いまなぜ本屋をはじめたいのか

2014年11月14日
posted by 和氣正幸

はじめまして。『BOOKSHOP LOVER』という活動をしております和氣正幸と申します。

この度、『本屋入門 ~あしたから本屋さん~』というゼミをはじめることになりました。動機は簡単で、

「好きなことがやれる本屋をつくりたい。しかも普通の本屋じゃなくて面白い本屋。でも、ひとりで考えても分からない。じゃあみんなで考えよう」

というものです。いきなりそう言われても何のことやらさっぱりかと思いますのでもう少し詳しく説明しますね。

『本屋入門』をはじめます

まず、『本屋入門』は本屋を学び本屋をはじめるための、2014年11月末にスタートして2015年2月に終わる予定の全6回のゼミです。

『本屋入門 ~あしたから本屋さん~』 http://bookshopseminar.tumblr.com/

講師陣には本の世界の住人たちを招いて現状について語って頂き、その上で自分たちの思う「面白い本屋」をやるというもの。幸いなことに場所はあります。双子のライオン堂書店という小さな本屋です。小さいからこそ遊び甲斐のある最高の空間。

双子のライオン堂書店

ゼミの最後には、そこにあたらしい本屋をつくります。もちろん進展によっては店を飛び出して、ほかの場所に飛び出すこともアリ。というかそうしたい。やるからには行動につながるゼミにしたいのです。

とは言え、どんな人間がやるのか分からないとイメージしにくいでしょう。そう思ってぼくのことも書くことにします。まずはBOOKSHOP LOVERをする理由から。

 なぜ、今、本屋なのか

BOOKSHOP LOVERは「本屋が好きで本屋になりたい人間が本屋になるための活動」でございます。

ですがなぜ本屋なのでしょうか?

面白そうなことはほかにもたくさんあります。サラリーマンとして出世を狙うのも良し。アプリやサービスを開発して起業したって良いでしょう。

本好きだから?

いえいえそれだけでは理由になりません。本が好きでも、ほかの職に就いている方はたくさんいます。そもそもぼくだって本業は異業種のサラリーマンですし。本に関わる職業という意味でしたら出版社や印刷会社、デザイナーなどほかに関係のある職種はいくらでもあります。

それでもなぜ本屋なのか?

それは本屋が「本と人があつまる場所」だからです。

本が好き 人が好き 面白いことが好き

本好きなら一度は夢見ることがあります。そう「本に囲まれて暮らすこと」です。本屋は一日の大半を店内で過ごすのですからそれが叶います。これが第一の理由。

もうひとつ。本屋にはたくさんの人が訪れます。ほとんどはお客さんとしてですが、場合によっては「イベントを開かせて欲しい」だとか「仕事の依頼をしに来た」だとか、もっと積極的にこちらに関わってきてくださる人もいるでしょう。

ぼくは本が好きなだけじゃなく人も好き。特に面白い人と面白いことをやるのが好きです。ぼくにとっての面白い人は高確率で本をよく読んでいます。じゃあそういう面白い人と面白いことをやるためにはどうしたらいいか。自分から仕掛けていくことももちろんしますが、自分が常にいる「場」を持っていれば、もっとたくさんの「面白いこと」ができると思うのです。これが第二の理由です。

「BOOKSHOP LOVERは本屋を目指す活動である」。そうは思ったものの先ほども書いた通り、ぼくは異業種のサラリーマン。出版業界へのツテも、本屋がどうやって動いているかもまったく知りませんでした。そこで現状を知るためにはじめた、本屋の調査メモを書いたブログがBOOKSHOP LOVERの前身である『本と私の世界』です。続けていくうちにメディアに取り上げて頂いたりイベントに誘われたりと活動の幅が増え、現在に至っています。

本の世界に触れて

ところで、本屋を目指しているのなら、なぜ今のような遠回りにも思える展開をしているのか。自分でもときどき不思議に思います。この際なので考えてみたのですが、これは「本の世界」に運良く触れることができたからだと思います。読書をしながら楽しむ「本の中の世界」ではなく、「本にかかわる人々の住む業界(広義の出版業界)」です。

彼らは競合他社だからと言って、いがみ合うことは少ないように思います。それというのも扱う商品が経済合理性の低いものだからです。粗利が低く多品種少量生産。本来、そこには効率性のかけらもありません。だからこそ、彼らは仲間をつくりみんなで盛り上げていくことで、どうにかやってきたのでしょう。ぼくにはそれが好ましく思えます。

ところが、本の世界は衰退しているようです。いろいろと原因はあり「出版不況」だの「読書離れ」だのという言葉が漏れ聞こえてきますが素人なので細かいことは分かりません。でも本好き・本屋好きとしてこれは由々しき事態です。何かしなければいけない。そう思いました。

BOOKSHOP LOVERは本屋を応援する活動である

調べていくと、衰退しているとは言われていますがプラス要因が見つかります。それが「本屋を開業したい人が増えている」という実感です。しかも小さい本屋。業界の構造や読書離れといった言葉をフットワーク軽くかわしていけるような小さい本屋です。

ぼくはこういう小さい本屋にこそ希望を感じます。

なぜなら本屋は本と人が集まる場所。もっと面白いことができるはず、と思って見ていくと、そういう小さい本屋にこそ面白いと感じる場所が多いのです。いくつか挙げてみましょう。

・ビールが飲めてイベントを毎日行い什器も買える「あたらしい街の本屋」、B&B
・大阪でセンスの良い食とイベントと選書を発信する、スタンダードブックストア
・京都にある伝説の有名店、恵文社一乗寺店
・池袋からビジネスとしての本屋を考える、天狼院書店
・まるで異人館のような雰囲気の佇まいで人々を魅了する出会い系本屋、スノウショベリング
・老舗古書店から独立して下北沢に店を開いた古本屋トリオ、クラリスブックス

そして、『本屋入門』でもご協力頂く、
・「選書棚」という独特の切り口で空間をつくる双子のライオン堂書店

恵文社一乗寺店

スノウショベリング

まだまだ数え切れないくらいありますが、どこも特徴的なのは、ただ本を売る店ではないところです。本屋なので本を売るのは当たり前ですが、もっと面白いこと楽しいこと商売になることはないかと挑戦している本屋なのです。

特にぼくが好きな本屋が、大阪のスタンダードブックストアの心斎橋店です。実は個人的メモ『本と私の世界』をメディアとして生まれ変わらせBOOKSHOP LOVERという名前にしたのも、この本屋の出会いがキッカケでした。

スタンダードブックストア心斎橋

スタンダードブックストア心斎橋は本当に面白い本屋です。デザイン・アート系ばかりかと思いきや文学もしっかりあり、雑貨もオシャレなものがたくさんあります。地階の一角にあるカフェで食べられるものはどれも美味しく、本屋が片手間で出すようなものではありません。イベントも面白いものばかり。大阪における文化の中心地のような印象さえ僕は持っています。そこの社長である中川和彦氏が書かれていた文章に、こういった意味のことがありました。

「本屋はメディアである」

わが意を得たと思いました。自分が何となく、したいと考えていた「面白い本屋」はこれを指していると思いました。

本屋はメディアである

辞書で引いてみるとメディアは「媒介」という意味だそうです。難しいことはよく分かりませんが、テレビや映画、雑誌がメディアと呼ばれていることから考えると、伝えたいことやものがある人の思いを代弁し拡散する装置とか場といったものなのかと思いました。

ということは、本屋はまさにメディアだとぼくは思います。著者が言いたいことの塊である本を、伝え広める場こそが本屋だろうと思うからです。しかも、本屋がメディアだという考えを広げていくと、本を販売するだけじゃなくイベントや出版だってしてもいい。そう考えたときに本屋はもっと自由でいいのだと思ったし、自分の活動ももっと自由にやっていいのだと思いました。

BOOKSHOP LOVERでは「本屋」を目指すといいながらも、本屋を応援することもしています。それはスタンダードブックストアのような、小さいながらもがんばっている本屋に続いて欲しいからです。ぼくはそうすることで、本の世界がより豊かになるだろうと信じているからです。

それに応援することによって、まわりまわって自分がひらく本屋にもプラスになるかもしれませんしね。

BOOKSHOP LOVERのこれまでの活動記録

では、具体的にいまぼくがどんな活動をしているか紹介しましょう。

現在、BOOKSHOP LOVERの活動は大きく分けて三つあります。

まず、冒頭でも紹介した本屋の情報をあつかうポータルサイトの記事作成。これは自分が気になった本屋を訪ねた「本屋探訪記」と、本屋探訪記で取り上げた本屋のイベントを配信する「本屋ニュース」を中心に、店主による連載や地域ごとのまとめなど、小さい本屋を中心に本屋をもっと楽しんでもらえるようなコンテンツを配信しています。

二つめがネット古本屋です。店名は同じくBOOKSHOP LOVER。本屋の本を多く取り扱っておりますが、お気に入りの古本も販売しております。見ていてもっと楽しめるようなサイトになるよう目下リニューアル中。こちらはこれからもっと力を入れていきたいです。

最後はイベント企画やライター業務など、直接本屋には関わりませんが広報宣伝的な活動です。イベントでは先述の『本屋入門 ~あしたから本屋さん~』や「一箱古本市」への出店など本屋に直接かかわることから、公開編集+セミナー連動型出版『Cannes Lions2013の雑誌を作る夏プロジェクト』などもしてきました。

ライター業務としては「言葉の落穂拾い」を目指すリトルプレス『dm』に寄稿させて頂いたり、大手ポータルサイト『ITmedia 』に記事を転載して頂いたりと幅広く活動しております。これから本屋をやるうえでイベントを含め「知ってもらうこと」は重要なことなのでお声を頂ければ積極的にご協力させて頂きますし自分からも仕掛けていきたいです。

 『Cannes Lions2013の雑誌を作る夏プロジェクト』

特に思い入れがあったのが『Cannes Lions2013の雑誌を作る夏プロジェクト』です。これは編集過程をSNSでオープンにして読者にも編集に参加してもらう、という企画で内容はクリエイティブの祭典「Cannes Lions2013」のまとめでした。ぼくは本屋がもっと出版をしたら面白いと思っていたし、それが今までにないカタチでできたらさらに良いと思っていたので、それが実現したのがうれしかったのです。

代官山蔦屋書店で行った出版前夜イベントでは「Cannes Lions2013」のセミナーを行ったのですが、このときは「リアルタイムで編集に参加してもらう」というコンセプトを肌で実感して頂くために、横でデザイナーによるリアルタイム編集というパフォーマンスも行いました。お陰様で、イベントは超満員。本の方も当初の想定を大幅に超える部数を販売することができ、成功と言っていい結果となりました。

仲間をつくること

実は『Cannes Lions2013の雑誌を作る夏プロジェクト』をやるまではぼくは広告に関してまったくと言っていいほど知りませんでした。「カンヌ? 映画祭のアレでしょ?」というくらいまったくの素人だったのです。

素人なのは今も同じですが、それでもこういったイベントができたのは、B&Bで元「広告批評」編集長の河尻亨一さんという先生(勝手に呼ばせて頂きますが)と出会うことができたからだと思います。自分ひとりだけではできないこと、思いもしないことも誰かと話したり、いっしょに何かしていく中で企画して実現することができるのだと、この経験から実感しました(河尻さんありがとうございます!)。

本屋とお客さんの境界はもっと曖昧でいい

話は少し戻りますが「本屋はメディアである」という言葉にぼくは感銘を受けました。もしそうならやれることはもっとあると思っています。

理想形としては、本屋が「お客さんにとってのメディア」であれば良いと思っています。たとえば、お客さんがどうしても出版したい本のアシストをしたりとか、お客さん発のイベントをしたりだとか。もしかしたらお客さんが店長をしてもいいかもしれません。もちろんデザイナーやいわゆる作家である方にやって頂けるのは嬉しいですが、むしろそうではない普通のお客さん。学生や主婦やサラリーマンや、とにかく本好きがその思いを発信する場となればいいと思っています。

でも、言っているだけではただの夢で終わってしまいます。ぼくはこれを目標だと思っている。実現したいのです。

いつか自分だけの本屋を持つのもいい

そうは言っても実際に本屋で何かを発信したい人なんているのか。販売でも出版でもイベントでも。本屋になりたい人でも良い。そんなことをしたい人なんてそんなにいるのか。疑問ですよね? ぼくの勝手な思い違いじゃないのか?

でも、「ぼくは本屋で何かをしたい人」「本屋になりたい人」は、実は多いのではないかと思っています。

昨年の2月にぼくは『いつか自分だけの本屋を持つのもいい』という社会人向けのゼミを受講しました。正直、10名も参加しないだろうなと思っていたのですが、なんと20名以上もの受講生がおり、みんな真剣です。人気講座だからか二回目も開講したほどです(すでに終了)。2013年度は本屋の本が多く出版されたそうです。「マガジン航」のこの記事でも言及されていますが、だからぼくは以下の文章に実感を込めて「その通りだ!」と頷きます。

日本中でいま多くの書店が姿を消しつつあるのは確かです。でもそれと同時に、本をめぐる新しい動きが、日本中のたくさんの「本屋さん」の努力によって起きているのを感じます。間違いなく、いま「本屋」は生まれ変わりつつある。

「本屋さん」の逆襲?――2013年を振り返って

さらに、気のせいではない証拠に『本屋入門』で組んで頂く「双子のライオン堂書店」の店主はこのときの受講生(受講後に開店)ですし、B&Bと駅前書店で修業して広島で本屋を開いた「READN DEAT」や下北沢の「クラリスブックス」など、ここ数年でも実は何店ものお店が開店しています。どこもイベントを企画したり文章をメディアに載せたりはもちろん、中にはお客さんがイベントを企画したりするお店もあります。こんな「メディア的な本屋」が増えたらもっと面白いことになるに違いない。ぼくはそう思っています。

クラリスブックス

「本屋」は「媒介者」である

メディアと言えば、ブック・ディレクターの内沼晋太郎氏が著書『本の逆襲』で

「本屋」は「空間」ではなく「人」であり「媒介者」のことである。

こう書いておりました。先述の「本はメディアである」と近いことを言っているように思います。内沼氏は本書では店を持たない本屋「いか文庫」やご自身の活動「ブックピックオーケストラ」などの例を参考にいわゆる本屋ではない例を紹介しておりますが、これが出版されたのが2013年12月のことでありますからもう一年経っております。今まで書いたことを踏まえてなにかあたらしいことができないでしょうか。同書で内沼氏は、

「本屋はメディア」を本気でやる

とも書いています。これをできないか。

本屋以前の人に

上述したように、本屋になりたい人が多いという実感はありますが、実際問題、本屋というのは厳しい商売です。意外と肉体労働ですし粗利の低さであったり商材の多さであったり、ちょっと調べればあきらめる理由はいくらでもあります。

それでも、本屋はやっぱり面白いように思うのです。それはもしかしたらノスタルジックに語りたくなるようなあの昔ながらの本屋ではないかもしれませんが、「本屋」というものはもっと多くの可能性を秘めていると思います。駅前の本屋と大型書店、そしてヴィレッジ・ヴァンガードだけが本屋ではないのです。

だからこそ、そういった現実を分かりながらも、それでも「本屋は面白いんだ」「本屋はもっと面白くなれるんだ」という人にこそぼくは『本屋入門』を受けて頂きたい。

そして、いっしょに「あたらしい本屋」をつくって欲しい。

自分でつくるのでもいいでしょう。みんなで協力してつくるのも良いです。ひとりでは難しいことも仲間がいればできます。

さあ、いっしょにあたらしい本屋をつくる仲間になりませんか?

■関連記事
北海道ブックフェスに参加してきました
「フィクショネス」という本屋の話
くすみ書房閉店の危機とこれからの「町の本屋」
ワルシャワで、「家みたいな書店」と出会う
「本屋さん」の逆襲?――2013年を振り返って

図書館向け電子書籍貸出サービス普及への課題

2014年11月13日
posted by 鷹野 凌

11月5日から7日まで、パシフィコ横浜で「第16回図書館総合展」の展示会が開催されました(図書館総合展週間は2日〜8日)。私は6日に行って、一般社団法人電子出版制作・流通協議会(電流協)主催のフォーラム「公共図書館における電子書籍貸出サービスについて」と、展示会場内の取材をしました。以下はそのレポートです。

ポット出版「プラス電書」の試み

電流協のフォーラムでは、11月10日に発売される『電子図書館・電子書籍貸出サービス 調査報告2014』(植村八潮 編著、野口武悟 編著、電子出版制作・流通協議会 著/ポット出版)が全員に配布されました。

Library-fair02.jpg

実はこの本、紙版を購入すると電子版が無料で付いてくる「プラス電書」という新サービスに対応しており、帯(内側)に印刷されたクーポンコードを対応電子書店で入力するとダウンロードできます。

同様のサービスには、文教堂の「空飛ぶ本棚」(専用アプリ)、三省堂の「デジ本プラス」(BookLive!)、昭文社の「まっぷる」シリーズ(専用アプリ)などがあります。「プラス電書」が目指している方向性がユニークなのは、ネット通販を含めどの書店で買っても利用できて、しかも複数の対応電子書店からユーザーが自由に選べる点です

今のところ対応予定の電子書店は、honto、紀伊國屋書店ウェブストア、BOOKSMART、BookLive!の4ヶ所ですが、順次拡大予定とのこと。恐らく将来的には、クーポンコード入力に対応しているプラットフォームであれば、どこでも利用できるようになるのではないでしょうか。また、ポット出版の沢辺氏によると、対応版元も拡大していくとのこと。今後が楽しみなサービスです。

また、この本は非再販商品です。つまり、書店に定価販売義務はなく、時限再版というわけでもなく、発売当初から希望小売価格制で販売されます。紙版の希望小売価格は2600円+税、電子版単独での希望小売価格は2000円+税と、この手の専門書としては比較的安価です。図書館向け貸出サービスの現況や課題が網羅的に取り上げられているので、この分野に興味がある方や業界関係者の方々は一読をお勧めします。なお、電子版は、ビューワの読み上げ機能や本文検索機能などを考慮し、フィックス型ではなくリフロー型になっています。

電子書籍貸出サービスの現況

フォーラムの登壇者は、植村八潮氏(専修大学教授/電流協技術委員長)、野口武悟氏(専修大学教授/放送大学客員教授)、山崎榮三郎氏(日本ECO)、長谷川智信(元電流協事務局)。司会は増田典雄氏(電流協事務局)です。以下、『電子図書館・電子書籍貸出サービス 調査報告2014』の章立てに沿って解説が行われたので、概要を記しておきます。

まえがき

植村氏から、「電子図書館が“再び”注目されている」と書いたのは、1994年にアルバート・ゴアが発表した「情報スーパーハイウェイ構想」に端を発した一大ブームがあったから、という説明がありました。京都大学の電子図書館実験システム「Ariadne」が公開されたのもこの年で、設計・開発を行った長尾真氏の著書『電子図書館』(岩波書店)も出版されています。また、2009年にはグーグルブック検索集団訴訟問題が発生。2010年には『電子図書館 新装版』が復刊され、2度目の電子図書館ブームが訪れます。ちょうどその頃、長尾氏は国立国会図書館館長でした(2012年に退官)。

第1章 電子図書館の定義と開発の経緯

「そもそも電子図書館とは何か?」という定義から始まります。90年代後半には「誰も正しさを担保していないインターネット上の情報なんか電子図書館じゃない」という意見もあったそうです。図書館の電算化や90年代の実証実験、大学図書館への電子ジャーナル導入、岩見沢市立図書館や生駒市図書館での事例など、これまでの歴史についても触れています。

第2章 電子書籍と図書館向け貸出サービスの実際

この章ではまず「電子書籍」の定義と、市場動向について触れています。そして、図書館が電子書籍を導入するメリットとして、置き場所の節約、管理コスト軽減、24時間利用、資料の保存(アーカイブ)を挙げています。植村氏は「電子書籍なら安く買える」だけではなく、紙の本を返却してくれない人への督促状の発送費や、本を棚に戻す人件費が軽減できる点にも目を向けて欲しいと語りました。

また、野口氏から、公共図書館向けアンケート調査では、電子書籍サービスに期待している機能として「文字拡大」「音声読み上げ」「文字と地の色の反転」といった、アクセシビリティ向上が上位だった点が挙げられました。

改正著作権法第37条第3項(2010年に施行)で、図書館が障害者向けに行うサービスは著作権者の許諾が不要になりましたが、DAISY制作の多くは図書館がボランティアベースで行っており、タイトル数がなかなか増えない点を指摘。市場で売られている電子書籍は、最初から読み上げ機能に対応しているようにして欲しい(つまりフィックス型ではなくリフロー型)という要望を述べました。

また、現在主流になっている図書館向け電子書籍貸出サービスは、図書館がサーバーとデータを所持しているのではなく、図書館外にあるクラウドにアクセスする形式が中心になっています。すると、電子書籍は「図書館資料」なのか? という定義が問題になります。後述しますが、これは会計処理などに関わる問題です。図書館法では「電磁的記録」と規程されているので、CDやDVDなどのパッケージ型は図書館資料とみなされますが、クラウド型の貸出サービスにはこれが当てはまらないため、法改正が必要とのことです。

山崎氏からは、図書館の基幹システム(富士通とNECが大半のシェアを占めている)の歴史と、電子書籍貸出サービスとの連携、期待されている点などについて説明が行われました。出版社からは従来型の買い切りモデルではなく、ライセンス制の導入など柔軟な対応が望まれているそうです。

第3章 図書館向け電子書籍貸出サービスの現状

この章は具体例として、国立国会図書館デジタルコレクションオンライン資料収集制度「eデポ」や「図書館送信」、公共図書館で電子書籍貸出サービスを導入している事例として札幌市中央図書館、大学図書館の事例として慶應義塾大学メディアセンターが挙げられています。また、学校図書館とデジタル教科書、その他の専門図書館についても触れられています。

第4章 「公共図書館の電子図書館・電子書籍サービス」調査の結果と考察

この章では長谷川氏から、電流協でこの調査を行うようになった経緯と、調査結果の概要が述べられました。全国公共図書館の中央館1352館に調査票を送り、回答が得られたのが743館、回収率は55%。都道府県立図書館の回収率は高く(91%)、関心が高いことがうかがえるそうです。

電子書籍サービスを実施しているのは38館5%と、昨年の同調査に比べると館数は増えていますが、昨年より調査対象が多い(昨年は360館が対象で回答225館)ため、単純に比較するのは難しそうです。

・電子書籍サービス実施予定なしは539館73%
・デジタルアーカイブ実施予定なしは526館71%
・国立国会図書館の「図書館送信」申し込み予定なしは426館57%
(※図書館送信の参加館は11月4日時点で360館

コンテンツに関する課題は主に出版社側の問題なので、アンケートではそれ以外の課題も尋ねています。予算確保、知識不足、サービス中止に対する不安感などが上位です。

第5章 事業者別電子書籍サービスの現状

この章は、図書館向け電子書籍貸出サービスを行っている事業者についてのレポートです。

TRC-DL(図書館流通センター・大日本印刷・日本ユニシス)
明和町電子図書館サービス(凸版印刷)
BookLooper(京セラ丸善システムインテグレーション)
ドキュメントコンテナ for ライブラリ(想隆社)
ジャパンナレッジ(ネットアドバンス)
NetLibrary(紀伊國屋書店)
Maruzen eBook Library(丸善)
LibPro(アイネオ)
AMLAD(NTTデータ)
日本電子図書館サービス(KADOKAWA・講談社・紀伊國屋書店)
OverDriveメディアドゥ

第6章 「図書館向け電子書籍貸出サービス」普及に向けた課題と提言

最後に課題と提言です。植村氏から、図書館向け電子書籍貸出サービスはクラウド型が中心なので、契約したベンダーのシステムに依存せざるを得ないが、カスタマイズを強く要求するケースが多く、コスト高になって普及の阻害要因になっているという指摘がありました。

また、契約モデルの不在も課題として挙げられました。アメリカでも大手出版社が積極的になったのは、2012年8月に米国図書館協会(ALA)がビジネスモデルを提案して以降だったそうです。また、OverDriveが米国で展開している「Buy it now」ボタンのような出版社と図書館の協調関係も、参考にすべきだと語りました。ちなみに、図書館総合展のメディアドゥ・ブースで、慶應義塾大学メディアセンター向けの画面を見たら、「Buy it now」ボタンはありませんでした。検討はしているが、当初は設置しないそうです。

他には、会計処理の問題もあるそうです。大学図書館での実例として、電子ジャーナルは雑誌の電子化なので資産計上しなくてよいが、電子書籍は図書なので図書に準じた会計処理を行う必要があるという解説(『月報私学』2010年12月号)がなされたため、わざわざデータをDVDに焼いて資産計上しているとのこと。実態として、クラウド型の電子書籍貸出サービスは「購入」しているわけではなく、アクセスする権利を得ているに過ぎないので、資産計上しなければいけないのは道理に合わないわけです。著作権法が改正され2号出版権(公衆送信権に対応)ができたのと同じように、図書館法も改正すべきだと提言されました。

図書館総合展のブース

図書館総合展に出展していた電子書籍貸出サービス事業者については、ブースの写真を撮ってきました。

図書館流通センター・大日本印刷・丸善

京セラ丸善システムインテグレーション

想隆社

以下は日本電子図書館サービス(JDLS)のブースについて。

JDLSのブースは講談社とKADOKAWAのあいだに。

山中湖情報創造館で実証実験が開始された(出版社名として、講談社・KADOKAWA以外に、文藝春秋、学研、研究社、インプレス、筑摩書房の名前が見える)。

ビューワはボイジャーの「BinB」を採用していた。

以下はメディアドゥとOverDrive関係。

メディアドゥのブース。

慶應義塾大学メディアセンターでOverDrive電子図書館システムの実証実験が開始された。

国内では慶應義塾大学出版会とポット出版がコンテンツを提供している。

これ以外には、図書館をまとめて検索できるウェブサービス「カーリル」、本棚があるコミュニティスペースを簡単に図書館にできる「リブライズ」、下北沢の「本屋B&B」「共読ライブラリー」プロジェクトの帝京大学メディアライブラリーセンター、図書館専門メーカーのキハラなどの展示が目を惹きました。

図書館検索サービス「カーリル」のブース。

試作品の図書館向けICタグ対応タブレット端末とNFC拡張アタッチメント。

ビールが飲める「本屋B&B」も出展。

「すべての本棚を図書館に」するリブライズ。

帝京大学メディアライブラリーセンターのブースは2階建て。

キハラは100周年ということで歴史的図書館用品の展示を行っていた。

■関連記事
Book as a Service, サービスとしての電子書籍
図書館のための電子書籍ビジネスモデル
電子図書館のことを、もう少し本気で考えよう
「電子書籍を体験しよう!」モニターレポート
パネルディスカッション「電子図書館の可能性」

Book as a Service, サービスとしての電子書籍

2014年11月9日
posted by 塚本牧生

現在、多くの電子書籍事業は「半永久的な貸本」の体裁をとっています。でもこのサービスにも販売にもなりきれない形態が、多くの問題や不満を引き起こしている気がします。私は出版、書籍流通、書店のいずれにも属さずその領域の「モノを知らない」ただの読者ですが、私のフィールドであるクラウドコンピューティングの視点から、クラウドサービスの定義に沿った「Book as a Service」という考え方を提案してみます。

自転車操業に見える現在の電子書籍「業」

先月、TSUTAYA.com eBOOKsがサービスを終了すると発表しました。利用者の購入済タイトルはBookLiveが引継ぎ、引き継げないタイトルは購入金額分のT-Pointで補償するとのことです。これまでにも多くの電子書籍サービスが、サービス終了時にはポイント等での補償をしてきました。

でもなぜ補償するのでしょう? 電子書籍事業が「電子書籍を売る(売り切り)もの」ではなく「アクセス権を提供するもの」だとしたら、物がなくなるのだからアクセス権が消失するのは当然です。サービスは全うしているはずです。結局のところ、利用者はもちろん事業者ですらも、約款で「サービス」とはしていても、実態として電子「本屋」と考えているのではないでしょうか?

そして事実上の返金(※1)だとしたら、サービス終了時には過去の売上を返金するのが通例化しつつある電子書籍事業というのは、根本的に収益事業として成り立たないのではないでしょうか?

クラウドサービスへ向かう新しい電子書籍業

ある面から見れば、電子書籍事業というのは無意識にクラウドサービスを志向しているように思えます。いえ、自身がクラウドコンピューティングの雄であり、月額9.99$で読み放題のKindle Unlimitedを打ち出したAmazonは、はっきりとクラウドサービスを意識しているでしょう。

クラウドコンピューティング、クラウドサービスには、Web 2.0と同様に「こうでなければならない」という基準はありませんが、「こうしたものである」という共通認識はあります。Tim O’Reillyの「What is Web 2.0」のように、この共通認識のガイドとして広く参照されているのは、NIST(米国国立標準技術研究所)が発行した本文わずか3ページの「The NIST Definition of Cloud Computing」でしょう(※2)。和訳では、IPAが発行しているものが定番だと思われますが、以降では私の訳で引用します。

ここでは、コンピューティングリソース(CPU、メモリ、ディスク、ネットワーク)をクラウドで実現(クラウドコンピューティング)し、クラウドで提供(クラウドサービス)する形態を定義していますが、多くの部分はコンピュータリソース以外をのモノを提供するクラウドサービス、いわゆるXaaS(X as a Service)にも通底しています。むしろ、みんながあるサービスに「クラウドらしさ」を感じるのは、これらの特徴を満たしているときだと私は考えてい ます。

そこで、クラウドサービスらしい、NISTによるクラウドコンピューティングの定義に沿った、Book as a Serviceというものをイメージしてみましょう。そこに、現在のものとは少し違った電子書籍業のアイデアが見えてくると思います。

Book as a Service, クラウドサービスとしての電子書籍

NISTでは、クラウドコンピューティングを次のように説明しています。

クラウドコンピューティングモデルでは、コンピューティングリソース(NW、サーバ、ストレージ、アプリケーション、サービス)を構成でき、ネットワーク経由で、いつでも、どこからでも、簡単にアクセスできる。リソースは、最小限の利用手続きまたは提供者とのやりとりだけで、共用プールから速やかに割当て、提供される。

Book as a Serviceでは、つまり読書におけるリソースは、コンテンツです。サービスの利用者は、そこから読むものを選択できる共用の提供可能なコンテンツの集積、つまりコンテンツライブラリに、どこからでも、簡便に、必要なときに、ネットワーク経由でアクセスできます。コンテンツ提供は、最小限の利用手続きまたはライブラリ事業者とのやり取りで、すぐにコンテンツへのアクセス権が割り当てられ、コンテンツが提供されます。

NISTによれば、これはクラウドコンピューティングの五つの特徴によって実現されます(※3)。

特徴1:オンデマンド・セルフサービス

コンピューターの処理能力(たとえばサーバ稼働時間やネットワークストレージ)の割当ては、必要に応じて利用者側だけで実施できる。割当ては、サービス提供者との人対人のやりとりなしに、自動的に行われる。

Book as a Serviceでは、利用者はコンテンツの作成者や出版社と個別に契約しなくても、配信事業者との契約と支払いの範囲内だけで、それ以外には無条件で、コンテンツアクセス権を設定してコンテンツにアクセスできます。コンテンツの自動販売機だとイメージしてください。配信事業者は、出版社と結んだ配信上限数に引っかかるとか、システムの配信能力や帯域が不足するといったことで、利用者が「必要に応じて、自動的に」「一方的に」設定できないことがないようにしなければなりません。

特徴2:ネットワーク経由での幅広いアクセス

コンピューター処理能力はネットワーク経由で、標準的なアクセス方式(mechanism)で利用できる。このため、“重い”クライアント(たとえばワークステーションやラップトップ)と“軽い”クライアント(たとえば携帯電話やタブレットなど)の両方からの利用が促進される。

Book as a Serviceでは、コンテンツには、ネットワーク経由で、HTTPなどの標準的なアクセス方式やPDFなどの標準的な形式で利用できます。このため、PCなどとスマートデバイス(スマートフォンやタブレット)などの両方からの利用が促進されます。きっと標準的な方式と形式であるからこそ、音声読み上げデバイス、ウェアラブルデバイス(たとえばOculus RiftのようなVR型HMD)といった活字を読むのとも異なる読書経験を提供するクライアントとアプリケーションも現れるでしょう。

特徴3:リソースの共用(Resource pooling)

クラウド提供者のコンピューターリソース(たとえばストレージ、プロセッサ、メモリ、ネットワーク帯域など)群は、顧客の様々な物理/仮想リソース要求に応じて動的に割当て/再割当ができるように、プール化される。リソースは、ここから複数の利用者にマルチテナントモデルで提供される。

Book as a Serviceでは、読書リソースであるアクセス権数は、サービス事業者が利用者の読書要求に応じて動的に割当て/再割当ができます。つまり、ある読者が読み終えてアクセス権を返却したら、次の読者に割当てることができます。各事業者やトータルでのアクセス権の発行数は、著作権者(おそらくは出版社)がコントロールできるでしょうから、これは貸出数と販売数のバランスをとることができて彼らにもいいことでしょう。

特徴4:スピーディな拡張性(Rapid elasticity)

コンピューター処理能力は弾力的に割当て、開放される。迅速に要求されたサイズに拡張、縮小される。利用者からはしばしば、割当てできるコンピューター能力の調達には上限がなく、いつでもどんな量でも利用可能に見える。

Book as a Serviceでは、利用者は同時アクセス権数を必要に応じて、ほぼ上限なしに追加、あるいは返却できます。追加や返却要求は、即座に反映されます。これは、たとえば企業が教育のため1週間だけ特定タイトルを新入社員数だけ調達するとか、夏休みの読書感想文のために学校図書館が2ヶ月だけ課題図書を全校生徒分用意するといったことを許します。

特徴5:サービスが計測可能であること(Measuredservice)

クラウドシステムは、サービス種別に応じた抽象度(たとえばストレージ、プロセッサ、帯域、アクティブユーザーアカウント数)でのメータリング機能※を活用して、自動的にリソース量が管理、最適化される。利用サービスの提供者と利用者のどちらにも意識させることなく、リソース使用量はモニタされ、コントロールされ、レポートされ、割当てられる。
※一般的には従量課金(pay-per-use)または従量請求(charge-per-use)でメータリングされる。

Book as a Serviceでは、利用量が適切な単位で常時計測されます。たとえばアクセスした冊数やページ数や単語数、コンテンツを開いていた時間、人数などです。利用者がどれだけ使ったかは、利用者(契約者)にリアルタイムにレポートされ(たとえば多分利用者画面でいつでも表示でき)、自動的にコントロールされ(たとえば利用者が設定した利用料上限は超えないように)ます。Book as a Serviceでは、一般に料金はこうした利用量に応じて課金、ないし請求されます。

貸本型Book as a Serviceという提案

私がこのことを考え始めたのは、現在の電子書籍が本質的に電子貸本サービスであり、アクセス権を提供するサービスであるならば、従量課金(Pay per use)で早く返却したら安く済むシステムでなければおかしいという、クラウドコンピューティング技術者としての違和感からでした。

Amazon のKindle Unlimitedはクラウドコンピューティングの定義ともよく合うクラウドサービスですが、月額課金で読み放題というバルク・サブスクリプションモデルです。現在の紙の書籍流通や関連事業とは隔たりが大きすぎて、すりあわせが難しい気がします。これとは別の形態、貸本型のBook as a Service事業も考えてみましょう。

このBook as a Serviceでは、書籍(コンテンツ)は書籍ごとに一定期間の貸し出しを行う形態です。正確に言えば、一定期間のアクセス権を有償提供します。たとえば800円で紙版が販売される小説に対して、私はこんな課金額をイメージしています。

・貸出第一週目:300円
・二週目以降:100円/週

利用者は、読み終わるまでの期間だけ支払いをし、読み終わったら「返却」します。1ヶ月以内に読み終わるなら、貸本のほうが安く済みます。もしそれ以上かかるならば、電子書籍であれ「購入」した方がよくなります。

Book as a Serviceと電子書籍販売、電子図書館

そう、貸本型Book as a Serviceモデルは、電子書籍販売と共存します。第一に、従量課金だから、利用量(=利用期間)が多いときは購入動機が発生します。第二に、「特徴3:リソースの共用」で触れたように、出版社は世の中で同時に読まれる電子貸本数をコントロールできます。早く読みたい新刊は、やはり購入するのです。そしてもちろん、いつでも、いつまでもその本を読めるようにしておきたい「購買層」は、これまでどおり最初から電子書籍販売を求めるでしょう。

また読み放題型と違い、貸本型Book as a Serviceでは、コンテンツ単位の従量課金だから利用額が販売金額を超えることがあります。もちろん初読時に、上の例であれば1ヶ月を超過する人はいないでしょうが、再読でさらに100円、再々読でさらに100円、同じ人が同じコンテンツを借りなおす可能性があります。読者にとっても、実のところその間の持つ負担と持たない不安(再読できない不安)を両方解消できるモデルは、メリットがなくもありません。

バルクではないから執筆者にも増益機会になります。販売促進ならぬ再読促進には作品の質や、新刊・続刊発行が効きますから、販売数で執筆者のモチベーションを維持してきた「プロダクションとしての出版社」にとっても、この形態はひとつ障壁を取り除いてくれるでしょう。

貸本型Book as a Serviceモデルは、電子図書館との共存にもひとつの道を開くと思います。図書館の使命は本来、書店に勝る利便性ではなく、知識へのアクセス権を万人に提供することです。出版社は付与するアクセス権数を、図書館に対してもコントロールできます。その上で、連続貸出期間などを協議する、たとえば1週間に限ることもできるでしょう。

電子図書館、貸本型Book as a Service、電子書籍販売の三者で、それぞれの目的や使命に応じた利便性のギャップ、利用動機を設けられるのです。そしてそのためのシステムは、たとえばDRMで考えるならば(1)貸出用のDRMありの電子書籍と販売用のDRMなしの電子書籍を用意し、(2)ダウンロードとDRM更新時にアクセス権の有無を確認するといった、同じシステムで三者が回るでしょう。

少し瑣末なことをいえば、この形態は現在の「電子書籍サービス終了時には返金」という通例も解消します。貸本型Book as a Serviceでは貸出期間は有限ですからそれ以降は返金する筋が発生しないですし、電子書籍販売は「いつまでも読める」「デバイスに依存しない」「標準的な形式の」ファイルを提供すれば無期限という責任を果たしています。

まとめ

現在の電子書籍にまつわる多くの問題や不満、少なくとも私の目に見える範囲のものには、現在のサービスでも販売(売切り)でもない電子書籍事業形態がある程度影響しているのではないかと思います。電子書籍貸出を、クラウドサービスとして捉えなおしたBook as a Serviceは、これらの問題にあるコンフリクトを、うまく回避できる可能性を感じます。

私は出版、書籍流通、書店のいずれにも属さず、どういった制約が現状につながっているのかを知りません。したがって、この提案はジャスト・アイデアの域を超えるものではありません。ですが、クラウド・コンピューティング技術者から見ると、こう見えるという視点の提供として、ここにまとめておきます。

――――
写真は「Ebook entre libros de papel | Flickr」。ライセンスはCreative Commonsのby。もし「Creative Commonsって何?」と思ってもらえたなら、こちらのノートをお勧めします。

※1 実際には現金で返すのとポイントで返すのでは、返金する側にとっても大きく違うが、ここでは踏み込まない。

※ 2 NISTはこの他に、各80ページ前後の「SP800-144 Guidelines on Security and Privacy in Public Cloud Computing」と「SP800-146 Cloud Computing Synopsis and Recommendations」を発行している。本文は私の及ぶ範囲でこれらも参考に書いている。

※3 実際には、五つの特徴と、三つのサービスモデル(SaaS、PaaS、IaaS)、四つの実装モデル(パブリッククラウド、プライベートクラウド、コミュニティクラウド、ハイブリッドクラウド)によって構成されるとしている。電子書籍事業は基本的にSaaS、パブリッククラウドだと思われるので省いた。事業者自身と電子図書館ではパブリッククラウドかプライベートクラウドかといった実装モデルの検討が役立つし、凸版印刷や大日本印刷のような彼らを支える事業者では、彼らを支えるPaaSやIaaSの検討が有用だと思う。


※この記事は2014年11月9日に「クラウドノオト」に公開された記事「Book as a Service, サービスとしての電子書籍 」を、著者の了解を得てそのまま転載したものです。

■関連記事
アマゾンの出版エコシステムは完成に向かう
キンドル・アンリミテッド登場は何を意味するか
Gamificationがもたらす読書の変化
電子書籍はなにを売るのか

第3回 開戦篇(完結)

2014年10月22日
posted by 原田晶文

『ストラタジェム』計画の全貌

さてさて。ロビン・スローン著『ペナンブラ氏の24時間書店』の日本版(日本語版ではなく)を書いてリリースまでしちゃおう! というリアルタイム進行の無茶ブリ企画もいよいよ大詰め。今回は皆さんのお手元に届くまでをお伝えしていく所存である。

まずはおさらいも含めて、本計画の全貌を整理しておきたい。

これは翻訳ではなく、あくまで原案として『ペナンブラ氏〜』を分解し、その基本骨格を拝借した上で、肉付けとして我が国独自の出版文化ならびに現代日本の出版界の抱える様々な事象を盛り込んで、かつ日本的キャラクター演出によって本家『ペナンブラ氏〜』に対するルサンチマン根性(筆者個人の)のガス抜きをしてしまう、という企画である。当初計画ではほんの短篇で済ますはずが、右往左往しているうちに雪だるま式に膨らんで、今では壮大な三部作構成になってしまい、しかも各部が4巻分冊という非常に低効率な企画に広がってしまった。

まず、本シリーズのメインタイトルは『ストラタジェム』である。ニュアンス的には策略、計略といった感じの言葉である。本作全体に流れるウス汚い知略の数々を象徴する言葉として、これをタイトルとした。

今回は、かの『スターウォーズ』にあやかって、三部作の第二部からスタートすることにした。「ことにした」などというといかにも狙ったように聞こえるが、実際は話を考えていくうちに、前日譚と後日譚を思いついてしまって、本作に盛りきれないので、全体が三部作になってしまったというだけのことである。タイトルは『ニードレスリーフ』。全体タイトルと部タイトルを「;(セミコロン)」で繋ぐのが本作の流儀になっているので、今回ご覧頂く本のタイトルは『ストラタジェム;ニードレスリーフ』である。

元々の計画ではこのタイミングで第二部『ニードレスリーフ』の全部をお届けするはずだったのだが、「兼業作家」のタマゴかサナギの身としては、そこまでの注力ができず、恥ずかしながら四分の一だけのお届けとなってしまった。申し訳ない。つまり、今回は第二部全8章のうちの第2章までのリリースとなる。4分冊になったので、丸一日考えて、部タイトルの下に巻タイトルを追加した。

その結果、第1巻は『キルアクロウ』が副題となった。各巻のタイトルはもちろん由来も仕掛けもあるが、これを読み解いていただくのも愉しみのうちだと思うので、ここでは伏せておきたい。4巻分のタイトルを見比べて、秘密がわかったらニヤリとしてもらえるとは思う。ちなみに第2巻以降の副題は、後述のPDF版の目次でのみ先行告知する。ぜひ上手いこと入手していただきたい。

いずれにしても、小説は第1巻まで完成した。あとはどう人前に出していくかということになる。そうだ。いよいよ開戦なのだ。

工作員にはコードネーム(ペンネーム)が必要だ

今回はとくに青春小説というかとっても主人公が青臭いので、あとで「あの人(=原田)はいつもあんなことを考えているのだな。いやらしい」とか「なんて腹黒いやつだ。いやらしい」などと揶揄されることが大いに考えられる。もしこれを本名で晒してしまうと、兼業作家としての半分の人格のほうはまだいいが、編集者あるいは経営者としての人格のほうは、対人関係にも多大なる影響があることが懸念される。

この小説はあくまで自分の中の別人格が、無意識下で勝手に思いついたことであり、あくまで私の意見ではないのであるので、ご安心ください。と言えるようにしておく必要があるので、ここはやはりペンネームを立てておきたい。

ペンネームに関しては明治、大正、昭和初期の頃は非常にミヤビでキラキラしていた。夢野久作、竹久夢二、久生十蘭、黒岩涙香、幸田露伴、尾崎紅葉、徳富蘆花、泉鏡花、正宗白鳥などなど百花繚乱である。その反動かどうかはわからないが、そのあと登場する作家は普通のペンネームが多い。たとえば、藤沢周平、山本周五郎、西村京太郎、栗本薫、伊坂幸太郎。あとは……普通のペンネームはだいたい本名だった。まあその、本名も含めて、地味な名前の作家が多かったのだ。

最近は本名がどんどんキラめいているせいもあってか、個性的なペンネームが増えている。メジャーどころでは川原礫、西尾維新、橙乃ままれ、平坂読、冲方丁あたりか。姓はともかく、下の名前は非常にバラエティに富んでいる。ケータイ小説だと、ハンドルネームのままで活動する人も多いので、氏名形式でないペンネームがたくさんある。もっとも小説家のペンネームはまだ人名に見えるのでマシなほうで、イラストレーターや漫画家方面は言うまでもないが、もともとかなりフリーダムだ。

自分の場合は、あくまで人名っぽく、かつネット文化のエッセンスがあって、何かをもじったもの、がいいのかなということで、まず上の名を「波野」とした。これは私が以前からネット上で遊ぶときに使っていたハンドルネームであり、かれこれ15年近く馴染んでいるので使いやすい。オフ会でそう名乗ることも多かったので、街中でいきなり呼ばれても自然に振り向けるぐらいだ。

悩んだのは下の名前。本名からもじったり、いろいろ付けたり外したりしていたのだが、なかなか定まらない。いろいろ試行錯誤した挙げ句、最近全編まとめて見た大河ドラマ『龍馬伝』で「船中八策」と出てきたのにインスパイアされて、軽薄にも「はっさく」に決めた。「発作」だと「ほっさ」と読み違えしやすいので、麻雀好きなのもアピールしつつ「發作」とした。合わせて、「波野發作」(なみのはっさく)ということで決定。名前だけでも覚えて帰っていただきたい。今回の連載は本名だが、もしも次があるのならばペンネームでの出陣となる、かもしれない。

基本戦略: 主力の三つのリフローと、遊撃隊のPDF

本編も書けて、ペンネームも決まった。あとはどう打ち出していくのかを考えるだけだ。だけだ、と言ってもこれが難しい。当たり前である。

「電子書籍で出す」というのが基本路線である。理由は資金がないから。以上。そもそも資金なんかなくても勝手に本を出しちゃうぞという企画である。この段階で「三百万円あるので印刷して書店に出しました」ではただの自費出版レポートにすぎない。なので、紙の話はもうしない。1冊ぐらい自分用に刷ってもいいけど、それはまた別の機会に。

形式の話をすると、基本的にInDesignで制作したので、まずPDFとして完成している(なんならそのまま印刷所に送り込んでもいいのだけど?)。この時点で配布、拡散、あるいは販売は可能である。であるが、流行に乗るのであれば、やっぱりここはEPUB3を無視できない。諸事情を鑑みて、かつ自分の直接手の届く範囲ということを考えると、「PDFとEPUB3の二つの形式を使い分けてみる」というのを今回の基本戦略としたい。

まず、EPUB3またはそれに準ずるリフロー形式をもって、KDP、楽天Kobo、コンテン堂で販売を行う。この三点をもって販売戦略の主力とする。これらは10月末〜11月前半には順次発売することとなるだろう。本稿はそれら主力の展開に対しては日程的に先行するため、これに合わせて特別版『ストラタジェム;ニードレスリーフ;巻ノ零 アプライズ』としてBiB/iを利用して公開し、これを読者へのクサビとした。

ちなみにここで公開するものは、販売されるものとは内容が異なる必要があったので、本編とは別に新たに書き下ろしたものだ。大人の事情は後ほど説明するが、まずはちょっとだけストラタジェムの空気を吸ってみていただきたい。

アプライズ

主力の発売開始に先行して、PDF版を特別配布することを決めた。前回ご案内申し上げたとおり、10月31日新宿ゴールデン街のバー「ネッスンドルマ」にて、SideBooks ユーザーミーティングを本当に開催するが、来場者特典として、『ストラタジェム;ニードレスリーフ;巻ノ壱;キルアクロウ(PDF版)』を直接配布する。PDF版はいろんな意味でリッチに仕上げているので、この機会をお見逃しないよう、ぜひユザミに足をお運びいただきたい。

こちらのバージョンはDRMフリーで直接譲渡のみ再配布を許諾しているので(要はネットでイージーにバラ撒いちゃダメよってこと。つまんないから)、会場に来られなかったという人は、手に入れた人からぜひ「分けて」もらって欲しい。PDF版の活用については他に隠し球はあるが、現時点でお伝えできるのは以上である。

PDFで展開しても、ええじゃないか

EPUBの研究や普及を目指す会というのはいくつかあるが、PDFの同じような会合というものがなかなか見当たらない。自分が知らないだけなのかもしれないが、あるのなら行ってみたいし、本当にないのなら作ってみたい。とはいえ、PDFはすでに普及が済んで、研究する余地もあまりないというのもまた事実である。

印刷屋なら当然誰でも知っているが、現代の印刷の工程では必ずと言っていいほどPDFが生成される。

InDesignであれば、トンボを外し、単ページで書き出すようにするだけで、電子書籍用のPDFが出来上がってしまうのである。Web用書き出しのチェックを入れれば容量も抑えたものにもできる。それだけだ。3分程度の作業しか要らない。上記工程では10回もクリックしていないのではなかろうか。すでにここまで来ているのに、ここからわざわざ「電子化」と呼ばれる工程を追加して他の形式にしないとならないほど、PDFはダメなのだろうか? いいいじゃないかそのままドンドン売れば。

今回の『ストラタジェム』の制作を通して痛感したのは、「イチ表現者として」は、やはりPDFでの配布は捨て難いということだ。PDF版とEPUB3版の両方を用意したが、自分の表現したいものを100%反映しているのは、PDF版である。EPUB3版はどうにも痒いところが掻けていない感がある。文章を書くだけでOKな表現者ならば、あれでもいいのかもしれないが、自分はもっとこだわりたい部分がある。

小説はモノクロで文字だけだが、フォント使いや、ページ送りなど、演出上遊べる要素はいくらでもある。モノクロにこだわる理由もない。例えばミヒャエル・エンデの『果てしない物語』は、墨文字ばかりではなく、特色の印刷ページもある。もちろん物語上の演出であるが、紙の世界はこのように自由自在に表現できていた。これからEPUBもどんどん表現の幅が広がっていくとは思うが、PDFは現時点ですでに紙と同じことが表現できるのであるから、もう少し活用していきたいと思っている。一番SideBooksを使ってるからってのも、もちろんあるけれど。

SideBooks
http://sidebooks.jp

まずはPDF版の完成へ

本文自体はmi(テキストエディタ)で書いているのだが、一通り書いたところでいきなりInDesignに流し込む。その上で推敲、校正を行うのが「發作流」である。なぜいきなり流し込むかというと、分量がよくわからないからである。とりあえず割り付けておいて、量を調整していく。PDFを意識して文書を作る場合、まず最初に考えるのは文書のタテヨコのサイズだ。A4なのか四六なのかB5変形なのかを考えないで、いきなり中身は作れない。あとでヒドい二度手間が発生するからだ。この工程はリフロー前提のEPUB主体の場合と最も異なる部分かもしれない。

今回の場合、「iPhone5コンシャス」というコンセプトなので、iPhone5に最適化した文書サイズを採用している。iPhone5/5sで実際に読むとフォントサイズは若干小さめだが、iPhone6あるいはiPhone6 plusであれば最適である。運良く両方お持ちの方は試して見て欲しい。「iPadコンシャス」版も余力があれば試してみたいとは思っている。InDesignの場合、文書サイズの設定項目に「デバイス」という項目がありiPadやiPhoneなどを選んで設定ができる。すべての端末ごとに合わせて作り分けるのはナンセンスだが、スマホかタブレットかぐらいの作り分けはしてもいいかと思っている。

PDF版でのみ表現できたのは、巻頭あたりの白紙ページ、章扉、「張り紙」の表現(EPUBでも一応トライしているが)、2章のゲーム内会話とLINE会話の表現、巻末付録の登場人物紹介などである。あとは改ページをコントロールしての、読み味の調節などは、リフローではそもそも諦めなければならない要素だ。他にも盛り込みたかったアイディアはあったが、この企画の場合、最初からEPUBでのリリースを視野に入れているので発想段階で却下となった。

ただ、誤解のないよう補足しておくと、上記の程度のことであれば、ほとんどはきちんと取り組めば、おそらくEPUB3の仕様の範囲内でクリアできるのだとは思う。これはEPUB自体の問題ではなく、今回利用を予定しているオーサリングツールの都合といったほうがいい。さらに付け加えておくと、単に試行錯誤する時間がないだけということもできる。歯切れが悪くて申し訳ないが、要は今すぐできるのか、やろうと思えばできるのかという選択肢で、今すぐできるPDFを選択した。というだけのことなんである。

ともあれ、PDF版は表紙から奥付まで一式まるっと完成した。iPhone5サイズで317ページ。結局、総文字量は予定の6万字よりちょっと増えて7万4千字ぐらいとなったのだった。出来上がったところで、ここからEPUBを作っていく訳である。

電子書籍では、表紙こそが武器になる

EPUBへの展開の前に、表紙について話しておこうと思う。書店で直接手に取ってもらえるチャンスのある紙本とは違って、電子書籍は端末上で得られる限られた情報の中から、内容を想像しなければならないというハンディキャップを抱えている。数ページの試し読みという取り組みもあるが、消費者が得られる情報量は、書店での購買行動における自由な商品チェックとは比較にならない。

そもそも他の本と同列に一覧で表示されるという条件下で、他のディベロッパーに先んじて客の財布のヒモを緩ませようと思ったら、もうタイトルと表紙に全身全霊をつぎ込む他ないのである。にもかかわらず、そのタイトルとその表紙で本当に大丈夫?

タイトルについては前回詳しく述べたのでそちらをご覧いただくとして、ここでは表紙について説明する。実は本プロジェクトでは相当早い段階で表紙画像を作成して、チラ見せしまくっていたのである。というのは、本作ではタイトルがストーリー展開上非常に重要な鍵となるため、そもそもの本編執筆段階で表紙が必要になるという特殊事情があったからだ。

ところが、後になって4分冊が決定したとき、表紙に使おうとしていた「飛ぶ娘」(本連載のタイトルバナーに使っている画像)のモチーフがこの第1巻では使えなくなってしまったのだ。そこで急遽、第1巻の内容に合う表紙を用意するということなったわけである。ちなみに元の表紙は第2巻用に使う予定。制作はAdobe Illustratorを使用している。

まず、地紋が要る。バックに敷く文様だが、ストーリーの兼ね合いで江戸小紋などを取り入れることにしているのだが、第2巻で使う「松葉散らし」のような良い感じのものがなかなか見当たらない。

いろいろネタを拾っていたところ、山東京伝の戯作の表紙によい物があった。それを参考に描いたのがブルーグレーと紺であしらった縦菱のバリエーションのものである。タイトルをライトオレンジとし、中央には同じく山東京伝の戯作から、引っ張りだこになってニヤけている貸本屋の画を配置した。もともとモノクロだが、色はPhotoShop上でレイヤーを重ねながら吹き付けた。デザインに関しては本職ではないので、このあたりが限界である。予算さえあれば、プロに発注したいのだけど事情がそれを許さない。ワンマンパブリッシャーの哀しさである。

さて、表紙についてはもう一つ。帯の話。書店で売るときですら、帯を付けて全力で販促に取り組んでいるというのに、ただでさえ伝わりにくい電子書籍において、表紙に帯を入れないなどというのは、もうなんかやる気ないのかと聞きたい。というか本屋に行ったことがないのかと。本作では、当然帯も入れているし、煽り文句もばっちり入れた。しかも、よく見て欲しいのだが、コレが半透明なんである。リアルで印刷物で同じようにやったら絶対高い。クライアントに説教されるレベルで高くつくはずだ。でも電子なので、やり放題。こういうことをやるためにも、デザインツールは十分なものを使いたいところだ。そこは電子書籍のキモなんじゃないかと思っている。いずれにしても、どうにか第1巻用の満足のいく表紙を用意できた。次の工程へ進もう。

「ロマンサー」でリフローの海へ発進!

PDFの次はEPUBである。EPUBへのオーサリングツールや変換ツールはいくつもある。CAS-UBなどのバリバリのプロ仕様のものもあれば、InDesignで書き出すことも実は可能だ。ただまあ、こういうレポートで終始InDesign前提の話ばかりでは、面白くない。飽きられる。膠着する戦況を打開するのはいつだって新兵器である。今回は「ロマンサー」を使うことに決定した。異論は認めない。ロマンサーが何かについては文字数の関係上多くは述べられない。ただ、一つだけ言えることはあるとすれば、これは利用が無料である。以上。

ここで試行錯誤の過程を述べてもキリがないので、最終的な結論だけ順を追って端的に述べさせていただく。ロマンサーの利用で最も重要なのは、事前の仕込みである。そこまでしっかり済んでいれば、何もおそれることはない。尚、ロマンサーへのユーザー登録などの基本的な話はキリがないので割愛する。

前提条件をいくつか。ロマンサーでのEPUB制作は、ファイルを読み込ませる「原稿入力作品」と内蔵エディタで直接制作する「エディタ入力作品」の二通りがある。今回はすでに作品があるので前者を利用した。読み込ませられるファイルはdocx、PDF、画像の3種があるが、文字物はdocxの一択である。では工程を説明しよう。

①docxを用意する。複数ファイルを読み込むことはできないので、1冊分を1ファイルにしておく。見出し、書体指定(明朝かゴシックか選ぶ程度)、文字サイズ設定は可能だが、それ以外の装飾要素は今回は使わないこととした。あわせて、表紙画像を200万pix以下のjpegかpngで用意する。短辺1100pixぐらいがだいたいの目安になる。奥付ページがあるのなら画像でも提供できる。その他、発行者や書籍の紹介文などの準備もあれば、あとでスムーズだろう。

②ロマンサーにログインし、新規作成を選択。「原稿ファイルをアップロードして変換」とあるのでクリックする。タイトル、原稿ファイルなど上から順に項目を埋めていき、最後に[変換]をクリックする。すると約10分で.epubファイルの生成が完了する。出来上がったファイルは公開と非公開が選べる。また、Kindle専用のEPUBを書き出すというチェックもあるので、ここで作成してKDPに送り出すことも可能なのである。

というわけで、ロマンサーを活用して、無事に販売用のEPUB3文書を制作することができた。このあとはいよいよ実戦配備である。

ロマンサー
https://romancer.voyager.co.jp/

戦略の要は兵站にあり。ShortMag!を利用

通常であれば、ワンマンパブリッシャーの自分は自らKDPやKobo、コンテン堂などに著者登録の申請などをして、その上で電子書籍のデータを送ったり各種設定をしたりなど、いろいろな作業を行わなければならない。自分は前線でバリバリ撃ち合うのはいいのだが、後方での支援任務(事務処理)となると、もうそれだけで気が遠くなりそうなのである。そんな状態では、せっかく本編ファイルが完成しても、販売の最前線にまで送り届けることができないことになる。これでは、戦わずしてすでに敗北が確定しているではないか。戦略が聞いて呆れてしまう。

そこで、ここは戦略的視点に立ち戻り、大局的視点から鑑みて、兵站業務をアウトソーシングすることにあいなった。株式会社エクスイズムにはShortMag!という、電子書籍販売支援サービスがあるのだが、普段から「本屋横丁」で懇意にしていただいていたのに甘えて相談を持ちかけたところ、協力の要請をご快諾いただくことができた。

これで、『ストラタジェム』EPUB版は、Kindle、Kobo、コンテン堂の三大プラットフォームに送り込んでいただくことができ、その間、自分は他の販促活動に取り組むことができるのである。おそらく11月の上旬には、いずれかの販売サイトに『ストラタジェム;ニードレスリーフ①キルアクロウ』というタイトルでご覧いただけると思う。見かけたら、うっかりで構わないのでポチっとしていただければ幸いである。

いくつか留意点があるとすれば、とくにKDPでリリースする場合、ネット上で同様のものが検索できると審査が通らない可能性があるということだろう。元はブログなどを勝手に拾ってきて商売したりできないようにするための措置であったと思われるが、これが原因で審査が長引くことがよくあるそうだ。

前述のBiB/iでリリース版と同じ文書を置けないというのは、実はこれが理由である。あくまでもお試しだよと話せば済むかもしれないが、交渉するにも無駄に時間がかかる。であれば最初から全く異なるものをお試し版にしておけばいい。ここはワンマンパブリッシャーのメリットである。自分が著者なので、プロモーション用にちょっと新たに書き下ろすなんて造作もないことだ。交渉も許可も必要ない。もちろん追加の費用もかからない。

ShortMag!
http://www.exism.co.jp/service/esm/ebook/select.php?book=1

BiB/i
http://sarasa.la/bib/i/

で、ナンボで売りまんの?

金払いがよく、かつシビアなIT業界に比べて、一般に出版業界の人はお金について、もらうほうも払うほうものんきな業界である。仕事が終わってからの値引き交渉なんて日常茶飯事だ。なんの落ち度がなくても平気で値引きを求めるし、ギャランティを明言しないで仕事をおっ始めることもザラである。個人差はあるにせよ、業界全体がゆるい。私自身も、その例外ではないのだけど。

さて、そんな出版人があまりしたがらないお金の話をしよう。金が無くてはいくさはできぬ。ケチで有名な黒田勘兵衛も、いざいくさとなれば金に糸目は付けなかったと聞く。一介の雇われ編集者ならいざ知らず、今となっては一応、ブックアレーというワンマン企業の経営者でもあるので、このあたり避けて通るわけにはいかない。つまり、そろそろ今回の小説本の値付けをせねばならない、ということである。

本の値段の付け方には2種類のアプローチがある。一つは掛かりそうな経費を積み上げて、売れそうな部数で割って、必要な利益を上乗せする方法。もう一つは、いくらぐらいなら売れそうか考える方法である。実際はこの中間の折衷案が妥協点になると思うが、どちらに寄せるかは経営判断や営業判断による。

賛否両論あるのは覚悟の上で、持論を示してみたい。電子書籍はやろうと思えばどこまでも制作費や経費を削ぎ落とすことができる。特にこのプロジェクトは、動いているのは私一人である。著者も私、編集も私、装丁も私、営業も販売も私である(読者ぐらいは私以外にいてほしいとは思うけれど)。ワンマンパブリッシャーなので、経費の積み上げをしないことにした。経営者なので、自分の時給の設定は自分でできるからだ。

そこで、あくまで「著者」として得られるはずの取り分、つまり「印税」で考えてみる。ちなみにこれは自分で直接販売する場合である。いろいろ細かく含めると複雑怪奇になるので、プラットフォームや販売支援の取り分をトータルで50%として考えることとする。つまり定価の半分が著者の取り分だ。今回は四分冊になったが、ページ数的には合巻にした場合2000円ぐらいで売れそうなボリュームである。

文芸書の場合、2000円の本の著者印税は10%の200円である。第1巻はその四分の一の50円が相当する。自分の場合、著作以外にもいろいろ作業をしているので、制作費も少し盛らせてもらって、自分の取り分を100円とする。そこに50%となるようなプラットフォーム分を盛りつけると、本の定価は200円(税別)ということになる。というわけで今回のシリーズ『ストラタジェム』は216円として売ってみたい。7万4000字で216円ならそんなに高すぎることはないはずだ。4冊全部でも864円だから、決して高いことはない。文庫本より安いはずだし。

なんて、予定調和で算数をしてみたのだけど、これは「弐佰圓堂」という200円均一電子書店企画への布石であるので、屁理屈みたいなものである。ダイソーみたいな感じで、なんでも200円の本屋があってもいいんじゃないかってことで始めた企画なのだけど、詳しいことはまたいずれどこかで打ち上げると思うので、ここでは割愛する。ま、数が売れないことにはお話にならないのですがね。それは次のお話。

ニイタカヤマノボレヨ?

戦略は組めた、武器はできた、兵站も整った。さてこうなると戦局を左右するのは現場の戦術級の勝敗である。まあ、個々の戦況に影響を受けないようにするのが真の戦略なのだけど、我が軍はそこまで資源に恵まれているわけではないので、現場でがんばらないと勝てない。王道から奇策まで、金をかけないでできるプロモーションはできるだけやっていこう。

まず、幸いなことに私にはSideBooksというバックボーンがあるので、アプリ内のフリーマガジンコーナー「StandRack」にて、100万人のDLユーザーに向けてプロモーションを行うことができる。お金はかからない。私以外の誰でもみんな無料なので、興味がある人はご連絡を。また、そこで展開中の「本屋横丁」上でも、好き放題自由にプロモーション活動ができる。前述の「ShortMag!」もストアを出店しているので、「本横」自体の事例としてもうまく拡散できるようにしていきたいところ。立場的にすぐできることはさっさとやってまうべきだ。上手くいったら他の人も使ってくれるだろうし。

しかし、これだけではまったく不十分だ。紙の本では、関連各社にプレスリリースを配信したり、全国の書店店頭に現物を配布したり、POPを置いたり、サイン会を開催したり、話題性の向上のためにスキャンダルを起こしたりと実に多種多様な方法で売り込みまくる。とてもマネできるモノではないのだが、ワンマンパブリッシャーがどこまで突っ込んでいけるか、タダでできることならなんでもやろうじゃないか。

それと、自分用に1冊実物を作ってみようかなと思っている。予算はないので限りなく手作りになるとは思うが、イベント開催なんかでは置いてみたい。ハードカバーの布張り箔押しスピン有りも作りたいけど、それは4冊無事に完結して、合巻本を作るときかな。

そういう一点ものが増えてきたら、自ら行李を担いで貸本屋としてぐるぐる回るのも、また乙な物ではないだろうか。やっていることは移動図書館なのだけど、ラインナップが全部一点ものだったり稀覯本や古典籍、レアもののビニ本などだったりというね。貸本屋の小説を書きはじめたら、結局自分が貸本屋になってしまったわけで。ただ、私は腰痛持ちなので、どこかの駅の階段で立ち往生していることがあるかもしれません。そのときはどうかお助けください。手伝ってくれたらその日の交通費五千円を差し上げますので。

(というわけで、この短期集中連載はひとまず)完。

本編『ストラタジェム;ニードレスリーフ 巻ノ壱 キルアクロウ』近日発売!
最新情報は、本屋横丁『ShortMag!ストア』をチェキラ

『SideBooksユーザーミーティング』開催のお知らせ

SideBooksユーザーミーティング #01
2014年10月31日(金)20:00〜 途中参加歓迎
会場:Bar『ネッスンドルマ』(新宿ゴールデン街)
http://www.goldengai.net/shop/c/17/
参加費:¥2,000(チャージ料+ワンドリンク込み)

内容:SideBooksおよび本屋横丁デモ
小説またはアプリに関する質疑応答
(内容は追加または変更になる可能性があります)
特典:『ストラタジェム;ニードレスリーフ①キルアクロウ』PDF特別版直接配布

※ AirDropで配布しますが、非対応の方には他の方法もご用意しています。
備考:SideBooksをインストールしてご参加下さい。

※店内スペースに限りがございます。万が一満席の場合は、しばらくお待ちいただくこともあります(まあ、それはないと思いますが一応)

問い合わせ:info@honyoko.com

ケヴィン・ケリー来日雑感

2014年10月20日
posted by 堺屋七左衛門

米国の雑誌「WIRED」の創刊編集長ケヴィン・ケリーが日本を訪問して、2014年10月9日から10月11日にかけていくつか講演をしました。私はそのうち10月10日と11日の講演を聴講する機会を得ましたので、思いつくままにその感想を書いてみます。最初にお断りしておきますが、詳細なイベントレポートではありませんので、その点はご了承ください。

今回のケヴィン・ケリー来日は、今年の6月に『テクニウム』がみすず書房から出版されたことがきっかけです。この本は、2010年に刊行された『What Technology Wants』を服部桂さんが翻訳したものです。その出版を記念して、服部さんがケヴィン・ケリーを日本に呼んだそうです。

本題に入る前に、ケヴィン・ケリーと私のかかわりを簡単に説明しておきましょう。私、堺屋七左衛門は、ケヴィン・ケリーがブログ「The Technium」で発表したエッセイを翻訳して、「七左衛門のメモ帳」というサイトで公開しています。

ケヴィン・ケリーの文章は、技術に対してきわめて肯定的かつ楽観的な立場をとっていることが大きな特徴です。文章を読んだり講演を聴いたりした方はお気づきだと思いますが、ケヴィン・ケリーのような考え方をする人は、なかなか日本にはいません。そのユニークな発想に触発されて、新しいことを考えたり行動したりする人が日本に出現することを期待して、私はエッセイを翻訳しています。

今までケヴィン・ケリーとは何度もメールをやりとりしているのに、本人と会う機会がありませんでした。この来日のおかげで、ついに念願がかなって本人に会うことができました。ケヴィン・ケリーの文章は、独自の発想でぶっ飛んだ内容であることが多いので、なんとなく気むずかしい人なのかと想像していましたが、実際に会ってみると、とても親しみやすい人でした。すっかり安心した私は『テクニウム』と拙訳『ケヴィン・ケリー著作選集 1』にサインしてもらいました(写真下)。このサイン入りの2冊は私の宝物です。

2014年10月9日には、下北沢のB&Bで「ケヴィン・ケリー×若林恵×服部桂×内沼晋太郎「テクノロジーはどこに向かうのか?」『テクニウム』(みすず書房)刊行記念」というイベントがありましたが、残念ながら私は行けませんでした。参加した人の話を聞くと、非常に盛り上がって活発な質疑応答があったようです。

このB&Bでのイベントについては、安藤幸央さんが講演内容を書いていらっしゃいます(下の写真はB&Bのイベント風景:編集部撮影)。

安藤日記 [&] the technium – Kevin Kelly

[追記]
この日のイベントレポートがDOTPLACEでも公開されました。
前半:レクチャー編
後半:Q&A編

「技術は可能性や選択肢を増やす」

10月10日には、虎ノ門ヒルズで「WIRED CONFERENCE 2014 未来の都市を考える TOKYOを再インストールせよ」という大きなイベントが開催され、その中でケヴィン・ケリーの講演と対談がありました(写真下)。

このWIRED CONFERENCE 2014には幅広い年代の人が来ていましたが、とくに30代くらいの若い人が多いように見受けられました。18,000円もの高額な参加料を払ってこれだけ多くの人が集まるとは、WIRED CONFERENCEというイベントの持つ力に感心します。

このイベントは平日開催なので、私は参加を見送るつもりでした。ところが、私の翻訳したケヴィン・ケリーのエッセイ「今からでも遅くはない」をWIRED.jpに転載してもらったご縁で、WIRED編集部から招待していただき、聴講することになりました。

WIRED CONFERENCE 2014全体の様子については、【WIRED CONFERENCE】「都市の未来を考える」実況まとめ(2014/10/10) #wiredcon が参考になると思います。

また、後日、WIRED.jpや雑誌『WIRED』にもレポートが掲載されるそうです。

ケヴィン・ケリーの講演は、基本的には3日とも同じテーマで同じスライドを使ったものだったようです。したがって、このWIRED CONFERENCE 2014での講演の内容は、前述の安藤さんのログにあるB&Bでの講演とほぼ同様でした。

講演の次に行われた対談では、どこにいてもネットが使えるのに都市に住む必要があるか、子供のテクノロジー利用を制限するべきか、将来の技術はすばらしいものになるか、などが話題になりました。その質問に対する答えは、先のまとめをご覧ください。

講演も対談も、ウェブや本で読んだことがある話題ばかりですが、直接本人から話を聞くことで、より強い印象をもって受け止めることができました。私の印象に残っているのは、「技術は可能性や選択肢を増やすものである。未来のモーツァルトや未来のゴッホがその才能を開花させるために、私たちは新しい技術を発明していく義務がある」という話です。

適切な技術が用意されていれば、誰かの才能が埋もれずにすむ。そして、その才能によって新しい技術が生まれて、さらに次の世代の才能を開花させる。言われてみれば、その好循環が繰り返されるといいなあとは思いますが、そんな発想はなかなか出てきません。しかも、ケヴィン・ケリーはそのための発明を「義務」とまで言い切ってしまいます。発想にも表現にも独特なものがあります。

WIRED CONFERENCE 2014は都市がテーマということで、ケヴィン・ケリー以外の登壇者は建築系の人が多かったです。齋藤精一、ビャルケ・インゲルス、豊田啓介、エリック・ハウェラー、重松象平。私は専門外なので知りませんでしたが、建築の世界では有名な人たちらしいです。懇親会で何人かの参加者に聞いたところ、この建築系の人たちの話を目当てに参加した人も結構いたようです。

ちなみに、エリック・ハウェラーについてはWIRED.jpに次のような記事が掲載されています。

「所有」ではなく「アクセス」:ボストンの建築事務所が提案する、交通と都市の未来

この「所有ではなくアクセス」という主張は、ケヴィン・ケリーの考え方と似ているではありませんか!

所有するよりも都合が良い 七左衛門のメモ帳

ケヴィン・ケリーとエリック・ハウェラー、両者の考え方のどこが同じでどこが違うのか、とても気になります。いつかどこかで、この二人の対談企画があると面白そうです。

WIRED CONFERENCE 2014の話に戻りますが、会場ではロビーに販売コーナーを設けて、新刊書『テクニウム』を売っていました。昼休みにはケヴィン・ケリーが販売コーナーでサインをしていて、行列ができるほどの人気でした。後でWIREDの人から聞いたところでは、この日、会場で数十冊も売れたそうです。

この高価な本(定価4,500円)が会場で売れたということは、今までケヴィン・ケリーを知らなかったけれど、講演を聴いてケヴィン・ケリーに興味を持った人が多かったのではないでしょうか。もともとケヴィン・ケリーのファンだという人は、すでにこの本を買っているはずだからです。既存のファン以外の層にもケヴィン・ケリーの考えを広めることができたとしたら、このイベントの意義は大きいと言えるでしょう。

ケリーの著作は無料の電子書籍でも閲読可

10月11日には、日本科学未来館で「地球合宿2014」の一環として、ケヴィン・ケリーの講演がありました。科学未来館のシンボルであるジオ・コスモスの下に約300人が集まった講演会でした。

講演時間は昨日のWIRED CONFERENCEよりも長かったので、内容は同じであるものの昨日よりも落ち着いたペースで話が進行し、じっくりと聴くことができました。無料でこの講演が聴けるのは、非常に価値があったと思います。

しかし、その後の質疑応答が残念なものでした。質問を会場から受けるのではなく、あらかじめ主催者が五つの質問を用意していましたが、それが講演内容と直接には関係のない抽象的な質問だったので、議論が深まることもなく、つまらない時間になってしまいました。何らかの事情で会場の聴講者から質問してもらうことができないのであれば、いっそのこと講演だけにしておけば良かったのではないでしょうか。

なお、日本科学未来館のtwitterでの発表によれば「本日記録した英語音声の映像は、後日Youtubeへアップされる予定です」とのこと。

この記事でケヴィン・ケリーに興味を持たれた方は、『テクニウム』や『ケヴィン・ケリー著作選集 1』を読んでみてはいかがでしょうか。また、興味はあるけれど有料の本を買うのは躊躇するという方には、無料の電子書籍をおすすめします。達人出版会から『ケヴィン・ケリー著作選集 1』『ケヴィン・ケリー著作選集 2』『ケヴィン・ケリー著作選集 3』が刊行されており、クリエイティブコモンズ 表示-非営利-継承(CC BY-NC-SA)ライセンスにより無料で入手できます。

最後に感想をもう少し。今回の一連のケヴィン・ケリー来日イベントもそうですが、面白そうなイベントが東京で多いのは、東京から離れた所に住む者としていつも残念に思っているところです。わざわざ東京まで出て行かなければ、面白そうなイベントに参加できませんし、面白そうな人に会うことができません。ケヴィン・ケリーをはじめとして多くの素敵な方々とお会いしてうれしいと思う一方で、寂しい気分にもなる東京訪問でした。

■関連記事
今からでも遅くはない
K・ケリーの「自己出版という選択」について
自己出版という選択
私が本を読まなくなった理由
『ケヴィン・ケリー著作選集』電子書籍化の意義