新年にパブリック・ドメインについて考える

2010年1月4日
posted by 仲俣暁生

あけましておめでとうございます。「マガジン航」を今年もよろしくお願いいたします。

さて、1月1日を「パブリック・ドメイン・デイ」と呼ぶ習慣があることを、青空文庫の富田倫生さんが書いた「ハッピー・パブリック・ドメイン・デイ!」(リンク先の1月1日の項)という記事を読み、はじめて知りました。

文学作品や美術作品にかんする国際的な著作権保護条約であるベルヌ条約では、著作権保護期間の算定の区切りを1月1日としているため、元旦を迎えるごとに、新たな作品がパブリック・ドメインに加わることになるのです。そこで、この日を「パブリック・ドメイン・デイ」と呼ぶようになったとか。なんとも粋な表現をする人がいるものです。

今年の元旦でパブリック・ドメインに加わった日本の主な作家として、富田さんは永井荷風高浜虚子北大路魯山人らの名を挙げ、この日にそなえて青空文庫に彼らの作品を用意してきた、と書いています。限られた作家の主だった作品をのぞけば、町中の書店で日本の近代文学作品と出会うことは難しくなっています。近代文学と現代の読者との出会いにおいて、いま青空文庫が果たしている役割はきわめて大きいと言えるでしょう。

インターネットの普及によって、電子的なアーカイブの重要性が高まっています。商業的な観点からは価値を失い、市場から退場した著作物でも、パブリック・ドメインに入ったものに関しては、紙の本というかたちにさえこだわらなければ、電子的なアーカイブのなかに置かれることで、いつでもアクセスできる状態が実現できます。

グーグルをはじめとする営利企業が電子アーカイブ事業に積極的に参入してくるなかで、日本の青空文庫や、アメリカのインターネット・アーカイブのような非営利の電子アーカイブの重要性は、これからますます高まっていくでしょう。そのときに考えたいのは、著作物が「パブリック・ドメイン」に置かれている、ということのもつ本質的な意味です。それはたんに経済的な意味で「タダ」である、という以上のことであるはずです。

「出版(publishing)」という言葉を、紙の本を刊行することだけに限定して用いるのではなく、あらゆるメディアにおいて「ものごとをpublicにする」という意味をもつことに、多くの人があらためて注目するようになっています。インターネットはすでに、立派なpublishingのツールです。

「出版」という行為は作者や出版社にとっての私的な商業活動であると同時に、公的領域にかかわるパブリックな活動としての側面をつよくもっており、その両面をもつことが、出版の最大の魅力でした。しかし、「出版不況」と呼ばれる事態が長期化するなかで、早期の絶版や長期の在庫切れが示すように、出版という行為のパブリックな側面が軽視され、私的で商業的な側面ばかりが目立つようになってしまいました。

そうしたなか、日本でも欧米諸国に足並みを揃え、著作権保護期間を現行の作者の死後50年から70年に延長しようという動きが絶えません。保護期間延長問題の是非について考えることは、作者や出版社にとって「出版とは何か」ということを、その根本から考えることでもあります。あらたな「パブリック・ドメイン・デイ」を迎えた機会に、あらためて「パブリック・ドメイン」という言葉に思いを馳せたいと思います。

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ハッピー・パブリック・ドメイン・デイ!(そらもよう)
Public Domain Day 2010 and Beyond (Creative Commons)
Public Domain Day website
What Could Have Been Entering the Public Domain on January 1, 2010? (Center for the Study of the Public Domain)

読み物コーナーに新記事を追加

2009年12月29日
posted by 仲俣暁生

読み物コーナーに、エド・ベイリーの「プライバシーに関する電子書籍バイヤーズガイド」を追加しました。この記事は電子フロンティア財団のサイトに公開された、エド・ベイリーのAn E-Book Buyer’s Guide to Privacyという記事からの翻訳です。

アマゾンのキンドルをはじめ、アメリカですでに実用化されている五つの電子書籍(電子書籍端末によるものだけでなく、Google Booksのようなサービスも含む)におけるプライバシー・ポリシーを比較したものですが、こうして比較してみると、サービスを提供する企業によって、思いのほか大きな差があることがわかります。

たとえば「読者が何を読んでいるか監視できる?」という項目を比較すると、アマゾンやグーグルは読んだ本のタイトルやページの履歴を記録・読書履歴を「記録」(グーグル)したり、「無線を通して収集する可能性がある」(アマゾン)のに対し、ソニーのReaderでは「機器上のコンテンツに関する情報を記録しない」とされています。

たしかに、これまでのアマゾンやグーグルのビジネスモデルを考えれば、たんに電子書籍のコンテンツを販売するだけでなく、読者の読書行動の履歴を集めることが彼らの電子書籍ビジネスの根幹にあるのではないか、とさえ想像したくなります(実際、アマゾンは「ウィスパーシンク(Wispesync)」という技術によって、読者の閲覧しているページをPCとキンドル端末で同期させています)。

電子書籍の普及がアメリカで急速に進んでいることは先日の記事でも紹介しましたが、デバイスの見た目や使い勝手だけでなく、プライバシー・ポリシーのような部分まで比較しながら、利用するサービスを選択したほうがよさそうです。

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Kindle for PCを使ってみた
Kindle for PCを使ってみた(続)

「未来の本」のために必要なこと

2009年12月27日
posted by 仲俣暁生

今年のクリスマスの日、アメリカのアマゾン・コムではついに、キンドル用の電子書籍の売り上げが紙の本を上回ったそうです(アマゾンのプレスリリースはこちら)。キンドルに対抗してクリスマス商戦前に売り出されたバーンズアンドノーブルの電子書籍リーダーNookも人気で、品薄が伝えられています。こうした報道を見ると、アメリカではそろそろ電子の本が、紙の本と同様に生活に根づきつつあるのだな、と感じます。

イラストレーション by さべあのま

イラストレーション by さべあ のま

ここに掲載したイラストは、漫画家のさべあ のまさんに、以前、私が編集をしていた『季刊・本とコンピュータ』という雑誌の「未来の本のつくり方」という特集のなかで、「2100年の本」というテーマで描いていただいたものです。来年は「2100年」ではなくまだ2010年ですが、このイラストのなかで夢見られている機能のうち、すでにいくつかは実用化されています。しかし、いまだに私たちの目の前に「未来の本」は登場していません。

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プライバシーに関する電子書籍バイヤーズガイド

2009年12月27日
posted by 「マガジン航」編集部

以下の文章は、エド・ベイリー(Ed Bayley) による An E-Book Buyer’s Guide to Privacy の日本語訳である。


2009年の終わりまで秒読みだが、今年のホリデーショッピングの季節の期待の星電子書籍リーダー(Eリーダーとも呼ばれる)である。アマゾンキンドルからバーンズ&ノーブルから新発売のNookにいたるまで、電子書籍リーダーは、MP3が我々の音楽の買い方や聞き方を買えたのと同じように、我々の本の買い方や読み方を変え始めている。

残念なことに、電子書籍リーダーの技術は、読者のプライバシーに新たな重大な脅威をもたらしてもいる。電子書籍リーダーには、利用者の読書習慣や場所に関する相当量の情報をリーダーを販売する企業に報告し返す機能がある。しかも主要な電子書籍リーダーのメーカーで、どんなデータが収集されるのか、またその理由についてはっきりとした言葉で消費者に説明しているところは皆無だ。

こうした問題を解決する第一歩として、電子フロンティア財団は電子書籍のプライバシーに関するバイヤーズガイドの初稿を作成した。我々は、メーカーがどんな情報を収集、共有する権利を保持しているか判断するために、市場の主要な電子書籍リーダーのプライバシーポリシーを調査した。(その後、この一覧表はアップデートされている。オリジナルはこちら。その翻訳はこちら。)

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*Googleブックスのプライバシーポリシーを基にした。このポリシーはGoogleブックの和解の最終承認の前に変更されることがある。
**Nookは2010年1月まで出荷されないので、今のところ製品に特化した利用規約やプライバシーポリシーはまだ公開されていない。一般的なバーンズ&ノーブルのプライバシーポリシーを基にした。

例えば、Googleの新たなGoogleブック検索プロジェクトには、かつてないレベルの精度で読書習慣を記録する機能がある。特に、提案されているGoogleブックのプライバシーポリシーによれば、ウェブサーバはどの本、どのページを検索して読んだか、どれくらいの時間閲覧したか、そして次に続けて読んだ本やページを自動的に「記録する」:

Googleブックスをご利用される場合、我々はウェブ検索で受信するのと同じようなログ情報を受信します。これには以下の情報が含まれます:検索語やページリクエスト(これには閲覧中の本の特定のページが含まれる可能性があります)、IPアドレス、ブラウザの種類、ブラウザの言語、リクエストがあった日付や時間、ブラウザを一意に識別できる一つ以上のクッキー情報。

それに加え、ユーザが本を購入したり閲覧するにはGoogleアカウントが必須なので、ユーザが「購入済」の本を閲覧する権利を諦める場合を除き、Googleはウェブ履歴サービスによって購入するすべての本に関するファイルを保持することになる。

物理的な電子書籍機器も読者のプライバシーに似たような脅威をもたらす。例えば、キンドルは本を売るのではなく、本、雑誌、そしてその他のマテリアルのライセンスをキンドルストアから無線ダウンロードするライセンスを売るが、これは特定の機器上でしか行使できない。これは暗に、どんなときでもユーザがライセンスを取得しているマテリアルの何を読んでいるかアマゾンが知ることを強制していることになる。

しかし、さらに憂慮すべきなのは、消費者がどのように機器を使っているか記録することに関してアマゾンが自らに与える広い裁量権である。キンドルの使用許諾契約と利用規約には以下のようにある:

受信する情報:機器のソフトウェアは、機器とそのサービス[すなわち無線接続、キンドル・ストアへの注文など]とのやり取りに関するデータ(利用可能なメモリ、動作可能時間、ログファイル、信号強度など)や機器上のコンテンツとその利用に関する情報(最後に読んだページの自動ブックマークや機器からのコンテンツ削除など)をアマゾンに提供します。機器上で行う注釈、ブックマーク、メモ、強調、類似のマーキングはサービスを通じてバックアップされます。我々が受信する情報はAmazon.comプライバシー警告に従います。

言い換えれば、あなたのキンドルはアマゾンにあなたの情報を定期的に送信することになる。しかし、正確にはどんな情報が送られるのだろう?アマゾンの言い回し――「機器上のコンテンツとその利用に関する情報」――はかなり広く解釈できるので、コンテンツをアマゾンから買ったかに関係なく、利用者がキンドルに載せるすべてのコンテンツをアマゾンが記録できるようにも読める。キンドルは利用者のGPS位置を記録している可能性さえあると指摘するセキュリティ研究者もいる。これが読書の未来なのだろうか?

ありがたいことに、無線接続を行わず、機器上のコンテンツやその利用について監視を許可するプライバシー条項や「利用規約」を持たない電子書籍リーダーの選択肢が存在する。例えば、ソニーのReaderは、ソニー自身の電子書籍ストアでどの本を買ったという情報を収集するかもしれないが、Readerは他のストアから購入した本も読める。さらに安全を考慮するなら、オープンソースのFBReaderなど人気の電子書籍リーダーソフトウェアだと、利用者はPCや携帯電話を含む数多くの機器上にある無数の情報源から、読書習慣についての情報を単一のソースなり誰かに渡すことなくコンテンツをダウンロードできる。

とはいえ、今年のホリデーシーズンは、インターネット接続を電子書籍リーダーに必須の機能と考える多くの買い物客にとって完璧な選択肢は存在しない。来年の今頃までには、電子書籍リーダーのメーカーが利用者のプライバシーを真剣に考えるという難題に挑んでいるのを期待しようではないか。

(日本語訳 yomoyomo)

「コルシカ」騒動の教訓

2009年12月22日
posted by 谷分章優

書籍や雑誌の電子化を考える上で、2009年は忘れられない年になるだろう。
たとえばGoogleブック検索をめぐる、米国の著作者・出版社の集団訴訟。和解自体が決まったのは2008年10月だが、今年2月に和解内容が「通知」された。それまで“海の向こうで決着した裁判”程度にしか思われていなかったのが、日本の著作者・出版社も和解当事者だと判明し、ご存知の通りの騒ぎとなった。

米アマゾンの電子書籍リーダー、キンドル(Kindle)が日本でも入手可能になったのも今年だ(……と言っても、米アマゾンへ注文できるようになっただけだが)。日本の出版社が参加しての「日本版」ではないため、キンドル用に日本語の電子書籍を買えるわけではない。ただしキンドルがPDFを表示できるようになったため、『青空文庫』に所蔵された著作権切れ作品をPDF化して、日本語の本を読むのは可能になった。

日本でも、携帯電話向け電子書籍の配信やPC向け雑誌配信Fujisan.co.jpなど、さまざまな取り組みが進んではいる。また、本命ともいえる日本雑誌協会(雑協)の電子雑誌配信の実証実験が来年1月から始まる。今年はこの実証実験の準備に充てられた年と位置づけられるだろう。

そんな賑やかな2009年に、疾風のごとく登場して注目を集めたサービスがあった。10月7日スタートの、エニグモ社の会員制雑誌通販サービス「コルシカ」である。前置きが長くなって恐縮だが、今回の話題はこれだ。

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