アマゾンが電子古書を売り出すとき

2013年3月5日
posted by 秦 隆司

この2月、アメリカ出版界の未来を変えることになりかねないニュースが伝えられた。それは、アマゾンが中古電子書籍の売買市場作りを狙っているというニュースだった。アマゾンの電子書籍市場におけるシェアは65%-80%と言われている。そのアマゾンが中古の電子書籍売買のマーケットを作ったとしたら、アメリカ出版界に及ぼす影響は大きい。このニュースを追ってみた。

アマゾンが米パテント・オフィスから取得した
パテントの内容

アマゾンが中古電子書籍の売買市場作りを計画中。最初にこのニュースを伝えたのはオンラインのテクノロジー・ニュースサイトgeekwire.comだった。2月4日のgeekwire.comのこの報道のあと、米国の出版業界誌「パブリッシャーズ・ウィークリー」が2月7日にオンラインでこのニュースを掲載した。

アマゾンが中古電子書籍の売買市場作りを狙っているというのは今はまだ憶測の段階だ。この憶測はアマゾンが1月29日、正式に中古デジタル・オブジェクトに関すパテントを取得したことから生まれたものだ。

話を進める前に、まずアマゾンが米パテント・オフィス(特許局)から取得した中古電子書籍を含む中古デジタル・オブジェクトのパテントがどんなものかを見てみよう。

以下がそのパテントの要旨だ。

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デジタル・オブジェクツの中古市場

要旨

中古デジタル・オブジェクツのエレクトロニック市場が示された。オリジナル・ベンダーからユーザーによって購入された電子書籍、オーディオ、ビデオ、コンピュータ・アプリケーションなどを含むデジタル・オブジェクツはユーザーの個人的なデータ貯蔵場所に貯蔵されている。個人的なデータ貯蔵場所にあるそのコンテンツは移動、ストリーミング、またはダウンロードによってユーザーからのアクセスが可能である。ユーザーが、中古となったデジタル・コンテンツへのアクセス権の保持を望まなくなったとき、それが許されるなら、ユーザーはその中古デジタル・コンテンツをほかのユーザーの個人的なデータ貯蔵場所に移すことができる。そしてその中古デジタル・コンテンツはオリジナル・ユーザーの個人的データ貯蔵場所から消去される。デジタル・オブジェクツがある一定回数の移動やダウンロード回数を超えたときは、その移動能力は不許可あるいは停止、または失われる。加えてまたはそのほかに、ほかのユーザーたちの個人的データ貯蔵場所から集められてきた一連のオブジェクツは、ユーザーの個人的データ貯蔵場所に移すことができる。

案出者:リンジワルド、エリック(カリフォルニア州ベルヴェディア)
譲受人:アマゾン・テクノロジーズ社(ネバダ州リノ)
申請番号:12/435,927
申請日:2009年5月5日
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正確を期するために、米特許局のウェブサイトに掲載されている内容を原文でも掲載する。英文と日本文で言葉の解釈に違いがあった場合は、英文の解釈が正しいものとする。

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Secondary market for digital objects

Abstract
An electronic marketplace for used digital objects is disclosed. Digital objects including e-books, audio, video, computer applications, etc., purchased from an original vendor by a user are stored in a user’s personalized data store. Content in a personalized data store may be accessible to the user via transfer such as moving, streaming, or download. When the user no longer desires to retain the right to access the now-used digital content, the user may move the used digital content to another user’s personalized data store when permissible and the used digital content is deleted from the originating user’s personalized data store. When a digital object exceeds a threshold number of moves or downloads, the ability to move may be deemed impermissible and suspended or terminated. Additionally or alternatively, a collection of objects may be assembled from individual digital objects stored in the personalized data stores of different users, and moved to a user’s personalized data store.

Inventors: Ringewald; Erich (Belvedere, CA)
Assignee: Amazon Technologies, Inc. (Reno, NV)
Appl. No.: 12/435,927
Filed: May 5, 2009
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さらに調べたい人は米特許局の以下のサイトで、アマゾンのこのパテントについてみることができる。
http://www.uspto.gov/web/patents/patog/week05/OG/html/1386-5/US08364595-20130129.html

アマゾンのパテントが表示されている米特許局のサイト。

アマゾンはなぜ中古デジタル商品市場の
パテントを取得したか

以上がアマゾンの取得したパテントの概要だが問題は、なぜアマゾンがこのパテントを取得したかだろう。

一連の報道に対してアマゾン側からの発表はないので、その答えは想像するしかない。ただ言えることは、今回のパテント取得により、アマゾンは電子書籍市場はもちろん出版の世界でもさらに広範囲なコントロールを得たということだろう。

アマゾンの狙いは何か。その答えはアマゾンという企業をどうみるかによって変わってくる。例えば、アマゾンを小売り企業という視点でみれば、中古の電子書籍販売は、小売業のさらなる拡大である。電子書籍市場で65%-80%のシェアを持つアマゾンがさらに中古電子書籍売買もおこなうというのは、それだけで充分脅威だ。

しかし、僕はアマゾンが出版社であることが気になる。2009年から出版業に乗り出したアマゾンはいま、AmazonEncore、New Harvestなどの7つのインプリント(ブランド)を持っている。中古電子書籍市場が誕生すれば、著者の印税を巡り係争になることは確実だが、もし、中古電子書籍が著者の印税を支払わなくともよいとなった場合、アマゾンは著者獲得に非常に有利な位置に立つことになる。

中古電子書籍市場のパテントを持つアマゾンは、中古電子書籍の売買から発生した利益分配を著者に与えることで、ほかの出版社よりも有利な条件を著者に提示することが可能となるからだ。

例えば新品電子書籍が売れた場合は70%。2回目は50%、3回目は25%が著者の印税分などと、細かく取り決めをすることができる。

ほかの出版社では中古電子書籍からの印税は入らないが、アマゾンから出せば入るとなれば、著者にとっても魅力的ではある。

また、「要旨」の中で気になったのは「デジタル・オブジェクツがある一定回数の移動やダウンロード回数を超えたときは、その移動能力は不許可あるいは停止、または失われる」という一文だ。

アマゾンとして、わざわざ移動能力が失われるこの条件を入れる必要はない。この一文はまるで係争時の和解案のようだ。出版社や著者からの訴訟を見据えてのことだろうか。そうだとすれば、アマゾンは中古電子書籍市場を作ることにかなり本気だと考えられる。

中古電子書籍市場はデジタル商品商売の自然な進化だと言う人もいる。具体的にはどんな姿になるのだろう。最も考えられるのがヤフオク(アメリカならeBay)のようなサイトの電子書籍市場版だろうか。アマゾンがそのサイトを運営し、売買された中古電子書籍に対する手数料を取る。

中古になっても劣化をしない電子書籍が売り出されば、普通の人なら当然価格の安い中古電子書籍を選ぶ。新品と中古の違いは、多分その電子書籍が数日早く手に入るかどうかだけとなるだろう。

中古電子書籍市場を展開させれば、小売業を営むアマゾンにしても、利率の良いはずの新品の電子書籍の売上げが落ちそこからの利益は少なくなる。また、この市場に乗り出せば出版社や著者から訴訟が起きることも目にみえている。

果たしてアマゾンはどう動くのか、今後の動きが注目される。

中古電子書籍の販売をよしとする作家はいない

ここまで、アマゾン側からの話しをしてきたが、作家たちはどう感じているのだろう。

デジタルの世界では作家のどんな作品も「コンテンツ」という名称で一括りにされてしまう可能性がある。そして今のビジネスの現実として「コンテンツ」を作る側より、アグリゲーター(インターネット上の情報を集め、整理し、エンドユーザーに提供する業者)のほうに大きな力があるように思える。アマゾンの今回のケースは、アグリゲーターが市場のコントロールをさらに強くしようとするいい例だ。

今回のアマゾンのパテント取得で、喜んでいる作家は見当たらない。ニューヨークの作家タマ・ジャノヴィッツなどは、今回のパテントがどうのこうのという以前に「電子書籍自体が嫌いだ」と言う。彼女は、自分の作品が電子化されることを許していない。著者に全く印税が入らなくなることを恐れているのだ。

また、アメリカ・サイエンスフィクション・アンド・ファンタジー作家協会(Science Fiction and Fantasy Writers of America)」の会長で自身も作家であるジョン・スカルジはアマゾンのパテント取得について「いまの報酬モデルから収入を得たいと思っている作家たちにとってはなんの利益もない」と語っている。彼はもし市場が現実的なものとなって、アマゾンが中古電子書籍販売からの印税を作家に支払わなければ作家による集団訴訟が起こるとしている。

「パブリシャーズ・ウィークリー」誌に投稿した作家グレーセン・ミラーはその投稿のなかで「もしアマゾンがそんなことをやりだしたら、自分の本をアマゾンからすべて引き上げる。作家みんなが僕と同じことをしたらどうなるかアマゾンは分かっているのか」と語っている。

今回のアマゾンのパテント取得に出版社はどう動くのか。いまのところまだ出版社からの意見は出ていない。

電子書籍が出回れば、いらなくなった電子書籍を売りたいという人は必ず出てくる。この問題は、出版業界が遅かれ早かれ、直面しなくてはならない問題だろう。

執筆者紹介

秦 隆司
ブックジャム・ブックス主幹。東京生まれ。記者・編集者を経てニューヨークで独立。アメリカ文学専門誌「アメリカン・ブックジャム」を創刊。ニューヨーク在住。最近の著者に、電子書籍とオンデマンド印刷で本を出版するORブックスの創設者ジョン・オークスを追った『ベスセラーはもういらない』(ボイジャー刊)がある。