名物ラノベ編集者・三木一馬氏はなぜ独立したか

2016年4月8日
posted by まつもとあつし

現在、ラノベ=ライトノベルは国内の書籍市場においても大きなシェアを占めており、アニメ化・ゲーム化などのメディアミックスも盛んで、海外のファンからも支持を集めている。そんななかでKADOKAWAが擁する国内最大級のラノベレーベルが「電撃文庫」だ。その編集長を務めていた三木一馬氏がエージェント会社を立ち上げ、4月1日に独立した。その狙いやそこにある思いを独占インタビューで聞いた。

作品に寄り添って「媒体」を編集する

エージェントとして独立する三木一馬氏。

エージェントとして独立する三木一馬氏。

「正直管理職が向いていないなという感覚はずいぶん前からあったのですが(笑)、辞めたいという気持ちからの独立では全くないんです」と三木氏はいう。三木氏の今回の決断に大きな影響を与えた人物が三名いるそうだ。一人は、「マガジン航」の読者であれば注目している人物であろうコルクの佐渡島庸平氏。もう一人は、アニメプロデュース会社のジェンコから独立した、エッグファームの大澤信博氏。そして最後の一人は、退職前の上司であるKADOKAWAアスキー・メディアワークス事業局統括編集部長の鈴木一智氏だ。

三木氏は、約半年前に佐渡島氏と対談する機会があった。その場で独立を決めたわけではないが、コルクの取り組みに大きな可能性を感じたという。

ビジネスモデルは完全に佐渡島さんのパクリです(笑)。でも、真面目な話、いまメディアはかつてないほど多様化しています。個人や企業もメディアになる時代、出版メディアそのものの優位性は失われつつある。そんな中、どうやって面白いものを物語というコンテンツにして、送り出していくことがベストなのか? と考えたときに、僕は作家と二人三脚で「面白い物語を作る」ことを一生の仕事にしようと決めました。

これまで編集と言えば、作家が生み出すコンテンツに対しての作業を指すことが出版では一般的だった。無事発売に至れば一段落、となってしまう編集者が多いことは筆者も経験してきている。発売した後の作品バックアップは編集者の善意であることが多く、サラリーを与える会社側からもその義務を課せられていないのが通例である。しかしそれではダメで、面白いコンテンツを作ってからが本当の勝負だ。それをどうやって広めて行くか――その手腕が編集者に問われている、と三木氏。従来の定義を超え多様化するメディア、それら「媒体を編集する」のが、これからの編集者が歩むべき道だ――あらためてそう気付かされたことが独立の背中を押すことになったのだという。

そう決断した後は、コルク佐渡島氏とエッグファーム大澤氏から会社設立のノウハウを学び、気持ちの整理をしたあとに、いざ上司であった鈴木氏に直訴する。これが2015年末のことだった。

上司からは、「お前、年末の最終営業日になに言ってんだ」と怒られました。そして熟考された末、「本当に残念で、なんとしても止めたいが、お前の気持ちもよくわかる。本当にやりたいんだったら、やってみろ。全力で手伝ってやるから」と、大変暖かい言葉をもらいました。僕は正直、破門というか、「裏切り者」といわれてもおかしくない暴挙だと覚悟していましたから、相変わらずの「電撃文庫の懐の深さ」にあらためて感動しましたね。

メディアが多様化する一方で、小説の生まれ方も変化している。それを象徴するのがウェブ小説の台頭だ。ラノベの作り方は、マンガのそれと近いと三木氏はいう。「作家から玉稿賜る」わけではなく「作家と二人三脚で面白い物語を作る」というのが三木氏のスタイルだ。だがウェブ小説はそうではない。作家が自ら作品を投稿・発表し、読者の評価がランキングとなって現れる。KADOKAWAも今年2月に小説投稿サイト「カクヨム」をスタートさせている。つまり、編集者が存在せずとも、面白い物語がつくられていくのだ。そういった小説を巡る変化は今回の決断に何か影響を与えているのだろうか?

実はカクヨムには全く関わっていないのでよくわからないのですが、ただ僕自身もウェブ小説投稿サイトの「小説家になろう」から生まれた作品も担当していますし、そういったウェブ小説の台頭という変化には電撃文庫の中にいても対応してきたつもりです。そもそも、電撃文庫はオリジナル作品で勝負するレーベルだと思っていますし、僕のこれからの方針もそのつもりですので、その点が独立に何か直接影響を与えたということはないですね。

カドカワとドワンゴとの合併以降、KADOKAWAは急ピッチで「物語」を巡る各種サービスを買収し、自らのバリューチェーンへの組込みを図っている。もともと合併前から電子書店「BOOK WALKER」を擁していたが、ウェブ小説プラットフォーム「カクヨム」に先立ち、ビューワーアプリ「i文庫」、書評サイト「読書メーター」も加わった。物語が生まれ、読まれ、評価されるまでの一連の流れが、自前のデジタルサービスとして提供できる体制が整いつつあると言えるだろう。

「編集者不要論」には抗いたい

そうなると一つの疑問が持ち上がってくる。これだけの「機能」をKADOKAWAはすでに備えているのだから、そもそも独立などせずとも、そこで「メディアを編集する」こともできるのではないか?という点だ。

たしかにKADOKAWAさんはニコニコ動画はじめ強力な媒体、武器をたくさん持っています。ただ、あれらのプラットフォームはむしろ外でも中でも、誰でも同じ条件で自由に使えるからユーザーが増えて人気になったサービスですから、「中にいるから便利に使える」というのとはまた違うのかなと思います。僕がやりたいビジョンとは方向性が異なる部分もあるので、一概にポジションの問題ではないですね。ただどちらにせよ、KADOKAWAさんも、縮小が続いている出版業界にも風穴を開けてやるぜ! と思っていて、その具現が今の戦略なのではないでしょうか。おこがましいのですが、それは僕も同じ気持ちです。

一言で「ラノベ」といっても、そのラインナップは多様だ。いわゆる異世界ファンタジーものだけでなく、少し大人向けの経済をテーマにした物語があったり、以前なら本格的なミステリーとして扱われていたような作品も人気となっている。三木氏がいうように作品に寄り添って「メディアを編集する」には、作品それぞれに出版社などのメディアの枠組みを超えて、展開を「編んでいく」必要があるのは間違いない。

僕の会社は、プラットフォームを持っていません。会社の資本も今現在は100%自分出資ですので、事業提携するところもありません。ですから、さまざまな会社さんとパートナーシップをもって、はじめて物語を世に送り出すことが可能となり、そして利益を生むことができ、作家さんに還元していけるのです。そのパートナーシップという観点では、やはりエンタメ小説を作って行く上で『電撃文庫』レーベルが最強です。だからこそ、僕と契約していただいている作家さんのシリーズは、当然これからも電撃文庫から引き続き刊行されます。僕の独立にあたって、すべてのシリーズ、レーベル移籍はありません。たぶんネットでは「喧嘩別れ」とか「目障りな奴をパージした」とか噂する方が出てくると思うんですが(笑)、そこはまったく違います。良好な関係ですとお伝えしておきます。

実際、三木氏が立ち上げる「ストレートエッジ」にはKADOKAWAアスキー・メディアワークス事業局統括部長の鈴木一智氏が社外取締役として名を連ねる。これからも協力関係をとっていくという意思の現れなのだろう。同じように、佐渡島氏が代表を務めるコルクにも講談社社長である野間氏が出資をしている。裏を返せば出版社にとっても、外部に優秀なエージェントが存在したほうが、メリットがあるという判断をしているという証左でもあるだろう。

新会社「ストレートエッジ」のウェブサイト。

新会社「ストレートエッジ」のウェブサイト。

契約作家にはこれまで三木氏が手がけてきた人気作家が並ぶ。

契約作家にはこれまで三木氏が手がけてきた人気作家が並ぶ。

しかし、ここで疑問がもう一つ。いくら人気作家と契約したと言っても、新人発掘の機会は出版社に所属していたほうが圧倒的に有利だ。毎年4000作品を超える電撃大賞は、三木氏がストレートエッジでエージェントを務める作家たちとの出会いの場でもあった。

はい、それがもっとも重要な、会社の今後の課題です。「新規IPの創出」は、先達のコルクさんですら試行錯誤のさなかであると感じています。契約作家からヒット作を生み出す活動と同時に、在野の作家の発掘も積極的に行っていかなければなりません。僕が電撃小説大賞の選考に関われるかどうかも、編集部の判断によるかと思います。ですから、僕が今の立場でできること、自分の強みを打ち出していくことで、課題に立ち向かっていきたいです。僕の強みとは、メディアミックスです。

テレビでは毎クール膨大な数のアニメが放送される。それと並行して、ネット配信、ゲーム化、グッズ展開が矢継ぎ早に展開し、作品を気に入ってくれたファンに更に作品やキャラクターにのめり込んでもらう(=おカネを使ってもらう)仕組みが存在している。「面白い物語」(=著作物)の最初の出口が小説というパッケージでなくともよく、ゲームやオリジナルアニメ、あるいはマンガとしてスピード感をもって展開する、という手法もある。文芸やマンガよりも、三木氏が取り組んできたラノベはそれら多種多様なメディアミックス・マーチャンダイズと直結しており、そこに勝機を見出しているはずだ。

小説という媒体にこだわらずとも、「面白い物語」はその「面白さ」がしっかり伝われば、かならず人が集まってきて、ニーズと紐づいた「シーン」が生まれ、市場となり、収益が生まれます。もちろん今も主戦場は小説本で、それが僕にとってはもっとも物語を伝えるための最適な媒体に違いはないのですが、これからは様々なメディアも利用して、作家が生み出したプロパティ(原作)を広げていくプロジェクトを考えていきたいです。

僕は、未来の編集者は「媒体を編集する」と考えています。クリエイター個人が作品を投稿・発表できる環境があり、そこから即ヒットが生まれている現状によって、「編集者不要論」が業界を侵食してきています。ですが、全てのクリエイターが自らをセルフプロデュースできる方ばかりではないし、なによりも一緒にやったほうが面白いものが作れると僕は信じて仕事をしています。作家は面白い物語づくりに専念し、僕たち編集者はメディアミックスを通じて、“ガリバートンネル”(『ドラえもん』の秘密道具)の役割を担う。そんなパートナーシップを築ければ理想です。

僕は作家さん方とは1年単位更新の契約を結びます。ですから、利益が上がらなかったり、「この編集者はちょっとダメだな」と思ったら、プロスポーツ選手のエージェントと同じく、どんどん契約を解除していってほしい。今まで、作家は編集者を選べませんでした。でもこれからは、そうではなくなるかもしれません。つまり、作家は編集者を選び、編集者は作家を選ぶというマッチング制度に業界が変わっていくということで、それがIT時代の市場原理ではないでしょうか。大手出版社の定期的サラリーと身分保障という後ろ盾がなくなった今、僕はそれくらいの緊張感を持ってやっていくつもりです。

文芸・マンガに軸足を置くコルクに続き、ポップカルチャーの起点の一つたるラノベからもエージェントが誕生する。海外に比べるとエージェントの数はまだまだ少ない日本の出版界だが、編集の本質と、メディアの変化を捉えれば、こういった動きは必然とも言える。もちろんリスクはあるが、彼らの成功とさらに後に続く動きが出てくることに期待したい。

執筆者紹介

まつもとあつし
ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp