ZINEの生態系とローカリティ

2017年12月1日
posted by 仲俣暁生

小規模の印刷出版物にはさまざまな呼び方がある。小冊子やパンフレットといった一般的な言い方のほかに、「ミニコミ」「同人誌」「タウン誌」「リトルマガジン」「リトルプレス」「インディーズ・マガジン」「ジン」などが挙げられるが、和製英語も含むそれぞれには特定の歴史的文脈があり、どう呼ぶかで作り手の意識までがわかったりもする。

出版の「正史」の外で綴られ、編まれ、そして読まれてきた、こうした小規模出版物の歴史をまとめた本がこの秋、あいついで刊行された。ひとつは雑誌「アイデア」での連載をまとめた、ばるぼら・野中モモ編著『日本のZINEについて知っていることすべて〜同人誌、ミニコミ、リトルプレス 自主制作出版史1960-2010年代』(誠文堂新光社)で、もうひとつは南陀楼綾繁『編む人〜ちいさな本から生まれたもの』(ビレッジプレス)だ。こちらは「彷書月刊」「雲遊天下」といった、それ自体が「小規模出版物」であるような雑誌に掲載されたインタビュー、各種トークイベントの際の対話をまとめたものだ。

前者は自主制作出版物の膨大なコレクションに、編著者による時代ごとの解説対談と、20人にのぼるキーパーソンたちへのインタビューを加えた大判のグラフィカルな本。後者はそのような出版物の作り手=「編む人」たちへのインタビューをまとめた小さな本――見た目は対照的だけれど、底に流れているものは同じだ。前者の編著者のひとりである野中モモさんが序文で書いているとおり、それは「誰にも頼まれていないけど自分が作りたいから作る自主的な出版物」への敬意と愛情、そして心からのエールである。

ZINEの「生態系」を支えてきたもの

「自主的な出版物」に対するさまざまな呼び方のなかから、『日本のZINEについて知っていることすべて』の編著者たちは、あえて「ジン(ZINE)」を選んでいる。magazineの後半を切り取ったこの言い方は日本では最近よく使われるようになったが、英語の表現としての歴史はかなり古い。ただし、日本では「ミニコミ」や「同人誌」といった言葉が独特のニュアンスやバイアスを背負っているため、ZINEという目新しい言葉をニュートラルな意味で使うのはいいかもしれない。そこで以下ではしばらく、同人誌もミニコミもインディーズ・マガジンも含めて、あえてZINEと呼ぶことにしよう。

この本に取り上げられているZINEのバリエーションたるや、目も眩むほどと言っていい。安保闘争やベトナム反戦運動にかかわる政治性の強いニュースレターやパンフレットがあるかと思えば、文芸やマンガなど創作・批評系のZINEの系譜も時代ごとに丹念に追われている。ウーマンリブやエコロジーなど新しい市民運動を支えたZINE、フォークや歌謡曲、パンクやモッズなど音楽系のZINE、アートやデザイン、カフェカルチャー系のZINE、「タウン誌」とも呼ばれた特定の街や地域に根ざしたZINE、そしてとくにテーマのない日常雑感的なZINEまで、現存するものから儚くも消えた多種多様な「誰にも頼まれていないけど自分が作りたいから作る自主的な出版物」が、これでもかというほどスクラップされている(私自身が編集や寄稿で関わったものもいくつか見つかったのはうれしかった)。

誌面を埋め尽くす各時代のさまざまなZINEは、まさに「つらがまえ」とでもいうべき個性的な顔立ちをしている。それらの表紙図版を見るだけでも、この本は十分に楽しめる。さらにこの本の価値は、こうしたZINEの生態系を作り上げてきた20人のキーパーソンに、しっかりしたインタビューを行っているところにある。

掲載順にその名(敬称略)を挙げると、田村紀雄(社会学博士)、志村章子(ガリ版研究者)、斎藤次郎(教育評論家)、中西豊子(ウィメンズ アクション ネットワーク理事)、村上知彦(まんが評論家・編集者)、黒田マナブ(音楽プロデューサー)、渡部美菜子(「HERE TODAY」創刊編集長)、岡村みどり(作曲家・編曲家)、中山亜弓(タコシェ)、荒武聡(SHOP33/next33)、北沢夏音(ライター・編集者)、甲斐みのり(文筆家)、池田弥生(「Catch that Beat!」主宰)、成田圭祐(Irregular Rhythm Asylum主宰)、堀部篤史(誠光社)、今日マチ子(漫画家)、望月倫彦(文学フリマ)、レトロ印刷JAM(印刷会社)、MON(イラストレーター)、中村公彦(コミティア実行委員会代表)。

こうしてみると錚々たる顔ぶれというよりも、なんとまあ多種多様な人たちがZINEの世界にはいるものだ、との感慨に打たれる。書き手・描き手や編集者・プロデューサーだけでなく、書店をはじめとするショップや場所、即売会などの各種イベントや運動体、そして小規模出版物に機敏に対応する印刷の仕組みや技術によって、ZINEの「生態系」は支えられてきた。そのことを明らかにしてくれるこのインタビュー部分だけでも、独立した本になりうるほど充実している。

ばるぼら・野中モモ編著『日本のZINEについて知っていることすべて〜同人誌、ミニコミ、リトルプレス 自主制作出版史1960-2010年代』(誠文堂新光社)

「ちいさな本」を編んだ人と地域

『編む人』の著者である南陀楼綾繁さんとは、1997年から2005年まで「季刊・本とコンピュータ」という雑誌の編集部で一緒に仕事をした。その頃から日本中の「ミニコミ」(先の本でZINEと呼んでいるものとおおよそ重なる)の状況に詳しく、1999年には串間努さんと『ミニコミ魂』(晶文社)という本を出版している。その後は東京都内の谷中・根津・千駄木エリア(いわゆる「谷根千」)で「不忍ブックストリート」という活動を長く続けており、ここからはじまった「一箱古本市」というイベントのしくみは、いまでは日本中のさまざまな町で開催され、2016年には彼が編集発行人を務める「ヒトハコ」発行・ 書肆ヒトハコ、発売・ビレッジプレス )という雑誌も創刊された。

南陀楼さんは「ちいさな本」(ミニコミやZINE)の熱心な読者として、そして「一箱古本市」のオーガナイザーとして、日本中のさまざまなコミュニティを訪れ、その地の人々と交流してきた。『編む人』に登場する以下の人たち(敬称略)との出会いも、おもにそうした地道な足どりのなかで生まれたようだ。

小西昌幸(「ハードスタッフ」編集発行人)、竹熊健太郎(編集者、フリーライター。「コミック・マヴォ」「電脳マヴォ」主宰)、堀内恭(「入谷コピー文庫」)、村元武(元「プレイガイドジャーナル」発行人。現在ビレッジプレス代表)、大竹昭子(作家、「カタリココ」)、本間武彦(元「新宿プレイマップ」編集長)、牧野伊三夫(画家。「雲のうえ」制作スタッフ、「飛騨」編集委員)、小林弘希(エイチ ケイ コネクション代表、「Life-mag」)、山崎範子(元「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」編集者)。

ここにはプロの作家や編集者もいれば、地方公務員や企業経営者もいる。毎号わずか15部から30部しか印刷しない超ミニメディアもあれば、号と号のあいだが15年も開いてしまった超スローペースの雑誌もある。発行元が個人や小集団のものもあれば、企業や自治体であるものもある。でも、これらの「ちいさな本」には次のような共通点がある、と南陀楼さんはこの本の「はじめに」で書いている。

本人がどれだけ意識していたかは別にして、彼らがつくった本や雑誌は、つくり手と読者のあいだに小さな共同体をつくったということだ。そこから、次の世代のつくり手が生まれ、また、出版から離れた分野にも影響を及ぼした。

ところで、南陀楼さんのいう〈つくり手と読者のちいさな「共同体」〉と、これらの本や雑誌がつくられた場所や地域とはどこまで関係があるだろう。

小西さんは「ハードスタッフ」を名古屋で創刊。徳島県北島町に移住した後は町立図書館の企画広報でも活躍した。村元さんは「プレイガイドジャーナル」や「雲遊天下」といった雑誌を大阪で創刊した(いまは東京に仕事場を移している)。牧野さんの手がける雑誌は北九州(福岡)と飛騨(岐阜)でそれぞれ発行、小林さんの「Life-mag」がとりあげるのは地元・新潟県の人と文化だ。東京発のものも「新宿」や「谷根千」「入谷」といった場所とのかかわりから生まれており、その意味では「ローカル」な活動だともいえる。地域(ないしその他のコミュニティ)との、なんらかのつながりのなかでこそ、ZINEやミニコミとよばれる「ちいさな」出版物はしっかりと根付くのではないか。

南陀楼綾繁『編む人〜ちいさな本から生まれたもの』(ビレッジプレス)

ローカリティなき電子メディアの心もとなさ

『日本のZINEについて知っていることすべて』に登場するタコシェの中山亜弓さんや誠光社の堀部篤史さんには、「マガジン航」でも寄稿やインタビューをお願いしたことがある。『編む人』に登場する竹熊健太郎さんの「電脳マヴォ」については、中野晴行さんの連載〈ネオ・マンガ産業論〉で丁寧に紹介していただいた。これらの記事を読むとわかるように、彼らの活動はリアルな場所や紙の上だけでなく、ネットにも広がっている。こうしてみると、「誰にも頼まれていないけど自分が作りたいから作る」という初発の気持ちにおいて、電子メディアとミニコミやZINEのような印刷メディアとの間に大きな差はない。

ただし、具体的な場所や地域とのつながりという点では、電子メディアには心もとなさがある。人とのつながりにおいてもそれは同様だ。そうした「ローカリティ(局所性)」、言い換えるなら「つくり手と読者のあいだ」の「小さな共同体」なしに、メディアは果たして存在しうるのか。いわゆるマスメディア的な出版物としての「雑誌」は、いまや解体しつつある。そのなかで、この大きな問いに答えを出すことは簡単なことではない。

いまZINEやミニコミといった紙メディアのもつ力、その際にローカリティがもつ力について、過去の試みを参照しつつ考えることは、たんなるノスタルジーではない。このふたつの魅力的な本を道案内として「自主制作出版」の歴史をひもとくことには、とても大きな意味があると私は思う。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。