新しいウェブ世界構築のための議論

2016年6月22日
posted by 時実 象一

2013年6月、CIAに勤務していたエドワード・スノーデンは、アメリカ合衆国の国家安全保障局(NSA)が日本を含む世界の38ヵ国の大使館に対して盗聴を行っていたことを暴露した。ワシントンのEU代表部に対しては、職員のパソコンの作業ログをのぞき見ることも行っていた。また、英国の政府通信本部(GCHQ)はネット上の通信記録から個人を特定することを行っていた。

このように、現代のウェブでは利用者のプライバシーが国家によってないがしろにされている。このことに多くの知識人は危機感を抱いている。

非集中型ウェブ・サミット:ウェブをオープンにしよう

World Wide Web(ウェブ)の発明者でW3Cの創設者であるティム・バーナーズ=リー、TCP/IPプロトコルの共同開発者でインターネットの父と呼ばれるヴィント・サーフ、そしてインターネット・アーカイブの創設者で所長であるブリュースター・ケールが一堂に集まるとそれだけでニュースになる。

2016年6月8日〜9日にサンフランシスコのインターネット・アーカイブの本部で開かれた「非集中型ウェブ・サミット: ウェブをオープンにしよう」(Decentralized Web Summit: Locking the Web Open)はニューヨーク・タイムズ、フォーチュン、ニューズウィーク、インクワイアラ―などの紙面を飾った(下はサンフランシスコのインターネット・アーカイブ本部[元教会の建物] の前で撮った集合写真)。

これを報じた各メディアの見出しは次のとおりである。

ニューヨーク・タイムズ
「ウェブの創設者たちは作り直しを目指している」(The Web’s Creator Looks to Reinvent It. The New York Times. 2016/6/7)

フォーチュン
「二人の預言者が壊れたインターネットの修復を求める」(Here’s How Two Visionaries Want to Fix a Broken Internet. Fortune. 2016/6/8)

ニューズ・ウィーク
「ウェブの修正第一条とインターネットの未来への希望」(Building the First Amendment into the Web and Other Hopes for the Internet’s Future.)

インクワイアラ―
「バーナーズ=リー卿語る、インターネットは世界最大の監視装置となってしまった」(Sir Tim Berners-Lee: Internet has become ‘world’s largest surveillance network’. The Inquirer. 2016/6/8)

ネットの「預言者」たちはかく語れり

これらの記事に紹介された、「預言者」たちのことばを具体的に紹介しよう。

ティム・バーナーズ=リーの発言。

lee photo by Brad Shirakawa

ウェブは人々を監視し、何を読んでいるかスパイし、国によってはサイトをブロックし、利用者を誤ったサイトに誘導している。問題なのは巨大な検索エンジン、大規模なソーシャル・ネットワーク、そしてツイッターである。これを克服するには、非集中型のウェブが必要である。(上記「インクワイアラー」より)

ヴィント・サーフの発言。

serf photo by Brad Shirakawa

いまや歴史はウェブの上で起きている。したがってウェブの永続性が必要である。非集中型には必ずしも賛成しないが、ウェブが自分で版を管理しアーカイブを保存するような仕組みが必要だと考えている(上記「ニューズ・ウィーク」より)。

ブリュースター・ケールの発言。

kahle photo by Brad Shirakawa

インターネットは ①信頼性があり、② プライバシーが守られ、③そして楽しいものでなくてはならない。今は ①②が実現していない。これを変えるには非集中型ウェブが必要である(上記「ニューズ・ウィーク」より)。

「非集中型ウェブ」構想の詳細については、この会議を招集したインターネット・アーカイブのブリュースター・ケールが自分のブログで次のように説明している(Locking the Web Open: A Call for a Distributed Web. 2015/8/11.)

1)インターネット (コンピュータ通信のハードとソフト) は分散型で共同運用されているにもかかわらず、その上で動くウェブ (ブラウザを通じて情報を流す仕組み) は集中管理されている。ウェブには持続性がなく、またプライバシーがない。これを非集中型のものとして再構築すべきである。

2)エドワード・スノーデンが暴露したように、世界の国家はインターネットを通じて自国民、他国民を監視している。また中華人民共和国はニューヨーク・タイムズもインターネット・アーカイブもブロックしている。

3)非集中型ウェブを実現するための既存の技術としては、JavaScript、公開鍵暗号、発信者への支払いシステムとしてのBitCoin、分散システムを実現する技術としてBitCoinをサポートする技術であるBlock Chainなどが考えられる。分散型CMSであるWordPressを使って多数の利用者がデータを互いに持ち合うことも考えられる。それを可能にするモデルとしてはピア・ツー・ピア技術を用いたファイルの配布システムBitTorrentがある。これを用いればあるファイルを請求した場合、複数のコンピュータからすでにダウンロードされたファイルから断片が送られてくる。ダウンロードした利用者自身がファイル提供サーバーとなっているのだ。このようにしてデータの所在や発信源を分散すれば、個人の閲覧履歴を国家が窃視したり情報をブロックすることが困難になる。

左上から右に「Blockchain」「BitCoin」「JavaScript」のロゴと「公開鍵暗号」のイメージ。

左上から右に「Blockchain」「BitCoin」「JavaScript」のロゴと「公開鍵暗号」のイメージ。

当然のことながら、ケールが紹介した技術がすべてではなく、またこれらは要素技術としては存在するが、いまだ組み合わされて新しいウェブとして実現しているわけではない。今回の会議では、これらの技術やその他の可能性について議論されたと思われる。

この会議に集まった人々は、開かれた、検閲のない、分散化されたネットワークを目指している。会議の様子をとらえた写真を見ると、上記のような大物は一部で、多くの参加者は第一線で活躍している若い技術者たちのようである。

photo by Brad Shirakawa

photo by Brad Shirakawa

非集中型ウェブを構築しようという試みは始まったばかりだが、Google、Facebookといった現在の巨大IT企業も、もともとは小さなスタートアップだった。若い技術者たちの大胆なアイデアがこれまでネット社会を牽引してきた歴史を顧みれば、非集中型ウェブという夢もまったく無謀な計画ではないと思われる。なおこの会議にはGoogle, mozillaなどもスポンサーになっていることも最後に記しておく。

この会議のスポンサー企業一覧。

このサミットをスポンサーしている企業の一覧。

ローカルメディアで〈地域〉を変える〜
「マガジン航」主催のメディア塾を開講します

2016年6月21日
posted by マガジン航

不特定多数のマスマーケットに向けた中央発信型のメディアが機能しなくなりつつある一方で、地域やコミュニティに根ざした”ローカルメディア”が各地で活況を呈しています。こうしたローカルメディアはたんにコンテンツが魅力的であるだけでなく、その存在が新たな人の交流や、新しい地域ビジネスを生みつつあります。

「マガジン航」ではこうした動きに積極的にかかわる人を支援・育成するため、連続セミナー「ローカルメディアで〈地域〉を変える」を7月より全3回の予定で開催いたします。


ローカルメディアで〈地域〉を変える(全3回)

《本セミナーのポイント》

・ローカルメディアが「問題解決のツール」であることを知る。
・メディアをつくることで、コミュニティのアイデンティティを強化する。
・地域文化を醸成し、東京中心の文化のあり方を相対化する。
・成功例から得られる教訓・方法論を共有し、「教材化」する。

《本セミナーに参加していただきたい方》
・地方自治体の首長、まちづくり事業担当職員
・地域に根ざした中小企業の経営者、広報担当者
・まちおこしや地域活性化、地域ブランディングにかかわる実務者
・ローカルメディアの制作・編集にかかわる実務者

このセミナーでは日本各地でローカルメディアの実践に関わる方を講師に迎え、テーマごとに具体的な方法論をうかがいます。全三回を通して受講いただくことで、ローカルメディアを運営する上でのノウハウが学べます。モデレーターは『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)の著者・影山裕樹と「マガジン航」編集発行人の仲俣暁生がつとめます。

第一回は、下記のとおり開催いたします。


第一回「持続可能なまちづくりにメディアを活かす」

ローカルメディアをどのように運営すれば、持続的なまちづくりに寄与し、地域文化を活性化することができるのか? セミナーの初回では城崎温泉で知られる兵庫県豊岡市にある「城崎国際アートセンター」の館長で、地域の若手経営者が運営するNPO法人「本と温泉」の設立にもかかわられた田口幹也氏と、コミュニティ・トラベル・ガイド「三陸人」「福井人」「海士人」などの制作・デザインで知られる「(社会の課題に、市民の創造力を。)issue+design」の小菅隆太氏を講師にお迎えします。

日時:7月28日(木)14:00-18:00(開場は13:30)
会場:devcafe@INFOCITY
渋谷区神宮前5-52-2 青山オーバルビル16F
http://devcafe.org/access/
(最寄り駅:東京メトロ・表参道駅)
定員:30名
受講料:8,000円(分科会・交流会への参加費込み)

※受講申し込みはこちらから。
http://peatix.com/event/177662/

講師:
田口幹也氏
小菅隆太氏

《当日のタイムテーブル》
◎各登壇者による講演(各45分)
14:15〜15:00 田口幹也さん講演
15:05〜15:50 小菅隆太さん講演
15:50〜16:20 モデレーターを交えたディスカッション
(休憩)

◎分科会〜交流会
16:30〜17:15 分科会
17:15〜18:00 交流会

◎登壇者プロフィール

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田口幹也(たぐち・みきや)
城崎国際アートセンター 館長兼広報・マーケティングディレクター)
1969 年豊岡市日高町生まれ。上智大学法学部卒業。30代はベンチャーの起業、ショップのオープン、サッカー専門紙の立ち上げ等を友人からの相談を機に経験、企画やPR、営業などの雑多なキャリアを積む。2011年の東日本大震災を機に、23 年間の東京生活を終え豊岡市にUターン。2012年頃より、子育てのかたわら、市の広報・PR等の”おせっかい”を行う。
2014年4月より現職。城崎温泉街在住。

NPO法人「本と温泉」が開発した城崎温泉だけで買える「本」。

NPO法人「本と温泉」が開発した城崎温泉だけで買える「本」。

城崎国際アートセンター外観 ©西山円茄

城崎国際アートセンター外観 ©西山円茄


小菅隆太(こすげ・りゅうた)
「社会の課題に、市民の創造力を。」issue+design所属。広報・PR担当)。
1975年神奈川県川崎市生まれ。東海大学法学部卒業。「地域に住まう魅力的な人々と出会う旅」をテーマにした旅のガイドブック、コミュニティ・トラベル・ガイドシリーズ「三陸人」にて、クラウドファンディングによる資金調達や、書籍の世界を丸ごと体感できる「三陸人カフェ@東京」企画、さらには、同シリーズ初となるオンラインマガジン「新宮人」のディレクションを担当。群馬県嬬恋村観光大使、“妻という最も身近な赤の他人を大切にする人が増えると世界は平和になるかもしれないね“をスローガンとする「日本愛妻家協会」の主任調査員として、地域の枠を超え精力的に活動中。

コミュニティ・トラベル・ガイド・オンライン「新宮人」

コミュニティ・トラベル・ガイド・オンライン「新宮人」 http://communitytravel.jp/shingu/

日本愛妻家協会(群馬県嬬恋村)

日本愛妻家協会(群馬県嬬恋村) 
http://www.aisaika.org/

◎モデレーター・プロフィール
影山裕樹(かげやま・ゆうき)
1982年生まれ。編集者、プランニング・エディター。「スタジオボイス」、フィルムアート社編集部などを経て独立。アート/カルチャー書のプロデュース・編集、ウェブサイトや広報誌の編集のほか、各地の芸術祭やアートプロジェクトに編集者/ディレクターとして関わる。著書に『大人が作る秘密基地』(DU BOOKS)、『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)。「NPO法人 芸術公社」メンバー。「マガジン航」にて「ローカルメディアというフロンティアへ」を連載中。

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仲俣暁生(なかまたあきお)
1964年生まれ。編集者、文筆家。「マガジン航」編集発行人。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。

第二回目以降は、以下のテーマを予定しています。

■第二回 テーマ「メディアが地域にビジネスを産み出す」
■第三回 テーマ「地域に根ざした中小企業のメディアづくり」
(登壇者は決定次第、お知らせいたします)


※このセミナーは「マガジン航」が新たにはじめる、次世代メディアのあり方を探るための実践的な取り組み、通称「メディア塾」の第一弾です。

media-seminar

「無書店自治体を走る本屋さん」は、なぜ走る?

2016年6月16日
posted by 荒井宏明

本の砂漠・北海道で社会実験

北海道では1998年を境に書店の数が減少の一途を辿り、現在、179市町村のうち約50の自治体が「無書店自治体(ゼロ書店自治体)」だ。市町村総数における「無書店自治体が占める比率」をみると、全国ワースト6位だが、北海道は本州と比べると広大な面積の自治体が多く、隣町に本屋があったとしても車で1時間とか、峠越えとかが珍しくない。路面の積雪・凍結期ともなれば、いっそう移動がキツく、「本の入手の困難さ」で計れば、おそらく全国ワースト1位だろう。

そうであっても公共図書館などで「まちの本の保有量」が補完されていれば、まだ良いのだが、公共図書館設置率で全国ワースト3位、学校図書館の整備(新刊購入予算の措置率)で同ワースト2位となれば「本の砂漠・北海道」という呼称もあながち誇張でなくなる。

「活字離れ」でもなく、「あらかたアマゾンに取って替わられた」わけでもなく、「電子書籍が市場を席巻した」わけでもなく、「本が買えなくなったほど貧しくなった」わけでもない。活字離れどころか「読書意欲」の調査結果をみれば、北海道の子どもは全国平均を超えている。だから「いまさら本屋でもないっしょ」と放り投げず、いま一度「地方で暮らすひとたちが本を手に取る手段」について考えをめぐらせてみよう。そういった主旨のもと「北海道の無書店自治体を走る本屋さん」(以下、「走る本屋さん」)を起案し、実施にこぎつけた。

2016年4月から道内の3自治体(妹背牛町、喜茂別町、西興部村)で「走る本屋さん」をスタートした。各自治体に月に一度(主に土曜)、移動書店車「やまびこ号」で訪れ、仮設テントを立てて、午前10時~午後3時まで「臨時書店」を実施する。事業の主管・運営は、わたしが代表理事を務める「一般社団法人北海道ブックシェアリング」が担っている。

車両内では約300冊の新刊の絵本・児童書を販売。テントでは児童書・一般書・文庫・新書などの古書、約1800冊を販売する。

車両内では約300冊の新刊の絵本・児童書を販売。テントでは児童書・一般書・文庫・新書などの古書、約1800冊を販売する。

本屋のネガティブ要因の回避

「走る本屋さん」事業は「社会実験」として2年間実施する。地域の事情から逆算し、持続志向の書店形態を見定める、つまり「潰れづらい書店のあり方の模索とデータ採取」が目的だ。

具体的にいうと「本屋を経営する上での『ネガティブ要因』の数々を回避することで『売る側の事情』を極力排し、『地域の図書ニーズ』をクリアに捉えよう」というプロジェクトであり、この方針に基づいて計画を策定した。

①店舗を持たずに移動販売車を使う(店舗家賃など固定費の回避)
②綿密な選書によって在庫を絞る(過大在庫や取次送りによるムダ在庫の回避)
③買い切りで仕入れたり、古書を併売することで利率を高める(利益率の低さ回避)
④複数名のボランティアスタッフによる協力を得ながら実施する(人件費や万引き、スタッフの過労の回避)
⑤費用をかけずに広範囲に宣伝する(広告宣伝費の回避)
⑥行政・企業・研究機関・同業者など、だれでもウエルカム、どことも仲良しの全方位外交に徹する(敵対勢力発生の回避)

正直に言うと使命感は2割ぐらいで、8割は「興味本位とワクワク感」に突き動かされての計画作りだった。本事業が「月に一度訪問してのイベント書店」である以上、固定の「リアル書店」とは異なる手応えにならざるを得ない。だから事業の成否は「生の声」をどれだけ掴むことができるか、「本に関するリアルな動き」をどれだけ生み出していけるか、にかかっている。「地域に深く入り込んでからが、企画の試されどき」といっていい。

①は、一般社団法人北海道ブックシェアリングが実施した「被災地での仮設図書館の寄贈事業」でご縁が生まれた陸前高田市から、除却された図書館車「やまびこ号」を譲っていただいた。三菱ふそうのトラックキャンターをベースにした1.5トンタイプの特装車両だ。わたしはときどきこれでドライブして「ひとり野外図書館」を楽しむ(なんという贅沢!)。

②は、当会のボランティアスタッフ(元書店員や図書館員、教員)の意見を基に、絵本・児童書の購入リストを作成した。定番と話題書、おすすめ本などのベストミックスを心がけた。実際の売れ行きからリストを再検証し、洗練するという作業も欠かせない。

③は、作家の落合恵子氏が社長を務める書籍卸の「子どもの文化普及協会」(東京)からの買い切り(概ね70%掛け)と、札幌市内の古書店から仕入れた古書(概ね30%掛け)を組み合わせた。また、これによって来場した家族4人がひとり1冊づつ購入しても合計で5千円を超えないようにし、家計の負担軽減を図った。

④は、わたしが以前から考えていたことでもある。北海道の郡部において、ボランティアによる「リアル書店の運営」は検討に値するテーマだ。洗練されたボランティアは、向上心のないプロに勝る。

⑤は、北海道新聞社の販売局と提携し、新聞を購読する全世帯に案内チラシを入れてもらった。また店主に行政との窓口を務めていただいたり、事業実施の際に販売店の敷地を使わせていただくなど多くの面で協力を得ている。ちなみに北海道ではすべての市町村に北海道新聞の販売店があり、販売のみならず訃報やアマチュアスポーツの戦績などの情報集積拠点になっている。地域の教育委員を務める販売店主も少なくない。

⑥は重要。NPOの活動では、これが「できる・できない」がプロジェクトの成否を分ける場面も多々ある。

やまびこ号が会場に到着。当会職員2名とボランティア2名の4名体制で「一日書店」を運営する。

やまびこ号が会場に到着。当会職員2名とボランティア2名の4名体制で「一日書店」を運営する。

午前と午後に各1回、そしてリクエストが入るごとに「大型絵本の読み聞かせ」を実施する。自由に絵本が座り読み・寝読みができるコーナーも設けている。

午前と午後に各1回、そしてリクエストが入るごとに「大型絵本の読み聞かせ」を実施する。自由に絵本が座り読み・寝読みができるコーナーも設けている。

やまびこ号で282キロを行く

「走る本屋さん」を実施した3自治体での本年4月から6月11日までの成果は以下のとおりだった。

【妹背牛町(もせうしちょう)】
人口約3100人。道内有数の米作地帯。5年前に最後の書店が閉店。近くの書店まで車で40分。同じくらいの距離にブックオフがある。ただし両店とも絵本や児童書、専門書はほとんどラインナップしていないので、約50分かけて旭川市にある大型書店まで行く住民も多い。同町はブックスタート(自治体が0歳児健診時などで絵本をプレゼントする事業。道内では6割強の自治体が導入)を実施していないので「(走る本屋さんで)赤ちゃん絵本を初めて手にした」という若いお母さんも多かった。
●「走る本屋さん」は、幹線道路に面した道新販売店の敷地でこれまで2回実施。一日の来場は60人~110人。一日あたりの売上は1万5千円~3万8千円。

【喜茂別町(きもべつちょう)】
人口約2300人。人口は過去40年で半分以下となり、8年前に無書店となった。最も近い書店は車で35分の倶知安町(くっちゃんちょう)にあるが、ラインナップが薄いので、本をよく読む層は中山峠を越えて1時間かけて札幌まで行く。
●「走る本屋さん」は、同町図書室横の広場でこれまで2回実施。一日の来場は70~100人。一日あたりの売上は8千円~2万5千円。

【西興部村(にしおこっぺむら)】
札幌から北東へ282キロメートル。これは東京から愛知県豊田市手前あたりまでの距離に等しい。人口約1100人。高齢者が多く、就労者は人口の半数にとどまる。エレキギターのボディ生産量は国内有数。地域情報化政策に積極的に取り組み、村営ホテルや木育事業などユニークな振興策で知られる。最後の書店は6年前に閉店。近くの書店は車で50分の名寄市にある。豪雪地帯のため、冬季の移動は困難を伴う。
●「走る本屋さん」は、同町図書室前の広場でこれまで1回実施。一日の来場は80人。一日あたりの売上は9千円(終日雨天)。

絵本・児童書のラインナップは当会の専門家によるセレクト。もちろん車内での立ち読みも大歓迎。外に持ち出してベンチで読むも良し。

絵本・児童書のラインナップは当会の専門家によるセレクト。もちろん車内での立ち読みも大歓迎。外に持ち出してベンチで読むも良し。

この日、赤ちゃんは初めて「赤ちゃん絵本」に触れた。

この日、赤ちゃんは初めて「赤ちゃん絵本」に触れた。

「キャラバンを組んだ本の販売会」としてみるなら、もちろん採算割れだが、日常に寄り添う形での本屋営業としてみるなら決して反応は悪くない。大型絵本の読み聞かせや、読書コーナーなどの参加意欲も予想以上の手応えだ。読書グループとの連携なども生まれ、「読書サロン創設」に向けた取り組みが始まるなど、予想外の動きにもつながっている。

今後は実施自治体を増やし、データの蓄積や「生の声」の採取を続けながら、地域の化学変化を促していきたい。地元の方々に運営の担い手になっていただき、八百屋併設の書店やボランティア運営の書店、町営・村営書店、いや書店でなくてもかまわない。活きのいいラインナップのマイクロライブラリーやブクブク交換サロンなど「地域の人が手に取れる本の保有量と施設、関わる人」をじわじわと拡大していくのだ。「興味本位とワクワク感」に突き動かされながら、今日も「やまびこ号」は広大な大地を駆け巡る。

自治体に協力いただき、公共施設が臨時の「走る本屋さん会場」に変身。読み聞かせをしているのが筆者。

自治体に協力いただき、公共施設が臨時の「走る本屋さん会場」に変身。読み聞かせをしているのが筆者。

【お知らせ】
現在、北海道地元のクラウドファンディング「ACT NOW」にて『北海道で書店のないまちをゆく「走る本屋さん」を実践したい!』とのタイトルでクラウドファンディングを実施しています(2016年7月8日まで)。北海道の読書事情・図書事情・書店事情をじわじわと再整備していく「動き」にぜひご賛同いただければ幸いです。支援リターンの『北の読書環境白書』は、上記の成果なども含め、筆者が渾身で取材・執筆する「北海道の図書事情に関する現状報告」です。

『北海道で書店のないまちをゆく「走る本屋さん」を実践したい!』http://actnow.jp/project/moving_bookstore/detail

出版営業が『まっ直ぐに本を売る』を読む

2016年6月13日
posted by 湯浅 創

4年前の秋の夕暮れ。1時間に1本のローカル線の駅から歩いて20分。バスも廃線となった北関東の幹線道路脇を私はテクテクと歩いていた。世間では涼しくなってきたとほざいているが、注文書を入れた重いかばんとともにいるので、汗だくである。

「せんせー、せんせー、せんせー、せんせー」

ロードサイドを中心に展開するとあるチェーン書店の自動ドアを開けるなり、就業時間を終え、すでに私服に着替えていた彼女が呼びかける。何度も呼ぶのは癖なのか何なのかよくわからない。

「せんせー、『割戻し』って歩戻しのこと?」

書店員なのだが、簿記の学習中のため、アポは「退勤後!」というご指定である。要するに、営業で訪問しているはずなのだが、やっていることは勉強の指導である。こっちは汗を引かせたいので一服したいところなのだが、お構いなしに話を続ける。

「ウチらだと『歩』じゃん。『割』の方が大きいよね」

「あー、似ているけど違うかな。『割戻し』は、『たくさん買ってくれたら、ちょっとおまけするよ』ということ。『リベート』っていうと悪い感じがするかもしれないけどね。『歩戻し』は、手数料みたいなものかな。簿記には出てこないよ」

「ふーん。まあ後で聞くからいいや。じゃー、棚見ておいてねー。片付けたら、戻ってくるから」

「はいよ」

「あ、ちゃんと答えられなかったら、おごりだからね」

いつもおごりだと思うのだが。というか、おごった上で授業をするというのはどうなんだ。まあ、帰りは駅まで乗せてもらおう。

「歩戻し」か。不思議な制度だな。とくに何かしてもらった気がしないけれども。

いまの出版流通が抱える問題点

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石橋毅史『まっ直ぐに本を売る』(苦楽堂)で描かれているのは、2001年に創業した出版社、トランスビューが考案した画期的なノウハウ、いわゆる「トランスビュー」方式の詳細である。トランスビューの流通手法は、「直取引」と「注文出荷制」と称される。その目的は「書店にまっとうな利益を得てほしいから」(同書、p55)である。

本稿がもし目に触れるとすれば、その大半は「出版業界人」であろうが、それ以外の方がいるかもしれないので、簡単にこの意味を説明してみよう。

まず、「直取引」のほうから行こう。本を作るメーカーが約4,000社、小売が(コンビニを除いて)約12,000店の中で、その間を取り持つ、卸(取次、と呼ばれる)は大手2社が寡占状態で、年間出版物流通量の85%近くを占めている。「直取引」とはこの「卸」を介さずに、メーカーが小売に商品を送品することである。当然、売上を配分するプレイヤーが一つ減るので、メーカーと小売の取分は多くなる。ただし、卸が行っている「手間」のコストをどのように負担するか、が課題となる。

一般に「卸、八分口銭」と言われるように、経済産業省が出している「メーカー/卸/小売」の売上配分は出版業界の場合、「70/8/22」となっている。だが実際には、「歩戻し」と称される「委託手数料」が発生し、「65/13/22」が多くの場合である。歩戻しがない出版社もあるが、それは「卸」の株主であるから、株主優待みたいなものである。

情報と金融の「プロトコル」化

ここでの問題は、小売、すなわち書店の「22」という低すぎるマージンである。この売上配分のエコシステムは、少なくとも戦後から続くものであるが、このベースにあるのは「パパママショップ」すなわち、家賃と人件費がほぼ考慮になかった、昨今言われている「町の本屋」のような書店を前提していたことが予想される。だが、出版規模の拡大に伴い、現実には店舗も大型化し、チェーン展開がされるようになった。

出版物売上が右肩上がりで、なおかつ、「委託返品制」という、キャッシュ・フローを無視したエコシステムが回っているうちはそれでもよかったが、1990年代半ば以後、売上高が減少し、回転速度が遅くなると、このシステムは崩壊に向かう。したがって売上配分を変更しなければならないのだが、それは当然、「誰か」が「割を食う」ことになる。

そのターゲットにされたのが「卸」、つまり取次である。取次の売上高はきわめて高いので、他2者からみれば「うらやましい」ということと、大きいがゆえに小回りが利かないので、フラストレーションを発生させる。ついでに「取次は物言わぬことが美徳」(星野渉「だれが本屋を殺しているのか 3」Mybook No.111、2001年8月)がゆえに、腹を割った交渉がなかなかできないのである。

他の業種でも、「中抜き」は進行している。が、その背景にあるのは「IT化」である。出版業界の「中抜き」が遅々として進まないのは「IT化」がまるでできていないところにある。メーカーも小売もITを導入するには規模が小さすぎるということにくわえ、そもそも「IT」とは「紙」に対立するものだ、という感情的な反発もあったのだろう。いずれにしても情報と金融をプロトコル化、すなわち手順の標準化と共有化をしない限り、「中抜き」は成立しえない。

「トランスビュー方式」は、その「IT化が進まない出版業界」における「中抜き」の方法を示している。だがそれは、物流、金融、情報の三つの流れの規模が「小さい」からこそできるともいえる。「直取引」は、メーカーの物流費(配送料とアセンブリ費)および回収コストを上昇させるので、規模が大きくなると破綻に近づく。それでもなお、「直取引」によって「70/0/30(68/0/32)」となるのであれば、それは書店経営の安定化に帰する話である。

それでもなお、一般的な「メーカー/小売」の売上配分からすれば、出版界の標準的な流通マージンは低すぎる。一般メーカー/小売の売上配分は、販売価格の値引きを前提としているため、製造原価は「(平均)販売価格の20%」が基本とされ、卸を介さないのであれば、「60/0/40」が標準値となる。では、出版業界ではこれが「70/8/22」ないし「65/13/22」となってしまうのはなぜか? ここで出版業界独特(となってしまった)の「再販制度」、つまりは「値引きができない」が絡んでくる。トランスビューが製造原価を「25%」(p96)にするというのはそれを意識しているのだろう。

書店の責任を高めることで、書店を自由にする

もう一つの柱である「注文出荷制」とは、「書店の要望どおりの冊数を送る」「書店への販売促進はしない」の二つから構成される。これもまた、業界外の人からは不可思議に思えることであろうが、出版物の出荷は一般には「配本」と呼ばれる「見計らい」で送品が行われる。これは多品種少量生産という出版物の特性から考えれば、ある意味で合理的な手法である。

問題は「見計らい」と「実際」との乖離である。すなわち、「品出し/返品コスト」の問題である。メーカーからすれば少量なのだが、小売からすれば十分に多品種である。この「多品種」を、上記の「低利」、すなわち少人数で捌くために、一人あたりの負荷がかかる。注文出荷制は、これを回避するために、「書店に発注責任をもってもらう」という意図がある。それはトランスビューが返品運賃を書店側が負担するよう、明示的に求めていることにも現れている。

この発注責任は非常に微妙な問題で、「代替不可能性」が高い商品では成立しうるが、配本システムでの取引がメインである書店の場合には、それによる代替可能性がある商品では、その成立が難しい。というのは、代替可能性がある商品においては、「どの商品であってもいい」と小売側が考えやすいから――実際には、代替可能な書籍などないのだが――であり、少なくとも後回しになるからである。

トランスビュー方式でなく、取次を経由させる配本システムにおいても、委託手数料である「歩戻し」ではなく、「返品手数料」の形をとれば、部分的には「注文出荷制」に近づく。この方式であれば、「納品売上高」をどうしても取りたい出版社は「送品可能」だが、「返品手数料」をとられることで、大量返品をくらえば、その分の利益が圧迫されるので、委託販売制の最大のガンである「押し込み」が事実上不可能になる――当然、いくつかの出版社は退場することになるだろうが。

トランスビュー方式の「開放」

本書は、トランスビュー方式を、その課題も含めて丁寧に記述することで、「最小規模の出版社を始める人が『書店との直取引の方法』を獲得するための、いわば教科書」(p5)として十分に成立している。その一方で、トランスビュー方式が「公共知」となることでの、トランスビュー・工藤さんのメリットはなんだろうか、と考えてみる。それは、「取引代行」社としてのトランスビューの特権性を捨てることにあるのだろう。

現状、出版社・トランスビューは、創業メンバーで編集専任であった中嶋廣さんが退職し、工藤さん自身が編集と営業をともに行われている。これは、「出版社」としてはある意味で存続の危機にあるとも解することができ、だからこそ、「トランスビュー方式」を「より広く公開」することで、トランスビュー自身が「トランスビューでなくなる」ことを考えているのではないか。私はこのように憶測する。

さて、出版営業という切り口から考えてみたとき、工藤さんの考案した手法の特徴的なところは、「なにを仕入れるか、なにを売るかを決めるのは、書店の仕事である」(p62)と考える点である。これはこれで正しい。実際、私が所属している出版社でも、この方式でやっている試験種の商品がある。

そこで生じたのは、

・「なぜ配本がないのですか」という苦情の電話の嵐
・「店舗の品格を保ちたいので、売れないですけど置いておきたい」という「オブジェ要求」
・店頭における「旧版(年度が古い本)」のヤマ

であった。

一つ目はアタマの切り替えの問題なのでたいしたことではないのだが、二つ目はちょっと目が点になった。私の記憶では、出荷要求に対して減数(または出荷拒否)をしたのはこのときだけだろう。あとは在庫がある限りでは出庫しているし、直送(直接に書店に送品し、伝票だけ取次に回すことで、タイムラグをなくす方法)も柔軟に対応している。

だが、第三の点が問題である。これは私の勤める出版社が得意とするのが、「資格試験対策書籍」という特殊なジャンルであるがゆえに生じることでもあるのだが、「一定の売上を構成するので、仕入れる必要があるのはわかっているのだが、なにを仕入れていいのかよくわからない」ことに起因する。

私の所属先が上場企業であるので、「売上高」は常に上げなければならない。となると、正味――ちなみに新規出版社の基準である――を下げるというのは、株主への説明責任が伴い、困難である。そこで考えた営業手法が、「現場の労働負担を減らす一助となる」というものである。

レジの手伝いは無理にしても、発注と旧版の抜き取りおよび返品、問い合わせ対応のための資料提供等々に注力していった結果、もちろん、書籍そのものの魅力が高まったこともあるのだが、昨対比10%以上の売上増(実売ベース)を達成している。これはこれで臨時的な一つの方法なのだろうと思っている(ただし、最近は「書店人教育」の方に重点を置いているが)。

Amazonに対する研究が不足している

書店「数」が減少していることは動かすことのできない事実である。だが、Amazonを加えれば、「書籍の購入金額」は必ずしも減少一方とは言い切れない。この業界に問題があるとすれば、Amazonを研究していないことではないか、という思いでいる。

典型的には、流通情報フォーマットの標準化がなされていない点、たとえば、ISBNをハイフン付にするのか/しないのか(同じ取次内でも書類によって異なるし、もちろん、書店ごとにバラバラである)、仕入受渡票と呼ばれる、新刊委託の際に出版社が取次に提出する「頭紙」のフォーマットがバラバラ、などなど挙げればキリがない(もう一つは物流ハブの立地の問題があるがそれは置いておく)。

新規アイテムだけで年間約7万点の流通量が増え、既刊とあわせて膨大な量になるにもかかわらず、フォーマットの標準化がほとんどなされていないことは、その投資機会であった1990年代後半が、まだ既存のやり方でなんとかなってしまったことに起因するのだろう。

弊社も含めて、流通情報におけるアナログ性から脱却できていないことに、経済学でいうところの「サンクコスト(埋没費用)」を見出さざるを得ない。端的に言えば、私の残業時間が恐ろしいことになっているし、取次仕入の皆様にミスを指摘していただくという手間が発生する(これが「歩戻し」なのかもしれないが)のだ。

トランスビュー方式に限らず、「直取引」が増えていくことはトレンドとして続く。「直取引」の課題は、伝票と回収であり、前者はシステム化によって解決できる――回収は簡単ではないが。システム化に伴う手数料は適宜徴収すればよく、それに対応できないプレイヤーからは高額をとればよいだけのことだ。

出版社にしても、書店にしても、それ総体としては存在したとしても、その中身は、細胞のように、盛衰があってしかるべきである。昨今、既存出版社、既存書店を「守ること」に汲々としているのではないかな、というのが、本書読了後の第一感であった。

* * *

無事に簿記2級に合格した彼女は、本部へスーパーバイザーとして異動していった。計数がわかることで、複数店舗を相手に、個々の状態を把握し、アドバイスをしていると聞く。

ローカリティから生まれる声

2016年6月1日
posted by 仲俣暁生

「マガジン航」で久しぶりに新しい連載「ローカルメディアというフロンティアへ」をはじめた。書き手の影山裕樹さんとは、以前に私が『編集進化論〜editするのは誰か?』という本をつくったときにその版元の編集者として知り合い、フリーランスになられた後も、彼の活動に注目していた。

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影山さんはこれまでに、さまざまな地域で行われている芸術祭にかかわる仕事も多く手がけてきた。なかでも十和田奥入瀬芸術祭についての本、『十和田、奥入瀬 水と土地をめぐる旅』はみごとだったから、こういう本をつくるにはどうしたらいいのか、いつか直接、彼に伺いたいと思っていた。そうしたところ、まもなく『ローカルメディアのつくりかた 人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通』(学芸出版社)を上梓するときいたので、この本と連動した企画を一緒にやってみたいと考えたのだった。

“Think Global, Act Local”なメディアはどこに?

自分のなかにも、少し前から「ローカルメディア」に対する思いがあった。東日本大震災のあった年の終わりに、私は『再起動せよと雑誌はいう』という本を出したのだが、この本には一つだけ、塗り残した部分があった。それはローカル雑誌あるいはエリア雑誌というものについて、可能性だけを語り、具体的な例を示せなかったという後悔だ。

この本で私はこう書いた。

いま、雑誌を「再起動」させる足場はどこにあるだろう、と考えたとき、それでも私は、あらためて一つの可能性が地域にあると考えたい。ある地域の雰囲気を、そこに住む人やお店の佇まいや、過去から現在にいたる文化や歴史の蓄積をふまえて伝えてくれる雑誌が、どこの地域にも一冊くらいはあっていい。
(中略)
ローカルな雑誌の読者が、その地域の人だけに限られる必要もない。インターネットが世界中を結びつける時代に、ローカルな雑誌の扱うテーマがその地域の話題に限定されている必要だって、本当はないのだ。雑誌が手紙の一種だとしたら、その差出人のアドレスにあたるものが、身近な地域であるというだけだ。

具体性をもったローカルな足場から発信され、グローバルに読まれる雑誌が日本から生まれるという夢を、私はいまだに諦めきれずにいる。

インターネットのWWWが普及し始めたころ、”Think Global, Act Local”という言葉が流行した。東京発信型のメディアは、そのどちらもできていないのではないか? そんな屈託した思いを抱えているなかで、東日本大震災が起きた。

あの震災が私に与えた最大の衝撃は、東京のメディアがいまの日本の現実をまったく救い取れていなかったという事実であり、そのことに自分があまりにも鈍感だったことを恥じた。

このときあらためて気づいたのは、「出版」というビジネスがあまりにも「東京だけで生産され、東京だけで消費される」という、一種の地場産業でしかない、ということだった。自分がそのなかでのみ仕事をしているようで、とても情けなさを感じた。そして、私たちの視野の外にはどんな現実があり、それらを伝えるメディアの作り手は誰なんだろう?という問いが、ムクムクと生まれてきたのだった。

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リトルプレスが体現していた多様性

震災以前から、行きつけの書店や古書店の店頭で、地方発の気になるリトルプレスを目にすることがあった。これをつくった人は、どんな人だろう、といつも考えた。食べ物や観光地ではなく、いつも人が気になった。まだ一度も行ったことのない町に、面白そうな人が住んでいるという事実が、私を勇気づけてくれた。

その後、2014年に渋谷のヒカリエで行われた「文化誌が地域を変える展」で、日本中のすぐれたローカル雑誌をまとめて見る機会があった(下の映像も参照のこと)。そのなかには、すでに東京でも知られているものもあれば、見たことも聞いたこともないものもあった。日本という国の多様性、つまり雑誌が体現すべき「雑多性」がそこには体現されていた。

もう一つ、震災後には多くの友人たちが東京を離れ、それぞれが自分と縁のある地域で、出版やメディアにかかわる新しい仕事をはじめていた。「東京」と「地方」とを対立させ、単純に前者を見限って後者をもちあげるのではなく、両者をつないだり、東京での経験を地域に持ち帰ってそこで活かそうとする人がふえてきた。私には、そこに間違いなく日本の未来を創りだす契機が潜んでいるように思えた。

こういう前段階があったので、影山さんが『ローカルメディアのつくりかた』という本をまもなく上梓することを知ったとき、私はなんとしてでも、このテーマで彼と一緒に仕事をしてみたいと思ったのだった。

「ローカル」とは「地方」ということではない

この本の題名にもなっている「ローカルメディア」とは、たんなる「地方の雑誌」や「地域の雑誌」にとどまらない。そもそもローカルとは「局所的」ということだ。「地方」(そこには抜きがたく「田舎」とか「周縁」というニュアンスがある)という言葉で言い表されてきたものだけが、ローカリティではないはずである。

ローカルとは、具体的な足場のあるコミュニティのことだろう。地域コミュニティだけでなく、ひとつの企業や、ある地域の産業全体が(たとえば東京の「出版産業」がひとつのコミュニティであるように)、ローカリティを体現していることがある。物理的な「地域」を越えた関心(それは文化的なものである場合も、それ以外のこともあるだろう)が結びつけるコミュニティもあるだろう。そうしたコミュニティにも、一種のローカリティ(局所性)は宿っているはずだ。

この連載で影山さんと探検していきたいのは、そうしたさまざまな「フロンティア」としてのローカルメディアの現場である。こんな素晴らしいローカルメディアがあるよ、自分たちはつくっているよ、という方は、ぜひ「マガジン航」編集部にコンタクトをとってください。

影山さんとはこのウェブ連載だけでなく、いろんなローカルメディアのつくり手をお招きした実践的なセミナーの開催も企画している。こちらについては、決定次第またお知らせします。