ロンドン・ブックフェア2013報告

2013年4月23日
posted by 小林恭子

毎年恒例の「ロンドン・ブック・フェア」が今年も4月15日から三日間にわたり開催された。

世界60ヵ国以上からやって来る約2万5000人の出版業関係者が集まるという会場(アールコート・エキシビジョン・センター)には、1500の展示ブースが設けられ、本の出版や翻訳権を交渉する「インターナショナル・ライツ・センター」には586の机がびっちりと並んでいた。

会場のあちこちでは250近くのセミナーやワークショップが同時に開かれた。例えば児童書の成功例を取り上げる「チルドレンズ・イノベーション・センター」、毎年一つの国(今年はトルコ)を選んで書籍市場を研究する「マーケット・フォーカス・プログラム」、電子書籍関係者がプレゼンテーションを行う「デジタル・ゾーン」などでは、入れ替わり立ち代りでスピーカーが実践例を紹介してゆく。

ロンドン・ブックフェア2013の会場となったアールコート・エキシビジョン・センター。

日本と同様、英国ではアマゾンのKindle発売以降、自費出版や電子書籍使いがにわかに注目を浴びている。ネットを使えば誰でも気軽に情報を発信できる時代でもある。私たちは読み手であると同時に書き手でもあり、そうしようと思えば、以前よりははるかに簡単な過程を経て出版者(パブリッシャー)あるいは著者(オーサー)になれる。

ロンドン・ブックフェアでは「書籍のデジタル化」や「デジタル時代の出版」を中心に会場を回ってみた。

誰もが著者になれる時代がやってきた

今年初めて設置されたのが、「著者のラウンジ(オーサーズ・ラウンジ)」だ。著者あるいは著者になりたい人のたまり場である。

オーサーズ・ラウンジにて。中央が「オーサーライト」のハワード氏。右は「スマッシュワーズ」のコーカー氏、左は自己出版を手がける「マタドール」のトンプソン氏。

スペースは二つに分かれている。片方には三人がけの横長のスツールがいくつか並べられ、奥には小さな舞台がある。舞台上では約1時間ごとに著者の権利や出版についてのトークがある。もう一つのスペースはカフェになっている。「カフェ」といっても、夕方になるとワインも出る。

著者のラウンジ設置を企画したのは「オーサーライト」(Authoright)の代表ガレス・ハワード氏だ。オーサーライトは本を出したい人や既に本を出した人のために、企画を出版化するまでの支援を行う。ハワード氏自身は弁護士からマーケティング業に転じた人物だ(オーサーライトについてはこのYouTube映像も参照)。

企画を出すと、出版社は「誰もそんな本に興味を持たない」といつも言う。売れるか売れないかばかりを考えて、企画を真剣に考えない出版社には飽き飽きした。そこで「作家たちを助けたいと思って、本が出るまでのすべてのことを助けるためにオーサーライトを作った。

と、ハワード氏はフェア初日の「自己出版101」というワークショップで語った。英国では本を出版したい人は「リテラリー・エージェント」(著作権代理人)を探す。出版社に連絡をつけ、交渉をしてくれるのがエージェントだ。オーサーライトはエージェントの紹介も行っている。

電子書籍を自己出版できるサイト、「スマッシュワーズ」 (Smashwords)の創業者、マーク・コーカー氏はこう語った。

今の出版業界はビジネスとしての構造が壊れていると思う。現在の出版者のビジネスモデルは紙での印刷を基にしている。巨額の費用がかかるし、出版者は売れるかどうかを考えるが、あくまでも推測でしかない。それを決めるのは読者なのだから。

さらに、本を出版した後、「たとえ20人しか読者がいなくても、その20人に多大な影響を与えることもある。だとしたら、この本は出版されるべきなのだ」とも。

ハワード氏もわが意を得たりと思ったのか、次のように語った。

面白いかどうかよりも、売れるかどうかのみで(出す本を)決めているのが問題。有名人が書いたから出そう、とか。しかし、いま流れは変わっている。

電子書籍であれば費用をそれほどかけずに本を出版できる状態となったため、

(いまは)作家にとって、最高のときなのかもしれない。

とコーカー氏が続けた。

しかし、出版がしやすいことの半面には危険性もある。

編集作業を通さなくても、すぐに出せてしまう。出版自体が簡単になったからこそ、本当に質の高い本を出すのは逆に難しいかもしれない。

と、紙及び電子書籍での自己出版サービスを提供する「マタドール」(Matador)のジェレミー・トンプソン氏はいう。

米国では書籍市場で電子書籍は19%近くを占めているという。英国では、数え方にもよるが、「10%」(BBCのこの報道を参照)と言われている。しかし、今後、この比率はどんどん高くなる見通しだ。

私自身は数年前からアマゾンの初代Kindleを使ってきた。平たくてやや大きいKindleだ。画面を見ながら読むのは目が疲れるかなと思っていたが、そうではなかった。文字を拡大できるのと、夜寝る前に横になって読むときに、Kindleは軽いので手が疲れないため、とても重宝した。書籍を急ぎで入手したいときも役立つ。

ロンドンでも電車に乗ると、Kindleで本を読んでいる人によく出くわしたものだった。しかし、最近ではタブレット(主としてiPad)を手にする人が目に付くようになった。私自身も、電子書籍は旧式Kindleではなく、画面をタッチしながらページがめくれるiPadで読むことが多くなった。

書くことと出版の民主化

「ディスカバラビリティー(discoverability )」という言葉を、フェアの最中にあちこちで聞いた。紙に印刷される通常の本の場合、書店に行けば誰かにその存在を気づいてもらえる。しかし、電子書籍の場合は著者や書名を探せば見つかるものの、何らかのマーケティングをしなければ存在しないも同然となる。誰もが出版できる時代に、自分の本を「発見してもらえること」が非常に重要になってきた。

「自己出版101」のワークショップを観て、「著者が力を持つ」が今年の大きなテーマの一つかなと思ったが、次のワークショップ(「独立著者同盟が自己出版サービスについてのガイド本を創刊」という長い名称)でもその感を強くした。

最初に舞台上に登場したのは、複数の出版社から54回、本の企画を拒絶された後に、やっとペンギンブックスから初めての本の出版にこぎつけたというオーナ・ロス氏。「やった!」と思ったものの、次に企画した小説の扱いが気に食わず(アイルランドの英国からの独立をテーマにした歴史物小説を、出版社は女性向けの軽い読み物として売り出そうとした)、自己出版を選択した(彼女のサイトはこちら)。

ロス氏は既存の出版社に頼らず、作家同士が助け合いながら本を世に出してゆくために「独立作家同盟」(Alliance of Independent Authors)を立ち上げた。自己出版についての情報交換、法務面でのアドバイス、作家同士の交流などを主な目的とする。ロス氏についで数人のメンバーがそれぞれの体験を語ったが、みんなとても元気がいい。

「同盟」の活動の中心は「書くことと出版の民主化」である、とウェブサイトに書いている。

自分の著作を作者自身が管理する――これが可能になるのが「自己出版」。さらに進んで、自分自身が出版社(者)となってしまったら、どうなのだろう?

フェア2日目のワークショップ「どのようにして出版社を立ち上げるか」で、ひときわ目立ったのが、欧州の短編小説を英語に翻訳して出版する「パイリーン・プレス」(Peirene Press)。1冊が200ページほどで、「DVD1枚を視聴する時間を読書に費やす」というイメージで発行している。

創業者はドイツ生まれのマイケ・ツイアーボーゲル氏だ。同氏は、自分の出版社をまるで一種のブッククラブのように経営している。本は1冊ずつでも買えるが、年間購読(さまざまなコースがあるが、基本は4ヶ月に1冊、年に3冊配布、年間購読料は25ポンド=約3700円)を勧めている。

特定の本についてコーヒーやケーキを食しながら会話を楽しむ「コーヒー・モーニング」、読者と作家を自宅に招いてディナーや会話を楽しむ「サロン」などのイベントを開催。フィクションの書き方の教室もある。週に一度、「小さな出版社を経営する私」というテーマのブログを更新する。

一定の金額を払って数冊の本を読むというアイデアは、大手書店ウォーターストーンも年内に採用する。毎月、数ポンド(金額は現時点では未定)を払うと、9000語程度の電子書籍の短編を際限なく読める。「リード・ペティート」(Read Petite)のシリーズは、音楽業界で好きな音楽をダウンロードするSpotifyなどのビジネスモデルを電子書籍界にも導入したことになる。

Koboの新機種も登場

楽天の子会社でカナダの電子書籍企業Kobo。空色と白を使ったKoboのブースには、最新の電子書籍リーダー、Kobo Aura(オーラ)がガラスケースの中に置かれていた。その一つは、三木谷社長の英語の本を画面に表示していた。

Koboも大きなブースで出展。

Koboの新しい電子書籍リーダー、Kobo Auraも展示されていた。

眺めていたら、Koboの顧客担当であるジェームズ・ウーさんが自分のAuraを貸してくれた。Koboは上着のポケットにすっぽり入るKobo miniよりも大きいが、「売り」は画像の鮮明さなのだそうだ。Kobo Auraは後ろが平らではなくて、少し盛り上がっている。手のひらにフィットするようにしたそうだ。Koboの読者にどんな形がいいかを聞いて、要望を反映させて作ったという。

自己出版サービスと言うと日本ではアマゾンのKindle Direct Publishing (KDP)が有名だが、KoboもWriting Lifeという同様のサービスを展開している。アマゾンがKindle Direct Publishingの使い方を紹介するワークショップも複数開かれ、多くの参加者が詰めかけていた。

「まるでワイルド・ウェスト(19世紀の開拓時代の米国西部地方)のようだな」とあるパネリストが言っていた。何でもありの時代だ。読み手、著者、出版社の役割やそれぞれの関係、そして英国では著者と出版社をつなぐエージェントの役割や存在意義も大きく変わりつつあるという思いがした。

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執筆者紹介

小林恭子
在英ジャーナリスト&メディア・アナリスト。英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)の記者を経て、2002年に渡英。政治やメディアについて各種媒体に寄稿中。著書に『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)など。個人ブログ:英国メディア・ウオッチ