名門文芸誌エヴァグリーン・レビューの再始動

2017年4月28日
posted by 秦 隆司

今年の2月、アメリカのOR Booksを立ちあげた編集者ジョン・オークスからメールがあった。ジョン・オークスとは数年来の知り合いで、僕は彼を題材にアメリカ出版界についての本を書こうと何度か彼にインタビューをしていた。

そのメールは1950〜70年代にかけて、グローブ・プレスが出していた伝説的な文芸誌「エヴァグリーン・レビュー」がウェブマガジンとして再び出版されることになり、それを祝うパーティがブルックリンのバーで開かれるという知らせだった。

「Invitation to the re-launch of the Evergreen Review」とメールには書かれていた。そして「返事は無用、ただ来ればいい(no rsvp necessary; just show up)」とも。公式なパーティの招待状は普通「RSVP(出席か欠席の返事をお願いいたします)」の文字がついているものだが、この「そんな返事はいらないからただ来ればいい」という少々荒っぽい文章にニヤリとした。

僕はこの2月の夜のパーティに出かけてみた。マンハッタンから地下鉄を二度も乗り間違えて、到着するのに1時間もかかってしまった。なかなか目的地の駅につかない地下鉄の中で僕はジョンが以前「文芸誌を始めようというのは、どんな時にもよいアイデアではない」と冗談っぽく言っていたことを思い出した。

今回、「エヴァグリーン・レビュー」はどんな体制で再始動したのだろう。彼らはそれを通して何をしようとしているのか、そしてどう存続させていくつもりなのだろうか。また、そもそも何故、この媒体を再始動させようとしているのか。メールをくれたジョン・オークスは「エヴァグリーン・レビュー」のCEOともなっている人物だ。編集長となった作家デール・ペックとも連絡が取れる。さっそく、二人から話を聞いてみることにした。

伝説の編集者バーニー・ロセットが創刊した雑誌

新しい「エヴァグリーン・レビュー」の話の前に、そもそもこの雑誌がどんな媒体だったかという話をしなければいけないと思う。

フォックスロックから出版された「エヴァグリーン・レビュー」の復刻版1号。PDFは無償でダウンロードできる。

「エヴァグリーン・レビュー」の創刊は1957年。そのときどきで季刊誌だったり月刊誌だったりしたが、紙媒体として1973年まで発行されていた。その後、1998年にもウェブマガジンとして復活させる試みがあったが、うまくいかなかったようだ。そして、実は昨年も「エヴァグリーン・レビュー」は再始動パーティをおこなっている。僕も今回同様そのパーティに出かけて行った。それから約1年間、「エヴァグリーン・レビュー」は何も動かなかった。その理由は、資金不足だったことが今回の話でわかった。

サミュエル・ベケット、ウィリアム・バロウズ、ジャン=ポール・サルトル、ヘンリー・ミラー、ローレンス・ファーレンゲッティ、アルベール・カミュ、大江健三郎、スーザン・ソンタグ、アレン・ギンズバーグなどがこの雑誌に寄稿した。当時はまだ彼らの多くが無名、あるいは新進作家だった。

僕はもちろん当時の「エヴァグリーン・レビュー」を読んでいた訳ではない。僕にとっては何といってもグローブ・プレスの発行人だったバーニー・ロセットが創刊した文芸誌というかサブカルチャー誌だったことに大きな意味があった。バーニー・ロセットは彼のグローブ・プレスを通して大江健三郎、ジャン・ジュネそしてベケットをアメリカに紹介した出版人/編集者だ。

招待のメールをくれたジョン・オークスは、バーニー・ロセットがいた時のグローブ・プレスの編集者でもあったので当時の彼の話を聞くことができた。

バーニー・ロセットは、グローブ・プレスでD.H.ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』、ヘンリー・ミラーの『北回帰線』、ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』といった作品を発行した際、政府のとった出版禁止措置にそれぞれ反対して裁判で争い、いずれも勝訴した。

この一連の裁判でロセットが最も狙っていたのはヘンリー・ミラーの『北回帰線』の出版だった。しかし、いきなりあまりにきわどい『北回帰線』では冒険過ぎると思い、最初に文学的に受け入れられやすい『チャタレイ』で戦うことにした。

アイリッシュの血を受け継ぐロセットは、D.H.ロレンスのイギリス的感覚を最後まで好きになれなかったと言っている。

「1番ロレンス、2番ミラー、3番バロウズという感じ」と彼はこの裁判を野球の打順に喩えている。

ジョン・オークスによると、グローブ・プレスでは編集会議のようなものはなく、ロセットにこの作品を出版したいと相談し、了承を受けるという形を取っていたという。

ロセットが型破りな人物であることは彼のヘンリー・ミラーとの出版交渉のやり方にも現れている。彼は『北回帰線』のアメリカでの出版権を得るために当時ミラーが住んでいたカリフォルニア州ビッグサーまで出向いていった。その時、ロセットはミラーとピンポンの試合をやりながらこの交渉をしている。また、彼は映画の配給も行ったが、自分が配給しようとする映画の内容が猥褻で過激すぎてアメリカのどの映画館でも上映されないと分かると、映画館を買収してしまった。また、自分でバーを開いて大赤字を出したこともある。

そのバーニー・ロセットが「エヴァグリーン・レビュー」を創刊した理由は「なんとなく必要なもののような気がしたから(There just seemed to be a need for it.)」というものだった。まあ、彼らしい理由だ。

非営利組織によるリスタート

話を今回の「エヴァグリーン・レビュー」再始動に戻そう。

僕は先ほど述べたブルックリンでのパーティの後、マンハッタンのチェルシー地区にあるジョンの自宅まで出かけていって、今回の再創刊をめぐる話を聞いてみた。

分かったことはまず、「エヴァグリーン・レビュー」は非利益組織となっていること。資金は大きな財団の基金と、裕福な個人的な寄付から出ているが、これからもさらに資金集めもしていくということ。そして、CEOとなっているジョン・オークス、編集長のデール・ペック、エグゼクティブ・エディターのカルヴィン・ベイカー、インターナショナル・エディターのジア・ジャフリーにはお金が出ていないこと。「エヴァグリーン・レビュー」とは別に、フォックスロック・ブックスという書籍のインプリント(別ブランド)を抱えている、ことなどだった。

「私、編集長のデール・ペック、またそのほかの編集者にはお金が出ません。著者、アーティスト、デザイナーなどにはお金が出ます。将来的にはこの状況が変わるといいのですが、いまはとにかく「エヴァグリーン・レビュー」を始動させ軌道に乗せることを考えています」とジョン・オークスは言っていた。

そして、いまは人々に読んでもらうために「エヴァグリーン・レビュー」は購読無料だが、この後2年間ほどで有料購読になるかもしれないという。

では、どんな作家の作品を載せていくのだろう。

その決定をするのはジョンではなく編集長のデール・ペックだ。僕はデールにも連絡を取り、ウェストビレッジのバーで酒を飲みながら話をした。

デール・ペックは自身も作家であり、ニューヨークのニュースクール大学で教鞭も執っている。『Hatchet Jobs』という本と作家についての評論の著作もある。この本でデールはデヴィッド・フォスター・ウォレス、リック・ムーディなどの今の作家についての非常に辛口な評を書いた。

『Hatchet Jobs』でデール・ペックは、「デヴィッド・フォスター・ウォレスはトマス・ピンチョンの作品の焼き直しをしただけで、何も新たなことを語っていない」としている。そして、トマス・ピンチョンについても、「思考の前菜的なものは数多く登場するが、メインコースとなるものはみられない」としている。リック・ムーディについてはさらに酷評で「彼は彼の世代の作家で最も酷い作家だ」という文章から始まっている。

これに対し、文芸誌『Believer』の編集者で作家のハイディ・ジュラヴィッツは、最近の書評は「人の注目を得るようなアプローチの仕方で、書評自体をエンターテインメントとして扱っている」と反論している。つまり、世間の注目を浴びるために、その題材を酷評する手法を使っているというのだ。

『Believer』といえばゼイディ・スミス(『ホワイト・ティース』)、デイヴ・エガーズ(『驚くべき天才の胸もはりさけんばかりの奮闘記』)、ベン・マーカス(『沈黙主義の女たち』)などの若手中堅作家と結びつきが強く、彼らを敵に回した感がある。

『Hatchet Jobs』の論争はアメリカ文学界の大きな話題となったので、僕はそのことをデールに聞いてみた。

「デヴィッド・フォスター・ウォレスを読んで僕が感じたことは、これはポストモダンの焼き直しで、1970年代がまたやってきたみたいだと思った。僕は彼の書いたような本は何百回と読んできた。デヴィッド・フォスター・ウォレスは何も新しいことを語っていないと思った。僕はそれを言いたかったんだ」とデールは言った。

こちらの話も興味深いが、僕は話題をエヴァグリーン・レビューに戻した。

彼はエヴァグリーン・レビューのサイトで「Letter from the editor」を書いている。この文章は一読の価値があると思う。

デール・ペックによる「Letter from the editor」。

話はちょっと難しくなってしまうが、彼がここで書いていることを少し紹介してみよう。

デールはこの文章の中でスーザン・ソンタグの有名な言葉である「解釈は知識人の芸術に対する仕返しだ(interpretation is the revenge of the intellectual upon art)」という言葉を引用している。デールはこの言葉をさらに進め、解釈学は芸術の敵だが、芸術のバイプロダクツ(副産物)の一部であると言っている。そして、それにはシンポジウム、広報、作家の信望者、それに文芸誌も含まれるとしている。つまり、文芸誌もバイプロダクツのひとつだと言っているのだ。

そして、雑誌の目的は芸術をブルジョワ階級の商品に組み込むことだとも言っている。

「使い捨て可能な消費生活製品の広告や、地位を示す製品の広告に挟まれている悲劇的・破局的な物語の意味を真剣に考えることは難しい」

しかし、とデール・ペックは続ける。

「もし芸術が、私たちが入り込んでいる破滅への道へのプロテストだったら、私たちの求める人生が無制限の獣欲主義ではなく、啓発された精神的なものだったら、それはどこかで文学に反映される可能性があるのではないか」

バーのテーブルで彼は「エヴァグリーン・レビュー」にどんな作品を載せたいかも語ってくれた。

「カタルシス(浄化)や情報ではなく、怒りとアクションや社会・道徳的に不適切な作品(これは山ほどあるとデールは言う)でもなく、その表現が特異で一度きりしか表現できない詩。人に見せるのが恥ずかしくなるような、自分のつまらなさ、失敗、裏切りを露呈させる物語。そのおかしな形態や攻撃性により物語にもなっていないような物語ではなく、自意識の甲羅を超えて私たちを人間とさせている核に迫る作品です」

とデールは言う。

「文学も文化の中にあるのですが、それはいつも戦いです。文化の中にあってもその文化からどれだけ離れているか、文化とその距離の引っ張り合いの中で成立しているような作品を載せていきたいんです」

彼の言う「文化」とは社会的な生活や精神活動を指していると僕は思った。つまり、社会や人に受け入れられる、納得を得られる枠と、それを外れ受け入れられない作品とのせめぎ合いだ。バーニー・ロセットがやってきたことでもある。

そして、「エヴァグリーン・レビュー」ではこれから英語が母国語でない作家の作品も載せていきたいと言う。

「いまアフリカ、アジア、スペインなど五つの違った言語圏の作家が英語で書いた作品を読んでいます。ネイティブスピーカーが書いたものではないことは読めばすぐわかります。彼らの作品は保守的なセンシビリティ(感覚)、つまり英語はこう使われるべきだという考え方を脅かすものとなるはずです」

僕はデールの他の編集者のことも聞いた。

「エグゼクティブ・エディターのカルヴィン・ベイカーとはもう16年の付き合いで、いつか一緒に雑誌をやろうと話していました。インターナショナル・エディターのジア・ジャフリーとも15年の付き合いで、彼女は海外の作家と強い結びつきがあります」

つまり、デールを中心に昔からの仲間がエヴァグリーン・レビューを作っていくことになるのだ。

最後に「エヴァグリーン・レビュー」の更新方法を聞いた。

「いまのところ年3回、4カ月に一度に新たな号を出していきます。まずは毎号8本から10本の作品を載せて、さらに毎月1本か2本ずつ増やしていければと思っています」

一号あたりの掲載作品を最初の8〜10本から12本、13本、14本と同じ号の中で増やしていくのだ。

ちなみに再創刊の第1号はゲーリー・インディアナ、多和田葉子、バーニー・ロセット(ヘンリー・ミラーとのピンポンの話も載っている)などの作品が掲載されている。

新しい「エヴァグリーン・レビュー」には、かつて同誌に掲載された作品も載せていくことができる。そしてジョンによればサブスクリプション登録をした読者はすでに数千人いるという。これはこの雑誌にとって大きな財産だ。しかし、以前の成功を再現することは無理な注文だろう。

バーニー・ロセットが「エヴァグリーン・レビュー」を創刊したときの理由が「なんとなく必要なもののような気がしたから(There just seemed to be a need for it.)」だったことは先に述べた。

ウェイトレスがテーブルにきてワインのおかわりはいるかと聞いた。もうデールはどこかに行かなくてはいけない。僕はグラスに残ったワインを飲み干し、ところでどうしてまた「エヴァグリーン・レビュー」をやることにしたんだと彼に聞いた。

「I want to beat the odds(勝ちそうもない戦いに勝ちたいんだ)」とデールは笑った。

台湾のCulture and Art Book Fairに参加して

2017年4月26日
posted by 淺野卓夫

2017年の4月1日〜2日、台湾・台北市にある華山1914文創園区で、Culture and Art Book Fair in Taipei(以下、CABF)が開催された。香川県のローカル出版社・瀬戸内人の編集者であり、今回、出店者として参加した立場から、このブックフェアと台湾の出版を中心にしたカルチャー・シーンについて、見聞きしたことや感じたことをレポートしたい。

台湾ではじめての試みとなるこの本のイベントは、CABF実行委員会が主催している。松山国際空港近くのエリアでライフスタイルショップなどを展開するFUJIN TREE GROUPの執行長・小路輔さん、香川県高松市でBOOK MARUTEを営む小笠原哲也さんの呼びかけで、出版社、ギャラリー、アーティストが日本から約40組、台湾からは約10組参加した。京都の出版社・赤々舎、名古屋の書店ギャラリー・ON READING、写真家のかくたみほさんなど、知り合いの出店者も何組かいた。

日本のアーティストと台湾のお客さん、出店者が交流する。(写真提供:haveAnice)

台湾の人気雑誌『秋刀魚』の出店ブース。(写真提供:haveAnice)

会場である華山1914文創園区は、日本統治時代の酒工場(台灣總督府專賣局台北酒工廠)の跡地にある歴史的建造物をリノベーションした、カルチャー関連のイベントを展開する複合施設である。ほかにも、アートギャラリー、カフェ、レストラン、ショップ、ライブハウス、映画館などが集まる、台北随一の“おしゃれスポット”と言っていいだろう。

ちょうどこの時期、台湾は家族で先祖を祀る清明節にあたり、4月1日から4連休。華山1914や隣接する公園には、家族連れやカップル、友人同士のグループでにぎわい、日が暮れてもはなやいだ空気があたりに流れていた。

連休中に開催されたCABFは、すさまじい人気ぶりで大盛況だった。主催者の発表によると、来場者数は5000人。煉瓦造りの小さな体育館ほどの広さ、天井の高い倉庫が会場だったのだが、連日お客さんでごったがえし、外には会場に入れない人の長蛇の列ができるほどだった。ちなみに、無料のイベントではなく入場料は100元(約360円)である。

入場制限がかかり、会場の外に並ぶ台湾のお客さん。なかには、2時間以上待ったという人も。(写真提供:haveAnice)

台湾で、本が売れる!

午前11時のオープンから夜8時の終了時刻まで、ひっきりなしにお客さんがやってきて販売対応に追われ、出店ブースから一歩も離れることができない。食事に出ることはもちろん、休憩に行くこともままならなかった。

しかしそこは、台湾の心優しいボランティアスタッフのサポートがあり、お茶やお菓子やお饅頭を差し入れてくれたり、店番を代わってくれたりして助けられた。ちなみに、若い彼女たちの多くはカタコトの日本語を話すことができる。

驚かされたのが、お客さんの「人数」もさることながら、彼ら彼女らの「熱気」である。

海のむこうの、日本の最新のカルチャー事情を知りたい。しかも、マスメディアを介して伝えられる主流のカルチャーではなく、日本のローカルや“独立出版社・独立書店”(台湾では「ひとり出版社」「個性派書店」をこう呼ぶ)が発信するマイナーな情報がほしい——。台湾の感度の高い読書人のなかで、そんなニーズが高まっていることは間違いない。

この混雑が一日中つづく。小豆島の妖怪画家・柳生忠平さんの「妖怪風似顔絵」は人気イベントのひとつだった。(写真提供:haveAnice)

お客さんの年齢層、ファッションやスタイルはさまざまだったが(必ずしも尖ったアート系の人ばかりではない)、特に20代〜30代の若者たちは、日本語や英語で出店者と積極的にコミュニケーションをとっているのが印象的だった。そしてお客さんは会場入場料を払って、さらにお気に入りの書籍やグッズを購入していく。

そう、本が売れるのである。

好景気とも言われる昨今の台湾の経済事情、また、いわゆる「哈日族」とも呼ばれる、若者文化にみられる根強い「日本」への関心。いろいろな要因があるのだろう。

今回のイベントで、私たちは小豆島の妖怪画家・柳生忠平さんの初の作品集、『モノノケマンダラ』を台湾で先行発売した。編集を担当したこの本は、持参分60冊が2日間でみごとに完売。そして、雑誌『せとうち暮らし』Vo.6〜20のバックナンバーも、同じく55冊が完売。そのほか、瀬戸内人発行の写真集やフォトエッセイなどヴィジュアル中心の書籍も少なからず売れた。

東京や大阪のブックフェアにも時々出店するが、ここまで「本が売れる」という実感と売上の実績を得たことはあまりない。

出店ブースに立ち寄ってくれた台湾の有名な旅ブロガーで、『島旅』という瀬戸内をテーマにした著書をもつキャロル・リンさんに、売れ行きに気を良くしてこんなことを聞いてみた。

「これから、ウチの出版社が作った本を台湾でもっと販売したり紹介したりしたいのですが、どうすれば良いですかね?」

「それは、まずウェブサイトやSNSの中国語・繁体字版をつくって、台湾の読者に向けてきちんと情報発信することよ」

当然すぎる答えである。

こうした台湾の知人友人、お客さんとのやりとりも、情けないことに私は日本語とカタコトの英語でおこなっている。帰国したら、すぐに中国語の勉強をはじめよう、と決意した。

台湾と日本の温度差——「トランス・ローカル」なセンス

台湾の出版文化やその周辺で高まる、日本のローカル・カルチャーへの関心。

台湾通の読者であれば、『秋刀魚』というメディアの存在を知っているだろう。『秋刀魚』は、「Discover Japan Now」をコンセプトにした台湾の超人気雑誌で、旅人独自の視点からディープな日本文化を掘り下げている。

14号まで発行されていて、特集テーマはコンビニ、イラスト、九州男児、日本語、下北沢、梅酒、東北、となかなかひねりがきいている。写真やデザインのクオリティも非常に高い。CABFでは、編集長のEva Chenさんはじめ編集部のメンバーが出店していて、注目をあつめていた。

台中からこのイベントに出店していたブックサイト「ArtQpie」の活動もユニークだ。

彼らは台中市内を転々と移動しながら、そのつど古い建造物をリノベーションして、仮設的な図書室「ArtQpieライブラリー」をオープンしている。みずから都市のノマド(遊牧民)を名乗り、ArtQpieという名前にはOccupiedの語感(つまり、占拠。都市空間やストリートを占拠する対抗文化的な社会運動の含意)もこめているのだろう。

ライブラリーは、ローカル・カルチャーやさまざまな地域課題について住民同士の対話がおこなわれる一種のコミュニティスペースで、ギャラリーとして関連する展示会やイベントも開催しているそうだ。また、アート、デザイン、建築、都市、書物などをテーマにしたZineを出版したり販売したりしている。

ArtQpie代表のArgi Changさん。

代表のArgi Changさんから手渡されたカードには、ArtQpieの設立趣意書が英文で記されている。「(われわれは)地域コミュニティに対して、異なる見方・パースペクティブを共有する機会を提供し、都市と都市、街と街のあいだで多様なコミュニケーションが生まれるよう協同する」

ここで気づかされるのだが、いま台湾で「ローカル」の熱が高まっているのだとしたら、それは「トランス・ローカル」な思考や感性に根ざしているということだ。

彼ら彼女らは、決して自分たちの「くに」や「地元」だけに関心があるわけではない。むしろその視線は、確実に日本などの海外、ここではないどこかの世界へと向かっている。そしてメディアを活用して遠く離れたローカルとローカルを結びつけることに、面白さや社会的な意義を感じている。

外国語のコミュニケーション能力を活かして海外のローカルを旅しながら取材し、また地に足のついた思想性をもって、世界各地のローカル・カルチャーのシーンとの連帯に取り組む。

そこから生み出される「表現」を通じて、まるで異邦人のように地元の暮らしを見つめなおし、自分たちなりの豊かさや価値観を問い直すよう、同時代の台湾の読者にうながしているかのようだ。単なる「日本びいき・外国びいき」なのでもない。

ひるがえって、中国語を話せず、読み書きもできない私たちが、地元・瀬戸内に対するのと同じレベルで台湾のローカルを取材できるかというと、難しいだろう。日常的に、出版社として海外のメディア関係者、クリエイターや作家との積極的な交流を行っているわけでもない。

なによりも、ここ台湾に、自分たちが作った本の熱心な読者がいるという事実に、作り手である私たちはこれまであまりにも無自覚だった。

日本語環境の地元中心主義への安住——おそらく昨今の日本のメディアにおける「ローカル・ブーム」現象は、かなりドメスティックな傾向があるのではないだろうか。そこに、出版の未来はあるのだろうか。

台湾と日本。「ローカル」をめぐるこの温度差は、何なのだろう?

世界性・普遍性の感覚を持ちながら、ローカルで考えること

2日間のブックフェアが終わったあと、台北市内にある独立書店「田園城市生活風格書店」を訪ねた。大通りから路地をすこし入ったところにあるビルの1階。お気に入りの本を探しながら過ごすにはうってつけの静かな環境で、地下にギャラリースペースがある。

オーナーで台湾出版界のキーパーソンである陳炳槮さんに挨拶をした後、台湾の友人を待ちながら、そのまま店内に1時間ほど滞在した。陳さんは、自分のオフィスを「社長の古本屋」として開放し、日本をはじめ海外で収集した古書を展示・販売するなど、店内は実にオープンで風通しがいい。

田園城市生活風格書店の外観。

田園城市生活風格書店の店内。

田園城市は、出版もしている。

都市的なコミュニティやカルチャー・シーンを拠点にしているだけあって、建築、アート、デザインなどのおしゃれな本が多い。独立出版社らしく装丁やブックデザインにもかなりこだわっていて、一貫した美学を感じる。

最新刊は、フランスの人類学者マルク・オジェの『非場所』。私は学生時代に文化人類学を勉強していたので、こういう本におのずと目がいく。重要な人類学者でありながら、その著作の日本語訳は少ない。

いわゆるアート系のヴィジュアル中心の本だけではなく、ベトナム系アメリカ人の映画監督トリン・T・ミンハの批評集『ここのなかの何処かへ』、日本の写真評論家・飯沢耕太郎の『私写真論』など、「ハードな読み物」の翻訳書も多い。出版物のラインナップからは、単に“おしゃれ”を追いかけるだけの浮ついたものではない、ゆるぎない哲学を感じた。ここでも、トランス・ローカルな知的センスが輝いている。

あの問いがふたたび頭をもたげる。台湾と日本。「ローカル」をめぐるこの温度差は、何なのだろう?

単純な比較はできないだろう。

台湾と日本では、出版文化の歴史や産業構造が大きくちがう。台湾には、戦後の国民党による長期の戒厳令、白色テロの時代におこなわれた検閲・出版禁止の歴史などから自前のコンテンツ産業が日本ほど成熟せず、逆に翻訳を通じた海外コンテンツの活用がさかんになり、現在も年間の新刊書の大半が翻訳物という話も聞いた。

それにしても、いま日本の「ひとり出版社」や「ローカル出版社」と呼ばれる零細版元が、各社の得意とするジャンルや主力の刊行物のほかに、「これぞ!」と直感した海外の硬派な人文書や文芸書を、スピーディに翻訳して出版することができるだろうか。

岐路に立たされている、と私は感じた。

台湾の独立出版社・独立書店のカルチャー・シーンにみられるように、海外に目を向けながらトランス・ローカルの道を進むのか。それとも、このまま日本語環境と地元中心主義に閉塞する“ガラパゴス”・ローカルの道を進むのか。

世界性・普遍性の感覚を持ちながら、編集者としてローカルで考え、行動すること——。大切だけど、「地元」にこもって本づくりの仕事ばかりをしていると、つい忘れがちになる。Culture and Art Book Fair in Taipeiというイベントへの参加は、そんなことを思い出させてくれる貴重な機会となった。

ボランティアのスタッフたち。

次回、このブックフェアにまた参加することがあれば、こんどはボランティアスタッフの台湾の若者たちと「美味しい店、知ってる?」とか「どんな音楽聞いてるの?」とか、他愛のないおしゃべりを楽しみたい。帰国して空港の書店でまっさきに買った本が、中国語のテキストブックだったことはいうまでもない。

第1回 出揃った電子コミックのプレイヤーたち

2017年4月21日
posted by 中野晴行

「電子コミックの未来はどこに?」というタイトルで「マガジン航」に原稿を書いたのは2014年10月。その後、電子コミックビジネスをめぐる状況はどのように変化したのだろうか? 進んだのか、退いたのか、留まっているのか。結論を先に言えば、先は長いもののかなり前進した。とくに、2016年の進化は目覚しく、おそらく、10年後のマンガ産業論の研究者は、昨年を「重要な1年」と位置づけるはずである。

電子コミックに舵を切った出版社

まず数字から見てみよう。

出版科学研究所が発行する月刊誌『出版月報』2017年2月号の特集「紙&電子コミック市場2016」によれば、2016年(1月~12月)の紙版、電子版を合わせたマンガの販売金額は4,454億円で前年比100.4%。マイナス基調が続いていたマンガ業界にはわずかとはいえ嬉しい数字となった。内訳は、紙版が2,963億円で90.7%とマイナス。とうとう3,000億円の大台を切っている。これを補ったのが電子版のプラスである。電子版は1,491億円で127.5%の増加。紙版マンガ雑誌の販売金額1,016億円を475億円上回る数字だ。

紙のマンガ雑誌の売り上げを電子版が逆転するという予測はすでに6年前から言い続けているので驚きはしないが、予測より1年ばかり早まったことになる。

この数字だけでも、2016年が電子コミックにとって重要な年であったことはわかると思うが、注目したいのは数字だけではない。

2016年は、「ようやくプレイヤーが揃った1年だ」と考えているのだ。

なによりも大きいのは、これまで長年にわたって紙のマンガ産業を支えてきた出版大手が、本気で電子コミック市場に参加してきた、という点だ。電子コミック市場は、通信会社や電子書店、マンガアプリを配信するIT系ベンチャーが市場を牽引してきた。一方で、出版社はどちらかといえば及び腰で、既得権は守るが市場には積極的に参入しない、というスタンスをとり続けてきた。

電子コミックの市場拡大が、紙のマンガの市場が縮小する要因となることを恐れたのだ。紙のマンガ市場の縮小は、出版社だけでなく、書店や取次などの流通全般に波及する。また、印刷会社や製紙会社、製本会社への影響も大きい。大手出版社の中には、表立って口にはしないまでも、電子化は書店対策上も積極的には進めにくい、という空気があった。

ところが、2015年1月に、講談社が発行する全マンガ雑誌を6月までにすべて電子化すると発表。手始めに1月から『週刊少年マガジン』『ヤングマガジン』『月刊少年マガジン』の3誌の電子版を紙版の発売日と同時にスタートさせた。集英社は、2014年9月に開設した自社サイト「ジャンプ+」で『週刊少年ジャンプ』の電子版をすでに配信していたが、2015年秋からは『ジャンプSQ』などに拡大した。

小学館は2016年7月から『週刊少年サンデー』『ゲッサン』などの電子版配信を開始。2016年には秋田書店も『週刊少年チャンピオン』などの電子版配信に踏み切ったことで、紙の発売日に電子でも読める雑誌が飛躍的に増えた。作家の意向で、電子版には収録されない作品があったり、付録が同梱されない、いまでも1号遅れでないと電子では読めない、というケースもあるが、出版社の本気度が変わったのは間違いない。

2017年春には双葉社の『漫画アクション』も電子版が登場しており、この流れは止められないだろう。

出版科学研究所のデータでは、2014年には5億円だった電子のマンガ雑誌の販売金額は、2015年は20億円と4倍に急伸した。2016年は31億円である。

本気度は2016年度の各社決算にも現れている。

2017年2月に発表された講談社の第78期(2015年12月1日~2016年11月30日)決算では、売上高1,172億8,800万円のうち、これまで経営の柱だった雑誌、書籍、広告がいずれも減少しているのに対して、事業収入として計上されているデジタル・版権収入が大幅に伸びて全体を牽引。3期ぶりの増収増益を達成した。

電子書籍市場の80%は電子コミックであり、『進撃の巨人』をはじめ保有するコンテンツ数が多い講談社の増収分の大半はマンガによるものと考えていいだろう。

関係者は、「おおっぴらには言えないが、電子で収益を確保する体制はすでにできあがっている」とさえ言う。

ライバルの小学館も同様だ。

2016年5月に発表された第78期(2015年3月1日~2016年2月29日)決算では、売上高は956億0200万円(うち出版売上は631億0300万円)で11年連続の減収となったが、デジタル収入は117億3,100万円で前期比54.4%と大幅に増えている。出版売上全体から見ても6分の1強を占めるまでになった。

集英社の75期(2015年6月1日~2016年5月31日)決算でも、売上高1,229億5,700万円のうち、雑誌、書籍、広告がマイナスなのに対して、デジタル事業を含むその他は318億8,900万円で前期比27.8%増。

ジリ貧の紙から、収益の上がる電子へという「選択と集中」はもはや避けて通ることができないところまで来ている。2014年に書いた原稿には「大手出版社も本気で電子コミックをどう展開していくのかを考えなくてはならなくなるだろう。そのスピードを上げなければ生き残れない」と書いたが、思いのほか対応のスピードは速い。流通の混乱をいかに少なくしてソフトランディングさせるかという課題はあるものの、出版社の体制は大きく変わり始めているのだ。

電子コミック市場における出版社のアドバンテージ

これまでの通信系、IT系のベンチャーに加えて、出版社がリングに上がったことで、電子コミック市場はようやく主要なプレイヤーが揃って、いよいよ本格的なバトルに突入した。それが、顕在化したのが2016年だったわけだ。

こういう市場の動きに対しては、「電子コミックはベンチャー企業が牽引してきたもので、大手出版社の参入はむしろ迷惑」「オワコンにはさっさと退場してもらいたい」という声もあるだろう。だが、電子コミック市場のこれからの発展を考えたときに、出版社の持つ蓄積は非常に大きいのだ。それには三つの理由がある。

一つ目は資金面でのストックだ。ベンチャー企業の多くは投資を募り、それを元手に事業を立ち上げその収益を投資家に還元するという経営スタイルである。投資家の多くは、短期間で結果を出すことを要求する。時間をかけて育てることはあまり重要ではない。収益を生む「速さ」がベンチャービジネスの根本なのだ。

しかし、マンガやアニメ、映画は育てるビジネスだ。早さも重要かもしれないが、速さがプラスに作用するとは限らない。納期までに完成させたからといって投資に見合った利益を出せるかどうかはわからない。儲かるか儲からないかが、はっきり読めないのがコンテンツビジネスだ。

クリエーターが満足のいくものをつくろうとすれば、時間もお金もかかる。さらに、クリエーターが満足したからといって、市場がそれを受け入れてくれるのかどうか、は蓋を置けるまでわからない。ものによっては、じわじわと時間や手間をかけることで市場に受け入れられるものもある。おそらく大半の投資家はそこまで悠長に待ってはくれないだろう。

ダメならば即撤退。せいぜい待って3年といったところか。

一方で、出版社はこれまで、時間をかけて作品をつくり続けてきた。粗製濫造のものがないとは言わないが、比較的ていねいなものづくりができたのは、過去からの蓄積と取次システムが持つ金融機能のおかげである。「しんどいしんどい」とは言っているが、まだ大手出版社には所有する不動産があり、取次システムの恩恵がある。作品だけでなく、電子コミックのハード、ソフト両面での技術革新についても、この余裕が欠かせないのだ。

二つ目は作品のストックだ。

コンテンツ産業でものを言うのはコンテンツの数(作品数)だ。

マンガ家がキンドル・セルフ・パブリッシング(KDP)などを利用して自作の電子書籍化で利益を上げた、という話あるが、ほとんどは新作の電子化ではなくかつて紙の単行本として出された旧作の電子化である。しかも、ある程度の巻数がないと大きな収益には繋がらない。たくさん持っているコンテンツホルダーが今のところ強いのだ。

大手出版社には膨大な数のコンテンツがある。実際に電子書店で売れている作品を調べてみると、『ドラゴンボール』や『北斗の拳』など1980年代のヒット作の人気が非常に高いことがわかる。かつての読者たちが、懐かしい作品を電子版で読み直しているからだ。紙の単行本でまとまった巻数を紙で揃えるのはスペース的に難しい。しかし、電子版なら100巻以上あっても場所をとらない。そこが受けているという。

コンテンツのストックは作品だけではない。作品を作り出すマンガ家に関しても出版社は膨大なストックを抱えている。たしかに「投稿」というスタイルでベンチャーが抱えているマンガ家の数は無尽蔵、という見方もできる。しかし、無尽蔵ではあっても質的には玉石混交だ。コンスタントに作品を描き続け、完成させるという能力を持った、プロの「描ける」マンガ家に絞れば、出版社には遠く及ばないのが現状だ。しかも、マンガ家の卵の多くはいまでも雑誌で連載を持つことを夢見て、大手出版社のマンガ雑誌に作品を持ち込んでいる。

三つ目は、マンガをつくるノウハウの蓄積だ。

日本のマンガの特徴は、マンガ家や原作者だけでなく、作品作りに編集者が介在していることだ。編集者は作品の方向付けやキャラクターの設定にまで関わり、マンガ家と一緒になってアイディアを練り、必要な資料を探し、ときには取材も手助けする。マンガ家の中には、編者が介在することを嫌う人もいるが、どんなベテランでも、編集者を含めたチームの存在なしにはクオリティの高い作品をつくることは難しい。

編集者のノウハウは先輩から後輩に受け継がれながら、新しい工夫が加えられ、時代にあったものとして磨かれてきた。まるで老舗のうなぎ屋の秘伝のタレのように、長年の継ぎ足し継ぎ足しでできあがったものだから、それぞれの編集部に独自のものがあり、一朝一夕に真似ようとしても無理がある。

ベンチャーの多くは、アマチュアの投稿作品を安いギャランティで集めて、無料アプリとして配信し、広告収入や有料会員の会費で収益を上げる、というビジネスモデルになっていて、編集者の仕事も投稿された作品をほぼそのまま配信用データとして整えるだけ。わざわざ編集者がマンガ家を育てるということはしない。マンガ家を選択し育てるのはユーザーという考え方だろう。

「出版社のような編集技術は不要」と言い切る配信元もあった。

しかし、2015年の秋ころから、「マンガ編集ができる人を紹介して欲しい」という問い合わせが、私のところにもちょくちょく入るようになった。

出版社が電子コミック市場に本格参入したことが、通信系、IT系ベンチャーの意識を変えたのだとすれば面白い。

マンガ出版は「大が小を食う」世界

今後の市場の流れはどうなるのか?

おそらく、出版社は電子コミックに舵を切っていくだろうが、先にも書いたように、取次や書店、印刷会社のことを考えるとドラスチックな変化は避けるはずだ。このことは、先行するベンチャーにはアドバンテージになる。もともと流通のしがらみがないベンチャーは小回りがきく。恐竜が滅んで、小型の哺乳類が地上を支配したように、マンガというコンテンツ産業の主役が通信系、IT系のベンチャーに移行する可能性は十分にある。

ただ、日本のマンガ産業の歴史を振り返ると、大手出版社が小規模な出版社によって達成されたイノベーションを取り込んで拡大していく、というスタイルが戦後70年以上一貫して続いてきたのだ。

「ストーリーマンガ」と呼ばれるドラマ性の高いマンガの源流は、1940年代後半に大阪の零細出版社から生まれている。東京の出版社でマンガが主に雑誌で発表され、ページも見開きか多くて8ページ程度だったのに対して、大阪では、64ページ~120ページの描き下ろし単行本スタイルが主流。まとまったお話のマンガが生まれる素地があったわけだ。

ストーリーマンガをさらに進化させて、現在読まれているマンガのスタイルを築いたとされる「劇画」もまた、一般書店向けではなく、1泊いくらで本を貸していた貸本屋向けの出版物を扱う零細出版社から1950年代に生まれた。辰巳ヨシヒロやさいとう・たかをといった大阪の貸本出版社で作品を発表していた若いマンガ家たちが、それまでのマンガから笑いの要素を取り除き、コマ割りやドラマ性を重視して誕生させた劇画は、思春期を迎えたマンガ読者のハートを捉えた。

東京の大手出版社は、こうしたイノベーションをはじめは否定し、読者=消費者が増えて市場が一定の規模になったのを見たとたんに、新しい描き手たちを取り込んでいった。

結果として、大阪の零細出版社や、貸本出版社は姿を消してしまった。売れる作家を引き抜かれ、彼らの作品で埋められた安価なマンガ雑誌が、全国規模で書店や駅の売店などに大量配本されるようになると、数千部から多くても1万数千部程度を路地裏の貸本屋に配本している小さな出版社では太刀打ちができなくなったのだ。

その後も、1960年代の『月刊漫画ガロ』『COM』に代表されるマニアックなマイナー誌、1970年代の三流エロ劇画誌、1980年代の美少女誌など、大手の出版社は貪欲に小を飲み込み、その結果としてマンガ表現は進化し、ジャンルが多様化するという道をたどることができた。それは現在も続いている。出版社はアマチュアの祭典といわれるコミケなどの同人誌即売会にも企業ブースを出店し、新しい描き手の発掘に力を入れている。

電子書籍においても同じようなことが起きる可能性は極めて高い、と私は見ている。

付け加えておきたいのは、ライザップの健康コーポレーションが、『漫画ゴラク』の日本文芸社を傘下に置いたとか、TSUTAYA のカルチュア・コンビニエンス・クラブが徳間書店を子会社化したといった個別の問題ではなく、この予測はマンガ業界全体について語っているということだ。全体としての未来図、と考えてもらえれば幸いだ。

さて、教えている学校でこんなことがあった。学生から、某メジャー誌の編集者から会いたいという連絡をもらったのだが、どうすればいいのか、と訊かれたのだ。

雑誌への投稿作品が認められたのかと思ったが、そうではなかった。彼は、投稿サイトのpixivに自動車やオートバイのイラストを投稿していたのだ。某メジャー誌の編集者はそれを見つけて声をかけてきたという。

腕のいい編集者たちはもう動き出しているのである。

市場拡大とベンチャーのメリット

出版社の電子コミックへの本格参入は、ベンチャーにとってもメリットが大きい。

なにより大きいのは、市場の拡大が、ビジネスチャンスの拡大につながるという点だ。

ベンチャーの多くは、マンガコンテンツをスマホやタブレット向けの無料アプリとして配信している。マンガから収益を得るのではなく、ネット広告や、無料会員を入口にして有料会員を獲得することで収益を上げる、あるいは無料配信したコンテンツの単行本化や映像化といったメディアミックス展開によってマネタイズをはかる、というビジネスモデルだ。

しかし、これまで、大きな成果はあがっていない。広告であれ会員であれ、成功したと胸を張って言えるところはないはずだ。IT系ベンチャーは電子コミックではなく、ゲームアプリや通販など他の商売で全体の収益を確保しているし、通信系ベンチャーは通信料やそれに付随する収入が柱になっている。

残念ながら電子コミックはまだ収益の柱になるところまできていない。ビジネスモデルに瑕疵があるわけではない。市場が小さすぎたのだ。2014年の電子コミック市場は887億円だった。これは販売金額で、無料配信の電子コミックは含まれないが、市場がこの規模で広告や会費の売上だけが大きくなることはない。メディアミックスも同じだ。いくつかのヒット作が出た程度では大きな収益にはならない。つぎつぎにヒット作が出て、時折ホームランも出るくらいではないといけない。

市場には閾値が存在する。ある一定規模以上にならないとビジネスは成功しないのだ。

マンガが出版社の収益の柱になり、アニメ化や映画化といったメディアミックスや商品化で成功してきたのはほかでもない、マンガの市場が1970年から1990年半ばまで市場の拡大を続けてきたからだ。おそらく、閾値を越えたのは1970年代後半に入ってからだろう。『週刊少年チャンピオン』『週刊少年ジャンプ』の発行部数が200万部を超えた頃。雑誌の人気作品がテレビアニメでもヒットし、若いサラリーマンが通勤電車で少年マンガ誌を読む姿が見られるようになった頃。マンガの市場は閾値を超えて「マンガ産業」になった。

電子コミック市場も当面は出版社が牽引する形で拡大するだろう。それによってやがて市場は閾値を超える。ベンチャーの存在はここで注目される。拡大する市場で、出版社にはないアイディアで市場を変革し、新しい形を作り出して主役に躍り出ていくために、この先、5年くらいの間はいかなるイノベーションを産むことができるのか、が問われる。

そして、画期的なアイディアは、電子コミックを日常として読むようになった世代から生まれるだろう。紙のマンガを知っている世代には難しい。彼らは「これがマンガだ」という先入観に縛られているからだ。先入観に縛られたまま、新しいものを生み出すのは至難の業である。

教えている学生たちには、講義の締めくくりとして「未来は君たちが創る」と言っているが、電子コミックについても、未来は彼らの手にあるのだ。

この未来を、私は「ネオ・マンガ産業」と名づけたいと思う。

(つづく)

第1回:エブリスタ〜「プラットフォーム」から「エージェントへ」【前編】

2017年4月18日
posted by まつもとあつし

いま、物語はウェブから生まれている。映画・アニメの原作としてネット投稿小説は「ラノベ」というカテゴリを超えて拡がりを見せている。文芸誌が作家・作品の育成装置としての存在感を薄くしていくなか、ネット投稿小説は従来とは異なる選考・育成の過程を育んで来た。

本連載では、ネット投稿小説プラットフォームを運営する各社に現状や今後に向けての課題について聞き、ネット投稿小説の現在と未来を解き明かしていく。

初回は株式会社エブリスタの代表取締役社長である芹川太郎氏にお話を伺った。エブリスタを運営するのは、戦略的経営で知られるDeNA。ソーシャルゲームの興隆と共に立ち上がった物語プラットフォームを、DeNAはどのように育て、どのような未来図を描いているのだろうか?

エブリスタ代表取締役社長の芹川太郎氏。

スマホシフトが招いたコンテンツホルダーへの転換

——エブリスタはどのような経緯で生まれたのでしょうか?

芹川;前身となったのは、DeNAが運営していた「モバゲータウン(現:Mobage)」内の小説コーナーです。ゲームを楽しんでいる人が、日記や小説を書くようになっていったところからはじまっています。そこが非常に盛り上がってきたので、2010年に事業化しようというタイミングでNTTドコモさんにも資本参加いただき、今日に至っています。

「エブリスタ」にはその名の通り、「みんながスターになれる場所」という思いが込められています。「誰の中にも存在しているアイディアや想像力には価値がある」という信念のもと、従来の出版流通では発見できなかった才能・作品に光をあてるという大きなミッションを掲げてこのサービスを運営しています。

この約7年の間にも、環境は大きく変化しました。それに応じて事業構造を少しずつ変えてきています。

——環境の変化は、フィーチャーフォン(いわゆるガラケー)からスマートフォンの普及が大きなところですか?

芹川:7年間の前半の大きな変化はたしかにスマホシフトでしたね。それに伴ってインターネット上のコンテンツのあり方も変わりました。市場全体としてもキャリア課金の有料サービスが減っていく中、一方コミックの電子書籍市場自体はほんの数年で巨大市場となりました。以前は、サービスからの収益——有料会員(月額200円〜300円)からの課金や広告収入が中心だったエブリスタも、現在ユーザーの85%がスマホ利用者であることもあり、よりコンテンツそのものからの収益を拡大しようという方向にシフトしています。

投稿作品が生まれる。それをいかに世の中に拡げることができるか? その取り組みを通じて事業が大きくなっていく、というイメージですね。この部分のポテンシャルは非常に大きいと考えています。デジタルコンテンツを自社で流通させていくだけでは、スケールさせていくこと、勝っていくことは難しいため、「コンテンツホルダー」として他の場所にも売りに、置きに行く(他のデジタル書店等にも大きく陳列されるよう働きかけて行く)ことの方がポテンシャルがあると現在は考えているところです。

——これまでにも、エブリスタ内で投稿作家が作品を有料販売し、その一部がエブリスタへの手数料となる、という仕組みは備わっていましたが、コンテンツホルダーになり、それを外にも売っていくというのは、これまでとは異なる取り組みですね。

芹川:そうですね。作品を買うことができる「書店」としてみたときに、それこそアマゾンのような大書店もあるわけで、エブリスタが「自社の商品しか扱いません」という前提で勝っていく、サービスをスケールさせていくことには限界があります。作家さんにとっても、できるだけ広く多くの読者に届けたいはずですから、「サイトありき」ではなく「コンテンツありき」に事業の軸足を置きたいのです。サイト内での有料販売も可能ですが、多くの作家さんは無料で作品をまずは読んでもらい、有料にする場合でも完結してから、ということが多いです。

——エブリスタでも「comic(コミック)」のコーナーでは、公式作家という扱いで、毎月一定の原稿料を支払って連載を続けてもらう、という仕組みが備わっていますが、同様の仕組みを小説でも取り入れるというお考えはありませんか?

芹川:エブリスタの作家さんは趣味・兼業の方がほとんどですね。映画化されるような作品を生みだした方もやはりそうです。実は一時期、小説についてもコミックと同じような仕組みを回しはじめたことはあったのですが、うまく行く感触が得られなかったので取りやめた経緯があります。マンガは「絵を描く」という非常に時間がかかる作業が伴いますから、生活を支えるという部分がどうしても必要となりますが、小説の場合はマンガよりは個人の趣味の範囲でも執筆しやすいので、金銭が主な動機にはなりにくいという面もあるのではないでしょうか。

——かつてはソーシャルゲームのポータル、SNSとして圧倒的だったモバゲータウンへのアクセスが、ソーシャルゲームのアプリシフトによって分散したことが、エブリスタの事業のあり方に影響を与えたという部分はありますか?

芹川:たしかに、ガラケー全盛期と同じ規模のアクセスを1サービスで持ち続けるのが難しくなっている側面はあります。ただ、コンテンツが生まれ、作家と読者とのコミュニケーションが生まれる濃いコミュニティという面は今でもしっかりとあると思います。いわばコンテンツの源泉ですね。そこから生まれた作品をより広い読者のもとに届けたいということです。

その際、パッケージを紙の本にしたり、電子書籍としてKindleストアで発売したり、もっと気軽にマンガで読めるようにしたり、都度検討して決めています。その他にも実写・アニメなど、最もコンテンツが「刺さる」オーディエンスに合わせたフォーマットにしていくことに注力をしてきたいと考えています。

ホラー・サスペンスからキャラクターミステリーまで

——そのような変化があるなか、作品の傾向はどのようになっていますか?

芹川:当初は『王様ゲーム』(金沢伸明)や『奴隷区〜僕と23人の奴隷』(岡田伸一)に代表されるようなホラー、そしてティーン向けの恋愛小説が中心でした。とくに『王様ゲーム』はデスゲームというジャンルを確立し、いまでも他の作品にも大きな影響を与えていると思います。コミックとの相性が非常によかった面もありますし、小中学生に読まれる小説人気作品のランキングでも必ずといっていいほど上位に入っています。

一方、ティーン向けの恋愛小説は市場全体を見ても、以前ほどの勢いがありません。ここはスマホの影響が大きいところで、このジャンルのかつての読者は、いまはInstagramやMixChannelのようなサービスを熱心に使っているのではないかと思います。

——Instagramなどに携帯恋愛小説は市場を奪われた?

芹川:小説というのは、書く側も読む側も時間の掛かる「まどろっこしい」コンテンツです。もっと気軽にライトに消費できるものにシフトしていくというのは世の中のトレンドとしてあると思います。スマホサービスは可処分時間の奪い合いですから。

——一方で「王様ゲーム」のようなホラーが引き続き人気なのは、他のサービスに置き換えられないものがそこにあるということなのでしょうか? 恋愛はシェアして楽しめるけれども、ホラーはなかなかそうはいきませんしね(笑)。

芹川:そうですね(笑)。このジャンルでも、よりライトなコミックのほうが小説よりも読まれる傾向にはあると思いますが、他のサービスでは得られない刺激があるのだと思います。展開が早く、次々と刺激的なシーンが登場しますから、すきま時間にも合っているのではないかと。

——その展開の速さを生むのは、1回あたりの投稿文字数などに制限があることも影響していますか?(注:「小説家になろう」は比較的長いエピソードが投稿される傾向にある)

芹川:かつては1エピソードあたり1000字という上限を設けていたのですが、現在は撤廃しています。ただ、やはり1エピソードが短く、毎回刺激的な内容が含まれている作品が支持される傾向にはあります。

ヒットコンテンツの傾向(提供:エブリスタ)

恋愛からホラー、という傾向にまた一石を投じたのが、2012年に「E★エブリスタ電子書籍対象ミステリー部門」で優秀賞を受賞し、KADOKAWAから書籍化された『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』です。シリーズ累計100万部を突破し、2017年4月からはテレビドラマも放送されています。

エブリスタではこの作品のヒットをきっかけに、「キャラクターミステリー」と呼ばれる作品が投稿されるようになりました。『王様ゲーム』がそうであったように、一つヒットが生まれるとそこから連鎖的に作品が次々と生まれていくのです。

また、そうした連鎖はエブリスタ内から生まれるものだけではなく、世の中のトレンドとも連携していると感じます。ご当地×ミステリー、いまだと『君の名は。』のようなSF×恋愛といった作品が世の中でヒットすれば、同様のジャンルの作品がエブリスタにも投稿されるといった具合ですね。

——ジャンルから見えて来る傾向は、他の投稿サイトとはまた異なっていますね。例えば「小説家になろう」では異世界ファンタジーが多くを占めるわけです。エブリスタがこのようになっている背景というのは何かあるのでしょうか。

芹川:女性ユーザーが比較的多いというのはあると思います。サイト内で読まれる作品は女性向けの恋愛ロマンス小説が人気です。代表的な書き手として『優しい嘘』などで人気の白石さよさんの場合、日次の読者数(DAU)が2万人もおられます。

また、できるだけ幅広い方に作品を投稿していただき、読んでいただけるような場所となるよう、特定のジャンルをフィーチャーしないようにはしています。逆にいえば、異世界ファンタジーでは「小説家になろう」さんには敵わないわけですが(笑)。

エブリスタのユーザー・プロフィル(提供:エブリスタ)

エージェントとして作品に積極的に関わる

——先ほどコンテンツホルダーとして、というお話もありました。たとえば白石さよさんの作品は「エブリスタWOMAN」というレーベルでアマゾンでも販売されています。

芹川:そういう展開も行っていますが、端的にいえばコルクさんのような存在になっていこうということですね。作家側に立ってのエージェントとして、作品を広め、出版社さんに本を出していただく。電子コミックは市場が急速に拡大し、電子だけでもビジネスが成立する例も出てきています。グループ会社のマンガボックスとの取り組みも行っています。しかし小説に関して言えば、今後はまたコミックのように成長するかもしれませんが、電子書籍の市場規模は紙の10分の1程度と言われていますから、それだけで成立させるのは難しいのです。

ジャンルによっては自分たちで、という場合もありますが、基本的には、出版社さんとしっかりタッグを組んでの展開が重要になります。いずれにしても市場の変化は激しいですから、その変化を正しく理解し、対応していかなければいけません。映像化に際しては、製作委員会に出資もさせていただき、作家さんの意思が作品に反映されるよう働きかけていくことも行っています。

——そういった展開を行っていくに際し、投稿作品の著作権を預かるといったようなことはされているのでしょうか?

芹川:投稿作品については、作家さんから著作権を預かるということはしていません。他のサイトに投稿していただくことについても、何ら制約を設けていません。あくまで作品を一般向けにより広く流通させていく際に、作家さんと個別にご相談させて頂いています。。

——「エージェント」となった瞬間に、「プラットフォーム」におけるコンテンツとの向き合い方とはまた異なってくると思います。作品を育てて行く、作家の意向が翻案に対しても正しく反映されるよう働きかけて行く、というのは「場を提供している」という姿勢とは全く異なります。またそこに掛ける人的コストも変わってくると思いますが。

芹川:まさにプロデュースができる人の数が一定のボトルネックになるという面はあります。作品が投稿されるところまでは、「作家と読者をマッチングすることによって作品が書き進められる」という世界ですから、プラットフォーム的なスタンスです。ただそこで生まれた作品は、あらゆる媒体に対して最適化されているわけではありません。そこで私たちがプロデュースをする役回りを担うことは必要だと考えています。ネット上の読者と紙の本の読者で、属性や楽しみ方が異なる場合もありますので。

——出版社が紙の本にします、というときに出版社の編集者が著者と直接やりとりをして、そういった作業(編集)を行うというのが、従来は一般的だったと思います。エブリスタがそこで「エージェント」としてどう貢献できるのかというのが、問われるポイントではありませんか。

芹川:まずは、その作品に合った出版社、編集者にその作品を届ける、というところが私たちが果たす第一の役割となります。従来その機能は新人賞が担っていたわけですが、率直に言えば、マッチングの場としては非効率なものだと思うんです。

——それがネットであればランキングや完読率といった様々なデータで精度と効率を上げることができる?

芹川:まず読者の側が作品を見つけてくれるというプラットフォームとしての機能の側面もあります。この点はデータの分析や最適化により今度もまだまだ改善余地があります。加えて、コンテンツや出版市場のトレンドや動向を見据えた上での、作品のプロデュースノウハウというものがあります。出版であれば出版社の編集者の方々、映画であればプロデューサーの方々も新しくて面白おいコンテンツは常に探していらっしゃるので、そういったニーズをくみ取って作品提案をしていく部分は、システム化が難しい点が多いです。

『京都寺町三条のホームズ』は「第4回京都本大賞」を受賞した(提供:エブリスタ)

そういった貢献がとくにうまく行った例としては、『京都寺町三条のホームズ』ですね。双葉社の編集さんとエブリスタのプロデューサーが、「京都本大賞を取りたい!」と一体になって、京都での営業をしっかりと行いました。結果、受賞となったわけですが、その後の展開を拡げる取り組みは続いています。

エブリスタのプロデューサーは、作品の中身のチューニングを図るというよりも、作品を発掘し「この作品はこういうメディア展開を行うのがよいのではないか」、といったところを考える機能を持っているという認識です。また発掘だけでなく、「世の中のトレンドからすれば、こういう投稿がもっとあっていいはずだ」と考えれば、賞の開催など、サイト内での仕掛けを施すといったことも行います。本になる場合も、出版社にご紹介して終わりではなく、こちらから主体的に「この作品はこのレーベルに合うのでは」というところまで考えて進めています。

——プロデュースを行う方は社内に何人くらいいるのですか?

芹川:4人います。エブリスタ全体としては開発なども含めて20数名です。

——年間に約150作品を書籍化されているわけですが、その人数だと手が回らなくはないですか。たとえば作品発掘のための仕組みを整えていたりしますか?

芹川:従来の「編集」という仕事で捉えるとそうですね。編集は出版社にお願いをしていて、これまでお話ししてきたその他のプロデュースにまつわる部分を我々は行っているということです。

ジャンルによって異なるのですが、サイト内の一定の数字を見て作品のポテンシャルを判断できるという面もあります。紙の本で出版した際の読者とサイトでの読者の属性があまり変わらない場合は、サイト内の人気を示すデータがそのまま世の中一般にも適用できることが多いようにも思えます。

一方で、全く新しい展開を作ろうとしているときや、ネットでそこまで読まれていないけれども、紙の本で世に出したら面白いはず、というものについては、エブリスタ上で独自・出版社とのタイアップで様々なアワードを展開しています。そこでは紙の本のプロである編集者と、ネットのプロである我々が応募作品をとにかく読んでいき、発掘していくということも行っています。

後編につづく]

「言葉」と「現実」と「人間」の関係を結びなおすために〜「被災者の文学」という企投

2017年4月6日
posted by 藤田直哉

「被災者の文学」と仮に名づけた出版プロジェクトを動かしている。

言葉の通り、東日本大震災に被災した当事者が書く文学である。それが狭義の文学として認められるのかどうかはわからないが、少なくともぼくはそれを「文学」として提示したい。

2017年4月23日まで、支援を募集している。理念に共感していただけたら、サポート、あるいは、参加していただけたらと思う。2017年中には、現地への「作品」を捜し求める旅に出て、2018年に、冊子を刊行することを予定している。冊子だけに限定せず、作り上げていくプロセス自体や、集まった作品を、WEBで公開したり、コミュニティのようなものを作ることも計画している。冊子を一つの物質的な成果の一部とするプロジェクトだと考えていただけたら良いのかもしれない。

なぜこのようなプロジェクトを動かそうと思ったのか。シノドスさんとキャンプファイアさんに力を貸していただいて、不慣れなクラウドファンディングまで行って支援をお願いしようと思ったのか。

端的に言えば、その理由は、現在の言説空間の不自由さにある。

当事者の「リアル」を語る言葉が、あまりにも少ないし、流通していないのだ。それは、時に善意、時に自主規制、時に露骨な検閲にも由来する。当人たち自身が心に蓋をしてしまったり、「これを語ってはいけない」「これを語ってもどうせ通じない」と思い込んでしまっているものである場合もある。しかし、それを解除しなくてはいけない、というのが、現在のぼくの思いである。

震災後の「空気」に抗う

こう思うようになったのには、経緯がある。

『東日本大震災後文学論』(南雲堂)という編著を2017年3月に刊行したが、この著作を世に問うまで、それなりの量の震災後文学を読んだ。

「同時代としての震災後」と「〈生〉よりも悪い運命」という二つの論考で、震災後の文学についてはまとめた。そこで論じた震災後文学は、①ディストピアSFの構造の利用、②和風1984(言論統制、思想統制)、③分裂した世界、という特徴を持っていた。

限界研・編『東日本大震災後文学論』(南雲堂)

震災後の「空気」が、善意による自主規制や、検閲などにより、全体主義化し、「戦前」に近い状態になっていることを問題視するこれらの作品に共感し、重要視し、論じたその末に、ぼくはこのプロジェクトが必要であると考えるようになった。

ありのままの、事実や真実を語る声が、流通できなくなっている言説空間や、言論環境がある。そこに、少しでも風穴を空ける必要がある。風通しよく言葉を流通できる場を作らなければ、言葉は自由に発しうるようにならない。

萎縮してしまったり、発することを諦めてしまったり、自分で自分を規制してしまうことにより、なかったことにされてしまう言葉がある。それら言葉が現している、経験・思考・感情がある。

それに出遭う必要がある。

なぜか?

それがなければ、ぼくたちは、東日本大震災と、それに続く様々な出来事を正確に理解することができないからだ。正確に理解することができなければ、未来への構想も、間違ったものになりかねない。当事者を置いてけぼりにした空疎なものになりかねない。

だから、意識的に、自己への規制を解除し、「自由」を回復する必要がある。「文学」という枠組みは、その「自由」を確保するためのものである。

人間の真実であるならば、正しいか正しくないか、倫理的に良いか悪いかはとりあえず括弧に括り、それそのものとして受け止める(努力を行う)。おそらくは、それが文学の態度だ。

この前提があることによって、初めて言葉になるはずのものもあるはずだ。

埋められてしまう「声なき声」を聴け

そもそも、なぜ「人間の真実」に拘るのか。

もちろん、これは反時代的なことだ。しかし、反時代に徹することで獲得できる批評性というものもあるはずである。「文学は人間の真実を描くものである」と、20歳の自分に言ったら、多分鼻で笑っただろう。

しかし、今は違う。そのような陳腐な定義が、有効性を持ちうる状況に変わってしまった以上、「人間の真実」の置かれた意味合いも変わるのだ。

現在は、リアルが無視される状況、現実や事実が隠される状況である。言論統制、検閲だけではない。空気や善意、あるいは、異物を排除したいという心理・無意識・感性であったり、政治的な正しさであったりする。

「人間の真実」を描くという標語は、この時代の状況から距離を取るために設定される。

どんな理由であれ、覆い隠され、埋められてしまう「声なき声」が叫び出したいのなら、叫ぶべきであろう。世の中に出なければならない言葉、公共化されなければならない言葉は、そうされなければならない。

複雑な感情があったはずなのだ。

矛盾・葛藤する思考があったはずなのだ。

文学、あるいは、もっと一般に芸術は、矛盾や葛藤をそのまま提示していい。生きている人間が、矛盾や葛藤を抱えているというのは、当たり前のことだからだ。

それは、一般論的な理解を超える過剰である。過剰ではあるが、しかし、人は生きなければならない。生きなければならない以上、どんな間違った選択や矛盾であれ、抱え込まざるを得ない。そのような生を強いられる環境に生きることとはどういうことなのか、ぼくは正確なことを知りたい。単純な理解や想像からは零れ落ちるそれらに触れたいのだ。

そうしなければ、東日本大震災についても、その後の状況についても、理解はできないままで居続けるのだろう、という危機感がある。

文学とは、ある個人の内面や思考・感情を通じて、「世界をどう見ているのか」を知るための、数少ないツールである。思考・感情の流れを知るためには最適のメディアであるのかもしれない。

東日本大震災と、その後の世界を、ある個人が、どのように生きたのか。そこには、ぼくの知り得ない細部、ぼくの触れない事実、想像もつかないような感情、及びも付かないような思考があるはずである。言葉としてそれを発してもらえれば、ぼくはそれを読み、読解行為を通じて、その内面や感情、世界の観方そのものをほんの少しなりとも理解することができる。

なぜそれを欲するのか? おそらく、人間は、ある物事に対して、自分ひとりだけの視点からの理解では満足できないからだ。無数の個々人の身体を通じて眺められる出来事を、言葉を通じて共有することによって、初めて事態が何であったのかをうすぼんやりとであれ、理解できるようになる性質を持っている生き物なのだ。

東日本大震災とその後の原発災害や、情報環境の問題などは、経験の仕方がよくわからない。未知な現象の部分があるからであるし、あまりにも巨大で複雑な出来事であるからである。

咀嚼できない「事実性」の次元を欠いた現在の文学

巨大で複雑で、容易に理解を拒むような「現実」の断片を、ぼくは伝え聞いて知っている。震災直後、妹はいわき市で働いていた。福島県の立ち入り禁止区域近くにルーツがある友人から話を聞く機会も得た。津波が襲った地域での争いや諍いも聞いた。ドキュメンタリーを観ていて、津波で多くの人命や生活を奪われた漁師が、それでもすごくうれしそうに海に飛び込む瞬間を見た。

咀嚼できない「事実性」の次元にあるこれらが、言説空間に、少なくとも、「文学」としての言葉に載ってこないのは、なにがしかの問題が生じているのではないか。

言葉が現実を表象するという機能になにがしかの異変が起こっているか、もしくは、旧来からある問題が露呈しているとしか思えない。

言葉が現実を描けないのか。現実が言葉にならないのか。

どちらにしても、ぼくはこの「乖離」を眺め続けることに耐えられなくなってきている。このままでは言葉は空疎に上っ面を撫でていくだけのものになってしまう、少なくともぼくにとってはそのようなものにしか見えなくなってしまう。

このプロジェクトは、些か抽象的に言えば、「言葉」と「現実」の関係を再構築する試み、としての側面をも持つ。それは「言葉」と「現実」がますます対応しなくなり、そのことが実際の「政治的な」問題を引き起こしている現在においては、抽象的な見かけをしているとしても、具体的かつ直接的な有効性・有用性を持ちうるものであるとぼくは信じる。

「言葉」と「現実」と「人間」の関係性を新しく再編成しなおし、「言葉」が、ある固有で特異な個人の生の現場を、他者に繋ぐ通路として存在していることの意味を再確認する。

このような基本的な部分を丁寧に問うことは、人間と人間、他者と他者の集合である共同体や社会の在り方の未来を問うことにもなりうる。

一見無力で、遠回りに見える、か細い声のような営みであるからこそできる、人類への寄与というものを、文学の名において、期待してもいいはずである。

企投=プロジェクトとは、未知の、まだ存在していない未来に向かって自らを投げ出すことでもある。ぼくは、このような漠然とした予感と、期待によって、このプロジェクトが齎す未来に賭けて、身を投げ出してみることにしたい。そのことによって、真に重要な何かがこの世に生み出されることを、信じて、楽しみにしている。

福島県いわき市小名浜周辺、2016年。藤田直哉撮影。