読み物コーナーに新記事を追加

2010年7月7日
posted by 仲俣暁生

津野海太郎さんの「書物史の第三の革命」の連載第2回目(「本の黄金時代」としての二十世紀)を読み物コーナーで公開しました。

今回の話題は、20世紀に起きた紙の本の爆発的な量的拡大です。年間の出版刊行点数が日本国内だけで8万タイトルという、現在の本の洪水状態はいかにして起きたのか。「本の黄金時代」とは、言い換えるなら「本の大量生産・大量消費時代」のこと。いまの電子書籍ブームの背景にある、膨大な紙の本のストックに思いをはせるにはうってつけのエッセイです。

Gabriel Zaid "So Many Books"

Gabriel Zaid “So Many Books”

ところでこの連載記事では、書物にかんするさまざまな本が言及されています。今回もメキシコのジャーナリストであるガブリエル・ザイドの “So Many Books” 、フランスの書物史家リュシアン・フェーヴルとアンリ=ジャン・マルタンによる『書物の出現』、日本のメディア史研究者、永嶺重敏の『モダン都市の読書空間』などが言及されています。

しかし残念なことに、日本語で読める後者の2冊は絶版あるいは品切れ状態であり、新刊書店で買い求めることができません。書物史についてのこれらの古典的著作が、紙の本のかたちでは入手困難であることは、「本の大量生産・大量消費時代」における皮肉以外のなにものでもありません。

一方、ガブリエル・ザイドの”So Many Books” のほうは、出版社のサイトで最初の3章までがPDFで公開されており、その内容をただちに知ることができます。ちなみにこの本の英語版を出している出版社、Sort of Books は、ポウル・ボウルズ、ジェーン・ボウルズ、トーベ・ヤンソン、ステファン・ツヴァイク、変わったところではミュージシャンのピーター・ブレグヴァドの作品なども刊行している、1999年に創設されたイギリスのインディペンデント出版社です。刊行点数は少ないですが、1冊1冊の本を息ながく丁寧に売っていこうとする姿勢に好感を抱きました。

この出版社の創業者は社名の由来を、”In short, we publish the sort of books we like.”と述べています。電子の本だろうが紙の本だろうが、出版社がなすべきことは、読まれるべき本を読者に確実に届けることではないだろうかーーそんなことを考えさせられてしまうエピソードでした。

2「本の黄金時代」としての二十世紀

2010年7月6日
posted by 津野海太郎

そこで、まず「本の黄金時代」について。私たちの多くがそこで生きていた二十世紀の百年が、あとにも先にも例のない本の力(能力でも権力でもあるような)の最盛期だったというのは、具体的に、どんなことを意味しているのか。

いちばんわかりやすいのは量です。いや、その量こそがじつは最大の問題なのですが、人類の歴史上、これほどケタはずれに大量の本が生産され消費された時代というのはかつて一度もなかった。なにはともあれ、つぎの数字を見てください。

Gabriel Zaid "So Many Books"

Gabriel Zaid “So Many Books”

一四五〇年  一〇〇点
一五五〇年  五〇〇点
一六五〇年  二三〇〇点
一七五〇年  一万一〇〇〇点
一八五〇年  五万点
一九五〇年  二五万点
二〇〇〇年  一〇〇万点

この表は、ガブリエル・ザイドというメキシコの詩人ジャーナリストが書いた『So Many Books(本がいっぱい)』という本でみつけたものです。二〇〇三年に刊行され、欧米でかなりの評判になった本で、「過剰の時代の読書と出版」という傍題がついている。以前、私が関係していた『季刊・本とコンピュータ』という雑誌の英文ウェブサイトを見て、著者が英語版を送ってくれました。

古い年代の数字は、さきに名前だけあげたフェーブルとマルタンの『書物の出現』という本を参照しているようです。一九五八年に刊行されて新しい書物史の先駆けとなった高名な本で、日本では筑摩書房から翻訳がでている。ただし半世紀まえの本ですから、研究がすすんだ現在から見ると、かならずしも正確な数字とはいえない。あとのほうの二十世紀にはいってからの数字はユネスコの統計によるものです。

したがって、前者はヨーロッパのみ、後者はアジアやイスラーム圏をふくむグローバルな数字と見ていい。二〇〇〇年の一〇〇万点のうちには、とうぜん日本の六万点がふくまれます。ついでにいっておくと、二〇〇九年、日本は八万三〇〇〇点、アメリカは一八万点。地球規模でいえばすでに一〇〇万点を大きく越えてしまった。

この表が一四五〇年からはじまっているのは、いうまでもなく、その五年後、ヨハネス・グーテンベルクの手になる最初の鉛合金活字による活版印刷本、いわゆる『四十二行聖書』がマインツで印刷されているからですね。したがって五〇〇点というのは、どういう数え方をしたのかはよくわかりませんが、本がすべて写本だった時代の最後にちかいある一年の刊行点数ということになる。

そして、その数が印刷技術の普及によって十六世紀以降、どんどん増えてゆく。なにしろ、人間が一冊一冊、手で書き写さなければならない写本とちがって、印刷というのは「同一コピーの多数同時生産」(アイゼンステイン)の技術なんですから。そのことで本が「ひとが生計をたてるために作り出すひとつの商品」(『書物の出現』)になり、出版が産業として確立される。つまり「印刷革命」がそのまま「書物の出現」につながってゆく。もっといえば商品となることで本がようやくいまあるような本になった。それが一九五〇年代後半に開始された「書物史」運動のまず最初の主張になるわけです。

こうした事情は東アジアもおなじです。ただし、こちらは活版ではなく木版ですが、唐の時代、七世紀にはじまり、五代十国の混乱期をへて、つぎの宋代に完成した木版印刷術によって「宋本」とよばれる完成度の高い本が出現し、出版が産業化への長い道をゆっくり歩みはじめる。日本でいえば江戸時代、十七世紀から十九世紀前半にかけて。浮世絵に代表される木版印刷の成熟によって、黄表紙や読本や合巻のような高度に洗練された本が一般に普及し、それをささえる出版システムが徐々につくられていった。

その後、十九世紀に刊行点数が急増するのは、前世紀にはじまる産業革命で紙の原料がそれまでのボロ布から木材パルプに変わったことと、蒸気式の印刷機の発明によって高速大量印刷が可能になったからです。そしてこの段階で、グーテンベルク起源の高度化された活版印刷技術が、おなじ時期にあいついで西洋型の近代化に踏み切った東アジア諸国に持ち込まれ、またたくまに定着してゆく。なかんずく日本の変化がはげしかった。

日本で、それまでの木版印刷が活版印刷にほぼ完全にとってかわられたのは、一八八〇年代、明治十年代から二十年代にかけて。印刷の高速大量化はとうぜん出版のさらなる産業化をうながします。

永嶺重敏『モダン都市の読書空間』

永嶺重敏『モダン都市の読書空間』

しかし、いくら商品としての本を大量につくる力があっても、それを買ってくれる人がいなくては、なんにもならない。それには、すでにかなりの読み書き能力を身につけ、新聞や雑誌に日常的にしたしむようになっていた人びとを本にしっかりむすびつける「何らかの書物の大衆化装置」が必要だ。そう考えた出版人たちが、昭和初頭、一九二〇年代なかばにつくりだしたしかけが「円本《えんぽん》」と「文庫」だった。

それが永嶺重敏さんの『モダン都市の読書空間』という本が説得力ゆたかに主張していたことです。二〇〇一年にでて評判になった本です。

円本というのは、若い人にはもうなじみがないでしょうが、改造社の『現代日本文学全集』を皮切りに、当時、たてつづけに刊行された一円均一で買える安価な全集本のこと。新潮社の『世界文学全集』、平凡社の『世界美術全集』や『現代大衆文学全集』、春陽堂の『日本戯曲全集』、春秋社の『世界大思想全集』など、おびただしい種類の全集が全国の書店や安売り露店(いまでいう新古書店)にドッとでまわった。どれも五十巻から百巻ぐらいある大全集で、それがまたよく売れたんですね。円本ブームです。

そして同時に文庫ブーム。昭和二年、一九二六年の岩波文庫の発刊がきっかけになった。円本が菊判(いまのA5判よりちょっと大きい)だったのに対して、文庫は手がるに持ちはこびできる小型本。新潮文庫、改造文庫など、こちらも古典や近代古典中心のよく似た文庫がバタバタと発刊される。さらに『文芸春秋』や百万雑誌の『キング』などがそこに加わり、一九二〇年代から三〇年代にかけての日本で、永嶺氏がいうところの「書物の大衆化装置」がいちどにでそろった。

永嶺氏によると、われわれの年代の日本人はよく電車で本を読んでいますよね、あの習慣が生まれたのがどうやらこの時期だったらしい。

関東大震災のあと、東京の「モダン都市」化がすすみ、地方出身のサラリーマン家庭が急増した。都市中間層の成立です。その若い会社員や官公吏が郊外の借家から都心の仕事場にかようための郊外電車網がととのい、通勤の車中で読む本が必要になった。その需要をみたしたのが円本や文庫本や雑誌で、それによって「車内読書」という新しい読書習慣が定着する。しかも、かれらにはつよい知的向上心がありましたからね。それらの本で家庭内に小さな私設図書館がもてるというのが大きなよろこびになったというんです。

「車内読書」もですが、この「家庭内図書館」というのも、私などの年代の人間には、たいへん納得がいく指摘なんです。

私がものごころついたころの敗戦後の日本はすさまじい紙飢饉でしたから、読むに足る新しい本がほとんどなかった。だから「のらくろ」や「怪人二十面相」などもふくめて、空襲で焼け残った戦前の古本や古雑誌にたよるしかない。その中心になったのが円本と文庫本です。『坊ちゃん』も『藤村詩集』も『鳴門秘帖』も『モンテ・クリスト伯』も『人形の家』も、みんなそれで読んだ。じぶんのところにないものは友だちの家から借りてきてね。だからまさしく図書館なんですよ。私のあと団塊世代あたりまでは、みなさん、ていどの差はあれ、親たちが若いころ乏しいサラリーをやりくりしてつくった家庭内図書館のおかげをこうむって暮してたんじゃないかな。

その意味では昭和はじめの円本ブームや文庫ブームが、それから五十年ちかく、日本人の暮らしを文化面で下支えしていたといってもいい。これが「本の黄金時代」の最初の峰です。

そしてつぎの曲がり角が五〇年代末から六〇年代にかけて。敗戦日本がようやくどん底から這い上がり、それまでの飢餓状態への反動という面もあって、出版界が急速にいきおいをとりもどしてゆく。敗戦の一九四五年にわずか六五八点だった刊行点数が、私が編集者になった六二年には一万三〇〇〇点ですからね。刊行点数が増えただけでなく、だす本の幅もひろがり、占領下ではだせなかったヨーロッパの新しい前衛小説や、従来の出版界からは敬遠されがちだったジャズや映画の本なども、しだいに楽にだせるようになっていった。

このいきおいはさらにつづき、七一年に二万点、八二年に三万点、九〇年に四万点、九四年に五万点、九六年に六万点、二〇〇一年にはなんと七万点越えです。ふと気がつくと、「同一コピーの多数同時生産」はついにこの段階にまで到達してしまっていた。なかんずく世紀末の十年の急上昇ぶりがいかに異様なものであったかということが、よくわかると思います。

しかも、これは日本だけのことじゃないんです。まず第一次大戦後、二〇年代から三〇年代にかけて、ついで第二次大戦後、英米仏をはじめとする当時の先進諸国でも共通しておなじような本の大衆化現象が見られた。以前は少数のエリートのものだった教養が一般に解放された結果、分厚い知的中間層が生まれ、それに並行して読み書き能力を身につけた大衆向けの出版が爆発的に拡大してゆく。いったん火がつくともう止められない。行きつくところまで、とことん行ってしまう。

ガブリエル・ザイド氏の本から、もうひとつ、べつの対比を引いておきます。前者はグーテンベルク革命からの百年間にヨーロッパで出版された本の、後者は二十世紀後半の五十年間に世界で出版された本のおおよその合計――。

一四五〇年~一五五〇年  三万五〇〇〇点
一九五〇年~二〇〇〇年  三六〇〇万点

すごいですね。ザイド氏ならずとも、思わず「本がいっぱい」と嘆息をもらさざるをえない。いや嘆息だけじゃないんです。かれの本のタイトルが so many books となっていて too many ではないことに注意してください。「いっぱい」だけど、でもそれを「多すぎる」とはいいたくない。ザイド氏はなかば呆然となりながらも、同時に、むかしは僧侶や王侯貴族の占有物だった本が、私たちの二十世紀にいたってとうとうここまで解放された、なんといってもこれはいいことなのだ、とも感じているらしい。

――本が読まれていない、本は衰退しつつあるというが、そうじゃない。現に、いまはかつてないほど大量の本が出版されている。その分、私たちは、かつてないほど多様な本を自由に読めるようになった。むしろ、本と読書にとっていまほどいい時代はない、と考えるべきじゃないのか。

こういう感じは、たしかに私なんかにもあるんです。かつて少年時代に体験した本や読書への飢えの深さを思いおこせば、ありあまる本にかこまれた現状はほとんど夢の国ですよ。技術革新と産業化によってはじめて実現した本好きたちのユートピア、つまり「本の黄金時代」。そのことは私も否定しない。

※本稿は国書刊行会から今秋に刊行される予定の、津野海太郎氏の新著のために書き下ろされた文章「書物史の第三の革命~電子本が勝って紙の本が負けるのか?」の抜粋です。これから月に1~2回のペースで1章ずつ公開していく予定です。

東京国際ブックフェア2010に出展します

2010年7月4日
posted by 仲俣暁生

まもなく7月8日(木)から「東京国際ブックフェア2010」が開催されます。「マガジン航」の発行元であるボイジャーも、7月8日(木)から10日(土)まで、ブックフェアの本展および同時開催される「デジタルパブリッシングフェア」に出展します(詳細はこちらを参照)。

theme_tibf2010

今年のキャッチフレーズは「そして船は行く」です。このキャッチフレーズのロゴが入ったブックフェア用のパンフレットには、電子書籍ブームという波の高まるなかでボイジャーが考えている「本の未来」の姿が提示されています(7月19日追記:パンフレットのPDFファイルがこちらからダウンロードできるようになりました)。

パンフレットの掲載記事のなかから、ボイジャー執行役員・開発部長である小池利明氏による「ePUB 世界の標準と日本語の調和」を「マガジン航」に先行公開します。

このパンフレットにはさらに、ボイジャー代表取締役 萩野正昭氏による「T-Time―もっと遠く、もっと広く」、筑波大学附属視覚特別支援学校教諭の宇野和博氏による「読書バリアフリーをめざして」、青空文庫呼びかけ人でライターの富田倫生氏による「全書籍電子化計画を越えて―本のインターネットへの旅」といった記事が掲載されています。これらも随時「マガジン航」に転載していく予定です。

一般入場日である7月10日(土)には「デジタルパブリッシングフェア」のボイジャー・ブースにて、「マガジン航」の寄稿者を含むゲストを迎えたトークイベントも開催されます。この日は「マガジン航」編集人の私のほか、以下の方々にご登場いただきます。

・松井 進さん (バリアーフリー資料リソースセンター/副理事長) ※昨年の講演

・海上 忍さん(テクニカルライター)

・藤井あやさん(漫画家) ※寄稿していただいた記事

・米光一成さん(ゲーム作家/ライター) ※寄稿していただいた記事

・小飼 弾さん(「弾言」「決弾」の著者/ブロガー)

また7月9日(金)には、林信行さん(ITジャーナリスト)、大谷和利さん (テクノロジーライター)をお招きした対談式講演も開催します(※大谷さんの昨年の講演)。

voyager_t

■関連記事
ePUB 世界の標準と日本語の調和
TIBF2009 ボブ・スタイン講演録
TIBF2009 大谷和利氏講演録
TIBF2009 松井進氏講演録
TIBF2009 萩野雅昭講演録

ePUB 世界の標準と日本語の調和

2010年7月4日
posted by 小池利明

求められるeBookの世界標準

ePUB とはIDPF(International Digital Publishing Forum)という電子書籍(eBook)標準化団体の推進するファイルフォーマット規格です。

人々が本をeBook として当たり前のように読む時代になり、そのフォーマットがばらばらであったなら、読者としても、作者・出版社としても混乱が生じることは明らかです。今日に至るまで、このような混乱はなかったわけではありませんが、むしろ黎明期の市場開拓を担ってきたeBook のデバイス(端末)メーカーや、そのデバイスと深く絡んだ書店の主導するマーケティングに圧倒されて、問題が隠されてきた傾向があります。電子出版は、まだまだ市場の未成熟な時代の中にあったわけです。

2007 年末に米国で導入されたアマゾンのKindle は着実に浸透し、電子出版の意味を人々に強く印象づけました。アマゾンはこれに先立って、2003 年から、販売する書籍の中味を確かめるSearch inside the Book(*日本では「なか見!検索」という)サービスを開始し、本格的に書籍のデジタル化を進めました。そうした結果として電子化された本の閲覧を、自社が提供するKindle を通して世に問うてきたのです。

アマゾンに遅れること一年、グーグルは世界の図書館と連携して徹底した蔵書のデジタル化に着手しました。いわゆる「全書籍電子化計画」です。およそ一千何百万冊もの本が対象となっているといわれます。そしてソニーもReader という読書端末を米国で発売しました。同様のデバイスを既に日本で導入しましたが、うまくいかなかったのです。それに反し、米国では順調に売上を伸ばしました。アップルはeBook閲覧を多分に意識したiPad を市場へ投入してきました。もはや市場には「99」のデバイスが存在するといわれています。

これらのデバイスがそれぞれに異なったeBook のファイルフォーマットを要求してきたとすれば、そこに人々が満足できる本の世界が生まれていくとはとても考えられません。もはや時代は、eBook を限られた小規模の市場に押しとどめるわけにはいかないところまできてしまったのです。

どうしてもeBook の世界標準をつくらなければならなくなりました。ePUB はこうして注目を集め、IDPF はその実行のために大きく活動の舵取りを始めたのです。

現状のePUBと日本語について

日本語についても世界標準に含まれることが望ましいことは明らかです。しかし、日本語が世界の言語の中でも独特の表示スタイルをもっていることも事実でしょう。それは主に文芸書にある縦書き表示や、ルビ(ふりがな)、圏点(傍点)、縦中横、行末・行頭の禁則処理などなどさまざまに及びます。現状ePUB には日本語表示についての考慮はされていません。そうである以上、ePUB を読み込んで表示する現行のリーダーでは、日本語に対して十分配慮されているものはきわめて少ないわけです。横書きでいい、あるいは横書きのほうが望ましい学術書、ビジネス書等では、ルビの問題を除けば、現状のePUB でも表示できるものはあります。ただ十分に配慮された状態だとはいえません。

日本語だけではありません。中国、韓国という東アジアの諸国について、そして他の諸外国言語についてもそうです。

ePUBリーダーと表示エンジン

ePUB とは、HTML やWeb ブラウザソフトのオープン性を保持しつつ、モバイルデバイスやノートパソコンなどでオフラインでも読書できるようダウンロード配信を前提にパッケージ化された、XHTML に基づいた規格です。

XHTML は、W3C(World Wide Web Consortium)という、インターネット上で提供されるシステム技術の標準化をすすめる団体が策定した記述方式です。

ePUB リーダーは、PC 用、iPhone/iPad 用、Android 用、Kindle 用および各種専用端末用と、すでに多々存在しています。しかし表示エンジンに限っていえば、Adobe Reader Mobile SDK (RMSDK) とWebKit に集約されます。RMSDKもWebKit も、現時点では日本語組版で必要なことを満たしていません。しかし日本語がePUB にとって重要性を増すならば、ePUB 規格に日本語の要件が盛り込まれるよりも先に、RMSDK、WebKit に対して、縦書きなどの対応がなされることが予想されます。

WebKit とは、オープンソースのHTML レンダリングエンジンです。アップルとグーグルが中心になって開発が進められています。Web ブラウザのSafari やGoogle Chrome の表示エンジンとして使われています。

iPhone/iPad のSafari、Android のブラウザでも表示エンジンはそうですし、Web ブラウザだけでなく、iTunes、Adobe AIR、Dreamweaver CS4/CS5 などでも表示エンジンとして使われています。そして、WebKit は、ePUB リーダーの表示エンジンとしても使用されているのです。

.bookとePUBについて

ボイジャーが提供してきたeBook のファイルフォーマットはドットブック(.book)です。.book 自体は配信用のフォーマットなので暗号化されていますが、コンテンツの記述はTTX という形式のHTML をベースとしたタグ付きテキストであるため、表現できる内容の多くは、ePUB とクロスオーバーしています。

HTML のタグという共通点があるので、.book からePUBへの変換は比較的容易に行えます。ボイジャーでも、.bookからePUB への変換ツールを準備しています。

もちろん、TTX をお持ちの方は、ご自身の好きなレイアウトのePUB にするため、独自に変換ツールを作ることも難しくないのです。

将来、ePUB が真の意味で、多言語対応した世界標準の電子書籍フォーマットとなるのかどうか?その可能性はとても高いだろうとおもわれます。ボイジャーもIDPF のePUB 拡張標準化ワーキンググループに参加し、日本語を含めた多言語対応について積極的にコミットしています。

今はまだePUB は縦書きやルビ,禁則など日本語を扱うには不十分かもしれません。だからといって手をこまねく必要はありません。今は.book をつくっておき、将来、ePUB が真の世界標準になった時には、すみやかに.book をePUB へ移行させることは十分視野に入っていることです。

一人一人が手をつなぐ

ここまでずいぶんとたくさんの横文字が羅列されました。一体これが何を意味しているのか十分にご理解できなかったかもしれません。今ここで無理にこれらを把握する必要はないでしょう。ただ、世界的な規模で電子的な出版は浸透しつつあり、これを誰もが自由に、相互に共有するコミュニケーションを前提として、利用できるための努力が始まっていることは知っていただきたいのです。

それでは、eBook の世界標準化の動きがさらに浸透し、世界的な規模で私たちがeBook を日常的に利用・活用するようになったことを想像してみてください。世界に存在するeBook を一つのサーバに集中させるのではなく、インターネット上に分散して存在する全書籍に対し、大きな統合の網をかぶせることを考えていくこともできるのです。

こうした活動を実際に行っている人たちがいます。“Internet Archive” という米国サンフランシスコに拠点をおく非営利の団体です。この組織は1996 年に設立されました。創立者のブルースター・ケールは、人工知能やスーパーコンピューターの研究、開発に取り組んだ後、情報処理分野で起業した人物です。

全世界のWeb ページを、時間軸にそって記録し、今は消え去った過去の姿を呼び起こさせる“Wayback Machine”を提供しています。 “Internet Archive” は、大規模な書籍スキャニング計画に乗り出し、Yahoo!、Adobe をはじめとするIT 企業、図書館、政府組織等が参加するOpen ContentAlliance(OCA)を2005 年10 月に組織しました。著作権の保護期間を過ぎたものから、スキャニングによる書籍のデジタル化に着手しており、成果物の画像データから公開をスタートさせ、今は“Internet Archive” が管理、運営する、より広汎な人々の参加を前提とする“Open Library” として公開がはじめられつつあります。

kahl_with_hagino

▲2010 年、ボイジャーは米国サンフランシスコにある非営利団体”Internet Archive” と提携し、同団体が推進し世界標準を目指す電子出版配信インフラ”Book Server” 構想の正式メンバーとして推進に参加することに合意した。”Internet Archive”本部にて、創始者のブルースター・ケールとボイジャー代表取締役萩野正昭。

internet_archive

▲サンフランシスコのゴールデンゲイトブリッジの近くプレシディオ地区に建つ”Internet Archive”の本部。白亜の建物。ここはもともとは教会だったところ。”Internet Archive”のロゴマークが円柱の古代石像建物を模したものだったところから、円柱の門構えをもつ本拠ができあがったのは、偶然とはいえ幸運のひとことだった。

scanning_machine

▲OCR スキャニング作業。”Internet Archive” では、書籍の電子化のためのスキャニング作業をすすめている。開いた本を一定角度を保つ透明ガラス板で押し当て電子情報として取り込んでいる。こうしたワークショップは世界の各地に広がりつつある。

Open Libraryを利用するには?

では、eBook による図書館構想“Open Library” に、みなさんご自身が参加することがどのようなものなのか、現状把握できる範囲の中で明らかにしていきましょう。

カタログ追加は誰でも行うことができます。「It’ s a wiki too, which means anyone can edit or correct it anytime.(これはウィキです。いつでもだれでも編集したり改訂したりすることができます)」とあります。

OpenLibrary トップページ

OpenLibrary トップページ http://openlibrary.org/

ePUB のファイルを作成し、登録してみましょう。津野海太郎 著「小さなメディアの必要」を用意しました。登録方法ですが、大きく、

  1. Internet Archive へePUB ファイルを登録する
  2. Open Library にカタログ情報を登録する

という2段階の手順になります。

1  Internet Archive へのePUB の登録方法

Internet Archive トップページ

Internet Archive トップページ http://www.archive.org/

(1) ここでは会員登録をしてから「小さなメディアの必要」のePUB ファイルを登録してみましょう。

(2) 必要情報を入力し、アカウント(Library Card)を取得します。

(3) 会員登録をしたらログインします。

(4) 画面右上に[Upload]ボタンがあるので、それをクリックすると、ファイルをアップロードする画面(Share your Files)になります。

internet_archive_share

(5)画面右上に[Share]ボタンがでるので、それをクリックするとファイル選択ダイアログが現れます。ここで、登録したいePUB ファイルを選択します。

 upload

(6) 選択するとアップロードを開始します。アップロードが完了したら書誌情報の入力画面になります。

uploaded_file

▲ここで、タイトル、説明、キーワード、著者名を入力します。著作権については、Creative Commonsのライセンスを付与することもできます。

(7) 入力が終わると、ID が発行されます。このID が、“Open Library” から参照されるファイルのID になります。Internet Archive にePUB ファイルの登録が完了したら、このファイルに関するカタログ情報をOpen Library に登録します。

2  Open Library への登録方法

こちらも会員登録をして使ってみましょう。

(1) サインアップ画面で必要情報を入力し、アカウント(Open Library account)を取得します。

(2) 取得したアカウントで、ログインします。

(3)[ADD A BOOK]をクリックすると、本の登録画面(Add a book to Open Library)になります。

(4) “Open Library” では日本語の入力ができます。タイトル、著者名、出版社、出版年および、ID を入力します。このID の入力のところで、“Internet Archive”に登録した際のID を入力します。市販の本ならISBN10、ISBN13、LCCN(Library of Congress Control Number)も入力可能です。

add_a_book

(4) “Open Library” では日本語の入力ができます。タイトル、著者名、出版社、出版年および、ID を入力します。このID の入力のところで、“Internet Archive” に登録した際のID を入力します。市販の本ならISBN10、ISBN13、LCCN(Library of Congress Control Number)も入力可能です。

(5) 更に詳しい書誌情報を入力できるようになります。ここでは、書影(Cover Image)を追加しました。

cover_image01

cover_image02

(6) 登録が完了すれば、検索できるようになります(検索結果画面はこちら)。

finish

このようにして、だれでも“Open Library” に参加することができるのです。

■関連記事
Digital Book 2010にボイジャーが参加
ボイジャーが”BooKServer”の正式メンバーに
編集者とデザイナーのためのXML勉強会
アクセシブルな教科書としての電子書籍

百年の一念

2010年6月22日
posted by 樽本樹廣

「書物を契機としてコミュニケーションを媒介し、それによってコミュニティを生成・確認・維持・展開していく一連の営みである」(長谷川一『出版と知のメディア論 エディターシップの歴史と再生』みすず書房 2003)

これは出版についての定義だが、そのまま本屋についての定義でもあり、百年のしたいことである。本屋は本を媒介にして、お客さんとの知的・文化的コミュニティを築く場所であるはずだし、そうなりたいと思う。

OLD / NEW SELECT BOOKSHOP 百年は2006年8月にオープンし、もうすぐ4年が経つ。新刊書店に5年ほど働いているうちに、自分のやりたいことからどんどん離れていると感じて、それなら自分で理想の本屋をやろう、と決意した。27歳のときだ。古本と新刊本・リトルプレスを主に扱っている。多くの人に面白がってもらい、おかげさまで順調に成長させていただいている。

新刊書店、古本屋とも棚作りによってお客さんとのコミュニケーションはできる。棚を見て、ここにこの本があるのか、この本を仕入れているのか、この見せ方はすごい、など書店員の編集能力によって棚の面白さが変わってくる。その棚に反応するお客さんは常連さんになるし、ピンとこないようだと離れてしまう。お客さんが何を求めているかを想像するのも大事だし、それに合わせて書店員の能力も試される。この攻防こそがお客さんとのコミュニケーションだし、日々の書店業務の楽しさでもある。

古本屋ではそれに加えて本の買取りがある。お客さんの本に価値を決め、それに対価をお支払いする。定価による一律的な判断ではなく、その本がいま読まれるべき本なのかどうかを見極める。お金のやりとりという直接的なコミュニケーションをすることで、より信頼関係が生まれていく。そのためには誠実でなければならない。その誠実さは、接し方はもちろんだが、眼に見える「お金」によって判断されるだろう。千円で買われて一万円で売られていたらいい気持ちはしないはずだ。ここまでじゃなくてもこれに近い経験をした人は少なくないんじゃないだろうか。

創業4周年を記念してリニューアルされた「百年」のウェブサイト。

創業4周年を記念してリニューアルされた「百年」のウェブサイト。

コミュニケーションする本屋、という考えをHPでも実践しようとリニューアルした(商品登録数を増やすための容量アップという実務的な理由もある)。旧HPとの違いは「パブリック・リレーションズ」が加わったこと。広告の意味でのPR(public relations)はもちろんあるが、それが第一義ではなく、百年の考えや興味を知ってもらい、その反応を受け取って、よりよい本屋を目指すためのページになっている。

いまは僕とスタッフのブログだけだが、今後は本や本屋にまつわるインタビューなども掲載していこうと思っている。「パブリック」には公共的な、よりひらかれたスペースでありたいという願いと「パブリック」のなかに含まれる「ブック」を通してたくさんの人と関係していきたいという願いがある。

この投稿の続きを読む »