プロダクト・デザインとインダストリアル・デザイン
まずは図書館のプロダクト・デザインから始めたいと思う。その言葉自体は意識されていないとしても、図書館におけるデザインでもっとも身近に感じられるのがプロダクト・デザインではないだろうか。それは図書館用品として、図書館に関わる皆さんが日常的に触れているデザインだ。この「触れている」という側面が、プロダクト・デザインの特性を強く特徴づけるものになっているのだが、それについては後述する。
図書館のプロダクト・デザイン、図書館用品のデザインについて書くまえに、デザインを考えるための基礎知識として「プロダクト・デザイン」と「インダストリアル・デザイン」という言葉について、その違いを含めて説明したい。
『最新 現代デザイン事典』(平凡社、2017年)の中で、それぞれの言葉の来歴を以下のように書いている。
「インダストリアル・デザイン(ID)は、第二次世界大戦後、アメリカから輸入された概念であるが、貿易振興、企業活動を支える要素の濃いところから出発した。当時、産業デザインあるいは工業デザインと訳され、産業発展を対象とするモノのデザインを中心とした企業寄りのものであった」
「プロダクト・デザイン(PD)は、広義にはインテリア、インダストリアル、クラフト等を含む「モノ系のデザイン」、狭義には工業デザイン、インダストリアル・デザインと同義に使われるが、高度工業化社会、あるいは脱工業化社会でデザイン領域が拡大してより生活者寄りになり、技術論のみではなく、文化の視点が重視されるようになっている」
このように同じプロダクト・デザインと言っても狭義で使われる場合と、広義で使われる場合がある。狭義に読むか、広義に読むかでプロダクト・デザインの論じられ方は異なるのだ。
序論「図書館におけるデザインとは何か?」にも書いたが、デザインにおけるカテゴリーに着目してもこのように「あいまいさ」がつきまとう。そしてデザインのあいまいさやわかりにくさはデザインの本質であり、武器であるとは言ったものの、それだけではデザインの理解には向かわないので、各論においては、それぞれにおけるデザインの概念をどのようにとらえていくのかを(厳密ではないが)示していく。本稿で書くプロダクト・デザインとは、「生産されたモノ(製品)のデザイン」という程度のゆるやかなカテゴリーであるとして、以降の議論を進めていきたい。
図書館グッズというノスタルジア
毎年秋に開催される図書館総合展。キハラ株式会社(以下、キハラ)のブースは、いつも多くの図書館関係者を集める。特に初日は多くの人で賑わうのだが、訪れる人の目的はブースで販売される図書館グッズであったりする。
図書館関係者には説明するまでもないが、それ以外の読者のためにキハラ株式会社について簡単に説明する。キハラは1914年、製本や帳簿などの紙加工を業として、神田神保町で創業した。それから数年後には、製本だけでなく図書カード(目録カード)やカードケースなどの製造販売を始めている。戦後になると、図書館需要の増加にともなって取り扱う製品も広がり、書架、雑誌架、新聞架、閲覧机、閲覧椅子、カウンター、ブックトラックなどの図書館家具、ラベル、ブックカバーフィルム、展示用品との図書館用品、検索システムやICソリューションなどの図書館システムまで、現在では図書館に関するものをトータルで扱うようになっている。
そのキハラが図書館総合展のブースで、現在は図書館で使われていないものであったり、古くから変わらず使われているものをグッズにして販売するのだ。たとえば図書館カードや「禁帯出」といった図書館シール、缶バッチ、マグネット、図書館ラベル、マスキングテープ、クリアファイルなどの図書館グッズ(下の写真)を販売するのだが、古いモノへの懐かしさや憧憬から、いまでも愛着を感じるファンは多く、図書館総合展が近づくとFacebook上では、会場に行くことができない人から図書館仲間に向けて「私の分も買っておいて!」といったお願い投稿を見ることもある。
かつては実用品として現場で使われていた図書館用品が図書館グッズとなり、そこに図書館を愛する人々の懐かしさや愛着といったまなざしが向けられる。この懐かしさや愛着はノスタルジアの一種である。図書館というやさしい光に包まれていた記憶。記号としてのノスタルジア――。
キハラは一方で、日本図書館協会と協力して歴史的図書館用品の調査・収集・保存を2004年から行っている。このプロジェクトは「図書館の発展史上参考となる用品、家具、機器などを調査し保存する事業」であり、図書館発展史を紐解くうえでも重要な事業だといえる。
しかし図書館グッズというノスタルジアは、歴史とは大きく矛盾したものである。「歴史」は、時間の流れの中でできるだけ客観的事実に接近しようという営みであるのに対して、「ノスタルジア」は、時間の流れからは切断された気持ちのよい世界に留まる態度だといえる。人とモノの関係は、人とモノとの相互作用(インタラクション)によって培われていくものだが、記号としてのノスタルジアは、人とモノの関係から、相互に影響し合う動的な関係性の部分を除外していく。
ノスタルジア自体は、ファッション・デザインを始めどこにでもあるものだが、とりわけ図書館における人とモノの関係やモノのデザインについて考えるとき、ノスタルジアによって切り取られた気持ちのよい世界が大きく占めているように感じるのだ。図書館におけるプロダクト・デザインの批評が存在しない理由のひとつがここにある。
キャラクター化するブックトラック
図書館グッズとは別に、図書館用品にはさまざまなモノがあるが、その中でもっとも身近なのがブックトラックだろう。ブックトラックとは、本を運ぶのに使うキャスター付きのカートのことで、重い本の移動が頻繁に行われる図書館の中では、必要不可欠なプロダクトである。構造は、スチールのフレームに棚板と側板の構成でできており、それにキャスターを付けたシンプルなものである。現在、多くの図書館で活躍しているブックトラックはスチール製が大半だが、かつては木製であった。天童木工や伊藤伊はいまでも木製のものを主に製造しており、キハラでも一部が木製のものを扱っている。
私は2014年に東京大学附属図書館の展示デザイン『「知」が創る「平和」 藤原帰一と見る世界』を行ったのだが、その際にキハラから倉庫に眠っていた木製ブックトラックを提供していただいた。この古い木製ブックトラックは頑強さにおいては決してスチール製に負けておらず、いまでも充分に通用するものであった(キャスターはさすがに古かったので走行性においては厳しかったが)。
ブックトラックの構造はシンプルだが、図書館の現場における用途は多様で、本を運ぶためのカートとしての機能だけではなく、作業台や返却台として使用したり、展示用の棚として利用したりすることもある。ブックトラックは図書館で働く人々の「行為」を通じて本と書架をつなぐものであり、図書館で働く人々と利用者をつなぐものであるとも言える。そこでこのブックトラックをプロダクト(製品)としての評価方法という観点から考えてみたい。
ここでは山岡俊樹著『論理的思考によるデザイン ─ 造形工学の基本と実践』(BNN、2012年)の「製品の簡易評価方法」を参考にする。
製品は「有用性」「利便性」「魅力性」の三つの構成要素から評価が行われる。「有用性」は製品の機能面や生産面、価格面、耐久性などを、「利便性」はわかりやすさや操作性、安心感、ユニバーサルデザインなどを、そして「魅力性」は美しさや新規性、雰囲気、色彩・形状などをそれぞれ指す。以下に、ブックトラックにおける三つの構成要素に関わる項目を挙げてみる。
各メーカーのブックトラックをこれらの項目で比較したときに、1の有用性についてはほとんど大差がないと思われる。2の利便性については、キハラの電動パワーアシストブックトラック《ブンブン6》のような操作性に特化したものが一部あるのだが、価格面から簡単には導入できない。そうすると利便性についてもあまり差はつかない。それぞれの製品で利便性における違いはあるのかもしれないが、その差はほとんど伝わってはこない。
3の魅力性についてはどうか。ブックトラックの中でグッドデザイン賞を受賞したものがあるのをご存知だろうか。それはイトーキの《ブックトラックAT》で、2014年度のグッドデザイン賞を受賞している。
大八車を参考にしたという中央の大径車輪により、操作性と旋回性の向上を実現したということだが、それ以上にフラットパネルをベースにした本体部と大径車輪の組み合わせが印象的な、意匠性の高い製品となっている。この《ブックトラックAT》はほかのスチール製ブックトラックと比べて価格面ではさほど開きはなく、利便性と魅力性においては他製品との差異化ができていると思うのだが、図書館の現場で見たことはない(私の訪問した図書館の数が単に少ないだけということでもあるが)。
サイズや色の違いはあれ、メーカーによる差がさほど大きくはないスチール製のブックトラックが占める中、目立っているのが、くまモンやむすび丸などのキャラクターのブックトラックである。これはスチール製ブックトラックの両側板にオリジナルデザインのグラフィックシートを貼って、ほかにはないオリジナルブックトラックをつくることができる《ブックトラックプラス》というキハラのサービスだ。これらのキャラクター付きブックトラックは図書館の現場だけでなく、図書館総合展などのイベント会場でも活用されている(ARGも毎年ブース展示に使っている)。
地域のゆるキャラや、図書館のマスコットキャラクターによって癒しや愛着を感じるという部分も多少あるとは思うが、実はくまモンたちは単なる媒介に過ぎず、ここに現れているのはブックトラックそのもののキャラクター化である(キハラからブックトラック型のUSBメモリーが発売されたこと、それが図書館関係者に大人気であったこともブックトラックのキャラクター化の流れの一例だと言える)。そして、ブックトラックというキャラクターと過ごした時間が長いほど思い入れが強くなり、キャラクター=ブックトラックへの愛着の感情が増していく。
前項で書いた「図書館グッズのノスタルジア」と「ブックトラックのキャラクター化」は、モノから膨らむイメージが、好意的な「ネットワーク」(次頁で説明する)を形成するという意味において極めて近い現象だと言える。これ自体は図書館のプロダクト・デザインの状況を考えるうえで重要なひとつの側面であることに間違いはないが、一方でノスタルジアやキャラクター化によって除外される、人とモノの相互関係という側面について、私たちはいま取り戻す必要がある。
ネットワークをデザインする
「製品の簡易評価方法」に照らし合わせて考えてみると、図書館グッズのノスタルジアやブックトラックのキャラクター化は、「魅力性」という構成要素の中の「ストーリー(キャラクター)」というひとつの項目についての話に過ぎない。繰り返しになるが、これ自体は大変興味深い事象であり、これも図書館における「プロダクト・デザイン」を考えていくうえでは欠かせない視点である。ここではそれとは別の側面である、人とモノとの相互作用について考えてみたい。
人とモノの関係については、1980年代以降、人類学や社会学およびその周辺で研究が進んできた。背景としてあったのは、これまでの人間中心的な世界観への疑問であった。人間が主体としてモノの意味を付与するということだけではなく、モノが人の感情や行為を引き出すこともある。ここには主従関係やどちらが先といった観点はなく、まず関係があって個々の存在がある。これらの互いに影響をおよばし合う存在を、人やモノや自然も含めてアクターと呼ぶ。アクター同士が結ぶ関係=ネットワークがアクターそのものを変化させ、アクターは相互作用の中でネットワークを構成していく。これをフランスの社会学者ブルーノ・ラトゥールによるアクター・ネットワーク理論と言う。
私はプロダクト・デザインにおける方法として、このアクター・ネットワーク理論がヒントになるのではないかと考えている。モノをデザインするのではなく、人の体験をデザインするのでもなく、たとえば、ブックトラックのプロダクト・デザインを考えるときに、ブックトラックを通して相互に働きかけを行うすべての人やモノからなる関係性をデザインするとは、どういうことなのか。どういうことをすれば関係性をデザインできるのか。
たとえば、フラッシュアイデアだが、製品開発におけるフロー(市場調査/企画/資金調達/設計/製造/流通/販売)にアジャイル的な開発手法「アジャイル・マニュファチャリング」や参加型製品開発などを適時組み込みつつ再構成する、ということが考えられる。より具体的には、ブックトラックにシングルボードコンピュータを取り付けてIoT(Internet of Things モノのインターネット)のハブにすることで、関係性のデザインへの第一歩になる。図書館で働く人や利用者などのヒトはもちろん、本を中心としたさまざまなモノもブックトラックに集まってはまた離れていく。そしてブックトラック自体も図書館内の至るところへ動いていき、人の感情や行為に働きかけていく。
ケヴィン・ケリーが『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』(NHK出版、2016年)で書いたテクノロジーがもつ本質的な力は、ブックトラックがハブとなるアクター・ネットワークの中でも作用する。アクセシング(接続していく)し、トラッキング(追跡していく)し、コグニファイング(認知化していく)し、インタラクティング(相互作用していく)し、ビギニング(始まっていく)する。これらの作用がもたらす変化によって動的ネットワークをデザインすることができるかもしれない。
アクター・ネットワーク理論による人とモノの関係をとらえ直すということは、プロダクト・デザインという枠の中だけのことではなく、あらゆるデザインに関わることであると同時に、これまでのデザインのカテゴリーや区分を無効化するということでもある。そのとき、人にもモノにももっとも近いプロダクトのデザインが、図書館においては「ノスタルジア」と「キャラクター化」によって閉じてしまっているという状況があり、プロダクトから考えるべきだと思っている。図書館のデザインの変革はブックトラックから始まる。
(次回「地域デザイン」の章につづく)
【参考文献】
勝井三雄・田中一光・向井周太郎 監修『最新 現代デザイン事典』(平凡社、2017年)
山岡俊樹『論理的思考によるデザイン 造形工学の基本と実践』(BNN、2012年)
廣瀨涼「キャラクター消費とノスタルジア・マーケティング ~第三の消費文化論の視点から~」(『商学集志』第86巻第1号、2016年)
ブルーノ・ラトゥール『科学がつくられているとき――人類学的考察』(川崎勝・高田紀代志 訳、産業図書、1999年)
ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』(服部桂 訳、NHK出版、2016年)
執筆者紹介
- デザイナー/ディレクター。1966年生まれ。アカデミック・リソース・ガイドデザイナー。明治学院大学文学部芸術学科非常勤講師「デジタルアート論」。1998年、デザインチーム・mattを立ち上げ、商業施設、公共施設、イベントなどの企画・設計・デザイン業務を行う。主なプロジェクトとして、「カフェOFFICE」「BIT THINGS」「d-labo」「文化庁メディア芸術祭」など。2014年より、アカデミック・リソース・ガイド株式会社のデザイナーとして新しい文化施設づくりや地域のデザインにあたる。
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