出版の「初心」を思い出すための3冊

2016年1月22日
posted by 仲俣暁生

「マガジン航」は昨年4月より、発行元をスタイル株式会社に移しました。これにともない、本誌は同社が運営する「WirelessWire News」「小さな組織の未来学」「IntelligenceDesigner」「考えるあかり」などと姉妹誌の関係になりました。それぞれ専門領域は異なりますが、今後はこれらのメディアとの連携企画を少しずつ始めていくつもりです(すでに大原ケイさんと谷本真由美さんとの往復書簡「クール・ジャパンを超えて」が、WirelessWire Newsとのコラボ企画としてスタートしています)。

新しい年を迎えるにあたり、ささやな共同企画として、これら各メディアの編集者が「いま読むべき本」3冊を挙げて紹介するというリレーコラムを始めました。すでにトップバッターとして「WirelessWire News」の板垣朝子さんが3冊を挙げてくれています(「資本主義社会の次」に日本が進むために確立すべき技術体系)。遅ればせながら二番手として、「マガジン航」編集発行人の私も本を選んでみました。以下がその3冊です。

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・都築響一『圏外編集者』(朝日出版社)
・鶴見俊輔『限界芸術論』(ちくま学芸文庫)
・富田倫生『本の未来』(アスキー出版局[絶版]/青空文庫)

「圏外」に出よ

最近出たばかりの『圏外編集者』から話をはじめましょう。著者の都築響一さんは、マガジンハウスの雑誌『POPEYE』や『BRUTUS』がいちばん面白かった時代に、フリーランスとしてこれらに関わっていた編集者/ライターです(現在も続く人気シリーズ企画「居住空間学」を立ち上げたことでも知られています)。1993年に刊行した最初の写真集『TOKYO STYLE』が高く評価され、その後も日本や世界の各地を撮影してまわるフォトドキュメンタリーのすぐれた作品を発表し続けています。

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『圏外編集者』は、40年間にわたり現役の編集者/ライターとして、そして写真家/フォトドキュメンタリストとして活動してきた都築さんの談話を構成したものです。この本で語られていることを一言でいえば、「圏外」に出よ。これに尽きるでしょうか。

マガジンハウスの雑誌を舞台にながらく仕事を続けてきた都築さんに、『TOKYO STYLE』を刊行したことで最初の転機が訪れます。東京に暮らす若者たちの、ごく平凡な(だからこそ身近に感じられ、しかも多種多彩な)部屋の風景を大判で撮影したこの写真集は、私を含む当時の読者に、大きな衝撃を与えました。ここに写っている部屋の多くが、自分自身やそのまわりにいる者たちの日常生活と、あまりに近しいものだったからです。私自身、自分の部屋がまるでそこにあるように感じました。

この本を作るまで写真家としての活動経験もなく、大型カメラの使い方を独学で習得した都築さんは、出版のあてもなく、いきなり取材と撮影を開始します。付き合いのあった出版社に持ち込み、「無理やり出してもらった」ものの、初版分の印税(3%)は部屋を撮影させてくれた人たち全員に本を献本することで消えてしまう。おまけに増刷分の印税を受け取る前にその出版社は倒産しまいます。

でもこの写真集を出したことは、都築さんにとって「圏外」への離脱の第一歩でした。1997年に写真集『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』で木村伊兵衛写真賞を受賞して「写真家」としても認められた都築さんですが、一人で取材・撮影・執筆し、ときにはデザインまでするという、究極のDIYスタイルを変えることなく現在に至ります。

都築さんの二度目の転機は、有料メールマガジン「Roadsiders’ Weekly」をはじめたときに訪れます。BCCKSという電子出版の仕組みをつかって刊行した『妄想芸術劇場001 ぴんから体操』という、エロ雑誌の読者投稿イラストをまとめた編著書もあるほど、都築さんはデジタルメディアをつかった「出版」にも意欲的です。ただし、あくまでもそれは、やりたいことをするための「手段」にすぎません。紙かデジタルかなどという神学論争には目もくれず、ひたすら「出版」というアクションを続けてきたことに、私は心から敬意を表したいと思います。

すぐれた編集者であり、ライターであり、写真家でもある都築さんは、自身のことを「アーティスト」ではなく、「ジャーナリスト」であると位置づけています。2010年に広島市現代美術館で行われた個展「HEAVEN 都築響一と巡る 社会の窓から見たニッポン」の展覧会場には、この本にも引用されている、次のような言葉ではじまる「序文」が掲げられていました。

僕はジャーナリストだ。アーティストじゃない。ジャーナリストの仕事とは、最前線にいつづけることだ。そして戦争の最前線が大統領執務室ではなく泥にまみれた大地にあるように、アートの最前線は美術館や美術大学ではなく、天才とクズと、真実とハッタリがからみあうストリートにある。

この言葉と、ヘンリー・ダーガーの描いた絵や、エロ雑誌への投稿イラスト、日本語ヒップホップの歌詞、死刑囚の詠んだ俳句にまで至る都築さんの「アウトサイダー(≒「圏外」)アート」への眼差しとを重ねたとき、このコラムで紹介すべき二つ目の本が思い浮かびました。

「限界芸術」とコミュニケーション革命

昨年に93歳で亡くなった思想家の鶴見俊輔は、英語のmarginal artに相当する日本語として、「限界芸術」という概念を1960年代に提示しています。marginalとは「周辺」「境界との際」のことですから、「限界」という表現はあまりふさわしくないのですが、アメリカ合衆国で少年期を過ごした鶴見さんの独特の言語感覚が、この不思議な言葉を生み出したのでしょう。

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いまはちくま学芸文庫の『限界芸術論』に収められている「芸術の発展」というやや堅苦しい文章が、「限界芸術」について論られているメインの論文です。この論文で鶴見さんは、純粋芸術とも大衆芸術とも異なる第三の領域としての「限界芸術」のもつ豊かな可能性を、柳田國男や柳宗悦、宮澤賢治の作品や営みを通して論じていきます。三人に共通しているのは、いわば「圏外」の存在への眼差しと想像力といえるでしょうか。

しかし、この文庫版の『限界芸術論』でいちばん面白い文章は、おそらく「黒岩涙香」です。題名どおり、明治・大正期に活躍したジャーナリストであり文筆家であった黒岩涙香(本名は周六)の生涯を描いた短い評伝です。この文章が面白いのは、鶴見さんが自分の考える「限界芸術」の豊かな可能性にもっとも近くまで迫った人として、生き生きと黒岩を描いているからです。

黒岩涙香といえば、日本における探偵小説の祖として知られる(いくつかの作品が青空文庫で読めます)一方で、30歳で「万朝報」という新聞社を起こした、高名なジャーナリストとしても知られます。内村鑑三、堺利彦、幸徳秋水といった優れた記者を社内に抱え、日清戦争から日露戦争にかけての時期に日本の新聞ジャーナリズムに大きな足跡を残した万朝報は、日清戦争当時にはすでに発行部数が5万部と、東京朝日新聞の2万5000部の倍も発行されていました。

30歳で自ら新聞社を起こす前から、黒岩涙香は「都新聞(現在の東京新聞)」の主筆として、また大衆向けの新聞小説の作者として健筆を振るっていました。涙香が得意とした海外探偵小説のたくみな翻訳(超訳?)や、日本では「赤新聞」と呼ばれたイエロージャーナリズムへの志向のなかに、鶴見さんは「コミュニケーションにおける革命」へのすぐれた透察とセンスを見て取ります。

黒岩涙香は22歳のときに「予約金式の出版社」を立ち上げ、そこで設けた金で「政治運動」をしようとしたところ、逮捕され重禁錮刑に処せられてしまうのですが、鶴見俊輔はこの象徴的なエピソードを評伝の冒頭に置いています。弱冠二十歳を過ぎたばかりの若者がそのような野心を抱けたほど、当時の日本社会が大きなコミュニケーションの変革のさなかにあったことを伝えるためでしょう。

コミュニケーションの革命は、設計がおわってその姿をあらわすや否や、同時代の社会のもっとも若い人の心をとらえ、かれら少年少女の手によって社会の隅々にまでつたわっていく。幕末にはじまったコミュニケーションの革命において、蘭学にせよ、言文一致体、さらには新聞や写真術などの新式のコミュニケーションのやりかたは、はじめは渡辺崋山・横井小楠(この二人は自分で外国語を直接よめなかった)、岸田吟香、成島柳北、福地源一郎、福沢諭吉など中年の紳士たちの努力で日本に紹介されたものだが、やがて少年の心をとらえてからは、十代の少年を主な担い手にするにいたった。

ここで言われている「コミュニケーションの革命」の要素をインターネットやデジタルカメラ(あるいはヒップホップやエロ雑誌)などに置き換えてみれば、都築響一さんが「圏外」に見出したものと、黒岩涙香を通じて鶴見さんが期待をかけたものとが、とてもよく似ていることに気づきます。

「黒岩涙香を、日本の近代史上、不朽の人とするのは、彼が、明治時代の趣味の組織者としてのこした仕事であろう」、そして彼が「推理小説の発達史上の一人物」でも「哲学史上の一人物」でもなく、「もっとひろい意味での知的緒能力の綜合」において評価されるべきだと述べて、鶴見さんはこの小伝を終えています。

涙香がすぐれた「組織者」として普及につとめた、かるた、都々逸、五目並べ(これに「連珠」というもっともらしい名を与えたのは涙香です)そして探偵小説は、いまでいう「サブカルチャー」よりも「圏外」のアート(芸術というよりも技芸)、つまり「限界芸術」と呼ぶにふさわしいものです。また「趣味の組織者」という言葉も、さきの「コミュニケーションの革命」という言葉とつきあわせることによって、その意味がいっそう明瞭になります。ようするに黒岩は、単にすぐれたジャーナリストであったのみならず、編集者としての感覚においても卓越していたのです。

江戸の文化の名残を残す明治から、20世紀的な大衆社会が到来した大正時代への変わり目であった黒岩涙香の時代と同様、いやおそらくそれ以上に、いま私たちが生きている時代は、巨大なコミュニケーションの変革のさなかにあります。当然、これまでのメディアにはひっかからない「圏外」で、かつて黒岩が、そして都築さんが見出したような、多彩なコミュニケーションがなされているはずです。編集者やジャーナリスト、つまりメディアにかかわる者は、まずなによりそこに目を向けるべきであることを、鶴見さんの『限界芸術論』(ことにそのなかの「黒岩涙香」の評伝)もまた教えてくれるのです。

「青空の本」

さて最後の本です。『本の未来』と題されていますが、書かれたのはおよそ20年前という、いまから見れば立派な「過去」です。この時代に夢想された「本の未来」は、果たしてかなったでしょうか。

『本の未来』という書物は、新刊ではもう手に入れることができません。「青空文庫」の呼びかけ人として精力的な活動を行ってこられた著者の富田倫生さんも、2013年に亡くなりました。富田さんは自らの死を迎えるに際し、著作を青空文庫に解き放つことを言い残していたのでしょう。そのおかげで、著作権保護期間の終了を待たず、私たちは彼の本をインターネット上でただちに読むことができます。

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『本の未来』という本自身も、富田さんにとっての最初の著書『パソコン創世記』(いまはこれも青空文庫で読めます)が絶版となってしまうエピソードから始まっていました。本はかくも簡単に「読めなく」なってしまう。そのことを避けるための電子化だったはずですが、『本の未来』の巻末に付録としてついていたCD-ROM版の電子書籍も、約20年の月日が過ぎたあとでは、閲覧することがかないません(古いCD-ROM版の電子書籍を読むうえでの苦労については、この記事も参考にしてください)。

まさにウンベルト・エーコとジャン=クロード・カリエールの共著『もうすぐ絶滅するという紙の書物のために』のある章の題名にあるとおり、「耐久メディアほどはかないものはない」のです。しかし、それでもこの小さな赤いCD-ROMの円盤には、「本の未来」への希望が込められていました。

アスキー出版局版の『本の未来』が刊行されたのは1997年3月のことです。そして富田さんによる「あとがきに代えて」という文章には、1997年1月19日というタイムスタンプがあります。この文章の最後を、富田さんは次のように締めくくっています。

窓の向こうには、かすかだが富士山が見える。
青空のスタート・ボタンは、きっと押せたのだろう。

富田さんを含む「呼びかけ人」4人が青空文庫を立ち上げたのは、この本が出たのと同じ1997年のことです。呼びかけ人の一人である野口英司さんが書いた「青空文庫ものがたり」によれば、その正式な誕生日は7月7日です。しかし3月にはすでにこの4人により、「インターネットに電子図書館の実験サイトを開設しよう」という会合が持たれていたそうです。

また、いまも残っている当時の「そらもよう」には、サイトの正式公開以前の業務日誌が記されており、そのいちばん早い日付は、2月20日です(書き手の(AG)さんは野口英司さんでしょう)。つまり『本の未来』という本が出版されるのと前後して、「青空文庫」というプロジェクトは始動していたのです。

富田さんはさきの「あとがきに代えて」のなかで、『本の未来』は「全体として一つの長いあとがきのようなもの」だと書いていました。この本は、それまで書いてきた「紙の本」に訣別を告げ、自分はこれからその「圏外」へと向かうのだという決意表明だったのではないでしょうか。

そのことは、同書のまえがきからもうかがえます。

私たちは、たいていの人が自分のコンピューターを持って、そのすべてがネットワークされる新しい世界に向かいつつある。国の境や距離の重みが薄れ、望むなら、地球の上の誰とでも大脳皮質を直結できるようになるだろう。

誰も経験したことのない、わくわくするような奇妙な世界が待っている。

人々の考えや思いや表現は、電子の流れに乗って一瞬に地球を駆けめぐる。そうなってなお、考えをおさめる器が紙の冊子であり続けるとは、私には思えない。

本はきっと、新しい姿を見つけるに違いない。

そんな本の新しい姿を、私は夢見たいと思う。

たとえば私が胸に描くのは、青空の本だ。
高く澄んだ空に虹色の熱気球で舞い上がった魂が、雲のチョークで大きく書き記す。
「私はここにいます」
控えめにそうささやく声が耳に届いたら、その場でただ見上げればよい。
本はいつも空にいて、誰かが読み始めるのを待っている。
(富田倫生『本の未来』まえがき より)

この文章は、現在という「未来」をみごとに先取りしています。そして、すでに手にしたこの環境を前に、あなたは何をするのかと、次なるアクションを促しているかのようです。

圏外へ、そして青空へ。いささかロマンチックすぎるかもしれませんが、「へ」という言葉がうながす行為こそが、「出版」の初心でしょう。「マガジン航」もあらためてこの初心に立ち返り、寄稿者や読者の方々と、次の時代をつくっていきたいと考えています。

新潮社がBook Bangをはじめたわけ

2016年1月21日
posted by まつもとあつし

昨年12月1日、出版界隈をざわめかせたサービスがローンチした。「Book Bang(ブックバン)」という書評総合サイトがそれだ。書評サイト自体は珍しくない。しかし新潮社が手がけるにもかかわらず、多彩な――いっけん競合とも思える――出版社・新聞社・取次会社が一堂に会していることで、「いったいどんな背景や狙いがあるのか?」と業界関係者が関心を寄せたのだ。担当者である新潮社「本のまわり」WEB事業室・長井藍さんに話を聞くことができたので、気になるポイントについて紹介していきたい。

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芥川賞・直木賞発表後のトップページ。編集部による解説記事が掲載されている。

本の出会いのきっかけは増えるか?

ブックバンを運営する「本のまわり」WEB事業室に15年4月に配属されるまで広報宣伝部に7年間所属。Webを通じての本のプロモーションを一貫して手がける。

――参画企業の陣容と新潮社・各社の狙いとは?
長井 現在10社が参加しています。現在、大手書店にも参加を呼びかけており、今後も増やしていきたいと考えています。取次会社にも純粋に書評コンテンツの提供元として参加いただいており、出版社の場合もまずは弊社の「波」のような、書評を掲載するPR誌をもつ版元様にお声がけしてスタートしたわけですが、いまラインナップされていない出版社さんにも、どんどんお声がけしていくつもりです。

ブックバンのホームページより。取次から日販・トーハン、大手新聞3社、出版5社が相乗りしていることで注目が集まった。

――サービス開始に至る経緯は?

「本との出会い」のきっかけを提供したい、というところからはじまった事業で、そのきっかけの重要な部分を占める「人からの推奨」=「書評」を充実させ、多くの人に読んでもらいたいとの想いがベースにありました。現在の書評は単行本の新刊が出るタイミングで誌面に掲載されることがほとんどで、電子書籍や文庫本が出るころには書評に触れる機会が失われてしまっていますが、そういった書評に読者がどのタイミングでも触れることができるようにアーカイブしておきたいという狙いもあります。

書評を通じて、他社の本も含めて、まず本、文芸書を好きになってもらう。本はスマホ時代にあっても魅力的なコンテンツであって欲しいし、本来、そのポテンシャルはもっているはずです。そして、書評はその時代、社会におけるその本の価値や位置づけを知る手がかりにもなっています。

とはいえ、ブックバンの企画が立ち上がったときには、ここまで大がかりなものになる、とは想定しておらず、単純に「ユーザーの利便性を考えれば新潮社だけでなく、多くの出版社の本の書評があった方が良いはず」というところから、お声がけをしていった結果、現在の姿になっています。

――ブックバンにおける「書評」の位置づけは?

長井 現在ネット上に存在する読者レビューは各ネット書店や本棚サービスなどのプラットフォームに依存しています。しかしブックバンとしては、書籍購入の大きな影響を与える書評は、特定のプラットフォームに依存せず、フラットな場所に存在すべきだと考えています。書籍を選ぶのはブックバンで、購入はどこの書店でも構わないのです。いずれは各ネット書店やリアル書店が本の販売促進に、ブックバンに掲載されている書評を利用して頂けるようになればと構想しています。

書評記事には各ネット書店へのISBNベースのアフィリエイトリンクが用意される。書籍情報は版元ドットコムからの提供を受けている。

サイトがオープンする前は「新潮社の本の宣伝に利用されてしまうのではないか」という懸念を持たれていた参加社も、参加後は思った以上に扱いがフラットであることに驚かれたようでした。

サイト内では書評家をキーにして記事を検索する機能も備わっています。ユーザーが自分の好みにあった書評家を見つけて、その人が薦める本を読んでいく、という楽しみ方も提供したいと考えています。嬉しいことに書評家の方々からはブックバンの取り組みに対し、大変ご高評を頂き、安堵しています。

――どのくらいの量の書評を、どういった体制で反映しているのか?

長井 ブックバンを運営する「本のまわり」WEB事業室は、宣伝部など新潮社の他の組織とは独立して、私を含めて4名のスタッフで構成されています。1日あたりの掲載本数は20本前後ですが、オリジナル記事の編集やソーシャルメディアへの投稿も並行して行っています。

書評の取得方法は様々で、新聞社のようにRSSで自動取得できる場合もあれば、メールでお送りいただいたり、サイトからそのまま取得することを許諾いただいているケースもあります。いずれの場合も掲載時には手作業で整形・編集をしています。

オリジナルの著者インタビューや特集コンテンツも。

本の「読書運動」を拡げたい

――収益化はどう図ろうとしているのか?

長井 現在のところ収益事業としてブックバンは位置づけられていません。参加社から何かフィーを頂くということも行っていません。広告枠も設けていませんし、アフィリエイトの収益も大きなものではなく、また開始間もない(注:取材はローンチから10日後の15年12月11日に行われた)ということもあり、PVやソーシャルメディアへのシェアの数も多いとは言えませんが、ユニークユーザーは3万人という規模にはなっています。

書評はすべて無料でご提供いただいており、運営のリソースも一部「デイリー新潮」と共用していますので、コスト面での不安は少なく、継続的に取り組んでいける事業だと考えています。

――収益化は当面考えていない?

長井 ブックバンが目指すのはいわば「読書運動」の拡がりです。いわゆる本好きの方は、自分で本に関する情報を調べてくれますが、普段はネットコンテンツしか読まないという方も多いはずです。そういった方にも書評に触れてもらうために、ブックバンに掲載された書評コンテンツを、弊社のニュースサイト「デイリー新潮」や、Yahoo!ニュースなど各ポータルに配信するということも進めています。そこから一般の記事と同様に、シェア・拡散されれば、着実に読書人口は増えていくはずです。

とはいえ「書評」はそもそも本が好きな人に向けて書かれている、という面は否定できません。ブックバンでは少しでも書評へのハードルを下げるために、掲載時にはタイトルの編集を認めていただき、目を引くタイトルに変更させていただく場合もあります。

――他のレビューサイトとの差別化やコラボレーションは?

長井 ネットには「軽い読み物」が溢れています。たしかに書評はそんな中では一見「重たい」のですが、読むと「意外と面白い」と感じてもらえるものも多いはずです。ネット書店の読者レビューと異なり、プロの書き手が本の面白さを伝えようと工夫を凝らして書いているわけですから。ネット上にも書評の面白さを打ち出すサイトも増えてきています。オリジナルの記事も充実させたいと思いますし、CMSを一部開放して、出版社の方に自ら本を紹介する記事を投稿していただける仕組みも準備中です。まずは1年かけて参加社を100社まで増やしたいと考えています。

ご参加いただける出版社さま、書店さまを現在も募集しております。参加にあたり費用は一切かかりません。近日中に専用の窓口を設ける予定ですので(取材後、公開された。http://www.bookbang.jp/join)、ご興味をお持ちいただけましたら、奮ってお問い合わせください。

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Eコマースにおいてレビューが購買動機を惹起するというのはよく知られた話だ。ブックバンがいわば書評のプラットフォームを目指す、というのもとても理に適った展開だと感じた。資料的価値も高いにも関わらず、散逸しがちな「書評」を出版社の枠を超えて収集し、出版社自らがアーカイブする取り組みとしても評価したい。十分に認知が拡がれば、本との出会いを考える際について回る「書店数が減少する中、そして宣伝予算が限られる中、どう本の存在を知ってもらうことができるか?」という切実な課題に対する一つの答えとなるかもしれない。

現状で気になるのは、ブックバンが狙う裾野の広がりに欠かせないソーシャルメディアへの拡散が十分に行われているとは言えない点だ。新潮社がブックバンを収益事業として位置づけていないというのは、フラットなコンテンツ運営という面では良いが、「ビッグバン」をイメージさせるほどの起爆力がまだ発揮されているとはいえない。大手書店などの参加も働きかけているということだが、更なる打ち手にも期待したい。

京都の「街の本屋」が独立した理由
〜堀部篤史さんに聞く【後編】

2016年1月18日
posted by 櫻井一哉

堀部さんは新たに立ち上げる本屋に「誠光社」という名をつけた。飾り気のない実直なイメージのネーミングからは幾分、固い印象を受けるが、堀部さんの本屋としての矜持を如実に表現している。同社のWEBサイトにもその心中が次のようなステートメントとして記されている。

「システムに無理があるならば、改善し、あらたなルールを提案すればいい。本屋の話はもうやめにして、本屋をはじめてみよう」

「土地に根付き、お客さまに影響され、店主自身も勉強しながら商品構成が変化し続ける。姿形はこれまでに親しまれてきた街の本屋でありながら、経営のあり方はこれまでと一線を画する。そうして出来た店が、これからの当たり前の本屋であることを願っています」
「誠光社について」より)

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誠光社のWEBサイトより。こじんまりとした店構えがわかる。

記事の前篇では、左京区の文化コミュニティの中で培われ、恵文社一乗寺店を牽引して、ネット時代の流れの中で逆転の手法で頭角を現した成功例として、堀部さんのこれまでの動向を伝えた。私の中では、恵まれた環境と勢いの中で才気を発揮する人というイメージが堀部さんに対してあったのだが、このステートメントには本屋の理想を求める1人の書店員の決意が記されている。

恵文社一乗寺店は堀部さんの店という印象があった。だが実際のオーナーは別にいて、彼はいわゆる雇われ店長だった。昨年の初夏にお会いした時点では、頭の中に独立はなかったという堀部さんだが、当時の恵文社一乗寺店の状況に対して、ひいては出版業界や書店の現状に対して思うところがあったのだろう。独立にあたっての心中を、ご本人にお目にかかって確かめようと、あらためて一乗寺へと向かった。

堀部 恵文社一乗寺店では収益構造について試行錯誤を繰り返していました。120坪の家賃もそこそこの金額ですし、効率の悪いことにレジが3つもあり常時3人のスタッフがいて、総勢15人を雇う必要があった。そもそも書籍の粗利は20%です。そうなると薄利多売にならざるをえず、収益的にもなり立ちません。雑貨の割合が増えていくのは必然でもありました。

書籍と雑貨が混在する付加価値や界隈性は恵文社一乗寺店の魅力の一つだが、それは店舗存続のための苦肉の策でもあったのだ。ただ、堀部さんは雑貨を扱う上でも、ヴィレッジヴァンガードのようなバラエティ的な広がりではなく、あくまでも本との親和性を大切にし、その部分でお客さんに来てもらうように心がけてきたという。

堀部 雑貨と書籍のバランスは、好みや主張ではなく結局は経営面の問題なので、成り立たせるためには店もある種観光地化せざるを得ないんです。それでも掲載メディアやSNS、ウェブサイトでは本屋らしいイメージを発信するよう心がけてきたのですが、もはや僕がコントロールできるような規模ではなくなっていました。

堀部さんは恵文社一乗寺店のオーナーではなかったが、経営面に関しても責任を負う部分が大きかった。経営的に求められることと、現場で本棚を作りイベントを運営する立場として理想とするところのギャップは決して小さくなく、そのことも独立に踏み切る要因になったという。

既存のシステムからの脱却

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誠光社のWEBサイトに掲げられた出版社へのメッセージ。

誠光社の在り方を模索する際に、堀部さんが念頭に置いたのは取次に依存しない書店経営、すなわち出版社と直で取引するという思い切った展開だった。

堀部 私のような書店員が独立して店をもった場合、採算を成り立たせるには粗利を上げるしかないんです。その際に取次の存在はいちばんの構造矛盾なんですよ。一般的に新しい書店を開く場合、日販さん、トーハンさんと取引することになるのですが、じつのところ、まったく取り付く島がありません。規模にもよりますが、契約金に莫大なお金がかかると言われています。取次にとって本は委託商品なので、初期仕入額の何割かを補償金として預けなくてはいけないわけです。

たとえば数百万を払って契約し、開店在庫を取次宛に注文するとします。委託とはいえ、次の月にすべて返品するわけではないので、翌月には初回注文分の請求が立つ。結果的に立ち上げにあたって個人が脱サラして、準備できる範囲ではない資本金が必要です。それを2割の利幅(書店のマージン)で回収するとなると、何年にわたって返済し続けることになるのか。そのことを考えると、そもそも書店は個人規模でやる商売ではないのです。

だから、いま書店が新規出店するといえばイコール大手チェーンの支店です。個人による新刊書店の新規出店というのは、現実的に考えればほぼできないシステムになっているんです。新規参入のない業界が今後衰退していくのは目に見えています。

恵文社一乗寺店で収益構造に悩まされてきた堀部さんが、自身で書店を立ち上げる際には、ある種の「ルール違反」のようなことをやってのける必要があった。ルール違反と言っても、もちろん違法性があるわけではない。たんに、これまで誰もやらなかったことだ。それが出版社に対し、取次を介さない「直取引」を呼びかける先のようなステートメントだった。

堀部 数多くの版元さんに直訴し、取次を介さず仕入ができるように話を取り付けました。特例を認めるとルールがなし崩しになるので、先方も戸惑われたようですが、いまはもうそういう時代になってきていると思うんです。そのせいか、多くの出版社の方に理解いただくことができました。

誠光社のWEBには先のステートメントと併せて出版社の名がリストアップされている。これらの出版社は、以下の条件での直取引を認めてくれた誠光社の「パートナー」である。

・初回のみ委託にして、モラトリアム期間を1年にする。
・追加分を買い取りにする。
・初回分は1年経った段階で、全て返品、あるいは買い取りで精算する。

直取引で本を委託する際に難しいのは、先方の管理が煩雑になることだ。そこで誠光社では、初期のみ委託(返品可)として取り扱い、追加分はすべて買い取ることにしたという。初回に仕入れた委託商品は1年間で売れた分だけを精算する。1年後、残部は買い取るか返品かを判断し、委託商品を一旦クリアランスする。この方法で、初期在庫にかかるコストを最小限に抑えたという。

堀部 そうすることで精算部分が曖昧にならなくてすむ。最終精算段階の1年後に売り上げ報告も返品もなければそのタイトルは売り上げとして計上してもらい、そのまま請求を立ててもらうわけです。結果差異が生じた場合は紛失や報告ミス、万引きなどと認識して、店側で責任を負います。

そうした条件のもと、誠光社は多くの版元と7掛け(3割のマージン)での契約にこぎつけた。一部の版元とは条件的に合意に至らなかった例もあるが、小取次などを利用しながらなんとか平均7割の利幅を目指したという。

堀部 子どもの文化普及協会さんだけでも約200社の版元をとりまとめられているので、これで実質、30社プラス200社が直取引の相手ということになります。さらに八木書店さん経由で新刊を取次いでもらいます。条件は8掛けですが一冊単位で注文できるのは大きいです。

じつは、日販からは「注文口座」を開かないかと打診があったという。「注文口座」とは、いわゆる配本のない、注文取り引き専用の口座のことで、条件は買い取りになるという。

堀部 日販の担当者の方に「取引に際する条件などの要項を下さい」と聞いても、なかなか話が前に進みませんでした。「注文口座の場合、契約金はいくらですか? 算出の根拠が難しいんじゃないですか?」と問い続けていたら、結果的に「これくらいでいい」という曖昧な回答をいただいたのですが、一方では多額の契約金が必要だと言いながら、もう一方では、返品ができないとはいえ比べ物にならないほどの額で開くことができる口座が存在する。ダブルスタンダードだし、その選択肢すら一般には提示されていない。こんなバカな話ないですよね。

釈然としないやりとりではあったが、一部の大手出版社とは取引ができず、雑誌も扱えないのであれば新刊書店としての看板が成立しない。結局、雑誌に関しては「新進」という、雑誌を売店やたばこ屋など小規模な小売店が扱うためのスタンド流通業務を担う会社と契約を交わすことになった。

コミックを多く出版している講談社の書籍も、「子供の文化」という取次経由で取ることができた。ただしそこの規定には「コミックは除く」とあり、コミックは取り扱うことはできなかったという。

堀部 こうした取り組みについて、河出書房新社さんや平凡社さんのような規模の出版社までが応援してくれるのが嬉しかった。私のやろうとしていることに対して理解があり、彼らも「これからはそうなっていくでしょう」と賛同してくださった。それを聞いて、出版界にはまだ未来があるなと感じました。出版社さんとは共に利益を提供しあえる「パートナー」として付き合いたいんです。

本屋の将来が危ぶまれるといった論調は、メディアでもSNSでもこのところ少なくない。しかし、堀部さん自身は、そういった書店論はもはやどうでもよいという。実際に自分の考え方で本屋を始め、将来を切り開きたいと考えているのだ。

誠光社は個人書店なので補充も財務的にも簡単にはできない。当然、いままでの書店員とは違った頭の使い方が求められる。そうした新しい書店の在り方については、身体感覚的に慣れていこうと堀部さんは考えているという。

「そこにしかない本棚」

誠光社は18坪の小さな店舗だが、堀部さんが理想とする本屋の在り方を体現する居城である。

堀部 古書や洋書、リトルプレスも多く取り扱います。古書を扱うことは重要で、一点物、つまり他の店では見かけないものが一冊はいるだけで、棚の並びが違って見える。新刊は選択肢が限られてくるし、それだけで棚を作るとどの店も似通ってくる。でも古書を交えれば「そこにしかない」本棚の見せ方ができます。

オンラインショップでの本の見せ方にも堀部さんならではのやり方が光る。誠光社はSTORES.JPというショッピングカートのシステムを採用しており、書影はもちろんのこと内ページの紹介、さらに本の概要とイメージ、古本の場合はその状態を伝える丁寧な解説が添えられている。

誠光社のオンラインショップで私はL.A.のアートブックパブリッシャー、THE ICE PLANTが発行する5年ダイアリーをさっそく購入した。ショップページの写真と解説を眺める内にダイアリーを手にするイメージが湧いてきて、欲しくなったのだ。このときはまだ実店舗はオープンする前だったが、決済の後、すぐに品が届いた。

堀部 オンラインショップにとって重要なのは「編集」なんですよ。新刊書はどこでも買えるが故に巨大オンラインショップとは争えないし、わざわざうちのオンラインショップに掲載する意味はあまりない。でも売れないからといって、古書ばかりをアップしているとネット古書店のように捉えられかねない。だから新刊書を扱うにしても関連書籍を合わせて3冊をセットにするなど、編集の手を加えた商品にします。さらには、洋書にリトルプレス、音楽ソフトなどをバランスよく配することで、専門店的でない、多様なアクセスの仕方が可能な状態になります。

オンラインショップにしろ、棚にしろ、本が好きな人間はその店が自分の志向に合致しているか、否かを一瞬にして理解する。じっくり見なくてもパターン認識が働き、惹かれる書店は「そこに謎がある」と直感的に認識されるのだ。

堀部 洋書と古書とリトルプレスと新刊本を混ぜた情報体系を心がけています。たとえばamazonで売っている洋書でも、古書や新刊本と並べることで文脈が変わり、能動的に洋書を買わないお客様には新鮮に映ります。並びを見るだけで雑誌のように楽しめる、だから商品構成のバランスを考えるのも編集行為だと思っています。

海外の出版社との直取引は日本の複雑な出版事情に比べ、遙かに簡単だという。支払いはPaypalで行い、初めての取引先でも自分が本屋であることを一本メールするだけで、「リテイラー(小売店)向けのディスカウント価格ということで40%オフで送ります」と返事がくる。こうして堀部さんの触手にふれる洋書と古書とリトルプレスと新刊本が店舗に並ぶのだ。

職住一致の店

誠光社の内装は「cafe & grill 猫町」「李青」「素夢子古茶屋」の施工などで知られ、『街を変える小さな店』にも登場した安田勝美氏が手がける。京都を基盤に店舗や個人住宅を手掛け、古民家移築再生・町家の再生・古材を生かした空間づくりを得意とする建築家だ。なかでも「cafe & grill 猫町」の空間は店舗でも住居でもない独特の間合いが秀逸で、そこでゆったりと過ごすことが約束されたような気配を漂わせている。そんな安田氏が設計を担当すると聞くと期待せざるを得ない。

堀部 彼は「自分も通える店を作る」みたいなスタンスで店作りを手がけられています。気に入ったクライアントに対しては、予算がなければ廃材を使ってでも、という気持ちで、できる限り良いものをつくりたいという方です。

誠光社を開店するに際し、堀部さんは店の2階に住むことにした。いわゆる居職一体のスタイルだ。

堀部 居住空間は随分狭くはなりますけど、結果的にかなり家賃がおさえられるようになりました。三月書房さんと同じスタイルです。お店の上にお住まいで、家族で営まれている。だからこそ、お店を続けられることができた。そうでもしないと本屋さんは成り立たないでしょう。

この話を聞いて私が連想したのは、都市が持つスケール感(集客性)と付加価値、情報性から離脱した小商いの事業主やクリエーターが地方へ移住するという昨今の流れのことだ。たとえば編集部を長野市の古い一軒家に置き、編集と経営を一体化させることでダウンサイジングをはかり、最小限のユニットで『Spectator』を編集・出版する青野利光はそうした先駆者だ。

堀部 出版する側と売る側のお互いが規模を小さくして近づけば、利幅もあがり、3000部発行の本でも利益がでる。そのためにはしつらえの良いものを作って、本の価格を高くすればいいんです。たとえば出版だけでなくほかのメディア事業も手がけるような大手の版元さんはそういうことはできないでしょう。数字の問題なので、相対的に利益が少ない部門に手をかけることは組織として難しいですよね。

一方、中堅規模の版元さんなら初版部数が5000部とか3000部でも普通でしょう。もっと初版部数が少ない人文系の出版社もあります。たとえば、講談社文芸文庫みたいに、初版が少なくて値段が1,500円くらいの文庫本も当たり前のように存在する。高いか安いかは相対的なものです。部数は少ないけど欲しい人は必ずいるはずですから。

堀部さんが誠光社でやろうとしているのは、規模を縮小することで利益率を高め、薄利多売では得られなかった「価値」を提供しようということだ。

堀部 事業は拡大、成長することが当たり前だとされていますが、個人の価値観はそうではない。たとえば車が一台ぐらい持てて、毎週外食にいけて、酒も発砲酒で我慢しなくていい、たまに好きな本が買えるくらいでいい。私も含めてそういう美意識を持つ人はたくさんいます。要するに他人のスタンダードに与する必要はないんです。嗜好品や文化的なものを扱う人間は、そういう考えでないと続けられません。

「1000部」規模での出版事業

堀部さんは本屋の経営だけでなく、小規模での出版事業も進めている。自ら本を企画・出版する。そして完成した本は誠光社だけでなく、他の書店でも販売する。

堀部 恵文社一乗寺店でやっていた「ビッグウェンズデー」というイベントのなかから、ミズモトアキラさんとの「タモリ」や「伊丹十三」についての対談の内容を本にまとめました。また、雑誌『coyote』などで活躍されているイラストレーター、赤井稚佳さんの作品集も日英バイリンガルで発行しました。

この「誠光社オリジナル」として現在、『コテージのビッグ・ウェンズデー』(ミズモトアキラと堀部篤史の共著)と、堀部さんが編集した赤井さんの作品集『Bookworm House & Other Assorted Book Illustrations』 が刊行されている。本のほかにもポストカードやペンなどがオリジナル商品として販売されている。

今後も面白そうな素材があれば積極的に書籍化し、誠光社などの本屋に置けるような幾分マニアックな層をねらって、初版1000部程度の本を出版するという。気になるのは出版に際してのコストの内訳だ。発行部数1千部、上代を1,000円と想定して聞いた。

堀部 原稿料や編集、デザイン代、印刷代のすべてを誠光社が支払います。たとえば、1000部✕1000円の総額(100万円)の半分(50万円)でまかなえれば、誠光社から見ると仕入れ価格は5掛けとなる。50万円の内訳は、印刷代を25万円とすれば残額の25万円がデザイナーと著者の取り分になります。部数の半分ほどを誠光社で売り、残り500冊を知り合いの本屋に6掛け買い取りで卸します。店のオリジナルの本ができるというのは強い。アマゾンでは買えない商品ですから。

誠光社でも展示販売やトークショーやライブなどのイベントは行う。作家ものの雑貨の展示販売として、店内にある3メートル幅の壁にテーブルを置いて作品展示を行う場合は、出店料を取らず、利幅の大きい作品を売るという。20〜30名の規模だが集客イベントも売り場と通路部分、レジ前をスペースを利用して開催する。クラブイベント等でも採用されている(ワンドリンク付き)の料金設定を作るため、ドリンクの設備も整えたという。

堀部 常時雑貨を扱うのではなく、イベント時の期間限定販売だと、書籍と雑貨の商品構成の割合は変わりません。そこで書籍と比べて比較的高額で利幅の高いアイテムをお買い上げいただければ、本屋としてのスタンスは保ちながら経営の助けになります。また、イベントの際、ワンドリンクという設定は運営上とても重要なんです。そこで店の奥にカウンター席を設置し、コーヒーメーカーと冷蔵庫を置いてドリンクを提供できるようにしました。ゲストを呼ぶ時、料金1,500円(ワンドリンク付き)とすると、入場料のうちから1,000円分をゲストにお支払いし、ワンドリンクの500円分を店の利益にさせていただきます。

イベントも多数の動員を見込んでいるわけではない。恵文社一乗寺店のコテージでもイベントを毎月企画してきたが、アカデミックな内容の場合、30人も集客があれば大入りといえるほどだったという。

堀部 誠光社では20人ほどお客さんが来たら十分という規模で、動員にやきもきせず、成り立つスタンスでやりたいと思っています。「ビッグ・ウェンズデー」は毎月のレギュラーイベントでしたが、そのペースでやるのって結構キツイんですよ。資料も山ほど買って、トークの対象について時間をかけて調べるし、とにかく仕込みが大変でした。これからは無理せず、2ヶ月に1回くらいのペースにしようと思っています。イベントは集客を結果とするのではなく、アーカイブ化することで別の価値が生まれます。その内容を後で誠光社の本としてまとめるつもりでやり続けたいと思います。

数としては20〜30人かもしれないが、この人たちの存在が貴重なのだ。音楽の世界でも「伝説のライブ」と呼ばれるものがあるが、そこに立ち会った人たちの人数は案外と少なかったりする。

書店経営のノウハウを共有したい

カフェ文化の流れやブックコンシェルジュの存在と相まって、古書やリトルプレスを扱うカフェや雑貨の店が増えている。そこには出版の世界を変革する潜在的な可能性がある。

堀部 版元から直接仕入れする、というのは別に私の発明じゃありません。この店のステートメントはそれを言語化しただけのことです。ミシマ社さんや夏葉社さんなどの版元は、同じことを出版社の立場からもう始められている。前兆としてあったのは、古書とリトルプレスで構成するスタイルの書店です。取次が相手をしてくれないから、古書とリトルプレス以外は置けなかったような書店の人々にも、ノウハウを共有したい。こういうメソッドがあるということをオープンにして、新規出店する人たちの参考になればと思っています。

石橋毅史の『「本屋」は死なない』では、ある元書店員の言葉として、次の言葉が紹介されていた。

「情熱を捨てられずに始める小さな本屋。
それが全国に千軒できたら、世の中は変わる」

似たようなことを、インタビューのなかで堀部さんもいっていた。誠光社のような本屋が日本に100店もあれば、初版1500部〜3000部程度の本を売るための十分な拠点となりうる、と。また誠光社のウェブサイトにも、下記のような印象深いメッセージが記されている。

「本屋は街の光です。誠光社の試みが広く認知され、同じスタイルの本屋が全国に百店舗できれば、薄暗くなりつつある街も少しは明るくなるはずです。今回の試みはできるだけオープンにし、本屋を志すみなさんと共有し、参照できるよう発信するつもりです」
「誠光社について」より)

開店後の「誠光社」を訪れて

ここまでの記事は開店前にうかがったインタビューをもとにしている。執筆に手間取るうちに、堀部さんの新しいお店は開店してしまった。12月の下旬、ようやく誠光社を訪れる機会ができた。

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阪急河原町駅からバスで15分、河原町丸太町で下車して徒歩5分ほどの場所に誠光社はある。落ち着いた住宅街にありながら交通のアクセスもいい。二階建ての木造建築の一階部分が店舗で、ゆったりと軒下の空間をとった佇まいが特徴的だ。玄関はガラス面が大きくとられ、中の様子がよく見えることから、一見、カフェのようにも見える。

店内の壁や本棚には、内装を担当した建築家・安田勝美氏のセンスある配慮から、リーズナブルな合板が使われ、自然光がはいるため、店内は明るく軽やかな印象がある。所々に合板のメーカーの印が残された部分もあり、未完の趣があって興味深い。両サイドに本棚があり、その真ん中にキャスターがついた可動式の島が3つほど。イベントの際に広く使うためとみえる。それらの奥の空間がレジになっている。

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品揃えは文学・詩、カルチャー、漫画・美術・デザイン、民俗学、そしてリトルプレスと雑貨などがバランス良くそろう。島の一つに吉行淳之介の『恋愛作法』の古書と菊池成孔の『レクイエムの名手』が並んでいたのが印象的だった。私は、店内にはいってすぐの島に置いてあった、レアード・ハントの『優しい鬼』を買った。その日の朝、朝日新聞にて、著者と訳者の柴田元幸、作家の柴崎友香との鼎談記事で紹介されていたものだった。

オープンしたばかりの誠光社は清楚で凛とした佇まいが心地よく、かつての恵文社一乗寺店の秘やかな存在感とはまた違った、アクティブな気配がある。ここから、どのような価値が生まれ、どのようにコミュニティが発展していくのかが楽しみだ。めまぐるしく変貌を遂げる現代の街並み、時代の中で何年、何十年経っても、この場所、この店構えのまま誠光社が佇むと考えると、とても嬉しく思えるのだった。

ニューヨーク公共図書館の英断

2016年1月12日
posted by 仲俣暁生

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ニューヨーク公共図書館のデジタルコレクションに収められている67万点を超えるデジタル画像のうち、パブリック・ドメイン(著作権保護期間切れ)である18万点の高解像度データが、ウェブ経由で簡単にダウンロード&再利用できるようになりました。そのことを伝える今年1月5日付の同図書館のブログ記事には、こうあります。

Today we are proud to announce that out-of-copyright materials in NYPL Digital Collections are now available as high-resolution downloads. No permission required, no hoops to jump through: just go forth and reuse!

ニューヨーク公共図書館では以前より、コレクションの低解像度データのダウンロードは認めていたのですが、今回の決定でパブリック・ドメインのものについては高解像度版データのダウンロードについても事務手数料(administration fee)を撤廃し、自由(無償)としました。これにより紙媒体への印刷をはじめ、より高度な「再利用」が行えるようになったのは素晴らしいことです。公共財産(パブリック・ドメイン)である著作権保護期間切れの作品やデータが死蔵されることなく、市民による再利用を促すために使いやすいルールと環境を整えていくことが、新しい時代の「public library」の役割である――そのことを誇らしげに謳った宣言といえるでしょう。

新しいデジタル・コレクションのサイトは、パブリック・ドメイン画像を発見し、利用できるまでの仕組みがきわめて簡単です。デジタル・コレクションのサイトで検索を行うさいに、「パブリックドメインの素材だけを検索」にチェックを入れるだけでよいのです。

search

こころみに「bookstore」で検索してみたところ、ボストンにある「アメリカで最古の書店」との説明がついた絵葉書の画像が直ちにヒットしました。調べてみると、この絵葉書はボストンの有名な観光名所となっているOld Corner Bookstoreが、実際に書店だったときの姿が描かれたものでした。Wikipediaからのリンクで、19世紀当時のこの店のモノクロ写真(ボストン図書館所蔵。CC BY 2.0)も参照できますが、ニューヨーク公共図書館にはカラー写真(おそらく彩色ですが)として残っており、当時の佇まいがよりいっそう伝わってきます。書店の前の舗道にいる紳士たちが、いまにも歩き出しそうではないですか。

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From The New York Public Library

今回のニューヨーク公共図書館の決定でもっとも重要なことは、パブリック・ドメインにある公共財を活かすには「利用のためのワークフローの簡便化がもっとも大事である」という判断をした部分にあります。これまでの事務手数料を撤廃し、ウェブサイトのユーザー・インタフェースを劇的に改善することで、誰でもオンラインで気軽にパブリック・ドメインのデジタルデータを発見し、利用できるようにする。巨大なアーカイブを抱えるニューヨーク公共図書館がその方向へ舵を切ったことは、まさに英断といえるでしょう。

今年は日本では江戸川乱歩の著作権保護期間が切れた年なので、その連想でエドガー・アラン・ポー関連のものがないかと検索してみたところ、エドゥアール・マネが描いたポーの肖像スケッチが見つかりました(この画像は正確には「パブリック・ドメイン」ではなく、「no known US copyright restrictions」というコピーライト表示がされていますが、利用についてはパブリック・ドメインに準じています。日本での権利の所在は不明なので、この記事では画像の掲載は差し控えます)。

ちなみに、これらの作品紹介ページの最後には、ちょっとした遊びが仕掛けられています。たとえばこの「マネが書いたポーの絵」の場合、

・1832年 作者(この場合はマネ)誕生
・1883年 作者死亡
・1889年 元データの画像制作
・2015年 電子化
そして
・2016年に「あなたと出会った(Found by you!)」

こんなふうに、作品とオーディエンスが出会うまでの道のり(タイムライン)が楽しく可視化されているのです。

timeline

(クリックで拡大します)

ところで先のブログ記事には、続けて以下のように書かれていました。デジタル・コレクションを利用するための(以前からあった)APIの仕様をアップデートし、その詳細をGitHubのアカウントで公開していくそうです。

more technically inclined users will also benefit from updates to the Digital Collections API enabling bulk use and analysis, as well as data exports and utilities posted to NYPL’s GitHub account. These changes are intended to facilitate sharing, research and reuse by scholars, artists, educators, technologists, publishers, and Internet users of all kinds. All subsequently digitized public domain collections will be made available in the same way, joining a growing repository of open materials.

こうした取り組みは、日本の国立国会図書館や青空文庫に集められた「公共財」を活かす上でもヒントになるのではないでしょうか。

今年最初の記事(「本とパブリック・ドメイン」)を書いた翌日になされたこの発表を聞いて、私のなかでは一つの確信が生まれました。著作権保護期間が延長され、新たにパブリック・ドメインに加わる作品が減ってしまうのは残念です。しかし、保護期間の延長の是非については以前より延長を望む人たちもおり、意見が割れていました。

しかし、すでにパブリック・ドメインとなったものを利用するためのハードルを下げることには、意見の対立はないはずです。保護期間の延長を嘆いていたずらに時を過ごすよりも、すでに公共財となっている(はずの)膨大な作品やデータに対するアクセスと利用の方法を、デザインやテクノロジーの力を借りて(せめてニューヨーク公共図書館並みに)劇的に改善する方向へと、日本での議論や実践が向かうことを祈らずにはいられません。

アマゾンはリアル書店で何をたくらむ?

2016年1月6日
posted by 大原ケイ
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シアトルにオープンしたアマゾンのリアル店舗の公式ウェブサイト。

アマゾンが11月の初めにシアトル郊外のショッピングモールの片隅に「アマゾン・ブックス」という本屋をオープンして2ヶ月が経つ。「出版社との関係構築が目的」とだけ発表したアマゾンは、誰とどんな関係を築こうとしているのか。

日本ではアマゾンが意図する「中抜き」は、出版社ではなく、取次のようだ。大手には甘い取引条件なのに対して、これまではなにごとも後回しにされがちだった中小出版社に対し、アマゾンは「うちに直接おたくの本を卸せば六・六掛け(正味66%)にするよ」などと説明しているとか。

アメリカではそのへんはどうなのか? アメリカでは独禁法により、取次業者が大手出版社に対する取引条件を優遇することが禁じられている。また、どんなに小さな本屋さんでも、ホールセラー(日本の取次に相当する流通業者)から最大手のバーンズ&ノーブルと同じ条件で本を調達できる。書店の規模によって違うのは注文数に応じたディスカウント額ぐらいだ。

何冊注文すればどのぐらいのディスカウント(値引き率。日本では掛け値を使うが、アメリカではこちらが一般的)になる、という一覧表は「スケール」と呼ばれ、35〜50%のディスカウントが平均。ここにアマゾンはオンライン宣伝費などの優遇策と引き換えに、押しに押して53%近いディスカウントレートで大手出版社と取引をしている。

開店後、さっそくあちこちのブログに「アマゾン書店に行ってみた」というレポートが掲載されたが、値段表示がない以外は(店内に置かれた端末かスマホのアプリで確認できる)とくに斬新なことをやっているという発見はなかった。ストックされたタイトル数は5000〜6000あまりと少なく、オンライン書店での売れ具合から陳列されるタイトルが決められているようだという。

各種データを集めるための実験場?

オープン時にアマゾンが示した「関係」とは、アマゾン書店のバイヤーが中小出版社に向けて、「店頭には並んでないバックリスト(既刊本)やミッドリスト(ベストセラーにはならないが、そこそこ売れ続けている本)の提案をしてくれ」と呼びかけたというものだった。しかし、今後も全米各地に同様のリアル書店を次々とオープンさせるという計画は、いまのところ聞かれない。

では、アマゾンはこの店を使って何をしようとしたのだろうか? 私の個人的な見解は以下のとおりである。

1)アマゾン出版の本が紙で他の本と同じように並んでいたら、どう売れるのかというデータを得るための実験場

アマゾンは2011年に、編集者やエージェントとして活躍していたベテランであるラリー・カーシュバウムを引き抜き、出版社の拠点都市であるニューヨークに編集部、すなわち「アマゾン出版」を構えるという発表をした(拙ブログのこの記事や、「マガジン航」のこの記事を参照)。

その結果を言えば、多額のアドバンスをばらまいて目ぼしい企画を取ったものの、バーンズ&ノーブルをはじめインディー書店にいたるまでが「アマゾン出版の本は置かない」とボイコットを表明し、それらの本の成功はEブックでの限定的なものに終わった。アマゾンは結局、ニューヨークのオフィスを閉じ、KDPによるインディー作家の作品から、データを使って紙でも売れそうなものを抽出するという、「アルゴリズム出版」とでもいうべき出版ビジネスに戻っていった。

だが、これではアマゾン出版から出ている本をどう並べて、どう実店舗で見せればどう売れて、それがオンラインでのセールや宣伝とどう違う効果が得られるのか、という情報はわからないままだ。だから今回のアマゾン書店は、自分たちで実際にリアル書店を作って、客がどの棚からどう移動し、どういう情報を元にどの本を買っていくのかというデータを集める、一種の「実験ラボ」のようなものなのだ。

2)アメリカのどの書店よりも良い条件で本を仕入れているアマゾンが、オンラインではなく店頭で本を売った場合の利益率を調べる

前述の通り、アマゾンはその販売量にモノを言わせてかなり有利な条件で出版社から本を仕入れている。裏を返せば、アマゾンのような条件で本を仕入れている書店は他にアメリカに存在しないということになる。

アマゾンにとって、どうしても削りたいコストは送料だ。日本でもアメリカでも、末端の宅配業者がこれ以上は無理なほど締め付けられているのは周知の事実だし、配送倉庫の過酷な労働条件も問題になっている。無人での配送を可能にするドローンや、倉庫の商品を自動的にピックアップするKIVA(現Amazon Robotics)というロボットシステムを導入しているのも、膨れ上がるプライム会員数と比例して増え続ける流通コストを抑えたいがゆえのR&Dだ。

だから、たとえば重たい本だけは全国に本屋という拠点を作ってそこから宅配したほうが、遠隔地の倉庫から配送するよりも安くなる(あるいは安くできる)と判断すれば、アマゾンはそうするだろう。そのためにもオンライン書店と比べて、リアル書店のどこにどう並べればどう売れるというデータが欲しいのだ。

独禁法上の懸念も?

aba

全米書店協会の会長がメンバー各店に送った公開書簡。

ただ、これにはひとつ、現時点で法的に触れそうな問題があると、全米書店協会(ABA)のオレン・テイチャー会長は会員への公開書簡のなかで指摘している。もしアマゾン書店がアマゾン・コム向けの卸価格で仕入れた本を売ったり、その本の売れ残りを返品しているのなら、独禁法に抵触する可能性があるということだ。今のところ、アマゾン書店での本の価格は、オンラインでの価格と合致しており、他の書店より有利になっている。それは独禁法上、問題となるのではないか、アマゾンが「買い切り」で版元から買っているストックをアマゾン書店が返品する可能性はないのか、といった疑念が表明されているのだ。

アマゾン・ウォッチャーからの情報によると、現時点ですでにアマゾン書店には4人のバイヤーがおり、店頭イベントを任せられる人材も募集しているという。しかも感謝祭の翌々日には「スモールビジネス・サタデー」のイベントにも、アマゾン書店は店頭に風船を飾るなどして参加したという。

この「スモール・ビジネス・サタデー」というのは、大手チェーンのリテール(小売店)に対抗して、書店に限らず全国の小さいお店が、「クリスマスのお買い物はぜひ地元のお店でお願いします」と、何年もの時間をかけて浸透させてきた運動だ。もしアマゾン書店が今後、ロケーションをさらに増やすとしたら、全米のインディー書店にとって立ち向かわなければならないバトルが、また一つ待ち受けているということなのだろう。