書籍や雑誌の電子化を考える上で、2009年は忘れられない年になるだろう。
たとえばGoogleブック検索をめぐる、米国の著作者・出版社の集団訴訟。和解自体が決まったのは2008年10月だが、今年2月に和解内容が「通知」された。それまで“海の向こうで決着した裁判”程度にしか思われていなかったのが、日本の著作者・出版社も和解当事者だと判明し、ご存知の通りの騒ぎとなった。
米アマゾンの電子書籍リーダー、キンドル(Kindle)が日本でも入手可能になったのも今年だ(……と言っても、米アマゾンへ注文できるようになっただけだが)。日本の出版社が参加しての「日本版」ではないため、キンドル用に日本語の電子書籍を買えるわけではない。ただしキンドルがPDFを表示できるようになったため、『青空文庫』に所蔵された著作権切れ作品をPDF化して、日本語の本を読むのは可能になった。
日本でも、携帯電話向け電子書籍の配信やPC向け雑誌配信Fujisan.co.jpなど、さまざまな取り組みが進んではいる。また、本命ともいえる日本雑誌協会(雑協)の電子雑誌配信の実証実験が来年1月から始まる。今年はこの実証実験の準備に充てられた年と位置づけられるだろう。
そんな賑やかな2009年に、疾風のごとく登場して注目を集めたサービスがあった。10月7日スタートの、エニグモ社の会員制雑誌通販サービス「コルシカ」である。前置きが長くなって恐縮だが、今回の話題はこれだ。
「コルシカ」騒動とはなんだったのか
今コルシカを「雑誌通販サービス」と紹介したが、それだけでは話題になるはずがない。このサービスのミソは、会員が雑誌を「買う」とスキャンデータを配信してくれる点だ。雑誌データは1年ほどサイト上で読めるほか、申し込めば現物も配送してくれる。
しかしこのサービス概要を述べただけで、「著作権」へ関心をお持ちの方はピンと来るだろう。一般に、雑誌へ掲載された文章や写真などを商用スキャンするには、それらの著作権者から許可をもらう必要がある。ところがエニグモは、サービス開始前に出版社へ話を通すことはしていなかった。つまり違法性が疑われるわけだ。
コルシカで取り扱われていた雑誌の大半が会員社のものだったことから、雑協は即座に行動を起こした。サービス開始から2日後の10月7日、著作権侵害を指摘しエニグモへ中止を申入れた。どこが問題かは、この雑協の抗議文が端的に示しているので引用したい。
「貴社によるコルシカサービスは、当該雑誌の権利者である各出版社の事前許諾なしに、雑誌誌面をスキャンして複製することによって成立しているものであり、無許諾複製を行っている時点で、明らかな著作権侵害行為となります。
貴社は販売事業者である以上、当該複製行為が私的利用として権利制限の対象となることはありえません。また著作物をどのような形態で読者に対してサービスしていくのかを決めることができるのは権利者たる出版社だけであり、貴社が単独で決められることではありません」
この抗議を受けて、エニグモはすぐに雑協加盟社の雑誌の取り扱いを中止した。さらに10月14日にはサービス自体が休止。開始から1週間という即断だった。
休止当時、エニグモはコルシカを継続する意向を示していた。スキャンや配信の許可を貰った雑誌もいくつかあったという。しかしサイトがまだ残っているとは言え、それから2ヶ月以上たってもなお沈黙し続けたままだ。
以上のように、著作権侵害との指摘を受けたが、エニグモ自身は実は当初から「会員の私的複製を代行するサービス」との見解を示してきた。雑協の抗議文にあるとおり、日本の著作権法は事業者による私的複製“代行”を認めていない(著作権侵害となる)にもかかわらずだ。同社がここまで「私的複製」を主張できる根拠がどこにあるのか。私にはそれが気になっていた。
インタビュー取材で分かったこと
そこで、コルシカ休止の記憶も生々しい10月21日に、私はエニグモへ伺って話を聞く機会を得た。広報担当者・桐山雄一氏とのやりとりは、私のブログに掲載した通りである。
取材をして感じたのは、コルシカが極めて素朴な発想で始められたということだ。サービスの中に、「私的複製」と解釈できる工夫が特に見受けられなかった。購入者と雑誌現物との紐付けが弱いことや、購入した雑誌現物やデータの保持が期間限定であることなど、ユーザーが「雑誌」を所有するのとは本質的に違った。
かと言って、コルシカサービスに見るべきところが無いわけではない。雑誌現物を買うとすぐスキャンデータで読めるというコンセプトについて、私の周りでは少なからぬ数が「いいかも」という反応を示した。ある種のユーザーニーズを掴んでいたわけだ。
取材時にも、桐山氏のこういった発言があった。
「雑誌というものについて、ユーザーさんに対し利便性を提供できるものがまだまだあるのではないかとの思いがありました。気になるお店とかレストランとかが雑誌で紹介されていても、行こうと思いついたときにはその雑誌が手元になくて、街中では調べられない。あるいはネット通販全般に言えることですが、ネットで雑誌を買ったのは良いけれども、平日は仕事で宅配便を受け取れず土日まで待たなければいけない。すぐ読みたいのにすぐ読めない、という部分を解決できれば良いかなと」
コルシカは、このユーザーニーズありきのアイディア一発から始めたのではないか。確かに取次との関係はすでにあり、「通販」としての体裁は整っていたらしい。しかしそれでは書店同様の利益しか上がらず、その先の収益のイメージは、エニグモが他に行なっている会員向け無料サービスの延長でしか考えられていない。
上で引用した発言には大きな示唆が含まれている。もともと、欲しい書籍や雑誌が入手できるか否かは、その人が住む地域に書店が何軒あるか、あるいはそれらの書店の品揃えに大きく左右された。実店舗の大きな欠点は「置いてない本を注文すると長期間待たされる」ことだ。これを補って成長したのがネット書店だと言える。しかしネット書店にも、桐山氏の言葉のとおり欠点がある。宅配便の受け取りの問題だ(最近はコンビニでも受け取れるが)。
電子雑誌にはニーズがある
「欲しいと思った時に入手して、すぐ読みたい」というユーザーニーズ自体はずっと存在してきた。これをどう汲み取ってサービスを提供していくべきか。その解決法として期待されるのがネット配信だが、試み自体は日本国内でも進められているものの、なかなか思うようには広がっていない。
ニーズのあるところには、遅かれ早かれ、国内外を問わずそれを満たすサービスが立ち上がる。たとえば、出版物の話から離れるが、米アマゾンがDVDやBlu-rayの購入者に同タイトルの配信をサービスする「Disc + On Demand」を開始した。期間限定サービスだが、パッケージコンテンツを購入してから実際に手にするまでのタイムラグを、オンデマンドの映像を提供して埋めるアイディアだ。
このサービスを聞いて、コルシカを思い出した人は多かったのではないか。はからずもアマゾンの新サービスが、コルシカが手法こそは間違っていたかも知れないが、考えは“先を行っていた”ことを示したのである。
雑協による1月からの実証実験には私も期待を寄せている。しかし、実験を慎重にやりすぎるあまり、それに引きずられてビジネスの立ち上げが遅れるのは良くない。時間をかけている間に、コルシカの事例から学び法的問題をうまく回避した新しいサービスが、出版業界の外から登場しないとも限らない。
コルシカの事例を“著作権を知らない無謀な試み”と決めつけて忘れでもしたら、出版業界は次にもまた慌てることになるだろう。コルシカを“ライバルの 種”として意識すべきである。同じ発想のサービスは必ずまた登場する。その時に迎え撃てる体制をいかに作っておくかが肝要だ。
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