インフォメーション(The Information)

2014年12月29日
posted by ケヴィン・ケリー

今年は新著『テクニウム〜テクノロジーはどこへ向かうのか?』(原題 “What Technology Wants “)が邦訳され、来日も果たしたケヴィン・ケリー。彼が2011年に行ったジェイムズ・グリック(『インフォメーション〜情報技術の人類史』)へのインタビューの抄録が、堺屋七左衛門さんのブログ「七左衛門のメモ帳」で、クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承 4.0 国際ライセンスのもとで翻訳・公開されました。電子書籍やネット時代の出版にかんする議論が展開されており、きわめて興味深い内容ですので、同様の条件で「マガジン航」にも転載いたします(編集部)。

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今月のワイアード誌で、私はジェイムズ・グリックと対談して、グリックの新刊について話を聞いた(訳注:原文発表は2011年3月)。まず、その記事の抜粋を示す。その後に、未公開対談の一部を掲載する。

情報はあらゆる所を流れている。電線や遺伝子を通じて、また、脳細胞やクオークを通じて流れている。今ではどこにでも存在するように思われているが、つい最近まで、情報とは何か、あるいは、情報がどのような役割をするか、私たちは全く知らなかった。科学作家ジェイムズ・グリックは、新刊『The Information(邦訳:インフォメーション―情報技術の人類史)』の中で、人間の生活の中で情報の役割が拡大していること、そして、新しい技術の速度や量、重要性が増加し続ける理由を実証している。


(チャールズ・バベッジとジェイムズ・グリック。生き別れの双子?)

ケリー:あなたが書いたチャールズ・バベッジの話が気に入っています。バベッジは1820年代に計算機の基本的概念を考案しましたが、当時、彼自身を含めて誰も実際には作れず、実現したのはそれから1世紀後でした。

グリック:バベッジは、時代から突き抜けた人です。当時の人々は、彼の考えを理解できませんでした。数学者ですが、プログラムできる機械を考案したのです。その他に、錠前破り、鉄道列車の運行計画、暗号解読などに熱中していました。

ケリー:ハッカーの元祖ですね!

グリック:そうです。今では多くの人が、彼と同じことに没頭しています。これらすべてに共通するものがあります。それは情報です。

ケリー:あなたの本では、情報があらゆるものの基礎だと言っています。

グリック:現代物理学では、ビットすなわち二値の選択が、究極の基本粒子だと考え始めています。ジョン・ホイーラーは、この考え方を「イット・フロム・ビット (it-from-bit)」と説明しています。その意味は、現実の世界を構成する基本要素(it)としての原子や素粒子は、物質ではなくエネルギーでもなく、情報のビット(bit)だということです。

ケリー:なんだか宗教的ですね。物質世界は実は非物質である、と。

グリック:不思議に思うでしょうが、ここは正確に理解する必要があります。情報には、その基盤となる物質があります。情報は、必ず何かに載って伝達されるのです。

ケリー:それを突き詰めると、原子を構成するすべてのビットが、宇宙という非常に大きな計算機の中を走り回っているということになります。この考え方を最初に採用したのがバベッジです。

グリック:宇宙とは何かという感覚を縮小するのでなく、計算機とは何かという感覚を拡大するという意味において、その比喩は納得できます。

ケリー:しかし、あなたが指摘するように、これが比喩ではないと考える科学者もいます。私たちの知っている宇宙はすべて情報である、と。

グリック:私は物理学者ではありませんが、この発想は、みんなが感じていることと共鳴するところがあります。情報は人間が最も関心を持っているものです。情報がこの世界で果たす役割についてよく理解すれば、私たちはうまく市民生活を送ることができるでしょう。

以下に示すのは、紙面の都合で「ワイアード」のインタビュー記事には収録されなかった部分である。一般的に興味深いものではないかもしれない。しかしこの対談では、今私が熱中している画面上の出版が話題の中心なので、ここに掲載しておく。

ケリー:あなたは、ジャーナリストの中でもちょっと変わっていますね。ニュースを報道するだけでなく、ニュースを作っています。1990年代初めに、情報について書く立場から転身して、インターネットプロバイダー会社「パイプライン」(ワイアード誌の紹介記事参照)を創設しました。少しのビットを紙の上に載せていたのが、大量のビットを電線に載せる仕事に変わりました。その経験から、何か学んだことはありますか?

グリック:1993年、私が電子メールというものを知ってから2年後に、電子メールサービスを一般の人々に有料で提供する会社を始めました。私は安価なインターネットアクセスが欲しくて、他の人たちもみんなそう思っているような気がしたからです。歴史の重要な瞬間に、この大きな変化のまっただ中にいることは、非常に刺激的でした。後悔はありませんが、いつも考えていたのは、この会社を経営する本物のビジネスマンを見つける必要があるということです。私は本を書く仕事に戻らねばなりません。お金はいくらか儲けましたが、自分で会社を始める必要はなかったと気がつきました。もう少し待っていれば良かったのです。

ケリー:近頃あなたは、過去の著書の電子書籍化やiPad(アイパッド)版の製作に手を出しているそうですね。どことなく1993年の事態の再現のようにも思われます。著作者たちは、出版社がデジタル出版の方法を理解するまで待ちきれずに、自分自身によるデジタル出版に飛び込んでいきます。この場合にも、ただ待っていれば良いと思いますか?

グリック:そうですね、これは著作者にとっては手ごわい問題です。出版社は、遅ればせながら電子書籍の可能性に目覚めて、電子書籍の権利を管理したがっています。しかし、私の意見、そして著作者団体オーサーズ・ギルドの意見としては、出版社が権利を保有するという明確な規定がなければ、権利は著作者のものです。著作者はこの権利を活用して著書を電子化する方法を見つけるべきだと考えています。

ケリー:あなたの次の著書は、紙での出版だと思いますか?

グリック:そうなるでしょう。しかし、紙だけには限りません。私は今まで以上に電子機器で読書していますが、どんな媒体であっても、本は本だと思っています。

ケリー:本を書いて生計を立てている者として、電子書籍の価格が1冊3ドルに向かって進んでいっても、自分は生き残れると思いますか?

グリック:出版社は電子書籍について神経質になっていますが、彼らはそれで多くのお金を稼いでいます。電子書籍は非常に利益が大きいのです。出版社が顧客に請求する金額が多すぎる一方で、近視眼的に著作者への支払は少なすぎるからです。市場の力が出版社に対して働くようになれば、著作者への支払を増やしつつ代価を下げられるし、優れた出版社は、それでも利益を得ることができると思います。

ケリー:あなたは、グーグルブックス計画の中止を求める、オーサーズ・ギルドによる5年前からの訴訟に深く関わっていました。

グリック:私の意見や発言は、当時も今も変わりません。すなわち、グーグルのこの行動はすばらしいと思っています。世界のために非常に有用なものを生み出そうとしています。しかし、著作者が著作権を持つ作品で利益を得るのであれば、その利益を権利者と共有するべきなのです。グーグルとの和解条項では、この問題を解決しました。しかしご承知のように、チン判事による和解案の承認は、宙に浮いたままです。判事が和解案を現状通り承認すれば、全員にとってすばらしいことです。今はオンラインで一部しか見ることのできない本が、全部見られるようになります。そして、グーグルは多くの収益を上げることができ、その利益の範囲内において、著作権者に対して妥当かつ正当な利益の分配が行われるようになるでしょう。

(日本語訳:堺屋七左衛門)


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※この記事は2014年12月27日に「七左衛門のメモ帳」に投稿された同名の記事を、クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承 4.0 国際ライセンスの下で転載したものです。

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執筆者紹介

ケヴィン・ケリー
(Kevin Kelly)
ジャーナリスト。米「WIRED」創刊編集長。著書『テクニウム〜テクノロジーはどこへ向かうのか?』(みすず書房)、『ケヴィン・ケリー著作選集1』『同2』(達人出版会、1はポット出版からも)ほか。
公式サイト:http://kk.org/