リアル書店で電子書籍を売るということ

2013年12月24日
posted by 鷹野 凌

三省堂書店とBookLive!は12月19日、本の表紙をカメラで読み込むと電子書籍の検索や、書店員のPOP・コメントなどが表示できるアプリ「ヨミ Cam(よみかむ)」を発表しました。既に複数のメディアで記事になっており、SNSでの反響を見る限り比較的好意的に受け止められているようです。

それに対し、朝日新聞が12月22日に掲載した「対アマゾン、電子書籍で連携 書店や楽天など13社、めざせ『ジャパゾン』」という記事は、インパクトのあるキーワードもあってか、ネット上では批判的に捉えている方が多いように感じられます。今回は、この二つの似て非なる事象を通じ、「実店舗での電子書籍購入」の今後の可能性について考察します。

電子書籍の店頭購入サービスはすでに展開中

三省堂書店とBookLive!は以前から、店頭で電子書籍が購入可能な「デジ本(でじぽん)」というサービスを展開しています。以前は三省堂神保町本店と、有楽町店だけで提供されていたのですが、いまは三省堂のほぼ全店で決済可能な形になっているそうです。

利用頻度としては、「店頭でBookLive!のコンテンツが購入されなかった日はない」程度には利用されるようになってきたのですが、いかんせんまだ圧倒的に少ないのが現状とのこと。本のように棚に並んでいるわけではないので、「店頭でデジタルコンテンツが買える」という認知がなかなか広がらないのが課題だそうです。

すでに三省堂書店の店頭で展開されている「デジ本」用の書籍カード。

そこで今回、三省堂神保町本店は改装を行い、電子書籍専用カウンターを設けて電子書籍をカードの形で展示したり、各フロアに電子書籍コーナーを設置したり、店頭の在庫検索機を「デジ本」に対応して決済用バーコードを発行できるようにしました。つまり、「電子書籍の見える化」を図るとともに、電子書籍で紙書籍在庫を補完する体制の強化を図ったのです。

そして同時に、「ヨミCam」アプリの提供を始めた、というのが今回のリリースの全容となります。書籍の表紙を撮影して検索する機能は、以前Amazonアプリに「フォト検索」という形で搭載されていた(そして昨年11月ごろに突然消えた)ので、特段新しい機能というわけではありません。

ただ「ヨミCam」がユニークなのは、単に電子書籍を検索するだけではなく、書店員の手書きPOPなどがデータベース化されており、書籍の関連情報として表示する仕組みがあること。そして、GPSによって利用された書店を特定し、電子書籍販売の売上をシェアする仕組みになっていることです。つまり、書店が家電量販店のようにショールーム化されてしまうわけではなく、電子書籍が売れたとしても書店にメリットがある形になっているのです。

本のカバーとタグから書籍を特定し価格を表示。

電子書籍のアイテムに見合った手書きポップが表示される。

読者の利便性を考えても、カメラをかざすだけで関連情報にアクセスできるというのは便利ですし、紙書籍の在庫が切れてしまっている場合でも、電子書籍で代替できるというのはいいことでしょう。もちろん全てを代替できるわけではないでしょうが、機会損失を少しは減らせるように思います。

これが今はまだ神保町本店だけでのトライアルというのが少し残念なのですが、問題点などの洗い出しを行ったのち、3月頃には他店舗でも展開する予定になっているそうです。限られた場所でしか利用できないのはもったいないので、はやく多くの場所で利用できるようにして欲しいように思います。

なぜいまさらコンソーシアムで実証実験?

その一方で、実態がいまいちよく分からないのが、紀伊国屋書店など国内の書店や、楽天・ソニーなどの電子書店、日販・トーハンなど取次業者の計13社連合が取り組むという、書店での電子書籍販売「ジャパゾン」です。

朝日新聞の記事によると、「電子書籍販売推進コンソーシアム」を設立して書店での電子書籍販売の実証実験を来春から行うとのことです。「ネットよりも書店で先行販売する電子書籍」によって、「本屋の店頭で選んで、電子書籍を買う」形を広める考えらしいのですが、ネット上ではほとんど肯定意見を見かけないような状況になってしまっています。

私がよくわからないのは、三省堂書店とBookLive!のような営利企業が既にトライしている動きがあるのに、なぜ「電子書籍販売推進コンソーシアム」でいまさら実証実験する必要があるのかという点です。コンソーシアム方式は、寄り合い所帯で責任の所在が曖昧になりますし、成果を出すことではなく実験することが目的になりやすく、状況の変化に対し迅速に対処できない可能性が高いです。このままでは、「船頭多くして船山に登る」になってしまう予感が拭えません。どうせやるなら、共同出資で会社をつくり、責任の所在を明確にした上で事業として行うべきだと私は考えます。

ところがネットユーザーの反響を見ていると、「リアル書店で電子書籍を販売」という取り組みそのものを否定している声が多く見られるのが意外でした。「ジャパゾン」という、誰が言い出したかよくわからない謎ワードも、その傾向に拍車をかけているような気がします。

また、Amazonのネット通販やKindleストアの電子書籍サービスは非常に便利であるのは確かなのですが、「Amazonさえあれば、リアル店舗なんて要らない」という暴論まで散見されるのはちょっとおかしいのではないかと思うのです。

ここで少しデータにもとづいて、現状把握をしてみましょう。出版市場の売上額は1996年がピークで、そのころ新刊発行点数は年間約6万3000点でした。以降、売上は右肩下がりで減り続けているのに、新刊発行点数は伸び続け、2012年には約7万9000点にまで至っています。

一方で、書店の数は1988年の2万8216店舗をピークに、ずっと減少傾向です。2012年には1万3321店舗と、ピーク時の半分以下になっています。売上のピークとは8年のズレがあるのと、総床面積は2年前までずっと増加傾向だったというのがポイントで、書店数の減少は店舗の大型化が要因の一つだったことが分かります。Amazonの日本上陸が2000年ですから、それ以前の書店の減少は全く違う要因なのですよね。

さて、売上が落ちているのに商品点数は増え続け、書店は床面積を増やすことで収納数を増やす努力をしてきました。しかし、書籍の返品率は平均約40%、書店の棚に新刊が1ヶ月程度しか置かれないという異常事態になっています。頻繁に書店へ行く人以外は、店頭で見かけた本は即確保しないと、二度と買えない可能性が高いのです。

つまり、ユーザーが書店へ訪れたときに、紙書籍がなかったら、その場で電子書籍が購入できる代替手段を提供するのは理にかなっているといえるでしょう。もっとも、出版社の自転車操業がいつまでも続くとは思えないので、今後は電子版だけ発行される率が増え、紙の新刊発行点数は減少傾向へ転じることになるでしょう。「デジタル・ファースト」ではなく、「デジタル・オンリー」になるのです。

本の大半はまだリアル書店で売れている

ところで、さまざまなところで「Amazonの脅威」が語られ、Amazonの強さばかりがクローズアップされていますが、日販の「出版物販売額の実態」によるとインターネット経由の出版物(紙のみ)販売額は2012年度で約1446億円、インターネットメディア総合研究所の推計で電子書籍市場は2012年度で約768億円、合計2214億円です。

出版科学研究所による2012年の出版物(紙のみ)販売額は推計1兆7398億円なので、電子書籍市場と合計すると1兆8166億円になります。調査している組織が異なるのであくまで概算ですが、ネット経由の紙書籍と電子書籍の販売額は、全体の約12.2%程度ということになります。

一方で、リアル書店での販売額は、減少傾向にあるのは間違いないものの、2012年で全出版物販売額の72.8%を占めています。本はまだ、圧倒的にリアル書店で売れているのです。ネット上の声だけを見ていると、まるで出版市場がAmazonに支配されてしまったかのように錯覚してしまうのですが、現実はまだそんな状態には程遠いのです。

日本におけるクレジットカード決済額は、民間最終消費支出の17.4%(2011年)で、諸外国に比べてかなり低い比率になっています。現金決済を好む人が多いがゆえに、なかなかネット通販も普及していかないのが実情のようです。

1クリックで電子書籍が購入でき即座にダウンロードして読めるという利便性を味わうと、「リアル書店の店頭で電子書籍の現金購入」などというまどろっこしいやり方は理解できなくなってしまうのですが、まだまだ日本では現金決済という手段が絶対的に必要とされているのです。

コンビニでのプリペイドカード販売が活発化。

最近、コンビニで上図のようなカードコーナーが目につくようになりました。これらは、デジタルコンテンツを購入するために利用するもので、現金で買えます。Apple、Amazon、Googleといった外国勢だけではなく、楽天、Mobage、GREE、Ameba、任天堂、LINE、BookLive! のカードもあります。こういう手段を使い、現金決済を好む人になんとかデジタルコンテンツを購入してもらおうと努力をしている最中なのです。

何を優先すべきなのかを見誤ってはならない

Amazonは、地球上で最もお客様を大切にする会社を目指しているそうです。つまり、ユーザーの利便性を追求することこそが重要だというのを哲学にしているのです。これはなにもAmazonに限った話ではなく、多くの企業が同じように考え地道な努力をし続けているはずです。「リアル書店で電子書籍を販売」という取り組みも、その一つなのは間違いありません。

しかし「ネットよりも書店で先行販売する電子書籍」というのは、ユーザーの利益になることなのでしょうか? 私はそうは思いません。コンソーシアム方式で実証実験というのは、迅速にユーザーニーズに応えられるやり方なのでしょうか? 私は違うと思います。どこかちょっとだけ、業界のエゴが優先されてしまっていないでしょうか? 「ネットとリアル書店で同時に販売する」のがあるべき姿ではないでしょうか?

「ヨミCam」には好意的なネットユーザーが、「ジャパゾン」には否定的なのは、そのちょっとしたズレを敏感に察知しているのです。

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