ではなく作品を描いてきたので、執筆上の大きな変化はない、と答えた。

この日の取材では、初日の売り上げは10万円で、1ヶ月では70万円程度ということだったが、当時はまだパソコンで電子コミックを読む人の数は少なかったから、この数字は当時としてはかなりの健闘だったといえる。

ただし、この成功は、佐藤のようにネームバリューがあり、システム構築をする資力があるマンガ家だからできたことであって、アマチュアや新人がこれを真似ても同じような結果にはならなかっただろう。

取材を終えて私が抱いた感想は、「単行本が20冊以上出ている中堅以上のマンガ家にとっては、電子コミックを利用した「脱・雑誌」は可能かもしれないが、できるマンガ家の数は限られている。新人の育成ということを考えると出版社や編集者の存在価値は変わらない」ということだった。

やがて、この考えは一部変えざるを得なくなる。スマートフォンやタブレット端末の登場によって、ページ単位や見開き単位で読むことができる電子コミックの普及が加速したからだ。

なかでも、ネット書店最大手のアマゾンが、電子書籍の自費出版をサポートするサービス「キンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)」のサービスを2013年にスタートさせたことは大きなエポックとなった。

同年、マンガ家の鈴木みそは、自らの旧作『限界集落(ギリギリ)温泉』(全4巻)をKDPを使った個人出版のキンドル版として発売。1ヶ月で2万部以上を売り、ロイヤリティ収入として283万円を稼ぎ出した。この数字は、定価600円の単行本コミックスを4万7000部出したときの印税とほぼ同じだ。のちには1年間で1000万円を稼いだと公表されて話題になった。

まとまった未刊原稿や絶版状態(品切れ重版未定を含む)の単行本がいくつもあるマンガ家にとっては朗報と言えるだろう。2014年、鈴木は自分自身の体験をもとに、デジタル時代のマンガ家や編集者の生き方を啓蒙するマンガ、『ナナのリテラシー』(全3巻)を発表して話題になった。

ただし、すでに一定以上の評価を受け、鈴木のようにセルフ・プロデュースができる中堅クラスにはまたとないチャンス到来かもしれないが、描くことは好きだが、セルフプロデュースは苦手というマンガ家やデビュー間もない新人、これからマンガ家を目指そうというアマチュアにとっては、KDPもまだまだ敷居が高いサービスだと考えられる。自費出版レベルならいいだろうが、これで食べていくことは難しい、と言わざるを得ない。

投稿者と読者を直接つなぐCGM

一方で、手軽に作品を発表して、「電子コミックのプロ」になれると注目されているのが、「コンシューマ・ジェネレイテッド・メディア(CGM)」と呼ばれるものだ。ニコニコ動画やpixivなど、利用者が自分の手でスマートフォンや携帯タブレット向けのコンテンツをつくって手軽に発信できるというサービスで、一般にはウェブの「投稿サイト」として知られている。

サブカルチャー・ジャーナリストの飯田一史は『マンガの現在地! 生態系から考える「新しい」マンガの形』(島田一志・編著/フィルムアート社)に寄稿した「CGM――ネット時代のプラットフォーム」で、CGMと旧メディアの違いを次のように説明している。

①(紙の雑誌で育った)編集者がいない
②投稿作品に対して反応がすぐ来る即時性とリテンションの重要性(少量多頻度更新が好まれる)
③書き手および読者が自分でタグを付けられる/タグや設定の自己増殖的な現象が起こる
④各種プラットフォームごとにユーザーが年齢性別趣味嗜好別に棲み分けている

つまりは、過去のマンガの常識にとらわれた編集者という存在がいなくなることで、描き手が自由に作品を発表し、読者と直接、かつインタラクティブに付き合いながら作品を描き進めていくことができるということだ。

スマートフォンやタブレット端末向けに無料配信されている電子コミックのコンテンツの多くは、CGMに投稿された作品から成り立っている。その意味では、CGMが電子コミックの主流をつくりはじめている、とも言える。

例えば、2013年10月に日本でサービスが始まった、韓国のIT企業・NHNエンターテインメントの子会社・NHN comicoが運営する無料マンガ配信サイト「comico(コミコ)」の場合、①配信される作品は誰でも投稿可能な「チャレンジ作品」、②「チャレンジ作品」の中から人気のある作品を運営側が審査して選ぶ「ベストチャレンジ作品」、③「ベストチャレンジ作品」で評価が高い作者や、運営側がスカウトやキャンペーンで勧誘した「公式作品」というランク別で公開される仕組みになっている。

投稿者はアクセス数によってランクアップし、公式作品になれば原稿料が支払われ、単行本化やテレビアニメ化などのメディア展開もされることになる。2014年には公式作品から宵待草の『ReLIFE』をはじめ、紙の単行本化されてヒットする作品が生まれ、一気に注目を集めた。

また、2007年9月にイラストの投稿サイトとしてベータ版がスタートした「pixiv(ピクシブ)」は、投稿者のイラストを中心に投稿者、読者それぞれがコメントやタグをつけることで交流をしていく、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)機能を持った投稿サイトとして利用者を拡大してきた。マンガに正式対応したのは2009年9月。その後、電子書籍のプラットフォームとしての機能を持たせ、紙の出版社のコンテンツもアプリとして配信するほか、サイト内に電子コミック誌も展開。ふじたの『ヲタクに恋は難しい』などのヒット作を生むようにもなった。

後発の会社も含めIT系ベンチャーが運営する電子コミック配信サイトでは、マンガ編集の経験がある編集担当者は置かずに、アクセス数や読者のクリック数などを参考にして、作者コメントと読者コメントによって作品作りを進めていくところがほとんどである。「電子コミックに編集者は不要」と言い切るところもある。前出・飯田の言うCGMの特性からすれば、当然の帰結なのかもしれない。

編集者が語る「未来の編集者」

電子コミックの時代になると、マンガ家と編集者が共に作品を作っていくという日本スタイルは滅びてしまうのだろうか? 編集者という仕事そのものがなくなってしまうのだろうか? 現役の編集者の声を聞いてみることにした。

「描き手を導くという点では編集者の必要性はなくならないと思います。いたほうがいい存在というか」と語るのは、先に紹介した『マンガの現在地! 生態系から考える「新しい」マンガの形』の編著者でもある島田一志だ。

島田はフリー編集者として小学館の「週刊ヤングサンデー」編集部に在籍。その後、河出書房新社の「文藝別冊」などの編集に関わり、 長くコミック関連書籍を作ってきたベテランだ。島田はこう続ける。

若い人にマンガを紹介したときに、よく聞かれるのが「キンドルで読めますか?」ということです。以前なら、文庫に入ってますか、だったと思うんです。その意味では確実に時代は変わってきてます。スマホやキンドルで読むのが主流だとすると、これまでの見開きで読むという概念はやがて通用しなくなります。そうなると、我々のような紙のマンガの古い方法論でやってきた編集者がいらなくなるのもわかります。

でも、作品作りという面で考えると、ベテランのマンガ家はともかく、若いマンガ家の場合は編集を含めた多くの人間が関わっていかないと、本当に面白いものはできないと思うんです。自分の作品には誰も関わって欲しくないというマンガ家もいるかもしれないけど、それはもったいないな。ぼくらの仕事はバレーボールのトスを上げるようなものなんです。誰かがいいトスを上げないと、アタッカーはスパイクできない。自分自身が電子コミックを読んでいて、これは、という新作が出ていないのはいいトスが上がってないことに原因があるのかもしれない。

では、これからの時代に必要な編集者の心得とはなんだろうか? 島田は言う。

少なくとも僕は、新しいものが出てきたときに、「それ違うよ」と否定するような頑迷な編集者(オヤジ)にはなりたくないですね。面白そうなら、止めないスタンスです。新しいもの芽を摘むことだけはやってはいけない。

私のまわりで言えば、ここ1年くらいで、IT系の運営会社から「マンガがわかる編集者はいないか」という問い合わせを受けることが増えている。おそらく、現状では電子コミックも最終的には紙に落とし込まないと収益化できない、という理由が主なのだろうが、細かく話を聞くと、島田の言う「トスを上げる」人間がいないといい作品(アクセスが多い作品)をつくることが難しい、ということに気づいたのではないか、とも思われるのだ。

「電脳マヴォ」のトップ画面。

もうひとり、話を聞いたのは無料オンライン・コミック・マガジン「電脳マヴォ」編集部の小形克宏だ。「電脳マヴォ」は2012年1月に、編集家の竹熊健太郎が発行人兼編集長として創刊。埋もれている才能の発掘とプロデュースに編集のプロが関わっていくスタイルを貫いてきたユニークな存在でもある。2016年に全4話で掲載された加藤片の『よい祖母と孫の話』は2000万PVを記録し、同年9月に小学館クリエイティブから単行本化され話題になった。小形は言う。

電子コミックでは編集者の役割は紙以上かもしれません。たとえば、IT企業の担当者とマンガ家では文化が違う。ビジネスと芸術ですから、本来まったく相容れないものです。その間に立ってお互いのメッセージを伝え、スムーズに仕事ができるようにするのも編集者の大切な役目になります。マンガ家の立場を守りながらビジネスマンとやり取りするわけですから、結構ハードな仕事ですよ。

また、現状では、紙の単行本にしないとリクープできないわけですから、紙で読むことを前提にした作品づくりという、これまでどおりの編集者の仕事もあります。海外に配信する場合には、コマ割りを変更したり、ネームの位置を変えることもあります。その場合も、われわれ編集者がマンガ家をサポートします。もちろん、才能を発掘して、作品をよりよいものに育てる役目もあります。『良い祖母と孫の話』も加藤さんがネットで発表したオリジナルは16ページの短編でした。

単行本版『良い祖母と孫の話』のカバー。

小形が説明する電子コミックの編集者の姿は、編集者であると同時に出版エージェントの仕事にも極めて近いものだ。先に紹介した鈴木みその『ナナのリテラシー』の中でも、これからの時代の編集者は出版社を離れてマンガ・エージェントとしてマンガ家を支えてはどうか、というアイディアが提示されている。「電脳マヴォ」はそれを先取りしているわけだ。実は、「電脳マヴォ」のエージェント業務には重要な新機軸が隠されているのだが、それに関しては章を改めて詳しく書くことにしたい。

いずれにしても、小形たちのような存在が増えれば、鈴木のような自己プロデュース能力を持ったマンガ家でなくても、電子コミックで利益を上げることができるようになるのではないか。これはこれからの時代のマンガ家には心強い存在だ。

結論を言えば、マンガ編集者の未来は、編集者自身が時代の流れに合わせて自らをいかに変えていくか、という一点にかかっている。出版社という組織に帰属して安穏と暮らすことは難しくなるかもしれない。だが、新時代のマンガを生み出すという気概を持ったマンガ編集者にとって、未来は明るいのではないだろうか。

福岡の出版社、書肆侃侃房の挑戦

2017年8月17日
posted by 積読書店員ふぃぶりお

いわゆる“本屋本”と呼ばれるジャンルが、近年では確立している。これは、書店経営者や書店員などの「本屋」に携わる人々の書く出版物として、大型書店などでは棚1本にまとめきれないほど数が増えている。直近の刊行物で言えば、大井実『ローカルブックストアである:福岡ブックスキューブリック』、辻山良雄『本屋、はじめました』、田口幹人『まちの本屋』などである。

列挙した上記三つの作品を通読してみると、共通するキーワードがあることがわかる。それは、“コミュニティ”としての本屋であり、「本」を手に取ってもらうための仕掛けだ。どの本にもそのエピソードや考えが数多く述べられている(ぜひ本屋で手に取ってほしい)。この三氏は、それぞれの地域において、読書や本屋・出版にまつわる地域イベントとの関係性が近く、かつ深い。

本屋Titleの辻山さんはブックマークナゴヤ(愛知県名古屋市など)、さわや書店の田口さんはモリブロ(岩手県盛岡市)、そしてブックスキューブリックの大井さんはブックオカ(福岡市など)である。

これらのイベントは、「本」を媒介にして、各地域でのお祭りとしての要素はもちろんのこと、読書を普及する上でも欠かせないものとなっている。私は昨年のブックオカ関連イベントにおいて、福岡市の出版社であり、勢いのある「書肆侃侃房かんかんぼう」の方々にご挨拶する機会があった。

ブックスキューブリックの入り口にある平台最前列に置かれた、書肆侃侃房発行「たべるのがおそい」(最手前)。

ブックスキューブリックの入り口にある平台最前列に置かれた、書肆侃侃房発行「たべるのがおそい」(最手前)。

「書肆侃侃房」は、主に小説や短歌、また旅行ガイド等を刊行している。文学ムック「たべるのがおそい」創刊号に掲載された、今村夏子「あひる」が芥川賞にノミネートされて、九州の雑誌からは約20年ぶりの快挙ということで話題にもなった。「たべるのがおそい」は現時点で3号まで刊行されており、大変な反響を呼んでいる。

そこで、経営だけでなく編集にも携わっている書肆侃侃房代表の田島安江さん、編集に加えて経理なども行っておられる池田雪さん、そして特に書店向けの営業を担当されている園田直樹さんの三氏にインタビューをおこなった。

“本づくりに年齢は関係ない”

田島さんは公務員や専業主婦を経たのちに、フリーの校正、編集、ライターなどを経験、編集プロダクションを経て、出版社の書肆侃侃房を立ち上げた。インタビューは出版物として刊行されることの少ない、地方出版史としても興味深い話から始まった。

田島 出版に関わるようになったのは、葦書房に在籍していたころです。葦書房はもともと、東京書籍にいた人たちが分かれてつくった会社です。社長は当時福岡にあった「書店ふくおか」経営のかたわら水上さんが務め、(のちに梓書院を立ち上げた)田村(旧姓河内)さんや久本三多さんらによって始められました。

私は当時、大分で公務員をしていましたが、職場は文学の話題に触れられるような場所ではなく、わずか2年で退職して葦書房に入れてもらいました。葦書房では、印刷会社や福岡県婦人新聞社などに出向するばかりで、出版物の刊行にはやっと3冊ほど関わらせてもらいましたが、給料が払えないとリストラされ、大阪に。その後、札幌で結婚したあと、福岡に戻り、住宅情報雑誌のレポーターやフリーの校正者、旅行ガイド本に関係するフリーのライターなどを経験しました。

1988年に編プロ(編集プロダクション)の会社を設立、その後に1冊まるごとのディレクションに携わったのですが、本づくりを誰からも教えてもらえなかった。そこで、印刷会社などの人たちに教えを乞いました。製本・印刷の一般的な知識はあったけれど、本づくりにかかわるノドや小口、文字の大きさの指定、CMYKなどの詳細な部分は、実際の作業等を通して知識を得ていきました。すべてが手作業でした。

2002年に、“本づくりに年齢はあまり関係ない”と思って、書肆侃侃房を立ち上げました。侃侃房としては350冊程、また編プロとしては100冊ほどに携わってきました。会社を経営する立場になりましたが、いまでも人の原稿を読むことは多いです。

多岐に渡るジャンルを刊行される出版社の代表として、「どのような読書遍歴を歩んできたか」も尋ねてみた。

田島 幼少期に父親が買ってくれた『赤毛のアン』『アンネの日記』が原点で、学生時代には、ゲーテやヘッセ、ロシア文学なども読みました。好きなジャンルはミステリーで、松本清張や横溝正史、夢野久作など日本の作家の作品も読みましたが、北欧とくにアイスランドの作品が記憶に残っています。最近ではアルナルデュル・インドリダソンの作品『湿地』『緑衣の女』を面白く読みました。ほかに衝撃的だったのは、タチアナ・ド・ロネの『サラの鍵』ですね。

文芸雑誌は近年なかなか読めていないのですが、日本の文芸書も読みます。昨年の「本屋大賞」受賞作である宮下奈都さんの『羊と鋼の森』は好きな作品でした。また今村さんの「あひる」と一緒に芥川賞候補にノミネートされて、受賞作となった村田沙耶香さんの『コンビニ人間』も良かったです。仕事柄、詩集と歌集はつねづね読んでおり、文庫を持ち歩くことも多いです。

 文学への想いを熱く語る、書肆侃侃房代表の田島さん

文学への想いを熱く語る、書肆侃侃房代表の田島さん

装幀や校正をひとりでディレクションするだけでなく、「創業当時は私も池田も営業していました」と田島さん。「その後、短い間でしたが営業もいました。彼と入れ替わるように園田さんが入社したのですが、みんな営業も発送も何でもした」とのこと。20kgはある本の箱を抱えて、エレベーターがないビルの3階まで駆け上がっていたというエピソードには驚かされた。そうした経験を踏まえて、「ひとりで本をつくらない」という田島さんの言葉が印象的であった。

田島さんの姿勢は、“楽しむことが一番”というものだ。「本って、人に出会って初めて成立する」という考えのもとで、原則的に「著者の人には必ず会いに行く」という。定期的に発刊される新鋭短歌シリーズでは、同時期に刊行する著者や監修の方にも会い、さらにイベントにも参加しているとの言葉にも、熱量を感じた。

余談であるが、書肆侃侃房が日々携わっている作品などについては、ブログ「つれづれkankanbou 福岡の出版社「書肆侃侃房」の日々をつづる。」で詳しく読むことができる。
ぜひとも関係者の“熱”を、等身大の文章で書かれた記事から感じてとってほしい。

芥川賞候補作を生んだ文芸誌「たべるのがおそい」

「たべおそ」の解説をする田島さんの前には“ご縁”をつなげた『牢屋の鼠』も。

「たべおそ」の解説をする田島さんの前には“ご縁”をつなげた『牢屋の鼠』も。

「たべるのがおそい」(通称「たべおそ」)の創刊にも、日頃そのようなアンテナを張っているからこそつながった“ご縁”の力があったようだ。「たべるのがおそい」の編集長を務める小説家の西崎憲さんや「たべおそ」挿画部の方々、宮島亜紀さんらとの出会いのことである。

タイトル名については、採用された「たべるのがおそい」を含めて、数多くの案から選定したという。「人間は食べるのが遅い人も早い人もいて、その中でなぜ遅い人がダメなのか」という話に、関係者の間で議論が進み、多様性や、メインストリームではない人でも受け入れられる素地を残したいとの想いから、全員が良いと考えた「たべるのがおそい」に決まった。

「文学関係の賞受賞者も、最初は新人」だったということを、田島さんは強調する。「たべおそ」では、有名無名を問わず、目次に並ぶ名前は“あいうえお順” で、“文字の大きさ”も同じだ。「この方式なら全部読めてしまう」と、田島さんはこの雑誌がもつ、ある種の「ゆるさ」についても笑いながら話してくれた。これは、西崎さんをはじめ、他の編集スタッフも同じ思いだった。従来の文芸誌と同じことをする気はなかった。ちなみに「たべるのがおそい」は、雑誌コードではなく書籍コードである。

例えば、創刊号に掲載された円城塔さんの「バベル・タワー」は、最初「ファンは男性が多いのでは?」との声があったという。しかし刊行後には、女性からの「(この作品が)好き!」という反応もある、と田島さんは言う。「決めつけは、なし」。この言葉通り、ある面ではヒエラルキーの社会となっている短歌の世界でも、「若い人が既存の雑誌に書かせてもらえない。発表の場を提供したい」という強い願いがあり、「たべおそ」の掲載ジャンルとして短歌も加えたのだそうだ。西崎さんが歌人フラワーしげるであることも大きい。

余談だが、「たべおそ」をすでにご覧になられた方は、その文字組が巧妙に調整されており、また挿画に効果的な意味をもたせた作品の多いことにも気づいたはずだ。

アイデアマンである西崎さんと、これまでの編集・出版の経験を書肆侃侃房の立ち上げに注力した田島さん、そしてこのお二人の周囲に集まった方々との連携によって、3000冊からスタートした「たべるのがおそい」という文学ムックは、芥川賞候補作が掲載されたというニュースやSNS等での反響も呼び込んで、3刷にまで到達した。

円城塔さん以外にも、森見登美彦さん、津村記久子さん、藤野可織さんなどの定評ある小説家、そして穂村弘さんや、近頃ブレイクしている最果タヒさんなどの詩人も、各号にバランスよく掲載されている。なかでも創刊号に掲載された今村夏子さんの「あひる」にまつわるエピソードは、大変印象に残るものであった。

田島 今村さんは“天然”の人。創作する際には、プロットなどを緻密に計算して書くタイプではなく、自然に湧き上がってくる物語を紡ぎ上げて書き連ねていく作風の執筆ではないかと思います。「あひる」の創作の基になったのは、友人とたまたま通りかかった農家の家屋に“あひる”がいる姿を目撃したことだそうです。(芥川賞候補作となった短編の)「あひる」を書評ではメインで取り上げていただくが、この作品集に収められているほかの短編でも、子どもや老女を書くことが上手い。私にとってはどの作品も大変読むのが楽しい文章です。

「今村さんの作品は大手出版社から単行本化した方がよかったかもしれないが、いち早く単行本化希望を伝えていたので、今村さんはすんなりOKだった」と田島さんは言う。しかし芥川賞へのノミネートに関連しては、「今村さんも私もただびっくり」だったらしい。九州の文学・文芸関連雑誌としては、橙書店(熊本市)が編集に携わる『アルテリ』や、伽鹿舎(熊本市)の発行する『片隅』などもあり、「たべおそ」だけが特別というわけではない。

地方の出版社が本屋さんに望むこと

「地方という感覚がなく、逆に地方にいることがメリットになる」という田島さん。日常的に接する「本屋」という存在への想いを尋ねてみたところ、こんなエピソードが印象に残っている、と話してくれた。

田島 歌人の笹井宏之さんの第一歌集『ひとさらい』と第二歌集『てんとろり』を同時刊行した際に、紀伊國屋書店の星真一さん(現グランフロント大阪店長)からお声掛けをいただいたことですね。星さんから、店頭のフェアで短歌関連本を他社本や同人誌も含めて展開したところ、この短歌フェアが「すごく好評でやってよかった」と言っていただいたのが心に残っています。

「地方・小出版流通センター(全国各地の中小出版社を取り扱う取次のような存在)扱いだから置きたくない」とは言われないように、逆に「どうしてこの本を置いていないのか」と読者が書店に伝えてくれるような本をつくりたい、と田島さんは言う。その決意に満ちた口調からは、“本づくり”への強い意志と高い理想が垣間見えた。

インタビューの話題は、「本を手に取る場所」にまで及んだ。ネット書店とリアル書店の両方ともが大事な存在であり、リアル書店のなかにも「どこに行っても同じ本しか置いていない」店があることに警笛を鳴らすことも忘れない。ネットでの通販も、店頭での小売りも、お互いに「どちらか片方だけで成立する時代ではないのでは」と田島さんは言う。

田島 その上で、(本屋の方々には)どのようにしたら売れるのかを、考えてほしいんです。地方の小さな出版社は、書店とタッグを組んで行く以外に、生き残る方法はないのではないでしょうか。

先述した、東京の本屋Titleや福岡のブックス・キューブリックのように、イベントなどの仕掛けを総合的にプロデュースしていかなければ、本屋もこれからは厳しいのではないか。そのうえで、この頃増えてきた“ひとり出版社”や、九州内であればカモシカ書店(大分市)やひとやすみ書店(長崎市)などの小回りの利く本屋への関心も、田島さんは語られた。

「街」で出版をすることの矜持

代表の田島さんだけではなく、池田雪さんと園田直樹さんにもお話を伺った。

書肆侃侃房の母体となった編集プロダクションで学生時代からバイトしていた池田さんは、「カフェ散歩」や「KanKanTrip」(現在は17号発刊)シリーズに主に関わられており、ブックオカにも最初からスタッフとして参加している。

ブックオカにも携わられる編集等担当の池田さんと、文学フリマなどにも日本各地へ出向かれる営業担当の園田さん

ブックオカにも携わられる編集等担当の池田さんと、文学フリマなどにも日本各地へ出向かれる営業担当の園田さん。

イベントとしては10周年の区切りを持って“休眠”状態とも言えるブックオカ(本年2017年は“再始動”すると聞いている)だが、「お祭り」イベントから「交流できる場」、「出版業界が厳しい現状をどうできるか」と、その意味合いも、続けている間に変容してきたとのこと。「福岡を本の街にする」との想いを、作品づくりを通して模索している現状を話す姿は特に印象的であった。

また、ブックオカが編者となった、『本屋がなくなったら、困るじゃないか: 11時間ぐびぐび会議』(西日本新聞社)に収録された、「大手取次の店売(出版取次などの建物などで、書店や出版社が実際に商品を手に取ることができる商品の展示場所を指す)が九州からなくなっている」現状に、池田さんは危機感を持っておられた。九州の版元から九州の書店に本が行くのに東京を経由しなければならないのだから。

一方、営業担当の園田さんは「葉ね文庫」(大阪市北区)の池上さんとの出会いをこう語る。

園田 池上さんとは、新鋭短歌シリーズ第2期が始まったころのタイミングで接点がありました。大手書店チェーンの旗艦店並みに、この店では詩歌タイトルが動いています。葉ね文庫では店主との距離が近く、学生などもお客様に取り込んでいます。歌集、自費・リトルプレスなどの希少本が用意されているので、そのニーズも少なくないのではないかと思います。紀伊國屋書店新宿本店の梅﨑さんに出会えたことも大きいです。売ってあげたいというあたたかい思いが伝わってくる展示の仕方だったので。

「本と珈琲と酒とごはん」とのキーワードで、福岡市中心部にて書肆侃侃房が携わって運営されている『Read café(リードカフェ)』。

お三方へのインタビューを通して、「街」で出版をすることの意味、その矜持と覚悟を垣間見ることができた。ローカルという意味での「まち」が、今後の出版や書店に携わるものにとってのキーワードになること(事実なっていること)は間違いない。業界の行きつく先に、「待ち」の姿勢で携わる人間や自分(自社)のことのみしか考えない人間は淘汰されていくだろう。

田島さんがおっしゃった「楽しくないことはつづかない」という台詞が耳から離れない。ネット書店、そして電子書籍の「時代」になっている現状ではあるが、ひとの手のぬくもりを介した商業形態も生き残っていくことを、私自身は強く願っている。業界の暗さを嘲笑する声ではなく、具体的にかつ楽観的に(ただし現状は冷徹に判断したうえで)「本を読む場」と「本を手に入れる場」が提供されるために、諦めることのない“声”を上げ続けたい。

伺った話を振り返りながら、人生の伴走者としての「本」の未来を、私は明るく、かつ明確に思い描いた。そして、書肆侃侃房の方々のように業界全体が試行錯誤を繰り返し、模索することこそ必要だと強く感じた。

出版デジタル機構がNetGalleyを始めた理由

2017年8月9日
posted by 永江 朗

出版デジタル機構がNetGalleyというサービスを始めた。NetGalleyを直訳するなら「ネットのゲラ」。これだけでは意味がわからない。

いま出版社は、書籍の発売前にプルーフ版(仮刷り版)をつくり、新聞や雑誌の書評欄担当者や書評家などに送ることが多い。これを紙ではなくデジタル(PDFまたはePUB)に置き換えたものがNetGalleyだ。ただし、紙のプルーフ版は出版社が一方的に送るが、NetGalleyはサービスに登録した会員のなかから出版社が選んだ人物に送る。

出版デジタル機構の新名にいな新社長からこのサービスの話を聞いたとき、これはいいなと思った。わたしにもときどき出版社からプルーフ版が送られてくる。以前から「これがデジタルだと楽なんだけどな」と思っていた。ふだん本を買うときは、まずデジタルで探すのが習慣になっているから。以前、iBookで献本してくれた出版社があって、これは快適だった。

もっとも、出版社のほうにはデジタル献本に抵抗があるようだ。ある本のプレビューを依頼されたとき、「ゲラのPDFを送ってほしい」というと、先方が躊躇するのがなんとなく伝わってきた。それで、「第三者に渡すようなことは絶対にないので」というと、安心したようにPDFを送ってくれたことがある。

書評用に送られてくる刊行前の本のプルーフ版が電子書籍化されれば、出版社も書評家も助かる。NetGalleyはそのための仕組みである。

本をプロモーションするための新手法

日本の出版社は欧米に比べてプロモーションにじゅうぶん力を入れていないと感じる。その一因は〈出版社→取次→書店〉という、いわゆる通常ルートのシェアが高いからだろう。欧米の出版社が刊行前のプロモーションに熱心なのは、潜在的読者にその本の存在を知らせるとともに、書店から注文を取るためだ。ところが日本の「通常ルート」では、プロモーションに力を入れなくても、できあがった本を取次に入れさえすれば、取次が書店に配本してくれる(出版社の人間はしばしば「(本を)撒く」という言い方をする。象徴的だ)。どの書店に何冊配本するかも、取次が決めてくれる。書店の側からすると、本は何もしなくても(注文しなくても)入ってくる。

もちろんこうした「見計らい配本」「パターン配本」ではなく、出版社がどの書店に何冊配本するか指定する指定配本や、書店からの注文に応じて配本する注文出荷などもあるが、流通量の全体からすると圧倒的に少数だ。

新刊発行点数が少ない時代は、これでなんとかなっていた。本の現物が店頭に並ぶことこそが最高のプロモーションだった。読者は書店の店頭で本を手に取り、買うか買わないかを決めていた。もちろん新聞や雑誌などの広告で刊行を知ることもあっただろう。

しかし、この半世紀、新刊の発行点数は爆発的に増えた。70年代なかばに約2万点だった年間発行点数は21世紀に入って7万点を超え、ここ最近は8万点近い。3〜4倍になったのだ。一方で返品率は金額ベースで約4割と高止まりしたまま。1点の本が書店の店頭に並んでいる時間は短くなった。

知られるべき読者にその存在が知られることなく消えていく本が少なからずある。新刊の大洪水に押し流されるようにして。

ネット上のインフルエンサーなど「外の人」への期待

新名社長によると、日本の出版社もプロモーションの重要性を自覚しているという。ただ、アメリカの出版界のように刊行スケジュールをかなり先まで決めて、計画的にプロモーションする出版社はまれだ。ほとんどが行き当たりばったり。著者から原稿を受けとると、すぐ整理して印刷・製本に回し、本ができあがると1分でも早く取次に入れようとする。「発売前にプロモーションをする暇があったら、急いで書店店頭に並べたい」というのが実態だ。

なぜそうなってしまうのかは、「委託配本」(という名ではあるが、実際は返品条件つき仕入)という取引慣行と、それによる本の偽金化(新刊書は出版業界内の地域通貨である)のカラクリがあるのだけれども、その話は別の機会に。とりあえず、時間的にも精神的にもギリギリの状態だから、プロモーションでやれることは限られる。そのひとつがプルーフ版を書評欄担当者や書評家に送ることだ。

プルーフ版は作成にも送付にも費用がかかる。それでいて、費用に見合う効果があるのかどうかは不明。そこに悩んでいる出版社は多い、と新名社長はいう。

それはわたし自身の場合を考えてもわかる。わたしは週刊誌や月刊誌、季刊誌などで書評を連載し、ラジオ番組でも本の紹介をしている。そのほかにも新聞や雑誌に寄稿することがあり、重複するものもあるが、だいたい月に20冊ぐらい、書評を書いたりラジオで話したりしている計算になる。

そのなかでプルーフ版を送られたものは1割に満たないのではないだろうか。完成本を献本してもらったものを含めてもせいぜい3割ぐらいか。ほとんどは自腹で購入した本だ(連載ではなく、単発で書評の依頼がある場合、たいていは編集部がその本を用意してくれる)。出版社から見ると、プロモーションの費用対効果が悪い書評者ということになるかもしれない(このへんは書評者として葛藤がある。プルーフ版や完成本を送ってくれた編集者や宣伝担当者、著者の顔も目に浮かぶし、逆に「一読者としてニュートラルな気持ちで本を選ばねば」という気持ちもある)。

NetGalleyの画期的なところは、まず、プルーフ版に比べるとコストがはるかに少なくて済むことにある。ゲラのデータをPDFかePUBにして送信するだけなのだから、紙代・印刷代も配送料もかからない。効果の計量化——たとえばゲラを読んだ書評家が書評を書いたかどうかなどを数字として把握する——はプルーフ版でもできることだが(現状、出版社はどの程度、検証しているのだろう)、デジタルのほうがやりやすいように感じる。また、ゲラの送付先も、メディアの書評担当者や書評家だけでなく、メディア業界の外にいる人にも広げられる。人気ブロガーやユーチューバー、インフルエンサーと呼ばれる人たちにも。登録した人たちは「読みたい」と希望しているのだから、一方的に送りつけられたプルーフ版よりも積極的に読むはずだ。もしかするとベテラン書評家よりも、そうした「外」の人たちのほうが、市場への影響力は大きいかもしれない。

紙の出版を応援する仕組み

このように、NetGalleyの概要を聞くといいことずくめのように思える。しかし、「そもそも、なんで出版デジタル機構がこのビジネスをやるんだろう?」という疑問もわいてくる。なぜなら、出版デジタル機構は電子書籍の取次であって、NetGalleyは紙の本のプロモーション手段なのだから。紙と電子が「水と油」だとはいわないが、本来、出版デジタル機構にはあまり関係のない話ではないか。

新名社長は「電子書籍の市場は成長を続けていて、これからも拡大していくだろう。ところが肝心の出版界全体の元気がない。紙の出版を応援する仕組みが必要だと感じた」と話す。当初は米Firebrand Technorogies社の書誌データ・システムが有益だと考えて検討したが、日本の業界に最適化するにはハードルが高い。そこで、同社が提供するNetGalleyならば、と採用を決めたのだという。

しかし、さらに「そもそも」を重ねると、「そもそも、電子書籍に取次は必要だろうか」と、出版デジタル機構の存在意義そのものにも疑問がわいてくる。電子書店の数はリアル書店に比べるとはるかに少ない。出版社は取次を介さずに電子書店に卸したり、あるいは読者に直接販売することは、そう難しいことではない。紙の本では取次が物流・決済・情報の3機能を握っていて、それが取次の存在意義となっているが、電子書籍ではいずれも出版社ができることだ。それを大手出版社が共同で出版デジタル機構を立ち上げ、さらには官民ファンドから資金を引っぱってきたのは、電子書籍の世界でも紙の本の世界と同じように大手出版社が業界の支配権を握りたいという思惑があるからなのではないか。

ここで出版デジタル機構について軽くおさらいしておくと、講談社や小学館、新潮社、文藝春秋など、大手・中堅の出版社が中心になって準備会を立ち上げたのが2011年9月。翌年、4月に設立。その後、官民ファンドの産業革新機構や大日本印刷、凸版印刷などが株主に加わった。2013年には電子書籍取次大手のビットウェイを買収。そして、今年の3月には産業革新機構が持っていた株を電子書籍取次大手のメディアドゥが取得して、出版デジタル機構はメディアドゥの子会社になった。

電子書籍に取次はいらないのではないか。これは新名新社長も2014年の就任時に思っていたことだという。新名社長はKADOKAWAの出身である。だが、実際に出版デジタル機構で仕事をはじめてみると、取次にもそれなりの存在意義があるのがわかったという。各電子書店と細かい交渉をする人的または能力的な余裕のない出版社は多いし、電子書店のほうも「細かなところはひとまとめにしてほしい」という気持ちがあるようだ。出版社の電子出版に関するノウハウの蓄積もまだ不十分。だから、当面は電子書籍の世界でも取次が必要とされているということ。

まあ、このへんは、「細かい流通のことはめんどうだから取次にまかせちゃえ」という、紙の本について出版社や書店がやってきたことと本質的に同じだ。何でも他人まかせにしたり、もたれ合ったりというのは、日本の出版業界のさがというべきか。

しかし、やがて出版社が自前で電子書店に卸したり読者に直接販売するノウハウを身につけていけば、取次の役割は小さくなっていく。出版デジタル機構がNetGalleyやPicassol(電子と紙の同時制作を支援するサービス)といった紙の本のビジネスに関するサービスをはじめたり、慶應義塾大学などとともにAdvanced Publishingラボに参加して電子書籍の規格づくりをするのも、取次業の業務縮小を見越してのことといえる。5年後、10年後の出版デジタル機構の姿は、現在と大幅に変わっている可能性がある。

いよいよグランドオープン。出版社の反応は?

NetGalleyは5月に会員の募集をはじめ、サービスを試験的に開始した。参加出版社の第一弾は講談社や小学館、KADOKAWAなど7社。グランドオープンは8月だ(グランドオープン後のサイトはこちら)。

グランドオープンしたNetGalleyのトップ画面。

正直な感想を言うと、本稿を執筆している7月末の段階でNetGalleyに上がっている作品の中には、「ぜひゲラを読んでみたい」と思うものはない。でもそれより、出版社が冷静というか、冷淡なのが気になる。3月8日に日本文藝家協会の会議室で新名社長の講演を聴き、4月10日に出版デジタル機構で新名社長にインタビューしたときは、「これは出版界でかなりの話題になるぞ」「プロモーションを大きく変えるかもしれない」「日本の出版ビジネスを変える可能性もある」といささか興奮したものだった。

ところがどうだ、わたしの周辺の編集者からは、世間話のついでにNetGalleyの名前が出ることもない。むしろ鹿島茂氏がはじめた書評アーカイブ「オール・レビューズ」のほうが話題になっているくらいだ。出版デジタル機構の宣伝不足なのか、まだこれからということなのか、それとも「プロモーション? そんなものは本屋にまかせておけばいい。ウチはつくって撒くだけ」という、出版社の意識が50年前から変わらないからなのか。判断するには時期尚早かと思うが、なんか、ちょっとがっかりなのである。