出版ジャーナリズムの火を絶やしていいのか

2018年12月3日
posted by 仲俣暁生

1949年の創刊以来、出版界が置かれている状況を刻々と報告しつづけてきた「出版ニュース」が2019年3月で休刊することが決まった。また『出版年鑑』も今年8月に出た2018年版で終了し、2019年版は刊行されないことも出版ニュース社のサイトと「出版ニュース」11月下旬号で正式に告知された。

「出版ニュース」は1949年に日配(日本出版配給株式会社)の解体に伴い独立した出版ニュース社が刊行する旬刊(月三回刊)の雑誌で、戦時下の出版流通を担った統制会社である日配時代に刊行されていた「新刊弘報」「出版弘報」の流れを組む。また当初は博報堂が出資者となっていたが、現在はそのような資本関係はないという。

日配時代には戦時下の物資窮乏のため、書籍が完全買取・買切制になった時期があった。「出版ニュース」の前身「出版弘報」は、そうした時代に販売店(当時すでに1万5000軒あったという)が本の現物を見ることなく注文できるよう、一種のブックカタログとして刊行されていたようだ。日配は戦後、商事会社としてしばらく存続した後、占領軍の指導のもとで解体され、現在のトーハン、日販ほかの取次会社に分割された。しかし戦時下にできた合理的な出版物流システムは戦後も存続し、日本の高度成長期の出版業界を支えたとされる。

こうした日配時代の日本の出版業界の姿を知ることができるのも、出版ニュース社がその出自である日配についての詳細な資料をまとめた『資料年表 日配時代史――現代出版流通の原点』(荘司徳太郎、清水文吉・編 1980年刊)や『私説・日配史――出版業界の戦中・戦後を解明する年代記』(荘司徳太郎・著 1995年刊)といった労作のおかげである。いわば出版ニュース社は、日本の現代出版流通史の生き証人といっていい。

出版ジャーナリズムの基礎が失われる懸念

今回の発表により、「出版ニュース」だけでなく『出版年鑑』の刊行が止まってしまうことを知った衝撃は大きかった。日本の出版業界の現状を知るための基礎資料として、その役割はきわめて大きいものだったからだ。

出版市場の統計データであれば、全国出版協会・出版科学研究所が発行する「出版月報」や『出版指標年報』によって知ることもできるし、電子書籍市場の動向も上記資料やインプレス総合研究所が発行する『電子書籍ビジネス調査報告書』でカバーできる。しかし『出版年鑑』はこうした報告書類が伝える市場動向だけでなく、著作権法を始めとする法規・規約、出版社・編集プロダクション・取次・書店などの名簿、『出版ニュース』の主要記事をまとめた縮刷版、書籍や雑誌だけでなく、オンデマンド本やオーディオブックまでを含めた目録といった、出版業界を構成するあらゆる要素を盛り込んだ総合カタログだった。

『出版年鑑』の発行のためには日常的な活動として「出版ニュース」の刊行は不可欠であり、同誌休刊が報じられたときに私がもっとも懸念したのは『出版年鑑』の継続が不可能になることだった。「出版ニュース」休刊を伝える新聞記事で、同社の清田義昭代表は「出版業界が厳しい中での休刊にじくじたる気持ちはあるが、社員4人の小さな会社で私自身も高齢になり、潮時だと感じた」と述べていた。

昨今の出版業界の厳しさは、日配時代にまで遡ることができる雑誌の全国流通に適合した「合理的」な出版流通システムが、雑誌というメディア自体の崩壊によって意味を失い、その結果、書籍を含めた出版流通システムが自壊しつつあることに起因している。おなじく日配に歴史的な起源をもつ「出版ニュース」の休刊は、その意味ではたしかに一つの「潮時」が訪れたことの象徴なのかもしれない。

しかし現在の「出版ニュース」は、創刊時のような出版業界の広報宣伝誌ではなく、在野の様々な書き手(出版人や編集者だけでなく、作家や批評家、ジャーナリストや図書館人なども含まれる)を起用した、出版ジャーナリズムの貴重な媒体となっている。いわゆる「出版業界紙」とは一線を画したその誌面には、再販制度や有害図書規制といった重要テーマをめぐって、意見を異にする論者にも公正に場が与えられていた。

出版ニュース社は来年、創業70年を迎える。そして出版業界はいま、日配が解体された戦後まもない時期とおなじくらい大きな激動期にある。にもかかわらず「出版ニュース」と『出版年鑑』の休刊によって、報道や研究の基礎となる信頼度の高い一次資料と、それをもとに活発な議論が行えるジャーナリズムの場を私たちは失うことになる。

こうした営みの後を継ぐ義務は、より若い世代の出版人や、広義の「出版」を担うIT系の企業も含めた後進のパブリッシャーにもあるのではないか。小誌もささやかなその一端を担っていきたいが、せめて『出版年鑑』だけでも継続刊行できる仕組みを、出版業界の側でも真摯に考えてほしい。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。