作家の本棚を覗ける本屋
双子のライオン堂は選書専門店である。そう名乗ると、何が専門ですかと聞き返されることが多い。なので「作家の本棚を覗ける本屋です」と付け加える。すると、やっとお店の趣旨が少し伝わる。
現在の場所は、東京赤坂にある古いマンションの1階だ。5坪弱のスペースに約2000冊の本が並んでいる。新刊が1600冊、残りが古書や同人誌、ミニコミ誌。新刊か古書かという区別には、とくにこだわりはない。こだわりたいのは、よい本かどうかという点のみ。そこで仕入れに、信頼できる方々による「選書」という基準を導入した。
高校時代から、「双子のライオン堂」の名でネット古書店を10年ほどやっていた。その後、2013年5月に東京の白山に実店舗を開いた。
本屋を実店舗として開業するにあたり、自分なりに「よい本」とは何だろうかと考えた結果が「選書」だった。大学時代に、信頼する先生に進められた本は面白かった。好きな先生の研究室にある本が読書の道標だった(特に大事そうに近くに置いてあったり、他の本とは明らかに違う待遇で保管されている本は格別だ)。それだけじゃない。昔から友人の本棚を見て、自分の知らないジャンルのよい本に出会うことも度々ある。この原体験から、いろんな人の本棚にある本を集めれば、よい本屋さんができるのではないかという仮説がたった。
「選書棚」というコンセプトでいけそうだと思った瞬間がある。まったく無名の人の本棚を展開するのではなく、何人もの「プロの本棚」を集められたら最高だと思い、学生時代にお世話になっていた批評家の山城むつみさんに、本屋をやるにあたり仕入れの基準にしたいから、「あなたの創作活動の血となり肉となった本を教えてほしい」と相談してみた。
山城さんは、「文学関係の本は売れないよ」と心配しながらも快諾してくれた。これに味をしめて、小説家の辻原登さんに依頼をしたところ、やはり喜んで受け入れてくれた。このとき、この方法でお店の本棚を埋めよう、と決意した。
そこからは、自分の好きな作家や研究者に選書の依頼をしていった。できるかぎり、直にお会いして、お願いするようにした。現在は、先の2名をはじめ、俳人の長谷川櫂さん、小説家の海猫沢めろんさん、法哲学者の谷口功一さん、ライフネット生命の出口治明さん、本誌編集発行人の仲俣暁生さんなど総勢26人にご賛同いただき、選書棚を展開販売している。
選書棚の魅力は「あの人があの本を推すのか」「あの作品の根底にはこれがあったのか」という発見にある。また、主義主張の違う人が同じ本を推していたりすると、その本の「器の大きさ」に感動する。重複する本こそがよい本である、という論が成り立つのではないか。現状では、4人の方が推しているサン=テグジュペリの『星の王子様』がそのような本に当たる。
選書棚の目標は、とりあえず100人の100冊、計1万冊を揃えることだ。まだまだ道のりは遠いが、この1万冊のなかでもっとも重複した本こそ、100年後にも残すべき本なのかもしれない。
「最後の本屋」になりたい
「なぜ、儲かりもしないのに、本屋をやるのか。」とよく聞かれる。だが自分としては、どちらかといえば、いまはチャンスだと思っている。商売なのだから、ライバルが減っている状態はよいことなのではないか。もちろん、本屋がどんどんつぶれていくことを歓迎しているわけではない。なじみの本屋が減るのは悲しいし、本と出会う機会がなくなっている地域が存在することはとても残念に思う。
でも、本当によい本は、業界がどんな厳しい状態であっても後世に残る。同様に、本当によい本屋はどんなことがあっても残るはずだ。言い換えれば、残った本屋こそが「よい本屋」なのではないか。本屋を残すことで、本屋の存在の大切さを実証したい。出来ることなら、双子のライオン堂はその「最後の本屋」になりたいとさえ思っている。
こういう生意気なことを言っていると、怒る人もいる。実際に、友人の本屋さんに同じ話をしたら、「いやいや、そうはさせないよ。僕も絶対やめないもん」と言ってきた。そう、これでいいのだ。ライバル同士、ときに協力して、ときに切磋琢磨していかないと、厳しい現状を突破できない(「最後の本屋」になりたいと言う一方で、あとで述べるとおり、仲間を増やすためのイベントもいろいろと行っている)。
双子のライオン堂は「100年後も本屋」というスローガンを掲げている。本屋としてあり続けることで、本屋の存在理由をいま一度発見できればいい、という思いが込められている。100年で均せば家賃を払うより安いと考え、物件は賃貸ではなく、借金を背負ってでも購入するという手段を選んだ。
仮に私が60歳まで約30年間、毎月数万円~数十万円の家賃を払ったとする。次世代に引き継げたとしてもその家賃は支払続けないといけない。辞めてしまえば、それでおしまい。そこで物件購入を考えたのだ。
この本屋が30年間続き、
とはいえ、無理をしているわけではない。精神的にも経済的にも一定の安定が必要だと考え、営業時間は水曜から土曜までの、15時から21時までと決めた。そのあいだの時間は、まったく別の業種で副業(アルバイト)もしている。すべては、100年後までこの本屋を残すためである。
作家と読者の交流から生まれるもの
お店のモデルは、本屋というよりも大学の研究室である。四方を本棚に囲まれて、真ん中に机と椅子があるスペース。本を売るというよりは、本の話をする空間作りにこだわった。また、次の読書を促すための仕組みを意識している。実際、お客様同士の会話から本の購入に繋がるシーンも多いのだ。
開店にあたり、大いに参考にしたのが、シェイクスピア&カンパニー書店だ。ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を出版したことで有名な、パリにある伝説の書店である。さまざまな作家がこの店に集まり、文学の一時代を築いた。双子のライオン堂はいまのところ、作家が集まるような書店ではないが、作家の一部である本を収めた本棚が、生身の作家の代わりなのだ。噂を聞きつけて、作家さんがときどき訪れてくれるようにもなった。読者と作者の距離が近い書店だと評されることがある。まさに狙い通りで嬉しい。
私のなかには、シェイクスピア&カンパニー書店のような欧米式の本屋さんへの憧れがある。今後は作家の方たちに声をかけ、朗読会なども、どんどんしていきたい。双子のライオン堂を、作家と読者の交流場に出来たらと思っている。
もともと研究室をイメージして作ってきたのだから、いつかゼミを開きたいと思っていた。2015年9月まで営業していた、最初の白山店を閉店することになったおりに、自分が本屋を作るまでにたどった道筋が次に本屋をやりたい人のヒントになればと、BOOKSHOP LOVERさんを誘って始めたのが「本屋入門」という初ゼミナールである。
各業界で活躍されている方を講師に、座学と実践を通して、これからの本屋を考える内容だった。参加者にも恵まれて、「実践編」では期間限定の本屋まで開くことができた。このゼミのあと、本屋を実際に初めた人もいる。うちの本屋でいろいろ実験的なイベントをしている人もいる仲間を増やすことにも成功したのだ。
「本屋入門」で学んだことの中に、「町の本屋を支えていたのは『週刊少年ジャンプ』だった」という話があった。『週刊少年ジャンプ』はあくまでも喩えだが、雑誌が小規模書店の経営を支えていたという。本屋というか業界全体の話だが、ある時から徐々に読者の目線から離れはじめたという指摘もあった。もっと読者に寄り添うように、商売をしていかないと、「本屋は残すべきだ」と叫んだところで誰も共感しない。受講生の中からも「欲望」に純粋に従うという意見が出た。
それらの話をまとめた上で、「実践編」と称して開店したのが「双子のジャンク堂」という期間限定書店である。受講生たちが「あんなのあったらいいね」「こんなことやったら怒られるかな」と思うがままにアイデアを出し合った。時間と予算が限られていたが、なんとか実現するために奔走した。
中でも印象的だったのは「回る本屋さん」だ。回転寿司屋のような本屋があったら入りたいという本屋好きの誰もが一度は思う妄想。これを実現したいと考えた。潰れた回転寿司屋さんを探し回ったり、レンタルの回転寿司レーンを見つけたが、レンタル料が数十万円で断念したりした。それでも諦めずに頭を捻らせていたら、提案者だった受講生のK川さんが「プラレールとかで出来ないか」と思いついた。プラレールの貨物車部分に本が乗るように改造することで、走り回る棚が誕生した。これにはお客様も驚いたし、やっていた僕たちも新しさに興奮した。
他にも、「ライブライティング」は、
このゼミの成功をきっかけに、いろんなイベントにも力がこもったようにも思う。本屋の低迷の原因でもある雑誌のいまを考えるゼミ「雑誌の思想」や、作家と読者の距離を縮めることで1冊の本を深く楽しんでもらうために少人数対話型のイベント「作家と読者と」などがそうである。一方で、開店当時からやっている日本文学全集読書会や入門書読書会など、「学ぶ」というよりは読者だけで集まって好きなことを話すことを目的とした会も大切にしている。どれも読者からの要望で生まれたものである。これからも読者の声に耳を傾けていきたい。
双子のライオン堂の「野望」
1)本屋をアップデートしたい。
双子のライオン堂を始めたときから、本屋をアップデートしたいという野望をずっと持っている。新しい本屋という触れ込みで、ブックカフェや泊まれる本屋など魅力的なものは増えているが、これらは足し算の発想でしかないように思える。そうした本屋のあり方を否定しないし歓迎もするが、別の業種の間借りというかたちでしか本屋は生き残ることができない、という結論に急ぎたくない。
それよりも、本屋という存在(空間)を一から考え直したいのである。根底から変えなければ、本屋に未来はないだろう。もちろん、業界内の誰もがそう思っているに違いない。しかし、改革はうまく行っていないように見える。ならば、ここはしがらみのない「小さな本屋」が立ち上がるべきではないか。プロの目から見ると無謀だと言われることにも、双子のライオン堂ではドンキホーテ的にどんどん挑戦していく次第だ。
2)読者とともに成長していく本屋でありたい
本屋も出版社も、読者を蔑ろにしてきたのではないだろうか。白山で最初の店を開いてから約3年の間、お客様とのコミュニケーションを重ねて分かったのはこのことだ。理想論かもしれないが、よい読者を育てることが、よい本屋を維持していくことにつながる。よい読者がよい作家を育てる。よい作家が本屋を、読者を育てるのだ。このサイクルを回し続けて、少しずつでも本の世界を充実させていかないといけない。
本に関することを、双子のライオン堂では全部やりたい。やれることはまだまだある。アイデアは次々浮かぶ。だけど、ひとりでは出来ない。一緒に楽しみながら本屋の価値を問い直していく仲間を常に募集している。世間話をしにくるだけでもいいので、お立ち寄りいただきたい。本屋として、なによりも読者の声に耳を傾けたいからだ。
双子のライオン堂
東京都港区赤坂6-5-21-101
営業日時:水曜~土曜 15:00~21:00、日曜 不定期
http://liondo.jp
【お知らせ】「本のフェス」に双子のライオン堂が出店します。
H.A.Bookstoreと共同で同イベント内にて「
当店以外にも、様々な書店の出張店舗や数々のイベントが行われます。
日時:2016年3月23日(水)午後1時00分~
会場:京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパス
(東京都港区北青山1-7-15)
※詳細は下記のサイトをご覧ください。
http://www.cpfine.com/
執筆者紹介
- 東京生まれ東京育ち。大学で文芸を志すも、卒業後はベンチャー企業へ就職。一度転職をするも「本」への思いが断ち切れずに、高校時代にはじめた双子のライオン堂を本業にしたいと独立。双子のライオン堂の店主。特定非営利活動法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。
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