パナマ文書事件が明らかにした「第五階級」とは

2016年5月13日
posted by 秦 隆司

匿名人物のデータ情報提供という形で発生した「パナマ文書(Panama Papers)」をめぐるスキャンダル。これは中米パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」によって作成された内部文書が「南ドイツ新聞(Suddeutsche Zeitung」に漏らされたもので、内容は1977年から2015年まで扱った会計書類や契約書などが含まれる。

この法律事務所は顧客にとって最も有利な租税回避地(いわゆるタックスヘイブン)となる国や地域を選び、そこに法人などを設立するのを手助けしていた。ここを利用した20万社を超える企業や株主、それに会社役員などの情報を含む総数1150万件に及ぶ文書情報が流出したのが今回の事件だ。この膨大なリーク文書に関してはこれからも分析が行われ、大きな影響を与えると思われる。

このパナマ文書に関するニュースを世界中のさまざまな媒体が取り上げているが、多くはそこに何が書かれてあり、国や人々がいかに反応しているかというものだ。

「第五階級」の登場

そんなニュースの中で、気になったのが4月11日付のニューヨーク・タイムズ紙の「Panama Papers Leak Signals a Shift in Mainstream Journalism(パナマ文書リークは主流ジャーナリズムに起きている変化を告げている)」という記事だった。

この記事は、新聞界、言論界、ジャーナリストなどの「第四階級(Fourth Estate)」と、ハッカー、ブロガー、文筆活動家などの「第五階級(Fifth Estate)」との融合が始まり、次の段階ではその融合された形がジャーナリズムの主流の一つになっていくのではないかという内容だった。

その話を始める前に、少し「第四階級」と「第五階級」の説明をすると、中世ヨーロッパでは身分制度が確立されていて、この身分制度は「Estates of Realm(身分の領域)」と呼ばれていた。最も知られたものの一つに封建時代のフランスの身分制度があり、フランスでは「聖職者」「貴族」「平民」と身分が分かれていた。

「Estate」とは「〜界」や「範囲」を意味する言葉で、フランス革命前までは聖職者がFirst Estate、貴族がSecond Estate、平民がThird Estateとされていた。そして近代になって、ジャーナリズム界、言論界をこの三つの階級(Estate)とは違った新たな階級として、「第四階級」と呼ぶようになった。そして、2013年にはWikileaksの創設者ジュリアン・アサンジを描いた映画『フィフス・エステート/世界から狙われた男』(ビル・コンドン監督)が公開され、ハッカーやブロガーなどが第五階級に属する住人と一般に言われるようになった。

先ほどのニューヨーク・タイムズの記事の話に戻すと、記事が伝えていた第四階級と第五階級の融合はかなり刺激的な流れだと思えた。

第四階級と第五階級の住人の違いは何か、そして、いま第五階級と言われる分野にはどんな人々が属するのか、また、それが融合された世界とはどんなものになるのか。それを今回のこの記事で見ていきたいと思った。

まず、第四階級と第五階級に属する人々の違いはどこにあるのか。これはかなりはっきりとしていると思える。

ジャーナリスト、評論家、そして組織としては新聞社、雑誌社などが、現在、第四階級に属していると言える。そして、第四階級の住人たちは情報についてある種の教育を受け、個人的な情報は報道してはならない、情報入手のために違法行為は行ってはならない、自分たちの報道には責任が伴うと考えている。

一方、第五階級の住人の精神の根底には、すべての情報はオープンにさせるべきだという考え方がある。とくに、政府の関わった資料、情報、プログラミング・コードも公開されるべきで、彼らは情報をオープンにすることがより良い社会に通じると考えている。

WikiLeaks事件とはことなる展開

今回のパナマ文書のリークを見てみると、匿名人物から情報を得た「南ドイツ新聞」はアメリカの非営利組織「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」と共に、情報の分析を行っている。ICIJはパナマ文書プロジェクトなるものを立ち上げ、各国の報道機関やジャーナリストは自国に属する情報の分析を行っている。

パナマ文書が持ち込まれた先の一つであるジャーナリスト組織ICIJの特設サイト。

パナマ文書を分析しているジャーナリスト組織ICIJの特設サイト。

リークされたデータの一部が公開され、ウェブから検索できるようになった。

リークされたデータの一部が公開され、ウェブから検索できるようになった。

日本からの参加者もある。ICIJが発表しているパナマ文書プロジェクトへの参加者はこのリストから見ることができる。日本からは澤康臣氏(共同通信)、奥山俊宏氏(朝日新聞)などが参加している。

今回のパナマ文書については。情報提供をした匿名人物が誰なのか、またその人物が情報をどのように得たかはまだわかっておらず、その行為が違法であるか、合法であるかもわかっていない。パナマの検察が調査しているとのことだが、未だその調査結果はでていない。

ICIJのディレクターであるジェラード・ライル(Gerard Ryle)氏は、ジャーナリストらしく今回のプロジェクトでは「公的ではない人間の個人的な情報が公にされないよう特別な配慮を図り、ゲートキーパーの役割を果たしている」と言っている。

これに対し、Wikileaksは「もし99%の検閲を行うならば、それは1%のジャーナリズムに過ぎない」と言っている。

たしかにWikileaksは2010年から11年にかけて起こった「アメリカ外交公電ウィキリークス流出事件」では、最終的に米国外交機密文書約25万点を未編集のまま公開している。

この情報をWikileaksに提供したチェルシー・エリザベス・マニング(出生名は男性名のブラッドリー・エドワード・マニング)はスパイ活動などの罪に問われ35年の実刑判決を言い渡されている。ICIJがパナマ文書の情報の公開に慎重なのは、情報元を守るという意識もあると思える。

先ほどのニューヨーク・タイムズの記事では、マニングの実刑判決はアメリカ連邦政府からの機密データの漏洩を食い止めようとする攻撃的とも言える態度の表れとしているが、もしこれで機密データの流出がくいとめられると政府が考えているなら「Fat Chance(大間違い)」だともしている。

調査ジャーナリストたちと彼らの情報源は刑務所に送られるかもしれないという恐怖の下にはあるが、重要な情報を流すことに怖気づくまでになっていないだろう。これからも、情報のリークは起こり、ジャーナリズムはそれを取り上げるだろう。

「第五階級」とは誰か?

今回のパナマ文書でもそうだが、第五階級の人間には既存のメディアが必要だ。その理由は、未だウェブサイトだけでは拡散性が足りないことがある。そして、情報の信憑性を得るには、やはり既存メディアの力があった方がいい。ウェブだけではなく、例えば大手新聞が伝えるのなら、それは事実なのだろうと人々は考え、それが世論をつくり、政府や検察を動かすことにつながる。

しかし、第四階級と第五階級がいかに融合していくか、未だこれといったモデルはできていない。

ではいま、第五階級はどんな人々が属しているのだろうか。

ポインターは「第五階級」に相当する人たちの一覧を発表。

ポインターは「第五階級」に相当する人たちの一覧を発表。

メディアの専門教育研究機関ポインター・インスティチュートからの記事によると第五階級の住人には以下の人々がいる。

*新聞社やメディアに属するプロジャーナリスト
*レポーター、ライター、作家を含むフリーランス・ジャーナリスト
*ドキュメンタリー映画・ビデオ制作者
*ジャーナリズムの教育者、メディアについての評論家、批評家
*ブロガー
*ソーシャルメディアを使ってコミュニティを作る人々
*ジャーナリズム界に資源や資料を提供する組織や人間
*さらに優れたジャーナリズムが必要と考える市民活動家
*ジャーナリズムのことを考える学校の教授・先生や学生・生徒

最近では新聞社や出版社が多くの記者や編集者を解雇してきているので、個人でニュースを発信できる人々の中に、ニュース収集技術を持った人々も増えてきている。

そしてこれまでは、外部の情報提供者からの提供により、機密データを得てきた既存メディアだが、それも変わっていく動きがある。

「ハッカー・ジャーナリズム」の可能性

いままでは、ジャーナリズムとデジタルの関係は、ニューヨーク・タイムズが発表した「デジタル・ファースト」の提言でもそうだが、デジタル技術を使い、いかに記事を見せていくか、読者を増やすか、広告や講読料などの収入につなげていくかが中心となっていた。

しかし、コロンビア大学やノースウエスタン大学などがコンピュータ・サイエンスとジャーナリズムを組み合わせた学位を与えることなどを始めている。これは、今後ジャーナリスト自身がハッカー的な情報の取り方ができるようになることを示している。あるいは、ハッカーがジャーナリストとして仕事をすることになるとも言える。

コロンビア大学のコロンビア・ジャーナリズム・レビューはもう6年も前に「ハッカー・ジャーナリズム」台頭を検証する記事を出している。

一方では、政府側もハッカーと呼ばれる人々の協力を得る局面が増えてくるだろう。

ニューヨーク・タイムズの「F.B.I. Says It Needs Hackers to Keep Up With Tech Companies(テクノロジー企業と互角に戦っていくためにはもっとハッカーが必要とFBIは言っている)」という記事では、FBIは専門的な高い技術を持った人々を雇い入れる必要があると述べている。彼らがすぐに見つかるわけではないので、第三者機関(サードパーティ・ハッカー)の手を借りることになるが、サードパーティ・ハッカーたちの倫理観に不安があり、さらなるデータ流出リスクを生み出すのではないかという意見を紹介している。

この記事は、情報を守る側と取る側が今後さらに激しいせめぎ合いを繰り広げていくことを示している。

これまでは公式発表、インタビュー、取材などが情報を獲得する手段だった主流ジャーナリズムだが、今後ハッカー的な手法で情報を入手する動きが出てくるのは確実だろう。そういうことができる能力を持つジャーナリストが育っているからだ。そして、その情報入手の手段は常に合法と言えるものではなくなるかもしれない。しかし、その情報が大きなニュース価値を持つとき、ジャーナリズムはどう発表あるいは隠していくのだろうか。

第四階級と第五階級の境界性が薄れていくなか、ジャーナリズムはどんな形になっているのだろうか。価値があるニュースがもたらされたとき、すべてを公開するのがより良い社会につながると信じる人々と、個人権利の保護という名の下に検閲をすべきで、それが社会的正義だと考える人々。そのどちら側も、情報を得ることができるとき、ジャーナリズムはどうなっていくのだろう。答えはまだ出ていないが、何かが変わっていくことは確かだ。

執筆者紹介

秦 隆司
ブックジャム・ブックス主幹。東京生まれ。記者・編集者を経てニューヨークで独立。アメリカ文学専門誌「アメリカン・ブックジャム」を創刊。ニューヨーク在住。最近の著者に、電子書籍とオンデマンド印刷で本を出版するORブックスの創設者ジョン・オークスを追った『ベスセラーはもういらない』(ボイジャー刊)がある。