突き破るべき地面はどこに

2019年8月28日
posted by 藤谷 治

第18信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

数年前に「フィクショネス」をたたみ、昨年は仕事と書庫のために借りていた「隠れ家」も引き払って、この一年はずっと自宅で仕事をしていたのですが、最近はまた河岸を変えています。

家から自転車で十五分くらいのところにある、ちっぽけな図書館の資料閲覧室に資料やゲラやノートを持ち込んで、ガリガリやっているのです。最初は、ちょっと気分を変えられたら、くらいの気持ちでしたが、これが実に具合がいい。

隣席との間に仕切りのある机と椅子がいくつか並んでいて、本棚には百科事典や便覧のたぐいが置いてあり、いつも六分から八分の席が埋まっていて、高校生が受験勉強をしていたり、退職したらしきオジサンオバサンが資格試験の本を読んだりしています。コンセントもなければヘッドライトもありません。特定の席でしかパソコンを使うこともできません。その特定の席でも、Wi-fiがないからネットは使えません。もちろん広い室内は静まり返っています。

テレビもなければ音楽もなく、ただただノートを作ったりゲラを直したりするよりほか、何もできない場所というのは驚くほど能率的で、今まで夜半を過ぎても終わらなかった仕事が、日没前に済んでしまいます。

何よりノイズがないのは精神衛生上まことに快適で、今まで自分がどれだけノイズに毒されてきたかを痛感します。もちろん仕事に疲れれば、ちょっとスマホでメールチェックやニュースを見たりはしますが、すぐにどうでもよくなってしまいます。

お手紙にあった「インフラグラム」というのは面白いですね。『インフラグラム』という本を読んでいませんから、極めていい加減な使い方しかできず、この言葉を作った港氏には申し訳ありませんが、インターネットが「自由」な場所ではないようだ、ということは、僕も少し前から感じてはいました。今やそれは確信になっています。というより、あんな種類の「自由」は特に必要ない、という方が正確です。自由という概念は一枚岩ではありませんから、こちらはこちらの自由を模索し、試行するだけです。その自由は、恐らく「インフラグラム」(僕の理解ではこれは、「中央集権的なSNS上で支配的な影響力を持つようになる画像・言説」のことです)に背を向けなければ、成立しないところにあるのでしょう。地方の図書館の、資料閲覧室のようなところに。

しかし恐らく芸術は、資料閲覧室に閉じ籠ったままでは存在しえないのです。文学が、作者が読者を特定できない文章であるように、芸術もまた、作者が鑑賞者を特定できない場所に存在しなければならない。芸術の入り口に扉はないのです。

ところが、芸術の入り口にあってはならないはずの重い鉄の扉が、美術館の入り口にはあるのです。誰かがそれを、開いたり閉じたりしているのです。その誰かとは、芸術家ではありません。美術館の所有者が、美術館の扉をも所有しているのです。

ここに芸術の矛盾があります。美術館の所有者は、その扉の中にある芸術を所有してはいないからです。芸術は原理的に、所有することができません。所有に意味がない、といったほうがいいでしょう。私が体験した彫刻や、あなたが出会った絵画は、きっと誰かの所有だったことでしょう。それは誰か、誰の持ち物か、などという話に興味を覚えるのは、俗物か業界人くらいなものです。

芸術に扉はないのに、美術館の扉はなぜ開け閉めされるのか、という問題が、「あいちトリエンナーレ」で俎上に上げられているようです。いや、あそこで騒がれている問題は、もっと複雑なのでしょう。そもそも美術館を所有しているのは誰なのか、扉を閉じたのは誰なのか、あるいは、「誰の許しを得て」美術館が開かれたのか・閉じたのか。そんなことまで議論されているようです。

しかもその議論のおもな舞台が、マスメディアを含む「インフラグラム」の内部であることが、事態をさらに複雑にしているようです。

なぜ「インフラグラム」が美術の問題を複雑にしているか。それは、あいちトリエンナーレの問題が、美や美術の問題として取り上げられるべきであるのに、「インフラグラム」には美や美術について、根本的な理解が欠けているからです。そもそも「インフラグラム」には、何についてであれ、「根本的な理解」というものは不必要なのでしょう。各人が各様に、思いついたことや何となく気に入った・気に入らないものを、その場その場、その時その時に「発信」するのがインターネットの「自由」であり、その「自由」がこしらえあげた集合的無意識みたいなものが「インフラグラム」なのでしょうから。

美とは何か。美術とはどんなものなのか。これは一般的には難解な問題とされており、「それは個々の感覚だ」とか「自由に感じるものだ」などとお茶を濁すのが通例になっています。あいちトリエンナーレの問題についても、美術について根本的には考えないまま、あれは美術ではないとか、美術の名に値しないとかいった言説が、恥ずかしげもなく「投稿」されたり「コメント」されています。

それよりさらに頻繁に行われているのが、美術の問題であることは無視して、これを社会的問題、政治的問題、あるいは「金を出しているのは誰だ」といった問題にしている言説です。美術とは何かなんてどうでもいい、日本の公共施設で日本国を批判する物体を陳列するのは国家への反逆であり、不忠である……と言わんばかりの主張もあるようです。言わんばかりではなく、そのように明言している「呟き」も、探せばあるかもしれません。

なぜこんなことになったのか。僕はそれは、「文化行政」というものが、本来的にそういう側面を持っているからだと考えています。

こんにちの日本では、史上かつてないほど芸術は保護されています。憲法に基づいて国家は国民の「表現の自由」を保証し、その権利も著作権法その他によって守られています。僕たちはその恩恵を被って生活をしているわけです。現代美術や伝統芸能についても、文化芸術基本法が制定されました。

しかしそれらの基本的な権利と「文化行政」は、どうやら趣を異にするようです。文化庁が昨年策定し、閣議決定された「文化芸術推進基本計画―文化芸術の『多様な価値』を活かして、未来をつくる―(第1期)」の第1の1「文化芸術の価値等」には、文化芸術の多様性や「固有の意義と価値」を認めたうえで、その「本質的価値」について、このように書かれています。

(本質的価値)
・文化芸術は、豊かな人間性を涵養し、創造力と感性を育むなど、人間が人間らしく生きるための糧となるものであること。
・文化芸術は、国際化が進展する中にあって、個人の自己認識の基点となり、文化的な伝統を尊重する心を育てるものであること。

加えて「(社会的・経済的価値)」として、「他者と共感し合う心を通じて意思疎通を密なものとし、人間相互の理解を促進する」「質の高い経済活動を実現する」「世界平和の礎となるもの」とあります。

さらに「目標1 文化芸術の創造・発展・継承と教育」という項目には、「文化芸術は、活発で意欲的な創作活動により生み出されるものであることを踏まえ」とか「世界に誇れる我が国の優れた文化芸術を次世代へ継承するために」といった文言と並んで、このように書かれています。

〇 劇場、音楽堂等は、文化芸術を継承、創造、発信する場であるとともに、人々が集い、人々に感動と希望をもたらし、人々の創造性を育み、人々が共に生きるきずなを形成するための地域の文化拠点である。

これらは一見、いかにも芸術表現を尊重しているように書かれていますけれど、実際には「文化芸術」の範囲を制限するものです。これらを仮に「文化行政にとっての芸術の定義」とするなら、そこには、人間性を豊かに涵養しない芸術や、世界に誇ることのできない芸術、人々に感動と希望をもたらさない芸術は、文化行政にとって芸術の名に値しないことになります。世界平和に貢献しなかったり、質の高い経済活動を実現しない芸術すら、相手にするつもりがないのかもしれません。

そうであるなら、これら文化行政の定義から漏れる芸術――人の神経を逆なでしたり、希望に背を向けていたり、人々に批判を突きつける芸術は、ただ憲法によってのみ、存在を許されていることになります。あいちトリエンナーレで中止に追い込まれた展示は、「表現の不自由展・その後」というそうですが、恐らくそこに展示されることになった作品たちは、憲法上の「表現の自由」にしか、この国に存在する根拠を持ち得なかったのです。そのために暴力や脅迫という社会からの攻撃に、国家を頼ることができなかったのです。行政はそこにある作品を、保護すべき価値ある「文化芸術」と認めなかったのでしょう。

すなわち、日本に表現の自由はある。しかし、あるだけです。行政が価値を認めるかどうか、保護を受けられるかどうか、主張を受け入れられるかどうかは、文化行政が表現の自由とは別個に裁定するのです。

こうして美術館の扉は閉じられます。それは検閲ではなく、裁定です。今回の展示中止に至っては、恐らく裁定ですらなく、単に「防犯」目的ではないかと僕などは思っています。展示に対して執拗に続けられているという脅迫は、公共の施設に対するテロ予告ですから、常日頃からテロに屈しない姿勢を堅持している現在の日本国政府には、その姿勢にふさわしい対応をする責務があるでしょう。

『綾峰音楽堂殺人事件』を書いたのは、しかしそれとはまた別種の動機によるものです。

小説の登場人物が口走るセリフが、常に作者の意見であるわけがありませんが、作中の探偵役・討木穣太郎氏が皮肉な口調で語る言葉は、幾分か僕の気持ちでもあります。

「どこもかしこもトリエンナーレ、ビエンナーレ。現代美術で町おこし。よその猿真似で観光客に金を落とさせようって魂胆だ。文化芸術が聞いて呆れますよ」(p.20)

あいちトリエンナーレがこのような騒動になるずっと以前から、僕は地方自治体が、あっちでもこっちでもトリエンナーレだのビエンナーレだのを企画するのを、遠目ながら、冷めた、意地の悪い気持ちで眺めていました。

地方自治体の主催する美術関連の大きなイベントが、僕のような門外漢に奇妙に見えるのは、そこに何とも言えず、地方の「中央依存」が感じられるからです。

あいちトリエンナーレの今回の芸術監督は東京出身です。その前の港氏は神奈川、さらにその前の五十嵐氏はパリの生まれで、いずれも各分野で業績をあげ、学問的な地位も知名度もある方ばかりですが、愛知県に深い縁のある方はおられるのでしょうか。彼らの実績は、すべて愛知県ではないところで積み重ねられているように思われます。

それがどうした。国際芸術祭じゃないか。出身なんか関係ない。世界的な美術展を愛知県でやることに意義があるんだと、愛知県の文化行政は言うかもしれません。その通りなのでしょう。しかし愛知県の人たちからそれは、どのように見えるのでしょうか。自分らの土地によそから人がやってきて、大きな美術の展覧会を始めた、としか見えないのではないでしょうか。

それは、世界から愛知県に芸術的才能を結集させた、ということになるのでしょう。しかし結集した場所が愛知県であることに、果たしてどれほどの意味があるのですか。たしかに愛知県の文化行政や、観光業を初めとする種々の地方経済にとっては、大きな意味があるでしょう。けれどもそれは何年か前の愛知県知事の「肝いり」で、「行政主導」で製造された催しです。愛知県という土地から芽吹いた芸術祭ではありません。

こんにち雨後の筍のごとくあちこちで開かれるようになったトリエンナーレ、ビエンナーレは、愛知県のそれに限らず、ほぼすべてがそのような行政が作った芸術祭ではないのでしょうか。

各地方の人たちがそれでいいのなら、無関係の僕に口を挟む権利も資格もありません。それでいいです。

ただ僕は、日本各地にある小さな、経営の楽ではない、いくつかの交響楽団のことを思うのです。

戦後まもなく市民オーケストラとして発足した群馬交響楽団や、山形にオーケストラを、という地元音楽家の熱意によって作られた山形交響楽団、地元出身の作曲家によって集められた仙台フィルハーモニー管弦楽団、若い音楽家のために活動の場を作りたいと、一人の主婦が提唱して結成された大阪交響楽団など、日本の地方オーケストラは、その土地の人々の力で作り上げられたものばかりです。もちろん、その殆どすべてが、地方の文化行政の助力を仰いでいます。また演奏会のゲスト指揮者やソリストには、「中央」で名声を得た演奏家を招くのが常です。しかしそのような「営業努力」は、ひたすらその土地の人々に音楽を聴いてもらうためになされているのです。

「先生は北海道の事例をどのようにお考えですか。財政破綻した夕張市や破綻寸前のJR北海道を抱えていながら、札幌交響楽団に北海道や札幌市が毎年それぞれ一億円の公的補助金を出しているのはなぜか。それは、札幌交響楽団が優れたオーケストラとして道民の誇りになっているからです」(p.242)

文学が、一個の人間の胸を引き裂いて飛び出してくるものであるように、芸術は地面を突き破ってちっぽけな兆しを現わし、時間と忍耐の果てにそこへ根付くものだ、というのは僕の夢想にすぎないのでしょうか。

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執筆者紹介

藤谷 治
小説家。1998年から下北沢で書店「フィクショネス」を開業(2014年に閉店)。2003年に『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』(小学館文庫)で小説家としてデビュー。『いつか棺桶はやってくる』(小学館文庫)が三島由紀夫賞候補となり、『世界でいちばん美しい』(小学館)で第31回織田作之助賞を受賞。音楽高校を舞台にした青春小説『船に乗れ!』三部作(ポプラ文庫)は2010年の「本屋大賞」で7位となったほか、2013年には交響劇として上演された。このほかエッセイ集に『船上でチェロを弾く』(マガジンハウス)、『こうして書いていく』(大修館書店)がある。