日販の『出版物販売額の実態2016』に感じた時代の変化

2017年2月22日
posted by 鷹野 凌

日本出版販売株式会社(以下、日販)は昨年9月30日、『出版物販売額の実態2016』を発行した。今回の同誌には、大きな変更点がいくつもある。私はこれに、時代の変化に対応しようと日販が努力している様子を感じ取ることができ、少し明るい気分になった。

まずプレスリリースを読んだら、今回から日販が運営するオンライン書店「Honya Club.com」での取り扱いが始まったという記述に気づいた。ついにネット通販で、誰でも入手可能になったのだ。

さっそく購入しようと思い「Honya Club.com」のページを開いたら、PDFデータ版の取り扱いも始まっていてさらに驚いた。私は紙の資料だとすぐどこかへ埋もれてしまうため、紙版と電子版が選べるなら迷わず電子版を選ぶようにしている。大量のファイルがあろうと、検索すればすぐに見つけられる。埋もれた資料を探して、時間を無駄にしたくないのだ。

ところが、このPDFデータ販売は少し残念なことに、購入したその場ですぐダウンロードできるわけではない。パスワードがかかっているPDFファイルが後日メールで送られてくるという、いささか古いやりかただ。

システムを構築するにはコストがかかるので、人の手でやっているのだろうか? それでも従来に比べたら、大きな変化である。注文翌日にはメールが届いたし、PDFからテキストデータをコピーすることも可能なので、満足度はそれなりに高い。

「出版社直販ルート」の追加が重要な理由

同誌を手に入れページをめくり、「はじめに」を読んでさらに驚いた。従来は、取次を経由する販売経路だけが掲載されていたのだが、なんと今回から「出版社直販ルート」が追加されたのだ。思わず「マジか」と声が出た。なぜこのような重要なアピールポイントが、プレスリリースには書かれていないのだろう? もったいない。

なぜこれが重要な変化なのか。例えば、日経BP社の「日経ビジネス」は毎週20万部を発行しているが、大半が読者へ直送する定期購読である。アマゾンは「e託販売サービス」で、出版社との直接取引を拡大している。

紀伊國屋書店も、大日本印刷と合弁で出版流通イノベーションジャパンを設立し、村上春樹氏の『職業としての小説家』をスイッチパブリッシングから買い切りで仕入れるなど、出版社との直接取引を拡大している。

石橋毅史氏の『まっ直ぐに本を売る』(苦楽堂)で詳しく紹介された、トランスビューのような事例もある。

実は筆者が以前勤めていた会社でも、取次を経由しない出版物で年間数億円の売上があった。つまり、取次を経由しない一般消費者向けの出版流通はいろいろあるはずなのに、従来は取次を経由した販売ルートの数字しか勘案されていなかったのだ。

こういった「実態」に、私はつねづね疑問を感じていた。今回の同誌は、その疑問にひとつの答えを出してくれたのである。もちろん、取次を経由しない流通は推計値ではあるが、アンケートなどそれなりの根拠に基づいた数字であり、無いものとして扱われていた従来に比べたら雲泥の差だ。過去10年分のデータを再計算しているので、推移を見ることもできる。

ただ、同誌の注釈を読んでも、アマゾンの「e託販売サービス」のようなケースが「インターネットルート」なのか「出版社直販ルート」なのかは不明だった。そこで私は、この定義について日販に問い合わせてみた。担当者の回答によると、要するに「エンドユーザーがどこから購入したのか?」によってルートを分類しているそうだ。

つまり、アマゾンで販売された紙の出版物はすべて「インターネットルート」に含まれ、取次経由なのか「e託販売サービス」なのかは関係ない数字ということになる。ただし、『出版物販売額の実態2015』における2014年の「インターネットルート」と、『出版物販売額の実態2016』における2014年の「インターネットルート」は、同じ数字であることは指摘しておこう。「前年までの資料とは接続しない」と注記されているものの、疑問は残る。

電子媒体の推定販売額はインターネットルートを抜いた

これを前提として、データを見てみよう。期間は2015年4月~2016年3月だ。「電子媒体(電子書籍、電子コミック、電子雑誌の合算で、学術ジャーナルは含まれない)」の推定販売額は、既に「インターネットルート」を追い抜いている。

「インターネットルート」も前年比では106.2%と伸びているが、「電子媒体」は135.2%と急成長している。この伸び率からすると、2016年度には間違いなく「CVSルート」や「出版社直販ルート」を追い抜くだろう。電子出版の市場規模は、既にそういうレベルにまで達しているのだ。

なお、「電子媒体」と「インターネットルート」を合計すると3591億円で、出版物販売額全体(紙+電子)の18.2%を占める。また「書店ルート」が占める割合は、電子出版物を除くと64.6%、全体(紙+電子)に対しては58.5%となる。販売ルート別の推定販売額と、「電子媒体」の推定販売額は、なぜか離れたページに記載されているためわかりづらいのだが、「エンドユーザーがどこから購入したのか?」という観点で現実を直視するためには、並べて記載したほうがいいように思う。

日販の『出版物販売額の実態2016』がこれまで述べたような変化を遂げたいっぽうで、出版科学研究所の『出版指標年報』は2016年版でもまだ取次ルートが主体の数字だ。

1995年に公正取引委員会が発表したアンケートに基づき「書籍の7割近く、雑誌の9割強」が取次ルートであるとしているが、アマゾンが日本でサービスを開始したのは2000年のこと。その後の変化をまったく踏まえていない「実態」を発表し続けてきたことになる。とはいえこちらも、2016年版からようやく電子出版市場の推計を出すようになったので、次回からは変わるのかもしれない。期待しておこう。

読み放題サービスの「dマガジン」や「楽天マガジン」は好調であると伝えられており、講談社などが苦情を申し立てているアマゾン「Kindle Unlimited」の騒動も、ユーザーが人気作品に殺到してしまったがゆえに起きている事件という見方もできる。デジタル・ネットワーク化という時代の変化はもちろん止めることなどできず、むしろ今後ますます進展していくことだろう。

ダーウィンの進化論は「弱肉強食」ではなく「適者生存」である。強者が生き残るのではなく、環境の変化に対応できた者が結果として生き残るのだ。生物は、自分の意思で体を作り替えることはできない。しかし企業は、人の意思によって変化できる。『出版販売額の実態2016』には、時代の変化とともに、日販の「変わろう」という意思も感じられる。変化に対応できなければ、淘汰されるだけ。それはもちろん、出版社や書店にも同じことが言えるのだ。


*本記事は『出版ニュース』2016年11月上旬号)に掲載された「『出版物販売額の実態2016』に感じた日販と時代の変化」を改題し、再編集のうえ転載したものです。