ネット投稿小説を語る時に絶対に外せないのが「小説家になろう」だ。2004年スタートと、ネット投稿小説サイトとして老舗であるのはもちろん、書籍化を前提とした商業作品の投稿を認めないなど、ストイックなまでにプラットフォームに徹しているのもその特徴だ。なかなか外からはその考え方の根底にあるものが見えにくいこのサイトを運営するヒナプロジェクトに直接じっくりと話を聞いた。
月間15億PVを擁する「シンプル」なサイト
——「小説家になろう」設立の経緯とビジネスモデルについて教えてください。
平井:「小説家になろう」(以下「なろう」)は代表の梅崎祐輔が2004年に開設した個人サイトから始まっています。規模が大きくなったため2010年に法人化しています。
ビジネスモデルはほぼ100%広告収入で賄っている状況です。サイト内で実施するコンテストの開催費用等はいただいていますが、比率としてはごく小さいものです。
コスト面では、動画や画像などと比較するとデータ容量の小さいテキストを扱っていますので、サーバーコストも少なく抑えることができています。投稿作品数は40万タイトルを超えて居ますが、サイト・コンテンツ全体のバックアップもハードディスク一つで収まるくらいですから。
——オンライン広告はどのように表示されるのですか?
平井:短編を除くと、「なろう」では連載形式の投稿が定番です。つまり一度では読み終わりませんから、新しいエピソードが追加されるたびにサイトにアクセスし、そのたびに広告も表示されることになります。したがってサイトのトップページなどの閲覧数よりも、40万タイトル超×時には100を超えるエピソードが数ある作品ページ自体の閲覧数のほうが圧倒的に多いのです。
現在、毎日400〜500の新規タイトル投稿があります。サイトへのアクセス数はこの3月時点で月間15億PV、サイト滞在時間も平均20分以上という規模になっています。連載という形を取りますので、自然とリピーターが多い、というのも特徴ですね。
——会員登録をすると無料で作品の投稿が可能になりますが、読者の場合は更新通知が届いたりはしないのですか?
平井:メール等での更新通知はまだ実現できていません。ユーザーのマイページには通知はされるようになっています。
——続きが気になる読者は、頻繁に「なろう」サイトにアクセスして更新されているかを確認するわけですね。それにしても、他社に比べ非常にシンプルであることに驚かされます。
平井:もともと代表がサイトを立ち上げた理由も「自分が必要だったから」という面が大きいのです。2004年といえば個人サイトが全盛の時代でした。それぞれのサイトを巡回するのが大変で、であれば皆が作品を持ち寄れる場所を作ろう、と考えたのがきっかけなのです。そういう場所に求められる機能を備えようというのが根本にあります。機能を追加すればよいというものでもなく、小説を書く人・読む人が必要とする機能を優先した結果、シンプルになっているということだと思います。
——規模が大きくなったため、というお話でしたが、個人サイトから法人運営に切り替えた背景は他にはどのような理由があるのでしょうか?
平井:広告の掲載を行う際に、個人サイトではどうしてもお声がけをいただける機会が限られてしまうという面が大きかったと思います。当時はアルファポリス(2000年設立のウェブ投稿小説の出版事業を行う出版社・2014年マザーズ上場)との取引も多かったのですが、企業対個人では信頼度が違いましたね。規模がここまで大きくなった以上はやはり会社になっておいたほうがいいだろうと。
——いま従業員は何名ですか? また組織としてはどのような構成になっていますか?
平井:従業員は18人ですね。エンジニアとサポートがほとんどを占めています。問い合わせ対応を代表一人でこなすのが大変だったのも、チーム体制に移行した大きな理由でした。彼自身はシステム畑の人間なので、問い合わせ対応は得意分野ではなかったということもあります。「なろう」は原則としてメールでの問い合わせ対応なのですが、いまもエンジニアに次いで、サポートの人数が多いのです。
——先ほど言われた「必要とする機能」を汲み上げるという作業が続いているイメージですね。ユーザー数はいまどのくらいですか?
平井:ログインをして「なろう」を利用しているアクティブユーザーが27万人ほどおられます。これはあくまでまもなく100万ユーザーに到達する登録ユーザーをベースにしていますので、閲覧を含めるともっと多くなるはずです。2016年に発行したガイドブック(『WEB小説ヒットの方程式』幻冬舎)では、ブラウザベースで700万ユーザーという試算をご紹介したこともあります。
あくまでも「場」の提供に徹しビジネスには介入しない
——その規模感に対して、サービスやビジネスモデルがとてもシンプルな「なろう」ですが、掲載作品にはどのような特徴・傾向があり、「なろう」としてはどのように関わっているのでしょうか? たとえばアニメ化も記憶に新しい『Re:ゼロから始める異世界生活』(略称『リゼロ』)を例に挙げるとすると……。
平井:弊社は投稿作品の出版について、いっさい関与を行っていません。実際、『リゼロ』がアニメ化されるという話も、私たちも作者さんの「なろう」での告知で知ったくらいですから。
——書籍化の時点でもヒナプロジェクトに問い合わせなどはなかったのですか?
平井:出版社から問い合わせがあった際の取り次ぎはさせていただいています。『リゼロ』についても、ヒナプロジェクトに届いたKADOKAWAさんからのメールを、作者の鼠色猫/長月達平先生にお送りしました。
——そこで他社のようにエージェントとしてビジネスに介在するということはないわけですね。
平井:ないですね。著作権についても「なろう」で保持するということはない、というスタンスです。
——出版社の側からそういった提案がありそうにも思えます。「映像化を前提に一緒にプロモーションをする」「出版前にウェブ連載時点からタイアップをする」といったパターンがありそうですが。
平井:そういう提案があってもお断りしていますね。あくまで「なろう」は作品の展示場所に徹していこうというのが私たちのポリシーなんです。ただ展示場所の一環として「なろう」を商業のコンテストの場として使う、という例はあります。その場合はサイト内での告知費用・システム利用料はいただいています。
——コンテストの実施・運営はあくまで出版社側で、「なろう」としては場所を提供しているという仕組みですね(オーバーラップ社とのコンテストの場合、投稿時にコンテストへのエントリーを示すタグを加えておけば応募完了となる)。
平井:そうですね。選考にも私たちが関わることはありません。おかげさまでかつては年に一度開催できれば、というイメージだったのですが、現在では夏休み前など投稿が期待できる時期には沢山のご相談をいただくようになりました。当然、それらのお話は競合するものもあるのですが、私どもはいわゆる「同載調整」は行わない、ということでご理解いただいています。「なろう」はどこにも肩入れしていない、ということは出版社の皆さんよくご存じでおられるとは思いますので……。
——「タイアップ企画」とは別に「公式企画」というコーナーもありますね。
平井:こちらは私たちが独自に行っている——いわばジャンルの盛り上げを目的としたものです。たとえば夏の時期にお祭り的に「ホラー」の投稿を呼びかける、といったイメージですね。とくに賞を設けたりはしていませんが、1回の企画に400〜500くらいのエントリーをいただいています。
潮目が変わったのは『魔法科』から
——小説投稿サイト、特にいわゆる学園ファンタジーや異世界転生といったジャンルでは比類無き存在とも言える「なろう」ですが、現在の地位を築くきっかけとなった作品はありますか?
平井:反響が大きかった作品としては『魔法科高校の劣等生』(略称『魔法科』。2008年から投稿が始まり、2011年に単行本が出版、2014年にはTVアニメが放送された)が挙げられると思います。それまでは「小説家になろう」と銘打ってはいるけれど、プロの小説家になれるわけがないじゃないかという受け止め方が一般的だったと思います。だから、『魔法科』が電撃文庫から出版されるという発表があったときの反響は大きかったですね。
——「まさか本当に小説家が生まれるとは」という反応ですよね。
平井:しかも、あの「電撃」から!?という。
——「マガジン航」でもインタビューを行った三木一馬さんが担当された作品です。電撃大賞への応募ではなく、「なろう」からのデビューとなったわけですね。
平井:そうです。まさに刊行の打診の連絡は三木さんからでした。『魔法科』の作者である佐島勤さんが実は電撃大賞に別の作品で応募されていて、すでに『魔法科』を「なろう」で読んでいた三木さんが、「この文体はどこかで読んだことがある」となり、問い合わせをされたそうなんです。
もちろん『魔法科』以前も、主にアルファポリスからの刊行実績はあったのですが、(書籍化や映像化など作品が拡がっていく)「可能性」について強く意識された出来事だったと思います。アルファポリスでの刊行は、ランキング上位のものや、著者からの出版要請に応じるというもので、どちらかというと自費出版的な側面が強かったので。
同時期に当時のエンターブレインから書籍化が進んだ『ログ・ホライズン』(橙乃ままれ)の存在感も大きなものがありました。「なろう」には活動報告という、作者や読者がコメントを通じて交流するコミュニティがあるのですが、そこでのやり取りも拝見していて、一気に賑わいが増したと感じましたね。
出版社が「ウェブ投稿小説はすごい」と気がついたのは、おそらく主婦の友社の「ヒーロー文庫」(2012年創刊)がきっかけではないでしょうか。「なろう」の作品が多くを占めるレーベルを作って累計450万部以上という売上実績を作られましたので。
既存の環境から生まれてくるものと何が違うのか?
——「なろう」から見て、出版社がウェブ投稿小説に着目する理由とはなんでしょうか? もちろん売れるという面は大きいとは思うのですが、たとえば、先のオーバーラップ社のようにコンテストを「なろう」で行うのは、また別の狙いもあるように思えます。
平井:あくまで想像ですが、ウェブにおける書き手の意識の違いは大きいと思います。たとえばウェブであればコンテスト応募の条件を満たすための「文字数」を考えなくてもいいわけです。ほとんどのウェブコンテストは「原稿用紙○枚まで」といった制約がありません。一方で、書籍化のために○万文字以上という下限が設けられているケースもありますが、完結していなくてもよいというものも多いのです。このように前提が異なってきますから、投稿される作品の傾向も違ってくるのだと思います。
——作品の傾向というのはもう少し具体的には?
平井:「ヤマ」の持っていき方が変わってきます。規定の上限文字数があれば、起承転結をすべてその中で収めなければなりません。ウェブですと、たとえば「承」がどれだけ続こうが、そこが面白ければ、たとえ「結」が見えてなくても作品としてアクセスが増え、評価されますから。
——なるほど。考えてみると本来「小説」とはそういうものだったかも知れませんね。『モンテ・クリスト伯』や『指輪物語』などの古典的な物語にしても、本筋そっちのけで一大叙事詩がはじまって、それもまた魅力であったりもします。
平井:そうですね(笑)。
——商業小説、紙の本による出版という「枠」をウェブ投稿小説がいったん解体した、と言えるかもしれません。
平井:ヒナプロジェクトの思想として「ハードルは可能な限り低く」というものがあります。言ってみれば、中高生が筆の赴くまま書き殴った小説だって載せられるわけです。
——いわゆる「黒歴史」という奴ですね(笑)。
平井:ああいうのって、「どう完結させるか」まで考えないじゃないですか。とにかく衝動的に自分が面白いと思ったものを書き連ねる——それがウェブ投稿小説では許されるところがあります。他人が読んで面白いと思うかは、もちろんまた別問題ではあるのですが、投稿する分にはなんの制約もありません。読者受けを狙うとかではなく、「ただ書きたいから」「書いていて楽しいから」でも、なんの支障もありません。弊社としても、「なろう」に質の高い作品が投稿されることや作者や作品を「育てる」ことを目指してはいないのです。
そうやって書き連ねた作品を、コンテストに応募するのも自由です。そうした過程から生まれた作品が、出版社の編集さんの目に止まり「面白い!」となり、書籍化される。そういう流れがいくつも生まれているのだと思います。たとえ、「日本語としておかしい」ような作品でも、ある層の読者からすれば「面白い!」ということもあります。
実際、作者に出版社の連絡を取り次ぐと、とても驚かれることが多いのです。「これを書籍化なんて本気ですか!?」という具合に。「なろう」にもシステムが自動的に表示するランキングはありますが、個々人が思う「面白さ」を担保するのは、そもそも無理があるので、そこに枠を設ける必要はないだろうと考えていますね。
——言葉を選ばずに言えば、妄想を書き連ねていた先に思わぬ展開が待ち受けていた、ということですよね。そういった内容の面からは、とくに「なろう」の場合、いわゆる「異世界ファンタジーもの」と呼ばれる作品が非常に多いのはなぜなのでしょうか? 傍から見ると「皆同じに見える」という声も聞こえてきますが。
平井:サイトの傾向としてはそうなっていますね。書き手目線でいえば、おそらく「書きやすい」ということなのだと思います。『指輪物語』や『ロードス島戦記』、『ナルニア国ものがたり』のような、重厚なファンタジーになると文化や経済といった世界設定を作り込んでいく大変な作業が求められることになります。
けれども、今の書き手にとってのファンタジーとはゲームの世界に集約されるところがあって……。
——「ドラクエ」や「ファイナルファンタジー」のようなRPG、ということですね。
平井:それこそ「ファイナルファンタジー」は「ファンタジー」と銘打っていますからね。エルフやドワーフなどの種族がいて、剣や魔法でモンスターと戦って……という世界観がある程度共有されています。そういった読者もすぐに理解できる「お約束」があるジャンルを、「異世界」と呼んでいるのです。
加えて「なろう」では「異世界」と「異世界転生/転移」を投稿する際の登録ジャンルとしては区別しています。異世界にまとめてしまうと数が多すぎますし、物語に求める要素が異なるはずだからです。
——『リゼロ』のような「異世界転生/転移」ものが多いので、別ジャンルとして整理したと。コミケのサークル配置のようですね。従来の小説文芸のジャンル分けとはまったく様子が異なります。転生/転移とそうではない異世界が何が違うのか? という声も聞こえてきそうです。
平井:そうですね、いわば壁サークルとして配置したイメージです(笑)。「なろう」独自のジャンル分けとなります。転生/転移は、現代の私たちと同じ価値観を引き継いでいるかという点がポイントです。物語の展開も異なってきますし、ゲームをベースとした世界観なので書き進めやすい・読者にも共感してもらいやすい、という面はあると思います。
——とはいえ他の投稿サイトでは、「ご当地もの」や「学園ホラー」が人気ジャンルであったりします。「なろう」に投稿する人たち・読みに来る人たちにとっては「異世界転生/転移」がとても重要な要素なのですね……しかし、それにしても、あるいはそれだからこそ一見似た作品が次々と生まれ、にも関わらず人気を博しているのはなぜなのでしょうか?
平井:似てしまう……そうかもしれません。ただ、逆の発想もできると思います。「違いを思いついたから書いた」ということですね。読者もそのわずかな違いから生まれる面白さを楽しむという。
たとえば異世界に転生した上に自分が蜘蛛になってしまった、というアイデアから「蜘蛛ですがなにか?」(上の動画も参照)という作品が生まれています。各々が思いつく一つのアイデアから膨らんだ妄想を書き連ねる、たとえ異世界というほぼ共通の舞台があったとしてもそこから生まれる世界は決して一つではありません。そんな妄想を出力してみたら、意外とウケたということではないかと。
——異世界は、読者がとっつきやすい世界観であると同時に、ちょっとした違いを書き手としても手がかりに書き連ねることができる、その違いを読者も楽しみ続けることができるということですね。一方で、従来の文芸に近いジャンルでも、映画化も予定されている『君の膵臓をたべたい』(住野よる、略称『キミスイ』)が生まれたりもしました。
平井:そうですね。異世界ものが目立つ「なろう」ですが、文芸でも注目作品が生まれています。このジャンルは、書き手が投稿時に「このジャンルで読んでほしい」という感覚で選んでいるもので、掲載後も変更が可能です。たとえば「ゾンビもの」がホラーなのか、パニックなのかは結構微妙なところですよね。
「なろう」には様々な作品が日々投稿・蓄積されていきます。そして、どういった作品を読みたいかも千差万別です。たとえば恋愛小説を読みたいという読者も、舞台が異世界なのか、会社や学校のような現実世界なのかで、まったく気分や属性が違ってきます。以前は検索キーワードで区別してもらっていたのを、もう明確にジャンルとして分けようと言うことになり、いまのようなかたちになっています。
競合をどう意識するか?
——KADOKAWAが「カクヨム」をスタートさせるなど、ネット投稿小説サイトの競争は激しさを増しているようにも思えます。いまの状況をどう見ていますか?
平井:ウェブ小説の場所が、全体として見たときに「広くなった」という認識ですね。もともと「なろう」が生まれてからも、同様の投稿サイトがいくつも生まれ、そのいくつかはなくなりました。そんな中、出版社がウェブ小説に本気で取り組むという姿勢を見せてくれていることは、私たちとしてはありがたく、また心強いという気持ちです。
——よく言われる市場が拡がった、という点に加え、ウェブ小説が小説の真ん中に据えられつつあるということかもしれませんね。
平井:ウェブ小説は、「ライトノベル」方面からも「素人ばかりでレベルが低い」という認識が最初期は強かったのです。そこからすれば、出版社さん自らがサービスを始めるというのは、認識・市場が固まってきたという実感を得るには十分で、嬉しいですね。
——競合の登場に対して危機感はありませんか?
平井:これは代表である梅崎の考えですが、彼はシステム寄りの人間なので、仮に「なろう」が廃れたら、それは私たちが備えている機能が必要とされてないということなのだろう、と。そこは一貫していますね。私たちの「なろう」は、すでに多くの書き手と読み手を抱えていますので、皆さんに便利だと思ってもらえる運営を続けて行くことに集中していればいい、という考え方です。もちろん競争意識は持つべきだと思っていますが、危機感に駆られるということはないですね。
——先ほどの、作者と出版社との間のビジネスには介在しない、という話にも通じるのですが「なろう」は競争からも一定の距離を保とうとしているようにも見えます。いわゆるコミケなどの「運営」の距離の取り方に通じるものを感じます。それこそが、「なろう」が独自の立ち位置に立ち続けている肝なのかも知れません。
平井:距離の取り方にはたしかに気を遣ってますね。そこは大事だと思います。
現在、博報堂DYデジタルと行っている「今日の一冊」も、ランキングだけでは抽出できないよい作品をピックアップをいただけるということで、我々からはデータの提供、博報堂DYデジタルからはコンテンツの提供をいただくという関係のもと行っています。トップページから導線を貼っていることもあり、ここに紹介されるとPVが飛躍的に上がり、書籍化の話が進んだものもあります。
——最後にウェブ小説が今後どのように進化していくのか? 「なろう」としてはどのような未来を描いているのかを教えてください。
平井:ウェブ小説といえばライトノベル的な傾向が強かったと思います。実際は従来の文芸をカバーするところまで裾野は広がっているのですが、まだまだその認知は広まっていないのが現状です。そういう意味では、小説というか、いわゆる物書きという業界全部を巻き込むようになっていれば、「道具」としてはいちばんありがたい話なのだと思っています。
すべての物語が、ウェブ小説から生まれるようになってほしい、というわけではありません。従来の仕組みといい意味でのバランスを保ちながら、より多くの作品がより広く世に出るのが、新旧両方の業界にとって至上命題だと思うんです。
片方が潰れてしまって、そこから生まれるはずだった作品が出てこないというのは、おそらく誰も得をしませんから。皆で利益を最大化できているのが、ウェブ小説と既存の出版界が望むべき未来なのかなと思います。
* * *
前回取り上げた「エブリスタ」とは非常に対照的なのが、今回の「小説家になろう」だ。エージェントとしてふるまえば、利益もさらに大きくなるであろうところ、その選択は採らない。プラットフォーム(場の提供)に徹する姿勢こそが、「なろう」を独特の存在たらしめている。運営の際に重視するのもデータよりも、アナログな「ユーザーの声」だという。
どちらがよいのかという議論はいまは脇に置くが、ここから他社が追随しえない大ヒット作が次々と生まれているのは事実だ。それは特定のジャンル、ひいては読者を対象としているから成り立つものなのか? それとも、「ビッグデータ」が喧伝される時代にあって、ネット投稿小説はむしろそれとは距離を置いてこそ魅力が増すものなのか? この連載で引き続き考察を続けて行きたいと考えている。
執筆者紹介
- ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp
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