歴史という遠景について

2022年1月24日
posted by 藤谷 治

第28信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

「マガジン航」の再起動、おめでとうございます。ご苦労も多いでしょうけれど、読者としても書き手としても、やはりこういうフィールドがあるのは嬉しいことです。

しかし一年間このやり取りが途絶えていたのは、もしかしたら僕にとってこそ好都合だったかもしれません。コロナのおかげでもあり、原稿の依頼がめっきり減ってしまったおかげもありますが、昨年の僕は、ただひたすら一篇の小説を書き続け、仕上げるために全精力を傾けていたのでした。

これは僕にとっては大きなことです。十数年間、書いて書いて、目が回るほど書いてきましたが、今度の小説は、そういうやり方を許してはくれませんでした。勢いで書けたような箇所はひとつもない。小説からひたすら集中と凝縮を要求されながらの執筆でした。完成してその短さに驚いたものです。自分では千二百枚くらいはあるだろうと思いこんでいましたから。

『ニコデモ』は20世紀を舞台にした物語です。歴史を書くのは初めてのことで、それだけでもこれを仲俣さんをはじめとする目利きの読者の前に出すのは勇気のいることです。戦前の北海道やナチスによる占領下のパリ、仏印における日本軍との交戦(明号作戦)、戦時下の白系ロシア移民などについて書きました。

しかし――これは決して言い訳ではありませんが――僕は、小説の中で史実に厳密であろうとはしませんでした。『ニコデモ』は歴史小説ではなく、「人から聞いた話」の集積です。そもそも僕は「歴史小説」というのがよく判りません。これは仲俣さんのお考えを是非とも伺いたいのですが、僕には歴史というものが、人間を社会的に、つまり「マス」として見なければ、成り立たないものに見えます。対して小説にとっての人間は、どんなに凡人として描かれていようと、実は例外的な存在であり、社会的な(あるいは歴史的な)文脈から逸脱した部分を必ず持っているものです。というよりむしろ、平凡で取るに足りないと社会から見落とされ、歴史から「マス」を構成する一単位とあしらわれるような人間を輝かせる装置として、小説はあるはずです。

『ニコデモ』に登場するのは、そんな人間ばかりです。僕の小説に出てくる人間は、どれもそんなのばかりですけれど、この小説では僕なりに歴史と向かい合うことで、かえって人間に対する小説の、物語の役割に自覚的になりました。それは同時に、人間にとっての歴史の意味について考える契機にもなりました。

人間にとって歴史とは遠景にすぎないのです。あるいは単に「事情」と呼んでもいいでしょう。よく小説や映画の宣伝文句に、歴史の渦に翻弄される人々、なんて書いてあることがありますが、人々が翻弄されるのは「渦」という事情があるからで、物語られるべきは「渦」よりも「翻弄」のありよう、そこにある人間の「渦」への対峙あるいは逃避の姿であるはずです。

そのことを僕は、小説を書いているあいだに始まったこのコロナ禍によって、あからさまに実感しました。この感染症が文明を根底から変えるほどのものかは判りませんが(ありうることです)、人類の生活や労働の環境を、少なくともしばらくのあいだは変容させることでしょう。グローバリゼーションと情報技術が、感染症に全人類的な(なおかつ同時的で急速な)影響を与えたのは、歴史上初めてのことです。

しかし一人ひとりの僕たちは、何をどうすることもできないありさまです。年末に仲俣さん、田中さん、瀧井さんと集まったイベントでも、コロナの話は出るには出たけれど、解決策は無論のこと、この状況をどう考えたらいいのかさえ、うまくまとまらずじまいでした。僕たちはこの世界規模の危機的状況にあって、手を洗い、換気をし、マスクをして、外出を減らすことしかできないのです。……これは社会的、経済的には、何もやっていないのと大差ないのではないでしょうか?

コロナ禍とは、社会的には大きな危機であっても、個々人には「事情の変化」でしかないのです。店の売り上げは減り、家族は家の中でゴロゴロするようになり、原稿の注文はなくなりました。それらはすべて、事情が変わったことに起因するのであり、新型コロナウィルスの脅威なるものは、その事情の向こうに見えるような見えないような、遠景にすぎないのです。その遠景をまるで自分の間近で見ているように感じるのは、ひとえに情報技術のおかげでしょう。

それが「歴史」の正体なのではないでしょうか。歴史に造詣の深い――少なくとも僕よりははるかに知っている――仲俣さんのご意見を伺いたいです。

僕はおそらく、ひどい思い違いをしているのかもしれません。しかしテレビやスマホの電源を切って目を上げれば、聞こえてくるのは風の音だけです。

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執筆者紹介

藤谷 治
小説家。1998年から下北沢で書店「フィクショネス」を開業(2014年に閉店)。2003年に『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』(小学館文庫)で小説家としてデビュー。『いつか棺桶はやってくる』(小学館文庫)が三島由紀夫賞候補となり、『世界でいちばん美しい』(小学館)で第31回織田作之助賞を受賞。音楽高校を舞台にした青春小説『船に乗れ!』三部作(ポプラ文庫)は2010年の「本屋大賞」で7位となったほか、2013年には交響劇として上演された。このほかエッセイ集に『船上でチェロを弾く』(マガジンハウス)、『こうして書いていく』(大修館書店)がある。