編集を経なければ、文学は存在できない

2018年11月28日
posted by 藤谷 治

第8信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

先日、仲俣さんから依頼された、「NovelJam」というイベントの審査員をやりました(実は「先日」どころではなく、これを書いている僕にとってはつい昨日のことなのですが)。

参加費を払って集まった数十人が、その場でお題を与えられ、2泊3日で短編小説を仕上げるだけでなく、それを電子書籍として販売すらする、という、まあ乱暴といっても過言でない、べらぼうなイベントです。2泊3日の3日目には僕たち審査員が朝から審査を始めるのですから、参加者には実質1日半ほどしか「小説の制作」には充てられません。

しかもそれはあくまでも「小説の制作」です。これが「執筆」ではないところがまた、このイベントの興味深くも暴力的な特徴です。参加者にとって「執筆」は、目的達成ではなく通過点でしかありません。彼らは執筆した小説を編集し、表紙(電子書籍でも「表紙」というのかどうかは知りませんが)をデザインし、作品をプレゼンテーションして、「商品化」にまでこぎつけるのです。

初日前夜にオペラの序曲を書かなければならなかったというモーツァルトやロッシーニの逸話、あるいは1日で映画1本撮影したというマキノ雅弘の伝説(いずれも真偽不明ですが)を想起させるような離れ業に、ロッシーニでもマキノでもない人たちが一心不乱に取り組んでいました。

僕たち審査員は最終日に行っただけ、しかもそのかん1作1万字の小説を16作、4時間以内に読むという、参加者たちに負けず劣らずの無理難題を強いられていましたから、彼らの現場は殆ど判りませんでしたが、垣間見るだけでもその切迫した雰囲気は充分に伝わりました。

ここで「NovelJam」の詳細を語るつもりはありません。ただあのイベントには、僕たちがこの往復書簡でまさに語ろうとしていることそのもの、という側面がありました。つまり参加者は、全員が小説を書いたわけではないのです。彼らは「著者」のほかに「編集者」「デザイナー」と役割を分担し、チームになって小説の電子書籍化に取り組んでいたのです。

ここまで書いたものを読み返して、誤解されるかもしれないと恐れたので申し添えますが、僕は「NovelJam」を大いに楽しんだのです。また種々に意義のある試みでもあると思います。参加者が「小説を商品化する」というプロセスの一端をでも、実地に垣間見ることができるのは、それだけでも大きな経験でしょう。その意義を認めたうえで、あの場で感じ、また驚いたことを、これから書きます。これはあの催しについてというより、いわば「『編集啓蒙』の弁証法」とでもいうようなことです。

彼らのプレゼンテーションを見てから気がついたのですが、イベント参加者のうち、「著者」は普段から小説を書いている人が殆どでした。プロとして活躍している人もいたようです。また「デザイナー」もプロであったり、ヴィジュアルな制作を日常的にしている人ばかりでした。ところが「編集」を担当した人の中には、あの場で初めて編集をすることになった人が、ちらほらいたようなのです。

それを知って僕は、そうなの? と驚くと同時に、作品を読みながら感じていた疑問が氷解もしました。最終決定稿として渡された小説に、誤字脱字、遺漏や体裁の不統一が散見されたからです。誤字脱字の訂正は、編集ではなく「校閲」の仕事だ、ということなのでしょうか? 審査の途中で受けたインタビューで、僕は思わずいってしまいました。「編集担当の人は何をしているのですか?」と。

その時点ですでに僕は、このイベントは「完成度」を求める場所ではない、と理解はしていました。「Jam」です。勢いと情熱で突進すること自体が目的でもあるはずです。だから僕の「何をしているのですか?」は、何やってんだよキチンとしろ、という意味ではありませんでした。文字通りのことを尋ねたかったのです。「編集」を担当した人は、あの即興で小説を制作するチームの中で、どんな役割を担っていたのか?

恐らくその答えの中に、今「文学」が――「書いた人間が読者を特定できない文章の総称」としての「文学」が――、編集というものをどのように捉え、どのように位置づけ、そしてどのように「あしらって」いるかが、如実に反映されているはずです。僕たち審査員は、作品を即興小説として評価しました。しかし実際には、あそこに提出された作品はどれもチームの作品であり、本来ならば著者と同時に編集者にも、デザイナーにも、評価と評言がなければならなかったはずです。

もちろん主催者の皆さんは、それをよく理解していました。だから表彰は作品の最優秀賞だけでなく、優秀なチームに対しても与えられましたし、賞状には個人名ではなく、作品名と共にチーム名が記されたのです。しかしそれでも、参加者の皆さんに、文学というものが著者によるだけではなく、編集者によっても、デザイナーによっても手を加えられて、初めて「文学」になるのだ、ということが、どれだけ理解してもらえたか、審査員としてはこころもとないのです。――2泊3日で体得できたことは、少なからずあったでしょうけれども。

『燃えよ、あんず』をお読みくださった由、有難うございました。

実際に書いた原稿は、完成稿より二割ほど多かったでしょう。都合100枚ほど捨てたと思います。

編集者から、登場人物の告白を、数十枚分削除すべきだとアドヴァイスされたときは、とてもつらかったです。身を切る痛み、と形容してもいいくらいでした。

編集者のアドヴァイスに、作者は必ずしも従う必要はありません。しかし削れというアドヴァイスに抗するのに、作者はただその箇所に愛着があるだけでは、また苦労して書いたと主張するだけでは足りません。自分の書いたものに、愛着のない個所など、苦労せず書いたところなど、存在しないのですから。作者にはその箇所を作品が保持するための、「読者としての」堅固な理由がなければなりません。その箇所を読者が読まない方が作品を優れたものにする、というアドヴァイスに説得力があるのなら、作者はどんなに愛着があっても、そこを削らなければなりません。

しかしそれは理性の判断で、感情は激痛から逃れられません。僕は編集者にメールを送りました。「腕を切れば命が助かると医者が言えば、患者は腕を切るしかないのです」と。

編集は文学の医術であり、医師は時に患者の人生に対して残酷な判断を下します。多くの場合、医師は患者に感謝されますが、それは患者が病気から解放されてからです。

『燃えよ、あんず』は、読者から終章を評価されることが多く、その評価は僕を複雑な気持ちにさせます。あの部分を書いたのは僕ですが、あれを最後に持っていくのが良いと判断したのは、編集者だからです。

当初、あの部分は第三部の後半にありました。それを終章にするとは、作者の僕は考えもしていませんでした。編集者がそれを提案していなければ、小説は現在の形になっておらず、現在の評価も得られなかった。その評価は、他のすべての評価と同様、作者の僕がすっかり頂いています。そして僕は、それが僕の手柄ではないことを、よく知っているのです。

こういうことは、程度の差はあれ、どんな小説にもあるでしょう。また小説に限らないでしょう。ことさらに僕が自作にからめてこんなことを書いたのは、それがこれを読むであろう人々に対する「編集の啓蒙」の一助になればいいと思ったからです。

文学は、編集を通過しなければ存在しえない、あるいは、存在してはならないものだ、という、文筆業者にとってはわきまえていて当然の事実から、僕たちは「啓蒙」を始めなければならないでしょう。その先には、さらに「啓蒙の弁証法」があるはずで、そこまで行かなければ「編集の露呈」を果たしたことにもならないのかもしれません。前途遼遠です。

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執筆者紹介

藤谷 治
小説家。1998年から下北沢で書店「フィクショネス」を開業(2014年に閉店)。2003年に『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』(小学館文庫)で小説家としてデビュー。『いつか棺桶はやってくる』(小学館文庫)が三島由紀夫賞候補となり、『世界でいちばん美しい』(小学館)で第31回織田作之助賞を受賞。音楽高校を舞台にした青春小説『船に乗れ!』三部作(ポプラ文庫)は2010年の「本屋大賞」で7位となったほか、2013年には交響劇として上演された。このほかエッセイ集に『船上でチェロを弾く』(マガジンハウス)、『こうして書いていく』(大修館書店)がある。