アーティスト自身が主宰するグラフジン「SSE PROJECT」
Sangsangmadangでの昨年夏のトークショーを終えた後、女の子が目立つ会場で、私はアート系の書店YOUR MINDやTHANKS BOOKSで見つけたグラフジンのシリーズを見せながらコーディネーターのイ・ガンボン(李光範)さん(Sek:tone 代表。出版関連のコーディネートもしています)に「こういうジンを継続的に作っている人に会ってみたい」と言いました。
イさんは本の奥付を見ていたと思ったら、いつの間にか携帯で連絡をとっていました。編集人でアーティストのYPさんは、展覧会のために釜山にいて翌日中に会えないとのことでしたが、翌朝には、イさんから「3時にYPさんがこちらに来られます」との知らせが。ありがたい一方で、わざわざ予定を早めて帰ってくる程の用件でもなかったのに、と背中に冷汗が…。
約束の時間まで書店を周りながら、昔ながらの韓屋の美しい町並みが残る安国近くの写真スタジオに併設されたカフェmalunamooを紹介していだき、店内の書棚の本選びをお手伝いする事になりました。なにもかもが現場での急展開です。
さて、3時。アート/デザイン系書籍と文具を扱う弘大(ホンデ)のおしゃれ書店THANKS BOOKSには、YPさんが主宰するSSE PROJECTのグラフジンも取り揃えてあり、それらの本とiPadを手にYPさんは自身の活動についてプレゼンをしてくれました。
ジンに関するイベントやワークショップはSangsangmadangやYOUR MINDでも行われていますが、“ジン”について本当に理解している人はまだ少ないし、韓国で浸透しているとはいえません。日本や中国に比べて海外で紹介される機会が少ない韓国アートを世界に発信するためSSE PROJECTを始めました。
ネット上で定期的に、国内外の作家の個展を開催し、それに連動した作品集的なジンを発行するYPさんのSSE PROJECTは、グループ展やジンフェスティバルも開催し、出版の企画・編集を行い一般流通書籍も手掛けるなど、他に本業を持つサポートメンバーの力を借りて幅広く活動しています。
あれこれ話を聞きながら、焼き肉屋さんで食事をし、MEDIA BUS名義で出版も行うアート専門書店BOOK SOCIETYや喫茶店などをはしごするうちに、YPさんは日本の本やジンの展示や作家の展覧会をソウルでしてみないかと提案してくれました。
「いいですねー」と返事をすると、彼は携帯で会場の打診を開始。思いついたら、すぐ口にする、そして電話をかけるのが韓国スタイルのようです。こうして、気がつけば三つのプロジェクトが立ち上がっていたのでした…。
世界の「ジン」交流イベントに出展
帰国後、李さんに翻訳してもらいながら、連絡を取り合うことになりました。まず、ソウルの書店とタコシェとの交流展示。お店に合わせた日本の本をセレクトしてほしいという先方からの希望でしたが、当初、卸値のまま送料元払いで本を委託し、設営まで行うという厳しい条件を提示されたうえに、李さんに代わってSSE PROJECTが少々頼りない日本語でコーディネートすることになり(仲介手数料も発生)、こちらの希望条件を申し入れるも、先方との条件の溝は埋まらず、交渉決裂! 日韓の書店間の友好は実りませんでした。
もっとも、韓国の本には国内向け価格と国外向け価格とがあって、たとえば6000ウォン(500円)の本でも、輸入して仕入れようとすると10ドル(900円)の定価を提示されるのです。これを知らない頃は「ふっかけてきた!」と警戒心を抱いたこともありましたが、逆に言えば、日本の本を韓国で売るのはそれだけ難しいということになります。ソウルの書店がなかなか譲れないのもわからなくありません。何やら流れに逆らう交流をしようとしたような気が…。
さて、もうひとつの企画は、YPさん主催の、世界のグラフジンを展示する毎年恒例のZINE PAGES FEST2012です。
日本の東京芸大に相当する弘益大学のある、アート色の濃い学生街である弘大(ホンデ)の旧役所を改装した地区の複合アート施設、西橋アート実験センターを会場に、アジア、アメリカ、ヨーロッパ各地の50余りの発行元から取り寄せたグラフジンとともに、タコシェが送り出したジンも展示されたのです。
個人制作のジンを中心に選んだので、専門レーベルのイラスト誌や写真誌が多い中で、シルクスクリーンにに代表される版にインクを滲出させる方法で版画的な風合いが出る孔版印刷や、ステンシルの刷り具合や糸綴じや紙の種類や質にこだわった日本のジンは、ひと味違った雰囲気で、内容的にもテクストと画像のアレンジが雑誌やマンガの要素を自然に取り入れていて、自分で選びながら、密かに誇らしかったです。またセリグラフ(フランスでのシルクスクリーンの呼び方)によるアートブックを20年にわたって発行するマルセイユのLe dernier criも毒々しいまでに鮮やかな発色が異彩を放っており、YPさんが「自分もセリグラフで本を作りたい」というほどでした。
スイスのNieves BooksやフィンランドのKUTIKUTIをはじめとした欧米やアジアのグラフジンを眺めながら、世界各地の小レーベルが国に関係なアーティストと交流、出版する様子に感激する一方で、交流が進むことで内容も外見もありがちなものに陥るグローバリゼーションも否めませんでした。
その中にあってバンクーバーの88Booksは、中国の写真家を1号ごとに一人ずつ紹介しているのですが、配慮や保護を理由にした目線やボカシの肖像に慣れた私の目には、懐深く被写体に踏み込む写真家と、その眼差しをガッチリ受け止める逞しい中国の人たちの強靭さが衝撃的でした。例えばこんな(クリックすると実際の作品がみられます)。
老人合コン参加者を撮った韓国のChillzineしかり。欧米より、アジアにエキゾチズムや刺激を発見した展示でした。さらに、会場には、中国からの若者が立ち寄り、英語で果敢に主催者に質問を繰り出す場面も何度か目撃。
ところで、日本のジンを提供するかわりに注文しておいたSSE PROJECTのジンを会場の事務所に引き取りにゆくと、全く用意されていませんでした。送付しておいた注文書を見せるとYPさんは「これは間違い」と二割増しの値段を言うではありませんか。
「どうして? 二度も確認したよね!?」と反論するも譲らず。結局、翌日、出直したときも、まだ注文は用意されておらず、YPさんは、すまなさそうな気配もなく、おもむろに本を探しはじめる始末。その様子を眺めながら「SSE PROJECTの棚を作ってお店で紹介しようと思ったのに…」と言うと、ふと手をとめて「知らない仲じゃないし、預けるから一通り本を持っていってみる?」
またも事態は急転。韓流は山の天気にように変わりやすく、幸運と危険が隣り合わせ。私には予測不能の世界です。というわけで、さっさと持参したトランクに本を詰め込み、YPさんの気持ちが変わらぬうちに会場を後にしたのでした。
こうして、タコシェではSSE PROJECTの棚を展開すると同時に、第三のプロジェクトに向けて再びメールで連絡を取り合う出口の見えない長いトンネルに突入したのです。
※タコシェではmulnamooのカフェで書棚の本をセレクトしました。李さんの事務所で韓国語訳していただき、日本の情報を韓国向けに発信するサイト「J-SWITCH」に書評を書いています(日本語の原文がここで読めます)。当初、このブックレビューに連動した本を置くはずだったmulnamooの書棚ですが、オーナー金さんの美意識からはずれていたので、アート寄りの本を別途選ぶことになりました。
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執筆者紹介
- 東京・中野にある書店タコシェ店主。国内外のジン、リトルプレスを見るのが好き。訳書にエミール・シャズランとガエル・スパール作『ふたりのパパとヴィオレット』(ポット出版)がある。
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