自己出版という選択

2013年11月8日
posted by ケヴィン・ケリー

いにしえの『ホールアースカタログ』と同様に、私の新刊『Cool Tools(クールツールズ)』は、自己出版した本である。この本の採算面について、そして既存の出版社を使わなかった三つの理由について説明しようと思う。

第一の利点は、速さである。9月(訳注:2013年)に執筆と編集が終わると、10月にはアマゾンで事前予約が始まった。12月第1週にはアマゾンで(書店でも!)入手可能になる。もしもこの本をニューヨークの出版社から出版していたら、今ごろはまだ契約交渉中で、本が出るのは来年の夏あたりになっていただろう。

第二には、管理。この本は型破りである。正統的な書籍の枠に収まらない。どちらかと言えばカタログみたいなものだ。本の大きさも、プロの目から見れば反発を感じる。大きくて折れ曲がりやすい本は、運搬が面倒だし、書店の棚にも収容しにくい。出版社としては、大きさを変更してくれないかと要請したくなる。さらに商売上の問題がある。この本は、品物をどこで買えばよいかを教えてくれる買物ガイドなのだ。購入先としてアマゾンが多く登場する。出版社や書店は、それをひどく嫌う。彼らはアマゾンを敵だと思っていて、あるチェーン店は、それが理由でこの本の取扱を拒否した。解決策として、他の経路を使うことにした。

第三に、最近の大手出版社との仕事では、私は大部分の作業を自分でする羽目になっている。前回バイキング/ペンギン社から出版した本では、本の編集のために自分で編集者を雇った。イラストはイラストレーターに自分で依頼した。表紙のデザインコンセプトをいくつか自分で作って、その一部を出版社が使用した。効果的なマーケティングと広告を(ソーシャルメディアを使って)自分で実施した。私がしなかったことと言えば、それが重要な部分だが、資金調達と販売流通くらいである。今回の本では、それも私が自分で取り組むことにした。どうせそれ以外も全部自分でするのだから。

Cool Toolsの本の制作作業中の私。立っても座っても作業できる仕事場。外には鶏小屋。

自己出版とは、私が自分で全てを管理すると同時に、全ての責任を負うということだ。私が紙やインクの代金を自分で支払うのだから、ページを無駄にしないようにした。この本には、白紙のページや空白のスペースはない。表紙の裏側にも、目次が印刷してある! 全ての場所に役割がある。この本は、ぎっしりと中身が詰まっている。

電子書籍の自己出版と比べると、重さ4.5ポンド(約2キログラム)もある巨大な本の自己出版は、全く別のものである。海外の印刷業者から電話で「おたくの倉庫には貨物積卸場があるか?」と質問されたときには、困ってしまった。倉庫だって? うちにはガレージしかないけど。「えーっと、どれくらいの大きさの倉庫が必要ですか?」と尋ねたら、「輸送用コンテナ1個半」と言う。なんとも大量だ。そこで、小規模出版社向けの書籍取次業者、パブリッシャーズグループウエスト社と契約して、大部分の本をテネシー州にある同社の倉庫に送るように手配した。

この本は、香港で印刷した。米国で見積を取ろうとしたところ、本が大きすぎるので、米国の印刷業者は、どこも見積すらしてくれなかった。取次業者に紹介してもらったある大手印刷会社が「申し上げにくいのですが、このような本を印刷するには中国に行かれたほうが」と言うので、その言葉に従った。香港の業者は、良い値段で迅速にすばらしい仕事をした。香港の印刷工場は、高度に自動化されている。クーリー(苦力)労働者ではなくて、ロボットが働いていると思えばよい。印刷した本は、今頃はコンテナ船に積み込まれて、パナマ運河を通過し、ミシシッピー川を遡上して、テネシーに向かっている。そのうちパレット3個分が西海岸向けで、私の家に配送されてくるのを待っている。うちのガレージにうまく収まることを祈るばかりだ。

自己出版の採算が、この本の運命を決める。アマゾンと他の書店をあわせて、合計8千5百冊を販売する予定である。印刷費の単価は6ドル。1冊当たりの輸送費は約1ドル。本の定価は39ドル99セントである。アマゾンは、すぐに25ドルに値下げした(私は、アマゾンの値下げを見越して定価を設定した)。アマゾンは売上の40%程度を取る。取次業者が手数料を取る。私が受け取るのは、1冊当たり約10ドルだ。もちろん、そこから本の制作にかかった費用を控除しなければならない。編集者、デザイナー、校正者など、この472ページを制作するために働いてもらった人たちの費用である(私自身が注ぎ込んだ年月は、計算から除外する)。さらに、多数の本を評論家や寄稿者たちに送ろうとしている。私が驚いたことは、この本を英国またはカナダに送るのに最も安価な方法は(遅いのは気にしないとして)、それぞれ60ドル、38ドルなのだ! 他に選択の余地はない!

商業出版社がこの不安定な出版のしくみをうまく動かしていることに、今では多大な敬意を持っている。紙の本を出版して金もうけをすることは、容易ではない。芸術の制作によく似ている。実際のところ、この大きくて美しい本は、芸術作品だと思う。『Cool Tools』は、本当に優れた芸術だ。

この芸術作品を入手したい方は、こちらで事前注文をどうぞ。

(日本語訳:堺屋七左衛門)


Creative Commons License

※この記事は2013年10月26日に「七左衛門のメモ帳」に投稿された同名の記事を、クリエイティブ・コモンズの「表示-非営利-継承」ライセンスの下で転載したものです。

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・K・ケリーの「自己出版という選択」について

TOCの始まりと終わり

2013年11月1日
posted by 鎌田純子

日本語版の刊行にあたって

本書の原書タイトルにもある「TOC」は、オライリー社が開催したカンファレンスの名前です。TOCには「Table Of Contents(目次)」という意味もありますが、このTOCは「ツールズ・オブ・チェンジ・フォー・パブリッシング」の頭文字をとったものです。ツールズ・オブ・チェンジ、つまり変化の道具とは、出版基盤の変化すべてを指しています。

2007年、第1回目のTOCカンファレンスの開催にあたって、ティム・オライリー氏は自社のWebサイトで出版を次のように言い表しました。

出版とは紙の上にインクを乗せることではありません。その紙の固まりを倉庫へ、そして読者へと移動させていくことでもありません。それは、知識の種をまくこと、学ぶこと、楽しむこと、主題の重みを表現することです。これが読者のために著者と出版社がすべき本当の仕事です。その仕事の意味を再考している人は大勢います。インターネット時代の今日、徐々に姿を現そうとしています。

同時にTOCの目的を記しています。

カンファレンスの目的は、出版の境目を押し広げようとしている人々と、そこから学ぼうとする人々を一堂に集め、言ってみれば、現代のパブリッシャーのためのTOCを提供することです。スピーカーたちは、新たな波を乗りこなす前向きで革新的なパブリッシャー、インターネットというメディアのために出版を再構築しようとしている技術イノベーター、そして変化という仕事を手助けしようとしている技術プロバイダーです。

TOCの活動はカンファレンスに留まらず、TOCコミュニティによるWebサイト、ポッドキャスト、講演ビデオアーカイブへと広がりました。コミュニティサイトでは活発な意見交換が行われました。本書はこのサイトに寄せられた投稿記事をまとめたものです。

私たちは今、インターネットによって本のメディアが紙からデジタルへと変化していく様子をまさに体験している最中です。デジタルといえば最初はパソコンでした。その変化は、作り方に限定されていました。1992年、ボイジャーが「エキスパンドブック」という電子出版ツールを発表した時も、デジタルはすべてを変えると言われましたが、生み出された作品数は少なく、したがって変化のインパクトは小さいものでした。

それから20年の歳月を経て、世界規模で出版の基盤が変わりつつあります。読書のための電子デバイスとしてiPhoneやKindleが登場し、読み方や買い方が変わりました。作り方や売り方も変わりました。小さな変化はいつの間にか波となり、その波は重なり合いうねりとなって、想像もしなかった広い海へと私たちを押し流していきました。対応しなければならないテーマは山積みで、溺れそうに思うこともしばしばです。しかしTOCを見ると希望が湧きます。海の向こうにも日々の活動の中で同じ課題に直面している仲間がいる、同じ道を進もうとしている人たちがいると信じられるのです。

TOCの活動は2013年5月で幕を閉じましたが、その6年余りの間にTOCはグローバルな出版フォーマットEPUBの形成や読書システムへも大いなる影響を与えました。例えば、ボイジャーはTOCのカンファレンス「ブックス・イン・ブラウザーズ(Books in Browsers)」に触発されて、2011年、BinB(ビー イン ビー)読書システムを誕生させました。TOCに出会わなければ、BinBを開発できなかったと思います。

終わりは始まり。TOCが真に与えてくれたものは、著者と出版社がすべき本当の仕事とは何かを自ら問いかけるきっかけでしょう。デジタル時代の出版では誰もが横一線の新参者、ここには老舗もマーケティングの定石も存在しません。出版の変化は歴史上、誰も体験したことのない規模で起きています。

2013年2月、ボイジャーはTOCから生まれた『マニフェスト 本の未来』を刊行いたしました。そこにも、変化に対応しようとしている方たちが論考を寄せています。本書はその続きでもあります。手にしてくださった方たちが、主体的な実践者として読んでいただけたら、少しでもヒントになれば、これ以上嬉しいことはありません。

※ボイジャーから2013年11月1日に発売された、オライリー・メディア編『ツール・オブ・チェンジ――本の未来をつくる12の戦略』の序文を転載しました。

インディーズ作家よ、集え!

2013年10月31日
posted by 鷹野 凌

日本独立作家同盟を設立したわけ

日本独立作家同盟」とは、私が呼びかけ人となって発足した、自己出版(self-publishing‎)をする個人作家の同盟です。「マガジン航」に掲載された「ロンドン・ブックフェア2013報告」の記事を読み、既存の出版社に頼らず作家同士が助け合いながら本を世に出していく「Alliance of Independent Authors」という組織の存在を知り、日本にもこういう同盟があったらいいな、と思ったのです。

「同盟(Alliance)」という言葉には、異なる立場の人々がグループを作って、相互に協力し合うというニュアンスがあります。つまり、この同盟はカッチリとした組織を志向しているわけではなく、「来る者は拒まず、去る者は追わず」の緩やかな共同体を目指しています。

既存の出版社や取次・書店流通を否定するわけではないが

本家英国の同盟は、自分自身が出版社(者)となることによる「書くことと出版の民主化」を活動の目的としていますが、私は既存の出版社や取次・書店という流通を、敵視するつもりも否定する気もありません。個人でやれることには、能力だけではなく、時間的な限界があります。一人では実現困難なプロジェクトも、役割を分担し組織で動くことで迅速に解決できる場合があります。

「作家同士の助け合い」だけでは難しいことは、商業出版にお任せすればいいと思うのです。インディーズから商業デビューをしたり、逆に商業でバリバリやってる人がインディーズ活動もやってみたりと、相互に補完し共存していけばいいでしょう。しかし、デジタル化やネットワーク化によって、「個人でやれること」の範疇が以前に比べれば飛躍的に広くなっているのも確かです。既存の出版社や取次・書店が、「個人でやれること」と同じレベルで安穏としていれば、いずれ淘汰されてしまうでしょう。企業には、個人の力ではできない役割を果たしてほしいものです。

「制作する」「登録する」「告知する」ハードル

昨年、AmazonのKindleストアが日本へ上陸するのと同時に、Kindleダイレクト・パブリッシング(KDP)をサービス展開したので、それをきっかけとして自己出版を始めた方も多いでしょう。私自身も、自分で制作した電子出版物を世に送り出している個人作家の一人です。KDPだけではなく、AppleのiBookstoreやGoogle Playブックス、パブーやBCCKSやGumroadなど、さまざまな手段を活用しています。通算販売部数は、1年ちょっとでようやく4桁に届きました。

実際に自己出版をやってみると、さまざまなハードルがあることに気づきます。作品を「書く」「描く」ノウハウに関しては言うまでもなく、配信に適したファイルを「制作する」工程や、配信プラットフォームに「登録する」工程、そして何より、その作品を多くの人に「告知する」こと、すなわち「買ってもらう」ことや「読んでもらう」こと。こういったさまざまなハードルを、「作家同士の助け合い」によって解決していこうというのが同盟の目的となります。

そういったノウハウそのものを出版物にして販売したり、セミナービジネスで稼ぐという手法もあるでしょう。でもこの同盟では、誰でも閲覧可能な形でノウハウを公開していきます。ウェブサイトのいちばん上に、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示 2.1 日本 (CC BY 2.1 JP) を掲げているのも、広くノウハウを共有したいからです。

ただ、私の持っているノウハウにも限度があります。だから、趣旨にご賛同頂ける方にはぜひ寄稿をお願いしたいです。残念ながら現状では同盟にはお金がありませんので、対価はお支払いできません。まずは、同盟活動を一緒に盛り上げていただけると嬉しいです。そうすれば、少なくとも「制作する」「登録する」工程は、それなりにハードルを下げられるでしょう。

個人作家にとって「告知する」ハードルは最も高いのですが、同盟のウェブサイトやSNSアカウントの情報発信力を強くしていくことで、告知の手助けができればと思います。そのためには、もっと多くの方々に同盟へ参加いただくことだと考えています。

同盟に参加するには?

同盟に参加するには、とくに資格は必要ありません。有償/無償、フィクション/ノンフィクション、プロ/アマ、文章/イラスト/写真/漫画など表現技法や手法・分野も問いません。電子出版が話題の中心になるとは思いますが、紙媒体で同人誌を発行している方も歓迎します。作家ではない方(システムベンダーや編集者など)にも、ぜひ参加してほしいです。

同盟に参加したい方は、日本独立作家同盟コミュニティの「自己紹介(参加表明)」カテゴリへ投稿して下さい。これはGoogle+のコミュニティシステムを利用し運営しています。Facebookと違って実名や顔出しが強制ではないのと、ウェブ上のオープン・スペースであることがGoogle+を利用している理由です。ただし、Googleアカウントの利用規約上、13才以上という制限があることはご承知下さい。

「新刊・キャンペーン情報」と「他著紹介(書評・レビュー)」カテゴリへの投稿内容は、日本独立作家同盟のウェブサイトでも紹介させていただきます。つまり、同盟では自分の作品を紹介するだけではなく、お互いの作品をレビューしあうことを推奨しています。誰かに自分の本を読んでもらってレビューしてもらうというのは本当に嬉しいことなので、恐らくこれがいちばん簡単な「作家同士の助け合い」ということになるでしょう。

これから自己出版をしようと考えている方や、もう既に自己出版をしている方も、どうぞ気軽にご参加下さい。まだ参加者数十名の小さな集まりですが、「作家同士の助け合い」によって互いに研鑽し、素敵な作品を生み出せるような土壌を一緒に育てていきましょう!

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Kindle Direct Publishing体験記
電子書籍論と歴史的視点

アマゾンは一般書の出版社として失敗したのか?

2013年10月29日
posted by 大原ケイ

一昨年のブック・エキスポでは元タイム・ワーナーブックス(現アシェット)CEOのラリー・カーシュバウムがアマゾン出版(amazon publishing)の発行人として抜擢され、ニューヨークに編集部を構えたというニュースで持ちきりだった。いよいよ一般書の出版社として中抜きどころか源泉から牛耳る気になったのだと。そのカーシュバウムがアマゾン出版を退任したことで、出版界は大きな騒ぎになっている。

「アルゴリズム出版」からジャンル小説、さらに一般書へ

カーシュバウム就任以前の2009年から、アマゾンは少しずつ自分のところで本を出し始めていた。Encoreというインプリントでは、他社から出て絶版になっていたタイトルや自費出版されたものから、売れそうなタイトルを見つけ出して再発行するというのをやっていた。そして他の国のベストセラーチャートを見て英語に翻訳して出したら売れそうなものを出すCrossingというインプリントも翌年始まっていた。

アマゾン出版が抱えるインプリント(レーベル)たち。

この二つはプロの編集者が原稿を見なくても、アマゾンで蓄積されたデータベースの膨大な情報から「売れそう」なのが予測できるわけで、“アルゴリズム出版”とでも呼べるだろう。ニューヨークに集中しているリテラリー・エージェントと会って企画の相談をする必要もないので、編集部もシアトルの本社内でもよかったわけだ。

次にできたインプリントがこっちでgenre fictionと呼ばれるカテゴリーの本を出すところだ。ロマンスのMontlake、SF、ファンタジー、ホラーなどの47 North、スリラーやミステリーのThomas & Mercerがこれにあたる。これらのジャンルはコアのファンが一定数いて、多読なのが特徴。そしてEブックのアーリーアダプターでもあることは2009年の時点で指摘した

ジャンル・フィクションを出している出版社も読者がEブックで大量に消費してくれるのをわかっているので、DRMを外したり、Eブックオンリーのインプリントなどを作るなどして対応してきた。

そして2010年にカーシュバウムを引き抜いてtradeと呼ばれるジャンル・フィクション以外の“一般書”とノンフィクションの出版に乗り出したのだった。これは大手出版社が社運を賭けて売り出す類の本で、当たれば桁違いのベストセラーとなり、他の本の赤字分を埋め、出版社の生命線となる。

その頃、既存の出版社はリーマン・ショック以降、アドバンスという印税の前払い金を引き締めにかかっていたが、そこへアマゾンが潤沢な予算をもってして有名な著者や期待の大きい企画をパパパッと取り出したのだから堪らない。『週4時間だけ働く』のティム・フェリスや、映画監督ペニー・マーシャルの自伝などが高額でせりおとされてアマゾン出版から出ることになった。

B&Nの販売拒否で紙の本が「鬼門」に

アマゾン出版の強みとしては、アマゾンが全面的に後押ししてキンドル版をAmazon.comのサイトで宣伝し、Eブックで売りまくりますよ、ということだったわけだ。実際、アマゾン出版から本を出すと、かなり優先的にホームページの目立つところに配置されたり、デイリーディールと呼ばれる期間限定のセールでプロモーションしてもらえる。また、アマゾンはVineというプロモーションプログラムを駆使して、アマゾンのサイトにレビューを書いてもらうことを条件にタダで本を配りまくっていたので、アマゾン出版の本には他のタイトルの何倍もの数のアマゾンレビューが付き、★の評価も高めだった。

しかし、アマゾン出版にとって意外にも紙の本が鬼門となった。もちろん、Eブックだけじゃダメだと理解していたアマゾンなので、中堅出版社のホートン・ミフリン・ハーコートと契約して、New Harvestというインプリント名で紙の本も印刷し、紙でも売ることにはしていた。ただし、ほとんどはオンデマンド印刷でもできる判型のペーパーバックで、印税率が高く著者が喜ぶハードカバーの本にしてもらえるのは稀だった。

だが、まず最大手チェーン店のバーンズ&ノーブルがアマゾン出版の本を店に並べることを拒否した。B&N側の言い分は「Eブック版をNookで出させてくれない本は紙の本を置かない」というもので、アマゾンに対するイジワルにしてもとりあえず筋が通る方針だった。そして全国各地の小さなインディペンデント系書店も、明確に「アマゾンは敵」と見なしているため、New Harvestの本を置くことを拒否したところが多かった。

アマゾン出版の敗因

アマゾン出版がいわゆる一般書を出すのに、欠けていたモノは何か? 失敗の原因はどこにあったのか? 順番に挙げていくと、まずは本の「目利き」として企画を持ち込んでくるリテラリー・エージェントと関係を作れなかったことがあるだろう。どんなアルゴリズムをもってしても、まだ作品が出ていない段階で本のポテンシャルを見抜くことはアマゾンにはできない。

エージェントとしては、自分が抱える作家の本がバーンズ&ノーブルに並ばないことがわかっていて、敢えてアマゾンから本を出させるようなことはしたくない。どんなにキンドル版でバカ売れしますと言われても、それこそティム・フェリスやセス・ゴーディンのように紙の本にこだわらない著者ではない限り、書店に自著が並ぶのを見たいというのが物書きの願望だろうし。

そしてこれは英語圏での成功を夢見る著者や出版社に対し、私がいつも口を酸っぱくして言っていることなのだが、アメリカの書籍の流通を理解してロジスティックスを組める体制を持っていないと、全国の書店に本を並べるのはムリだということ。日本の出版社が自分たちで英訳して「とりあえず」出してみても、まったく売れないようになっているのだ。

そのロジスティックスとは、本が出る何ヶ月も前から、カタログを作り、書店側に見本刷りを配り、メディアに書評を書いてもらい、書店の平積みに載せてもらえるようにcoopという予算を使い、セールス・レップと呼ばれる営業担当が取次や書店から注文をとる、ということを刊行日までにじっくりやる仕組みのことだ。日本のように取次さんに「初版何部なんでヨロシク」と投げられないようになっているのである。そしてこっちの作家は日本のようにあちこちの出版社からちょこまか分散して出したりしない。だから作家としても、この出版社になら作家生命を預けられる、と思えるほどのコミットメントが感じられないと契約したくないのもうなずけるだろう。

アマゾン出版には全国を行脚するセールス・レップという旅ガラスはいないようだ。すべてネットで注文をとるだけ。小さい書店はアマゾン出版から声もかけられない。書店にとってみれば、そうやってないがしろにされているのがわかるし、相手は店内で本を物色し、バーコードを写メするとアマゾンで安く買えるようなアプリをつくっているようなラスボスだ。置けば売れるとわかっていたとしてもアマゾン出版の本を仕入れようなどという気にはならないだろう(アメリカに自動配本という制度はない)。

秘密契約条項に著者も躊躇

3番目に、アマゾン出版から出た(他の作家の)本がどのぐらい売れたのか分からないのも、これから契約しようという著者を躊躇させる一因だ。もちろん、アマゾンだって印税を支払う以上、著者にはちゃんと実売部数を知らせる義務があり、それはちゃんと果たしている。だが、Eブックだろうと紙の本だろうと、売上げの数字を著者が公表するのを頑なに拒否するアマゾンなので、著者が自分の売上げ数字を公表できないように秘密契約を結ばせるという徹底ぶりだ。

紙の本だけならBookScanというPOSデータを調べればおおよその売上げ部数がわかるのだが、それでいくと、Amazon Crossingでドイツ語から翻訳されたHangman’s Daughterがいちばん多くて3万部以下。他にはセス・ゴーディンがやっているドミノ・プロジェクトの本もアマゾン出版の企画だと考えれば、紙の本が1万部超えたぐらい。アマゾンがキンドル版でミリオンセラーになりましたといっても、誰も信用しない。

なんのかんの言っても、アメリカでEブックは売上げ全体の20%を超えるぐらい、つまり8割はまだ紙の本が読まれているのだ。小さな書店であっても、店に足を一歩踏み入れれば何百、何千もの本が目に飛び込んでくるのに対し、アマゾンのホームページにはどうしたって数十タイトルしか収まらない。へぇ、こんな本があるんだ、面白そうだな、と思わせるdiscoverabilityは限られている。

てなことで、ラリーがいなくなってアマゾン出版はニューヨークの編集部を縮小、あるいは撤退するという憶測が飛ぶ中、アマゾン側はこれからも拡張していくと反対のコメントを出しているし、これからの動向が気になるところ。

今回の件でますますアマゾン出版が現役の売れっ子編集者をどこかから引き抜くことは難しくなっただろうし、良い機会だからニューヨークオフィスは畳んじゃって、シアトルを拠点に得意な分野のジャンルで、紙の本なんて読まないし、Eブックが売れればいいや、っていう著者だけでやってればいいんじゃないの?とは思うが、それじゃベゾスは納得しないんだろうな。もうしばらく大人しくしててくれれば今回のことはバーンズ&ノーブルやビッグ5出版社がアマゾンに一矢報いた、みたいな気分に浸れるんだけどね。

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図書館の知を共有するために

2013年10月21日
posted by 嶋田綾子

図書館とはなんだろうか。

もともと図書館員である私の中には、つねにこの問いがある。読書をするための場所か。読書をするための本を提供するところか。本との出会いを演出する場所か。それらは間違いではない。しかし、本来、図書館が提供すべきサービスはそれだけではない。

本を「読む」だけではなく、「使う」のを支援すること。本から利用者が必要な情報を得られるようにすること。利用者にとって、本に限らず、必要な情報にアクセスするための「道しるべ」となること。さらに、そうした目的のために情報を蓄積し、整理し、使いやすく準備し、提供すること。そのすべてが図書館の役割である。これらを実現し、よりよくサービスを行うために、日々、図書館は努力しているのである。

新しいサービスを打ち出すこともそうだし、これまでのサービスをちょっとした工夫で改善することもそうである。ダイナミックに変わることもあれば、少しずつ地道に改善されていることもある。しかし、そうした事例は、一般に知られているとは言い難い。利用者にだけでなく、図書館業界のなかでも共有されていないのである。ようするに、いま図書館の世界がどうなっているかの、全体像が見えてこない。私はそのことに問題意識を持ち、なんとかしたいと考えていた。

『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』ができるまで

そこでまずはインターネットで、図書館が行っているさまざまな事柄について、情報共有と発信をするサイトがつくれないかを考えた。

実は、こうした内容を発信している先行事例的なウェブサイトはいくつかある。たとえば国立国会図書館が提供している「カレントアウェアネス」や、科学技術振興機構が提供している「STI Updates 学術情報流通ニュース」がそうだ。ただ、この二つのサービスはどちらかといえば、ニュース性が強い。一方、私が必要であると考えているサイトは、図書館のこれまでの取り組みを取り上げるなど、ニュース性とは別の切り口が必要だ。

そうした思いで適切なサービスの方法を模索するうちに、ウェブサイトを立ち上げるよりも先に、具体的な場で事例発表をしようということになった。それが2012年11月に開催された「第14回図書館総合展」で行ったフォーラム「図書館100連発-フツーの図書館にできること」である。これは図書館が行っているさまざまな取り組みを100個集め、その100個の事例を1事例あたり約30秒で紹介するという試みだ。

このフォーラムは、立ち見が出るほどの盛況となった。

図書館総合展で行われたフォーラムの様子。登壇者は筆者。

紹介された事例の一つひとつは小さな取り組みであり、一見すると大したものではない。紹介した図書館が唯一の実践館というわけでもなく、探せばほかの図書館でも実践しているようなものである。しかし、それらを100個集めることによって、なにか一つでも司書の琴線に触れるもの、これは知らなかった、ぜひ、実践してみたい、と思えるものがあればよい、と考えていた。当たり前だが、100個の実践例全部を知っている司書はいないのである。

実際、フォーラムに参加された方からは、自分たちの図書館でもこんな取り組みをしている、ぜひ、紹介してほしい、といった声や、紹介した事例を実践してみたという報告もあった。なかには、自分が勤務する図書館だけの取り組みで、100個の事例を集め、小冊子をつくった図書館(鹿児島県立奄美高校図書館)まで現れた。

フォーラムの準備を進めるのと同時に、この事例をまとめる媒体として、雑誌をつくろうという話になった。ウェブサイトではなく雑誌という形式を選択したのは、事例紹介を一過性のものとせず、定期的にある程度まとまった量の情報を発信するためである。また、図書館をターゲットにした情報源である、ということも紙媒体を選択した理由の一つだ。電子書籍が取りざたされるご時世ではあるが、図書館をターゲットにした場合、まだまだ紙資料の方が優勢なのである。

雑誌で出すことが決まった『ライブラリー・リソース・ガイド』だが、ここで大きな問題があった。冒頭でも述べたとおり、私はもともと図書館員である。出版流通についての知識はあるが、実際に出版にかかわったことはない。しかも、まとまった文章の執筆経験もない。あるのは、図書館の知識と、事例の蓄積だけ。そのような状態で、私は編集責任者として、『ライブラリー・リソース・ガイド』の出版に向けて動き出すことになった。

ここで、心強い味方を得ることになった。私が仕事の拠点としている「さくらWORKS<関内>」はシェアオフィスである。さまざまな業種の方々がここで仕事をしており、そのなかには、デザイナーや編集者もいる。そこで、ライティングの確認と印刷所とのやり取りをフリーの編集者にお願いし、ブックデザインもフリーのデザイナーにお願いした。シェアオフィスさまさまである。

著者から編集者、デザイナーまでが協業する「さくらWORKS<関内>」。

このシェアオフィスでのコラボレーションは、創刊号を刊行した後も続いている。第3号では、とうとう、特別寄稿までシェアオフィスのメンバーにお願いするまでになり、コラボレーションを生み出すシェアオフィスの特色を最大限に生かした制作現場となった。

こうして『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』は、アカデミック・リソース・ガイド株式会社から、季刊の新しいライブラリーマガジンとして2012年11月に創刊された。

「議論のアンカー(錨)」となる約5万字の寄稿を毎号掲載

従来から、図書館を扱った専門雑誌はいくつか存在するが、それらに寄稿や情報提供するのではなく、私たちがあえて自ら雑誌を創刊したのにはわけがある。

従来の図書館専門誌は、図書館の現場からの実践報告や短めの論文が主体だ。個々の文章は短く、問題提起にはなっても、大きな議論にはなりづらい。また、実践報告も1館から数館程度の事例であり、図書館の世界全体を俯瞰するにはなかなか至らない。

そのような状況のなかで、『ライブラリー・リソース・ガイド』は、約5万字からなる「特別寄稿」と、特定のテーマについて50から100事例を集めて概要をまとめるという「特集」の2本の柱から成り立っている。「特別寄稿」でじっくりと思考と議論を深め、多くの事例で実情を知る。その相乗効果によって図書館全体の俯瞰を狙っているのである。

特別寄稿では、図書館にかかわる方ではないが、図書館にも関係の深い事柄について、図書館関係者への気づきとなる文章をご寄稿いただいている。これは、図書館業界ではまだ大きな話題にはなっていないがこれから業界のテーマとなるもの、図書館業界でも見過ごしてはいけないテーマ、図書館と関連はあるがまとまった議論のまだないテーマについて、図書館での議論のアンカー(錨)となるべく、テーマと論者を選ばせていただいている。

以下、これまでの各号の「特別寄稿」を紹介してみたい

創刊号では元国立国会図書館館長の長尾真さんに、図書館のこれまでを概観し、電子書籍などこれからの図書館のあり方を論じた「未来の図書館を作るとは」をご寄稿いただいた。この文章には元館長としてだけでなく、研究者としての思いも込められていたのではないだろうか。

第2号ではフリーライターのみわよしこさんに、社会的に弱い立場とされる人々の知識・情報へのアクセス状況を概観した「『知』の機会不平等を解消するために-何から始めればよいのか」をご寄稿いただいた。社会的な弱者に対して、必要な情報へのアクセスが保障されているとは言い難い状況のなかで、知のセーフティーネットであるべき公共図書館もまた、その役目を果たしているのだろうか、と問いかけている。

第3号では、東海大学の水島久光さんによる「『記憶を失う』ことをめぐって~アーカイブと地域を結びつける実践~」をご寄稿いただいた。水島さん自身の私的アーカイブの試みからの気づき、北海道夕張市・鹿児島県大隅地方・東北の三陸地方(とくに宮城県気仙沼市)における地域の記憶と記録をめぐり、地域アーカイブの役割と重要性を論じた論考だ。

図書館システムから資金調達まで
さまざまな角度から図書館の事例を紹介

もう一つの柱である「特集」では、図書館で行われているさまざまな事例を、号ごとに異なるテーマを設定して紹介している。

創刊号では、冒頭でも紹介した「図書館100連発」を特集した。これは、どこの図書館でも明日から実践できる、小さいけれどきらりと光る工夫・実践を紹介したものだ。

第2号では株式会社カーリルにデータ協力を仰ぎ、「図書館システムの現在」と題して、図書館のシステムの導入状況を分析した。全国の図書館では、それぞれ資料管理用のシステムを導入しているが、導入実態を詳細に分析したのはこの特集が初めてである。

第3号では、「図書館における資金調達(ファンドレイジング)」と題して、図書館での資金調達の取り組みを紹介している。昨今の困難な自治体財政状況により、図書館の予算も十分とは言い難い。そのなかで、さまざまな手段を講じて、資金を集め、事業を行っていこうとする図書館の取り組みを集めた。

創刊号は、図書館関係者が集まる日本最大のビジネスショーである昨年の「第14回図書館総合展」に刊行を合わせたこともあって、順調に売れ、初版で1000 部刷ったが、保管用を除きほぼ完売した。専門雑誌としては、出足は上々といえるだろう。その後、第2号を2013年2月に、第3号を2013年5月に刊行した。

第3号の特集を受けて、第4号の特別寄稿では、実際に資金調達のサービスを提供する側・実践した組織側から、資金調達の現実を掘り下げた。特集のほうは、創刊号で好評だった「図書館100連発」をこの1年でさらに集め、アップデートした。

創刊号で図書館の工夫を100個取り上げたことにより、さらに多くの図書館から、「自分たちの工夫を取り上げて欲しい」という声が寄せられた。私としても、「101個目」の工夫を聞くなど、新たな事例の発掘には力を入れている。『ライブラリー・リソース・ガイド』がさまざまな図書館の事例を収集、蓄積し、それらを発信することで、図書館関係者がそうした事例を知り、自らの業務に取り入れ、図書館をよくしていってほしいとの願いからである。それぞれの取り組みをみんなで共有して、真似し合えば、みんながよくなっていく。そんな思いがある。

『ライブラリー・リソース・ガイド』では、雑誌媒体としてだけでなく、Facebookページでも日常的に情報発信を行っている。雑誌では速報性などに限度があるため、ネット上で日々、情報を蓄積・発信しているのである。またその逆にネット上で日々、情報を集め、それらがまとまったところで雑誌の特集記事とすることも、考えていたりする。『ライブラリー・リソース・ガイド』本誌とそのFacebookページには、そうした相乗効果を期待している。

また、創刊号の特集の内容をフォーラムで発表したのと同様に、今度は第3号と第4号の内容を受けて、第15回図書館総合展でフォーラムを開催する。

10月29日(火)に開催する、第1回LRGフォーラム「これからの図書館の資金調達-寄付・寄贈からファンドレイジングへ」と題したこのフォーラムでは、第3号で紹介した事例の実践者である石原猛男さん(NPO法人地域活性化プラザ)や、第4号でご寄稿いただいた鎌倉幸子さん(公益社団法人シャンティ国際ボランティア会)、米良はるかさん(オーマ株式会社 READYFOR?)によるパネルディスカッションを行う。

このように、『ライブラリー・リソース・ガイド』は雑誌だけにとどまらず、リアルやWebなどさまざまなメディアで、議論や情報発信を行っている。その相乗効果がさらなる知識の共有と議論を呼び起こすのだ。その議論と共有の先に、あるべき図書館の姿、あるべき図書館のサービスが見えてくるのではないだろうか。

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