「未来の本」のために必要なこと

2009年12月27日
posted by 仲俣暁生

今年のクリスマスの日、アメリカのアマゾン・コムではついに、キンドル用の電子書籍の売り上げが紙の本を上回ったそうです(アマゾンのプレスリリースはこちら)。キンドルに対抗してクリスマス商戦前に売り出されたバーンズアンドノーブルの電子書籍リーダーNookも人気で、品薄が伝えられています。こうした報道を見ると、アメリカではそろそろ電子の本が、紙の本と同様に生活に根づきつつあるのだな、と感じます。

イラストレーション by さべあのま

イラストレーション by さべあ のま

ここに掲載したイラストは、漫画家のさべあ のまさんに、以前、私が編集をしていた『季刊・本とコンピュータ』という雑誌の「未来の本のつくり方」という特集のなかで、「2100年の本」というテーマで描いていただいたものです。来年は「2100年」ではなくまだ2010年ですが、このイラストのなかで夢見られている機能のうち、すでにいくつかは実用化されています。しかし、いまだに私たちの目の前に「未来の本」は登場していません。

この特集を組んだのは2004年の夏のことです。同年春、ソニーが現在のキンドルと同じ電子ペーパーの技術を採用したリブリエという端末を発売しました。前年の03年には松下電機産業(現パナソニック)がΣブックを発売しており、2004年は「電子出版元年」という期待が高まった時期でした。しかしその後、ソニーは07年にリブリエの製造中止を決め、電子書籍のコンテンツを提供していたTimebook Townも08年いっぱいでサービスを終了。Σブックも同様に製造中止となり、コンテンツの供給も止まりました。これらの電子書籍リーダーを買ってしまった人は、文字どおり宝の持ち腐れになってしまったわけです。

アマゾン・コムでの1日の電子書籍の売上が、紙の本を上回るという事態は、日本でいえば、大型書店チェーンの1日分の売上を電子書籍が稼ぎ出すということに等しく、にわかには信じられないほどです。アマゾンのプレスリリースでは、すでにキンドルストアには「39万タイトル」以上の品揃えがあるとも謳われています。日本ではついに離陸しなかった電子出版ビジネスが、なぜアメリカでは、短期間にここまで定着したのでしょうか。

電子的な出版物が紙の本と同じように社会に普及するためには、出来のいい電子書籍リーダーがあるだけでは不十分です。出版社や書店といった出版界の既存のプレイヤーの積極的な参入、とりわけ出版社による、電子書籍リーダーに向けた継続的な出版活動が必要です。しかし、日本ではいまのところ、PCとiPhone用電子書籍の版元直販を開始した、ディスカヴァー・トゥエンティワンの「デジタルブックストア」が目立つ程度で、キンドルやiPhoneに向けた本格的な電子出版ビジネスの動きは、出版社の側からは聞こえてきません。その間にインターネット上では、青空文庫のアーカイブに収められたテキストをキンドルでも読みやすいPDFに変換してくれる「青空キンドル」が登場し、好評を得ています。

アマゾンは今月14日に、日本市場を含む全世界に向けて、Kindle for iPhoneの提供も開始しました。すでに日本向けにリリースされているKindle for PCと会わせて、電子書籍のマルチプラットフォーム化が着々と進んでいます。キンドルストアで売られている英語の本に限れば、紙の本のほかに、PC、キンドル端末、iPhoneのいずれでも読める環境が整ったというわけです。

アメリカ市場向けに Readerを発売しているソニーが、日本でも電子出版ビジネスから撤退していなれば、まったく状況はちがっていたかもしれません。しかし、アメリカや韓国での動きに比べると、日本での出版社・書店の電子書籍への取り組みは、一回り遅れています。2010年こそ、日本の出版界が本当の意味での「電子出版元年」を迎えることを心から期待します。

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執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。