震災後1年を経て、電子書籍について考える

2012年3月24日
posted by 仲俣暁生

東日本大震災の発生から1年を経たこの春、震災を振り返るさまざまな本が刊行されています。1年という月日をかけてようやく見えてきたことが多いことを、これらの本を読んで感じます。

他方、震災直後は、多くの出版社が自社のコンテンツを電子化し、無償で公開するという動きが広がりました。「マガジン航」でもその動きをとりまとめ、「被災地に電子テキストを」(2011年3月21日)という記事にしたこともあります。電子書籍という形式にとらわれず、アプリやPDFといったさまざまなかたちで、被災地に必要なコンテンツを届けようとした出版社の動きに、とても勇気づけられた気がしました。

その後、被災地に紙の本を送ろうとする人々が増えた際には、逆にそれが本当に現地の人のためになっているのか、かえって負担になりはしないかという視点から、被災地の図書館事情に詳しい岡本真さんらが提唱する「本を送りません宣言」を転載しました。この宣言への賛否はさておき、震災復興のために、本がどのように役立つのかを考えるには、必読のドキュメントだと思います。

電子書籍を復興に役立てようという動きとしては、経済産業省により、「コンテンツ緊急電子化事業」が予算化され、以下がその目的として語られています。

東日本大震災の影響により被災地域では、出版関連事業者の生産活動が大幅に減退し、被災地域の書店等が失われたことにより地域住民の知へのアクセスが困難になっている。

被災地域において、中小出版社の東北関連書籍をはじめとする書籍等の電子化作業の一部を実施し、またその費用の一部負担をすることで、黎明期にある電子書籍市場等を活性化する。

それともに、東北関連情報の発信、被災地域における知へのアクセスの向上、被災地域における新規事業の創出や雇用を促進し、被災地域の持続的な復興・振興ならびに我が国全体の経済回復を図ることを目的とする。

この事業の目的と手段の整合性については、「東北を遥か離れて:電子化事業への5つの疑問」という記事で鎌田博樹さんが懸念を示しているように、十分な説明がなされていない感もあります。公費が投じられる以上、被災地の復興に実質的に寄与するかたちで電子化事業が行われてほしいと切に願います。

今回の「電子化事業」では、すでに紙の本として刊行された東北関連の出版物、あるいは東北地方にある出版社が刊行した本の「電子化」を行うとのことです。そのゴールがいつになるのかは、まだ明らかではありませんが、「知へのアクセス」をその目的とする以上、できるだけスピーディな動きが求められます。

こうした国主導の動きとはまったく別に、昨年の震災後、もっとも早く、個人的に「出版」のアクションを起こした一人に、作家の池澤夏樹さんがいます。9・11やイラク戦争の際にも、池澤さんはいち早くインターネット上で活動をはじめ、個人の立場で「出版」を行いました。彼が今回の震災後に刊行したのが、紙の本では絶版となっていた『楽しい終末』という本です。

昨年のうちに「マガジン航」では池澤さんにインタビューの時間をとっていただいたのですが、編集に手間取り、公開が遅れてしまいました。そのときのインタビューを、「池澤夏樹さんに聞く、本と出版のこれから」として、震災から一年を経てようやく公開することができました。

電子書籍のタイトル数を一挙に増やすことも重要ですが、出版とはひとつひとつの志の積み上げであることを忘れてはならないでしょう。『楽しい終末』が電子書籍として「復刊」された経緯こそ、本来の「電子出版」のありかたではないか。震災復興も重要ですが、それよりも大事なのは、今回の震災を、出版の初心をとりもどす契機とすることではないか。経済産業省のいう「黎明期にある電子書籍市場等」の活性化よりも、出版社や作家のなかにある、出版への志を「活性化」させることのほうが、はるかにこの国の復興に寄与すると私は考えます。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。