コミュニティ(Ours)の編集とデザイン

2018年4月2日
posted by 仲俣暁生

クラウドファンディングによる出版プロジェクトが進められていた、故・渡辺保史さんの遺稿集『Designing Ours:「自分たち事」のデザイン』がようやく完成し、先週末に私の手元にも本が届いた。この本は2011年から2012年にかけて渡辺さんが執筆していた単行本用の未定稿を編集し、事前予約制により限定出版したもので、一般向けに市販されることはないという。そこで渡辺さんと多少なりともご縁があった者として、この本に込められた故人の思いを受け止めつつ、自分なりの感想を綴ってみたい。

「情報」のデザインと編集

渡辺保史さんは、「情報デザイン」という言葉を自身の活動の中心に置いていた研究者/教育者である。最初に渡辺さんとお会いしたのは、彼がフリーランスのライターとして活動をしていた頃で、私は1990年代に刊行されていた最初の「ワイアード日本版」(現インフォバーンの小林弘人氏が編集長)の編集部にいた。

その後、私は「本とコンピュータ」という出版プロジェクトに参加し、同誌のオンライン版編集長という役割をまかされた。その頃に、渡辺さんも深く関わっていた「ビジョンプラス7」という情報デザインの国際会議にも招いていただいた。当時のウェブサイトで確認すると、私は「オンライン雑誌編集の現場から」という題で講演をしている。

渡辺さんはその後、郷里の函館に戻り、公立はこだて未来大学を活躍の場所とするようになった。そのことは私も知っており、2001年に出た『情報デザイン入門――インターネット時代の表現術』(平凡社新書)も読んだが、直接のやりとりは途絶えていた。交流が復活したのは、東日本大震災後の2012年のことだった。私はこの「マガジン航」を創刊して3年目だったが、このサイトに気づいた彼のほうから連絡をしてくれたのだった。

渡辺さんは仕事の場が北海道大学に移ったことで札幌に居を移しており、そこで知り合った堀直人さん(NPO法人北海道冒険芸術出版代表理事、現在は江別市議。本誌にこの記事を寄稿)を私に紹介してくれた。堀さんは北海道で「地域を編集する」という考えのもと、非営利団体による出版活動をしていた若者で、「札幌ブックフェス2012」の一環として企画したトークイベントの登壇者として私を招いてくれた。このイベントは「これからを「つなぐ」ものたちへ 〜創発する場と本とメディアたち、編集の可能性〜」として行われ、渡辺さんはこのとき私の話の聞き手役をつとめてくださった。

渡辺さんとご一緒した二度の催しのことをあらためて思い起こすと、本や雑誌の「編集」という行為をより広い意味へと拡張するよう促されていたことがわかる。「情報デザイン」という言葉は、そのためのフックだったのではないか。

その後も渡辺さんが東京に来られるたびに、なんどかお会いする機会があった。そのとき彼は、今回本のかたちにまとまった、『情報デザイン入門』の次の自著の予定を話していた。「自分たち事」という言葉も、そのときにはすでに伺っていたように思う。だから2013年6月に志なかばにして彼が急逝したのは、本当に残念だった。これからもっともっと、いろんな仕事を一緒にできるものと思っていたのである。

メディア+コミュニティ=情報デザイン

ところで、「情報デザイン」という渡辺さんのキーワードは、必ずしもわかりやすいものではない。『情報デザイン入門』の副題にあるとおり、インターネット時代におけるウェブのデザインのあり方を入り口に、その先にあるコミュニティ(ハワード・ラインゴールドのいう「ヴァーチャル・コミュニティ」)までを視野におさめた言葉だが、いまなら「コミュニティデザイン」と表現したほうが、彼がやろうとしていることは分かりやすいかもしれない。

笑い話のようだが、多摩美術大学には「情報デザイン学科」があるのに対して、武蔵野美術大学には「デザイン情報学科」がある。カレーライスとライスカレーの違いと同じくらい両者の違いはわかりにくいのだが、これも不思議な縁で、私は武蔵野美術大学のデザイン情報学科で十年以上、非常勤講師として書物論を教えている。そんな私が、渡辺さんのしてきた仕事の意味を深く理解するようになったのは、東日本大震災以後のことだった。

武蔵野美術大学では、紙の印刷物を前提に考えられてきた本の諸制度(さまざまな種類の書物、書店、図書館など)が、デジタルネットワーク時代にどのように組み代わるのかを主に考えてきた。東日本大震災後はそこに(広義の)「コミュニティ」という軸が明確に加わった。「コミュニティ=Ours(自分たち)」の「情報」をデザインすること、と整理すればいいだろうか。

私自身の関心も、この頃から「紙のメディアが電子化する(=情報化する)」という移行プロセスより、その移行がすでにかなり進み大きく変化してしまった社会のなかで、(紙、電子を問わず)メディアはどのような役割をはたすべきか、ということへ向かうようになった。日本各地で発行されているローカルメディアへの関心もそこから来ている。

そのときのメディアとは、本や雑誌、あるいは通信/放送のようなメディア媒体に限られない。たとえば図書館や書店、あるいはカフェやコワーキングスペースのような場所も一種のメディアである。いや、むしろ今後はそれらの場所こそ、ネット環境と共存しつつ、メディアとしての役割を大きく担うようになるのではないか。そうした問題意識が自分のなかで強くなってきたのだ。

サードプレイスを「場所」から「関係」へひらく

今回の遺稿集『Designing Ours:「自分たち事」のデザイン』には、オルデンバーグの有名な「サードプレイス」という概念が出てくる。家庭とも職場ともことなる、インフォーマルで開かれた場としてのサードプレイスへの期待は、日本でも高まりつつある。しかし、さらに重要なのは物理的な「場」としてのサードプレイスではなく、そこにおける人間関係のネットワークのほうだろう。

「自分たち事」をデザインするとは、企業とも家族ともことなる論理で動く人の集まりやネットワークが、次の時代を動かす実質的な力になるという確信のもと、その力を引き出すための中心的な方法論を表現したものだ、と私は理解した。

私自身もフリーランスの編集者として仕事をするかたわら、ここ数年の間に、いくつかの組織や団体とプロジェクトを行う機会が増えてきた。そのときの主体やパートナーは出版社や大学の場合もあれば、書店や図書館の場合もある。一般企業の場合もあれば、NPO法人や学会の場合もある。町内の商店会や、まったくの手弁当で個人がはじめた小さなプロジェクトの場合もある。以前は明確にイメージできなかった「コミュニティを編集する」とか「地域を編集する」といったことが、すでに自分の仕事の大きな部分を占めていることにあらためて気付かされた。

こうしたケースでは、「編集」という仕事の役割が渡辺さんのいう「自分たち事」のデザインとかぎりなく接近していく。肝腎なのは、プロジェクトにかかわる各メンバーが立場の相違を超えて、そのプロジェクトを「自分たち事」としてとらえられるようにすることであり、そのためのファシリテーションであることを、私自身もこれらの経験を通して理解していったのだった。

もちろん、こんなことは渡辺保史さんにはとっくにわかっていただったろう。ようやくここまでたどり着いた私は、渡辺さんともっと、その先について話をしてみたかった。今回出版された『Designing Ours:「自分たち事」のデザイン』という本には、未完で残された章がいくつか残されている。その空白を埋めるのは、彼の仕事に多くの刺激を受けた私たちの仕事(Ours)である。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。