ローカルな場所とデジタルを結びつける

2018年11月1日
posted by 仲俣暁生

今月から「マガジン航」はリブライズとのコラボレーションを始めることにした。ご存知の方も多いと思うが、リブライズは「すべての本棚を図書館に」を合言葉に、本と場所と人を結びつける仕組みだ。わかりやすく言えば「図書館ごっこ」ができるサービスである。バーコードリーダーとFacebookのアカウントだけで本の貸し借り(チェックイン、チェックアウト)が簡便にできるため、すでに1700ヶ所以上の場所にある60万冊近い本がリブライズに登録されている。

リブライズは個人でも「図書館」ができる仕組み。

じつはリブライズの開発・運営をしている一人である河村奨さんは、私の住んでいる町で、下北沢オープンソースCafeという面白いスペースを営んでいる。リブライズというサービスが開始されたときすぐに会いに行き、それ以来、折に触れて本やウェブ、コンピューティングについて、いろんな話をしてきた地元の仲間でもある。

マンション1階のガレージを改装した下北沢オープンソースCafe。いちばん奥が「編集部」。

下北沢オープンソースCafe内の「編集部」。本とテックな雰囲気が両方あってよい。

リブライズの河村さん。受付は図書館の貸出カウンター風になっている。

リブライズの面白いところは、本のあるリアルな場所を「ブックスポット」と名付けたことだ。「本屋」でも「図書館」でもない、たんに「本の場所」。でもそうした場所こそが、既存の本にまつわる場所とはひとあじ違う、一種の「サードプレイス」(オルデンバーグ)になるのではないかと思っていた(リブライズとこのカフェの成り立ちについては、今年に電子書籍とオンデマンド印刷だけで出版した『数理的発想法』という本で詳しく書いた。もとの記事はオンラインでも読める)

「マガジン航」には2009年の創刊以来、100人を超える寄稿者がいるが、編集は基本的に私一人だけでやってきた(もちろん持ち込み企画や投稿もある)。「編集部」もとくに置かず、SNS上での寄稿者との議論が「編集会議」だった。でも、やっぱり具体的な場所がほしいな、とは思っていたのである。そこでリブライズの河村さんに相談してみたところ、下北沢オープンソースCafeを「マガジン航」の編集部にして、人が訪ねてきたり、会議をしたりできるようにしましょう、という話になった。

ローカルな地勢から力を得る

そこで生まれ育ったわけでもなく、たんに長く借家住まいをしているだけなのに「地元」などというのは面映いが、下北沢にはもう20年以上住んでいるので、それなりに愛着を感じている。

下北沢では小説家の藤谷治さん(いま「マガジン航」では彼と公開往復書簡を続けている)が「フィクショネス」という本屋を長いことやっていた。また内沼晋太郎さんと嶋浩一郎さんが経営する「本屋B&B」では、自主イベントも含めて企画をいくつも実現させてもらった。下北沢には古本屋も増えたし、小さな出版社も増えている。

「ローカル」という言葉の本来の意味は、中央に対する地方ではなく、その場所に固有の、つまり「局所的な」ということだ。ゲニウス・ロキ(地霊)という言葉があるとおり、ローカルな地勢の力を得ることで、はじめて成り立つものごとがあると思う。

いま出版の世界では「ナショナル」なレベル(端的にいえば紙の本の全国一律流通)でのサービスが難しくなっている。そしてITの世界で起きていることは、いうまでもなく「グローバル」な動きだ。グローバルな動きにナショナルな動きで対抗することは難しいが、ローカルすなわち場所の力によって、グローバリゼ―ションをある程度まで中和することはできると思う。

いま私がいちばん関心をもっているのは、ITとリアルな場所を組み合わせた活動だ。たとえばまもなく開催されるNovelJamもその一つ。小説を書き、電子書籍として出版するという、プラットフォームに頼れば一人でもできてしまう行為を、人がおおぜい集まって一つの「場所」で行うことで、プラットフォームの力に依存するのではない、新しい価値が生まれると信じている。これから「マガジン航」でやってみたいのも、これに似たことだ。

この機会にリブライズの河村さんと地藏真作さんのお二人には、正式に「マガジン航」の編集部員になっていただくことにした。これからはウェブの記事だけでなく、下北沢オープンソースCafeという場所やリブライズの仕組みをつかって、いろんなイベントやサービスを「マガジン航」としてもやっていこうと思う。

リブライズは最近、「誰でも本屋さんごっこができるサービス」も始めた。たとえばこれを使って「マガジン航」がお薦めする本が「編集部」で買え、その本について読者と編集部員とで話ができる、といった企画を考えている。近いうちに告知をするつもりなので、関心のある方は「マガジン航」のFacebookページにまずはご参加ください。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。