TOCの始まりと終わり

2013年11月1日
posted by 鎌田純子

日本語版の刊行にあたって

本書の原書タイトルにもある「TOC」は、オライリー社が開催したカンファレンスの名前です。TOCには「Table Of Contents(目次)」という意味もありますが、このTOCは「ツールズ・オブ・チェンジ・フォー・パブリッシング」の頭文字をとったものです。ツールズ・オブ・チェンジ、つまり変化の道具とは、出版基盤の変化すべてを指しています。

2007年、第1回目のTOCカンファレンスの開催にあたって、ティム・オライリー氏は自社のWebサイトで出版を次のように言い表しました。

出版とは紙の上にインクを乗せることではありません。その紙の固まりを倉庫へ、そして読者へと移動させていくことでもありません。それは、知識の種をまくこと、学ぶこと、楽しむこと、主題の重みを表現することです。これが読者のために著者と出版社がすべき本当の仕事です。その仕事の意味を再考している人は大勢います。インターネット時代の今日、徐々に姿を現そうとしています。

同時にTOCの目的を記しています。

カンファレンスの目的は、出版の境目を押し広げようとしている人々と、そこから学ぼうとする人々を一堂に集め、言ってみれば、現代のパブリッシャーのためのTOCを提供することです。スピーカーたちは、新たな波を乗りこなす前向きで革新的なパブリッシャー、インターネットというメディアのために出版を再構築しようとしている技術イノベーター、そして変化という仕事を手助けしようとしている技術プロバイダーです。

TOCの活動はカンファレンスに留まらず、TOCコミュニティによるWebサイト、ポッドキャスト、講演ビデオアーカイブへと広がりました。コミュニティサイトでは活発な意見交換が行われました。本書はこのサイトに寄せられた投稿記事をまとめたものです。

私たちは今、インターネットによって本のメディアが紙からデジタルへと変化していく様子をまさに体験している最中です。デジタルといえば最初はパソコンでした。その変化は、作り方に限定されていました。1992年、ボイジャーが「エキスパンドブック」という電子出版ツールを発表した時も、デジタルはすべてを変えると言われましたが、生み出された作品数は少なく、したがって変化のインパクトは小さいものでした。

それから20年の歳月を経て、世界規模で出版の基盤が変わりつつあります。読書のための電子デバイスとしてiPhoneやKindleが登場し、読み方や買い方が変わりました。作り方や売り方も変わりました。小さな変化はいつの間にか波となり、その波は重なり合いうねりとなって、想像もしなかった広い海へと私たちを押し流していきました。対応しなければならないテーマは山積みで、溺れそうに思うこともしばしばです。しかしTOCを見ると希望が湧きます。海の向こうにも日々の活動の中で同じ課題に直面している仲間がいる、同じ道を進もうとしている人たちがいると信じられるのです。

TOCの活動は2013年5月で幕を閉じましたが、その6年余りの間にTOCはグローバルな出版フォーマットEPUBの形成や読書システムへも大いなる影響を与えました。例えば、ボイジャーはTOCのカンファレンス「ブックス・イン・ブラウザーズ(Books in Browsers)」に触発されて、2011年、BinB(ビー イン ビー)読書システムを誕生させました。TOCに出会わなければ、BinBを開発できなかったと思います。

終わりは始まり。TOCが真に与えてくれたものは、著者と出版社がすべき本当の仕事とは何かを自ら問いかけるきっかけでしょう。デジタル時代の出版では誰もが横一線の新参者、ここには老舗もマーケティングの定石も存在しません。出版の変化は歴史上、誰も体験したことのない規模で起きています。

2013年2月、ボイジャーはTOCから生まれた『マニフェスト 本の未来』を刊行いたしました。そこにも、変化に対応しようとしている方たちが論考を寄せています。本書はその続きでもあります。手にしてくださった方たちが、主体的な実践者として読んでいただけたら、少しでもヒントになれば、これ以上嬉しいことはありません。

※ボイジャーから2013年11月1日に発売された、オライリー・メディア編『ツール・オブ・チェンジ――本の未来をつくる12の戦略』の序文を転載しました。

執筆者紹介

鎌田純子
(株式会社ボイジャー 代表取締役)
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