第9回 ブックオフ肯定論を検討する(その2)

2022年2月1日
posted by 谷頭 和希

前回は、近年のブックオフについての言説を紹介した。これまで否定的に語られがちであったブックオフを肯定的に捉えなおし、その意味合いを積極的に語る言説が増えている。それらは、本連載で目指すブックオフの語り方にも近いものである。

今回からはそうした言説を具体的に見つつ、そこで何が語られ、そして何が語られていないかを考えてみたい。

『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の反響

今回考えたいのは、前回にも紹介した『ブックオフ大学ぶらぶら学部』である。

ブックオフについての思い出がエッセイやマンガなどで展開されている同書の人気はすさまじかった。同書を出版した島田潤一郎によれば、「1ヶ月で2000部が売り切れた」という[1]。このような受け取られ方は島田も予想外だったというが、それだけブックオフについて考えることが多くの人に受け入れられ、待望されていたということだろう。

同書はそれぞれの論者がブックオフについての思い出を語りながら、ブックオフがそれぞれの人生にとっていったいどのような存在であったのか、その輪郭を浮かび上がらせる。

この本を執筆したメンバーは以下の8人である。巻末に載っている執筆者プロフィールから生年も合わせて掲載する。

武田砂鉄(1982)
大石トロンボ(1978)
山下賢二(1972)
小国貴司(1980)
Z(1977)
佐藤晋(1975)
馬場幸治(1976)
島田潤一郎(1976)

それぞれが、著述家や書店・古書店のオーナーである。古書店のオーナーが執筆者に名を連ねる様子は、かつて古書店のオーナーたちがブックオフを嫌ってきたことを考えると隔世の感がある。

ロストジェネレーションとブックオフ

ここで注目したいのは著者たちの生年である。全員が1972〜1982年の間に生まれている。これは、いわゆる「ロスト・ジェネレーション」世代にあたる人物である。「ロスト・ジェネレーション」はバブル崩壊後から10年間の間に就職期を迎えた世代のことで、2007年、朝日新聞上で行われた連載で命名された。定義によって生年に幅はあるものの、大まかな合意として、1970年〜1980年初頭生まれを指すことが多い。団塊世代の子ども、団塊ジュニアも多く含まれる世代である。「失われた世代」という命名からも分かるように、バブル崩壊後の就職氷河期に大学を卒業することになったため、定職に付くことができない若者も多く誕生し、「非正規雇用」という言葉が社会の関心を集めた

そのようなロスジェネ世代にあたる彼らがブックオフの思い出を進んで語ることは偶然のことではない。

例えば、法政大学大学院教授の真壁昭夫は次のようにいう[2]

日本経済が長期の低迷に陥った1990年代のバブル崩壊後、先行きへの不安を抱え、節約志向を強めていた人々にとって、ブックオフの登場は革新的だったのです。支出を抑えつつも小説や漫画、中古のCDなどを手に入れたい、という消費者の願望を叶えるのに重要な役割を果たしたといえるでしょう。

ブックオフが登場したのは1990年で、その数年後にバブルが崩壊した。ロスジェネ世代にとっての困難な時期が始まることになる。そのときにブックオフが現れたのである。ライターの雨宮処凛はロスジェネ問題を多く取り扱ってきたが、その重要なテーマに「貧しさ」があるという(雨宮処凛『ロスジェネのすべて 格差・貧困・『戦争論』』)。ここでいう「節約志向を強めていた人々」とは、もちろんロスジェネ世代以外の人々も該当するだろうが、それはロスジェネ世代にはより強く感じられていたのではないだろうか。

そのような世代による語りは、特に「貧しさ」という問題からのブックオフ像を強調することになるのではないか。

「貧しさ」とブックオフ

実際『ブックオフ大学ぶらぶら学部』を見てみると、著者たちが、貧乏であったがゆえにブックオフを頼みの綱にしていた、という記述がたびたび現れる。例えば、同書の発行人でもある島田潤一郎の次のような言葉である。

ブックオフはまるでセーフティーネットのようだった。社会に行き場のない人たちが集い、カルチャーをなんとか摂取しようとしていつまでも粘る場所。お金がなくても気軽に出入りできる場所は、図書館や新刊書店、コンビニを挙げるまでもなく社会にいくつも存在していたが、ブックオフがそれらの場所と決定的に違ったのは、一〇五円でなにかを手に入れることができる場所であったということだ。

そこで語られるブックオフは経済的に恵まれていない人に対しても安く本を提供してくれる存在である。そのような青春時代を支えてくれた存在こそがブックオフであり、むしろ「貧困」であることがブックオフの素晴らしさを際立たせるような側面を持っている。そのようなブックオフ像も決して間違いではない。そうでなければ、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』がここまで売れることはなかっただろう。

しかし、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』が描き出すブックオフ像に若干の偏りがあることは指摘されるべきではないか。

次回も同書を扱いながら、そこで語られるブックオフ像の偏りとそれによって生じる問題を考えていく。


[1] リサイクル通信「夏葉社、ブックオフを語る本「売れてます」」,URL= https://www.recycle-tsushin.com/news/detail_5436.php

[2] Business Lournal「ブックオフで本が足りない…なぜ在庫不足に陥ったのか?“古本”需要の急増に追いつかず」,URL= https://biz-journal.jp/2020/10/post_182471.html

執筆者紹介

谷頭 和希
ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。2022年2月に初の著書『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)を発表。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。