省人化と小売――ふうせんかずら探訪と考察

2019年1月16日
posted by 湯浅 創

Paypayの100億円キャンペーンが10日で終わったという12月。「キャッシュレス」が経済産業省の施策として本格的に導入され始めている。オリンピック対応としてそれが正しいのか否かは歴史が判断するよりほかにないが、「イマココ」にいる存在としては、入り口でシャットアウトするのではなく、それをどのように「利活用する」かを考えておくことは重要である。

言うまでもなく、書店の粗利が低いことから、キャッシュレスにともなう決済手数料の負担は重荷である。第一のハードルは、「キャッシュレスにすることのメリットは何か」が提示できるかどうかであろう。

「フルキャッシュレス」書店としてのふうせんかずら

(写真提供:ふうせんかずら)

近鉄奈良駅から歩いて10分ほど。奈良町という観光スポットからは外れた、いわば鄙びた場所にある「ふうせんかずら」。その入居している古民家はリノベーション物件である。その在庫のセレクト性は他で紹介されているゆえにここでは述べないが、ポイントの一つは「事前登録制(会員制)キャッシュレス」という点である。楽天payを中心とするキャッシュレスな決済手段が提供されており、むしろ逆に現金は使用できない。これは店舗が無人店舗であり、入店を希望するのであれば、事前に登録しておくことで、入口ドアのロック解除の暗証番号が送られてくる仕組みだ。

(写真提供:ふうせんかずら)

特徴のある選書と棚(撮影は取材時、筆者による)。

小売のポイントの一つとして「接客」がある。相対することによってこそ、「イマココ」での触発があり、そこから売買が生まれる、という考えである。「ふうせんかずら」はそうではなく、商品が収められている「棚」と来店客が「会話」することによって売買が生まれるというスタイルということができよう。あるいはSNSを中心としたPRによって呼び込むことで、「目的買い」の場所として考えてもいいのかもしれない。

あらためて述べるまでもなく、書店の粗利は低く、なおかつ売れなくなってきている現在、家賃か人件費切り下げを余儀なくされている。同時に最低賃金の上昇から、新たな人手を確保することも難しく、首都圏・地方の区別なく、「通し」などと言われるような労働法的にはかなり「グレー」な働き方をしている書店員も多い。この人手不足の解消をそのような「サービス残業」「善意の搾取」の形で吸収しようとしているが、とある地方店は「人手不足閉店」を余儀なくされたという。

そこで注目されているのが、セルフレジ、キャッシュレス、そして無人店舗であるが、それぞれ経営者の皮算用ほどには簡単ではない。

1)セルフレジ
セルフレジの日本での導入は2008年頃から行われているので、すでに10年が経過している。それゆえに、スーパーなどにおいてはある程度定着してきていると言うこともできよう。だが、セルフレジの問題点の一つは店内動線上、「出口」に近いところに設置しない限り、「万引き」との区別がしにくいところにある。もちろん、他の防犯装置によってカバーすることも可能ではあるが、その分のコストが生じる。

決済は無人レジでキャッシュレス(写真提供:ふうせんかずら)

無人レジの決済画面(撮影は取材時、筆者による)。

書店の店舗設計は、クラシカルなものは出入口付近にキャッシャーが設置されているが、端末設置の影響その他から、そうとも限らない店舗も多い。また、「レジ袋」に入れることが中心の他の小売と違って、書皮(カバー)をかけることが多く(そしてそちらのほうがコストが安い)、それを望む購入者も多いために、その点からのホスピタリティーの低減が懸念される。

第二に、書店での購入点数は平均すれば2アイテムに満たないので、セルフレジによる処理の迅速化(=レジ待ち解消)にはそれほど貢献しない。

しかしながら、店舗立地によっては大きく貢献するところもある。たとえば、ターミナル駅に直結している店舗である。これは、列車に乗る寸前での購入がありうるので、そこを狙っての需要は考えられる。そしてこのことは、都会だけでなく、地方都市のように列車の本数が少ないところでも役に立つ。いわば「すぐ買いたい」という需要に応える余地の大きい店舗では検討しても良いだろう。

2)キャッシュレス
Paypayの「騒動」以来、ある程度の浸透が始まったといえるキャッシュレスであるが、その支払手段の多さがネックとなるだろう。すなわち、QR決済ひとつとっても5種類以上のものがあり、その他に交通系ICがあり、伝統的になクレジットカード、デビットカード、その他WAONやnanacoなどもある。それゆえ、レジスターが一括で対応できるものを導入できるところはよいが、そうでもないところは子機端末の嵐となり、結果、電源等においての圧迫が考えられる。

もちろん、Android端末などにおいて、ソフトウェアベースでかなりの種類のキャッシュレス手段を処理できるものも出てきている。ただ、その浸透にはもう少し時間がかかるだろう。

第二の問題としては、決済手数料の問題がある。大雑把に言って3.5%程度の手数料が発生するので、キャッシュレスによってまとめ買いが発生するということが説明できない限り、これもまたハードルが高い話となる。

第三の問題としては、「レジ締め」にかかるコストがキャッシュレスによって削減されるのであれば、導入メリットはあるかもしれない。しかし、ちょっとでも現金を扱う限りにおいて、レジ締め、両替のコスト(人件費、違算確認)は生じるのであるから、「現金お断り」というフルキャッシュレスにまで持っていかないと厳しいこととなる。

ただし、これもまた立地によっては推進すべきものとなろうし、「出版物購入」というビッグデータがマーケティング上必要であれば、そのデータの販売代金によって、導入コストは賄えるかもしれない。

また、出版社側からすれば、決済ベンダーが提供する「ポイント」にアプローチすることによって、報奨金を含めた販売施策の幅が広がる部分があるので、販売戦略としては可能性がある。

3)無人店舗
特に小売にとってのAmazonの存在は恐怖でさえあるので、AmazonGo開始時はややもすれば異常な熱狂を持って迎えられた。筆者は現地を訪問したことがないので、とおり一遍の情報でしかないが、この無人店舗(デリ)は、「キャッシャーがない」のであって、「無人」というわけではない(調理する人などはいる)。商品と決済という部分ではたしかに無人であり、このモデルがどこまで使えるのかが議論となっている。なお、いうまでもなく、中国ではすでにこの無人店舗は存在する(Amazonとは無関係)。

このモデルは、購入者の「コミュニティー」がある程度均質である必要があろう。AmazonGoも、最近、NEC内でセブンイレブンが始めた実験店舗も、「とあるオフィスに働いている従業員」が対象である。そのように顧客の多様性がある程度制限されている店舗であれば、規範の設定が比較的容易になるため、このモデルは通用するであろう。

第二に、このモデルは、レジ待ち解消がメインの目的にあるので、「お昼時」など購入集中がわかりやすい立地であれば、導入価値がある。このことと連動するが、第三に、このモデルの場合、「目的買い」が中心となる(お昼に食べる、といった目的)ので、「ぶらぶら買い」が多い総合書店にはやや向かないと考えられる。

逆に言えば、「目的買い」が多い書店であれば、このモデルは成立しうる。在庫整理の時間の制約がない故に、新刊の初速勝負の店には向かないが、所属者の質がある程度担保されている、大学内書店やオフィス・官庁内書店などでは検討すべきものであろう。

まとめ――購入行為は娯楽か労働か

上記のように、省人化を目的として、セルフレジ、キャッシュレス、また無人店舗の導入を検討することは、一長一短であることが見えてくる。もちろん、その「短所」に目を瞑ってでも導入しなければならないという事態もありうるし、それを否定するものではない。しかしながら、少なくとも「名目」としては、これらの手段を使用することで、「買い物がより便利になる」という感覚を購入者の側に与えない限りは、その導入はなかなかうまくいかないだろう。

下記のモデルをそのまま書店に当てはめることは難しいが、ディスカウントスーパーのトライアルが福岡のアイランドシティの実験店で行なっていることは、「買い物の未来」の一つの姿を見せてくれている。支払いはプリペイドカード(スマホアプリもある)で行う。郊外スーパーであるがゆえに、大量購入を想定し、ショッピングカートを用いている。そのカートに、バーコードリーダーとタブレットが付属しており、カゴに入れるたびにバーコードを読ませれば、金額が加算され、戻す場合はタブレットで取り消し操作をすれば良い。最終的にはゲートを通過し、個数確認をされて終わりである。支払いはプリペイドから引き落とされている。

おそらくは手数料の関係かビッグデータの捕捉の関係からであろう、プリペイドへの入金は現金のみであり、アプリ上でのカード支払いなどのキャッシュレス操作はできていないが、ここの部分は技術的に解消が容易であり、それほど重要な問題ではない。

ポイントは、「買い物する」という行為そのものが「労働」と捉えられているところである。これが「好きなモノを買う」という「娯楽としての買い物」、いわゆる「コト消費」と混在して語られるが故に、書店を小売として語るところに混乱が生じる。「書店で購入するのは娯楽なのか必要に迫られてなのか」。この問いを考えていく先に、書店の「未来」のひとつの形がおぼろげながら浮かんでくるのかもしれない。

非日常としての本屋、日常としての本屋

2019年1月9日
posted by 伊川 佐保子

年末年始に旅をした。日本列島を西に向かったその移動の意味の半分くらいは本屋を訪ねることにあったから、本屋へ向かう旅だったということもできなくはない(あと半分は、足の悪い祖母に会いに行くことである)。ここ最近、遠出が決まると、道すがら本屋を探し訪ねる生活が続いていた。

この旅では、岐阜・恵那の庭文庫と広島・尾道の弐拾dBのふたつの本屋に行った。どちらもその場所にあるよさをしんみりと感じることのできる、優しい店だ。もっと家の近くにあったらいいのにと、わがままな気持ちを抱かないわけでもないが、それは、また出かけようという言葉に置き換えられる。

旅の目的のひとつはこの店を訪れることだった。

思い出の中には、本と本屋にまつわる風景がいくらでもある。それらはいつも、駅前には小さな新刊書店とBOOKOFFがあり、立ち読みをしては、お小遣いで100円の文庫本や漫画を買った。足りなければTSUTAYAもあった。同級生の親戚がやっていた近所の駄菓子屋では、月末から早売りしている「りぼん」を買い、小学生も高学年になると、自転車で15分ほどのところにある大きな新刊書店に通った(そこでは大学時代、一度アルバイトもした)。もっとさかのぼれば、幼稚園時代に住んでいた場所の近くには、絵本専門店があって、わたしは読み聞かせ会に連れて行ってもらっていたらしい。

思い返せば、いくらでも本と本屋にまつわる風景が浮かぶ。それはいつも、幸せな景色としてわたしの中に存在している。

近ごろ、本屋に行くことは非日常になっているという。確かにそうなのかもしれない。必要な本があればAmazonで買えばいいのだから、わざわざ本屋に行くことは趣味のひとつにすぎない。いわれてみれば、わたしにとってもそうだ。多くの人々にとって本屋が当たり前のものだったのは、わたしのこども時代、あるいはそれよりさらに前の時代であって、そちらの方が特別だったといえるのだろう。

本屋のたしなみ

旅の前々日、自分の店の開店準備の工事がどうにかこうにか始まった日。大工さんの一挙手一投足を眺め続けているわけにもいかないので、青山ブックセンター六本木店跡地にできた文喫へ足を延ばしてみた。わたしの店ほんやのほからは、東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅から電車に乗って10駅目が六本木駅。近いというほどではないが、行くこと自体はむずかしくない。

六本木を歩くのは久しぶりだったので、きょろきょろしながら店内に入る。平日の朝10時すぎ、オープンから1時間後。客の姿は少なく、黒いジャケットを羽織った店員が掃除をしていた。暖房が効いていたが、眠気を誘うほどではない。内装は本屋というより、上品なホテルのラウンジという雰囲気だ。一般人を寄せ付けないように見えて、中に入ってしまえばくつろぐための工夫がされている。

その配慮された空間に、それでもまだ恐る恐る入場料を支払うと、店員から手渡されたバッジを身につけた。雑誌の入った棚を開けたり、階段を上って本を眺めてみる。カウンターで煎茶をもらって机のある席に着き、横の席に座る人を真似てパソコンを出してみる。立体的な店内の一番上にある席からは店内をちょうどよく見渡せて、そわそわしていた気持ちが落ち着いてきた。

コートを脱いで椅子に掛けると、また本棚の方へ行ってみた。すべて1冊ずつ、同じ本はひとつもないのだという。工夫されているという噂を聞いていた平台には、文脈を感じさせる本が並べられていた。

文喫の書棚。

見ているうちに、わたしのスイッチが入った。手に取ってみたい、この本を読んでみたい、買って帰りたい。そう思ってしまうだけの楽しさがここにはあった。企みが隠されている。その企みが客の動きによってまた変化していくならば、来るたびに楽しめるだろうという予感が胸に残った。

本棚から数冊を手に取り、席に戻る。本を机に置いて、入り口でもらったパンフレットをめくると、「文喫のたしなみ方」としていくつかのルールが書かれていた。なるほど、この場はたしなむものなのか。いや、あるいは本屋自体がそうなのかもしれない。

一般的な本屋に「たしなみ方」があるとすれば、どうだろう。まずその中に「入場料を支払う」とは書かれていないはずだ。たいていは、「ふらりと立ち寄れて、お金を使わずに出ることができる」とされているように思う。

従来の本屋の常識からとらえるなら、文喫は非常識な本屋だ。でもわたしのような本好き、あるいは少なくとも本に嫌悪感は持たない人が、気分転換に作業するしたりのんびりくつろいだりする空間だとすれば、聞いていたよりも日常的な場所かもしれないと感じた。

たしかに部屋着で訪れるような場所ではない。でも例えば、どこか街に出かけて、急に刺激がほしくなったとき。どうせ面倒な仕事を片付けるなら、たまに息抜きのできる本のある空間で過ごしたいと思ったとき。その人にとっては、選択肢の上位に入ってくる場所かもしれない。そして思うに、日本には本屋の常識を気にする人よりも、「ちょっとした本好き」の方が多いのではないだろうか。

文喫は入場料を取ることで、本屋としては当たり前だった「ふらりと立ち寄れて、お金を使わずに出ることができる」ことに例外を示し、それがひとつのあり方にすぎないと明らかにした。どちらのあり方がいいかを語るよりむしろ、そのどちらもが本屋として許容されうることがわたしにはうれしい。

文喫では数時間くつろぎ、すぐに買いたかった雑誌と、どこかで出会えば買いたかった本と、はじめて触れて気になった本の合計3冊を購入した。また行くと思う。

まだ見ぬ本が勝手にうごめいている場所

この数年、車に乗る機会が増えた。それまで徒歩、自転車、電車がわたしの移動のほとんどすべてだったところに、突然、車が加わったのだ。すると、自分の中の地図がまるで変わってしまった。よく行く場所は「自転車か電車で近いところ」から「車で行きやすいところ」に替わり、今までとは違う風景を見るようになったのだ。かんたんに行けると思っていた紀伊國屋書店新宿本店は駐車しづらい場所になり、その代わり、なかなか行けないと思っていた遠い町の書店にも立ち寄れるようになった。人間とはなんと他のものに左右されやすい存在なのだろうと驚く。でもだからこそ、行こうと思えばどこにでも行ける現代に、わたしたちは好きなように移動し、本屋を発見することができる。

わたしが始めようとしているほんやのほにしても、オフィス街のビルの2階にあり、「どこでもドア」のない時代では、たいていの人にとって非日常的な本屋だろう。でも、誰かの日常の中に組み込まれることもあり得ないとはいえない。

わたしは、自宅のとなりに本屋があればいいと空想し続けている。自分の部屋の本棚もいいが、それだけでは足りない。それはあくまで、一度は自分の把握したものであり、覚えのない本を発掘してそれがいかに新鮮に感じられたとしても、本は動いていないのだから。わたしが思う本屋とは「わたしのあずかり知らぬうちに、まだ見ぬ本が勝手にうごめいている場所」であるようだ。

本の生きている音がする場所。そのためには、自分ひとりだけではない何者かの手が入っていなくてはいけない。そういう本屋が、家のとなりになぜないのだろうか。週によって、日によって、時間によって違う本屋がかんたんに行ける場所にあればいい。なんならすべての本屋がとなりにあればいい。つい、「どこでもドア」の発明を願ってしまう(もちろん、向かうまでの景色や思い出も含めて本屋の思い出になるのだから、それが失われるのは悲しいことでもあるが)。

本が動き続け、わたしがそれらに出会い続けるために、わたし以外の誰かもすぐにさまざまな本屋に出かけられ、その本屋でそれぞれに本を手に取ればいいと願う。それもおっかなびっくりではなく、ただ当然のこととして手に取ってほしい。買って帰って、読むなり、眺めるなり、触れるなり、本棚に並べるなりすればいい。わたしはすべての本屋の中に制御不能な動きを見続けたい。それがさまざまであればいい。なんとも利己的な願いだ。そんな途方もない願いを抱きながら、わたしは小さなひとつの本屋を作る。

本を動かしていくもの

旅の中、岐阜・恵那で訪れた庭文庫では、開店してからずっと行きたいと思っていた本屋だというだけでなく、休みの予定だったところわざわざ開けてもらったという事情もあり、少し緊張をしていた。

庭文庫の店内。

それでもゆったりした時間の中で、並ぶ本を手に取り、広がる景色を眺め、お茶をいただきながらストーブの前にのんびりしていると、店主の百瀬さんが「弁当を買ってきて、一緒に食べませんか」とさそってくれた。弁当屋が年末休暇に入っていたため、それは実現しなかったのだが、わたしは彼の優しさと、あまりの自然さにほっと息をついた。いいな、いいなとくり返し思う。こうやって旅の中ででも、今までに気付かなかった本屋との日常の芽は生まれていくのだろう。それはきっと、本を動かしていくものだ。

東京に帰ってみると、店の工事は難航し停滞していた。開店するにあたり準備不足なあれやこれやにも、徐々に気がついてきている。それでもきっと、2019年の2月1日に本屋「ほんやのほ」はオープンする。

本屋「ほんやのほ」は2月1日のオープンに向けて着々と工事中。

はやく、誰かの日常の発見になりうる本屋を試してみたい。本屋として、多くの人にたしなまれてほしい。そうすることで、多くの人々の手によって本が動き続けられますように。日本橋大伝馬町からはずいぶん遠い旅先の地で、そう願ったことを、忘れないようにしたい。

いま本をめぐる環境は、とてもよいのではないか

2019年1月7日
posted by 仲俣暁生

あけましておめでとうございます。今年で「マガジン航」は創刊から10年を迎えることになります。

昨年は下北沢に誰でも来ていただける「編集室」をあらたに設けました。今年はこの場所を拠点に、ウェブメディア以外にもいろいろな活動をしてまいります。今後も「マガジン航」をどうぞよろしくお願いいたします。

*   *   *

この年末年始は仕事を離れて自分の読みたい本だけを読んで過ごした。10年前にこのサイトを立ち上げたときに漠然と思い描いていたような、電子化へと急激に舵を切るような「本の未来」は、2019年の現在もまだ現実には訪れていない。けれどもいま私たちが享受している書物をめぐる環境は、読者という立場に身をおくかぎりは、きわめて快適といっていいだろう。

仕事納めのあと、買ってからしばらく積んであった本の山を崩し、手始めに野崎歓『水の匂いがするようだ――井伏鱒二のほうへ』(集英社)にとりかかった。一気に読了し、井伏文学の魅力を語る野崎さんの見事な語り口に感嘆した私は、大晦日に近所の新刊書店と古本屋をまわり、地元で手に入る限り井伏鱒二の文庫本をかき集めた(手に入らない分は電子書籍でも購入した)。

また以前から気になっていたミステリー小説、アンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』(創元推理文庫)も年末年始の楽しみに買っておいた。こちらは読み始めて早々に乱丁がみつかり、正月明けに購入先の書店で交換してもらうという「事件」までオマケについたが、それも含めておおいに堪能したのだった。

本が本を連れてくる

野崎さんの本を読んで井伏鱒二にたどり着いたように、私の場合、本との出会いは書店の店頭よりも、「そのとき読んでいる本」に導かれて起こることが多い。ようするに本が本を連れてくるわけだが、実際にその本を手にするまでには、多くの場合インターネットが介在する(野崎さんの本の存在を知ったのも店頭ではなく、ネット上の広告か書評だったように思う)。

井伏鱒二の作品というと、教科書で読んだ「山椒魚」、広島の原爆を題材にした『黒い雨』、数年前に買って読みかけたままの『荻窪風土記』、井伏訳で読んだロフティングの『ドリトル先生』シリーズぐらいしか、私にはすぐには思い浮かばない。野崎さんという優れた水先案内人のおかげでこれら以外の井伏作品に導かれ、すぐにも読みたくなったが、既刊書は刊行年度が古いものが多く、当然ながら、新本として手に入れるのが難しい。確実に手に入れたければ、電子書籍が出ていれば電子書籍で、あるいは古書で購うしかない。

こう書くとネガティブな印象を与えるかもしれないが、紙では絶版(あるいは品切れ重版未定)になっている本も、ネットで検索すれば古書または電子書籍がみつかる。古書の場合は文庫から全集まで好きなものを選べるし、カタチのない電子書籍の場合は、即座に読み始められるだけでなく、古書のように汚れや傷みを気にしないで済むという利点もある。

ソーシャルメディアを介して「本と出会うこと」も格段に増えた。私の場合、フェイスブック上の知人が読んでいる本を自分でも読みたくなる、というかたちで「本と出会う」ことも多い(そういう人はあんがい多いのではないか)。とくに世間で話題になっている本の場合、信頼できる読み手である知人(得意なジャンルごとに何人もいる)の意見を参考にする。『カササギ殺人事件』はこのパターンで成功した(予想とはずいぶん違う話だったが、十分に面白かった)。

読書の多様化

本との出会い方だけでなく、「読書の仕方」も10年前に比べて格段に多様化した。

新年を迎えて私が最初に買った本は、洋書の電子書籍版だった。ビッグバンから恒星や惑星の形成、元素や生命の誕生を経て、人類の発生と文明の発展までを総合的に研究し記述する「ビッグ・ヒストリー」という学際的なアプローチについての本を、この分野について大いに信頼できる知人がフェイスブックで紹介しており、刺激を受けて同じ本をすぐに読みたくなったのだ。

アマゾンで検索すると、デイヴィッド・クリスチャンの「Origin Story: A Big History of Everything」というその本は、電子書籍版であれば千円未満で買えることがわかり、すぐにクリック。さっそく、昨年のうちに買ってあった音声認識アシスタント機器でテキストを読み上げさせた。

Kindle版で買った本はechoで読み上げ可能。同時に別の端末で読み進めることも。

ヒアリングも読解も片方ではいまひとつ不安な自分も、人工音声での読み上げを耳にしつつ、電子書籍端末のスクリーン上でもテキストを目で追う(ときどき辞書で日本語の意味を確認しつつ)ことで理解がかなりはかどった。こういう「読書」ができるようになったのは、読書テクノロジーの発展のおかげである。

この話にはオマケがある。その翌日、別の本を買いにまた地元の書店にでかけたところ、知人が紹介していたビッグ・ヒストリーについてのもう一冊の本(大判の図鑑)が邦訳されているのを発見したのだ。そもそもこの本を買うつもりで来たわけでもなく、税込9000円を超える高額書であるため二の足を踏んだが、「ここで出会ったが百年目」という気持ちになり、エイヤッと買うことに決めた。

正月早々これほどの高額本を売ることができたのだから、地元の書店は「Origin Story」に安い電子書籍版が存在したことを感謝すべきであろう。

「出版不況」は無意味な言葉

なぜこういうことを書くかといえば、年中行事のように繰り返される「出版不況」という言葉に違和感があるからだ。

読者はいま、さまざまな場で本と出会い、本を買い、さまざまなかたちで読んでいる。「新刊を紙の本で定価で買って読む」ということ以外にさまざまな選択肢(古書のネット購入や電子書籍)が生まれた以上、紙の書籍市場がある程度、縮小するのは仕方ない。それにしては、少子化や消費増税といった逆風も吹いているなかで書籍市場は、あんがい踏みとどまっているのではないか。

出版市場統計をもとにメディアが十年一日のように伝え続けている「出版不況」とは、インターネット広告の急激な拡大で「広告媒体としての雑誌」の存在意義が薄れたこと、マンガという出版コンテンツが上首尾に電子書籍(およびウェブ)へと移行したこと、さらにここまで述べたようなかたちで本との出会いの場が多様化し、読書全体に対して新刊書が占める割合(担うべき役割)が相対的に減じたこと、この三つが複雑に絡み合っている事態をぞんざいに一言でまとめただけの、まったく意味のない言葉だと私は考える。

公共図書館で借りるという選択肢まで含めれば、いま本を読む環境は幾重にも多層化・多様化している。それは基本的によいことだろう。純然たる「読者」の立場からみれば、本と出会うための環境は、少なくとも私が学生だった1980年代よりも全体としてはるかに向上している。

そしてこの環境はもはや、それ以前には戻らない。いまからさらに10年後、本を読む環境はさらに多層化・多様化していくだろうし、そのことを私は大いに期待する。これが年末年始を読書三昧で過ごした「読者」としての偽らざる実感である。

闘争心が必要だ

2018年12月28日
posted by 藤谷 治

第10信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

頭の中で果てしなく連想ゲームを膨らませてしまう僕は、人と話していてもいつの間にか、目の前の話題からかけ離れたことを考えたり言ったりしてしまうという、失礼な癖があります。仲俣さんの手紙にあった、出版不況と電子書籍と雑誌という話を読んで、僕は「だくだく」という落語を思い出してしまいました。

「だくだく」は、一文無しの家に泥棒が入る話です。その家には家財道具が一切なく、タンスも掛け軸も壁に描かれた絵なのです。これに呆れた泥棒が、しかしせっかく入ったところで何も盗らないのは沽券にかかわると、「タンスを開けたつもり。風呂敷を広げたつもり。品物を風呂敷に集めたつもり」と、すべて「つもり」で泥棒を演じます。声に目覚めた家の主が、泥棒の「つもり」に乗っかって、「泥棒を退治するつもり。槍をつかんだつもり。槍で泥棒を突き刺したつもり」と相手をすると、泥棒が倒れて「うーぬ、血がだくだくと出たつもり」というオチ。

僕が小説家になる以前から、出版不況や雑誌が売れないという話はありました。しかし「フィクショネス」立ち上げ当初(1998年)には、それは「雑誌に広告収入が足りない」ということだったと思います。店によく来ていたフリーの編集者がその話をしながら、この「だくだく」の話をしたのでした。

「だからね、雑誌なんか本当に出す必要はないんですよ」とその編集者は言いました。「出版社は作家の原稿を集めて、作家は原稿料を貰う、そのために雑誌があるんですから、それだけをやればいいわけです。版元は印刷したつもり、売ったつもりで毎月締め切りを設けて、本物の雑誌をつくる経費は浮かしていいんですよ」

もちろんその編集者はふざけてそう言ったのですし、僕もその時は笑っただけでしたが、その後にこの話を思い出すことがありました。電子書籍の台頭したころです。

確かに僕は電子書籍が出版界を席巻するとか、紙の書物は漸次駆逐されるといった議論には、当時も今も浮薄なものを感じています。現在に至るも僕が使っている電子書籍に類するものは「青空文庫」だけですが、あれを使うたびに僕は、そこに書かれたものに対する自分の冷たさ、残酷さを思わずにはいられません。

それは無料だからでもなく、読みたいところだけを抜き読みするからでもありません。僕が電子書籍を読むことに感じる冷たさは、ひとえに「そこにない」ことに理由があります。情報端末のディスプレイに浮かぶテキスト情報は、ただいっとき僕の目の前に浮かぶだけで、存在ではありません。存在しないからこちらの思い付きで朝でも夜中でも、どんな場所にも呼び出すことができます。どんな犬より忠実で、どんな娼婦より安価で、どんな友人より捨てやすい。これは同じテキスト情報用のツールでありながら、存在を主張する紙の本とは真逆の特徴です。存在しないものには温度もなく、したがって冷たい、ということでもあります。

しかしこれらの特徴は、雑誌としてならすべてが長所となりうるのではないか。僕はそう考えています。電子書籍の雑誌を作るのに予算がどれくらい必要なのかは知らないのですが、紙媒体よりも安価にできるとすれば、それは笑い話だった「だくだく」方式に、とても近いものになるはずです。在庫や返品に悩まされることもないでしょうし、雑誌の電子化に出版社が本腰を入れれば、こんにち課題とされているらしいネット上での課金への抵抗感や集客についても、大きな改善が期待できると思います。

どうやら現状では、紙媒体よりもネットの雑誌は、商業としてはまだまだ難しいようです。そして紙の雑誌も売れないという話しか聞きませんから、ネットの不振と出版不況は、どこかでつながっているのでしょう。

僕は思うのですが、今年を最後に出版人は、落ち込んだり萎縮したり、どうすれば売れるんだろうと頭をかかえたりするのを、一切やめたらどうでしょう。僕自身のことでもありますが、不景気の波に吞まれて暗い顔をするのは、もううんざりです。そしてどんな人でも陰気な顔をするときは、常にちょっと、馬鹿みたいです。

不況の時に必要なのは背中を丸めて神に祈ることではなく、諸行無常を嘆く諦念でもなく、闘争心です。仲俣さんの言う「運動」とも、それは通じるのではないかと思います。

運動とか闘争とか言うと、まるで古い左翼活動のようなイメージが出てきてしまいますが、僕の考える運動、そして闘争心は、それとは恐らく異なるものです。それは「書字」のようなものです。

これは、ひところ石川九楊氏の本を好んで読んでいた時に学んだことです。長いこと僕は、書というのはなんか知らんがそれっぽい字が和紙の上に書かれていて、床の間に麗々しく飾られている、それを茶人がありがたがる、そんなものだと思っていました。でもそんなものではないのでした。書を見るというのは、起筆がどこからどのように始まり、どこで力が抜かれ、また力が籠められ、どこで筆が浮いてどこに再びおろされるか、という、運動を見るということだったのです。運動の軌跡ではありません。書は、書き終えられたものであっても、今そこで運動しているのです。書は、それを見ることによって動く。実際に書をそのように、「どう書かれているか」を見ていけば、誰にでもそれが判りま す。

僕が考える闘争心とは、そのような運動をみずからに促す力であり、運動とはまったく即物的な、動きそのものです。私たちにはそれがどうしても必要です。動く、ということは、芸術の根本だからです。美術であれ文学であれ、運動のない芸術がどこにあるでしょう。芸術の優劣を定めるのは、哲学的な価値基準でもなく政治的な党派性でもない。そこに運動が見いだせるかどうかです。そして芸術とは、つまり人間の営みのすべてのことです。

運動の反対は萎縮であり、出版界が不況によって萎縮しているとすれば、それは僕に言わせれば、出版界の人間がみずから自分の運動を放棄しているのと同じです。

「フィクショネス」を開く直前、僕はサンフランシスコに行きました。1998年のことです。それ以来僕は渡米していません。

本屋を開いて一人で切り盛りするとなれば、旅になど当分出られなくなる、と思っての一人旅でしたが、目的地はひとつしかありませんでした。サンフランシスコ名物である坂の途中にある、黒い塀の本屋でした。

16年間、誰にも気づかれたことはありませんが、「フィクショネス」のレジ裏の壁には、「シティ・ライツ・ブックストア」の紙袋が、画鋲で貼ってありました。当時からシティ・ライツは、半分観光名所になっていて、お土産用の布バッグやマグカップも売っていたのですが、そんなものを買ったら「フィクショネス」がこの店のようにはならなくなる、と意地を張って、本を買った紙袋だけを持って帰ったのでした。

シティ・ライツの創立者であり、詩人でもあるローレンス・ファーレンゲッティは、あれでなかなかの商売人ですから、とてもあのような経営を僕が日本ですることは適いませんでしたが、ああいう書店でありたい、ありたかったという憧憬は、今でさえあります。

そしてそのような可能性をはらんだ書店は、実は今、増えているのではないでしょうか。「シティ・ライツ」がビートニクのたまり場だった頃、アメリカは決して黄金時代ではなかった。むしろ惨憺たるありさまだった。とりわけ文学者の境遇はひどかった。不遇が優れた芸術を生む、というのはステレオタイプかもしれず、当事者たる私たちにはたまったものではありませんが、世間の冷たい風と無関心こそが、出版新時代の吉兆である可能性は、小さくないのではないかと思っています。

こちらも長い手紙になりました。良いお年をお迎えください。

第1信第2信第3信第4信第5信第6信第7信第8信第9信|第11信につづく)

運動体としての「文芸誌」に未来はあるか

2018年12月28日
posted by 仲俣暁生

第9信(仲俣暁生から藤谷治へ)

藤谷治様

早いものでこの往復書簡をはじめて3ヶ月になります。そのほかにも秋にはNovelJamという創作合宿イベントで審査員をお願いし、先日は本屋B&Bでの「文学の教室 年末番外編」でご一緒させていただくなど、藤谷さんとは顔を合わせる機会の多い一年でした。

思い出してみると、僕が「マガジン航」を創刊した2009年の秋に南青山のボイジャーの事務所を借りてささやかな創刊パーティを開いたときにも、藤谷さんは来てくれたのでした。あのころは電子書籍をめぐる議論がとても盛んな時期で、この新しい技術がなんらかのよきことを出版や書物に付け加えてくれると信じる、楽観的な雰囲気が多分にありました。日本でアマゾンのKindleをはじめとする電子書籍の各種サービスが本格的に始まるのは、それから3年後の2012年ですが、実際にその時代が到来する前のほうがそういう気分が横溢していたように思います。

ただ、いま思えば藤谷さんはあのとき、電子書籍というものにあまり乗り気ではない態度をとっておられたように記憶しています。電子書籍自体に対する不満ではなく、そうしたものが書物のありかたを本質的に変えるといわんばかりの、時流にのった軽薄な議論への懐疑だったかもしれません。この問題についてはその後、お互いに突っ込んだ話をしたわけではありませんが、案の定というべきか、日本では電子書籍はまださして普及していません(マンガという特殊な出版物をのぞいて)。そしてこの先もしばらくはこんな状態――つまり、ドラスティックに出版を変えるほどではなく、あくまでも副次的なものとして――存在していくのだろうなと、いまの僕は思っています。

ただ、それとはまったく別の理由で、出版や編集という営みがいま大きな過渡期、変革期を迎えている。時候の挨拶のように繰り返されてきた「出版不況」という表現では言い尽くせないほどの、盤石だと思っていた地面が崩れ落ちてしまいかねないような不安を、この業界で働く人の多くが感じている。そうした前提に立ちつつも、この往復書簡では短期的な業界動向にとらわれることなく、文学と編集とを二つの焦点とした楕円軌道のような対話を、もうしばらくはゆるゆるとやっていきたいと思っています。

ただ編集の問題については、まだうまく核心に踏み込めていない、というもどかしさをいまだに感じています。今年の秋からある大学院の文学部で編集理論を教える機会を得ました。広い意味での「編集」の仕事はもう30年もやってきたのだから、それなりに教えられることはあるだろうと安請け合いをしたのですが、いざ授業計画を立ててみると、とても「理論」などと呼べるものを提示できない自分に気がつきました。

僕が受け持つことになった講義の前任者は、以前にも話題にした『編集者 漱石』の著者、長谷川郁夫さんです。文芸編集者としても出版者としても多大な功績を残された彼のような経験をもたない負い目以上に、そもそも文芸編集(とりわけ書物の編集)と、僕が多少なりと経験したきたような雑誌の編集とでは、同じ「編集」でもまったくことなる仕事――それを「技術」と言い換えてもいいでしょう――なのだということを痛感させられました。

今年の講義では仕方なく、特徴的な編集技法をもつ過去または現存の雑誌をそのつど取り上げ、その雑誌の成り立ちに深くかかわった編集者の事績を紹介しつつ、彼らが採用した――ある場合には「発案」した――編集技法を論じる、というかたちをとりました。文学研究を専門とする大学院生に多少でも役立つ講義でありえたかこころもとないまま、なんとか半年を切り抜けたばかりです。

前回の手紙でNovelJamという創作合宿における「編集の不在」、そこまでいわないまでも、少なくとも「不可視」であったことを藤谷さんが指摘されたとき、僕が思ったのも実はこのことでした。短期間に、しかも電子的なかたちでのみ「出版」される小説を編集するという行為は、書物の編集というよりも雑誌、さらにいえばウェブメディアの編集に近い行為なのかもしれないな、と。

僕が考える「編集者」の理想像は――多くの場合、雑誌の、ということになりますが――、これも前に漱石と子規の関係に触れたときにも述べたとおり、なんらかの運動体の主唱者であり組織者であること、そして多くの場合、自らも書き手であることです。今年の講義で扱ったなかで分かりやすい例を挙げるなら、「文藝春秋」の菊池寛、「暮しの手帖」の花森安治、「ユリイカ」の三浦雅士、「本の雑誌」の椎名誠と目黒考二といった人たち。彼らがいまの時代に若者であったならば、いったいなにをするだろうか、と想像するのは楽しいことです(直近の例としては「ゲンロン」で東浩紀がやってきたことが、その一つの解といえるかもしれません)。

ところで僕からのひとつ前の手紙で、「フィクショネス」というお店も一つの編集されたメディアだったのではないか、藤谷さんはいまは「小説」という実作のなかでそれを継続しているのではないか、というようなことを書きました。書物と雑誌の編集はまったく異なるなどと言っておきながら、本屋という空間と小説作品とを「編集」という言葉で結びつけようとするのが強引なことだとはわかっています。ただ、行き詰まっている出版の世界を打開するために「編集」という技術や行為を可視化させ、露呈させるには、伝統的な「文芸編集者」のイメージから思い切り離れたところに光をあてたほうがよい気がするのです。

本屋が文学的な共同体の母体であった例は、海外では枚挙にいとまがありません。パリのシェイクスピア・アンド・カンパニー、サンフランシスコのシティ・ライツ、須賀敦子が描いたミラノのコルシア書店などがすぐに思い浮かびます。藤谷さんがフィクショネスという本屋をはじめたとき、こうした先例を思い浮かべたりはしませんでしたか。

とはいえ、「雑誌」的な編集と文学とを愚直に結びつけるなら、そこにまっさきに見出されるのは「文芸誌」です。話を少し戻すことになりますが、今年は文芸誌受難の年でした。藤谷さんにはいま、文芸と雑誌の関係がどんな風にみえていますか。大手出版社が出すいまの文芸誌、小説誌だけを念頭に置く必要はありません。かつてあこがれた文芸誌(海外でも、他の時代でも)はありますか。そしてご自身を、なんらかの運動体(文学運動でなくてもかまいません)のなかに位置づけたいと思ったことはあるでしょうか。

個々の作家の独立した営為を恣意的にグルーピングするのは評論家の悪弊ですが、文芸誌がそれなりに実質的に運動を担っていた時代が少なくとも過去にはありました。そのようなことが今後はもうありえないのかといえば、実は僕はやや楽観しているのです。むしろ、いまこそ新しいタイプの運動体としての「文芸誌」が必要なのではないか。

海外では文芸誌もさかんにウェブで活動しています。「マガジン航」では以前に秦隆司さんが「エヴァグリーン・レビュー」という伝統ある文芸誌がオンライン版として再始動したことを紹介してくれました。また日本の「早稲田文学」ともコラボレーションしたことがある「グランタ」もネットでの活動に熱心です。これらに掲載される英語の小説をそのまま楽しめないのは残念ですが、こういう動きは日本でもこれから当然でてくると思います。

日本では紙媒体として、「たべるのがおそい」「しししし」をはじめとする小さな文芸マガジンが次々に生まれています(ご存知のとおり前者は書肆侃侃房という福岡の出版社、後者は双子のライオン堂という東京・赤坂の本屋が発行しています)。また、文学フリマという即売会の活動も息長く続いています。こうしてみると「文芸誌」という運動体にはこれからも一定の意味があるのではないか。当然、そこではウェブや電子書籍といった見慣れたテクノロジーも、それに見合った編集技術とともに力を発揮していくのではないか。せめてそのくらいの楽観主義をもちたいと、いまあらためて僕は考えています。

このあたりは実際に手を動かしてみないと分からないこともあるので、文芸と電子媒体を組み合わせた活動を、来年は自分でもちょっとやってみようかと思っているところです。

今回も長くなりました。よいお年をお迎えください。

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