第3回 ブックオフを「戦術」的に考える

2019年10月17日
posted by 谷頭 和希

本をめぐる新しい秩序?

随分と連載の期間が空いてしまった。

私たちはブックオフという空間について考えてきた。ここまでの議論においてうっすらと見えてきたのは、ブックオフ的空間の特殊さだ。それは、これまでの本をめぐる環境とは全く異なる秩序に支えられている。そんな推論を私たちは立てていた。覚えていらっしゃっただろうか。

ここから考えていかなければならないのは、では、この「ブックオフの秩序」というのは具体的に何を表しているのか、ということである。

残念なことに、今、それに応えることはできない。なぜならば、その問いに答えることこそが、本連載の目的だからである。ここまでのパートはいわば議論のセットアップである。

ブックオフという空間には、どうもこれまでの書物とは異なる価値観が眠っているらしい。ではその価値観とは何か。おそらくいくつかのヒントは、過去2回分の連載で登場しているだろう。ただし明確にはわからない。この部分をどうにかして、明るみに出してみたいのである。

では、どうやってブックオフ的空間からその特徴を引き出していくのか。

戦術としての方法

ここでこれまでの議論の締めくくりとして、前項の問い――ブックオフからどのような風景を見ることができるのか――について、少しだけ考えてみたい。

ここで少し唐突ではあるのだけれど、哲学者ミシェル・ド・セルトーの議論を持ち出してみよう。彼が語る「戦術」の話だ。上野俊哉と毛利嘉孝がこの話について明瞭にまとめているので引用してみる。

「戦術」とは自分に固有の空間を持っていない状態で、しかし計算された行動によってなんとかそこで生きたり、障害を切り抜けたりすることを指している。「戦術」はもっぱら他者の場所で行使される。戦術は日常生活におけるありあわせのモノを何とか使いまわして、他者の(権)力の場で生き残る方法なのである。それは他者のルールによってなされているゲームの空間において、そのルールの裏をかこうとする試みである。[1]

つまりこの「戦術」とはある場所について、それを用意した人々が思いもよらない方法でそれを使い、それを独自の方法で遊んでいく作法なのである。この「ルールの裏をかこうとする試み」こそ、ブックオフという空間の秩序にたちあったとき、僕たちが一つの希望として見いだせる行為なのだと私は考えている。

ブックオフというのはこれまでの出版システムが生み出してきた僕たちの力ではどうにも変えることのできない「他者の権力」が作り出してきた場所である。小田光雄の本でも詳しく説明されているが、ブックオフとは大正時代の円本ブームに端を発する書籍出版の増加と、それに伴う本の消費財化が産んだ「とんでもないモンスター」[2]である。

それを一部の論者のようにただ悲観することも出来よう。でも、そこで与えられた場所をどのようにうまく活用し、どのようにそのルールの裏をかくか。それが現在、私たちに求められていることなのではないか。

非意図的に、多種多様な種類の本が積み重なったブックオフをうまく利用すれば、僕たちは安い値段で、自分が欲しいと思っていた本を手に入れることができる。それだけではない。ブックオフにはコンビニのように僕たちに必要なものが最適化された商品が並んでいるだけでなく、余剰の多い空間があるために、そこでは新しい本との、あるいは知らない本との出会いを果たすこともできる。そして積み重なったガラクタとしての本の風景は、そうしたブックオフの特徴を生かした各人の戦術によって新しい本をめぐる風景をつくりだしていくのではないだろうか。

僕たちは、本のガラクタから、未来を作り出していかねばならない。しかし、そんなことは、本当に可能だろうか?

[1]上野俊哉・毛利嘉孝『カルチュラル・スタディーズ入門』、筑摩書房、2000年、p. 63を参照のこと。また、セルトーの「戦術」に関する議論は『日常的実践のポイエティーク』(国文社、1987年)に詳しい。まさにブックオフ的空間が「日常」と化している人々にとっての実践としての戦術を私たちは考えなければならないのだ。
[2] 小田光雄『出版社と書店はいかにして消えていくか――近代出版流通システムの終焉』、論創社、p. 141。

ブックオフを遊ぶ

前置きが大変長くなった。

本連載では、ブックオフを思考するための「戦術」について考えること、あるいはそれを実践することを通して、その特殊な空間に迫っていく。それはブックオフを異化して眺め、新しい視点を提示する作業である。そしてもちろんのこと、それはブックオフのみの射程の狭い議論にとどまるのではない。それはブックオフを通して、書物をめぐる私たちの風景について新しい視野を差し挟む作業でもある。個々人の戦術がブックオフを利用するならば、その時、本の作者はどうなるか。あるいはブックオフに代表される新古書店産業に対置させられることの多い旧来の古書店はどうなるのか。あるいはブックオフさえも経営的に苦境を強いられている現在において、ブックオフ以後の風景はいかなるものとして素描できるのか。

こう書いてみるとなんだか小難しそうに思えるかもしれないが、おそらく本連載で展開される「戦術」はその硬い言葉の響きに似合わず、柔らかく、そして接しやすいものにしたいと思っている。そのようにしてゆるやかにブックオフを捉え直したい。

ブックオフを通して、書物をめぐる風景のあらゆる様相を、そしてそこで生きる戦術を取り出していくというのが本連載の目論見である。

(続く)

執筆者紹介

谷頭 和希
ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。2022年2月に初の著書『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)を発表。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。