一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)は6月16日、有隣堂ヨドバシAKIBA店で、「リアル書店における電子書籍販売実証事業」のメディア向け説明会を行いました。昨年12月22日に朝日新聞が「めざせ『ジャパゾン』」と報じたコンソーシアムが、実際に動き出したというわけです。
私は当時この報道を受け、「マガジン航」へ「リアル書店で電子書籍を売るということ」という記事を寄稿しました。「なぜいまさらコンソーシアムで実証実験?」と批判をした以上、どういう形で世に送り出されることになったかを確認する義務があると思い、説明会へ行ってきました。
有隣堂ヨドバシAKIBA店に足を踏み入れると、電子書籍カード「BooCa」のコーナーはすぐに目に付きました。なにせ、この大きさ。非常に目立ちます。まるでトレーディングカード売り場のようです。新刊が並んでいた棚を一つまるごと撤去し、カード展示用のブースに入れ替えたとか。もしこれでカードが売れなかったら、どれだけの利益を逸失するのだろう? と想像すると、背筋が寒くなりました。有隣堂の本気ぶりが伺えます。
関係者に話を聞くと、あの「ジャパゾン」は朝日新聞が勝手につけた呼称だとのことでした。ウェブでは否定的な意見ばかりが見られましたが、この事業は「ウェブを使いこなせていない」ユーザーをターゲットとしているので、批判の多くがコンソーシアムの狙いとはズレたものだったとか。
「これは実証実験ではなく、実証事業です」
しかし、私の書いた「なぜいまさらコンソーシアムで実証実験?」という批判は痛いところを突いていたようで、記事は印刷されコンソーシアムの会合で資料として配布されたそうです。そのせいもあってか、JPOの永井祥一専務理事は説明会の冒頭で、「これは実証実験ではなく、実証事業です」と強調していました。つまり、実験して報告することが目的ではなく、事業として成果を出すことこそが重要だと。
永井氏はこうも言いました。「実証事業と言ったからには、逃げ道がない形にする必要があります。だから、国からは一切お金を貰ってません。JPO含め、すべて参加企業の自腹です。だから『高い授業料だったね』では絶対に終われません。成功するためにエネルギーを注ぎます」と。つまり、有隣堂だけではなく、三省堂書店、豊川堂、今井書店、楽天、BookLive!、そしてJPOも本気だということです。
実は私は、12月の記事には書きませんでしたが、コンソーシアム方式にしたのは国からお金を引っ張るための方策ではないかと疑っていました。国にお金を出してもらえれば、自分の腹を痛めず実験ができます。失敗しても、ダメだった理由を並べる言い訳じみた報告書を出せば、誰も責任をとらずに終われます。しかし、自腹ならまったく話は違います。営利企業ですから、必ず結果が求められます。失敗すれば、担当者は責任をとらされるでしょう。
三省堂書店神保町本店も本気だった
有隣堂での説明会が終わった後、私は都内でもう一つの実証事業実施店舗である、三省堂書店神保町本店へ向かいました。店頭では、当日開始されたばかりである「BooCa」の説明展示と、電子書籍端末が当たる抽選会が行われていました。「BookLive! Reader Lideo」の隣に、楽天Koboの端末が並べられています。BookLive!の方が「もちろん楽天Koboについても説明しますよ」と仰っていたのが印象的でした。
店内の様子も、5月初旬に「デジ本プラス」を試すため訪れたときから様変わりしていました。以前の電子書籍カウンターには、BookLive!との連携サービスである「デジ本」が陳列されていたのですが、すべて「BooCa」に変わっていました。上部の看板も「BooCa」です。そしてここでも、楽天Koboの端末が一緒に並べられていました。また、各フロアの柱などに展示されていた「デジ本」も、すべて「BooCa」になっていました。
なお、「デジ本」はやめるわけではなく、「BooCa」と並行して今も稼動しているそうです。まったく同じ仕組みではなく、「デジ本」はレジでチケットコードを発券する方式、「BooCa」は電子書籍カードそのものにダウンロードコードが書かれている(つまり、紙1枚とはいえ「在庫」の概念が存在する)方式と、若干異なる仕組みなので、その違いによるメリット・デメリットも調査したいとのことでした。
「呉越同舟」事業は成功するか?
それにしても、三省堂はこれまでBookLive!と二人三脚で電子書籍事業を推進してきました(詳しくはINTERNET Watchへ寄稿した「紙と電子の相互補完──三省堂書店が電子書籍を販売するわけ」をご参照ください)。その過去を知っていると、BookLive!が了承して共同で実証事業をやっているとはいえ、三省堂書店だけを客観的に見れば「楽天に侵略された」ようにも見えます。
有隣堂はこれまでも、BookLive!端末と楽天Kobo端末(そしてKindle端末も)を同時に扱ってきた書店なので例外だとしても、他の実証事業実施店舗である今井書店と豊川堂はこれまで楽天と提携してきた書店です。今井書店は鳥取県、豊川堂は愛知県と少し遠方なので店舗の状況が分かりませんが、三省堂書店や有隣堂と同じように楽天KoboとBookLive!が並列で扱われているとしたら、客観的に見れば「BookLive!に侵略された」ようにも見えるでしょう。
目先の小さな売上を奪い合うのではなく、まだ電子書籍を利用していない圧倒的大多数のユーザーへリーチするという大義のために手を組んだと捉えれば、その前向きなトライは称賛すべきでしょう。ところが6月30日に、仰天ニュースが飛び込んできます。BookLive!とTSUTAYAが戦略的パートナーシップに基本合意したのです。
楽天Koboは、TSUTAYAのFC店である蔦屋書店のトップカルチャーや、WonderGOOと提携しています。楽天ポイントの扱いをどうするんだろう? と思いつつ(TSUTAYA本部のカルチュア・コンビニエンス・クラブは、楽天のライバルであるYahoo! JAPANとTポイント事業で提携している)、有力FC店と提携している楽天KoboがTSUTAYA本部を口説き落とすのは時間の問題ではないかと想像していました。
だからこのBookLive!とTSUTAYAの提携は、楽天としては「トンビに油揚げをさらわれた」ような出来事です。直後に開催された第21回東京国際ブックフェアで楽天関係者に話を伺ってみましたが、当然のことながら「面白くない」という反応でした。だからといって、楽天がいきなり「BooCa」をやめることはないでしょうが、ライバル同士が手を組むことの難しさを感じさせられます。
コンソーシアムに参加していて実証事業には参加していない、ソニーマーケティング(Reader Store)、大日本印刷(honto)、ブックウォーカー、紀伊國屋書店(Kinoppy)の動向も気になるところです。説明会で質問したところ、「システム構築に半年くらいかかるので、実証事業期間中に参加するのは難しい」とのことでしたが。
いま Offline to Online (O2O) 事業が熱い
ところで、今年の東京国際ブックフェア(および国際電子出版EXPO)については、別途振り返り記事を書かせて頂く予定ですが、楽天のブースではこの「BooCa」が、凸版印刷のBookLive!コーナーでは紙の本を買うと電子版が無料で貰える「AirBook」やTSUTAYA限定Wi-Fiスポットの「BookLive! SPOT」が展示されていました。それ以外にも、モリサワでiBeacon連動システム(参考出品)や、手塚プロダクションのWi-Fiスポット「TEZUKA SPOT」など、リアルからネットへの誘導を図る Offline to Online (O2O) のサービスが目に付きました。
ここ最近、電子書籍関連の Offline to Online サービスは非常に増えています。
・昨年12月20日にグランドオープンしたショッピングモール「イオン幕張新都心店」では、シャープGALAPAGOS STOREの雑誌閲覧サービスを提供。
・楽天は5月29日に、東京・渋谷へ「楽天カフェ」をオープン。
・ポップカルチャー専門店のアニメイトは7月7日に、電子書店「アニメイトブックストア」をオープンし、店舗で「デジタル立ち読み」できる仕組みを提供。
・7月16日にリニューアルオープンする六本木ヒルズ森タワーのスターバックスには、Kindle端末が14台設置される。
こうした動きが拡大していくにつれ、電子書籍の普及率が高まり市場も大きくなっていくのでしょう。インプレスビジネスメディアによると、2013年の電子出版市場は1000億円を超えたそうです。いまだに「実感がない」とか「いつまで経っても元年」「誰が儲かっているか分からない」などと揶揄する方もいますが、現状を正しく認識するには、今までと同じことを一日千秋のごとく続けている企業ではなく、たとえ失敗しようと新しいことにチャレンジし続けている企業を注視すべきでしょう。そういう意味で私は「BooCa」事業を応援したいと思います。
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執筆者紹介
- フリーライター。日本独立作家同盟理事長。実践女子短期大学非常勤講師(デジタル出版論/デジタル出版演習)。著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。
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