インディペンデントな文芸同人誌を作ってSNSで売るということ――『かわいいウルフ』製作日誌

2019年7月26日
posted by 小澤みゆき

はじめに

今年5月、私は『かわいいウルフ』という同人誌を発売した。20世紀の作家ヴァージニア・ウルフのファンブックだ。彼女の作品の紹介や、翻訳、ウルフの文章を実際に訳した方のインタビューやエッセイを掲載した。それだけでなく、友人・知人21名にウルフ作品を鑑賞してもらい、その感想を自由な形で書いてもらった。「ヴァージニア・ウルフの良さを一人でも多くの人に知ってもらいたい」その一心で、とても真剣に、楽しんで作った本だ。

本書は、今年5月6日の文学フリマ、ネット販売、そして全国の主に独立系書店で販売を行い、一ヶ月で500部を完売した。現在は第二版を販売中だ。今は最初の一ヶ月の勢いほどはないものの、じわじわと売れ続けている。

なぜ無名なサークルの、こんなニッチなテーマで、しかもインディペンデントに作られた雑誌が売れているのだろう。時々自分でも不思議に思うが、これだけは言える。SNS、というかTwitterの存在があったからだ。そこからすべては始まり、やがて口コミとして広がり、結果的に多くの人に認知してもらうまでに至った。すべてはSNSのおかげであり、SNSがなければ私は何もできなかった。

本づくりと広めかたの詳しいハウツーは、8月10日に本屋B&Bで開催する重版記念イベント「#わたしたちのやっていき」や、有料で配信しているnote(前編後編に譲るとして、本稿では、SNSを使って、無名の書籍をどう広めていくかということについて記したい。

編著『かわいいウルフ』の書影

Twitter大好き

昨年12月に本を作ると決めたときから、死ぬほど宣伝をすると決めていた。ぽっと出の、無名の同人サークルの本が宣伝もせずに売れるわけがないからだ。私は普段から毎日Twitterをし、何年もはてなブログを続けていたから、ウェブで宣伝する以外の選択肢を思いつかなかった。なのでまずは、「ヴァージニア・ウルフについての本を作りたい」というブログエントリを書き、それをTwitterにアップした。そして日々「ヴァージニア・ウルフ」でTwitter検索し、bot以外の、ヴァージニア・ウルフを読んでいたり、興味がありそうな人を片っ端からフォローした(これをエゴサーチならぬウルフサーチ=ウルサと呼んでいる)。他にも、英文学が好きそうな人、イギリス文化が好きそうな人、ウルフはじめ英文学研究をなさっている人文系の先生方などをフォローし、フォロイーを約1000人増やした。そして日々、原稿の進捗や企画の進行具合をリアルタイムにツイートしていった。そのおかげで、少しずつフォロワーも増加した。作りはじめてから2、3ヶ月後には「なんだかよくわからないが、ヴァージニア・ウルフについて何かやっている人」という認知を、なんとなくTwitter上で得られるようになっていった。

やりながら感じたのは、ヴァージニア・ウルフを好きな人は多くいるのに、その魅力を伝えるメディアが本当に無いということだった。自分もそのようなモチベーションで本を作り始めたが、Twitterで宣伝するうちに、そのことを強く感じるようになった。ウルフに限らず海外文学を好きな人は確実にいる。しかし万人に向けて開かれているとは感じられない。もっと多くの人を巻き込む方法はないのだろうか――既存の出版・流通業界に一石を投じる、そんな大それた思いはまったくなかった。とにかく「広めたい」「伝えたい」の一心でTwitterをやり続けた。

ウェブ予約と反響

4月に校了した直後から、ウェブでの販売予約を始めた。当初の部数は300冊で、文学フリマまでの間に数十冊売れれば良いと思っていた。しかし蓋を開けてみると10日のうちに100冊の予約があり、たいへん驚いた。同時に、ニッチなテーマの本でも確実に必要とされていて、届く人には届くのだと確信を持った。文学フリマ以外にも、書店に営業し置いてもらうことを決めていたので、この調子でウェブ通販が売れると、冊数が足りなくなってしまう。悩みに悩んだ末、部数を300冊から500冊に引き上げた。発売前重版という言葉も、この時初めて知った。

この頃からTwitterで、一般の読者以外の、いわゆる「出版業界の人」が興味を示してくれていることが、なんとなくわかってきた。「こんなニッチな本は見たことがない」「内容がおもしろそう」「コンセプトが素晴らしい」といった言葉をいただいた。そういったフォロワーの方が増え、キャズムを超えてきたな、と感じるようになった。また後から知ったことだが、この本を通して知り合った編集者の方々によれば、やはり4月ころにSNSで見て気になっていた、というお話を伺うことが多かった。

直球の営業

校了してから文学フリマまでの間、全国の独立系書店に営業して回った。私は関東に住んでいるので、足を運べる書店は全て直接訪ね、簡易製本した見本とプレスリリースをお見せした。それ以外の地域には、見本誌と資料を郵送してご検討いただいた。お店の探し方は、なにも難しいことはしていない。ウェブでリトルプレスを扱っている書店がないか調べたり、友人にいいお店がないか聞いたりしただけである。

はっきり言って、営業はとても楽だった。「Twitterで見ました」「本自体の熱量に圧倒されました」というお言葉をよくいただいた。また営業中もTwitterをしまくり、「今日はどこそこの本屋さんに行った」というようなことをツイートし続けた。ここまでTwitterで実況しまくると、応援してくれる人も増えて、「大変だけど、がんばるぞー!」とやる気を出して書店を回った。

文学フリマ

そして5月の文学フリマを迎えたのであるが、はっきり言って売れる自信がまったくなかった。もちろん死ぬほど宣伝ツイートをしまくったし、当日のブース配置もわかりやすいように工夫を凝らした。しかしどんな人が買いに来てくれるだろうかと本当に不安で、50冊も売れれば良いほうだろうと思っていた。

しかし始まってみたら大盛況で、なんと4時間半で完売してしまった。もちろんお客さんの中には、じっくり内容を立ち読みして買ってくださった人もいたけれど、多くの人は「Twitterで見て買いに来ました」と言ってくれた。約5ヶ月に及ぶTwitterマーケティングが結実した瞬間だと感じた。とてもうれしく、人生で忘れられない日になった。

文学フリマで設置したブースの様子

反響と増刷

そうして文学フリマで大成功を収め、ウェブ販売もコンスタントに売れ、各書店に納品を始めた矢先に、大事件が起こる。作家の川上未映子さんが、ご自身のInstagramで『かわいいウルフ』をご紹介してくださったのである。もともとある方を通して献本していたのだが、まさか本当に読んでいただけるとは思ってもいなかったので、たいへん驚いた。その日は通販の注文通知が止まらず、iPhoneがぶーぶー鳴りっぱなしだったほどだ。

そういったSNSの影響もあり、文学フリマ終了後も予想以上の売れ行きで、500冊はすぐになくなってしまった。『かわいいウルフ』は、もともとたくさん利益を出そうと思って作った本ではないので、予算的に悩みに悩んだ。けれど書店さんからの追加のご注文や、Twitterで「文フリで買えなかった!」というような声を目にしたので、思い切ってまた500冊を増刷することにした。

いま思うこと

一昨年の『早稲田文学女性号』に始まり、直近大ブームを巻き起こしている『文藝』秋号まで、ヴァージニア・ウルフを起点とするフェミニズムはムーブメントを起こしている。他にも『82年生まれ、キム・ジヨン』や『ヒロインズ』、『説教したがる男たち』『私たちにはことばが必要だ』『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』など、フェミニズム文学、フェミニズム批評の本が相次いで出版されている。またヴァージニア・ウルフ著『自分ひとりの部屋』も重版をしたと伺っている。『かわいいウルフ』も、そうした文脈の中に組み込まれて売れているという事実は確実にあるだろう。

しかし、ウルフが流行りつつあるという流れを意識していたとはいえ、『かわいいウルフ』は、「自分が読みたいと思うものを作りたい」「ヴァージニア・ウルフの素晴らしさをもっと世の中に伝えたい」というところからスタートしている。ただひたすらに一生懸命、本を作り、必死で毎日Twitterをしていた結果、こうなったのだと思う。伝えたい、広めたい。ただその一心でやってきたことに、結果がついてきたのだと考えている。

これから

6月、私は個人事業主を開業した。「海響舎(かいきょうしゃ)」という名前で、サークル名「海の響きを懐かしむ」を縮めたものだ(ちなみにこのフレーズはジャン・コクトーの「カンヌ第五」という有名な詩から拝借している)。この屋号で、これからは文芸に関する様々なプロジェクトを行っていきたい。具体的は案はまだないが、年に二冊、文学フリマに合わせて本を作るだけではつまらない。せっかく今回、いろんな読者の方や書店員の方との繋がりができたのだから、それを活かして、文芸をもっと盛り上げる運動ができるはず。そう考えている。

そして8月10日には、冒頭で述べたように、本屋B&Bでイベントを開催する。タイトルは「#わたしたちのやっていき 〜インディペンデントメディアをつくり、発信することについて〜」というものだ。(このタイトル自体がハッシュタグになっていて、Twitterでつぶやきやすいようにした)このイベントでは、ふたつのメディアの方をお呼びする。ひとつは「自分らしく生きる女性を祝福する参加型のライフ&カルチャーコミュニティ」の「She is」、もうひとつは「思想/建築/デザインを架橋しながら批評活動を展開するメディア・プロジェクト」の「Rhetorica」の方々だ。インディペンデントな精神でメディアを作り、コンテンツを考え、それを広めていくにはどうしたらいいのか――そういったことをお二方に伺いながら、様々な話ができたら良いと思う。何かを作ってみたい人、メディアに興味がある人、出版関係の人。多くの人にお越しいただきたいと思っている。

私は『かわいいウルフ』の一連の作業を通して、本造りとその広め方を身を持って知ることができた。熱意を持って本を作り、誠意を持ってSNSで宣伝をすれば、自ずと人は集まり、本は売れる、ということを体験できた。自分は出版業界の人間でもなんでもない素人だが、この経験を活かしていけたら良いと思う。そのために、色々な人と一緒になって何かをやりたい。インディペンデントメディアにはまだいろんな可能性がある。そう、わたしは考えている。

執筆者紹介

小澤みゆき
1988年生。フリー編集者。文芸プロジェクト「海響舎」主宰。これまでの『かわいいウルフ』以外の活動は、短編小説集『マイ幽玄』、エッセイ「彼女を信じてるから同人誌を作った」(『新潮 2019年8月号』掲載)など。
Twitter @miyayuki7
Instagram @miyayuki777