出版業界はブロッキング問題で岐路に立っている

2018年5月1日
posted by 仲俣暁生

先月にまきおこった海賊版マンガ・アニメサイトに対する緊急ブロッキングをめぐる議論の推移をみていて、不思議に思ったことがある。展開があまりにも急だったこともあるが、決定までの経緯がクローズドなままなので憶測するしかないことも多く、余計に不明瞭な印象を強くした。なんのことかと言えば、出版業界の対応である。

これまでの経緯

経緯を簡単にふりかえろう。政府の知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議(本部長・安倍晋三首相)がインターネット接続業者(ISP)に対して、「漫画村」「Anitube」「Miomio」の3サイト及びこれらと同一とみられる海賊版サイトへのサイトブロッキング(接続遮断)を「促す」緊急対策を決定したのが4月13日のこと。政府は自主的な対応を「促す」だけで「要請」ではなく、あくまでも法整備までの緊急措置だとしたが、これが波紋を呼んだ。

なぜなら通信事業者によるサイトブロッキングには明確な法的根拠がなく、憲法第21条に示された「検閲の禁止」に抵触するとの見方があるからだ。

第21条
①集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
②検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

ようするに今回、政府は通信事業者に対して、憲法違反にあたる「検閲をせよ」と促したことになる。

さらに事態が混乱した理由の一つとして、政府がサイトブロッキングの根拠とした刑法の「緊急避難」と、緊急対策という文言およびその文面における「法制度整備が行われるまでの間の臨時的かつ緊急的な措置」という表現における、「緊急」という言葉の混同がある。

刑法37条が定めた「緊急避難」とは「急迫な危険・危難を避けるためにやむを得ず他者の権利を侵害したり危難を生じさせている物を破壊したりする行為」のことであり、法整備までのつなぎという意味での「緊急」とは意味が異なる。

(緊急避難)

第37条
  1. 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

ブロッキングという行為が刑法37条の「緊急避難」の要件を満たすのであれば、法整備はかならずしも緊急ではない。逆に要件を満たすと認められない場合、たとえ法整備までのつなぎ(緊急措置)だとしてもその実施は憲法第21条に反する。政府の「緊急対策」は、この両者をあえて混同させることで、批判を避けようとしているのではないか。

出版社による過大な被害申告

今回の問題の根幹は、対策以前の現状認識にある。果たして現状の海賊版サイトは、「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難」を、緊急避難が必要なほど犯しているのかどうか、ということだ。これについて政府の緊急対策案はこう説明している。

多くのインターネットユーザーのアクセスが集中する中、順調に拡大しつつあった電子コミック市場の売り上げが激減するなど、著作権者、著作隣接権者又は出版権者(以下「著作権者等」という。)の権利が著しく損なわれる事態となっている。このままではコンテンツビジネスの基盤が崩壊し、良質なコンテンツを生み出し続けることができなくなるばかりか、主なユーザーである若年層を中心にインターネット上で健全なコンテンツを楽しむルールが失われ、インターネット上で法秩序を軽視ないし無視する風潮が蔓延するという深刻な社会的損害をもたらす恐れがある

このうち「緊急避難」に該当する可能性があるのは前段の「電子コミック市場の売り上げが激減」であり、後段はあきらかに付け足しにすぎない。問題はこの「激減」がどの程度であるか、憲法第21条に違反することをやむなしとするほど、どれほどの緊急度をもつものか、という一点にかかってくる。

被害額について政府が根拠としたのは「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)」の注に書かれた「被害額については、流通額ベースの試算で、「漫画村」については約3000億円 、「Anitube」では約880億 円 、「Miomio」では約250億円に上ると推計されている」という、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)による推計である。なお、このCODAの企業会員として出版社では講談社、小学館、集英社の名が並んでいる。

今回の対策のためにロビイングに動いたと思われる大手出版社や電子コミック関連事業者からも、政府の決定に対する態度表明が行われ、被害を推定させるいくつかの数字やデータが示された。

講談社は4月13日に「緊急声明」をサイトで公開。ブロッキングへの態度表明は直接的には述べられていないが、「ISPや流通事業者等のご協力も不可欠です」との表現で、間接的に賛成の意を示している。

講談社の声明では以下の一文が物議をかもした。
一方、出版界ではコミックに限ってもこれまでに数兆円規模の被害を受けたと試算されています。この状態が続けば、コンテンツ産業は立ち行かなくなります。

「これまでに」との断りがあるものの、成長著しい電子マンガ市場でさえ2017年度で1711億円、紙と電子を合わせても3377億円にすぎない市場規模に対して「数兆円」の被害は過大申告ではないかとの批判を浴びたのだ。ちなみに日本の出版市場は全体でもわずか1兆6000億円弱(2017年)である。

集英社も同じく4月13日に「緊急声明」を発表した。ここでもブロッキングそのものには言及していないが、政府の対策を「大きな前進」と評価している。しかし「緊急避難」の前提となる被害額の具体的な明示はなされてない。

拙速な「緊急対策」がもたらしたもの

電子マンガの流通に関わる大手事業者メディアドゥホールディングスは、4月13日に「インターネット上のマンガ等に関する海賊版サイトの影響と思われるマンガ出版事業、電子書籍流通事業に関する被害状況」をとりまとめて発表した

メディアドゥホールディングスのプレスリリースより。ちなみにこのグラフのキャプションには、「若年層向け電子書店売上は海賊版サイトの利用者数が増加した2017年9月以降に伸び率が急激に低下」とある。

このグラフからは2017年後半以後、電子マンガの売上に大きな変化が起きていることがたしかに見て取れる。ただし、このグラフは「伸び率」を示したものであり、電子マンガの売上が海賊版によって「減少」した事実はない。伸び率が150%から110%まで鈍化したことを、刑法37条のいう「緊急避難」の要件としうるかどうかは、判断が分かれて当然だろう。すくなくとも政府が「緊急避難」の理由として挙げた「電子コミック市場の売り上げが激減」という文言は誤りである。

こうした政府とコンテンツ業界からの圧力に対して、通信事業者側は一斉に強く反発した。インターネット接続事業者(ISP)の業界団体である、一般社団法人 日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)は、政府の発表に先立つ12日、「海賊版サイトへの対策として政府がブロッキング(接続遮断)を要請することについて」という声明を発表し、政府がそのような「要請」をしないよう強く求めていた(13日に政府が発表した対策が「要請」から「自主的な対応を促す」にトーンダウンしたのは、この声明の影響があるかもしれない)。

そうしたなかで、通信事業者最大手のNTTグループが、4月23日になって「インターネット上の海賊版サイトに対するブロッキングの実施について」を発表したことには驚かされた。

NTTコミュニケーションズ株式会社、株式会社NTTドコモ、株式会社NTTぷららの3社は、サイトブロッキングに関する法制度が整備されるまでの短期的な緊急措置として、海賊版3サイトに対してブロッキングを行うこととし、準備が整い次第実施します。

しかしこれは「短期的な緊急措置」という文言からもあきらかなとおり、刑法37条のいう「緊急避難」の要件を勘違いしており、実施されれば憲法違反との司法判断が下る可能性がある。政府の緊急対策はこのような大きな勘違いを生みかねないほど拙速かつ、根拠薄弱なものだった。

紙から電子への「付け替え」の成功ゆえに

なぜ、このような混乱を招きかねない対策が、この時期に「緊急」になされなければならなかったのか。そして大手出版社は、なぜ自らの存在意義(「表現の自由」)を放棄するかのような緊急声明を相次いで行ったのか。あらためて出版界側の事情を考えてみたい。

そもそも日本の「出版業界」は一枚岩ではない。3500社程度あるとされる出版社のなかには、雑誌出版社もあれば書籍出版社もある。いわゆる「一人出版社」もあれば従業員が千人に迫るところもある(講談社は2018年4月時点で924人)。

この業界が極端なピラミッド構造を形成していることはよく知られており、その頂点をなすのは講談社・集英社・小学館(いわゆる音羽・一橋)をはじめとするマンガ雑誌を発行する出版社である。日本の津々浦々にある1万店を超える書店は、これらの大手出版社が発行するマンガ雑誌やマンガ単行本(コミックス)の販売端末として整備されてきたといっても過言ではない。

大手出版社がここ数年、積極的に取り組んできた電子マンガ事業は、紙の雑誌やコミックスを前提としてきた従来の出版流通システムを、インターネット上に付け替えようとする一大プロジェクトだったといえる。東日本大震災後に行われた「コンテンツ緊急電子化事業」で電子化されたコンテンツの多くがマンガだったことも、こうした「付け替え」への意欲を強く感じさせるものだった(そしてここでも「緊急」という言葉が恣意的に使われた)。

つまりいま、日本の出版業界はその流通システムを、電子マンガを軸に大きく変更しようとしている最中なのだ。マンガ単行本(コミックス)における紙とデジタルの比率の逆転が示すとおり、その「付け替え」はきわめて上首尾に推移してきた。あまりにも成功しすぎたと言っていいかもしれない。

それほどまでに急いでデジタルシフトを進めている矢先に、降ってわいたように起きた「漫画村」をはじめとする海賊サイトの台頭は、大手出版社の立場からすれば、もっとも望ましくないものだった。売上減ではなく「伸び率の鈍化」であっても、彼らにとっては生死を分けるほどの出来事だったのだ。

出版界全体で考えても、ことはマンガの問題にとどまらない。大手出版社の経営が電子マンガの成功いかんにかかっているだけでなく、書店や取次といった流通システムの再編も電子マンガの今後にかかっているからだ。

マンガ雑誌やマンガ単行本(コミックス)といった巨大部数の商品が流通する機会が減れば、当然、それらに依存してきた中小書店の経営は悪化する。「マンガの隙間に書籍を乗せて運ぶ」といわれてきた、書籍流通の自立という課題も浮上するだろう。

もちろんこれは海賊サイトが存在せず、正規版の電子マンガがいっそう普及した場合でも起きうることだ。そのとき大手出版社が書店や取次に対してどのような対処を考えているのかは想像するしかないが、海賊版サイトによって電子マンガの普及が阻害されることは考え難くく、むしろ書店の衰亡は助長されるだろう。その意味では「漫画村」のような海賊版サイトへの読者の流出は、たしかに出版界全体を揺るがす大事件なのだ。

中小出版社も交えた議論を

それにしても――である。繰り返すが、憲法第21条は「通信の秘密」を守ることだけでなく、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を定めたものだ。検閲は通信に対してだけでなく、もちろん出版物に対しても許されない。出版をはじめとする「表現」と、「通信」とはそもそも表裏一体の関係にあるし、いわゆる「電子書籍」の普及以後は、これまで以上に不可分の関係になりつつある。

したがって出版産業の今後を長期的に考える上で、通信事業者をはじめとするウェブやネットの専門家と出版業界のコラボレーションは欠かせない。にもかかわらず、ブロッキングという問題に対する、通信事業者と出版事業社との間の温度差がこれほど埋まらないことに、私は絶望的な思いがする。

経営の根幹をなす電子マンガの売上の短期的な「伸び率の鈍化」に慌てて政府を動かし、憲法違反直前まで突き進んでしまった出版業界は、マンガ雑誌やコミックスを出版していない中小の文芸系・学術系・ビジネス系などの出版社もまじえて、この問題をあらためてもういちど議論すべきではないか。

公共図書館における新刊本の貸出問題や、グーグルのBookSearch、さらには民間業者による「自炊」代行をめぐってあれほど熱心に議論した文芸系の老舗出版社が、今回の緊急ブロッキング問題について何もコメントしていないことも気にかかる。「漫画村」にはマンガだけでなく、小説や実用書のコンテンツも掲載されていた。そうした本を出す出版社にとっても、決して他人事ではないはずだ。

さいわい、いま「漫画村」は休止状態にある。しかし、「ネット上でなるべく安く簡便に本を読みたい」という読者のニーズに答える合法サービスは、いまだに供給が十分でない。「表現の自由」という出版の根幹を守りつつ、そうしたサービスを出版界がみずから生み出していけるのか、それとも政府の力にすがって憲法違反のおそれのある流れに棹さすだけで終わるのか。出版界はいま、本当の岐路に立たされている。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。