わが「キンドル作家」デビュー実践記

2014年3月11日
posted by 野崎六助

1 はじめに

題して『五番町懺悔録』。若き日の愚行の数かずをさらした読み物だ。詳しくは、後のほうで。

ついにやったぞ。「キンドル作家」デビューを果たしたぞ。会う人ごとに吹いてまわっているのだが、反応はいまひとつ。というより、冷たい。「ん? キンドルって何よ」。たいていの第一声が、コレだ。

じつのところ、わたしも、一カ月前なら、同じような反応しか示さなかったろう。Kindle なる新製品が発売されたという知見くらいはあった。けれども、この種のトピックがアタマのなかに残っている時間は、ごくはかない。脳細胞の衰滅速度と、時代の異常なスピードとが、相乗効果をかもして、三日前のことなど、古代のような遠いムカシと化す。

居住している地域(の高齢者相談室)からは、「きみは定年後の第二の人生を活用できるか」といった強迫的な案内が連続し、加えて、介護保険証がとどく。「電子書籍ブーム」とやらに適応していっている人を、身近に見つけることはめったにない。「キンドル? なに、それ」。

電子書籍に関しては、当方も、だいたいそんな平均レベルにあった。
それが、わずか一カ月にして、無知のヤカラから堂々「キンドル作家」デビューまで、一挙に飛躍をとげてしまったのである。

この小文は、わずか一カ月のあいだに、わたしが具体的に何を習得したかを報告する。やれば出来る。というか、簡単な話なのだ。ただし、ノウハウを伝授するものではない。その代わり、同じことを志している人がいるとすれば、希望の燭光を与える(?)ものであるかもしれない。

2 基礎作業

まず、用意したものから記録していく。
手順は、必ず、これに従うべきものではない。念のため。

電子書籍の標準データは EPUB である。 EPUB とは初対面の文字面であった。親しくおつき合いするには、どうすればいいか。ともかく EPUB ファイルを自分の PC にとりこんで、開ける(読める)ようにすることだ。そのためのアプリを導入する。

  1. Google Chrome の拡張機能 Readium をインストール
  2. FireFox の拡張機能 Epub Reader をインストール
  3. Adobe Digital Editions Home をインストール
  4. Kindle Previewer をインストール

これだけあればいい。どれかを使えば、EPUB とオトモダチになれる。1)、2)はウェブ・ブラウザでファイルを開く方式。1)のほうがスグレモノだ。2)は縦書きに対応してくれないので、悩まされた。

3)は、Kindle デバイスの各モデルでどう反映するかを試し読みできる。使用すると、.mobi ファイルを勝手につくってくれるので、戸惑うけれど、放っておいてもかまわない。

注記しておくと、Windows のウェブ・ブラウザ標準仕様である IEは使わん、という前提で、この小文は書かれている。IEだけでなく、マイクロソフトの「三種の神器」であるオフィスもウィンドウズ・メディア・プレイヤーも要らない。邪魔なだけだ。

1)を推奨するのは、EPUB をあつかう時にかぎっている。普通では、使わない。

3 基礎作業の二、下調べ

キンドル本に関するガイド本、マニュアルを記したサイトを読む。
これは、なるべく最新の情報を集めること。数年前のものだとすでに役に立たなくなっているケースが多い。

どちらかといえば、インターネットの情報のほうが即効性がある。ガイド本で困るのは、特定のソフト(有料だったりする)の広報めいた内容だったりすることだ。判断を迷わされることも少なくない。

ここでは、実用的な事柄を学習していく。

  1. アカウントの作成
  2. アメリカでの免税手続き
  3. 銀行口座の開設

などの項目については、いくつかのサイトを参考にすれば、なんとかクリアできる。特に面倒そうで、気分も重かったのは2)だが、かなり手順は簡略になってきている。EINの取得(二重に税金を課されないために、免税手続きをする)も、こちらから書類をファクスして、三日後にアメリカ内国歳入庁からの返信がファクスで来た。

4 コンテンツを用意する

電子書籍の本体、作品、著作物のこと。これに関しては、省略。
参考にこれを——
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488070687

まあわたしの場合、「キンドル作家」デビューする前に、すでに活字本作家なので。素材は、いろいろ用意できていたわけです。

とはいえ、活字本仕様を、そのままデジタル本モードに流しこむのはよくない。手抜き工事だ。そういう安易な途は避けたかった。留意したのは、

  1. 段落の多用
  2. 行あけの多用
  3. 見出しとページあけの多用
  4. ゴチックによる文字強調などのレイアウト効果

である。字下げの字数による区別、行あけの行数による差異化、イタリック体や下線引きによる文字強調などは、試みていない。シンプルをこころがけた。

苦労したのは、タイトル。
タイトルのみは、新規の「新作」になった気分。
とはいえ、英語タイトルは、ちょっとピンチョンライクだったな。

注記しておくと、わたしは、長くワープロ専用機で仕事していた。Mac時代には、ライトウェイ・テキストの縦書きモードに切り替えた。Windows ユーザになってからも、もっぱらテキスト・エディターのお世話になっていた。

ワードは使わない。余計な機能が付属していてうっとうしいからだ。時どき、ワードで入稿してくれという「困った編集者」がいるので、仕方なく使うことはあるが。

仕事で必要なのは、縦書きモードを手軽に操作できるエディター・ソフトなのだ。これは、やはり国産品に勝るものはない。ずっとQXエディターを使っていたのだけれど、このソフトはXP以降に対応するヴァージョンが開発されていない。

Linux をいろいろ試してみたのも、早い話が、QXエディターを使えるかどうかの実験だった。成果は得られず。悲観的予測にかたむきかけた。QXエディターを稼働させるためだけに、間もなくご臨終するXPマシーンを使いつづけねばならないのか、と……。

他に VirticalEditor というのもあって、使いやすくはあるのだが、印刷モードが不自由なので、iText に開きなおしてプリントするとか、細かい面倒があった。このあたりの試行錯誤の日々のことを書きはじめると、キリがないので省略。ある時、偶然に、この問題は解決した。QXエディターが Windows 7 でも(32ビットなら)動くということを発見したのである。

5 EPUB 変換という本番作業

いよいよ変換ソフトを使って、テキスト・ファイルから EPUB ファイルを作成する行程に入る。基本的にフリー・ソフトを使うという方針だ。

1)Open Office Writer もしくは、Libre Office Writer の拡張機能を使う。

これは、あるガイド本にあったやり方。どちらのソフトも使ったことがあるので、何とかなりそうだと思った。

しかし、作業途中で断念した。拡張機能の仕様が変わっていて、どうもよくわからん、というのが理由のひとつ。もうひとつは、作業の無駄が多いように感じたこと。

まあ、とにかく、両者ともワードと同様の重たいソフトなので、快適とは程遠かったわけです。

2)でんでんコンバーター

これは、サイト上にファイルをアップして変換する方式。
まずウェブ上で作業することに抵抗があった。次に、マニュアルがすっとアタマに入らない。入りにくい。相性が悪いみたいなものだから、仕方がない。候補には入れなかった。

日をおいて、1)を諦めたので、ものは試しとダミー版を変換してみた。
試してびっくり。ずいぶん簡単に出来るじゃないか。

でんでんコンバーターの入力画面(クリックで拡大)

根が疑い深いので、こんなに簡単に出来るわけないよな、とか。一昼夜ほど成果を信じる気になれなかった。それは保留にしたまま、コンテンツの整備(つまり本体の創作プロセスですな)にかかりきることにした。

やがて創作品が完成して……。やはり半信半疑みたいな心持ちで(失礼!)変換してみた。今度は、ダミーではなく「製品版」だ。出来上がりをチェックする眼も本気になっている。しっかりと見た眺めた読んだ。

ふーむ。出来てる。
問題なく立派なデジタル・データだ。

2に列記した1)2)3)4)すべての読みこみモードで試してみた。確かめた。しっかり出来ていた。
驚きである。驚いたら失礼か。

ともかく、わたしの「キンドル作家」デビューの多くの側面は、でんでんコンバーターに負っている。といっても何ら過言ではないようだ。

問題は一点。しかし、ですな。
うまくいかなかった行程がひとつあった。行あけだ。

元テキストで行あけ処理しているところが、すべて行つめに変わっている。これは、横書きモードにすると行あけになっているが、縦書きモードにすると行あけが無視される、という結果だった。何故に? 少なくとも、わたしのようなプログラム音痴には想像もつかない。ここで挫折しかけた。半日ほど、あれこれ悪戦苦闘した。

最終的には、自力解決できた。でんでんコンバーターのマークダウン方式が、HTML のタグ記述に似ている(あくまで、当方の主観)ところから、HTML のタグを適当に、だが必死の形相で打ちこんでみては、これでドーダ、今度はマイッタか、と試し変換してみた結果だ。時間に追われていては出来ない。人にはお薦めできかねる。恥ずかしい。

3)Sigil

後で上記の問題は、Sigil で EPUB ファイルを開いて、行あけ処理してやれば、いいのだと気づく。

しかし、このソフトは早々と使わないことに決めていた。縦書きモードにすると、「横向け文字」の縦書きになって出力されてくる。これでは、使えません。

Sigilでは縦組みの日本語が横倒しに表示される(クリックで拡大)。

Linux で iText を動かした時、やはり「横向け文字」の縦書きになって諦めたことを思い出し、腹立たしくなった。

4)Caribre

これはインストールしただけで使っていない。
他のシェア・ソフトに関しては試していないので、書けない。

6 何がわたしをこうさせたか

最後になったが、動機。
どうして、わたしのような耐用年数を過ぎたおやじが「キンドル作家」デビューなどを思い立ったのか。余計なお世話といわず、知りたい人もいるでしょう。

これには、良いほうと悪いほうの答えがある。どちらも、それだけで本一冊書けるほどの材料があふれているが……。傍迷惑だろうから、一ページで済ませる。

まず、グッドのほうから。
今回アップしたのは、60枚(400字詰め原稿用紙換算)の短篇が三本。この分量では、紙の本にはならない。つまり、電子書籍のみに可能な形態を重視した結果である。

Kindle版『五番町懺悔録』

電子版になったのは、『五番町懺悔録』の短篇ヴァージョンと考えてもらえばいい。

ということは、当然『五番町懺悔録』には長編ヴァージョンも存在する。むしろ、そちらが本体であろう。「それはどうした?」とつっこまれるのは辛い。これに関しては、かなりの期間にわたって、わたしのなかでは、危険な「取り扱い注意」領域なのである。

かつて、F・スコット・フィッツジェラルドは書いた。

Of Course All Life is Process of Breaking Down.

日本語になりにくいので、そのまま記憶しているが、いまだにこの言葉は背中にはりついている。生存しているうちに何とか書いておきたい自伝的作品。その一部が、『五番町懺悔録』長編ヴァージョンということになる。いまだ機は熟さずの想いに立ち往生することが繰り返されて……。

短篇ヴァージョンは、ひとつの試行だ。当初は、草稿状態のままでアップすることも考えていたが、それは止めた。ともかくも、独立した作品(三点セット)として愉しんでもらえるものになった。

いつもの大風呂敷がひろがっていくような気配なので、このへんで切り上げる。

バッドなほうの話はどうしたかって?
漠然と思い立ったのは、昨年の暮ごろ。しばらく間を開けて、始動し、二月の末に発売にこぎつけた。激動の一カ月といっていい。何に駆りたてられたのか。

じつは、グッドの動機と裏表になって、まったく同じことだともいえる。本を出すには多様なやり方がある。出版社とセッションを重ねて「共同作業」することが唯一の方法ではない。セルフ・パブリッシングは、すべて自力でまかなうわけだから、荷の重い仕事になる。

しかし、不可能ではない。現に、こうして実現した。
「著作者=書籍制作者」という形態は現実のものになっている。出版界は負のスパイラルに犯されてきりきり舞いの惨状だ。逆にいえば、ここに起死回生のチャンスが埋まっているかもしれない。

もちろん、これが最上の方法だとか、これしかない選択だとかいっているのではない。ある意味、ここには、現在の「電子出版ブーム」のネガティヴな現状が無惨に反映されている。それは否定しない。

ただ、そうした素材について語ることは、またべつの機会のほうがいい。
いや、もっと歳月を経て、笑えないジョークみたいに語れる時を待つべきだろう。

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