ネット投稿小説サイトはIT企業が運営するもの――そんな状況に一石を投じたのがKADOKAWAが2016年3月に正式オープンさせた「カクヨム」だ。株式会社はてなと組み、出版社自らネット投稿小説サイト運営に乗り出したその狙いはどこにあるのか? 商業出版とのシナジーや今後の展望などを、編集長の河野葉月氏に伺った。
出版社がウェブ小説を意識する理由
――「カクヨム」の現状を教えてください。
河野:まもなく会員登録ユーザー数は16万人となります。オープン以来ゆっくりとした成長が続いていたのですが、(株)はてなの協力も得ながら使い勝手や機能の向上を図ってきました。「第2回カクヨムWeb小説コンテスト」を行った2016年12月からはその伸びが増しています。
――投稿には会員登録が必要ですが、作品を読むだけであれば登録は不要ですね?
河野:そうです。サイト利用者はもっと多いですね。MAU(月間アクティブユーザー数)は約100万人で、投稿され現在も公開されている作品数は約6万タイトルです。複数の作品を投稿されている方もおられますが、単純計算すると約3分の1の会員の方が作品を投稿されていることになります。
――サービス開始当初より、「カクヨム」のビジネスモデルに関心がありました。「小説家になろう」の場合は広告モデル、「エブリスタ」や「comico」は単行本化などの二次展開から、とさまざまですが、「カクヨム」の場合は?
河野:他社と同じく二次展開から収益を得る形ですが、「カクヨム」単体では収益を得る仕組みにはなっていません。昨年は54作品が書籍化されていますが、各編集部がカクヨムの投稿作品を書籍化して、そこから収益を得る仕組みになっています。
――電撃文庫が主催する電撃大賞など、KADOKAWAには他にも小説作品が集まってくる機会、いわゆる「プラットフォーム」があります。その中でネット投稿小説という分野に進出し、投資を続けている理由は?
河野:KADOKAWAのライトノベル・新文芸などの書籍部門では、UGCサイトからコンテンツを見つけて書籍化することが増えてきました。2013年と比較すると、新文芸に限ってもその傾向は約3倍の規模になりました。ウェブ発の小説を他社のサイト・サービスから持ってくるというかたちで出版を続けていたわけです。
そんななか、2015年にグループ各社が統合され、ライトノベルの主なレーベルがひとつの局に集められました。それまではそれぞれのレーベルが独自のスキームを持っていたのですが、「ウェブ発のコンテンツはもっとポテンシャルがあるのではないか? そういった媒体を自分たちでも運営したほうがよいのではないか?」と皆が考えていました。これまでのレーベル単位では運営が難しかったけれど、集まったことによって、それができるようになりました。
――運営に掛かるコストよりもメリットが上回るという判断もあったと思いますが、想定されたメリットはどのようなものですか?
河野:他社のサービスに依存していては、万が一、それが終わってしまった場合にどうするのか、という問題が起こります。 また、そこから作品の提供を受けようとする競合出版社もいるわけで、必ずしも弊社が優先されるわけではありません。競争があることによって、書籍化にもよい影響が及ぶことはありますが、必ずしもKADOKAWAにとってよいことばかりとは限りません。
「カクヨム」も(作品の二次展開にあたり)他社に対して門戸を開いていますが、社内の編集部も注目してくれています。また、自ら運営にあたることで、ノウハウが蓄積されます。たとえば、「どうすれば作品を育てることができるか?」といった試行錯誤ですね。そういった前向きな施策を我々自身が実施しハンドリングできるというのは大きなメリットです。
『横浜駅SF』の成功
――「小説家になろう」を取材したとき、作品を投稿する場に徹する、という運営者の言葉がとても印象的でした。二次展開や「作品を育てる」といったことには関与しない。実際、「小説家になろう」発の作品から『Re:ゼロから始める異世界生活』のようなヒット作を、KADOKAWAはつかみ取ることができましたよね。
河野:「小説家になろう」さんにとって弊社は、あくまでもお付き合いのある会社の一つであって、それ以上でもそれ以下でもないだろうと思われます。かといって、我々が作品作りの段階で「小説家になろう」さんで書いている作家に積極的に介入できるとかというと、そういうわけにはいかないのです。
――利用規約でユーザーに対して、書籍化の際にはKADOKAWAが優先される、あるいは「カクヨム」への投稿作品を他の投稿サイトへの投稿を禁ずるような項目はありますか?
河野:それは一切ありません。実際、「小説家になろう」さんと同様、「カクヨム」掲載作品に対する書籍化の打診が他の出版社からあった場合、著者に直接つなぐようにしています。もちろん、他サイトへの投稿も自由です。
――なるほど。そうなってくると、やはり「育てる」あるいは「早い段階で発見する」といった、自前サイトでの運営から生まれるメリットが大きい、ということになりそうですね。そういった取り組みの具体的な例があれば教えてください。
河野:KADOKAWAの持つ各レーベルが審査や書籍化に参加する「カクヨムweb小説大賞」は自前サイトの特徴が出ているのではないかと思います。そうしたなかで、『横浜駅SF』はコミカライズまで展開が進んだ成功例です。
『横浜駅SF』はスタート間もない「カクヨム」に投稿され、また「カクヨムWeb小説コンテスト」にも応募された作品です。もともと作者の柞刈湯葉(いすかり・ゆば)さんがTwitterで投稿されていたものを、ご自身のBLOGにまとめ、それに加筆をして「カクヨム」に投稿したという経緯の作品です。そういう意味で非常にウェブに親和性が高い作家さんで、気がつくとTwitter上等で「バズっている」状態になっていました。私たちよりも先にユーザーが発見していた、ということですね。
「第1回カクヨムWeb小説コンテスト」のSF部門で大賞を受賞し、書籍化して発行しました。営業が横浜の書店さんで強力な仕掛け販売を実施したところ、横浜を中心にたいへんな支持を得ることができ、その実績を持って全国に拡げていきました。ちょうど今月(取材時)2巻目となる『全国版』が出版され、同時にコミックの1巻も発売されています。発表時、「カクヨム」には、他のサイトのように特定のジャンルの「色」がついていないからこそ、こういった、他のサイトではあまり注目されることのない作品が発見されたのではないかなと思っています。
――異世界転生でもなければ、学園ファンタジーでもなく……。
河野:ホラーでもなく、ですね(笑)。SFはなかでも非常に難しいジャンルですが、ネットやソーシャルメディアで「ネタ」となりやすく、話題になりやすい作品だったのだと思います。「カクヨム」はまだ、「小説家になろう」さんのようなある種の「型」がありません。逆にそれが多様性を生んでいると思っています。
ネットで「バズる」仕組み
――「カクヨム」の立ち上げ直後には、カドカワ代表取締役社長の川上量生氏によるものではないか、とされる投稿が話題になりました。「カクヨム」は他のウェブ小説投稿サイトと比べて、ネットで「バズる」仕組みを備えているという面はありませんか?
河野:たしかに、「カクヨム」はTwitterとは相性がよいと思います。統計的に調査したわけではありませんが、他の投稿サイトと比較してTwitter上に「カクヨム」という言葉が出てくる回数は多いのではないかと思います。また「カクヨム」上で作品レビューをしたときにも、「この作品を応援しました」という投稿をシームレスに行なえるようになっています。ソーシャルメディアとの親和性は高く設計されていると自負しています。
――自前でサービスを運営することによって、「作品がどれくらい読まれているか」だけでなく、「どれくらいシェアされているか」といった数字も含めて、手元で状況が分かるわけですね。それによって、発見やそこから育成も効果的に行なえると思いますが、『横浜駅SF』の場合はどうだったのでしょうか?
河野:『横浜駅SF』の場合は、勝手に育っていったというのが正直なところです(笑)。
――では、他の作品ではいかがでしょう。 サイト掲載や書籍化にあたり設定や伏線をガラッと変えるというケースもよく見かけますが。
河野:「カクヨム」は「カクヨム」編集部が運営を行っており、書籍化は各編集部が行っています。それぞれのノウハウで紙の書籍に合わせた表現への改稿や、番外編を加えて商品化するので、投稿された小説をそのまま書籍化することはほとんどないと思います。
「カクヨム」編集部でもこれからの作家を「育てて」いけるようになりたいと思っています。今後の取り組みとしては、「伸びしろ」がありそうな作品を発見したときに、様々な数字を見ながら、うまく伸びていくような仕組みを作れるとよいなとは思っています。
――トップページなどで紹介している「注目の作品」がそれですか?
河野:はい、ここには前日の評価が一定以上あった「いま伸びている作品」を表示するようにしています。
――ピックアップは自動で行われているのですか?
河野:自動です。手動で行っているのは「特集コーナー」で、ここではプロの書評家に依頼し、面白い作品を見つけて毎週紹介してもらっています。あとはコンテスト期間中に露出の場所を変えるなど、細々とした改善をすることで、作品自体に注目が集まるように工夫をしています。
書くという行動を起こしやすい場所
――「カクヨム」編集部としての、作家発見と育成の考え方についてはよくわかりました。「カクヨム」編集部が所属するエンターテインメントノベル局全体としては、「この作品を書籍化しよう」といった企画のすり合わせはしているのでしょうか?
河野:いえ、各編集部がそれぞれの判断でそこは進めます。
――バッティングすることは?
河野:あります。その場合は早い者勝ち――ではなく(笑)、著者の方にお伝えして選んでいただくことが多いですね。
――なるほど。「カクヨム」掲載時にその中身について、「カクヨム」編集部や書籍化を企図する各編集部が何かアドバイスをしたり、といったことはないわけですね。
河野:それはありません。読者(ユーザー)とのやり取りでなにか影響があるかもしれませんが、UGCサイトなので、「カクヨム」編集部が運営として作品の中身に介入するということはありません。あくまで投稿メディアとしての「カクヨム」を運営し、そこから生まれた作品の芽を見つけて光を当て、次のステージへと育てていくということです。まだ、その「育てて行く」の部分は試行錯誤の段階ではありますが。
――「comico」のように、誰でもできる投稿から公式作家となり原稿料が発生し、そこから書籍化・映像化も――という方向とはまた異なるのでしょうか?
河野:その方向ではないですね。あくまで「カクヨム」の立ち位置はプラットフォームです。弊社代表取締役の井上伸一郎もよく話しているのですが、UGCには他のユーザーとのインタラクションで物語がどんどん変わっていき、完成へと向っていく面白さがあると思います。そういう動きが活発に起こる場を作って行きたいということです。
本を出版するということと、ユーザーの方ができるだけ書くという行動を起こしやすいプラットフォームを運営することは、異なるものとして捉えています。書籍化される作品も、必ずしもランキング上位のものからというわけではなく、書籍化に向いている作品とそうではないものがあると捉えています。そのあたりは各編集部の意向も踏まえながら、ランキングやピックアップとは別に、並行して選定を行っています。
UGCは「一般のユーザーに発見してもらう」という観点からは、ランキングに集約されていくところがあります。面白いと感じたものを、気軽に、前向きに評価できる仕組みであったり、自分の読みたいものがきちんと見つけられる状態を作って行く。読んで気に入った作品がきちんと評価され、ランキングの上位に上がっていく。そういう仕組みがうまく機能して、編集部の企画と合致すれば、書籍化が進んでいく――その道筋を整地する作業を「カクヨム」では行っています。
――これまでも、さまざまな出版社が同様の取り組みにチャレンジしてきました。UGCが重要であるという認識は、出版界でもかなり浸透していると思います。ただ、これまで決定的に足らなかったのが、プラットフォームを成長させるために必要な開発と運用への投資でした。そこは(株)はてなとの協業によって解決されている、という理解でよいでしょうか?
河野:(株)はてなとは隔週の定例会議や、分科会ごとのテレビ会議、SlackやRedmine使った情報共有を頻繁に行っています。そこでデータを見ながら、それぞれの問題意識を共有し、改善策を打ち出しています。対等に「カクヨム」をよくしていこうという観点から、率直な意見が交されています。
――なるほど。それにしても「カクヨム」単体での利益構造にはなっていないということでした。しかし、プラットフォームを運営し育てて行くとなると、これからも投資が続いていくことになります。どのくらいの時間感覚でリクープ(投資回収)を図っていく見込みなのでしょうか?
河野:もともと数年計画で、書籍化による回収を目指す計画です。サービス利用者への課金等は、現状考えておりません。
――出版事業としては大きな投資が続く、回収には数年かかるとなると、経営層からの理解やバックアップがないと、なかなか継続が難しい事業です。
河野:会長の角川歴彦もそうですが、経営陣の支持あってこそのプロジェクトだと言えると思います。
弊社の経営層もUGCの将来性、重要性に早くから着目しており、中期的には投資を回収して十分利益を生み出せると判断しています。
「カクヨム甲子園」で裾野を広げる
――「小説家になろう」という巨大な存在があるなか、ノウハウ蓄積とIPの効率的な発掘と育成のために、数年・おそらく数億単位の投資ができるというのは、一般的には――とくに出版業界からすると――理解が難しい話かもしれません。書籍化して増刷がかかるようなヒットは限られますし、映像化となるとさらに時間がかかる上に、ビジネスとしては編集部から離れた展開となりますね(注:製作委員会が組成され、原作印税はもたらされるが、出版社が直接関与できる余地は限られるため)。
河野:とはいえ、実現すれば映像化は波及効果が大きいので、私としても大いに期待しております(笑)。
「カクヨム」はKADOKAWAのライトノベル・新文芸のレーベルと共に運営している媒体ではありますが、そこだけを見ているわけではありません。他の投稿サイトがそうであるように、UGCプラットフォームである流行が生まれると、それが収まるまでは他のジャンルの作品が注目される機会が小さくなってしまいます。
それに対して「カクヨム」は、ご覧いただけばわかるように、いわゆる「異世界ファンタジー」など既存の枠に収まらない、実用書、マンガ原作作品などもかなり出てきています。そうなるよう2016年の12月に投稿ジャンルの大規模な統廃合を行ったり、作品のフィーチャーの仕方にも偏りが生じないよう工夫をしてきました。
――なるほど、ジャンルの統廃合と利用者数が伸びた時期が一致しているのは、とても興味深いところです。とはいえ、収益拡大を期待する上でKADOKAWAが得意とするのは、やはり「異世界ファンタジー」というジャンルではないでしょうか。実用書の映像化という事例もまったくないわけではありませんが……。
河野:そうですね。現状は、いろいろな方法を試しているところです。実用書はラノベと異なり、細く長く売れます。なかには累計で10万部に達するものも出始めていますので、注力したいジャンルの一つではあります。
さらに長いスパンでの取り組みとしては、「カクヨム甲子園」が挙げられます。高校生に限定したコンクールで、ショートストーリー部門は4000文字以内で下限も設けていませんので、かなり気軽に応募できるようになっています。高校生にまずは文字の世界に親しんでもらって、書いてもらいたいし、読んでもらいたい。こちらはショートストーリー・ロングストーリー両部門で合計1,000作品を超える応募があり、手応えを感じています。
――創作を誘発する仕組みとしては、どのような施策をしていますか?
河野:かなり地道な取り組みを続けています。「カクヨム甲子園」の場合は高校に数千部単位でポスターを送り、貼っていただいています。高校生に訴求しようとすると、やはりウェブだけでは完結しないのです。後援をお願いした読売新聞社が発刊する「読売中高生新聞」にも出稿しました。そのうえでTwitter広告も打ったところ、高い効果が上がりました。また、「ニコニコ生放送」では「3日間で高校生に小説を書いてもらう」という企画も実施しています。
「ラノベの読者は高齢化している」といった指摘もありますが、実際、「カクヨム」発の作品も、書籍化されるレーベルによっては――とくに新文芸のジャンルは単行本として発売されるため単価が高いこともあり――読者の年齢層が比較的高めの方に支持されている面があります。
しかし一方で、「カクヨム」のユーザー層はじつは若い方が中心です。おこづかいのやりくりもあるでしょうし、書籍を購入することが少ない層です。無料媒体で読んでみて、よほど気に入ったら買ってくれるということなのかもしれません。とはいえ、たくさんの人たちに、若いうちから小説に触れてもらい、小説の面白さ、書くことの楽しさを知ってもらいたいと思います。彼らが成長して、自分のお金が自由に使えるようになったときに、本を買ってくれるとよいなと思います。
――裾野を拡げるという意味では、100万のMAU=読み手、そこに含まれる15万人の会員=書き手が現状の「カクヨム」には存在しているわけです。これを今後、どこまで成長させたい、という目標はありますか? ジャンルを絞らず潜在的な将来の読み手=本の購入者を増やすという意味で、何らかのKPIを置いているのでしょうか。
河野:サービスが将来こうありたい、という姿はあるのですが、具体的な数値目標はありません。もちろん、単年度の目標はありますが。個人的には、最終的な目標として、さまざまな「文章のアーカイブ」を作り上げたいと考えています。
たとえば郷土史家の方々がまとめた作品は、地域だけで共有され、消えてしまうことがあります。そういった文章も、「カクヨム」に載せていただきたい。論文や研究、エッセイ、児童文学、戯曲など、あらゆる作品を世の中に広く伝えたい、というときに活用していただけるような場になりたいと思ってます。でも、そうなるといまの10倍でもまだまだ目標としては小さい! ということになってしまうと思いますね(笑)。
* * *
出版大手が取り組むWeb投稿サービス「カクヨム」は、KADOKAWAがさまざまな分野で取り組む、物語を巡るバリューチェーンの再構築を象徴するような存在であることが取材を通じて改めて確認できた。
それが成功するかどうかは、現時点でのマネタイズの源泉となる書籍化――とはいえこの分野は縮小傾向が続くことは避けがたい――と、同時並行して進める読者の開拓と彼らがもたらす新しい物語消費のあり方が、近い未来で交点を結べるかというところに掛かっている。
執筆者紹介
- ジャーナリスト/コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店などを経て、現在フリーランスのジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ASCII.JP、ITmedia、ダ・ヴィンチ、毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載を持つ。著書に『知的生産の技術とセンス』(マイナビ/@mehoriとの共著)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)など多数。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進める。http://atsushi-matsumoto.jp
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