ニューヨークの書店地図も激変

2016年4月7日
posted by 大原ケイ

谷本真由美さま

お久しぶりです。私のフェイスブックでは桜の写真が真っ盛り。桜は嫌いではないんですが、その周りでいつもつるんでいる同僚や仲間とどんちゃん騒ぎをするだけのお花見という習慣が嫌いなので、他人様の写真を見ているのがちょうどいいです。ニューヨークやロンドンはまだもう少し肌寒い日々ですものね。

さて、ちょうど最近も、とある業界紙にアマゾン書店のことを書いたのですが、アメリカの書店の人たちより、日本の出版業界の人たちがこぞって戦々恐々としてるのが不思議です。同じ本はどこで買おうとも同じ値段という再販制度に優しく守られているのに。

マンハッタンから、郊外のブルックリンやクイーンズへ

ここマンハッタンでは、アマゾンと関係なく、どんどん本屋が潰れています。なにしろ店賃がめちゃくちゃ高いので、本みたいな薄利多売の商売じゃとうてい払えないのです。ニューヨークに仕事や旅行でホテルを取ったり、アパートを借りようとした人ならわかると思いますが、シングル1泊の平均が3万5000円、家賃は辺鄙なところでなければワンルームが月20万ぐらいからですかね。

ということで、最近聞くだけでも、昔からボヘミアンなイーストビレッジで良い感じのセント・マークス・ブックショップが、昨年そばのもうすこし安いところに引っ越ししてもやっぱりダメで閉店したところだし、アッパーなヨーロッパ勢が自国の雑誌を買いに来ていたリッツォーリ書店は、いま熱い地区、ノマド(North of MadisonでNoMadですってよ、奥様)に引っ越したものの、フロア面積が3分の1になっちゃったし、旅行書や世界の文学で、外国語習得の教室もやっていたアイドルワイルド書店も、今のリースが切れたら追い出されることになってウェストビレッジにお引越しするのだそう。

ニューヨークの名物書店だったリッツォーリも規模が縮小。

ニューヨークの名物書店だったリッツォーリも規模が縮小。

残っているところといえば、自社ビルだったり、気の遠くなるような長いリースで契約している本屋さんばかりです。Eブックがどうとか、アマゾンがこうとか、まったく関係ないんですよ。一方で、本屋がオープンしているところといえば、やっぱりブルックリンやクイーンズといった郊外の住宅地。若い人やアーティストたちも、マンハッタンじゃやっていけなくて、どんどんそっちに移っているからです。

ただし、地元の人じゃないと行きにくいロケーションだったり、別に斬新なことをやっているわけでもない店が多くて、日本から「アマゾンこわいよどうしよう」と視察に来る人をご案内するのに大変です。出店前からこちらの出版業界の人たちが応援してきたグリーンライト書店や、村上春樹の新作が出ると夜中の朗読イベントやったりするワード書店や、家族で行くのにいい感じのアストリア書店は、地下鉄に揺られてたどり着くか、車で行くしかないので。しかも行った先には普通の本屋さんがあるだけです。

そういう新しい本屋さんの客は、子どもに本を読ませたい親、これからバリバリ勉強しようという留学生、起業してガッポガッポ儲けようというITエンジニア、などなど、これから可処分所得が増えそうな人たち。ちまちま図書館で借りるのを待ったり、ネットでどこなら数ドル安く買えるか調べるヒマが惜しい、けど時間があるならその辺の本屋に入ってカフェでのんびりインスピレーションを得たい、日頃からパソコンやスマホとにらめっこしているからこそ週末やバケーションの時はゆっくり本を読みたい、そういう人たちが地元の本屋さんを支えていくわけです。

日本だと、人は一生なるべくたくさん本を読んでお勉強するのが素晴らしいと小さい頃から刷り込まれているのは団塊の世代ぐらいまでなので、その人たちが死んだり、目が弱ってきたりしたら、アウトですね。スマホを維持するのがせいいっぱいの若者に、わざわざ書店に行ってなんのディスカウントもつかない紙の本を買えっていくら言ってもムダでしょう。

その下の世代に小さい頃から「本を読むのは勉強と関係なくおもしろいんだよ」「ケータイばっかりいじってないで本屋にいくだけでこんな楽しいことがあるんだよ」「想像力さえあれば、1000円ちょいで何時間も楽しめるチープな娯楽なんだよ」ってアピールしてこなかったのがいけないんだと思いますけどね。

バーンズ&ノーブルでさえ青息吐息

小さい本屋さんが奮闘している一方で最近は最大手のバーンズ&ノーブルが青息吐息で試行錯誤しているのが端で見ていてつらいです。昨年クリスマスのちらしは文房具や教育系玩具ばかり宣伝しているし、今年に入っても、ロンドンのセレブの間で人気だというウェディングケーキのデザイナーによる毒々しい色のクッキーをカフェで売り始めたよ!というプレスリリースがきて「あっそう」としか思えなかったです。本を包んで中身をわからなくして選ばせる「ブラインド・ブック」という企画棚(そんな企画は日本では内沼晋太郎さんがとっくの昔にやっています)ができてたり、今さら〜?ってなLP売り場までできてたり。このままだと潰れたり、店舗を他の業界に売り渡すことになっても驚きません。

本を包んで中身をわからなくして売るフェア。日本でも同種の試みはとっくに行われている。

本を包んで中身をわからなくして売るフェア。日本でも同種の試みはとっくに行われている。

結局、小さい本屋さんのいいところは、「ここは私のいきつけの店」という顧客とのつながりを提供できるところなのですね。地元出身の著者が朗読会やったり、子どもを連れて行くといつもの店員さんが迎えてくれるとか、あの本、面白かったよねぇ、次何読もうかな?と話ができるとか、そんなことだったりするのです。何しろ安売り競争じゃアマゾンに勝てるわけないので、本屋さんは「これ以上安くするとうちは潰れるから」という値段で堂々と勝負してきます。そしてそういう小さい本屋さんが連携してイベントやったり、ノウハウを教えあったりするIndieBoundというサイトが充実しています。

Indie Boundのサイトでマンハッタン周辺の独立書店を探してみたところ。

Indie Boundのサイトでマンハッタン周辺の独立書店を探してみたところ。

アマゾン書店はどの本も「面陳」という、表紙を見せて置くディスプレイで、しかも本には値段がついていないのです。なのでお客はわざわざスマホのアプリなどでAmazon.comと同額に設定されている値段を見るわけですが、周りの本屋さんにしてみれば、既刊本の品揃えが貧弱な上、「この本おいくら?」と店員に聞くこともできない店に負けるわけないでしょ、と歯牙にもかけていない様子でした。

もっと書店が消えないと変化は生まれない?

ところで、私もバースには昔行ったことがあるので、名前を聞くとあのうっすら黄色い町並みが浮かんできて懐かしいです。ロンドンでいつまで消耗してるの?みたいな人も増えているのかなと思います。「本のスパ」とは考えましたね〜。似たようなサービス、ドイツだと数ユーロ増しで書店員さんにソムリエみたいに本を選んでもらうことができます。ドイツは日本と同じ再販制度でも本の値段はかなり高めで、最初から贅沢品扱いです。

日本だと本は安いし、大きな都会ならばいまでも書店はあちこちにあるし、本が空気のようになってしまっているので、そのありがたみがわからなくなっているのかもしれません。いっそのこと、どんどん潰れてしまえばどうでしょう? 今はどこかの書店が倒産したと聞いても「懐かしいなぁ」とか「なくなったのか、寂しいな」って言って、自分は相変わらずアマゾンで買う人ばかりでしょう。本当にヤバイと思うほど周りから書店が消えていって、その後でそれでも本屋さんをやろうという人が出てきたら、地元の人もようやく「大切にしなきゃ、このお店で買わなきゃ」と思うようになるんじゃないかという気がします。

というわけで、すっかり書店の話題が続いてしまいましたが、「クール・ジャパンを超えて」という話に戻すと、私が気になっているのは、亡くなった建築家のザハ・ハディドさんに対する日本と海外での報道や評価の温度差です。費用がかかりすぎるからと、一方的に彼女のデザインを退け、一部それをパクった上に、見た目かなりダサい新競技場デザイン画を見ると、2020年の東京オリンピックの行方がかなり不安になるのですが、あれだけ警備員が足りないとか、田舎でのサッカー試合チケットが売れてないとか騒いだロンドンにだってなんとか開催できたんだしな、という気持ちもあります。

ザハ女史の競技場も建てられない国が何を根拠に日本のコンテンツを「クール」だと言うのか。イギリスでザハさんは、そして彼女のように頭もよくカネも持っている、異文化を背景にした人たちはどういう扱いを受けているのでしょうか?

※この投稿への返信は、WirelessWire Newsに掲載されます


この連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

学生による本の活動ユニット・劃桜堂

2016年4月2日
posted by 和氣正幸

小さな本屋を応援するBOOKSHOP LOVERという活動をしている。詳しくは以前に本誌に寄稿した以下の記事を読んでもらいたい。

「いまなぜ本屋をはじめたいのか」

上記記事でぼくは“「本屋を開業したい人が増えている」という実感”と書いた。実際、「小さな本屋のつくり方」「本屋入門」というイベントを開催し、そこでのお客さんの反応を見ていると自分を含め思いのほか本屋をやりたい人が多いのだと感じる。

ぼくにとってそれはとても嬉しいことだが、その一方で、閉店した本屋も数多くある。茨城県つくば市の名物書店・友朋堂書店の閉店は記憶に新しい。出版市場全体は縮小を続けていることは確かであり、ビジネスとして考えるなら、これから「本屋」をやる魅力は少ないはずだ。

では、なぜ本屋になりたいと言う人が増えている(ように見える)のか。

もしかしたらこれから小さい本屋は増えていくのかもしれない。中には人気になる本屋も出てくるだろう。だが、ぼくは本屋は続けることにこそ意義があると思っている。

「マガジン航」に掲載された「北海道のシャッター通りに本屋をつくる」にこう書いてあった。

書店がなく、公共図書館もない地域は、たいてい学校図書館の整備もままならない。そういう自治体が3分の1を超えようとしている。そんな地元を離れ、札幌や首都圏で「本に潤う暮らし」を経験した若者が、砂漠に戻って来るだろうか。

この記事の中で荒井宏明氏は「本に潤う暮らし」を北海道の都市でない各地で実現したいと考えているが、暮らしを提案するためには2年や3年ではいけないだろう。絵本を読んでもらっていた子どもが大人になるまで。つまり、最低でも10年、いや20年は続けなければいけないはずだ。

そうは言っても10年後、20年後のことなんて誰も分からないではないか。そのとおりである。だが、何をやるにしてもはじめが肝心だ。「どうして本屋をはじめたいのか」。これから本屋をはじめるのであれば、彼ら彼女らの考えを聞いてみたい。

そうすることで、彼ら彼女らの開く本屋が10年後、20年後も残っているのか。本の世界が10年後、20年後にどうなっているのか。きっと何かしらの答えのようなものが見つかるはずだ。

学生によるブックユニット「劃桜堂」

2015年12月19日に東京・中延でブックイベント「〜街に染み出す本たち〜 Books seep into the town」が行われた。このイベントの主催者は、渋谷のフリースペース「くるくる Global Hub」の一部を間借りしてBOOK Cafe劃桜堂(入場料制。500円でワンドリンク。本を持っていくと店内の本と自由に交換できる)を運営している、大野真司さんと春日康秀さんのお二人だ。

以下はその際に伺った話と、私が主催するイベント「小さな本屋のつくり方」にお二人にご登壇いただいたときの話にくわえ、メールで補足インタビューを行いまとめたものである(以下、敬称略)。

――まず、劃桜堂の活動について教えてください。

大野 現在、「くるくる Global Hub」さんにて『お茶で癒しを、本で元気を』というコンセプトでBOOK Cafeをやっています( 2016年4月時点の営業時間は月・水~日の朝7時〜朝10時。定休日は火曜日)。

今後はたくさんの人に素敵な本と出合うきっかけ作りをしつつ、その人に合った本をおすすめする活動も行っていきたいです。たとえば、大切な方に本を贈るお手伝いもさせて頂いています。大野、春日と直接(もしくはSkypeにて)三者面談をして、本を贈りたい相手にどんな気持ちを伝えたいのかを聞いて選書させていただく、「~思ひ出選書~」というサービスもはじめています。

気持ち”をプレゼントする 〜思ひ出選書〜。この箱に入って届く。

本はこの箱に入って届く。

――なぜ劃桜堂という活動を始めたんですか?

大野 大学時代に悩んでもやもやしている自分たちを変える第一歩になればと思い劃桜堂を始めました。受験期や留学中に何度も本に救われたので、本を通じて元気になってもらえればと思います。

――始めようと思ったキッカケは……?

大野 とくにありませんが、しいて言うなら留学から帰ってきたことでしょうか。台湾に留学中、本に飢えて、自分は本が好きなんだって自覚しました。帰国してから、この思いを何か形にできないかと劃桜堂をはじめました。

――なぜ一人でなく二人で活動しようと思ったのでしょうか?

大野 なんとなく、始めるなら二人か三人がいいなと思ってました。一人だと自分に言い訳してしまいますが、二人で決めたことだと約束を反故にするわけにはいきません。ゆるく活動しながらもきちんとするところはきちんとしようと思い仲間を募集しました。

――数ある職業の中から「本屋」を選んだわけは?

大野 私たちの世代は「活字離れ」が進んでいるとか本をあまり読まないとよく言われていて、せっかく面白い本がたくさんあるのにもったいと思っていました。本をつくることももちろん大事ですが、本と触れ合う機会がないとそもそも本を好きにならないと思い「本屋」を選びました。

――本屋と言っても多くのやり方がありますが、劃桜堂さんはフリースペースの一部を間借りしてブックカフェ(本はレンタル)を運営したり、クラブイベントや街の一角で一日だけ古本屋を開いたり。なぜこのようなやり方を選んだのでしょうか?

大野 費用や手間など現実と理想を比べて、いまやれることを選択していった結果、カフェ運営や出張古本市を行ういまの形態になりました。

――カフェ運営についてお聞きします。「リアルな場所を持つ本屋」になろうとすると、ぶつかるのが場所の壁です。いくら蔵書や知識があっても販売する場所・人が集まることができる場所を用意できなければ実現できません。

その点、劃桜堂は学生が運営する“本屋”でありながら、リアルな場を(朝の時間という条件付きですが)持っています。なぜそんなことができるようになったんですか?

大野 大学の先輩がthisisgalleryという会社を起業していて、thisisgalleryとくるくるのコラボイベントで展示会をするとFacebookの投稿であったため、展示を観にくるくるまで行きました。

会場にいた方と、自分もいずれは店舗を構えてたくさんの人に来てもらえるような本屋を開きたいということを話していると、その方がくるくるを運営している会社のアドバイザーだったため朝の時間でカフェやってみる? とお誘いをいただき、現在の形になっています。

くるくる店内の様子。

くるくる店内の様子。

――ご縁があって、場所を借りることができたということですね。では、出張古本市についてもお聞きします。BOOKSHOP LOVERでも宣伝した「〜街に染み出す本〜 Books seep into the town」。日々の研究で忙しい中、このイベントをすることになった経緯を教えてください。

大野 友人の小林空からこんなことしてみない? と言われたのが発端でした。どの街にも、使われていない、もしくは気付いていないけども、使い方次第で魅力的になる場所はあり、そういった場所を本のチカラでひらくことができるのではないか。普段、通勤通学で街や都市を移動し続ける中にあって、ふと立ち止まってくつろいだり、どこかに腰掛けたりできるようなふるまいを許してくれる場はそう多くありません。

そこで、一箱古本市をはじめとした街中で行われるブックイベントを参考に、そのような寛容のある場を生み出してみようと「劃桜堂」の二人と小林空で「街に染み出す本たち」と銘打って開催することにしました。

「街に染み出す本たち」会場風景。

「街に染み出す本たち」会場風景。

――このイベントは本が街に溶け込んでいて、それでいてお祭り感がある楽しい出店だと感じました。手前にはオセロ盤や将棋盤で対戦もできたりして、街中が遊び場になるような仕掛けも楽しかったですね。大野さんはダンスをされているそうですが、ご自身のダンスイベントでも本を販売されたとか?

大野 普段は本と接する機会のないような人にこそ本に触れて欲しいと考え、読みやすい本を持って行っています。結構売れるんですよ。

――ダンスイベントで本が売れるなんて素敵ですね! さて、「本と人が出会うきっかけづくり」のためにブックカフェ運営や出張古本市と精力的に活動をしている劃桜堂さんですが、こういった活動をしていると「趣味なんじゃないの?」など言われることも多いと思います。正直な話、売上や利益についてどうお考えでしょうか?

大野 売上や利益についてはもちろん意識しています。というのも、現在のBOOK Cafe劃桜堂は間借りで本も販売していません。劃桜堂の目標は自分で実店舗を持つことですから。大野は留学中にお世話になった台湾への店舗出店。春日は地元の山形に漫画を読みながら寝落ちできるような「古民家カフェ」をつくることが目標です。

利益を出してお店を回していくことは、いざ二人が実店舗を持った時のための準備の一つだと考えています。とくに最近始めた新企画「“気持ち”をプレゼントする 〜思ひ出選書〜」は、うまく行けば値段がある程度決まってしまっている古本業界で利益を出していくための新しい道かと思っています。

――「“気持ち”をプレゼントする 〜思ひ出選書〜」はプレゼント用の箱をオリジナルで作ったというところが魅力ですね。選書サービスを行っている店舗や個人は多くいますが、本をプレゼントするときにちょうど良いような箱というのは実はありません。単行本1冊と文庫2冊を入れるのにちょうど良いサイズのこの箱があたらしいですね。出版業界が厳しいということはご存知だと思いますが、そんな中で、なぜ「リアルな場所で本を売る」ことを選んだのでしょうか?

大野 先ほどの答えと重なりますが、本をそんなに読まない人にも本と出会う場所を提供したいと思ったからです。今後もネット書店が増えていくと本好きな人はネットでどんどん買うようになるかもしれませんが、その一方で本を読まない人は本と出会う機会が失われてしまいます。

読みたい本があるから本屋さんに行くのではなく、なんだかよくわからないけど楽しそうなことをしてる場所があって、なんとなく立ち寄ったら素敵な本と出会えた、というロマンチックな出会いをつくっていきたいです。

――「本との出会いのための場所」ですね。最後に、ずっと気になっていたのですがこの劃桜堂というお名前はどんな意味なのでしょう?

大野 二人で名前を付けるにあたって◯◯堂にしたいね、と話し合い、互いに好きな文字を1つずつ出したところ、大野は敬愛する作家の伊藤計劃さんから「劃」、劃桜堂という名前に春日は大好きな「桜」を選び、劃桜堂という名前になりました。「心に桜を劃(えが)くようなお店になりたい」という思いが込められています。

――素敵な思いが込められていたんですね。本日はありがとうございました。

本と触れ合う機会をつくる

劃桜堂の二人がやりたいことは「本との出会いのための場所」をつくることだ。彼らはこの場所にリアルな場所が適していると考えているし、必要であれば普段は本がないような場所にも本を出現させることも厭わない。とくにクラブイベントで本を販売することは斬新だ。

しかし、インターネットでの活動にあまり積極的でないことが気になった。

BOOKSHOP LOVERの活動上、ネット上での本屋に関わる情報を意識的に集めているのだが、彼らのことは「〜街に染み出す本〜 Books seep into the town」の宣伝依頼をいただくまで知らなかった。もし依頼が来なければぼくが劃桜堂のことを知ることができたかどうかは怪しい。

2016年2月26日に公開された「芳林堂も破産、書店閉店が止まらない日本–書店復活の米国との違いとは?」(CNET Japan 林智彦の「電子書籍ビジネスの真相」)という記事の中に、

今の消費行動は、若者を中心に「ネット」にどんどん起点がシフトしてきています。地元に素敵な書店があっても、「ネット」に足がかり(プレゼンス)がないと、消費者に知られず、お客もどんどん減ってしまいます。電子書籍は消費行動のベースがネットに移ってきていることの1つの「表れ」にしかすぎず、コンテンツがなんであろうと、人々はネットで知り、ネットで調べ、その上で購入するようになってきているのです。このサイクルに加わるには、リアル書店も日本のO2Oとは逆の意味のO2Oに取り組み、「ネットフレンドリー」になるしかありません。

という一文がある。

彼らがいざ台湾や山形で開業したときにインターネット上での活動をどう考え、どう実施するのか。心配である。

いやもしかしたら劃桜堂だけではないかもしれない。ネット上での活動が苦手な本屋が、本当はとても素敵な空間であったり活動をしているのにもかかわらずネット上で見つけられずに閉店してしまうかもしれない。

これは杞憂だろうか。次はインターネット上でのプレゼンスが大きい本屋に話を聞いてみたくなった。

劃桜堂の店舗詳細
劃桜堂ロゴ

営業時間(2016年4月時点):月・水~日 朝7時-朝10時(定休日:火)
料金:入場料500円 (1ドリンク付き)
住所:東京都渋谷1-13-5 大協渋谷ビル1F
FBページ:https://www.facebook.com/kakuodo

博物館をネット上にひらく試み

2016年3月31日
posted by 仲俣暁生

3月21日に東京工業大学博物館で開催された、第7回#OpenGLAM JAPANシンポジウム「博物館をひらく-東京工業大学博物館編」に午後から参加してきました。東京工業大学博物館は同大の大岡山キャンパス百年記念館とすずかけ台キャンパスすずかけ台分館にある付属博物館で、今回のシンポジウムは前者で行われました。

大学博物館を見学すること自体、今回が初めての経験だったため、まずその所蔵品の面白さに目を瞠りました。同博物館の所蔵品は、貴重な自然科学の実物資料から、産業遺産ともいえる工業製品、建築模型や美術品まで多岐にわたります。「工業大学」という名称から連想するものよりはるかに幅が広いことに、率直な驚きを感じました。

この博物館の1階にはT-POT(ティーポット)と名付けられた共有スペースがあり、今回のシンポジウムはそこで約30名の参加者をあつめて開催されました。

東京工業大学博物館の展示風景(2階展示室「地球史」)。

東京工業大学博物館の展示風景(2階展示室「地球史」)。

東京工業大学博物館の展示風景(2階展示室「百年記念館/篠原一男」)。

東京工業大学博物館の展示風景(2階展示室「百年記念館/篠原一男」)。

東京工業大学博物館の展示風景(地階・特別展示室A)。

東京工業大学博物館の展示風景(地階・特別展示室A)。

東京工業大学博物館の展示風景(地階・特別展示室B)。

東京工業大学博物館の展示風景(地階・特別展示室B)。

OpenGLAMとはなにか?

今回のシンポジウムのテーマであるOpenGLAMの「GLAM」とは、Gallery、Library、Archives、Museumの頭文字です。つまりOpenGLAMとは、図書館・美術館・博物館・文書館といったいわゆる「文化施設」の所蔵品をインターネット上などで公開し、自由に閲覧や二次利用ができるようにするための国際的な取り組みのことです。日本でもOpenGLAM JAPANが設立され、文化施設が所蔵する文化資源のオープンデータ化に向けたシンポジウムなどを重ねてきました。

今回のシンポジウムはその7回目にあたり、私は聴くことができなかったのですが、午前中には福島幸宏氏(京都府立図書館)による「歴史資料を拓く〜制度と慣例のあいだ」と南山泰之氏(情報・システム研究機構国立極地研究所情報図書室)による「研究・観測データを拓く〜国立極地研究所の取組み」という二つの講演がありました。福島氏は東寺百合文書を、南山氏は南極資料をオープン・ライセンスで「ひらく」主導的な役割を果たした方々です。

東京工業大学博物館・阿児雄之氏によるプレゼンテーション。

東京工業大学博物館・阿児雄之氏によるプレゼンテーション。

東京工業大学博物館で行われたワークショップ風景。

東京工業大学博物館で行われたワークショップ風景。

昼休みの休憩を挟んだ午後は、東京工業大学博物館の阿児雄之氏と日下九八氏(東京ウィキメディアン会)のモデレーションのもとで、東京工業大学博物館および関連項目Wikipediaページをその場で作成・編集し、さらに同博物館の所蔵品をオープンデータ化してウィキメディア・コモンズで公開するというワークショップが行われました。

ワークショップに先立つ日下九八氏のガイダンスでは、「OpenGLAMとは何か」が以下のように整理されていました。

・所蔵目録のオープンデータ化(含むメタデータ整備)
・所蔵品のデジタルな複製のオープンコンテンツ化(デジタル化+オープン化)
・職員が作成した著作物、資料などのオープン化
・自機関の「文書」のオープン化
・「オープン化」の活用、サポート

さらにこれらを現実的にサポートする仕組みの一つとして、Wikipediaを運営するウィキメディア財団が手掛ける「ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons)」についての解説がなされました。

リアルタイムで「百科事典」が執筆されていく

これを受けて午後のワークショップでは参加者が博物館内を見学したのち、Wikipedia上にどのような項目を作成するかが議論され、東京工業大学博物館とその関連項目(フェライトETAシステムズゴットフリード・ワグネル等)の作成・編集・増補が行われました。同博物館ではもともと所蔵品の撮影を制限しておらず、撮影した写真を自由に使うことができます。これらの所蔵品の多くが撮影され、写真がウィキメディア・コモンズに公開されました。すべての写真が記事に活用されているわけではありませんが、誰でも活用することができます。

Wikipediaの項目執筆のための資料も用意された。

Wikipediaの項目執筆のための資料も用意された。

編集中のWikipedia画面。このワークショップ時間ないに参加者によって一から作成された。

編集中のWikipedia画面。このワークショップのなかで参加者により一から作成された。

約2時間半にわたるグループワークの時間内で、それぞれの項目を担当したチームが資料をもとにWikipediaの執筆・増補にあたり、画像チームは展示物の撮影とメタデータ付与、ウィキメディアへのアップロードなどを進めていきました。

参加者のなかには司書や学芸員、編集者といった専門技能をもった方もいれば、学生や一般の社会人もいました。これまでにもウィキペディアタウン(この記事も参照のこと)など、同様のワークショップに参加した経験のある者がリーダーシップをとりつつ、分担作業でテキパキと「百科事典の項目作成」が共同作業で進んでいく様子は、ながらく編集の仕事をしてきた私にとって感動的なものでした。

完成後のプレゼンテーション。

完成後のプレゼンテーション。

ウィキメディア・コモンズにも博物館の所蔵物の写真が公開された。

ウィキメディア・コモンズにも博物館の所蔵物の写真が公開された。

Wikipediaは「読む」だけでなく、自分で「つくる」ものでもある

今回のシンポジウムとワークショップは、東京工業大学博物館の項目がWikipedia上にないことを逆手にとって、それを実際に作成することを通じて、博物館の存在と特徴を知ってもらおうという意味合いがあったようです。

Wikipediaというと、一般的な受け止め方は「タダで読める百科事典」であり、そのかわり内容的にはやや、信頼できないものもある、といったところでしょう。Wikipediaの記述の信頼度には、項目によりバラツキが大きく、すべてをそのまま信頼するわけにはいきません。ただし、もしある項目に明らかな間違いがみつかった場合は、それを発見した者がただちに修正または削除することが可能です。紙に印刷され定着してしまった百科事典に情報の修正やアップデートが必要な場合は、膨大な予算をかけて新版や増補版を発行するしかありませんが、Wikipediaの場合は個人によっても、あるいはこうしたワークショップによっても、必要な増補・修正が随時可能なのです。

ただし、Wikipediaの項目がどのような人たちによって、どのようなかたちで作成されているのかは、こうした公開型のワークショップでもない限り、目にする機会はありませんでした。その意味で、今回のシンポジウムおよびワークショップへの参加は、私にとっては目からウロコが落ちるような体験だったのです。

Wikipediaには、「アメリカ同時多発テロ事件」「イラク戦争」「東日本大震災」など、近年に起こった大事件が、紙の百科事典にまとめられる前に、いち早く項目としてまとめられています。一方で、膨大な数に及ぶ「過去の事物」の項目も、すさまじいペースで編集が進められています。Wikipediaはたんなる「フリー百科事典」ではなく、分散型で執筆・編集が行われる新しいタイプの「出版物」としての特徴をもっています。またウィキメディア・コモンズに集められた図版や写真は、著作権の切れたパブリックドメインのコンテンツや、クリエイティブ・コモンズなどで二次利用のためのライセンスが示されているコンテンツと並んで、あらたな「出版物」を生み出すための豊かな素材となりつつあります。

今回は文化施設(GLAM)を対象とするイベントでしたが、ウィキペディアタウンのように地域を対象としたり、企業や学校、あるいは「メディア」そのものに対しても、同様のこころみが可能だと感じます。Wikipediaをたんに利用するだけに留めず、それがどのように作られているのかを知り、興味と関心のある部分については、その作成・編集にも関与してみることで、この世界最大の百科事典に対して、新しい見方が開かれるかもしれません。

アメリカのインディペンデント書店が強いわけ

2016年3月17日
posted by 大原ケイ

谷本真由美さま

卒業式も花見もないニューヨークは3月なんてただの冬の延長戦という季節で、いきなり夏時間になって1時間寝る時間を損した気になるのが春の風物詩ですが、いかがお過ごしですか?

アメリカで本当に書店が増えているのか?という話なんですが、閉店しちゃったり、オープンしたりを全部合わせて、差し引きした結果、アメリカ全土でこの5年で300店舗ほど増えてる、というペースなので、どこぞのアメリカの地方都市に住んでて「そういえば最近、本屋が多くなったよね」などという感覚はまるでありません。

もともと、日本みたいに本はどこで買っても同じ値段で、売れなければ返せるし、放っておいても商品はどんどん取次が送ってくる、という商売ではないので、本当に本が好きで、商売っ気のある人にしか本屋はできません。アメリカに行けば日本人はみんな「思ってたほど本屋さんがないなー」と思うはずです。

アメリカの書店の半世紀をふりかえる

日本の本屋さん(と本で食べている人たちのほとんど)ではアマゾンがキンドルを出した頃から、「本が死ぬ〜、本屋がなくなる〜」と騒いでいるんですけど、アメリカの「インディペンデント書店」と呼ばれる町の小さい本屋さんは、そのずーっと前から試練をくぐりぬけてるんですよね。ここ半世紀はこんな感じです。

1960年代まで:メインストリートと呼ばれる街の中心の通りに、肉屋、ハードウェア屋、酒屋などと並んで本屋があった。本のディスカウントはなしの定価販売。安いの本が欲しければ古本屋さんか、ブッククラブに入って通販のカタログで廉価版をお取り寄せしていた。

1970年代:いまは「ストリップ・モール」と呼ばれるショッピングセンターが台頭。ウォルデン・ブックスやB・ダルトンというチェーン店が10%ぐらいディスカウントを始めて、メインストリートの書店がどんどん潰れた。

1980年代:バーンズ&ノーブルやボーダーズといった書店チェーンが台頭。ストリップモールより大きく、広い駐車場を備えたモールの中や、その傍に何万タイトルも揃えたメガストアを出店し始めた。ディスカウント率も新刊が最大30%と、小さな本屋さんはまったく太刀打ちできない安売りぶり。多くの本屋さんが閉店を余儀なくされた。

1990年代:アマゾンやバーンズ&ノーブルがオンライン書店を始める。モールに入っていたシアーズやその他のデパートの代わりにウォルマートやターゲットといった量販店が増えてモールは衰退していく一方で、インターネットがあれば自宅に居ながらにして本がオーダーできるようになり、またしても本屋さんがどんどん潰れていった。

2000年代:PDFファイルでの電子書籍は以前からあったが、アマゾンがキンドルを始めたのが2007年。さらに本屋は潰れる。店を大型化し、いくら蔵書数を増やしても、ネットのカタログにかなうわけもなく、B&Nは業績悪化、ボーダーズに至っては本好きだった創設者が手放した頃からさらに悪化、ついには倒産(当時書いたこの記事も参考にしてください。「ボーダーズはなぜダメになったのか?」)。

……というわけで、小さな街角の本屋さんはずっとずっと、厳しい戦いを強いられてきたわけです。電子書籍が登場する前からいろんな敵がいたからそれでも残っているところは強いんです。いまも明確に「アマゾンは敵だ!」と怪気炎をあげて毎日がんばってるんです。

2010年代:音楽CDが廃れ、みんながヒマさえあればスマホをいじってるのはアメリカ人も同じです。それでもインディペンデントな本屋さんが増えたとしたら、その理由は一時期は全国で500店ほどあったボーダーズがなくなって、そこで生まれた需要を補うために本屋さんを始めたところもあったでしょうし、全国で広がりを見せている「地産地消」ブームの一環で、地元の小さなお店を応援しようキャンペーンが功を奏している部分もあります。目が潰れるくらいスマホをいじっていたアメリカ人が、出かける気になったのかもしれないですし、電子書籍で何でも買えるようになったからこそ、やっぱり紙の本を読んだほうが集中できるな、と気づいた人もおりましょう。

ちなみに私がいるマンハッタンは地価が高くて、自社ビルでもない限り本なんかチマチマ売っても店賃を払えないので、いまもどんどん本屋さんはなくなりつつあります。それでも繁盛している書店を経営している知り合いの人は「本が好き」「切れ者」「しぶとい」というのが共通項で、頼もしい姉御タイプが多いですね。

イギリスだと、この5年で書店数が25%ぐらい減っていまは全国で900店ぐらいだそうですが、スーパーで売られている雑誌の付録に本が付いていたり、受付嬢に注文係をお願いするオフィス内カタログ販売とか、アメリカでも思いもつかない方法のリテールがあったりするし、出版社はオーストラリアやインドなど、旧大英帝国の領地にがんがん本を輸出できるんで大丈夫だろうなという感じはしますが、チャリング・クロスの辺りもだいぶ減りましたよね。

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この連載企画「往復書簡・クールジャパンを超えて」は、「マガジン航」とWirelessWire Newsの共同企画です。「マガジン航」側では大原ケイさんが、WirelessWire News側では谷本真由美さんが執筆し、月に数回のペースで往復書簡を交わします。[編集部より]

選書専門店「双子のライオン堂」の野望

2016年3月15日
posted by 竹田信弥

作家の本棚を覗ける本屋

双子のライオン堂は選書専門店である。そう名乗ると、何が専門ですかと聞き返されることが多い。なので「作家の本棚を覗ける本屋です」と付け加える。すると、やっとお店の趣旨が少し伝わる。

現在の場所は、東京赤坂にある古いマンションの1階だ。5坪弱のスペースに約2000冊の本が並んでいる。新刊が1600冊、残りが古書や同人誌、ミニコミ誌。新刊か古書かという区別には、とくにこだわりはない。こだわりたいのは、よい本かどうかという点のみ。そこで仕入れに、信頼できる方々による「選書」という基準を導入した。

赤坂に移転した後の新店舗の外観。

赤坂3

赤坂店の店内風景。玄関で靴を脱いで入ってもらう方式になっている。

高校時代から、「双子のライオン堂」の名でネット古書店を10年ほどやっていた。その後、2013年5月に東京の白山に実店舗を開いた。

本屋を実店舗として開業するにあたり、自分なりに「よい本」とは何だろうかと考えた結果が「選書」だった。大学時代に、信頼する先生に進められた本は面白かった。好きな先生の研究室にある本が読書の道標だった(特に大事そうに近くに置いてあったり、他の本とは明らかに違う待遇で保管されている本は格別だ)。それだけじゃない。昔から友人の本棚を見て、自分の知らないジャンルのよい本に出会うことも度々ある。この原体験から、いろんな人の本棚にある本を集めれば、よい本屋さんができるのではないかという仮説がたった。

「選書棚」というコンセプトでいけそうだと思った瞬間がある。まったく無名の人の本棚を展開するのではなく、何人もの「プロの本棚」を集められたら最高だと思い、学生時代にお世話になっていた批評家の山城むつみさんに、本屋をやるにあたり仕入れの基準にしたいから、「あなたの創作活動の血となり肉となった本を教えてほしい」と相談してみた。

山城さんは、「文学関係の本は売れないよ」と心配しながらも快諾してくれた。これに味をしめて、小説家の辻原登さんに依頼をしたところ、やはり喜んで受け入れてくれた。このとき、この方法でお店の本棚を埋めよう、と決意した。

選書専門書店を作るきっかけになった山城むつみ氏の棚

そこからは、自分の好きな作家や研究者に選書の依頼をしていった。できるかぎり、直にお会いして、お願いするようにした。現在は、先の2名をはじめ、俳人の長谷川櫂さん、小説家の海猫沢めろんさん、法哲学者の谷口功一さん、ライフネット生命の出口治明さん、本誌編集発行人の仲俣暁生さんなど総勢26人にご賛同いただき、選書棚を展開販売している。

選書棚の魅力は「あの人があの本を推すのか」「あの作品の根底にはこれがあったのか」という発見にある。また、主義主張の違う人が同じ本を推していたりすると、その本の「器の大きさ」に感動する。重複する本こそがよい本である、という論が成り立つのではないか。現状では、4人の方が推しているサン=テグジュペリの『星の王子様』がそのような本に当たる。

選書棚の目標は、とりあえず100人の100冊、計1万冊を揃えることだ。まだまだ道のりは遠いが、この1万冊のなかでもっとも重複した本こそ、100年後にも残すべき本なのかもしれない。

「最後の本屋」になりたい

「なぜ、儲かりもしないのに、本屋をやるのか。」とよく聞かれる。だが自分としては、どちらかといえば、いまはチャンスだと思っている。商売なのだから、ライバルが減っている状態はよいことなのではないか。もちろん、本屋がどんどんつぶれていくことを歓迎しているわけではない。なじみの本屋が減るのは悲しいし、本と出会う機会がなくなっている地域が存在することはとても残念に思う。

でも、本当によい本は、業界がどんな厳しい状態であっても後世に残る。同様に、本当によい本屋はどんなことがあっても残るはずだ。言い換えれば、残った本屋こそが「よい本屋」なのではないか。本屋を残すことで、本屋の存在の大切さを実証したい。出来ることなら、双子のライオン堂はその「最後の本屋」になりたいとさえ思っている。

こういう生意気なことを言っていると、怒る人もいる。実際に、友人の本屋さんに同じ話をしたら、「いやいや、そうはさせないよ。僕も絶対やめないもん」と言ってきた。そう、これでいいのだ。ライバル同士、ときに協力して、ときに切磋琢磨していかないと、厳しい現状を突破できない(「最後の本屋」になりたいと言う一方で、あとで述べるとおり、仲間を増やすためのイベントもいろいろと行っている)。

双子のライオン堂は「100年後も本屋」というスローガンを掲げている。本屋としてあり続けることで、本屋の存在理由をいま一度発見できればいい、という思いが込められている。100年で均せば家賃を払うより安いと考え、物件は賃貸ではなく、借金を背負ってでも購入するという手段を選んだ。

仮に私が60歳まで約30年間、毎月数万円~数十万円の家賃を払ったとする。次世代に引き継げたとしてもその家賃は支払続けないといけない。辞めてしまえば、それでおしまい。そこで物件購入を考えたのだ。月々の支払いを10万円と設定して、30年払いで3,600万円の借金をすることにした。現実的にはこれもなかなか厳しい。でも、いったん「100年やるぞ」と腹を決めたら、計算上は月の支払いは30,000円になる。これなら出来なくもない。

この本屋が30年間続き、その間に借金をいくらかでも支払うことができれば、その後を引き継ぐ者の負担は大変少ない。リスクの少ない状態で、子供や孫に双子のライオン堂を継いでもらうことも出来そうだ。やる気のある若者に引き継ぐことも可能である(もしかしたら、その頃には本屋はロボットがやっているかもしれない)。

とはいえ、無理をしているわけではない。精神的にも経済的にも一定の安定が必要だと考え、営業時間は水曜から土曜までの、15時から21時までと決めた。そのあいだの時間は、まったく別の業種で副業(アルバイト)もしている。すべては、100年後までこの本屋を残すためである。

作家と読者の交流から生まれるもの

お店のモデルは、本屋というよりも大学の研究室である。四方を本棚に囲まれて、真ん中に机と椅子があるスペース。本を売るというよりは、本の話をする空間作りにこだわった。また、次の読書を促すための仕組みを意識している。実際、お客様同士の会話から本の購入に繋がるシーンも多いのだ。

開店にあたり、大いに参考にしたのが、シェイクスピア&カンパニー書店だ。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を出版したことで有名な、パリにある伝説の書店である。さまざまな作家がこの店に集まり、文学の一時代を築いた。双子のライオン堂はいまのところ、作家が集まるような書店ではないが、作家の一部である本を収めた本棚が、生身の作家の代わりなのだ。噂を聞きつけて、作家さんがときどき訪れてくれるようにもなった。読者と作者の距離が近い書店だと評されることがある。まさに狙い通りで嬉しい。

芥川賞作家の絲山秋子さんが来店してくださり、「公開書簡フェア」も行った。

私のなかには、シェイクスピア&カンパニー書店のような欧米式の本屋さんへの憧れがある。今後は作家の方たちに声をかけ、朗読会なども、どんどんしていきたい。双子のライオン堂を、作家と読者の交流場に出来たらと思っている。

もともと研究室をイメージして作ってきたのだから、いつかゼミを開きたいと思っていた。2015年9月まで営業していた、最初の白山店を閉店することになったおりに、自分が本屋を作るまでにたどった道筋が次に本屋をやりたい人のヒントになればと、BOOKSHOP LOVERさんを誘って始めたのが「本屋入門」という初ゼミナールである。

各業界で活躍されている方を講師に、座学と実践を通して、これからの本屋を考える内容だった。参加者にも恵まれて、「実践編」では期間限定の本屋まで開くことができた。このゼミのあと、本屋を実際に初めた人もいる。うちの本屋でいろいろ実験的なイベントをしている人もいる仲間を増やすことにも成功したのだ。

「本屋入門2015」の会場風景。

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「本屋入門」は今年も開催。

「本屋入門」で学んだことの中に、「町の本屋を支えていたのは『週刊少年ジャンプ』だった」という話があった。『週刊少年ジャンプ』はあくまでも喩えだが、雑誌が小規模書店の経営を支えていたという。本屋というか業界全体の話だが、ある時から徐々に読者の目線から離れはじめたという指摘もあった。もっと読者に寄り添うように、商売をしていかないと、「本屋は残すべきだ」と叫んだところで誰も共感しない。受講生の中からも「欲望」に純粋に従うという意見が出た。

それらの話をまとめた上で、「実践編」と称して開店したのが「双子のジャンク堂」という期間限定書店である。受講生たちが「あんなのあったらいいね」「こんなことやったら怒られるかな」と思うがままにアイデアを出し合った。時間と予算が限られていたが、なんとか実現するために奔走した。

「本屋入門実践編」の「回る本屋さん」では、プラレールの上を本が移動した。

中でも印象的だったのは「回る本屋さん」だ。回転寿司屋のような本屋があったら入りたいという本屋好きの誰もが一度は思う妄想。これを実現したいと考えた。潰れた回転寿司屋さんを探し回ったり、レンタルの回転寿司レーンを見つけたが、レンタル料が数十万円で断念したりした。それでも諦めずに頭を捻らせていたら、提案者だった受講生のK川さんが「プラレールとかで出来ないか」と思いついた。プラレールの貨物車部分に本が乗るように改造することで、走り回る棚が誕生した。これにはお客様も驚いたし、やっていた僕たちも新しさに興奮した。

他にも、「ライブライティング」は、飴細工の職人が目の前で作品を作るように、作家が目の前で小説を書く試みを行い、「2位選書」では、○○大賞の過去10年分の2位だけを集め、オリジナルの帯に「この本に負けた!」という煽り文をつけるフェアを実現した。ここでは、他業種とのコラボではなく、「本」だけで勝負できたという手ごたえがあった。

「本屋入門実践編」の「2位選書」では、2位の本に、1位の本がわかるオリジナル帯を巻いた。

このゼミの成功をきっかけに、いろんなイベントにも力がこもったようにも思う。本屋の低迷の原因でもある雑誌のいまを考えるゼミ「雑誌の思想」や、作家と読者の距離を縮めることで1冊の本を深く楽しんでもらうために少人数対話型のイベント「作家と読者と」などがそうである。一方で、開店当時からやっている日本文学全集読書会や入門書読書会など、「学ぶ」というよりは読者だけで集まって好きなことを話すことを目的とした会も大切にしている。どれも読者からの要望で生まれたものである。これからも読者の声に耳を傾けていきたい。

双子のライオン堂の「野望」

1)本屋をアップデートしたい。

双子のライオン堂を始めたときから、本屋をアップデートしたいという野望をずっと持っている。新しい本屋という触れ込みで、ブックカフェや泊まれる本屋など魅力的なものは増えているが、これらは足し算の発想でしかないように思える。そうした本屋のあり方を否定しないし歓迎もするが、別の業種の間借りというかたちでしか本屋は生き残ることができない、という結論に急ぎたくない。

それよりも、本屋という存在(空間)を一から考え直したいのである。根底から変えなければ、本屋に未来はないだろう。もちろん、業界内の誰もがそう思っているに違いない。しかし、改革はうまく行っていないように見える。ならば、ここはしがらみのない「小さな本屋」が立ち上がるべきではないか。プロの目から見ると無謀だと言われることにも、双子のライオン堂ではドンキホーテ的にどんどん挑戦していく次第だ。

2)読者とともに成長していく本屋でありたい

本屋も出版社も、読者を蔑ろにしてきたのではないだろうか。白山で最初の店を開いてから約3年の間、お客様とのコミュニケーションを重ねて分かったのはこのことだ。理想論かもしれないが、よい読者を育てることが、よい本屋を維持していくことにつながる。よい読者がよい作家を育てる。よい作家が本屋を、読者を育てるのだ。このサイクルを回し続けて、少しずつでも本の世界を充実させていかないといけない。

本に関することを、双子のライオン堂では全部やりたい。やれることはまだまだある。アイデアは次々浮かぶ。だけど、ひとりでは出来ない。一緒に楽しみながら本屋の価値を問い直していく仲間を常に募集している。世間話をしにくるだけでもいいので、お立ち寄りいただきたい。本屋として、なによりも読者の声に耳を傾けたいからだ。


双子のライオン堂
東京都港区赤坂6-5-21-101
営業日時:水曜~土曜 15:00~21:00、日曜 不定期
http://liondo.jp

【お知らせ】「本のフェス」に双子のライオン堂が出店します。
H.A.Bookstoreと共同で同イベント内にて「百書店の本屋祭」を開催します! 全国の本屋さんが「もし自分の店で10冊だけ本を売るなら」をテーマに選書した本が並ぶ総合展。本はすべて購入も可能。旅をするような気分でそれぞれの本屋をお楽しみいただけます。

当店以外にも、様々な書店の出張店舗や数々のイベントが行われます。

日時:2016年3月23日(水)午後1時00分~午後8時00分
会場:京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパス
(東京都港区北青山1-7-15)

※詳細は下記のサイトをご覧ください。
http://www.cpfine.com/honnofes.html