突き破るべき地面はどこに

2019年8月28日
posted by 藤谷 治

第18信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

数年前に「フィクショネス」をたたみ、昨年は仕事と書庫のために借りていた「隠れ家」も引き払って、この一年はずっと自宅で仕事をしていたのですが、最近はまた河岸を変えています。

家から自転車で十五分くらいのところにある、ちっぽけな図書館の資料閲覧室に資料やゲラやノートを持ち込んで、ガリガリやっているのです。最初は、ちょっと気分を変えられたら、くらいの気持ちでしたが、これが実に具合がいい。

隣席との間に仕切りのある机と椅子がいくつか並んでいて、本棚には百科事典や便覧のたぐいが置いてあり、いつも六分から八分の席が埋まっていて、高校生が受験勉強をしていたり、退職したらしきオジサンオバサンが資格試験の本を読んだりしています。コンセントもなければヘッドライトもありません。特定の席でしかパソコンを使うこともできません。その特定の席でも、Wi-fiがないからネットは使えません。もちろん広い室内は静まり返っています。

テレビもなければ音楽もなく、ただただノートを作ったりゲラを直したりするよりほか、何もできない場所というのは驚くほど能率的で、今まで夜半を過ぎても終わらなかった仕事が、日没前に済んでしまいます。

何よりノイズがないのは精神衛生上まことに快適で、今まで自分がどれだけノイズに毒されてきたかを痛感します。もちろん仕事に疲れれば、ちょっとスマホでメールチェックやニュースを見たりはしますが、すぐにどうでもよくなってしまいます。

お手紙にあった「インフラグラム」というのは面白いですね。『インフラグラム』という本を読んでいませんから、極めていい加減な使い方しかできず、この言葉を作った港氏には申し訳ありませんが、インターネットが「自由」な場所ではないようだ、ということは、僕も少し前から感じてはいました。今やそれは確信になっています。というより、あんな種類の「自由」は特に必要ない、という方が正確です。自由という概念は一枚岩ではありませんから、こちらはこちらの自由を模索し、試行するだけです。その自由は、恐らく「インフラグラム」(僕の理解ではこれは、「中央集権的なSNS上で支配的な影響力を持つようになる画像・言説」のことです)に背を向けなければ、成立しないところにあるのでしょう。地方の図書館の、資料閲覧室のようなところに。

しかし恐らく芸術は、資料閲覧室に閉じ籠ったままでは存在しえないのです。文学が、作者が読者を特定できない文章であるように、芸術もまた、作者が鑑賞者を特定できない場所に存在しなければならない。芸術の入り口に扉はないのです。

ところが、芸術の入り口にあってはならないはずの重い鉄の扉が、美術館の入り口にはあるのです。誰かがそれを、開いたり閉じたりしているのです。その誰かとは、芸術家ではありません。美術館の所有者が、美術館の扉をも所有しているのです。

ここに芸術の矛盾があります。美術館の所有者は、その扉の中にある芸術を所有してはいないからです。芸術は原理的に、所有することができません。所有に意味がない、といったほうがいいでしょう。私が体験した彫刻や、あなたが出会った絵画は、きっと誰かの所有だったことでしょう。それは誰か、誰の持ち物か、などという話に興味を覚えるのは、俗物か業界人くらいなものです。

芸術に扉はないのに、美術館の扉はなぜ開け閉めされるのか、という問題が、「あいちトリエンナーレ」で俎上に上げられているようです。いや、あそこで騒がれている問題は、もっと複雑なのでしょう。そもそも美術館を所有しているのは誰なのか、扉を閉じたのは誰なのか、あるいは、「誰の許しを得て」美術館が開かれたのか・閉じたのか。そんなことまで議論されているようです。

しかもその議論のおもな舞台が、マスメディアを含む「インフラグラム」の内部であることが、事態をさらに複雑にしているようです。

なぜ「インフラグラム」が美術の問題を複雑にしているか。それは、あいちトリエンナーレの問題が、美や美術の問題として取り上げられるべきであるのに、「インフラグラム」には美や美術について、根本的な理解が欠けているからです。そもそも「インフラグラム」には、何についてであれ、「根本的な理解」というものは不必要なのでしょう。各人が各様に、思いついたことや何となく気に入った・気に入らないものを、その場その場、その時その時に「発信」するのがインターネットの「自由」であり、その「自由」がこしらえあげた集合的無意識みたいなものが「インフラグラム」なのでしょうから。

美とは何か。美術とはどんなものなのか。これは一般的には難解な問題とされており、「それは個々の感覚だ」とか「自由に感じるものだ」などとお茶を濁すのが通例になっています。あいちトリエンナーレの問題についても、美術について根本的には考えないまま、あれは美術ではないとか、美術の名に値しないとかいった言説が、恥ずかしげもなく「投稿」されたり「コメント」されています。

それよりさらに頻繁に行われているのが、美術の問題であることは無視して、これを社会的問題、政治的問題、あるいは「金を出しているのは誰だ」といった問題にしている言説です。美術とは何かなんてどうでもいい、日本の公共施設で日本国を批判する物体を陳列するのは国家への反逆であり、不忠である……と言わんばかりの主張もあるようです。言わんばかりではなく、そのように明言している「呟き」も、探せばあるかもしれません。

なぜこんなことになったのか。僕はそれは、「文化行政」というものが、本来的にそういう側面を持っているからだと考えています。

こんにちの日本では、史上かつてないほど芸術は保護されています。憲法に基づいて国家は国民の「表現の自由」を保証し、その権利も著作権法その他によって守られています。僕たちはその恩恵を被って生活をしているわけです。現代美術や伝統芸能についても、文化芸術基本法が制定されました。

しかしそれらの基本的な権利と「文化行政」は、どうやら趣を異にするようです。文化庁が昨年策定し、閣議決定された「文化芸術推進基本計画―文化芸術の『多様な価値』を活かして、未来をつくる―(第1期)」の第1の1「文化芸術の価値等」には、文化芸術の多様性や「固有の意義と価値」を認めたうえで、その「本質的価値」について、このように書かれています。

(本質的価値)
・文化芸術は、豊かな人間性を涵養し、創造力と感性を育むなど、人間が人間らしく生きるための糧となるものであること。
・文化芸術は、国際化が進展する中にあって、個人の自己認識の基点となり、文化的な伝統を尊重する心を育てるものであること。

加えて「(社会的・経済的価値)」として、「他者と共感し合う心を通じて意思疎通を密なものとし、人間相互の理解を促進する」「質の高い経済活動を実現する」「世界平和の礎となるもの」とあります。

さらに「目標1 文化芸術の創造・発展・継承と教育」という項目には、「文化芸術は、活発で意欲的な創作活動により生み出されるものであることを踏まえ」とか「世界に誇れる我が国の優れた文化芸術を次世代へ継承するために」といった文言と並んで、このように書かれています。

〇 劇場、音楽堂等は、文化芸術を継承、創造、発信する場であるとともに、人々が集い、人々に感動と希望をもたらし、人々の創造性を育み、人々が共に生きるきずなを形成するための地域の文化拠点である。

これらは一見、いかにも芸術表現を尊重しているように書かれていますけれど、実際には「文化芸術」の範囲を制限するものです。これらを仮に「文化行政にとっての芸術の定義」とするなら、そこには、人間性を豊かに涵養しない芸術や、世界に誇ることのできない芸術、人々に感動と希望をもたらさない芸術は、文化行政にとって芸術の名に値しないことになります。世界平和に貢献しなかったり、質の高い経済活動を実現しない芸術すら、相手にするつもりがないのかもしれません。

そうであるなら、これら文化行政の定義から漏れる芸術――人の神経を逆なでしたり、希望に背を向けていたり、人々に批判を突きつける芸術は、ただ憲法によってのみ、存在を許されていることになります。あいちトリエンナーレで中止に追い込まれた展示は、「表現の不自由展・その後」というそうですが、恐らくそこに展示されることになった作品たちは、憲法上の「表現の自由」にしか、この国に存在する根拠を持ち得なかったのです。そのために暴力や脅迫という社会からの攻撃に、国家を頼ることができなかったのです。行政はそこにある作品を、保護すべき価値ある「文化芸術」と認めなかったのでしょう。

すなわち、日本に表現の自由はある。しかし、あるだけです。行政が価値を認めるかどうか、保護を受けられるかどうか、主張を受け入れられるかどうかは、文化行政が表現の自由とは別個に裁定するのです。

こうして美術館の扉は閉じられます。それは検閲ではなく、裁定です。今回の展示中止に至っては、恐らく裁定ですらなく、単に「防犯」目的ではないかと僕などは思っています。展示に対して執拗に続けられているという脅迫は、公共の施設に対するテロ予告ですから、常日頃からテロに屈しない姿勢を堅持している現在の日本国政府には、その姿勢にふさわしい対応をする責務があるでしょう。

『綾峰音楽堂殺人事件』を書いたのは、しかしそれとはまた別種の動機によるものです。

小説の登場人物が口走るセリフが、常に作者の意見であるわけがありませんが、作中の探偵役・討木穣太郎氏が皮肉な口調で語る言葉は、幾分か僕の気持ちでもあります。

「どこもかしこもトリエンナーレ、ビエンナーレ。現代美術で町おこし。よその猿真似で観光客に金を落とさせようって魂胆だ。文化芸術が聞いて呆れますよ」(p.20)

あいちトリエンナーレがこのような騒動になるずっと以前から、僕は地方自治体が、あっちでもこっちでもトリエンナーレだのビエンナーレだのを企画するのを、遠目ながら、冷めた、意地の悪い気持ちで眺めていました。

地方自治体の主催する美術関連の大きなイベントが、僕のような門外漢に奇妙に見えるのは、そこに何とも言えず、地方の「中央依存」が感じられるからです。

あいちトリエンナーレの今回の芸術監督は東京出身です。その前の港氏は神奈川、さらにその前の五十嵐氏はパリの生まれで、いずれも各分野で業績をあげ、学問的な地位も知名度もある方ばかりですが、愛知県に深い縁のある方はおられるのでしょうか。彼らの実績は、すべて愛知県ではないところで積み重ねられているように思われます。

それがどうした。国際芸術祭じゃないか。出身なんか関係ない。世界的な美術展を愛知県でやることに意義があるんだと、愛知県の文化行政は言うかもしれません。その通りなのでしょう。しかし愛知県の人たちからそれは、どのように見えるのでしょうか。自分らの土地によそから人がやってきて、大きな美術の展覧会を始めた、としか見えないのではないでしょうか。

それは、世界から愛知県に芸術的才能を結集させた、ということになるのでしょう。しかし結集した場所が愛知県であることに、果たしてどれほどの意味があるのですか。たしかに愛知県の文化行政や、観光業を初めとする種々の地方経済にとっては、大きな意味があるでしょう。けれどもそれは何年か前の愛知県知事の「肝いり」で、「行政主導」で製造された催しです。愛知県という土地から芽吹いた芸術祭ではありません。

こんにち雨後の筍のごとくあちこちで開かれるようになったトリエンナーレ、ビエンナーレは、愛知県のそれに限らず、ほぼすべてがそのような行政が作った芸術祭ではないのでしょうか。

各地方の人たちがそれでいいのなら、無関係の僕に口を挟む権利も資格もありません。それでいいです。

ただ僕は、日本各地にある小さな、経営の楽ではない、いくつかの交響楽団のことを思うのです。

戦後まもなく市民オーケストラとして発足した群馬交響楽団や、山形にオーケストラを、という地元音楽家の熱意によって作られた山形交響楽団、地元出身の作曲家によって集められた仙台フィルハーモニー管弦楽団、若い音楽家のために活動の場を作りたいと、一人の主婦が提唱して結成された大阪交響楽団など、日本の地方オーケストラは、その土地の人々の力で作り上げられたものばかりです。もちろん、その殆どすべてが、地方の文化行政の助力を仰いでいます。また演奏会のゲスト指揮者やソリストには、「中央」で名声を得た演奏家を招くのが常です。しかしそのような「営業努力」は、ひたすらその土地の人々に音楽を聴いてもらうためになされているのです。

「先生は北海道の事例をどのようにお考えですか。財政破綻した夕張市や破綻寸前のJR北海道を抱えていながら、札幌交響楽団に北海道や札幌市が毎年それぞれ一億円の公的補助金を出しているのはなぜか。それは、札幌交響楽団が優れたオーケストラとして道民の誇りになっているからです」(p.242)

文学が、一個の人間の胸を引き裂いて飛び出してくるものであるように、芸術は地面を突き破ってちっぽけな兆しを現わし、時間と忍耐の果てにそこへ根付くものだ、というのは僕の夢想にすぎないのでしょうか。

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インフラグラムから遠く離れて

2019年8月26日
posted by 仲俣暁生

第17信(仲俣暁生から藤谷治へ)

藤谷治様

ここ数年すっかり当たり前になった酷暑も、どうやらお盆明けで一息つき、心身ともにようやくお返事を書ける状態になりました。体はともかく、気持ちのほうもぐったりしていたのは、8月のはじめに起きたあいちトリエンナーレをめぐる事件の動向を追うので精一杯だったからです。

8月1日に開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の展示企画の一つである「表現の不自由展・その後」が、展示内容に対する「市民」からの激烈な抗議と、会場への放火などをほのめかす悪質な攻撃によって、わずか3日間で公開中止に追い込まれました。たとえ愉快犯にせよ、京都アニメーションに対する凄惨な放火事件の直後に、その痛々しい記憶を材料とする脅迫行為がなされたことには、ひどく暗澹たる気持ちになりました。

今回のあいちトリエンナーレに対して僕は、開幕前から少なからぬ関心を抱いていました。トリエンナーレは言葉のとおり3年に一度開催されるお祭りですが、2013年に行われた前々回(第2回)が五十嵐太郎さん、2016年の前回(第3回)は港千尋さん、そして第4回目となる今回は津田大介さんが芸術監督を務めています。この三人の芸術監督とは個人的に面識もあり、なかでもジャーナリストである津田さんは、建築評論家である五十嵐さんと同様、美術業界の「外」で仕事をしてきた方です。そうした他分野での活動とアートが今回どのように交差するのか、大いに注目をしていたのです。

でもこれは僕のほうの事情でしかありません。藤谷さんと文学や小説についてだけでなく、美術や現代アート、あるいはたんに「アート」としか呼べない領域について話をしたくなったのは、さらにいくつか理由があります。

一つ目の理由は、今回のあいちトリエンナーレに対する「攻撃」が、先の京都アニメーションへの放火事件の延長線上にあること。二つ目の理由は、文学と美術はいずれも広義の「芸術」を構成するものだという共通理解が、僕と藤谷さんとの間にはあると信じるからです。そして三つ目は、藤谷さんの最新作『綾峰音楽堂殺人事件』が、まさしく現代における芸術の社会的な位置づけを問う小説だったことです。

最初の理由については、もういいでしょう。まず二つ目の話をします(おそらく一つ目の理由とも関連するはずです)。藤谷さんとこの往復書簡をはじめてから相次いだ(ように見える)文学や小説をめぐるうんざりさせられる諸騒動の大半は、インターネット上で話題となり、流布したものでした。今回のあいちトリエンナーレで批判の対象となっていた「表現の不自由展・その後」の場合も、展示作品そのものではなく、ネット上に流布したそれらのイメージが「炎上」したのでした。皮肉なことに、会場が封鎖されたままであることにより、作品そのものはまったく無事なのですが。

この話には前段があります。前回のあいちトリエンナーレの芸術監督を務めた港千尋さんが、今年の5月に『インフラグラム――映像文明の新世紀』という本を出しており、僕はこの本をちょうど、あいちトリエンナーレが始まる直前の先月末から読みはじめていたのです。

「インフラグラム」はいま流行っているInstagramというSNSのもじりで、言うまでもなく港さんによる造語です。自身が写真家でもある彼は、この言葉にかなり複雑な含意を込めているのですが、思い切って簡略化するなら、GoogleやFacebookといったインターネットのインフラストラクチャーともいうべき場で流布する図像や画像のことだと言えるでしょう。あいちトリエンナーレ事件はまさに、インフラグラムが起こした事件でした。

英和辞典を見ると「-gram」は「記録」「図」「文書」を意味する接尾語とあります。アナグラムは言葉の綴りの入れ替えによる遊び、エピグラムは警句、テレグラムは電報、接頭語として使えばグラマーは文法で、グラマトロジーなどという難しい言葉もあったように思います。今日的な図像のあり方と、それがもたらす諸問題を論じるために港さんはこの造語をしたわけですが、同じ言葉を僕はネットのインフラストラクチャー上を漂う「文」に対しても当てはめたくなりました。

ネット上で流布する文、とりわけ140字以下に切り詰められたTwitterで流れる文は、「あや」のある文章(テクスト)でもなく、それらが撚り合わされることで成り立つ文脈(コンテクスト)も欠いている、まさに「インフラグラム」としか呼びようのないものではないか。テクストとコンテクストによって成り立つ複雑な構造体としての「本」は、インフラグラムの対極にあるものです。

そうであるにもかかわらず、商業的な生産物としての「本」はいま、ネットで日々つぶやかれることを抜きにしてその存在を知られることはありません。そう考えたとき、港さんが作られたこの造語の射程の深さに、僕は慄然としたのです。

前回のやりとりのなかでお互いが触れていたとおり、文学や小説の「現場」とは、書店でも図書館でもネット上でもなく、いままさに読者によってそれが読まれつつある紙面/画面です。その「面」で作品と読者が交わすやりとりには、編集者も批評家も、作者自身でさえも介在できない。したがって、そこにはインフラグラムが発生する余地はありません。

読書という営みがもたらす自由は、その行為をさまたげるような攻撃がきわめて困難である、という事実に支えられています。どんなに高度な監視国家の秘密警察でも、すべての読書行為を禁圧することは――とりわけそれが物理的な紙の本によるものであれば――できないでしょう。

「マガジン航」というこのネットメディアを立ち上げた十年前、読書という営みはインターネットという新しいインフラストラクチャーによって、これまでよりいっそう「自由」になるのではないか、と僕は考えていました。ところがいま、僕はその考え方をかなり大きく修正しつつあります。つまり、読書という行為は、インフラグラムに侵食されない場でしか成り立たないのではないか。

もちろんスマートフォン上で電子書籍を読むことは可能です。しかし「電子書籍というビジネス」を生み出した巨大IT企業の関心は、じつのところ本や読書にではなく、(港さんの言い方に倣えば)「ユーザー」の視線や関心を精密に計量化しマネタイズすることにある。それによって成り立つ経済は「アテンション・エコノミー」と呼ばれています。インフラグラムとは、一言でいえばアテンション・エコノミーに従属する図像や文のことです。さきのメールで藤谷さんがおっしゃった「データ」とは、インフラグラムとしての「文」のことではないでしょうか。

僕らはそのような言葉からは、できうる限り遠ざかるべきではないか――十年を経て、そのように思うに至ったのです。

とはいえ、このことについては、自分のなかでもまだ十分に考えが練り上げられていません。「インフラグラム」という便利な言葉に飛びつくあまり、結論を急ぎすぎているかもしれません。そこでこの話は今回はこのくらいで切り上げ、三つめの理由、藤谷さんの『綾峰音楽堂殺人事件』の話に移りましょう。

なにしろこの小説のなかで古くからある地域オーケストラの拠点である音楽堂が取り壊されてしまう――作中では「改築」と表現されていますが――理由は、この地方自治体で数年後から開催される「あやみねトリエンナーレ」のための「マルチプル・スペース」とするためなのですから!

小説家の想像力の恐ろしさを、今回ほど感じたことはありません。あいちトリエンナーレの事件が起きたとき、僕はすでに『綾峰音楽堂殺人事件』を読み終えていました。事件後さっそく再読し、あらためて背筋が凍りました。ここで「殺されて」いるのは、被害者の人物だけではありません。もっと大きなものが殺されている。もちろん現実のあいちトリエンナーレでは殺人事件は起きていませんし、そんなことはあってはならない。たまたま似通った名前になったとはいえ、「あやみねトリエンナーレ」は「あいちトリエンナーレ」を直接のモデルにしているわけではないでしょう。

それでもなお、僕は藤谷さんに尋ねてみたいのです。今回のあいちトリエンナーレをめぐる騒動を、小説家としてどのように受け止めましたか、と。

ところで、このメールを書いている時点で、僕はまだあいちトリエンナーレの現場を見ていません。まさに「インフラグラムから得た印象」だけで書いています。これではいけない。近いうちになんとか時間をつくり、芸術作品を成り立たせている「場」というものを見てくるつもりです。

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雑誌売上の減少問題を製品マーケティングの観点から考える

2019年8月19日
posted by 小林徳滋

『出版月報』2019年1月号によると、冊子形式の雑誌の売上は21年連続で縮小しており、休刊点数が創刊点数を上回る状況が10年以上続いている。もはや、分野によっては雑誌媒体が消滅する可能性も考慮せざるを得ない事態である。こうした問題は、通常、出版業界の視点から取り上げられることが多い。しかし、雑誌のビジネスモデルでは購読料収入と広告収入を車の両輪としているため、雑誌の消滅によって影響をうけるのは出版業界だけではない。

雑誌広告を利用している広告主にとっては、製品やサービスのマーケティング手段として雑誌広告が使えなくなるという問題である。ここでは主にソフトウェア製品のマーケティングの立場から考えてみた。

雑誌の中には、無料(フリー)で配布されるものもあるが、大部分は、一号ずつあるいは年間予約による有料で販売されている。読者が無償か有償かによって広告の効果には大きな違いがあり、フリー媒体では広告の効果が上がらないことをしばしば経験する。雑誌の読者は、主に雑誌の記事を目当てに、雑誌を購入するのであるが、内容に対価を支払うという行為によって読者自体が選別される。

マーケティングの観点から言えば、記事の内容に対価を支払うことで読者が上質なターゲットとなる。かかるが故に雑誌、特に専門雑誌の広告は、高度にセグメントされた市場に対する効率的な販促手段となる。私はソフトウェア製品の販売を過去30年以上行ってきたが、この間、コンピュータ/パソコン雑誌がもっとも有効な販促手段であった。

インターネット広告のターゲティング手法もいろいろ開発されている。しかし、現在のネット広告は専門雑誌の広告の代替手段として期待する効果が得られないことが多い。例えば、Googleのキーワード広告は、Webページの内容を検索したキーワードと連動して広告を掲載するのは周知のとおりである。

しかし、よく調べてみるとキーワード広告で得られるページビューには全くピントはずれのことがある。例えば、PDFを印刷する機能を持つソフトウェア製品を販売するため、「PDF印刷」といったキーワードに反応して広告が掲載されるように設定する。

その結果である来訪者を分析したところ、「コンビニでPDFを印刷する」ためにWebページを検索し、検索結果画面に表示された広告をクリックしてきた人が多かった。キーワードのみでは、来訪者選別基準としては不十分なのだろう。

インターネット広告には、このほか、アドネットワークのような手法もあり、一見ターゲッティングの手段が用意されているように見える。しかし、アドネットワークでリーチできるWebページは千差万別の内容を機械的に寄せ集めたものに過ぎない。専門の編集者が編集した雑誌ほどには厳選されておらず、また読者が対価を購って選別したものでもない。

現在のインターネット広告の技術では、良質な見込み客に効率的にリーチするのは至難の業である。この結果、専門的な製品のマーケティング手段としての広告がますます非効率になっている。企業の製品マーケティングの観点から、冊子形式の専門雑誌媒体に匹敵する効果をもつ電子媒体の開発が強く望まれる。


本稿は日本電子出版協会(JEPA)のウェブサイトで7月30日に公開された著者による「キーパーソン・メッセージ」を転載したものです。

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」攻撃に抗議する

2019年8月4日
posted by 仲俣暁生

8月1日に開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の一つとして、メイン会場の愛知芸術文化センターで開催されていた「表現の不自由展・その後」の展示が3日いっぱいをもって中止された。

展示されていた作品の概要はいまもこのサイトで見ることができる(8月4日時点)

この企画展の趣旨は上記のページで以下のように説明されていた。

「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。

皮肉なことに、この企画展自体が開催3日で「展示不許可」に追い込まれたことになる。中止の決定に至る経緯として、同トリエンナーレの芸術監督である津田大介氏は記者会見でこう語った(発言の引用は朝日新聞より)。

「安全管理上の問題が大きくなったのがほぼ唯一の理由。想定以上のことが、とりわけ電話で行われた。回線がパンクし、受付の人も抗議に対応することになった。対策はあったかもしれないが、抗議の過熱がそれを超えていった」

また同日に記者会見を行った愛知県の大村秀章知事も以下のように、展示中止の理由を語っている(同じく朝日新聞より)。

「これ以上エスカレートすると、安心して楽しくご覧になることが難しいと危惧している。テロ予告や脅迫の電話等もあり、総合的に判断した。撤去をしなければガソリン携行缶を持ってお邪魔するというファクスもあった」

一方、こうした判断を事前に伝えられていなかった参加作家の「表現の不自由展・その後」実行委員会は、中止の決定を受けて抗議文を公表し、そのなかで以下のように述べている(抗議文全文は朝日新聞のこの記事で参照できる)。

何より、圧力によって人々の目の前から消された表現を集めて現代日本の表現の不自由状況を考えるという企画を、その主催者が自ら弾圧するということは、歴史的暴挙と言わざるを得ません。戦後日本最大の検閲事件となるでしょう。

この中止決定に先立ち、あいちトリエンナーレの開催地である名古屋市の河村たかし市長が2日、大村知事に「表現の不自由展・その後」の展示を中止するよう求めたという報道もされていた。また河村市長は3日の中止の決定を受けてさらに、関係者への「謝罪」を求めたとも報じられた。同トリエンナーレの開催地首長としてこのような発言がなされたのが事実とすれば信じがたい。

今回の中止決定はこうした政治的な圧力が原因ではなく、「卑劣な非人道的なファクス、メール、恫喝(どうかつ)脅迫の電話等で、事務局がまひ」(大村知事)しているためであり、「安全管理上の問題が大きくなったのがほぼ唯一の理由」(津田芸術監督)だというが、もしそうであればなおのこと、中止の決定が展示内容とは無関係であることをトリエンナーレとして明確にすべきではないか(大村知事は「行政が展覧会の中身にコミットすることは控える」とのみ発言している)。その上で安全管理態勢を万全にし、出展作家とも協議して開催期間中の展示再開に向けて努力してほしい。

それにしても、公共の美術館等で開催されている国際芸術祭の展示、しかも「表現の自由」そのものを題材にした展示が暴力と恫喝によって中止に追い込まれたことには、深い憂慮の念を抱かざるを得ない。これは美術館だけの問題ではない。たとえば公共図書館やそれに準ずる公共施設、あるいは大学等においても、市民の間で賛否や議論が分かれるテーマについて、講演やシンポジウム、企画展示等がなされる機会は多い。

美術館(今回のような国際美術展も含む)や図書館が担うべき公共性のひとつとして、かならずしも全員一致の結論を得られないテーマやアジェンダに対し、安全な環境のもとで公的な議論を喚起するということが挙げられると思う。今回のトリエンナーレの場合、安全な環境が担保できないということが展示中止の最大の理由とされたが、それは担われるべき公共性の一面でしかない。

これまであまりにも政治的な文脈でばかり議論されてきた「平和の少女像」が訴えかけていることの意味を、「美術」という新たな文脈のなかで問いかけた今回の「表現の不自由展・その後」の試みは、美術館のような場が担うべき公共性の一つの現れだったと私は考えている。実際、来場者のなかでもこの企画展に対する関心は高く、多くの人が長い列をなして入場を待っていたという報道もある。そのような機会が暴力と恫喝によって失われたことに対して、あらためて怒りを表明したい。

ところで、以前のエディターズノートで話題にしたフレデリック・ワイズマン監督の映画『ニューヨーク公共図書館〜エクス・リブリス』が日本でも思いがけないヒットとなり、いまも全国で公開が続いている。あの映画を見て公共の施設が担うべき「公共性」について少しでも考えた方は、もしもあの映画が図書館ではなく美術館あるいは美術展を舞台にした作品だったら、と思って考えてみるとよいと思う。図書館が民主主義を支える場であるのと同様に、美術館も民主主義と切り離せない場だと私は考える。

MLAKという、ミュージアム、ライブラリー、アーカイブ(公文書館)、公民館の頭文字をとった言葉がある。心あるMLAK関係者は今回の国際芸術祭への不当な攻撃に抗議し、あいちトリエンナーレが無事に会期末を迎えることと、中止とされた企画展のなんらかの形での再開に向けて、どのようなかたちでもよいので援助と協力をしてほしい。

小説はデータではない

2019年7月29日
posted by 藤谷 治

第16信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

仲俣さんもご存知の通り、僕は今年から大学の教壇に立っています。講義の前半、春学期は7月17日に終わりました。成績をつける、という重責を除けば、やれひとまずお役御免かと思っていたところ、翌18日に京都アニメーションが放火されました。

僕は熱心なアニメファンではなく、「京アニ」の作品も殆ど観ていません。ただかつて僕の小説を映像化する企画があった時に知り合った映像作家があの会社の出身でした。その企画は立ち消えになり、その人とも会わなくなりましたが、動向はSNSなどでチェックしていました。彼は当然のことながら、今度の惨事に非常なショックを受けているようです。

もちろんそんな遠い知人がいなくても、あの悲劇は僕にも陰惨な衝撃を与えました。考えていると、頭がおかしくなってしまいそうです。

パクりやがって。小説を盗まれた。放火犯はそんなことをわめいていた、と報道にあります。目撃者に取材した複数の報道がありますから、恐らく実際にそんなことを叫んでいたのでしょう。

この言葉は僕を戦慄させます。そしてその戦慄の由来をずっと考えています。

僕はこの言葉を追うようにして報道を見ていますが、どうやら男は、実際には小説をどこかに投稿したり、発表したことはなさそうです。書いたこともないかもしれません。関係妄想の一種ではないかと思いますが、心理学にも精神医学にも疎い僕が断言できることではありません。また精神疾患とは脳の機能障害であって、そこには何ら抽象的なものはありません。ましてやそこにロマンティックな想像を仮託させるような真似は、ほとんど文学的火事場見物でさえあるでしょう。それはわきまえているつもりです。

それでも僕は、あの「小説」の一語に、どうしても何かが象徴されているように思えてならないのです。現代における小説、創作、表現、の社会的な受容のされ方、とでもいうべき何かが。

『小説は君のためにある』という小文は、おっしゃる通り漱石の『文学論』を意識はしていますが、無論あの浩瀚な知性にかなうはずもなく、また、文学に対するあのような考究は、現代の人間には「贅沢品」であると考えているので、思い切りハードルを下げて書きました。

しかしそれは、必ずしも若い読者を想定しているからではありません。文学とは何かとか、小説は文学の一種であるといった、最低限の共通理解から始めなければならないからでした。あれを書く前に僕は、中村光夫や伊藤整、イーグルトンやバフチンの著作に、改めて目を通してみたのでした。しかしいずれの著作にも、文学について根本的な定義はされていません。僕は、とにもかくにも、といった思いで、文学を「著者が読者を特定できない文章の総称」と定義しました。識者や専門家から異議が出るかもしれないと思いはしましたが、しかし一方で、これくらい低いところから始めなければ、文学も小説も、誰にも理解されないだろうという認識が僕にはあるのです。

中村光夫やバフチンの仕事には大きな影響を受け、また尊敬していますが、文学を論じるほどの人たちは、どこかで文学を「所与」のものと思っている気配があります。つまり、僕たちが生まれる前から、文学に接する前から、すでに文学は存在している、という前提が、偉大な文学研究者、文芸評論家たちにはある。

それは、なんというか、「社会的には」事実です。ホメロスだ紫式部だと名前を挙げるまでもなく、偉大な文学は何百年、何千年も前に成立しています。しかしその「社会的事実」は、同時に「僕」の否定にもつながります。文学が所与のものであるなら、僕――実存というのか、現存在というのか、そういう今ここにある僕は、文学にとって不要になってしまいます。文学は、僕が認めようと認めまいと存在するわけですから。

かつて、文学を愛するとか、文学に取り組むというのは、そのような所与の存在に対して、こちらから飛び込んでいくことを意味しました。もしかしたら今でもそうなのかもしれません。大学の文学部とはそういうことをするところなのかもしれません。だから文学者は文学を所与のものと見なしているのかもしれません。

しかし一人ひとりの人間にとって、文学はそのようなものではありません。そこに気がついてほしいと思って僕は『小説は君のためにある』を書きました。

文学は個々の人間、つまり「君」より以前に存在するものではありません。もっといえば存在ではありません。文学は経験であり、まぎれもなく「君」の経験なのです。そしてここにいう「君」とは、いささかも抽象的な存在ではないのです。これを読んでいるあなたのことなのです。

この「経験」から演繹して、僕はもうひとつ、あの小文で主張したいことがありました。小説を読むという経験が、「役に立つ」という主張です。

小説を読む経験に、役に立つ立たないなど論じなくていい、無益だからこそいいのだ、という考えは成り立つし、おそらく正しい考えでもあります。しかし小説は、その特異な性質を十全に引き出せば、はっきりと読者の「役に立つ」と僕は思っています。

その詳細は拙著にあたって貰うとして、ここで改めて言っておきたいのは、小説とはいわば、非社会的な経験であるがゆえに、「君」の役に立つ、ということです。

人間は社会的動物ですから、種々の規制に束縛されていなければいけません。また社会からの要請に応じなければなりません。しかし小説の経験は、そのような規制や要請に囚われることがありません。そこではすべてが「君」の独自な判断によって評価されます。

小説はこんにち、そのように受容されていません。仲俣さんは「多くの人が『自分のためにある小説』を発見できなくなっている」と書いていますが、僕の見方で同じことをいうなら、多くの人が目の前にある小説を、「自分のためにある」と気づかないでいるのです。「自分のために小説がある」ということが、人々には――小説に縁遠い人にはもちろん、愛読者にさえ――判らなくなっているのです。

それは現代の人間が、小説さえ――社会という情報の氾濫を遮断して、個の自由のために経験するはずの小説をさえ、社会的な情報として摂取してしまうからでしょう。

人は、専門知識や特別な関心を持たなくても、小説に対してまず「データ」として接するようになりました。それは小説の外的条件への依存――特定の文学賞を受賞したとか、映画化、アニメ化されたものだとか、世間の関心を集めている著者の書いたものだ、といった情報――に限りません。小説の内部について、微細にわたってジャンルを分類し、キャラクターを類型化し、物語を整頓し、小説を「型(タイプ)」という社会性のある情報におさめなければ、人は目の前の小説を、受け入れることができないのです。

こんなことを考えるのは、僕が小説の型、形式というものを、意識しすぎる小説家だからかもしれません。しかし僕が小説の型に対して過敏であるのは、型や形式に徹底的に追従しなければ、自分の小説に型から外れるものが本当にあるのかどうか、自分で見極めることができないからです。型にはまることを忌避し、意識的に「自由」であろうとして、かえってたとえば「純文学」というような型の中に安住しているように見えてしまう小説や、型というものの恐ろしさを意識せず、ただ書かれているだけのジャンル小説を、つまらなくも思っています。

タイプの中に安住する小説は多く、それは理由のあることです。何しろ読者がそのような小説を要請しているのですから。小説に経験ではなく、安堵や慰めをほしがる人々は、その安堵が、自分を社会の中で同調させることに、つまり情報の共通認識に根拠を持っていることに気付かず、あたかもそれを自分が独自に求めているかのように錯覚しているのです。そしてそのような読者の中から、作者が生まれているのです。

社会との同調、情報の共有への、あまりにも強い依存のために、人は「自分のための小説」を見出せないでいます。読者だけでなく作者もまたその依存の中にあり、そこから小説は量産されていきます。今ではそのような、同調を「共感」と見なし、情報を「新しさ」と同一視する小説こそ、小説(に限らない、創作や表現)だと認識されているように思えます。

この認識の果てに、今、驚くべき現象が立ち現れているのではないでしょうか。つまり情報が経験に対して圧倒的な優位を誇り続けたあげく、「小説それ自体が不要になっている」のではないでしょうか。

要らないのですよ、小説そのものは。必要なのは小説に関する情報だけなのです。もっと極言すれば、小説というものの「イメージ」だけがあれば、情報の共有には充分なのです。

こうして小説は読まれなくなる。読まれても経験されなくなる。経験と思われるものを読者が感じたとしても、それは「私が読む」という固有の体験ではなくなる。「『自分のためにある小説』を発見できなく」なるのです。

そこから、小説を書いた形跡のない人間が、「小説を盗まれた」と病的な妄想をたくましくするまでは、思いのほか近いのではないでしょうか。

これ以上は書きません。長くなりすぎたというだけでなく、すでに僕の独断は自分でもすっかりは首肯できないものになってしまいました。上記は無論、すべての小説、また小説読者にあてはまるものではありません。自分の書いたものが、委曲を尽くしたとも思えず、歯がゆいままこれを送ります。

しかし小説、あるいは表現と「データ」の同一視といっていいほどの、距離の接近は、やはり僕にはつらく感じられてなりません。

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