続・人文書の灯を絶やさないために

2020年3月11日
posted by 西川秀和

人文書の灯を絶やさないために」という記事で私は人文書の刊行が存続できなくなるのではないかという危機感を述べた。そうした状況の中で少しでも人文書の刊行を存続できるように、前回の記事ではPOD出版、すなわちプリント・オン・デマンドという受注生産方式を紹介した。今回はそれよりも一歩進んだ方式を紹介したい。人文書を刊行する機会を求めている人に推奨する方式である。

POD出版と先行予約販売の組み合わせ

POD出版には著者の経済的負担を軽くするという大きなメリットがある。しかし、その一方、出版社を通さないので編集や校正などのクオリティーが担保されにくいといったデメリットがある。さらに本を製作するうえで自由度が低く制約が多い。基本的に安価なペーパーバックを流通させるという方式である。またPODという印刷方式は一昔前より格段に安くなったとはいえ、オフセット印刷のような大量に刷る方式と比べると高い。

そうしたデメリットを解消しようと、私はBOOTHというサイトを使った先行予約販売を試みた。BOOTHとはさまざまな創作物の販売を仲介するサイトである。私は『ロビン・フッド原典集成』という書籍の先行予約をTwitterで募った。

Twitter広告に使用した画像

Twitterを通した書籍広告で重要なのは画像を準備することである。いったいどのような本なのか一目でわかるようにしなければならない。こうした書籍広告を採用した結果、インプレッション(ツイートを見た人の数)は約50万、販売サイト(BOOTHの特設ページ)を訪れたユーザーは約4,000人を数えた。

募集を開始してから約3週間で500部以上の先行予約を集めることができた。500部をまとめて刷ると1部当たりのコストが抑えられるうえに凝った装幀を採用することも可能である。POD出版より利益率も高い。個人出版で問題になるのが決済や配送だが、それはBOOTHの代行サービスを使うことで解決される。

配送は少数であれば自宅から発送できる。匿名配送という仕組みが利用できるので、作者も購入者も互いに住所をやり取りする必要はない。部数があまりに多い場合は倉庫に委託して配送というサービスも使える。今回は実験的な試みだったので50部程度しか先行予約が集まらないだろうと予測していた。しかし、驚くことに500冊分も予約が集まったせいですべてを自宅で梱包して総計220kgを営業所まで延々と運ぶはめになった。

500部を自宅から発送

また紙書籍の特典としてPDFデータもダウンロードできるようにした。書籍のレイアウトそのままのPDFデータに加えて、スマホで閲覧しやすいレイアウトのPDFデータも提供した。読者から非常に好評であった。

先行予約で500冊を販売した後、POD出版で一般販売を開始する。POD出版のメリットは1冊ずつ注文に応じて販売する方式なのでいつでも購入可能な点にある。先行予約で購入できなかった人にも行き渡るし、細く長く販売を続けられる。このようにPOD出版とBOOTHを使った先行予約販売を組み合わせれば、それぞれのメリットを最大限に活かせるとともにデメリットを相殺できる。

なぜこのような方式を提言するのか

出版業界の現況では、たとえどのように優れた内容の人文書であっても出版できるとは限らない。売れ行きが見込めなければ、そもそも刊行を引き受けてくれる出版が見つからず、公的資金が得られない場合、著者が費用負担を強いられることもある。そうなると、これから自分の成果を発表しようとする研究者の機会が奪われかねない。

誰にでも出版の機会を保障することが人文学の発展や民主主義の成熟に必要なことだと私は考えている。だからこそこのような新しいモデルを提唱している。そしてただ提唱するだけではなく自ら実践している。今後も最適な方法論を模索していきたい。

「真の名」をめぐる闘争

2020年2月18日
posted by 仲俣暁生

最初から言い訳がましい話になるが、このエディターズノートは毎月、月初に書くことにしている。しかし今月はずるずると月中を過ぎても書けず、いっそのこともうやめようかとさえ思いつめた。その理由をまず最初に述べる。

崩壊後の風景

月初に書くという趣向は、もともと小田光雄さんの「出版状況クロニクル」に合わせたいという気持ちがあったからだ。日本の近代出版流通システムが崩壊していくさまを、長年にわたって出版統計等の数字で跡づけ続けている小田さんのブログを読んでいる出版業界人は多く、私もその一人なのだが、そのタイミングで毎月、出版時評をやるつもりでいた。

しかし、日本の近代出版流通システムはもう事実上、崩壊している。その影響は様々なところにあらわれているが、昨年12月の「アイヒマンであってはならない」で紹介した永江朗さんの書いた『私は本屋が好きでした』が指摘する、いわゆる「ヘイト本」(ただしこれには留保が必要で、正確には「嫌韓・反中本」と言うべきだろう)が書店の店頭で目立つ問題もその一つだ。

この記事にはSNSなどでかなりの反響があり、「アイヒマン」という強い言い方への疑義や反発も大きかった。ちなみに私はこの言い方を、たんなるレッテル貼りだとは考えておらず、思考停止状態を指すすぐれた比喩だと思ったので、この記事も「アイヒマンであってはならない」というタイトルにした。だが、それに対して議論が起きたことはよいことだったと思う。

じつは今月のエディターズノートを書くのにうんざりした理由は、ちょうど月初頃にベストセラーになっていた李栄薫(編著)『反日種族主義――日韓危機の根源』(文藝春秋)という本が、やはり日本ではこの種の「嫌韓本」として受容され、読まれているように思えたからでもあった。

この本は韓国の現在の文在寅(ムン・ジェイン)政権に対する批判を込めた政治的著作であると同時に、韓国の国民性を「反日種族主義」という独自の言葉で象徴しようとする本でもある。反体制派が自国の政権批判を行うのも、その土台にある民族文化や精神性を問題とするのもよいが、日本の読者がその尻馬にのって他国を批判する風潮に、心底うんざりしたのだった。

『それを、真の名で呼ぶならば』

そうした鬱々とした気持ちを晴らしてくれたのが、もう一つの「反体制派による自国の政権批判」の本だった。レベッカ・ソルニットの『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店刊)である。この本の書評を依頼されて読み、書評も書き上げてすっきりしたので、ようやく今月のエディターズノートにとりかかる心のゆとりができた。

レベッカ・ソルニットの名が広く日本で知られるようになったのは、東日本大震災の直前に日本でも紹介された『災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(亜紀書房)という本が、あの震災という経験を経た日本人に身に沁みて受け止められたゆえだろう。震災前に朝日新聞で柄谷行人が書いたこの本の書評も大いに影響力があったようだ。

ソルニットの著作はその後もいくつも翻訳されたが、最近では「マンスプレイニング」という言葉が広く知られる契機となった『説教したがる男たち』(左右社)が記憶に新しい。私自身はこれらの著作に加えて、『ウォークス――歩くことの精神史』(左右社)という長編文芸エッセイに心をうたれた。

彼女ははっきりと政治姿勢を打ち出すアクティヴィスト(反核運動、反グローバル化運動等にコミットし、今回のアメリカ大統領選挙ではエリザベス・ウォーレン支持を明確にしている)だが、写真というメディアの成り立ち(エドワード・マイブリッジについての著作もある)から、サンフランシスコやニューオリンズといったアメリカ諸都市の歴史や風土まで、テーマとなる対象を深く調査し理解する優れたリサーチャーであり、それゆえに一級のジャーナリストでありエッセイストでもある。そして、いかなる組織にも属しないフリーランスの書き手である。

そんなソルニットは『それを、真の名で呼ぶならば』で、2016年のアメリカ大統領選挙の結果として成立した、現在のドナルド・トランプ政権を激しく批判する。そのときに彼女が用いるツールは、正しくものごとの名を指し示すことと、それを力強い言葉で語る「ストーリーテリング」である。

この本の詳しい内容については、あとで紹介するとおり3月6日に訳者の渡辺由佳里さんと行うトークイベントで詳しく触れたいが、なぜ、この本が私の鬱々とした気持ちを晴らしてくれたのか、その理由についてだけはここで述べておきたい。

二つのストーリーテリング

ものごとの「真の名前」を呼ぶことには特別な力がある、という考え方は東アジアの古代社会(諱=忌み名というものが存在した)から、シオドーラ・クローバーが『イシ――北米最後の野生インディアン』で明らかにしたネイティヴ・アメリカンの精神世界まで(さらにはそこからインスパイアされた、クローバーの娘アーシュラ・ル=グウィンが書いた『ゲド戦記』のようなファンタジーの世界にも)広がる、人類の一つの智慧である。

しかし現在はその反対に「ポスト真実」「オルタナティヴ・ファクト」といった、ニセの真実がメディアやネット上でさかんに流布する時代でもある。もちろんソルニットは、名付けやストーリーテリングが「両刃の刀」であることをよく承知している。だからこそ、物事を適切に名付けることも、間違った名付けを引き剥がして真の名に辿り着くことも、いずれもが政治的な闘争であるということを、ソルニットはこの本でじつに力強く、過去の様々な実例を挙げつつ語っていく。

この本を読むと、韓国における反体制派政治結社(李承晩学堂)が自国のナショナリズムに対して与えた「種族主義」という言葉は、果たして「真の名」に値するものかどうか、という冷静な思考が生まれる。私は朝鮮文化史の専門家ではないから学術的な判断はできない。できるとしたら、そこで語られるストーリーに対する評価である。そして、自国民を「嘘をつく国民」とする彼らの自家撞着するストーリーテリングは、私にはなんらの説得力をもたなかった。

レベッカ・ソルニットはアメリカの現在の共和党トランプ政権(あるいは過去の様々な政権)に対する痛烈な批判者である/あったと同時に、アメリカ合衆国の民主主義の伝統のなかに、未来につながる希望の系譜を見出すストーリーを紡ぎ続けてきた人でもある。公民権運動から核実験反対運動や反グローバル化運動を経て、昨今の地球環境保護運動や#metooムーヴメントまで、その系譜は絶えることがないというのが彼女の基本的なスタンスだ(それを「政治的」というなら、そのとおりだろう)。

自国の辿ってきた歴史がもつ正負の両面を真正面から受け止めつつも、その担い手となるべき普通の人々を貶めることはせず、たとえ「暗い時代」(アーレント)のなかにあっても希望の糸を手放さない。そんな態度に、私はソルニットの書く文章の力の源泉を見出した気がした。そして彼女の本を読むことで、「種族主義」という(日本人が漢字から受ける印象としては)実にオドロオドロシイ言葉によって惑わされていた気分を、やっと晴らすことができたのだった。

人とその言葉への信頼

「アイヒマン」も「種族主義」も、ある人にとっては「真の名」であり、別の人にとっては真実から目を背けさせる「偽の名」に思えるに違いない。しかし、そこでは名前と名前との相対的な闘争が起きているにすぎないなどと、高見の見物を決め込むことは誰にもできない。完全に自由な脱政治的・超政治的な立場などは存在しないからだ。そしてソルニットはそうした冷笑主義をこそ激しく批判するのである(同書「無邪気な冷笑家たち」)。

日本の出版界に話を戻すと、いま売れている本の多くもまた、一種の「名付け」(批判的な立場からは「レッテル貼り」)や、「ストーリーテリング」の力に依拠しているように私には思える。日本という国家の歴史記述に修正を加えることを企図したベストセラー本でも、まさに「ストーリーテリング」のあり方が問題となった。

権力を握った側が編むメインストリームの物語(そもそも日本書紀や古事記はそうしたものだ)に対して、まつろわぬ者たちが語る「対抗的な物語」があるのは当然のことだが、いわゆる昨今の「嫌韓・反中本」は、少なくとも日本においては「対抗的であることを装ったメインストリーム」の言説であるからこそ、批判されなければならないと私は考えている。

最後に、レベッカ・ソルニットの『それを、真の名で呼ぶならば』から私が感銘を受けた一節を引用する。事実と感情を対比させたこの言葉にも、危うさはある。だが、それを越えてもなお残る、人とその言葉への信頼を私も共有したい。

言葉は、文字通りではない多くの働きをする。たとえばあの寒さについての短いやりとりが二人の見知らぬ他人の間に温かみを作ったように。日常的に会う人たちとの場合には、こういった小さなやりとりが、近所や、新聞売り場や、病院や、自動車修理店での、楽しく、ときには命綱となるような人間関係を作る。草原の土は、生きた草と死んだ草の両方のみごとな糸状の根っこが、地表のはるか下にまで達し、広く分布した「根茎」によって、その場につなぎとめられている。人間も交流によって、ある種の根茎が生まれ、事実というより感情から生まれた、近所やコミュニティや社会やとわたしたちが呼ぶ複合体に、人をつなぎとめているのだ。(「聖歌隊に説教をする」)


【お知らせ】

3月6日に開催を予定していた下記のトークイベントは中止となりました。新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、米国務省が日本への渡航警戒レベルを2に引き上げました。渡辺由佳里さんの来日中、レベルがさらに上がる可能性があるため、来日そのものが中止となりました。ご了承ください。

渡辺由佳里×仲俣暁生「レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』をどう読むか――デジタル時代の新しい“書き手”の可能性」

日時:2020年3月6日(金)19時から21時ごろ(18時30分受付開始)
会場:シアター・ウィング/WIAS/GLODEA 東京都新宿区若葉1-22-16 四ッ谷ASTY B1F(Googleマップ
参加費:一般 3000円/HON.jp正会員・法人会員 無料

 

第5回 ブックオフで神隠しに遭う

2020年1月29日
posted by 谷頭 和希

大人になったいま、迷子にはほとんどならない。

「ブックオフで迷子になる人」

そんな人がいるだろうか。いると思う。かくいう私がそうなのだ。さっき「私は最近迷子にならない」と書きながらなにごとかと思うだろう。しかしブックオフだとつい迷子になってしまう。いま、「迷子になる」と改まって書いたのは、今回の連載で「迷子になる」ことを改めて書いてみようと思うからだ。

ブックオフで「迷子」になる

ブックオフの「100円コーナー棚」には、長い間売れなかったり、汚れが著しい新書や文庫が100円で売られている。一般的な中古値段で売られる本と別の棚にそれらはあり、思いがけない掘り出し物が転がっていたりするから、トレジャーハントの気持ちで私はよく行くのだ。ここで私は迷子になる。

ここには大量の本が棚にぎっしり詰められていて、似たような背表紙から目的の品を探すのはなかなか難しい。たよりになるのは、本のジャンルや作者の名前、あるいは名前を並べるための50音が書いてある小さなプレートぐらいだ。

この連載の2回目で、ブックオフの店内風景はまるでコンビニエンスストアのようだ、と書いた。明るい照明と等間隔に並べられた商品棚は、コンビニとブックオフの両方に共通する特徴だ。しかし「迷子」という点で考えてみると事情はちがってくる。

「コンビニで迷子になる人」

あまりいないと思う。いや、ことによればそういう者もいるかもしれないが、そういう人はみんなブックオフでも迷子になると思う。コンビニの方がまだいい。売っているものは多種多様、商品の見た目は千差万別。本のみを取り扱うブックオフよりは迷子にならないはずだ。

いま、Wikipediaでさっと「迷子」と調べてみると、以下のような説明が得られた。

自分が現在いる場所や保護者の所在が分からなくなり、自宅や目的地に到達することが困難な状況に陥った子供、もしくはその状態を指す。

迷子とは、「目的」があって始めて発生する。もしこの説明をブックオフに当てはめてみるならば「目的の本を探すためにブックオフに行ったものの、その所在が分からなかったとき」に「ブックオフでの迷子」は発生するわけだ。改めてこれを書く意味もよくわからないが、「迷子」の関連項目としてWikipediaがリコメンドしてきた事項もかなりよくわからない。

「神隠し」

いきなりのスケールアップだ。もはや関係ないが、あまりにも興味をそそられてこの項目を見てみると、次のような説明が得られた。

人間がある日忽然と消え失せる現象。神域である山や森で、人が行方不明になったり、街や里からなんの前触れも無く失踪すること。

連載第3回目で「ブックオフという空間には今までの本をめぐる空間とは異なる秩序が立ち現れているのではないか」と書いた。もしそうならばブックオフの空間とは人間の世界とは異なる神域のようなものと考えられ、そしてその空間で迷子になるとは外ならぬ「神隠し」だとも言えるだろう。つまり、「ブックオフで迷子になる」とはこうも言えるのではないか。

「ブックオフで神隠しに遭う」

なんということだろう。恐るべき事態だ。そして実際私は、ブックオフで神隠しに遭ったことがある。そのときのことを書いてみよう。

『サーチエンジン・システムクラッシュ』を探して

実は今回の連載は、ブックオフ池袋サンシャイン60通り店で、宮沢章夫の小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』を探す、という話題から始める予定だった。同作品の舞台が池袋であり、そしてその内容が池袋をひたすら「迷子」のように歩き回る、という「ブックオフと迷子」という今回のテーマにふさわしいものだからだ。

ブックオフ池袋サンシャイン60通り店へ足を運んだ私は、早速『サーチエンジン・システムクラッシュ』を探し始める。あるだろうか。まずは文庫本の棚を探す。先ほども書いたように、ブックオフで売られている文庫本は、一般の中古価格で売られているものと100円で売られているものの2つがある。まず、これがややこしい。両方の棚には50音が書かれた同じようなプレートが掲げられ、ますます分かりづらい。本の所在を表すはずのプレートが裏目に出る。

そうこうしているうちに、50音のプレートが目的の「み」をとうに通り過ぎて「わ」になっている。あれ、いつの間に通り過ぎたんだ。「み」はどこだ。もしかすると棚の裏かもしれない。そう思って棚の裏を見てみると、今度は200円コーナーに突入した。売れなかった文庫や新書は100円で売られるのだが、売れなかった単行本の方は200円で売られており、100円コーナーの近くにひしめいている。こうなるともう分からない。

そんな中をふらふらとさまよい歩いていると、あった。『サーチエンジン・システムクラッシュ』ではない。”『サーチエンジン・システムクラッシュ』っぽい本”だ。

『システムエンジニアの仕事って…!? 』(牧村あきこ、技術評論社、2005年)

あったのは私が普段は絶対に行かないであろう、「情報・コンピューター産業」の棚。『サーチエンジン・システムクラッシュ』の書名とどことなく似ている。それに『サーチエンジン・システムクラッシュ』のタイトルから察するに、小説ではサーチエンジンがシステムクラッシュしてしまったのだ。それを正常に修理するにはきっと「システムエンジニア」が必要とされるはずだ。だからこその『システムエンジニアの仕事って…!?』だ。せっかくのめぐり逢い。中を覗いてみよう。ページを開いてみるとこう書いてある。

本書は、SEとは何なのかという問いに、答えを出すための本です。

大きく出た。「答えを出す」のだ。そこにはブックオフでふらふらと迷子になってしまうような弱気な雰囲気はない。やけに強気だ。きっと「SEとはなんであるのか答えを出す」人は迷子にならず、「SEとは何か」という目的地に向かって徹底的にまっすぐ進むのだ。

迷った挙げ句、有象無象の200円均一コーナーへ

さらに読み進むとそこにはシステムエンジニアの基本的な仕事から専門用語の解説までが書かれており、確かにこれを読めばシステムエンジニアの何たるかがよくわかりそうな、簡潔かつ明瞭な1冊になっている。しかし、そのことを確認したとき、私の興味は、ちょうどこの本の真向かいにあった本に移っていた。

『なぜ、人を殺してはいけないのですか』(ヒュー・ブラウン、幻冬舎、2001年)

突然問われてしまった。さきほどの「本書は、SEとは何なのかという問いに、答えを出すための本です」というのが、やけに軽薄に感じられてしまう。この本の1ページ目にこう書いてあったらどうしよう。

「本書は、なぜ、人を殺してはいけないのかという問いに、答えを出すための本です。」

欲しい。もし、そんな簡潔に答えが出るならば世界はもう少し平和になるのではないか。こんなことをいきなり断言されても困るだけだし、そんな本はいやだなあ。この本にはぜひとも「迷子」をしてもらいたい。この本がある棚もまた、普段の私だったらあまり行かない「哲学・倫理」の棚である。

『サーチエンジン・システムクラッシュ』を求めて始まったブックオフ迷子の旅は中々に面白い。実に世の中にはいろいろな本があるものだ。しかし、問題がある。

「目的の本が見つからない」

いま、私は200円均一の単行本が売られている棚に囲まれている。4つほどの棚には長期間売れなかった有象無象の単行本が値下げされてぎっしりと詰まっている。かろうじて「哲学・倫理」とか「ヘルス」とか「映画」といったようなジャンルを示す札があるだけで、どこになにがあるかわからない。まさに迷子を誘発するコーナーだ。そしてそんな場所にいては、目的の本が見つかるはずもなく、途方に暮れるしかない。くらくらとそのコーナーを放浪していると、目の前に現れた本に強く惹きつけられる。

『あなたはなぜカリカリベーコンのにおいに魅かれるのか』(レイチェル・ハート、原書房、2018年)

気になる。気になるじゃないか。知りたいぞ。なぜ私たちはカリカリベーコンのにおいに魅かれてしまうのか。

気付けば私はレジに並んでいた。手の中には、『あなたはなぜカリカリベーコンのにおいに魅かれるのか』がある。なぜだ。そもそも私は何をしていたのか。そうだ、『サーチエンジン・システムクラッシュ』を探していたのだ。そしてそれが探せないがゆえに、ふらふらとブックオフを放浪していたのだ。しかしなぜだ。いま私の手元には『あなたはなぜカリカリベーコンの匂いに魅かれるのか』がある。仕方ない、読もう。

この国(アメリカ)には、ベーコンのにおいがついた商品がたくさんある。キャンドルや目覚まし時計から、なんと下着まで。

なんてことだ。アメリカ人はどこまでもベーコン好きらしい。同書によれば、こうしたにおいへの嗜好は後天的な学習によって獲得されるものらしく、またその形成には脳の働きが重要になってくるらしい。しかし、私はそんなことを知りたくなどない。そんなことはどうだっていい。私は『サーチエンジン・システムクラッシュ』を探していたのだ。それがどうだ。いつの間にか私はアメリカのベーコン事情に思いを馳せていた。

これぞ、神隠しである。

私はブックオフで神隠しに遭ったのだ。

目的を見失い、同じような棚が立ち並ぶブックオフで迷子になる。それはまさに、知らなかった世界に迷い込み、思わぬ本を手にする神隠しに近い経験だ。

しかし『サーチエンジン・システムクラッシュ』はどこにあったのだろう。今もって分からない。

*   *   *

ついに『サーチエンジン・システムクラッシュ』を発見できなかった私だが、後日この本を入手して読んでみた。かつての同級生が殺人事件で逮捕されたのを知った主人公が、その同級生と最後に出会った場所を目指して、池袋を彷徨い歩く。しかし当初の目的は逸脱に逸脱を重ね、主人公は思いもよらぬ場所で思いもよらぬ人と、思いもよらぬ行為に身を委ねることとなる。まさに、池袋という土地で目的を見失い、神隠しに遭うような小説だ。

ブックオフ池袋サンシャイン60通り店での経験は、案外にもこの小説のテーマと近いものがあるのかもしれない。

批評のありか

2020年1月7日
posted by 藤谷 治

第20信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。とりわけ、田中和生さん、瀧井朝世さんと共に毎年末来ていただいているB&Bでの「フィクショネス文学の教室」では、僕のオタオタした、いい加減な進行を大いに助けていただいたばかりでなく、面白いお話をたくさん伺えました。

お三方にその年の文学的な収穫や話題をお話しいただいてイベントを価値あるものにしていただくのは、いつものことなのですが、昨年末については特にありがたい気持ちが強かったです。というのも、イベントでも打ち明けましたが、昨年の僕は、文芸に限らず「新刊書」というものを、殆どまったく読んでいなかったからです。お越しいただいたお客様に、「今年の収穫」を紹介すべきイベントで、手持ちのカードが1枚もないというのは、大袈裟にいえば悪夢の中にいるようでした。もっともほかのお三方が書評・批評・時評のプロですから、こちらは甘えてもいられましたが、しかし同時にそれは、皆さんに甘えるしかないという、冷や汗ものの状態でもあったのです。

といって昨年、本を読まなかったわけではありません。それどころか昨年の僕は、例年になく集中して読書をしていました。そしてそれは大半が、日本のいわゆる古典文学ばかりでした。今年から大学で新しい講義を持つことになりそうで、それが日本文学史に関わるものなので、勉強の必要があったのです。今でも勉強は続いていて、昨年末の読み収めは『落窪物語』、正月一日からの読み初めは『伊勢物語』というありさまです。

僕に日本の文学史をまっとうに語らせることなどできないのは、学校の方でもあらかじめ承知していただいているようで、講義では「一介の小説家が日本の文章について何を考えているか」という話をすることになりそうです。正当な文学史は専門家の講義が別にあるとのことですから、それだけは安心なのですが、それでも追いつかないほど勉強すべきことがあります。新刊に目を向けている余裕は、去年も今もありません。自分が新刊を出して食っている身でありながら、人の仕事には背を向けているようで、申し訳ないようにも思います。

しかし、それこそ学生時代に受験勉強がてら、あるいは老人に必読と脅されたり、常識なのかなァと義務的に読んだりした、そしてその後数十年ほったらかしていた古典文学を読み返すのは、楽しいという以上に驚きに満ちた経験です。こちらも文章でそれなりに苦労を続け、また馬齢を重ねるうちに人生の栄枯盛衰を見知ってくると、それまでただ「コモン・センス」と思っていた古典文学が、思いのほか生々しく、また不可思議に迫ってきます。

同時に、よく学生が出席届けに書いてくるような疑問を、僕自身も感じます。学生というのは――恐らく彼ら自身が思っている以上に――純粋ですから、文学についても面映ゆいほど根源的な疑問をぶつけてきます。中には僕もうまく答えられない疑問がいくつかありますが、そのうちの大きな疑問を、僕も考えるのです。

「後世まで残る文学と、そうでない文学の違いはなんですか?」

……判らん。判っていたらそれに即した書き方をして、僕も後世に残る文学を書くだろう、などと、冗談めかしてお茶を濁すことくらいしかできない疑問です。文学史家や国文学者、またすべての文学に関わる人間が、いっぺんは正面切って考えなければいけない疑問でもあると思います。なぜならこれを考えなければ、我々が古典を古典と見なしているのが、単に「伝統だから」「古典ということになっているから」となり、つまりは何となく先例に盲従しているのと同じになってしまうからです。

伝統うんぬんなど無関係に、読めば面白く、考えさせるから読むのだ。古典ではあっても新しい発見、すぐれた文学として読むのだ、という答えを、はじめは考えました。しかしこれは「後世に残る」という疑問への答えには、なっていません。少なくとも僕程度の読書する人間は、岩波文庫や角川文庫といった、入手しやすい本の中から古典を選んで楽しんでいるので、それらはすでに「後世」のフルイにかけられた、選別され終わった文学です。問題はその「選別」がどうしてなされたのか、あるいは、その「選別」とは一体なんなのか、ということです。

この「後世」、あるいは「選別」とは、結局のところ、「批評」のことでしょう。

ある作品が作られ、それが同時代に読まれるというのは、紋切り型を使えば「時代の空気に合った」といえるはずです。しかし時代というのは流れていきますから、同時代の空気に合っただけでは、その作品は滅びるのです。では、本来は滅びるべき作品を、次代がさらに読み続けるのはなぜか。それは「次代の空気」に合致するからでしょうか。どうもそんな、生易しいものではないように思います。

文学が後世に残るのは、後世の批評に耐えるからでしょう。文学に限らず、創作や表現が同時代を過ぎるとかえりみられなくなったり、まれに同時代的には無視されていたものが次代(以後)に注目されたりするのは、時代によって批評が変化するからではないでしょうか。「批評に耐える」と「後世に残る」とは、同義なのではないでしょうか。

批評史、というものがあるかどうか、僕は知りません。けれどもたとえば『源氏物語』の解説なんかを読んでいると、その批評の変遷に驚きます。鎌倉時代の武家階級にとって『源氏』は「みやびなるものへの憧れ」として読まれ(「憧れ」もまた原始的な批評の一種でしょう)、江戸時代に入ると儒学者や僧侶から倫理的に批判され、その批評をまた国学者本居宣長が批判して「もののあはれ」なる概念を提出し、明治に入れば欧化政策に呼応するようにまた好色の書とみなされて……。『源氏物語』は、賛美されたり批判されたりしながら、しかし決して批評に無視されることはなかった。

『源氏』のようなバケモノほどではないにせよ(しかしこれはもちろん、最古でもなんでもありません)、表現はその歴史的・資料的・証言的価値だけによらない、時代時代の批評という難敵に立ち向かい続けていくことによって「後世に残る」のです。

しかし、そうであるとすれば、ある時代にはその時代に相応した批評がなければならないはずです。

ここまで書いて、ようやく僕は自分が感じていることに少し整理がつきました。僕は自分の生きているこの時代に、批評がほとんど見当たらない、と感じているのです。

これはあるいは、僕の滑稽な無知でもありましょう。かつて大岡昇平が「批評の時代」と呼んだ1980年代から、種々の批評があらわれ、名付けられているのくらいは、僕も聴いています。先日読んだ廣野由美子『批評理論入門』(中公新書)はとても役に立つ一冊で、目次を引用するだけでも、「道徳的批評」「伝記的批評」から「ジャンル批評」「脱構築批評」「精神分析批評」「フェミニズム批評」「ジェンダー批評」「マルクス主義批評」「ポストコロニアル批評」「新歴史主義」etc.と、これらの大半が、少なくとも僕には80年代以降に知った批評の名称です。ポストモダニズムやニュー・アカデミズムの時代から、もはやほぼ40年が経とうとしていますけれど、これらの批評分野はこんにちでも、おのおのに書き手を持っているのでしょう。

それでも僕は、無知で滑稽なのを承知で思うのです。批評が見当たらないと。

批評家が見当たらないと、むしろいうべきかもしれません。いや、もっと正確には、批評家が物足りない、というのがよさそうです。

今にして思えば、それはポストモダンという言葉が登場してから今に至るまで、ずっと続く僕の不満だったと思います。気がつくのが遅すぎましたが、「Postmodernism」=「近代主義以後」という言葉は、なんにも言っていないのと同じでした。それは結局、なんにも主張していなかったのです。「モダニズム(近代主義)」という言葉が、受け取る人によっていちいち印象を異にするものなのですから。

もちろん、モダニズムが抱えていた資本の格差や性差別、多様性の無視や帝国主義的な世界観を批判するのは、今現在でもきわめて重要です。これを書いているあいだに、トランプのアメリカがイラン革命防衛隊の司令官を殺害し、さらにイラクの武装勢力を空爆したという報道がありました。どうやら報道と各国政府は、なんとかして中東かアメリカ、どちらかを「善玉・悪玉」に仕立てて、話を判りやすくしようとしているようです。モダニズムどころか、それ以前のロマン主義的な「勧善懲悪」の構図さえ、いまだに幅を利かせているありさまです。ポストモダニズムから発生した種々の批評は、ただ世界を認識するためだけにでも、大きな役割を担っていると思います。

しかしそのような批評の現在を、僕は物足りなく思うのです。

これは粗雑な、検証の足りない、ただの印象にすぎませんが、ポストモダニズム以降の批評的言辞は、種々の「ナニナニ批評」という枠の中から、出られない・出ようとしない傾向が強くなってしまったのではないでしょうか。また、自己の批評ジャンルの枠から漏れ出るような文学・表現を、避けるか無視するか、または初めから眼中にないかのようにふるまう傾向が、当然かつ暗黙の「棲み分け」として、定着しているように思えます。

僕が学生時代から尊敬する幾人かの批評家たちが、そんな「棲み分け」に甘んじていたとは思いません。それどころか、批評家というのは自分のよって立つ思想信条はもとより、おのれの主義主張さえ時には逸脱するのを恐れない存在のはずです。中村光夫は「左翼」の枠の中に納まる批評家ではなかった。江藤淳の「保守派」は、彼の芸のすべてではなかった。吉本隆明の「マルクス」もそうです。

彼らの時代は、今よりもはるかに「イズム」の重圧が激しかった。「左翼」や「右翼」の範疇からはずれるような表現に対しては、党派的な批判を(自動的に)下すのが当然と見なされていました。しかし江藤淳は、あなたのような保守派が、と言われても、初期の唐十郎や高橋源一郎を高く評価したし、吉本隆明はコム・デ・ギャルソンを着たのです。彼らはそういった自己の評価に、それぞれそれなりの「理論武装」をしはしましたが、僕には彼らが、それらの表現にただひたすら「魅了」されたのだ、と見えますし、その「魅了される才能」こそ、彼らを批評家たらしめていると思っています。

ひるがえって現在、「イズム」はかつてより力を失ったはずなのに、批評的言辞はかえって何かを恐れながら物を言っているように思えるのです。これは事実に反しているかもしれません。しかしではなぜ、僕にそのように見えるのでしょう? 批評的なコメントやエッセーを書いている人たちの文章を見ると、自分自身を枠の中に収め、限定し、みずからをcharacterizeしているように思えます。それも自分のためではなく、世間の中での「正しさ(correctness)」のために、「正しさ」にみずからをすり寄せていくために、批評を使っているのではないかと思えることさえあります。

くりかえしますが、これらはすべて僕の検証不充分な印象にすぎません。SNSの「インフラグラム」にアテられたための誤謬である可能性は大いにあります。しかし僕としては、たとえ誤謬であっても仲俣さんに自分の印象をさらして、訂正していただくなり、呆れていただくなりして、仲俣さんから「批評の現状」について、お考えを伺いたいのです。

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出版をささえる「志」について

2020年1月5日
posted by 仲俣暁生

あけましておめでとうございます。おかげさまで「マガジン航」は創刊11回目の新年を迎えることができました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

*  *  *

この年末年始は、戦後の出版史にかんする本をずいぶん読んだ。いま、日本の出版界は「再起動」が求められている。そのための手がかりがみつかるのではないかと思ったからだ。

ちょうど中央公論新社から、みすず書房の創業者・小尾俊人の1965年から85年にかけての詳細な業務ノートが『小尾俊人日誌 1965-1985』として刊行されたので、この本をきっかけに『小尾俊人の戦後――みすず書房出発の頃』(みすず書房)を読み、続けてこの本の著者である宮田昇さんが書いた『戦後「翻訳」風雲録』(本の雑誌社)とその改訂版『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房)を読んだ。さらに『風雲録』でも詳細に触れられているSF作家・翻訳者の福島正実の自伝、『未踏の時代――日本SFを築いた男の回想』(ハヤカワ文庫)を数年ぶりに再読した。

早川書房の編集者としてポケット・ミステリ・シリーズの創刊に携わり、その後は翻訳エージェントとして、さらに日本ユニ・エージェンシーの経営者として活躍なさった宮田昇さんは、戦後の出版史を企画や作品の面と、制度や産業の面の双方から論じることができる稀有な人だった。

その宮田さんも、昨年3月に90歳で亡くなられた。宮田さんは引退後に『図書館に通う』(みすず書房)という本も書かれており、同書については「マガジン航」で津野海太郎さんに書評的なエッセイ「無料貸本屋でどこがわるい?」を書いていただいたこともあった。できることなら一度お目にかかり、話を伺っておきたい人の一人だった。ご冥福を心からお祈りいたします。

戦後翻訳出版の草創期の記録

宮田さんは早川書房の創業者である早川清と、同社で机を並べた同僚でもある福島正実の思い出を、『風雲録』のなかでそれぞれ数回を費やして綴っている。

早逝した福島に対する思いはとりわけ深かったようで、本の雑誌社版のみに残された「オニ」という章(新編では割愛された)では、宮田さんと福島がいずれも早川書房を退職した後、「少年文芸作家クラブ」でともに活動していた頃の逸話が語られている(宮田さんには「児童文学者・内田庶」としての顔もあった)。ハヤカワ文庫版『未踏の時代』の巻末解説によれば、二人は大学時代に「四次元」という同人誌で出会ったという。ともに1928年生まれの戦中派世代である。

少年時代、ハヤカワ文庫のSFやミステリーをむさぼるように読んで育った私は、福島正実の名を伝説的な編集者・翻訳者として早くから知っていたが、宮田さんと福島がここまで深い関係だったことには、これらの本をまとめて読むまで気づかなかった。

『小尾俊人の戦後』のほうは、戦後の人文書出版の世界を切り開いたみすず書房の創業者・小尾俊人の評伝で、「諏訪紀行」「小尾俊人の戦後 塩名田から『夜と霧』まで」「出版者・小尾俊人の思い出」の三章構成からなる。とくに「諏訪紀行」には、小尾家のルーツを探るため信州の諏訪まで幾度も足を運んだ宮田さんの評伝作家としての執念が感じられた。

なお、この本の後半には、小尾自身の手による1951年の日記と、月刊「みすず」の創刊号(1959年4月)から1962年1月号までの「編集後記」がたっぷりと掲載されており、中公の『日誌』と併せ読むと興味深い。

早川書房もみすず書房も創業は1945年、敗戦の年である。日本の出版界が第二次世界大戦の敗戦後に再起動するにあたり、個々の編集者や翻訳者の「志」に衝き動かされていた時代があった。『風雲録』と『小尾俊人の戦後』はいずれもその時代の出版を支えた人々の裏面からの記録であり、彼らへの著者の心底からの鎮魂の思いが伝わってくる。そして戦後出版史のすぐれた語り部だった宮田さん自身も、ついに歴史上の人物となってしまった。

出版の本質としての「志」

宮田昇さんのことをつよく意識するようになったのは、もう一つきっかけがあった。

みすず書房の月刊PR誌「みすず」では、1968年から1990年まで出版業界の動向を論じた匿名コラム「朱筆」が連載されていた。それを二巻の大冊にまとめた「出版太郎」名義による『朱筆』『朱筆Ⅱ』をずいぶん前に手に入れ、折に触れ読み返していた。この「出版太郎」が宮田さんであることはすでに知っていたが、『小尾俊人の戦後』に宮田さんがこの仕事を引き受けたときのことが書いてあり、あらためて胸を衝かれる思いがした。

宮田さんは早川書房を退職後、翻訳エージェントとなるが、矢野著作権事務所(のち日本ユニ・エージェンシー)を創業するまではしばらく、フリーランスだった。その時期のことだ。

しかしそのフリーランスのわずかな間に、小尾俊人からある依頼をうけ、二十年以上、彼が社を辞するまでその仕事を続けた。それは一面、いつ潰れてもおかしくない零細企業の経営を続けさせる、志の支えとなったとはいえ、非力の私には大きな負担であった。

「ある依頼」とは「朱筆」の執筆にほかならない。二十余年にわたるその仕事は、宮田さん自身にとっても「志」の持続だったことが、ここで遠回しながらも明かされている。

戦後の出版業界はこの時期に大量生産・大量消費のシステム(当時の言葉では「マスプロ・マスセル」)を完成させていくが、宮田さんはつねに「志」をもって本を出す者たちに寄り添う視点から、この匿名コラムを綴りつづけた。

『朱筆』の構成上、第三部にあたる「出版界の分化現象――大と小、マスとミニ、量産と手づくり、1976〜1978――」の冒頭には、「”一人出版”によって支えられる側面」と題された記事が置かれている。

ここ数年、出版業界では「ひとり出版社」という言葉が話題になっているが、ここでいう”一人出版”とは、そうした個人事業の出版者のことだけではない。『出版ニュース』の1976年2月上旬号に掲載された鈴木均氏の「出版テクノロジー」という「体験的出版論ともいうべき」文章を「朱筆」はこのように紹介する。

そして、一方で現代産業の仲間入りをする大出版社があらわれて寡占化がすすみながらも、一方ではつぎからつぎと小出版社が生まれてくるのは、”志”を立てる出版人があとを絶たないためだし、同時に、企業内であっても、単行本出版に典型的にあらわれているように、「一人びとりの編集者が”志産業”そのものだといって」いいとしている。

この回の「朱筆」は次のように締めくくられている。

この”一人出版”に象徴される出版業の本質への理解が、鈴木均氏のいうように、「”出版物”の生産にたずさわる出版社だけではなく、”出版物”の流通にかかわる”取次” “小売”の業界まで貫徹することがなければ、出版業が出版文化の荷い手である側面を全うすることができない」のは、もちろんである。

「前回のエディターズ・ノート(「アイヒマンであってはならない」)で永江朗さんの『私は本屋が好きでした』を紹介しつつ、現在の出版界が「産業」として構造的に抱え込んでいる問題について論じたところ、思いのほか大きな反響があった。永江さんのこの本が明らかにしたのは、いわゆる「ヘイト本」の生産と流通の過程には、こうした“志”がごっそりと脱落しているということだったと思う。

宮田さんは、みすず書房のような人文書の版元から、早川書房のようなSF・ミステリーの版元まで、幅広い分野の出版者・編集者・翻訳者の営みを、その初発の「志」とともに伝えてくれる、よい語り部だった。また翻訳エージェントとしての長年の経験から、著作権法をはじめとする法制度や海外の出版ビジネスモデルへの理解も深く、電子出版や同人誌即売会のような新しい動きのなかにも、マスプロ・マスセルによる弊害を乗り越える契機を見いだせる人だった。そして自身が児童文学/少年文芸の実作者でもあった。

*  *  *

生前、一度もお会いすることはなかったが、宮田さんの著書をつうじて私は多くのことを学ばせていただいた。出版という営みの本質として「志」を求める姿勢を私も受け継ぎたい。「志」ある人たちの営みを記録し、できうるかぎり支援したいと思う。

この「マガジン航」自体、創刊からまだ十年しか歴史のない、ささやかなメディアです。これからも引き続き、ぜひ皆さんの力を貸してください。