図書館のための電子書籍ビジネスモデル

2012年11月21日
posted by 秦 隆司

アメリカで電子書籍が定着し始め売上げも伸びているが、いまだに大きな問題となっているのが、図書館での電子書籍の貸し出しだ。電子書籍は何年経っても劣化せず、基本的に1冊のデータでどこからでも何人でもアクセス可能なものなので、伝統的な紙の本の貸し出しとどう差別化を計っていくかので図書館側と出版社側のせめぎ合いというか、模索がおこなわれている。

この8月にアメリカ図書館協会(ALA)のデジタル・コンテント&ライブラリーズ・ワーキンググループから提言の形で、図書館と出版の電子書籍における条件を探った複数の電子書籍ビジネス・モデルが発表されたので、今回はそのモデルの紹介をしてみたい。

※この記事の内容に、アメリカ図書館協会(ALA)のディレクター、キャリー・ラッセル氏へのインタビューをくわえたロングバージョンは、ブックジャム・ブックス編集部編の電子書籍、『ニューヨークの夜と文学ギャングたち』(BinB形式)でお読みいただけます。

六大出版社と図書館の関係

その前に、まずアメリカにおいての図書館と出版社の今の関係を手短にみてみよう。アメリカには「ビッグ6」と呼ばれる大手出版社がある。これはランダムハウス,ペンギン、アシェット、ハーパーコリンズ、サイモン&シュースター、マクミランの6社。(2012年11月のいまランダムハウスとペンギンの合併話が進んでいる)

電子書籍についてこのビッグ6のそれぞれの図書館との現在の関係は以下のとおり。

マクミランサイモン&シュースターは図書館での電子書籍の貸し出しを許していない。マクミランは9月末に電子書籍の提供において図書館とパイロット・プログラムを始めるとアナウンスしたものの、それがどんなプログラムであるかはいまだ不明。

ハーパーコリンズは1冊の電子書籍に対して図書館が貸し出せる回数を26回までに制限している。図書館の有するライセンスは26回を過ぎると切れてしまい、それ以上貸し出しをしたい場合、図書館は再び電子書籍を購入しなければならない。

ランダムハウスは、全ての貸し出しを許可しているが図書館に販売する電子書籍の価格を大幅に上げている。

アシェットは、パイロットプログラムとして特定の図書館に一定の電子書籍の貸し出しか許可していない。

・一度は図書館から電子書籍を引き上げたペンギンは新たな1年間のパイロット・プログラムを発足させ、ニューヨーク公共図書館とブルックリン公共図書館に電子書籍の提供を始めた。内容は新刊電子書籍については一定期間が過ぎなければ提供をおこなわず、1年間を過ぎると図書館の取得したライセンスは無効となり、図書館は再びその電子書籍を購入しなければならないというもの。

……とまあ、出版社によりばらばらで、これといったスタンダードが出来るまでにはまだまだ道のりは遠いという感じだ。

アメリカ図書館協会のレポート

大手出版社の足並みが揃わないなか、先ほど触れたようにアメリカ図書館協会(ALA)のデジタル・コンテント&ライブラリー・ワーキンググループがビッグ6を想定し、どんな形で電子書籍の提供が可能となるかを探ったレポートを発表した。

このレポートは「Ebook Business Models for Public Libraries(公共図書館における電子書籍のビジネスモデル)」というタイトルがつけられている(プレスリリースはこちら。レポートのPDFはこちら

このレポートでは、出版社が図書館に電子書籍を提供するにあたり、図書館側から求めるべき3つの基本的な条件が示されている。

その3つの基本的な条件とは、

  1. 一般に販売されている電子書籍は全タイトル図書館でも貸し出しが可能であること。
  2. 図書館が購入した電子書籍は図書館の所有物となり、ほかのデリバリー・プラットフォームへの移行も含め、期間制限なく貸し出しが可能であること。
  3. 出版社やディストリビュータは図書館側にメタデータを提供し、図書館側がデータを効率的に管理し、検索できるようにすること。

以上の3つの基本的な条件は、図書館と出版社が結ぶいかなるビジネス・モデルにおいても必要となってくるとALAは見ている。今すぐ、全ての条件を勝ち取れなくとも、図書館は公共施設の機能としての自己の組織のことを考えれば、最終的にはこの3条件を外すことはできず、図書館はこの条件を勝ち取る努力をすべきだという。

そのほかの具体的なビジネス・モデルとしてALAは次のようなものを提案している。

シングル・ユーザーモデル:1冊の電子書籍に対し、貸し出しを1人の利用者だけに制限したモデル。ふたり以上の利用者に貸し出しを可能にさせるためには割り増しの値段や、利用回数を制限した契約を結ぶ道もある。

利用回数制限モデル:決められた貸し出し回数に達した場合、図書館が再び同じタイトルの電子書籍を購入するモデル。このモデルは3つの基本的な条件に反しているが、値段が安く充分な貸し出し回数許可が与えられる場合は容認できる。またこのモデルでは一定期間が過ぎた場合は、延長をしないと自動的に所有権が図書館側に移るというサンセット条項を入れて契約を結ぶことが理想的だという。一定の利用回数に対しお金を払うのは実際的には「購入」ではなく「レンタル」であることを知っておくべきだろう。

ディレイド・セールスモデル:電子書籍の新刊本に対し、出版社が数週間から数ヶ月間、図書館への提供を遅らせるモデル。このモデルも厳密には3つの基本条件から外れるが、その遅れの程度によって容認できる。提供が遅れた本は価値が落ちるため、価格に反映されディスカウントされるべきだという。また、一方では人気となる新刊本への遅れのない提供に対してプレミアム価格を支払うことも考えられる。

イン・ライブラリー・チェックアウトモデル:これは図書館で電子書籍を借りようとする人は、実際にその図書館まで出かけて行き、借り出し手続きをしなければならないというもの。図書館からの電子書籍の貸し出しがあまりに手軽で、販売されている電子書籍の売上げを妨げるという考え方から、出版社にとって有利となるモデルだ。利用者にとってははなはだ面倒で、図書館まで足を運ぶことが実際に出版社の電子書籍販売の妨げとなっているという信頼できる統計もないため、このモデルを受け入れる図書館は少ないと思われる。

インター・ライブラリー制限モデル:実際にその電子書籍を購入した図書館以外での利用を制限するモデル。同じ組織に属する図書館でも、実際に購入しない限りその電子書籍の貸し出しはおこなえない。

以上、いくつかのビジネス・モデルを紹介してきたが、フィジカルな書店が数を減らすなか、図書館を出版社の「ショールーム」として使ってもらい、よりよい条件を模索するということも考えられるとALAは述べている。

そのいくつかのアイディアは以下のようなものだ。

出版社の全電子書籍出版リストによるショールーム化:図書館の利用者は本を買う人々であることから、その図書館に揃っているかどうかに関わらず、出版社の全電子書籍出版リストを見られるようにする。そのリストを見た人は図書館にその電子書籍を揃えるように促すか、直接その電子書籍の購入をおこなう。

セールス・チャンネル:図書館のインターネット図書リストに「Buy it(購入)」の機能をつけ、出版社の販売を助ける。図書館はこの販売から一定の収入を得る。

読者へのアドバイス:図書館からの推薦により、本への興味を喚起する。電子書籍関係のサービスをさらに充実することにより読者と著者および本の結びつきを深める。

ALAデジタル・コンテント&ライブラリーズ・ワーキンググループは、この数年間の図書館がおこなう選択が、今後の図書館と電子書籍の関係に大きく影響するため、将来の利用者も充分考慮しながら舵を切って行くことが重要として、このレポートを締めくくっている。

ALAが全米の図書館のために、出版社との電子書籍購入に対するビジネス・モデルを示したのは興味深い。お役所ではないので、これが即スタンダードとなることはないが、契約時に図書館側の取るべき姿勢がはっきりしてきたといえる。

アメリカの出版社と図書館が足並みを揃えることはまだまだ先の話となるようだが、新たに生まれた電子書籍の契約条件については図書館も出版社も探っていかなければならない道であることは確かだ。

■関連記事
インターネット電子図書館の夢
あらゆる知識にユニバーサル・アクセスを
グーグルはまだ電子図書館の夢を見ている
電子図書館のことを、もう少し本気で考えよう
本のない公共空間で図書館について考える
パネルディスカッション「電子図書館の可能性」

執筆者紹介

秦 隆司
ブックジャム・ブックス主幹。東京生まれ。記者・編集者を経てニューヨークで独立。アメリカ文学専門誌「アメリカン・ブックジャム」を創刊。ニューヨーク在住。最近の著者に、電子書籍とオンデマンド印刷で本を出版するORブックスの創設者ジョン・オークスを追った『ベスセラーはもういらない』(ボイジャー刊)がある。