技術書典は“エンジニアたちのコミケ”である

2018年11月5日
posted by 小林徳滋

技術書典[1]は技術に関わる人にとってのコミケともいえる、年に2回のインディペンデントな本の即売会です。Techbooster達人出版会が共催し、ボランティアベースで運営しています。Techboosterはmhidaka(@mhidaka)さんが主宰する技術書を書くサークル、達人出版会は高橋征義さんが代表の技術書専門の電子出版社です。

2016年6月25日、秋葉原電気街口近くの通運会館の2階と地下1階で産声をあげ、2017年からは春と秋の年2回開催となりました。最近では2018年10月8日に技術書典5が東京・池袋のサンシャインシティで開催されました。この間、参加サークル数は57サークルから470サークル超へ、参加人数は1400人から1万341人へと8倍近い規模に成長しています。

【表1】技術書典の開催歴

開催日 会場 サークル参加費 参加サークル数 参加人数
第1回 2016/6/25
(土)
11:00 〜 17:00
秋葉原通運会館 個人5000円/企業10000円(税込) 57(個人48/企業9) 1400人
第2回 2017/4/9
(日)
11:00〜17:00
秋葉原UDX アキバ・スクエア 個人7000円/企業15000円(税込) 195(個人179/企業16) 3400人(入場時カウント)
第3回 2017/10/22
(日)
11:00〜17:00
秋葉原UDX アキバ・スクエア 個人7000円/企業15000円(税込) 193(個人170/企業23) 延べ3100人(実人数2750人)
第4回 2018/4/22
(日)
11:00〜17:00
秋葉原UDX アキバ・スクエア 一般7000円/パトロン20000円(税込) 246 6380人(整理券配布枚数)
第5回 2018/10/8
(月)
11:00〜17:00
池袋サンシャインシティ2F 展示ホールD 一般7000円 /パトロン20000円(税込) 470超 のべ10341人(うちサークル・スタッフ等関係者は889人)

(注:この他に2017/4/29~4/30にかけてニコニコ超会議との共催で「超技術書典」が開催されている)

筆者は初回技術書典から第5回まで連続してCAS電子出版というサークルで出典すると共に、第2回と第5回には企業スポンサーとしても支援しています。ここではサークルとして出典した経験を報告するとともに、技術書典の市場性・優れた点についてまとめてみます。

これまでの開催状況と出典をふりかえる

■技術書典(初回)[2016/6/25 開催]

通運会館の入り口は狭く、整理券を配布して入場規制中。

技術書典という催しが開催されることを知ったのはTwitterからでした。筆者は、2015年末からCAS電子出版ブランドのプリントオンデマンド出版を初めており、ちょうどこうした機会が欲しいと考えていましたので、すぐに申し込みました。自分で書いた『PDFインフラストラクチャ解説』という本をアマゾンなどのオンライン書店で販売していましたが、オンライン書店では実際の本を手に取って見ていただくことができません。実物の本を見て買ってもらえるような機会として、ぴったりのイベントと考えたからです。

募集要項には「募集サークル数は40で、申し込みが多いときは参加サークルを抽選で決める」とありました。このときは、応募サークル数が予想を超えていたことから、主催者が会場のフロアを2階と地下1階の2フロアに増やして当選するサークル数も追加したようです。

めでたく4月30日に参加サークル確定の連絡があり、他に制作を進めていたタイトルの完成を急ぐことにしました。結局『PDFインフラストラクチャ解説』(当日限り1500円税込)、『MathML組版入門』(同1600円税込)、『スタイルシート開発の基礎』(同2300円税込)、『XSL-FOの基礎』(同2500円税込)、『DITAのすすめ』(同800円税込)の5タイトルを各10冊持ち込みました。このときはまだイベントでどのような売れ方をするかをまったく理解しておらず、全部10冊、しかも100円単位での値付けという初心者ぶりです。

サークルの配置場所は入り口近くの良い場所でした。1サークルに割りあてられるスペースは折り畳みの長机半分で、となりのサークルと机を半分ずつシェアします。開場すると来場者が折りかなさるようにやってきますが、びっくりしたのは左隣サークルの一冊1000円の冊子が飛ぶように売れていたことです。

一方、我がサークルはぽつぽつ、という感じでしたが、それでも『PDFインフラストラクチャ解説』が1時間28分で完売、『MathML組版入門』は2時間39分で完売となりました。『MathML組版入門』は著者の道廣氏の知り合いの方に多く買っていただいたようです。結局、50冊中で39冊が売れて売上は6万6400円となりました。出品した本はいずれもかなりニッチな分野のタイトルなのですが、事前にブログなどで告知していたことと、新しいタイトルを用意したこともあり、それを目的に来られたお客様が目立ちました。

技術書典で本を売ってみて驚いたことは、冷やかしの参加者は少なく現金をもって本を買いにくる来場者が多いことです。領収書を用意したのですが、実際には領収書が欲しいという人は数人しかいませんでした。つまり、会社の経費という人はほとんどいなくて、自腹で買っていることになります。このあたりで技術書典が同人誌市場の延長線にあることを実感できました。

初回ということもあり、知り合いの方が多数見えましたが、あとで聞きますと開始前には通運会館の入り口前に長蛇の列ができ、急遽、整理券を配布して入場規制。その後は一般来場者は数時間待ちだったようです。待ち時間の長さに驚いて、入場しないで帰ってしまった人もいたようです。

■技術書典2[2017/4/9開催]

入場待ちの列、

第2回は秋葉原UDXに会場を移して開催。弊社は、主催者の依頼でPDF入稿用チェッカーの技術協力することになりました。またCAS電子出版でのサークル参加に加えて、会社としてスポンサーにもなりました。

当日はあいにくの大雨。それでも朝10時過ぎに入り口前のかなりの列ができていました。11時に始まるとたちまち会場は満員になります。我がサークルは、『XSL-FOの基礎』を大幅に書き直して第2版とし、『PDFインフラストラクチャ解説』を少し改訂して第1.1版としたのみで新タイトルの用意ができませんでした。そのためか、全部で85冊持ち込んで38冊しか売れず、売上額は5万7500円。入場者数が大幅に増えたのに販売実績は減少という残念な結果に終りました。

初回と同じタイトルを持ち込んだため、すでに知り合いのお客さんは購入済みで、新規のお客さんを開拓できなかったのが敗因でしょう。とくにXML関係の本は市場がニッチなためなかなか売上が伸びませんでした。

■技術書典3[2017/10/22 開催]

「技術書典3」。外は大雨

3回目から春秋の年2回開催となり、前回から半年の間をおいての開催です。開催日は10月下旬でしたが大型台風21号の上陸と重なってしまいました。この日、東京は暴風雨だったにも関わらず会場の秋葉原UDXは熱気に包まれました。

我がサークルは、『タグ付きPDF・仕組と制作方法解説』という新タイトルを制作、6タイトル合計110冊を持ち込みましたが、結果は31冊2万8500円の売上で、惨敗です。この日、いちばん売れたのがなんと『タグ付きPDF・仕組と制作方法解説』という、PDFの超ニッチな技術の話です。このようなニッチな本が売れるのは技術書典ならではと言えますが、同じタイトルはどんどん売上が落ちてしまうことを痛感しました。

■技術書典4[2018/4/22 開催]

熱心に内容をチェックするお客さん。お隣のジャストシステムさんは飛ぶように本が売れてました。朝、徳島から飛行機でこられたとのこと。

4回目も秋葉原UDXでの開催でした。技術書典といえば雨というジンクスができかけていたのですが、この日はうって変ってよい天気とあって、入場者数が前2回と比べて倍増となりました。天候に加えて、参加サークル数の増加も来場者増に繋がったのでしょう。

我がサークルは、新タイトル『PDF CookBook・PDFでこんなことができる!PDF Tool API によるPDF調理法』を用意して既刊と合わせて7タイトル合計96冊を持ち込みました。過去の経験から新刊本は大目に56冊を用意しましたが、結果的には30冊を販売。もちろん売上冊数では一番です。一方、既刊本は少なめに持ち込んだのですが、入場者数が増えたためか既刊タイトルは全部売り切れてしまいました。

とくに『PDFインフラストラクチャ解説』は数時間で売り切れとなり機会損失が大きかったようです。それでも売上金額は7万500円と4回目にして最高額になりました。持ち込み数を少なめにしているのは、重い本を疲れた体で持ち帰るのは精神的にもつらいためですが、そんなことを言わずに、余るほど持って行くほうがよかったかもしれません。いずれにしても、4回目の売上が最高になったのは比較的売れる新刊があったことと、なんと言っても入場者数が増えたためです。

■技術書典5[2018/10/8 開催]

会場の中が混雑しすぎないよう運営が入場規制中。入り口近くは人の流れが増えたり減ったりします。

技術書典5は、さらに規模を拡大して池袋サンシャインシティでの開催。参加サークルは470を超えました。弊社の他のイベントとの関係もあり、CAS電子出版としてではなくスポンサーとしての参加となりました。

今回は、新刊として『CSSページ組版入門』と『PDF CookBook 第2巻』の2タイトルを追加、既刊含め9タイトル110冊を持ち込みました。結果的には、『CSSページ組版入門』は持ち込み部数が少なかったこともあり、開始1時間で売り切れてしまいました。どうやらVivliostyleで技術書典の本を作っているサークルが増えているらしく、技術書典ではCSS組版人気が高まっているようです。

『CSSページ組版入門』のPDF版はWebで無料配布する予定でしたので、紙版をたくさん売ってからPDFを無償で配布したら「話が違う」と叱られるかもしれない、という気持ちもあって持ち込む数を減らしましたが、結果的には売り切れ。「来週からPDFを無償で配布します」と説明しても「いや紙版が欲しいんです」というお客さんがいました。結局、9タイトル中4タイトルが売り切れ、合計78冊販売して売上は9万5500円となりました。もう少したくさん持ち込めばよかったと反省しきり。一発勝負の技術書典で最高の結果を出すのはなかなか難しいものです。

市場としての技術書典

1. 全体としての規模

初回から第4回までは主催者により参加サークルを対象とするアンケートが実施されており、約半数のサークルが回答しています。この結果を見ますと、初回から3回目にかけてサークルの持ち込み数平均値はほぼ同じですが、頒布数の平均値は若干減少気味で、完売率が下がっています。これは参加しての実感と一致していますが、おそらく天候による来場者数の減少によるものでしょう。

ところが、第4回は持ち込み数と頒布数の平均値が大幅に増えています。これについては後述します。

【表2】技術書典サークルの持ち込み数と頒布数など(参加アンケート結果と分析による)

持ち込み数(平均) 頒布数(平均) 頒布総数 回答数 情報源
第1回 166部 137部(完売率は82.6%) 7800冊前後(参加者一人あたり5.5冊) 38 [2]
第2回 170部 132部(完売率は78.9%) 2万2400冊前後(参加者一人あたり6.5冊) 94 [3]
第3回 164部 119部(完売率は64.7%) 2万冊前後(参加者一人あたり7.2冊) 104 [4]
第4回 208部 168部(完売率は78.3%) 4万冊前後(参加者一人あたり6.2冊) 131 [5]

頒布単価はアンケート項目にはありませんが、主催者の目測では500円~1000円とされています。技術書典では現金でおつりを数えて渡す手間や間違いを減らすために、500円刻みで頒布価格を設定することが多いようです。仮に平均750円としますと、技術書典4の全参加サークルの取引規模は3000万円となります。来場者一人あたり約5000円にあたりますが、この推測値は大き過ぎはしないでしょう。

2. 他の流通手段との比較と連携

ちなみに、私の書いた『PDFインフラストラクチャ解説』は、2016年1月に初版を発売し、紙版・PDF版・電子書籍(EPUB・Kindle)で販売しています。このうち紙版はアマゾン・プリントオンデマンドなどのオンライン書店と技術書典で販売していますが、2018年9月までの紙版販売数(トータル298冊)のうち技術書典(1~4)で全体の約20%にあたる57冊を販売しました。このように、技術書典での販売がかなり大きな比重を占めています。

タイトルによっては技術書典でしか売れないというものもあるようですし、年に2回の開催が定着すると、技術書販売市場での比重が高まるでしょう。技術書典で売れ行きのよかった本を商業出版したり、BOOTHなどのオンラインストアで販売するサークルも増えていますので、今後は技術書典と他の流通サービスの連携も強化されていくことでしょう。

3. 技術書の新しいスタイル・新しいスターが登場

技術書典4では、群を抜いて大量の部数を販売した湊川あいさん、mochikoAsTechさんという“巨人”が登場しました。湊川さんのレポート「#技術書典 初の非常口サークル爆誕、1000部以上売れた #マンガでわかるDocker 一部始終」[6]によりますと、湊川さんの本を買うための待機列が、なんとUDXの一方の壁際から他方の壁まで達してしまったため、非常口に待機列を逃がすという前代未聞の事態になったようです。

また、mochikoAsTechさんの「初めて書いたDNS本が初参加の #技術書典 4で750冊売れた話」[7]によればDNS本を400冊持ち込み2時間で完売してしまったとのこと。技術書典4でサークルの持ち込み数・頒布数の平均値がぐっと増えたのは、スターの登場と来場者の裾野の広がりによるものでしょう。

技術書典5では、湊川あいさん、mochikoAsTechさんは、ますます大量の部数を売りさばいたようです。湊川あいさんはfacebookで技術書典5に新刊・既刊合わせて3000冊持ち込むと宣言していましたし[8]、mochikoAsTechさんは『AWSをはじめよう』を1500冊、『DNSをはじめよう』を740冊、合計2240冊を持ち込んで、DNS本が完売、AWS本は1350冊を販売したとのこと[9]。技術書典5のアンケート結果はまだ発表されていませんが、頒布総数が飛躍的に増えているかもしれません。

このように技術書典を踏み台にして、技術書の新しいスタイル・新しいスターが登場したと言ってもいいでしょう。彼女らの本は、いずれも難しい技術をやさしく伝える本。技術書典の発足当初はオタクエンジニアが勉強成果を発表する場という位置付けでした。これに対して、技術書典5では技術をやさしく伝える本が爆発的に売れる場になったということは、来場者の裾野が各段に広がったことを示しているとも言えます。

大成功した要因

技術書典の大成功の裏には、Techboosterのmhidakaさんをはじめとする主催者や運営ボランティアの存在があります。第2回目から公式ファンブック「技術季報」も毎回一部1000円で販売されています。技術書典でいちばん売れる本であり、運営の裏話やサークルの経験談が紹介されています。以下、この「技術季報」も参考にしながら技術書典の運営の特徴の一端を紹介してみます。

1. Webページでの事前チェック

技術書典のWebページではサークルリストというWebカタログ機能が提供されていて、参加サークルはここに頒布物の情報を登録します。サークルリストは一般参加者向けには約1ヶ月前に公開され、参加者はマイページで気になったサークルにチェックできます。各参加サークルは、自己サークルの被チェック数を見て、人気の度合いを測ることができます。

サークルによっては被チェック数を参考にして持ち込み部数を決めているようです。mochikoAsTechさんは技術書典4で初めて40部持ち込みの予定で参加申し込みをしましたが、サークルリストの被チェック数の増加を見て、持ち込み数を400部まで増やしたそうです。こうしたフィードバックの仕組みも技術書典のよいところでしょう。

2. サークル配置

技術書典の会場は、場所によっては満員電車並の混雑度になります。各サークルに割り当てられるのは机半分ですから、人気サークルでは来場者が隣にはみ出してしまいます。また、人気サークルの配置によって、人の流れが悪くなり、お目当てのサークルに辿り付けなくなります。とくに湊川あいさんやmochikoAsTechさんのような人気サークルでは縦の待機列ができてしまい、人の流れが完全にブロックされてしまう可能性もあります。

技術書典4までは、運営がサークル配置問題に大きな労力をかけていたようです。「技術季報4」には、技術書典5からサークル配置問題を解決するためのサークル自動配置プログラムを開発したことが紹介されています。運営がIT関係者からなるボランティア集団であることが生かされています。

3. 電子決済

技術書典には現金を握りしめて買いに来る来場者が多いのですが、QRコードによる電子決済の取り組みも始まっています。技術書典5ではピクシブ株式会社によるpixiv Payと主催者の提供する決済システムが提供されていました。主催者の電子決済の仕組みは技術書典3から提供されていましたが、技術書典4まではあまり使われていなかったのではないでしょうか。

しかし、技術書典5では電子決済の利用者がかなり増えたという印象を持ちました。我がサークルでは電子決済に対応しなかったのですが、購入者から「電子決済できませんか?」という質問を頻繁にいただきました。こうしてみますと、次回からは電子決済への対応は必須になるでしょう。全面的に電子決済になれば、おつりを数える必要がなくなりますので、販売価格設定の自由度が高くなります。電子決済のほうが消費税アップにも対応しやすいということもあります。

* * *

技術書典は当初と比べ、来場者の層もかなり変化し、技術書市場への影響力も増しています。このような技術書典の成功は、開催を企画し、運営に注力してこられたTechboosterのmhidakaさんや達人出版会の高橋さんをはじめ、運営ボランティアの皆さんの創意工夫と努力のたまものと言っていいでしょう。技術書典が今後とも継続、ますます発展することを強く期待します。

情報源

[1] https://techbookfest.org/
[2] http://mhidaka.hatenablog.com/entry/2016/12/27/114901
[3] https://blog.techbookfest.org/2017/07/21/tbf02-report/
[4] https://blog.techbookfest.org/2018/01/09/tbf03-report/
[5] https://blog.techbookfest.org/2018/07/13/tbf04-report/
[6] https://note.mu/llminatoll/n/n9c716089e1bc
[7] https://mochikoastech.hatenablog.com/entry/2018/04/26/012240
[8]https://www.facebook.com/minatogawaai/posts/2102458513402819
[9] https://note.mu/mochikoastech/n/n3fe11ea0a282

執筆者紹介

小林徳滋
1950年生まれ。京都大学・理学部卒業。出版社勤務を経て、1984年8月アンテナハウス株式会社を設立。現在、同社社長。30年以上にわたり、コンピュータソフト製品の企画・開発・販売を担当。XMLによる文書の構造化処理に関心を持っている。2014年1月~現在DITA コンソーシアムジャパン理事長。2016年度より日本電子出版協会理事。2005年10月17日から2008年7月12日まで1000日間連続で「PDF千夜一夜」ブログを書く。第23回盛和塾世界大会において、第20回稲盛経営者賞(非製造業第3グループ第2位)。