第1回 モビリティの時代のメディアを探して

2016年5月25日
posted by 影山裕樹

この5月の大型連休に帰省し、地元のゆるキャラやB級グルメをことさらに宣伝するPR冊子を手にとっては捨て、いつものように普段の仕事がある都会に戻ってきた人も多いだろう。よくある行政発行のフリーペーパーを見ると、そこそこの予算や人員がかかっているのに(市民の税金で)、デザインも内容も、残念なものが多い。

地域創生、コミュニティの再生が叫ばれ、地方自治体はこぞって中心市街地活性化事業や、観光客誘致を展開している。だが、多くの場合、それらは地域の経済を活性・再生することに重点が置かれている。一時の“経済”が、“地域に根ざした文化”そのものよりも優先され、人を惹きつけるデザインや地元のとっておきのストーリーを紡ぐ文章よりも、いま、地元が一押しの商品・観光資源”を前面に押し出すことが重視されてしまう。

そこには、宣伝広告とメディアの区別がない。“どんなメッセージを、誰にどのように届けるか”という一連のメディア戦略が存在しない。だから、予想外の驚きもなければ、未知の情報も提供されない。手に取る人にとってみれば、無料ティッシュ広告のような単純接触効果しか生まない場合が多い。

東京から地方へ、編集・出版のフィールドが広がっている

しかし、ちょっと待ってほしい。じつはいま、“面白い”地域情報誌やローカルメディアが次々に生まれているのだ。これらのローカルメディアは、観光客誘致のためのPR冊子や、クーポン券付きの使い捨てタウン誌とは一味違う。コンテンツ、デザイン、テーマなど様々な面で東京のメディアと比べても遜色ないばかりか、首都圏発の一般商業誌に比べても、自由でインパクトが強い。

こうしたローカルな場所で制作されているフリーペーパー、雑誌、本などの紙メディアの作り手たちを取材した『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)をこの5月に上梓した。この連載では、本書でとりあげた例だけでなく、さまざまな“ローカルメディア”について見ていきたい。

この本で紹介したような新しいタイプのローカルメディアの登場を見ていると、雑誌、書籍などの出版社、編集やデザインといったクリエイティブ業種が集中する首都圏から地方へと、メディアづくりのフロンティアが移りつつあるように思える。

それを裏付けるように、いま、各地の地方自治体の入札マーケットが活況だ。入札案件としては、イベントの什器の購入から広報紙の印刷・編集まで多様で、とくに後者は地元新聞社、テレビ局、首都圏の広告代理店などの大手だけではなく、地元の小さな印刷会社、中小出版社などが受注する例も多い。

入札に参加する条件として、その地域に事業所を構えていなければならないなどの制約も多いが、それを逆手に取って地元企業と連携して首都圏のクリエイティブ人材が関わり、完成度の高いローカルメディアが生まれる例も増えている。

『雲のうえ』

『雲のうえ』

“角打ち”や、“地元サークル”特集など毎号切り口が斬新な北九州市発行の「雲のうえ」はその先駆けとして挙げられるだろう。しかし、都会で活躍するクリエイティブ人材が関わるから面白いのだ、と考えないでほしい。それは、都会は洗練されていて、地方はクリエイティブではない、という先入観を知らず知らずのうちに内面化していることにほかならない。メディアづくりの主体や、それを受けとる読者のコミュニティさえもが、いまや都会からローカルへと移行している。僕が“ローカルメディアが面白い”と言うのは、こうしたまぎれもない時代の変化を多くの人に直視してもらいたいという意図を込めている。

地域に特化した流通の仕組み

では、数ある地元PR誌とここでいう“面白い”ローカルメディアの違いはなんだろうか。僕が本書で取材したローカルメディアは、大まかに分けて以下の基準で選んでいる。

1. デザイン、エディトリアルな構成が練られている
2. コンテンツ、文章力、写真などのクオリティが高い
3. 取り上げるテーマ、取材対象がローカルを掘り下げている
4. 地域に特化した流通の仕組みを発明している

1〜3は比較的共感してもらえる評価基準だろうが、とくに本書で重要視したのは、4の「地域に特化した流通の仕組み」にこだわっているローカルメディアである。

『みやぎシルバーネット』

『みやぎシルバーネット』

たとえば、宮城県仙台市で毎月発行されている「みやぎシルバーネット」。この新聞が面白いのは、ターゲットを宮城県仙台市周辺に住む高齢者に絞っているということ。この新聞は、折り込み広告を受注する地元の広告代理店から独立した千葉雅俊さんが、取材・執筆、デザイン、広告営業、配布作業まですべて一人で行っている。それも月刊で、20年間絶えることなく続けられているのだ。

目玉はなんといっても「シルバー川柳」。お年寄りから集められた珠玉の川柳を、虫眼鏡で見ないと読めないくらい、ぎゅうぎゅうに詰め込んで掲載している。千葉さんがこの新聞の配布先を仙台圏に限定している理由は明快だ。近隣地域に住む者同士に、投稿を介して交流を生みたいからだ。しかも地元の病院や老人クラブのネットワークを活用し、配布先は絶妙にコントロールされている。だからこそ、「今月はどこどこの誰々さんの川柳が載っていたなぁ」という楽しみがあるのだ。3万6000部という部数を誇っていても、あくまで同紙はローカルな読者のコミュニティに奉仕している。

配布先にも自分で納品するので、ラックの後ろに上下反対に詰め込まれる、なんていう不幸な状況は作らない。毎月余りが出ないし、紙面を超えた交流会が活発に開かれる(カラオケ、温泉旅行など!)。「すべて自分でやる」とはつまり、コンテンツを作ることだけではなくて、それが届けられ、その先に読者の交流が生まれるという、メディアのプロセスのすべてをコントロールするということなのだ。

読書体験の“外側”をデザインする

『城崎裁判』

『城崎裁判』

メディアづくりのプロセス全体を見るという視点は、ローカルメディアの現場では非常に重要な要素だ。たとえば、作家の万城目学さんが城崎温泉に滞在して書き下ろした新作小説『城崎裁判』が面白いのは、首都圏の書店には並ばず、地域限定発売で、地元にわざわざ来ないと買えないこと。仕掛け人の一人、ブックディレクターの幅允孝さんはこの試みを「地産地読」と語っていた。

あえて、“流通経路を限定する”ことで、読者の移動を促進する。そもそも城崎温泉の旅館の若旦那たちが「本と温泉」というNPOを立ち上げ発行されている同書は、防水加工され、温泉に浸かりながら読むことが推奨されている。乾燥した日持ちする食材ではなく、長く読み継がれる賞味期限の長い本が、温泉街の新しい“お土産”になった瞬間だ。これもまた、読者の体験総体をデザインする優れたメディアの実験と言える。

それは、僕が関わった2013年の十和田奥入瀬芸術祭で試したアイデアでもあった。

昨今、地域の芸術祭が乱立している。初めて開催される地域芸術祭は、初期の段階では実行委員の体制や記録・広報の戦略が定まっていない場合が多い。そのため、美術館の展覧会カタログの形式が、芸術祭の記録集でも踏襲されがちだ。

美術展や芸術祭は会期が終われば見ることができないし、1年後、10年後にその成果を判断するには、記録物しか手段がない。だから、参加作家はきちんと撮影された作品図版を大きく掲載して残したいし、自治体などの主催団体は、入場者数や反響をデータとして残したい。ところが、協働する出版社としては、会期が終わりかけに発行される記録物を出版しても、売上を見込むことが難しい。そのため出版企画として成り立ちにくく、芸術祭の記録は書店マーケットに流通する書籍として発売されないことが多い。

この主催者—出版社との間に立って、両者の欲望が満たされる記録物のあり方はないだろうかと、編集者である僕は考えざるをえなかった。その試行錯誤の果てに生まれたのが『十和田、奥入瀬 水と土地をめぐる旅』(青幻舎)という本である。

『十和田、奥入瀬 水と土地をめぐる旅』

『十和田、奥入瀬 水と土地をめぐる旅』

地域の物語を作るためのライター・イン・レジデンス

『十和田、奥入瀬 水と土地をめぐる旅』は当初、芸術祭の記録集を作る(その担当者として編集者の僕が入る)という枠組みでスタートした。先述のように、芸術祭の記録集は書店では売りにくい商品だ。

そこで僕たち企画チームは、詩人の管啓次郎さんを共同の編著者として招き、彼と一緒になって小説家三名(小林エリカ、石田千、小野正嗣)と、写真家(畠山直哉)を芸術祭の“参加作家”として招き、現地で滞在・取材してもらい、一冊のアンソロジーに仕立て上げるという計画を立てた。そして、芸術祭の初日に必ず発売することを目標とした。そうすることで、現代アートを鑑賞する芸術祭というよくある構造のなかに、文学という新しい要素を投げ込むことができると考えたのだ。

同書は芸術祭の会場で売られるのみならず、全国の一般書店でも販売され、青森という縛られた土地の外へ、芸術祭の“会場”を広げることができた。十和田、奥入瀬にまつわるフィクションとして編まれた本書は観客の町歩きを補う副読本になるため、芸術祭を目的に青森へ向かう新幹線の中で、あるいは帰りの飛行機の中で読むことで芸術祭の体験が増幅される。それは『古寺巡礼』を手に京都・奈良の寺社をめぐる観光客の身振りにも似ている。観光パンフレットを手にまわるのと、より深い知識を背景に観光地をめぐるのでは、体験の質も変わるはずだ。

記録を目的とした本は、起こったことをそこに留めるというパッシブな機能しか果たさない。しかし、本というメディアは、それ自体が新たな経験を作るアクティブな機能を果たすこともある。

ともすると、メディアは作り手→受け手に一方的に情報を与えるものと誤解されがちだ。しかし実際のところ、メディアは受け手と作り手の活発な交歓が生まれたり、読者の次の行動の契機になった時にこそ真価を発揮する。

モビリティの時代、メディアに関わる僕たちのような人間は、全国に均一に配本されるという、近代以降に完成された出版流通の仕組みを利用しつつも、ときに読み替えて、読者の移動を促す仕掛けづくりを絶えず編み出すことに商機を見出すべきではないだろうか。この連載では、そうした試みをこれからも取り上げていく。

[記事中の写真:喜多村みか]

(つづく)


【セミナー開催のお知らせ】
この連載に関連した連続セミナー「ローカルメディアで〈地域〉を変える」の第一回を、7月28日に東京で下記の要領にて開催いたします。

テーマ:「持続可能なまちづくりにメディアを活かす」

日時:7月28日(木)14:00-18:00(開場は13:30)
会場:devcafe@INFOCITY
渋谷区神宮前5-52-2 青山オーバルビル16F
http://devcafe.org/access/
(最寄り駅:東京メトロ・表参道駅)
定員:30名
受講料:8,000円(分科会・交流会への参加費込み)

講師:

・田口幹也氏(城崎国際アートセンター 館長兼広報・マーケティングディレクター)
・小菅隆太氏(「社会の課題に、市民の創造力を。」issue+design所属。広報・PR担当)

※セミナーの詳細と参加申し込みは下記のpeatixのイベントページにて。
http://peatix.com/event/177662/

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影山裕樹・著
『ローカルメディアのつくりかた 人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通』
(学芸出版社)

執筆者紹介

影山裕樹
1982年生まれ。合同会社千十一編集室 代表。アート/カルチャー書のプロデュース・編集、ウェブサイトや広報誌の編集のほか、各地の芸術祭やアートプロジェクトに編集者/ディレクターとして関わる。著書に『大人が作る秘密基地』(DU BOOKS)、『ローカルメディアのつくりかた』(学芸出版社)、編著に『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)、『あたらしい「路上」のつくり方』(DU BOOKS)など。
千十一編集室:https://sen-to-ichi.com/