大手出版5社はEブック談合してたのか?

2012年4月23日
posted by 大原ケイ

先々週、米司法省(DoJ)がアメリカの大手出版社5社とアップルに対し、電子書籍の値段について談合し、Eブックの値段を吊り上げたことが独禁法に違反するとして提訴し、うち3社が和解に応じた、というニュース。翻訳記事も含めてあちこちで伝えられている。

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この訴訟について言っておきたいのは次の3点。

1)エージェンシー・モデルそのものが違法とされたのではない。

2)和解に応じるのは非を認めたことにはならない。

3)この訴訟で唯一得をしている企業はどこなのかを考えると、この訴訟の真の意味が見えてくる。

日本だとどうしても知名度の高いアップル社が被告に名を連ねているし、それでなくともアップルは、他のIT企業とよく新技術の特許に絡んだ訴訟を起こしたり起こされたりしているので、またしてもアップルがラスボスのように受け止められがちなのは理解できる。が、この訴訟に限ってはいちばんの脇役だし、その「談合」の部分には直接関わっていないことを理由にアップルが司法省の判断を不服とし、裁判を厭わないのは当たり前だと思うので、まずは横に置いておくとする。

問題は、サイモン&シュスター、ペンギン、ハーパーコリンズ、アシェット、マクミランという、最大手ランダムハウスを除く5つの大手出版社のトップが、アップルから「エージェンシー・モデル」という新しいEブックの卸し値システムを持ちかけられて「どうすっぺか?」と仲間内で相談したのが「談合」に当たる、そしてその談合によって、自由競争で決められるべきEブックのお値段が不当につり上げられるのはけしからーん!と政府が怒ったというのが表向きの筋書き。

知っている人には今さら説明する必要もないが、このエージェンシー・システムというのは、Eブックの小売り価格を出版社が決めて、そのEブックを売るリテーラー、つまり、アップルのiBookstoreがその通りの値段で読者に売って、売上の一定歩合(アップルのシステムでは30%)を受け取る方式。

これに対する「ホールセラー・システム」というのがそれまで一般的なEブックの売り方で、これは、紙の本と同じ考え方、つまり、本に対する版元の「希望」小売り価格という上限が決まっていて、本を売る側は、仕入れる冊数とか、返品可能か、などの条件に従って一定の「掛け値」で本を仕入れるが、実際に売るときの値段はリテーラーに任される、というシステム。まぁ、本に限らず何でもモノを売るときは一般的なやり方かも知れませぬ。

本の適正価格を決めるのは誰か

ただ、日本の場合は再販制があるので、出版社は「この本は○○円です」っていうのがまかり通っていて、だからこそ、本自体にそのお値段が刷れる、というのがあるよね。この辺が当たり前すぎて誰も疑問を持たないわけだけど、本の適正価格って、なんだろう?という疑問もあったりする。もちろん、物理的な商品としての本と見てしまえば、その本にかかったコストを計算して、一定部数売れたら黒字になるのが理想的なんだけど、本の価値、って読む人によって千差万別でしょ?

もしかしたら、その本を読んだことで、価値観が根底からひっくり返され、人生の転機になるかもしれない感動を受けることだってあるのだし、その同じ本を読んでも「なーんだ、つまんねー」って即座にゴミ箱行き、ってな本もあるわけで。

本当にその本を作った出版社がその価値をいちばん良くわかっているのだろうか? もしかして、その本を売る書店員さんの方が「この本はすごい、これだけの価値がある」ってわかっているのかもしれないよね?

出版社にしてみれば、翻訳コストがかかったから、ちょっと高くしたいってのもあるかもしれないし、装丁に凝ったからその分コスト高、ってのもあるけど、もしかしたら本の内容で適正価格をつけられるのだったら、いちばんお客様に近いところで働いている書店員こそが本の価値を知っているのかもしれないけど、指示された小売価格でしか本を売れないってのは、書店にとっても歯がゆい部分ではあるのだろうなー、と以前から思っていたわけです。(以前、「本の値段」というテーマで「マガジン航」にコラム書こうと思って挫折した過去があるw)

まぁ、そういう哲学的な話はさておき、同じ本に「紙の本」と「Eブック」というフォーマットの違いがあるときに、何が適正価格なのかを決める権利というのは、一体誰にあるのか?というのが、今回の訴訟の「テーマ」だと思っているわけだ。

もちろん、紙の本と違って、Eブックには印刷代も要らないし、大きな倉庫で在庫を確保しておく費用もかからないので、紙の本よりは安くなって当然、という理解はある。でも、いくらでも無料でコピーできるからって、限りなく安くもできない。

アップルがiPadを売り出す2010年初頭、ホールセラー・モデルで出版社が苦労していたのは、赤字覚悟で卸値価格を無視してEブックが安売りされることだった。紙の本の場合、どんなに大量に本を仕入れても、ディスカウント50%、つまり、掛け値の「5掛け」、半額は出版社の手元に入ってくるように値段を設定していたので、希望小売価格20ドルの本が10ドル以下で売られるようなことはなかった。それを「市場シェア拡大」を理由に安売りするところが現れたせいで、出版社もかなり焦っていた。自分たちのふところには影響ないのに、Eブックを安売りされると、相対的に紙の本がやたら高く感じられる。

では、実際に談合はあったのか? と言われれば、まぁ、あったよね、というしかない。iPad発売に先駆けて、私個人も知り合いの編集者から「今、会議室にアップルの代表者が来てる!ジョブズもNYにいるらしい」とか、「うちのボスが、『スティーブとランチするんだぜい』とはしゃいでるw」みたいなメールをもらった。司法省の訴状にも「各社の上層部がPicholineの個室で密談を重ね…」という文章があったりして「え?あのレストランにそんな個室があったんだ〜」「マイケルズ(大手出版社御用達のレストラン)じゃなかったんだー」みたいな会話もしてるんで。

でも、それは出版社同士が示し合わせて価格を吊り上げたというよりは、卸し値より安い価格で売られちゃったら、どこまでも価格破壊が進むかも知れないし、黙ってダンピングされるのを見ているわけにはいかないよね、という当然至極の話し合いの域を出ないもののような気がするのだ。

エージェンシー・モデルでの契約も今後もつづく

この訴訟では、談合の事実はあっても、エージェンシー・モデルそのものを違法としているわけではないので、この5社以外でエージェンシー・モデルでEブックを売っているところ、つまり最大手で後から参加したランダムハウスとか、5社以外の中小出版社でアップルやアマゾンとエージェンシー・モデルで契約できた版元などは、これからもエージェンシー・モデルでEブックを販売していく。

そしてさっそく和解に応じた3社についても、弁明しておきたいのは、アメリカの裁判システムにおいて「settlement」に応じるというのは、自らの非を認めることとは何ら関係ないということだ。その理由は、訴訟を続行していたのでは、費用がかかりすぎる、というのが大半で、どちらかと言えば政府を相手にまともに法廷で戦って勝ち目がないわけではないが、弁護士費用がバカにならないので、Eブック購入者にいくばくかの弁償金を支払った方が手間もカネもかからない、というのが本音だからだ。実際、この和解に応じた出版社は向こう2年、アップルとエージェンシー・モデルでの契約の代わりに、他の課金体制で契約すれば問題ないし、2年が経過すれば、それぞれエージェンシー・モデルで再契約してもいいことになっている。俗に言われるslap on the wrist、ちょっとおとがめを受けるぐらいで、和解に応じた方がラクだからそうしているだけである。

5社のうち、和解に応じなかったのはペンギン社とマクミラン社になるが、マクミランはCEOのジョン・サージェントさんは親譲りの旧体制派というか、「出版業界の良心」とか持ち上げられてて、以前からアマゾンとケンカしてるし、あぁ、そうですよねー、ジョンはここで大人しく引き下がらないよねぇ、という感じ。ペンギンについては、あそこは英ピアソンを親会社とするグローバルなトップダウンの会社なので、ここで米政府なんぞに頭を下げていてはヨーロッパで同じような訴訟が起こったときに、ぺこぺこしなければならなくなる、っていう危機感があるのかなぁ、と思ったり。

和解に応じたS&S、アシェット、ハーパーコリンズの方が、うまく立ち回っている気がするんだよね。一方で、この談合に当然のように声を掛けられていたはずの最大手ランダムハウスのCEOは、よっぽどの強者というか、我が道を行くからにはそれだけのconviction、心づもりがあったんだろうなぁ、と感心させられたり。

で、誰も話題にしていないのが、なぜ米司法省がこのタイミングで、出版社という、大手とはいえども大してウォール街の銀行ほどには儲けていない会社を相手取って、小難しい独禁法で責めてけたのかなぁ、という問題もあるわけです。

今秋にも大統領選があるので、「わが政権は消費者の味方でーす」というポーズを見せておきたいオバマ政権の意図も見え隠れするんだよね。だって、がっぽがっぽと儲けている投資銀行なんかと違って、出版社なんて、毎年前年比数%増の利益を上げるのがせいいっぱいで、こんなに虐めて、和解金を払わせたら、すぐに赤字に転落しそうなところばっかなのに、そういう意味では訴訟相手としてカネがとれそうなアップルに対する詰めが今イチ甘すぎる訴訟内容なんですが。

10ドル以上でもEブックは売れている

そしていちばん納得がいかないのは、この大手5社がエージェンシー・モデルを採用したことで、そんなにEブックの値段がつり上がったのかと言えば、そうではないことだ。ハードカバー新刊のEブックバージョンが10ドル以下というのは、一時華々しくマスコミで取り上げられたけれど、その後、エージェンシー・モデルの浸透で12〜14ドルが多くなった。でも、だからといって読者が買わなくなったかといえばそうでもないのだ。

司法省は今回の訴訟に当たって、出版社だけでなく、広く業界の関係者から事情聴取したが、そのうちSmashWordsというEブックベースの自費出版サイトの人は、大手出版社を擁護する発言をし、こんなデータまで披露している。

Eブックの価格について、私が自分の体験から言えるのは、自費出版のタイトルはほとんどが0〜4.99ドルの値段でないと受け入れられず、クォリティーもまちまちで、この中からいわゆるベストセラーになるのはほんの一握りだということ。一方で、とりあえずちゃんとした出版社が紙の本も合わせて出している本のEブックは9.99ドル以上の値段がついていて、この5ドルの価格差が出版社がつけられる付加価値となりつつあるということだ。

てなことで、これから全世界にいるiPad所有者の元へ司法省から「もし、あなたが今までにiBookstoreでこの3社からEブックを買ったことがあるのなら、それを申告した人にはいくばくかの賠償金が支払われることになります」というハガキが届く。そしてEブックを何冊買ったのかチェックして、返事をした人には、スズメの涙みたいな金額のチェックが届く。申請額の半分ぐらいは弁護士費用に取られるし小切手が届くのは、そんなことを申請したんだ、ってことも忘れているぐらい先の話になるのだけれどね。

その間にもアップル、ペンギン、マクミラン各社は司法省の訴状を不服として裁判をしているだろう。

こんな風にこれからもすったもんだしながら、それでもEブックは増え続けるだろう。もめごとが多いからと言って、出版社にEブックを出さないという選択は残されていない。読者は欲しい本があれば、それが9.99ドルだろうが、12ドルだろうが、はたまたもっと値段の張る紙の本だろうが、欲しい本を買っていくだろう。

※大原ケイさんの個人ブログ、「マンハッタン Book and City」の同題のエントリー(2012年4月22日)を再編集のうえ転載したものです。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。