第7回 「ブックオフを異化したい」
――飯島健太朗さんインタビュー

2020年12月27日
posted by 谷頭 和希

--僕が「マガジン航」で連載している「ブックオフは公共圏の夢を見るか」の連載第5回目「ブックオフで神隠しに遭う」がマンガ化され、Twitterで大きな反響を呼びました。今回は、そのマンガの作者である飯島健太朗さんをお呼びして、その制作工程や、飯島さんとブックオフの関わりについてお伺いしていこうと思います。飯島さん、よろしくお願いします。

飯島:よろしくお願いします。

マンガ化の経緯

--まず、どうしてこの連載をマンガ化されたのか、経緯を教えていただけますでしょうか。

飯島:第一に、谷頭さんの文章をマンガにしたかったんですよね。それで、数ある中でブックオフの連載は僕が一番好きで、そしてあの文章だったらマンガにできると思って描きました。なんていうか、谷頭さんの文章には共感するところが多くて。

--なるほど。僕は主に、チェーン店の話をエッセイ風に書いているのですが、飯島さんもそういうチェーンの話に興味を持つわけですか?

飯島:そうですね。僕がマンガを描こうとすると、チェーン店が出てきてしまうんですよね(笑)。松屋のこともマンガにしましたし。やっぱり、チェーン店もそうなのですが、ショッピングモールなどの郊外的なものも好きで、いずれマンガに描こうと思っています。

--そういうものに惹かれるわけですね。

©飯島健太朗

途方もない制作工程

--そうしたものに惹かれる気持ちがあのマンガにはよく表れていたと思います。もし、読んでいない方がいたらぜひ読んでほしいのですが、あのマンガ、ブックオフの風景がすごく細かく描き込まれていますよね。

飯島:ありがとうございます。

--あれを描くのはどれぐらいの時間がかかったんですか。

飯島:最後の方は毎日9時間ぐらい描いていました。

--すごいですね、それは!

飯島:背景にものすごい時間がかかったんですよ。でも、まだ描き足りてなくて(笑)。

--ええ(笑)。

飯島:もっと描き加えたいんです。あの連載では「ブックオフがコンビニみたいだ」と書かれていましたが、まだコンビニの明るさが出せていないコマがあるんですよ。もう少し明るい印象を出したい。

--すごいな。ブックオフフェチというか、執念すら感じます。

飯島:制作期間でいうと、資料集めから計算して、全部で3ヶ月ぐらいかかってますね。

--マンガは全部で12ページぐらいですよね。それで3ヶ月は相当だ……。

©飯島健太朗

写真と文章でブックオフを表現する

--いま、資料集めの話が出ましたが、実際に原作の舞台になった池袋のブックオフには行かれたんですか?

飯島:そうです。3回行きました(笑)。

--通い詰めましたね。

飯島:店内の写真を撮りまくったんですよ。それで発見したものも多かったんです。他の店舗で見たことがないような棚とかがあったりして。そういう原作には登場しないけど、面白いと思ったものも写真に撮ってマンガに登場させました。

--原作の文章にない風景もマンガにはあると。

飯島:そうです。現地で撮った写真をパズルのように組み合わせて、原作の文章の合間に散りばめる、ということをやりましたね。

--なるほど。僕もマンガを読んでて、風景と言葉がとても一致しているな、と思ったんですよ。原作の文章に対して、店内のどの風景を持ってくるかが面白いなと。飯島さんの独創性もかなり感じました。

飯島:ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです。

生活へのフェティシズム

--あのマンガは、まさに現地への散歩の賜物だったわけですが、資料集めではない散歩もよくなさるんですか?

飯島:そうですね、かなりします。僕、基本的に生活が昼夜逆転してまして(笑)。それで、夜とか夕方に起きると、店がどこもやっていなかったりする。美術館とかも閉まってるし。それで外出となると、どこかに入るわけではなく、ただ散歩することになってしまう(笑)。

--コロナで営業時間を短縮していたりもしますしね。散歩するときに気になるものとかはあったりする?

飯島:基本的に僕は住宅街を歩くのが好きなんですよね。プライベートな空間というか、他人の生活にめちゃくちゃ興味があって。夜の住宅街で他人の家に灯りが点いているだけで、ワクワクするんですよね。

--(笑)。電気の向こうの暮らしを想像したりっていう?

飯島:そうですね、食器を洗う音が聞こえてきたりするのも、とても嬉しくなってしまう(笑)。

--歩いているとき、不意に聞こえてしまう音にワクワクすると(笑)。

飯島:他人の家の電気が点いたり消えたりする瞬間が好きで、一度それをマンガにしたことがあります(笑)。なんだろう、そういう他人の生活に立ち会ったみたいな瞬間が好きなんですよね。

--ある意味で、生活フェチというか(笑)。

ブックオフとノスタルジー

--いま、「生活フェチ」という言葉を言って思い出しましたが、飯島さんがブックオフをあれだけ緻密に描こうとする、いわば「ブックオフ」フェチなのは、ブックオフと生活が密接に結びついていたからなんでしょうかね?

飯島:そうですね。子供の頃からよく通っていたというノスタルジーもあるかもしれません。僕の地元は水戸ですが、そういうショッピングモールやチェーン店に囲まれたところで育ったので。ブックオフも近所にあってよく行きました。

--なるほど。小さいときは、ブックオフでどんな本を買っていましたか?

飯島:昔からマンガが好きだったので、一冊100円ぐらいで売っている古いマンガをひたすら買いましたね。アマゾンも子どもだと使えなかったですし。

©飯島健太朗

--たしかに今から10年ぐらい前で、子どもだとアマゾンを使うのはなかなか難しいですよね。そうなると、書店に売っていないような古い本を買うときは近所のブックオフになる。

飯島:だから、子どものときは、ブックオフにある本が世界の全てなんですよ(笑)。

--たしかに(笑)。それで、最初はマンガを目的にブックオフに行っていたのが、そのうちにブックオフ自体が好きになるわけですか?

飯島:そうなった(笑)。やっぱりブックオフ自体が好きなんですよね。

ブックオフのリアリティーを言葉にする

--ブックオフの空間のどういうところが好きですか?

飯島:うーん、どうなんでしょう。神保町の古書店にはときめかないので、なにかがあるとは思うんですけどね。

--それにはときめかないんですね(笑)。さっきも話にありましたが、コンビニのように通路が明るくて広いところがいいとか?

飯島:好きですねえ、好きです。

--とはいえ、ぼくも連載を書いているとわかるんですけど、それを言語化したり、表現するのってすごく難しいですよね。

飯島:谷頭さんは、ブックオフについて書かれますが、そういう空間に惹かれているんですか?

--そうですね、好きとか嫌いではなくて、飯島さんと同じように小さいときから暮らしにあったというのが大きいかもしれない。僕の場合は池袋なんですが、そういうリアリティーの中で育ったので。だから、飯島さんと同じようなことをやっていて、僕なりにそのリアリティーを言葉にしようとしているのかもしれないです。

飯島:なるほど。僕もそのリアリティーを表現するために、執拗に背景とかも描き込んでいるのかもしれません。

--まあ、僕は飯島くんほどのフェチではないけれど(笑)。いずれにせよ、生活フェチな飯島さんが、自分自身の生活のルーツにあった「ブックオフ」フェチになり、それをマンガで執拗に描き込むということになったわけですね。

チェーンを異化する

--実は、そこに飯島さんのマンガの魅力があると思っていました。飯島さんのマンガがこれだけ共感を持って受け入れられたのも、生活の周りにたしかにあるチェーンをじっくり見ているところだと思うんですよ。でも、チェーンって普段はじっくり見ないじゃないですか? そこを良く見て細かくコマに描き込むっていう。まさにフェチですが、そこに惹かれていると思います。その辺りはご自身ではどうですか?

飯島:まさに、そうなんですよ。あらためて谷頭さんの連載を読んで驚いたのは、そこで「ブックオフを異化したい」と書かれていたことです。それは、まさに僕がマンガを描いている時にずっと考えていることで、松屋やブックオフのような、そういう日常的なものを違う見方で見たいと思っています。

--チェーンを異化する、と。

飯島:そうです。だからコンビニとかも近い将来に描いてみたい。

--とても面白そうです。松屋も、全国にチェーン展開しているので、日常的に使っている人はそこそこいると思います。でもよく見たら、こういう切り取りかたもあるよね、みたいな驚きが松屋のマンガからは感じられるんだと思います。まさにチェーンを異化している。

飯島:谷頭さんは、まさに文章でチェーンとかブックオフを異化するっていうことをやっていて、僕はそれをマンガでやっている。

--そして、マンガで異化するときの一つの方法が「とにかく細かく描く」ってことなのかな、とも思いました。精緻に描き込めば描き込むほど、新しいブックオフの姿が見えてくるのかもしれない。

飯島:それはとても嬉しいです。

--チェーンに囲まれたような生活を異化することって、とても大事だと思います。それは我々のような世代のリアリティーを表現することにもなるのかもしれません。

これからのこと

--すみません、僕ばかり話している感じがします(笑)。そろそろインタビューも終わりなのですが、今後のマンガ執筆の予定などはありますか?

飯島:今度はセブン=イレブンのマンガを描こうと思っていて、構想を練り始めています。それと、来年の2月にはコミティアで出店しようと思っています。今まで描いたマンガをまとめて一冊の本にする予定です。

--ということは、さらに描き込まれたブックオフのマンガが読めるということですね?(笑)。いずれにせよ、チェーンを異化するマンガの試みはこれからもどんどんやっていってほしいですし、何より、この連載の一つのテーマである「ブックオフを異化する」という一つの方法を飯島さんには提示してもらった気がします。今日は長い時間、どうもありがとうございました!

飯島:こちらこそ、ありがとうございました!


○飯島健太朗

1999年生まれ。ゲンロン ひらめき☆マンガ教室3期生。Twitter:https://twitter.com/iijimakentarou

【お知らせ】飯島健太朗さんのマンガ版「ブックオフで神隠しにあう」を加筆したアップデート版を「マガジン航」誌上で近日中に公開予定です。ご期待ください(編集部)。

執筆者紹介

谷頭 和希
ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。2022年2月に初の著書『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)を発表。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。