先々週、米司法省(DoJ)がアメリカの大手出版社5社とアップルに対し、電子書籍の値段について談合し、Eブックの値段を吊り上げたことが独禁法に違反するとして提訴し、うち3社が和解に応じた、というニュース。翻訳記事も含めてあちこちで伝えられている。
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この訴訟について言っておきたいのは次の3点。
1)エージェンシー・モデルそのものが違法とされたのではない。
2)和解に応じるのは非を認めたことにはならない。
3)この訴訟で唯一得をしている企業はどこなのかを考えると、この訴訟の真の意味が見えてくる。
日本だとどうしても知名度の高いアップル社が被告に名を連ねているし、それでなくともアップルは、他のIT企業とよく新技術の特許に絡んだ訴訟を起こしたり起こされたりしているので、またしてもアップルがラスボスのように受け止められがちなのは理解できる。が、この訴訟に限ってはいちばんの脇役だし、その「談合」の部分には直接関わっていないことを理由にアップルが司法省の判断を不服とし、裁判を厭わないのは当たり前だと思うので、まずは横に置いておくとする。
問題は、サイモン&シュスター、ペンギン、ハーパーコリンズ、アシェット、マクミランという、最大手ランダムハウスを除く5つの大手出版社のトップが、アップルから「エージェンシー・モデル」という新しいEブックの卸し値システムを持ちかけられて「どうすっぺか?」と仲間内で相談したのが「談合」に当たる、そしてその談合によって、自由競争で決められるべきEブックのお値段が不当につり上げられるのはけしからーん!と政府が怒ったというのが表向きの筋書き。
知っている人には今さら説明する必要もないが、このエージェンシー・システムというのは、Eブックの小売り価格を出版社が決めて、そのEブックを売るリテーラー、つまり、アップルのiBookstoreがその通りの値段で読者に売って、売上の一定歩合(アップルのシステムでは30%)を受け取る方式。
これに対する「ホールセラー・システム」というのがそれまで一般的なEブックの売り方で、これは、紙の本と同じ考え方、つまり、本に対する版元の「希望」小売り価格という上限が決まっていて、本を売る側は、仕入れる冊数とか、返品可能か、などの条件に従って一定の「掛け値」で本を仕入れるが、実際に売るときの値段はリテーラーに任される、というシステム。まぁ、本に限らず何でもモノを売るときは一般的なやり方かも知れませぬ。
本の適正価格を決めるのは誰か
ただ、日本の場合は再販制があるので、出版社は「この本は○○円です」っていうのがまかり通っていて、だからこそ、本自体にそのお値段が刷れる、というのがあるよね。この辺が当たり前すぎて誰も疑問を持たないわけだけど、本の適正価格って、なんだろう?という疑問もあったりする。もちろん、物理的な商品としての本と見てしまえば、その本にかかったコストを計算して、一定部数売れたら黒字になるのが理想的なんだけど、本の価値、って読む人によって千差万別でしょ?
もしかしたら、その本を読んだことで、価値観が根底からひっくり返され、人生の転機になるかもしれない感動を受けることだってあるのだし、その同じ本を読んでも「なーんだ、つまんねー」って即座にゴミ箱行き、ってな本もあるわけで。
本当にその本を作った出版社がその価値をいちばん良くわかっているのだろうか? もしかして、その本を売る書店員さんの方が「この本はすごい、これだけの価値がある」ってわかっているのかもしれないよね?
出版社にしてみれば、翻訳コストがかかったから、ちょっと高くしたいってのもあるかもしれないし、装丁に凝ったからその分コスト高、ってのもあるけど、もしかしたら本の内容で適正価格をつけられるのだったら、いちばんお客様に近いところで働いている書店員こそが本の価値を知っているのかもしれないけど、指示された小売価格でしか本を売れないってのは、書店にとっても歯がゆい部分ではあるのだろうなー、と以前から思っていたわけです。(以前、「本の値段」というテーマで「マガジン航」にコラム書こうと思って挫折した過去があるw)
まぁ、そういう哲学的な話はさておき、同じ本に「紙の本」と「Eブック」というフォーマットの違いがあるときに、何が適正価格なのかを決める権利というのは、一体誰にあるのか?というのが、今回の訴訟の「テーマ」だと思っているわけだ。
もちろん、紙の本と違って、Eブックには印刷代も要らないし、大きな倉庫で在庫を確保しておく費用もかからないので、紙の本よりは安くなって当然、という理解はある。でも、いくらでも無料でコピーできるからって、限りなく安くもできない。
アップルがiPadを売り出す2010年初頭、ホールセラー・モデルで出版社が苦労していたのは、赤字覚悟で卸値価格を無視してEブックが安売りされることだった。紙の本の場合、どんなに大量に本を仕入れても、ディスカウント50%、つまり、掛け値の「5掛け」、半額は出版社の手元に入ってくるように値段を設定していたので、希望小売価格20ドルの本が10ドル以下で売られるようなことはなかった。それを「市場シェア拡大」を理由に安売りするところが現れたせいで、出版社もかなり焦っていた。自分たちのふところには影響ないのに、Eブックを安売りされると、相対的に紙の本がやたら高く感じられる。
では、実際に談合はあったのか? と言われれば、まぁ、あったよね、というしかない。iPad発売に先駆けて、私個人も知り合いの編集者から「今、会議室にアップルの代表者が来てる!ジョブズもNYにいるらしい」とか、「うちのボスが、『スティーブとランチするんだぜい』とはしゃいでるw」みたいなメールをもらった。司法省の訴状にも「各社の上層部がPicholineの個室で密談を重ね…」という文章があったりして「え?あのレストランにそんな個室があったんだ〜」「マイケルズ(大手出版社御用達のレストラン)じゃなかったんだー」みたいな会話もしてるんで。
でも、それは出版社同士が示し合わせて価格を吊り上げたというよりは、卸し値より安い価格で売られちゃったら、どこまでも価格破壊が進むかも知れないし、黙ってダンピングされるのを見ているわけにはいかないよね、という当然至極の話し合いの域を出ないもののような気がするのだ。
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