この「マガジン航」の読者の方であれば、「『電子図書館』は出版業界と共存できるか」(IT Media News 4月23日掲載)という熱い見出しの記事をすでに読んだかもしれません。国立国会図書館が進める大規模デジタル化構想に対して、日本の出版業界からの否定的な反応が見られるようになってきました。
議論が巻き起こること自体は、もちろん歓迎すべきことです。ただ、やはり様々な懸念も抱きます。その様々な懸念の中でも、上で紹介したような記事を読むと、たとえば1990年代に出版業界から巻き起こった「図書館=無料貸本屋」という議論を思い出します。
このときに起きた議論については、田村俊作、小川俊彦編『公共図書館の論点整理』(勁草書房、2008年、2520円)に収められている安井一徳著「『無料貸本屋』論」によくまとまっていますが、あえてまとめれば、図書館による貸出が出版業界の売上の阻害要因になっているのではないか? という論争であったように思います。
実はこの論争が始まった頃、私は出版業界に身を置き、編集者をしていました。大学を出たばかりの駆け出し小僧の時期であったことを割り引いても、図書館を敵視するこの議論には、ついて行けなかったことを思い出します。この論争だけが原因ではありませんが、私はその後、出版産業を去り、当時勃興しつつあったIT業界に身を投じ、いまに至っています。
あえて身の上話を持ち出したのは、他の誰かを敵視し、内部の矛盾を見ずに仮想敵を設けるようなやり方は、やはり不毛だと思うからです。いま再び巻き起こりそうな図書館は出版産業の敵であるかのようなものの見方は、10年前の私のように出版産業に愛想を尽かす人間を、特に若い世代に増やすだけではないでしょうか?
曇りなき眼で図書館を見定めよう
もちろん、出版を語る上で図書館が視野に入っていることは大切です。逆に図書館を語る上で、出版は欠かせない要件の一つです。では、不毛な議論に陥ることなく、建設的な方向で出版と図書館を関連づけて考えていくには、どのような途があるのでしょうか。一つ、提案をしてみます。映画「もののけ姫」の一方の主人公であるアシタカのように、「曇りなき眼」で図書館を見定めてみませんか?
「図書館」という言葉は、日本語としては極めて一般的な用語であって、言葉としての認知度は100%に迫るものでしょう。そして、あまり意識されていないことですが、「図書館を過去に使ったことがある」という利用経験率も決して低くありません。特に1990年代までに、諸々の課題はあるものの学校図書館の整備が進んだことによって、本人が明確に意識していなくても40代くらいまでの、日本で義務教育を受けた世代は、少なからず図書館を過去に使ったことがあります。
しかし、課題はその先にあります。では、いまも図書館を使っている人はどれくらいいるでしょうか? もちろん、自治体によって差があります。いまだに公共図書館がない自治体もあります。日本図書館協会がまとめている「日本の図書館」の2009年版によれば、公共図書館の設置自治体数は市区立でこそ98.4%にあたる793ですが、町村立では53.1%の528に過ぎません。驚かれる方もいるでしょう。この日本において、町と村の半分にしか公共図書館は存在していないのですから。
このように現実に近隣に公共図書館がないという方々の存在も忘れてはいけないことですが、仮に近隣に公共図書館があっても実際には過去数年、いや十数年、図書館を使っていないという方も少なくないはずです。
事実、私自身、図書館そのものの調査のために図書館を訪れることはあっても、過去10年の間、図書館で本を借りたのは1回だけです。もちろん、自分の経験を一般化するつもりはありませんし、一般化することもできません。しかし、一つ心に留めておかなくてはいけないことがあると思います。それは、上で述べたように図書館という言葉が一般的である割には、私たちの多くが図書館というものを我が目で見て、その使い勝手を知ることは実はそれほど多くない、ということです。
いや、自分はどうあったって図書館を使わないから関係ない、という意見もあるでしょう。では、高速道路はどうでしょうか。私は車を運転しません。ですから、昨今の高速道路無料化論議は、直接的には影響を受けませんし、積極的な関心を持ちづらくもあります。しかし、高速道路で運ばれているのは、行楽目的の観光客だけではなく、私の生活に欠かせない食べ物や飲み物、そしてAmazonやbk1に注文した本も含んで、それこそ衣食住に関わる多くのものであることは承知しています。つまり直接的にではなくとも間接的には、高速道路の無料化議論は私の生活に無縁ではないわけです。ドライバーの方々ほど積極的ではないにしても、消極的ではない程度に高速道路問題に関心を持つ理由がここにあります。
では、図書館はどうでしょうか。自分は使わないから関係ないと言い切れるものでしょうか。高速道路のように間接的に私たちの生活を豊かにしている側面はないのでしょうか。
ちなみに、公共図書館は少なくとも施設への入館や本の貸出は無料で行っています。これは図書館法の第17条に「公立図書館は、入館料その他図書館資料の利用に対するいかなる対価をも徴収してはならない」と定められているからです。言わば、利益を受ける人がその対価を負担するという受益者負担の原則に基づいて運営されている現在の高速道路とは逆の存在が、公共図書館です。
GWの過ごし方の一つとして
話を元に戻しましょう。「曇りなき眼」で図書館を見定めてみませんか? と提案しましたが、では実際に何をすればいいのでしょうか。
公共図書館がない自治体の方には恐縮ですが、まずは近隣の公共図書館に足を運んでみませんか? 実際に足を運ぶのは面倒と感じるなら、最近話題の、日本最大の図書館蔵書検索サイトを謳う「カーリル」をのぞいてみるだけでもいいかもしれません。また、最近では公立大学を中心に地域の方々の利用を受け入れている大学図書館も少なくありません。
図書館ではありませんが、公民館に図書室が設けられていることもあります。あるいは、民間の運営であっても広く市民に開かれている公共図書館も少なからず存在します。
実際に足を運ぶにしても、インターネット経由で利用してみるにしても、とにかく試してみれば、そこに何らかの発見があるはずです。満足を発見することもあれば、不満に出会うこともあるでしょう。それはそれでいいのです。満足を覚えることや不満を感じることが目的ではありません。知ることが大切です。
普段利用する、利用しないに関わらず、私たちの税金で運営されている図書館が何をしているのか、何ができるのか、その事実を曇りなき眼で見定めると、冒頭に紹介した記事とは違った風景が見えてくるかもしれません。幸い、時はまさにゴールデンウィークです。遠方に出かけるのが億劫な方も、遠方に出かけるのが困難な方も、お出かけ先の一つの選択肢として図書館を考えてみてはいかがでしょうか?
※編集部よりお知らせ:5月1日(土)には横浜ゴリラキッチンで、この「図書館API」をつかったサービスを競う「カーリルAPIコンテスト」の結果発表イベントを行います。この記事の筆者である岡本氏も、パネルディスカッション「図書館と電子書籍の未来」に参加しています。詳細はこちらにて(要事前申込)。
Library of the Year 2010という選択肢
さて、図書館、特に近隣の公共図書館を実際に我が目で見て、曇りなき眼で見定めた後で、何をすべきでしょうか。再び巻き起こりつつある出版と図書館をめぐる論争に参加することも一つの選択肢です。
たとえば、この「マガジン航」に投稿することは、その一つの方法でしょう。いきなり出版と図書館という構図を持たなくても、まずは図書館を久しぶりに訪れてみた感想をブログやTwitterにつづってみてもいいかもしれません。私のこの記事も含めて他人の議論に振り回されることなく、感じたことをそのまま言葉にすることは、自分の立ち位置を確認する上でも有効ですから。
その上で、私があえてもう一つ提案したいのは、不足や欠陥の指摘にとどまらないことです。実際に、図書館を利用してみようとすると、様々な不足や欠陥を感じるかもしれません。予断を持たせることは本意ではありませんが、残念ながら、物足りなさを覚える図書館もあることでしょう。しかし、すべてに非の打ちどころがない人間は数少ないのと同様に、すべてが完璧な図書館はそうそうありません。非は非としつつ指摘することは、大事ですが、同時に一ヶ所でも良い点があれば、ぜひ、その一点を誉めてみませんか?
「本の並べ方に工夫があった」でも、「本以外にも役立つ資料が供えられていた」でも、「お手洗いの場所がわかりやすかった」でも構いません。どこか一点の良さを積極的に認めていき、その良かった一点が何千人分、何万人分と集約されてくると、多くの人にとって良い図書館の姿が見えてくるかもしれません。
実は、このような考え方で運営されているLibrary of the Yearという賞があります。私も参加しているNPO法人知的資源イニシアティブ(IRI)が、2006年から始めているもので、今秋に表彰を予定しているLibrary of the Year 2010で5年目を迎えます。
「良い図書館を良いと言う」という精神で運営されているこの賞は、これまでたとえば鳥取県立図書館(2006年)、愛荘町立愛知川図書館(2007年)、千代田区立千代田図書館(2008年)、大阪市立中央図書館(2009年)が大賞を受賞しています。
ちなみに、これまでのところは自治体が設置するいわゆる公共図書館が大賞を受賞していますが、ジュンク堂書店 池袋本店のような書店が大賞候補にノミネートされたこともあります。実際、受賞対象は、
1. 今後の公共図書館のあり方を示唆する先進的な活動を行なっている。
2. 公立図書館に限らず、公開された図書館的活動をしている機関、団体、活動を対象とする。
3. 最近の1~3 年間程度の活動を評価対象期間とする。
となっており、「図書館」という言葉から連想される、いわゆる図書館である必要もありません。この賞はこれまでは委員だけで選考されていましたが、今年から自薦他薦を問わず、幅広く推薦を受け付けており、推薦された機関、団体、活動は一次選考の対象となります[推薦の〆切は5月10日(日)]。
このゴールデンウィークに、図書館に行ってみた、使ってみたから一歩進んで、あなたが良いと思う図書館を推薦してみてはいかがでしょうか。そうやって寄せてくださった推薦の中から、これからのあるべき図書館の姿、そして出版と図書館との建設的な関係が見えてくるかもしれません。
――4月30日の図書館記念日に寄せて
■関連サイト
・Library of the Year 2010 候補推薦ページ
執筆者紹介
- ヤフー株式会社でのYahoo!知恵袋の立ち上げ等を経て、1998年に創刊したメールマガジンACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)(週刊/5000部)を母体に、アカデミック・リソース・ガイド株式会社を設立。「学問を生かす社会へ」をビジョンに掲げ、文化施設の整備に関わりつつ、ウェブ業界を中心とした産官学連携に従事。著書『未来の図書館、はじめませんか?』(青弓社)、『これからホームページをつくる研究者のために』(築地書館)、『ウェブでの<伝わる>文章の書き方』(講談社現代新書)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)ほか。
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