12月18日午前10時、「楽天Koboライティングライフ」のベータ版がリリースされました。7月の東京国際ブックフェアでは「年内リリース」と予告されていたので、「なんとか間に合った」といったところでしょう。リリース当日、渋谷の楽天カフェで行われた記念イベントに行ってきましたが、懇親会では関係者の方々が少しほっとしたような表情だったのが印象的でした。
コンセプトは「出版に自由を」
イベントはまず楽天ブックス事業 副事業部長 田中はる奈氏が、楽天Koboライティングライフのコンセプト「出版に自由を」について説明しました。
・著者がストレスなく簡単にコンテンツを出版できること
・著者ができる限り多くの読者へアクセスできるようにすること
・著者が自分の本を効果的にプロモーションする体制を整えること
それを実現するための特徴は、以下の3つとのことでした。
・価格を無料に設定できる
・独占配信じゃなくてもOK
・配信料はかからない
いずれの特徴も、Amazonの「Kindleダイレクト・パブリッシング(以下、KDP)」を強く意識していることが伺えます。KDPは、販売価格を常時無料にできません。プライスマッチングを使った裏ワザがありますが、確実性に欠けます。
70%のロイヤリティを獲得しようと思うと、Kindleストアで独占配信する必要があります。他ストアでも販売していると35%のロイヤリティオプションしか選択できず、無料キャンペーンやレンタル対象にもできません。
また、KDPで70%のロイヤリティオプションを選択すると、別途電子書籍のファイルサイズ1MBあたり1円(日本国内の場合)の配信コストがかかります。ただし、ファイルサイズが10MB以上の場合は配信コストがかからない設定になっており、マンガや写真集などは優遇されている状態です。
楽天Koboライティングライフの料率は以下のとおりです。
・販売価格299円〜10万円は70%
・販売価格80円〜298円は45%
そんなに安くしなくても意外と売れますよという意味を込めて、299円以上と未満で大きな差を付けているそうです。これによって、楽天Koboでは299円に設定する本が多くなることでしょう(KDPで70%ロイヤリティを得るための最低価格250円に設定する人が多いのと同じ理屈)。なお、リリース後3カ月間(2015年4月1日の朝8時59分まで)は、特典ロイヤリティとして一律85%というキャンペーンをやっています。
何より、納税者番号不要なのが大きい
楽天の方はアピールしていませんでしたが、私は他の何より、楽天Koboライティングライフの利用には納税者番号が不要なところが大きなアドバンテージになると感じました(アメリカの納税者番号は Taxpayer Identification Number 略称TINだが、Rakuten Kobo Inc.はカナダなので Social Insurance Number 略称SINということになる)。
現在日本で、楽天Kobo以外の総合型電子書店において個人が直接出版できるサービスを行っているのは、Amazonの「Kindleストア」、Appleの「iBooks Store」、Googleの「Google Play ブックス」の3カ所です。「BCCKS」や「メディアチューンズ」などを経由すれば他の電子書店でも個人が出版することは可能ですが、「直接」ではありません。
日本のKindleストア、iBooks Store、Google Play ブックスで個人出版をする上では、TINを記入しないとアメリカの源泉徴収でロイヤリティから30%引かれてしまいます。そこで、租税条約に基づく優遇措置を申告するため、アメリカ合衆国内国歳入庁(Internal Revenue Service、略称IRS)に、電話かFAXでTINを申請する必要があるのです。この申請手続きが非常に面倒なため、KDPに興味はあるけど二の足を踏んでいるという方々は多かったのではないでしょうか。
楽天Koboライティングライフの場合、支払い手続きをカナダのRakuten Kobo Inc.から日本の楽天株式会社に委託する形にすることで、納税者番号を不要な形にしているようです。もっとも、当然のことながら日本の税金はかかるため、源泉徴収(課税所得330万円以下の場合1回の支払額が100万円以下の場合、源泉所得税と復興特別所得税で10.21%)された額が振り込まれ、確定申告をする必要があります。
もちろん個人が直接出版できるサービスは他にもいろいろありますが、楽天の2014年9月末時点で9556万人という膨大なユーザー母数や楽天スーパーポイント経済圏は、著者にとっても大きな魅力です。楽天Koboの売上も、2012年に比べると7倍以上になっているそうです。
※下線部は初出時「課税所得330万円以下の場合」と記載しましたが、正しくは「 1回の支払額が100万円以下の場合」です。お詫びして訂正します。
ただし、まだベータ版
現時点ではまだ、予約販売ができない(発売日指定は可能)とか、日本国内向けだけで海外販売ができないといった制約があります。また、カナダ版「Kobo Writing Life」には用意されていたオンライン編集機能が、縦書き対応の難しさから日本への導入は見送られています。そのため、唯一対応しているファイルフォーマットである「EPUB 3」ファイルを自分で用意しなければならないというハードルがあります(なお、EPUB 3はつい先日ISO/IECからTechnical Specificationとして出版され、国際標準フォーマットになりました)。
ただ、最近ではさまざまなEPUB 3制作ツールが、無料で提供されています。
・「でんでんコンバーター」(マークダウン方式のEPUB 3変換ツール)
・「Romancer」(WordファイルからのEPUB 3変換、またはオンライン編集ツール)
また、「一太郎2012 承」以降や、「CLIP STUDIO PAINT」Ver.1.4.0以降は、EPUB 3出力に対応しています。日本でKDPが始まった当時に比べたら、「EPUB 3ファイルを自分で用意しなければならない」というハードルは格段に低くなったと言えるでしょう。
とはいえ、オフィシャルで便利なツールが提供されていれば、それだけハードルが低くなるのも事実でしょう。他にも、現時点では「著者ページ」に該当するものがないとか、ダッシュボードから販売ページに直接飛べない(自分で検索しなければならない)など、細かな不満はいろいろあります。
だからこそ楽天も「ベータ版リリース」と言っているのでしょう。本格サービススタートは、2015年3月予定と聞きました。それまでのあいだ、不満なところはどしどし楽天へフィードバックして、よりよい良いサービスにしてもらえたらいいなと思います。
なお、これは余談ですが、サービス利用規約には秘密保持条項(第7条)があり、「本規約の内容を第三者に開示または公開してはなりません」と書いてあったので、どこまでの内容を記事に書いていいのか不安でした。イベントで質問したところ、「利用規約は基本的に誰でも見られる状態になっているので、とくに公開してまずいような内容はない」とのことでした。ホッ。
■関連記事
・アマゾンの出版エコシステムは完成に向かう
・いま改めて考える、出版社のレゾンデートル
・インディーズ作家よ、集え!
執筆者紹介
- フリーライター。日本独立作家同盟理事長。実践女子短期大学非常勤講師(デジタル出版論/デジタル出版演習)。著書『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』(インプレス)。
ブログ『見て歩く者』・Google+・Twitter・Facebook
最近投稿された記事
- 2017.02.22コラム日販の『出版物販売額の実態2016』に感じた時代の変化
- 2016.02.03コラム「月刊群雛」は次のステージへ進みます
- 2015.05.23コラム本から本へ直接つながる「読書空間」への一歩
- 2014.12.22レポート楽天Koboライティングライフが日本で開始