アマゾンは一般書の出版社として失敗したのか?

2013年10月29日
posted by 大原ケイ

一昨年のブック・エキスポでは元タイム・ワーナーブックス(現アシェット)CEOのラリー・カーシュバウムがアマゾン出版(amazon publishing)の発行人として抜擢され、ニューヨークに編集部を構えたというニュースで持ちきりだった。いよいよ一般書の出版社として中抜きどころか源泉から牛耳る気になったのだと。そのカーシュバウムがアマゾン出版を退任したことで、出版界は大きな騒ぎになっている。

「アルゴリズム出版」からジャンル小説、さらに一般書へ

カーシュバウム就任以前の2009年から、アマゾンは少しずつ自分のところで本を出し始めていた。Encoreというインプリントでは、他社から出て絶版になっていたタイトルや自費出版されたものから、売れそうなタイトルを見つけ出して再発行するというのをやっていた。そして他の国のベストセラーチャートを見て英語に翻訳して出したら売れそうなものを出すCrossingというインプリントも翌年始まっていた。

アマゾン出版が抱えるインプリント(レーベル)たち。

この二つはプロの編集者が原稿を見なくても、アマゾンで蓄積されたデータベースの膨大な情報から「売れそう」なのが予測できるわけで、“アルゴリズム出版”とでも呼べるだろう。ニューヨークに集中しているリテラリー・エージェントと会って企画の相談をする必要もないので、編集部もシアトルの本社内でもよかったわけだ。

次にできたインプリントがこっちでgenre fictionと呼ばれるカテゴリーの本を出すところだ。ロマンスのMontlake、SF、ファンタジー、ホラーなどの47 North、スリラーやミステリーのThomas & Mercerがこれにあたる。これらのジャンルはコアのファンが一定数いて、多読なのが特徴。そしてEブックのアーリーアダプターでもあることは2009年の時点で指摘した

ジャンル・フィクションを出している出版社も読者がEブックで大量に消費してくれるのをわかっているので、DRMを外したり、Eブックオンリーのインプリントなどを作るなどして対応してきた。

そして2010年にカーシュバウムを引き抜いてtradeと呼ばれるジャンル・フィクション以外の“一般書”とノンフィクションの出版に乗り出したのだった。これは大手出版社が社運を賭けて売り出す類の本で、当たれば桁違いのベストセラーとなり、他の本の赤字分を埋め、出版社の生命線となる。

その頃、既存の出版社はリーマン・ショック以降、アドバンスという印税の前払い金を引き締めにかかっていたが、そこへアマゾンが潤沢な予算をもってして有名な著者や期待の大きい企画をパパパッと取り出したのだから堪らない。『週4時間だけ働く』のティム・フェリスや、映画監督ペニー・マーシャルの自伝などが高額でせりおとされてアマゾン出版から出ることになった。

B&Nの販売拒否で紙の本が「鬼門」に

アマゾン出版の強みとしては、アマゾンが全面的に後押ししてキンドル版をAmazon.comのサイトで宣伝し、Eブックで売りまくりますよ、ということだったわけだ。実際、アマゾン出版から本を出すと、かなり優先的にホームページの目立つところに配置されたり、デイリーディールと呼ばれる期間限定のセールでプロモーションしてもらえる。また、アマゾンはVineというプロモーションプログラムを駆使して、アマゾンのサイトにレビューを書いてもらうことを条件にタダで本を配りまくっていたので、アマゾン出版の本には他のタイトルの何倍もの数のアマゾンレビューが付き、★の評価も高めだった。

しかし、アマゾン出版にとって意外にも紙の本が鬼門となった。もちろん、Eブックだけじゃダメだと理解していたアマゾンなので、中堅出版社のホートン・ミフリン・ハーコートと契約して、New Harvestというインプリント名で紙の本も印刷し、紙でも売ることにはしていた。ただし、ほとんどはオンデマンド印刷でもできる判型のペーパーバックで、印税率が高く著者が喜ぶハードカバーの本にしてもらえるのは稀だった。

だが、まず最大手チェーン店のバーンズ&ノーブルがアマゾン出版の本を店に並べることを拒否した。B&N側の言い分は「Eブック版をNookで出させてくれない本は紙の本を置かない」というもので、アマゾンに対するイジワルにしてもとりあえず筋が通る方針だった。そして全国各地の小さなインディペンデント系書店も、明確に「アマゾンは敵」と見なしているため、New Harvestの本を置くことを拒否したところが多かった。

アマゾン出版の敗因

アマゾン出版がいわゆる一般書を出すのに、欠けていたモノは何か? 失敗の原因はどこにあったのか? 順番に挙げていくと、まずは本の「目利き」として企画を持ち込んでくるリテラリー・エージェントと関係を作れなかったことがあるだろう。どんなアルゴリズムをもってしても、まだ作品が出ていない段階で本のポテンシャルを見抜くことはアマゾンにはできない。

エージェントとしては、自分が抱える作家の本がバーンズ&ノーブルに並ばないことがわかっていて、敢えてアマゾンから本を出させるようなことはしたくない。どんなにキンドル版でバカ売れしますと言われても、それこそティム・フェリスやセス・ゴーディンのように紙の本にこだわらない著者ではない限り、書店に自著が並ぶのを見たいというのが物書きの願望だろうし。

そしてこれは英語圏での成功を夢見る著者や出版社に対し、私がいつも口を酸っぱくして言っていることなのだが、アメリカの書籍の流通を理解してロジスティックスを組める体制を持っていないと、全国の書店に本を並べるのはムリだということ。日本の出版社が自分たちで英訳して「とりあえず」出してみても、まったく売れないようになっているのだ。

そのロジスティックスとは、本が出る何ヶ月も前から、カタログを作り、書店側に見本刷りを配り、メディアに書評を書いてもらい、書店の平積みに載せてもらえるようにcoopという予算を使い、セールス・レップと呼ばれる営業担当が取次や書店から注文をとる、ということを刊行日までにじっくりやる仕組みのことだ。日本のように取次さんに「初版何部なんでヨロシク」と投げられないようになっているのである。そしてこっちの作家は日本のようにあちこちの出版社からちょこまか分散して出したりしない。だから作家としても、この出版社になら作家生命を預けられる、と思えるほどのコミットメントが感じられないと契約したくないのもうなずけるだろう。

アマゾン出版には全国を行脚するセールス・レップという旅ガラスはいないようだ。すべてネットで注文をとるだけ。小さい書店はアマゾン出版から声もかけられない。書店にとってみれば、そうやってないがしろにされているのがわかるし、相手は店内で本を物色し、バーコードを写メするとアマゾンで安く買えるようなアプリをつくっているようなラスボスだ。置けば売れるとわかっていたとしてもアマゾン出版の本を仕入れようなどという気にはならないだろう(アメリカに自動配本という制度はない)。

秘密契約条項に著者も躊躇

3番目に、アマゾン出版から出た(他の作家の)本がどのぐらい売れたのか分からないのも、これから契約しようという著者を躊躇させる一因だ。もちろん、アマゾンだって印税を支払う以上、著者にはちゃんと実売部数を知らせる義務があり、それはちゃんと果たしている。だが、Eブックだろうと紙の本だろうと、売上げの数字を著者が公表するのを頑なに拒否するアマゾンなので、著者が自分の売上げ数字を公表できないように秘密契約を結ばせるという徹底ぶりだ。

紙の本だけならBookScanというPOSデータを調べればおおよその売上げ部数がわかるのだが、それでいくと、Amazon Crossingでドイツ語から翻訳されたHangman’s Daughterがいちばん多くて3万部以下。他にはセス・ゴーディンがやっているドミノ・プロジェクトの本もアマゾン出版の企画だと考えれば、紙の本が1万部超えたぐらい。アマゾンがキンドル版でミリオンセラーになりましたといっても、誰も信用しない。

なんのかんの言っても、アメリカでEブックは売上げ全体の20%を超えるぐらい、つまり8割はまだ紙の本が読まれているのだ。小さな書店であっても、店に足を一歩踏み入れれば何百、何千もの本が目に飛び込んでくるのに対し、アマゾンのホームページにはどうしたって数十タイトルしか収まらない。へぇ、こんな本があるんだ、面白そうだな、と思わせるdiscoverabilityは限られている。

てなことで、ラリーがいなくなってアマゾン出版はニューヨークの編集部を縮小、あるいは撤退するという憶測が飛ぶ中、アマゾン側はこれからも拡張していくと反対のコメントを出しているし、これからの動向が気になるところ。

今回の件でますますアマゾン出版が現役の売れっ子編集者をどこかから引き抜くことは難しくなっただろうし、良い機会だからニューヨークオフィスは畳んじゃって、シアトルを拠点に得意な分野のジャンルで、紙の本なんて読まないし、Eブックが売れればいいや、っていう著者だけでやってればいいんじゃないの?とは思うが、それじゃベゾスは納得しないんだろうな。もうしばらく大人しくしててくれれば今回のことはバーンズ&ノーブルやビッグ5出版社がアマゾンに一矢報いた、みたいな気分に浸れるんだけどね。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。