第2回 転換編

2014年3月14日
posted by 結城 浩

はじめに

こんにちは。「私と有料メルマガ」という短期集中連載の第二回目です。

  • 第一回 皮算用編では、私が「結城メルマガ」を始めようとした経緯と、始めたばかりの頃に起きたことについて書きました。
  • 第二回 転換編では、初期の体験から自分が考えたこと、そしてそれを踏まえて行った「結城メルマガ」の方針変更を書きます。
  • 第三回 継続編では、現在の私が考えていることを中心に、メルマガ執筆を継続させることの意味、継続させるために工夫していることなどを書きます。

有料メルマガ運営の最大の問題

第一回の最後で、以下の三要素のバランスをどうするかが「有料メルマガ運営の最大の問題」であると書きました。

  • 「有料メルマガにかける時間と労力」
  • 「有料メルマガの読者数」
  • 「有料メルマガの品質と読者の期待(自己の信用)」

これはつまり……有料メルマガを発行するのには時間と労力がかかるけれど、それほど多くの読者に届くわけではない。しかし、時間と労力をきちんとかけないことには品質の高いものはできない。品質の低いメルマガを出していたら大切な読者さんの期待を裏切ることになる……ということです。

私はこの問題に対して、自分なりの考えを持って「結城メルマガ」を発行しています。でもそれは発行開始の時点からわかっていたことではありません。発行しながら少しずつ方針転換を行って現在に至りました。

以下では「結城メルマガ」発行中に起きた出来事と、それに対してどのように自分が判断したかをお話ししていこうと思います。その判断の集積が現在の「結城メルマガ」になったからです。

クレジットカードを持たない読者さんに応える

あるとき「結城メルマガを購読したいけれど、クレジットカードを持っていないから購読できない」という意見をいただきました。初期の「結城メルマガ」は「まぐまぐ」のみから発行しており、「まぐまぐ」の支払いではクレジットカードが必要になるからです。

この問題にどう対処したらよいかを考えました。クレジットカードを持っていないという意見が最初に出たのは学生さんからだったので、

  • 学生さん向けの「無料枠」や「アカデミックパック」のようなものを作る。
  • 一年遅れのバックナンバーは無料にする。

などを考えました。でも、学生さん以外でもクレジットカードを持たない人はいますし、一年遅れの文章を読んでいただくというのも気が進みませんでした。

そんなとき「ニコニコチャンネル(ブロマガ)」では「キャリア課金」での支払いができることを知り、「まぐまぐ」と「ブロマガ」の二本立て発行にすればいいと思いました。購読者さんには好きな発行サイトを選んでもらうのです。これで「クレジットカードがないので購読できない」という意見の一部に応えることができました。

2014年3月現在、「結城メルマガ」全購読者数のうち「ブロマガ」経由での購読者数は約30%です。

読者の要望に少しでも応えるために発行サイトを増やしたのですが、これは結果的に「結城メルマガ」の購読者数を増やすきっかけとなりました。

読者さんへ同じサービスを提供したい

発行サイトとして「ブロマガ」を追加するときに考えたのは、「まぐまぐ」経由の読者さんと「ブロマガ」経由の読者さんに対して、できるだけ同じサービスを提供したいということでした。
たとえば、価格は「まぐまぐ」と「ブロマガ」で同じにしました。これは決めるだけですので特に問題はありません。

また、「ブロマガ」はメルマガの内容が自動的にepubでも提供されますので、「まぐまぐ」経由の読者さんにもepubが提供されるようにしたいと思いました。

そのために、私は自分のメルマガ執筆環境を整えました。具体的には自分が書いた《執筆テキスト》を各種形式に変換するプログラムを作りました。以下のような変換です。

  • 《執筆テキスト》→《「まぐまぐ」配送用のテキスト》
  • 《執筆テキスト》→《「まぐまぐ」配送用のepub》
  • 《執筆テキスト》→《「ブロマガ」配送用のテキスト(HTML)》(epubは「ブロマガ」側が自動生成)

プログラムで変換作業を自動化することで、発行サイトが増えても私の手間は増えないようにしたということです。

このようなプログラムを作るのには多少手間がかかりますが、一度作ってしまえばあとは発行するたびにそれを動かすだけです。

二つの発行サイトでのサービスをできるだけ同じにしたいと考えたことが、自分の執筆環境を整え、さらにepubについての理解を深めることにもつながりました。

書籍とメルマガを「オーバーラップ」させる

「結城メルマガ」に何を書くかについては、ずっと模索を続けていました。

初めのうち、私は「結城メルマガ」という有料メルマガの発行を「新しい仕事」として位置づけ、これまで自分がやってきた「本を書く仕事」とは違うものにしようと考えていました。つまり私は「結城メルマガ」に対して「紙の書籍」とは別の「ネット向けのコンテンツ」を作らなければいけないと思っていたのです。

でも現在ではその考えは大きく変わりました。「紙」対「ネット」のように分けて考えるのをやめました。もちろん両者は違うのですが、両方の仕事をできるだけ「オーバーラップ」させるように心がけています。

つまり、こういうことです。

まず、本の仕事をメルマガに活用するようにしています。これは、私が本を作る際に体験したことを「結城メルマガ」の記事として積極的に書くということです。本を作る過程で出てきたものすべてを活用します。たとえば、企画を立てる際に考えたこと・執筆ログ・編集者とのやりとり・校正で苦労したことなどを可能な限り「結城メルマガ」の記事にします。

そのようにすることで、「結城メルマガ」の執筆が、自分の仕事の「振り返り」の役目を果たすようになってきました。もともと「結城メルマガ」の購読者さんには文章や書籍執筆に関心のある方も多いため、このような私の取り組みはちょうどマッチしていました。

逆のオーバーラップも行っています。つまり、メルマガの仕事を本に活用するという意味です。これは、つまり「結城メルマガに書いた記事を本にまとめる」ことになりますが、もう少し正確にいうと、最初から本にすることを前提にして文章を書き、その執筆プロセスの一部に「結城メルマガ」を組み込む。ということです。

たとえば2013年、私は筑摩書房から『数学文章作法 基礎編』という本を刊行しました。この本を執筆しているとき、私は一つの章を書き上げるたびに「結城メルマガ」でPDFを配信しました。つまり「結城メルマガ」の購読者さんは『数学文章作法 基礎編』をPDFで読めるということです。

『数学文章作法 基礎編』

2014年3月現在、私はこの本の続編『数学文章作法 推敲編』を同じように「結城メルマガ」上で執筆しています。やはり、一つの章を書き上げるごとにPDFを配信しています。自分のメールマガジンで「連載」しているわけですね。

このように、メルマガと本を別のものとして扱うのではなく、上で述べたような形で「オーバーラップ」させることは大きな意味を持ちます。それは、私が本の執筆に尽力することがそのまま「結城メルマガ」の題材になるし、さらに私が十分な時間を掛けて品質を高くした文章を「結城メルマガ」に提供できるということです。

これによって、

  • 「有料メルマガにかける時間と労力」
  • 「有料メルマガの読者数」
  • 「有料メルマガの品質と読者の期待(自己の信用)」

を非常にいいバランスに保てると考えました。

「雑誌と単行本」モデル

前節で述べた、メルマガと本の仕事をオーバーラップさせるという執筆の方法は、「雑誌と単行本」モデルと呼べるかもしれません。

すなわち、「メルマガでの連載記事をまとめて本にする」というのは、「雑誌での連載記事をまとめて単行本にする」というプロセスに似ているということです。両者の違いはほとんどありません。

ただし、大きな違いが一つあります。それは「メルマガは執筆者本人が運営している」という点です。

執筆者が、自分の連載記事を掲載するための雑誌を自分で運営する。それは有料メルマガの一つの形といえるでしょう。

フィードバックと宣伝効果

「結城メルマガ」で『数学文章作法 基礎編』を連載していたとき、たいへんありがたいと思ったのは、メルマガの読者さんが内容に関するフィードバックを送ってくださることです。執筆中の本に対して、刊行前から意見をいただけるのはたいへんありがたいことです。単純な誤りの指摘もありがたいですし、「こういう本を待っていた。刊行が楽しみです」といった応援メッセージもうれしく、執筆に大きな支えとなりました。

さらにありがたかったのは、「結城メルマガ」で一度読んだ内容であるにも関わらず、書籍化されたものをご購入くださる方がたくさんいらしたということです。書籍化にあたってはさらにブラッシュアップしますので、完全に同一内容ではありませんが、まとめて読みたい・紙で読みたい・どう変わったか確かめたいという要望があったようです。結果的に、「結城メルマガ」で連載をすることは宣伝効果もあったといえます。

もちろん、「メルマガで読んだから本は買わなくてもいいや」という方もいると思いますが、それは内容を見て本は不要と判断したわけなので、読者の期待を裏切る結果にはなっていないと思います。

ということで、「結城メルマガ」で書籍の連載をすることはとても良い効果を上げています。これまでに書籍化された連載は以下の二冊です。

  • 『数学文章作法 基礎編』(筑摩書房)
  • 『数学ガールの誕生』(SBクリエイティブ)

また、書籍化を視野に入れつつ進めている現在の連載は以下です。

  • 『数学文章作法 推敲編』
  • 『再発見の発想法』
  • 『フロー・ライティング』
  • 『数学ガールの特別授業』

これからも積極的に「結城メルマガ」で書籍の連載をしようと思っています。連載時の注意点については、次回の「継続編」でお話しします。

友達に勧めたいという読者さんに応える

さて、読者さんから「結城メルマガを友達に勧めたい」といううれしいメールをいただいたことがあります。そのメールへはもちろん「ぜひお勧めください。ありがとうございます!」と返信しました。

さらに少し考えて、「お友達に、今回の「結城メルマガ」をまるごと転送してくださってもいいですよ」と読者さんへメールしました。

そのとき考えたのは「読者の期待を裏切らない」ということでした。読者さんが友達に「結城メルマガ」の内容を要約して「こんな感じのメルマガだよ」と説明したとします。でも、要約して伝えた場合、実際に届くメールとは印象が違うかもしれません。もしそうなったら新たに購読したお友達は「結城メルマガ」にがっかりする恐れがあります。それはまずいと思いました。だから「まるごと転送」をお勧めしたのです。そうすれば、印象のずれを減らし、納得の上で購読開始できるでしょう。

「結城メルマガ」の購読者さんは「自分が有料コンテンツを扱っている」ことに非常に注意を払う方が多いので、私の方から機会あるごとに「ご紹介のためにまるごと転送してくださっても構いませんよ!」と伝えるようにしています。

無料閲覧サービスで宣伝する

「読者の期待を裏切らない」というのは、私自身が「結城メルマガ」の宣伝をするときも注意している点です。

初めのころは「結城メルマガ」がどんな「内容」を扱っているかに重点を置いた宣伝をしていました。しかししばらくして、もっと単純に「メルマガを発行していますよ」という「存在」だけをアピールするようになりました。

その理由の一つは、宣伝で内容を正確に伝えるのはとても難しいからです。内容に関しては、宣伝文句よりも「まるごと読んでもらう」方が読者の期待を裏切らないのではないかと思うようになりました。先ほどの「まるごと転送」と同じ発想です。

幸い「ブロマガ」では、メルマガをWeb上で時間を区切って無料閲覧してもらう機能があります。そこで、休日などに無料閲覧していただく試みをしています(不定期)。この活動で購読者さんも増加しました。

発行サイトを増やしたことでこのような無料閲覧機能を利用することができるようになりましたし、その機能を利用して「読者の期待を裏切らない」方向に進むことができました。また、有料メルマガはいささか宣伝しにくいものですが、無料閲覧のURLは安心して宣伝できるものです。

全文の無料閲覧は不定期ですが、毎週の「結城メルマガ」でも、冒頭部分だけは誰でも、いつでも、無料で読めるように設定してあります。これによって「結城メルマガ」の存在を知っていただくと同時に、「どんなトーンのメールが届くのか」知っていただけるといいと考えました。

これらはすべて「読者の期待を裏切らない」ことを大事にしたいと思ったからです。

《読者のことを考える》原則

以上、「結城メルマガ」の運営を進める中で、どのような出来事があり、どのように判断して方針転換してきたかを簡単に書きました。

  • クレジットカードを持たない読者さんに応える
  • 読者さんへのサービスを均一にしたい
  • 書籍とメルマガを「オーバーラップ」させる
  • 友達に勧めたいという読者さんに応える
  • 無料閲覧サービスで宣伝する

「読者の期待を裏切らない」という気持ちの背後には、私が大切にしたい《読者のことを考える》という原則があると思います。

有料メルマガを開始するときにはあれこれ「皮算用」をしました。しかし、毎週メルマガを発行しているうちに気付いたのは、これはふだん自分がやっている「本を書く」仕事と同じだということです。本を書くときにもっとも大切なのは《読者のことを考える》という原則です。メルマガを書くときもまったく同じ原則を守ればいい。そのように気付いたのです。

これからも試行錯誤を繰り返し、方針転換がたくさんあるでしょう。しかし、《読者のことを考える》という原則は変わりません。変わるのはただ、その原則の表現方法だけなのです。

次回の「継続編」では、私が普段どのようなことを考えて「結城メルマガ」を運営しているか、モチベーションを保つためのコツ、それから「結城メルマガ」を通して得た「ほんとうの報酬」について書きたいと思います。

(短期集中連載「私と有料メルマガ」第三回 継続編へ続く)

※結城浩さんの「結城メルマガ」の購読はこちらからどうぞ。 http://www.hyuki.com/mm/

関連リンク
「結城メルマガ」
『数学文章作法』
『フロー・ライティング』
『再発見の発想法』
『数学ガールの誕生』
『数学ガールの特別授業』