近況報告:「音楽×記憶」にまつわる研究や実践や

2016年11月11日
posted by アサダワタル

ご無沙汰しています。前回の投稿から1年も経ってしまった。

この間、僕は何をしていたのかと言えば、昨年の今頃は3冊目の単著や10年ぶりにリリースしたソロCDの制作と出版企画に追われ、年をあけてからは、各地のアートプロジェクトの企画制作と、そしてなによりもなによりも、博士論文の執筆に追われていたのだ。

今日はしばらく手をつけられなかったこの『本屋はブギーバック』の趣旨を一旦横におきつつ(と言っても、実は繋がっていると思っているんだけどそこんとこは追々)、とにかく近況報告を中心に綴っていきたい。

博士論文のテーマは「音楽×記憶」

僕は2013年4月に滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程に入学し、この3年半ほど博士論文の執筆に取り組んできた。ちなみに僕は連載読者であればお気づきのとおり、研究者というよりはあくまで実践者として様々な活動をしてきた。

2016年9月に博士論文を書きおえ、一応、学位(博士(学術))を取得した今となっては、研究という職能も兼ね備えた活動に移行しつつあるけど、それ以前に、自分が気になったこと、どうしても問題提起したいことは、学術的な内容でないにせよ執筆・出版を通じて世に問うて来た。なぜ、わざわざ大学院まで行って博士論文のようなめんどくさいもの(本当に手間なのです…)を書くに至ったのかと言えば、これは研究テーマと関わるのだが、端的な理由は「書きたい対象が自分と近すぎて、あえて“研究”という枠でも使わないとどう書いたらいいかわからない」というものだ。

そして、その書きたい対象はずばり「音楽」だった。

音楽をしたり、アートスペースやプロジェクトの企画運営をしたり、執筆をしたりしてきたが、ことに音楽は自分のあらゆる活動の原点であり、ずっとその音楽についての書籍を書きたいという思いだけはあったのだが、本当に「何から書き始めていいのか」すら、わからなかったのだ。

そこで、僕の活動に深い理解を示してくださっているある研究者の方にそのことを相談すると、「(学術)論文として執筆するのはどうか?」という提案をいただいた。

僕がいままで書いてきて本は、いわば我流(それはそれでもちろん全然アリ)であり、論文というのはいわば書き方に作法があるもの。つまり、自分の研究テーマを掘り下げるにあたって、まずは問題設定をして、先行研究をレビューをし、研究の焦点を「ここ誰もいじってないし、かつ必要やと思うから私はここやりますねん」といった感じでぐっと絞りこむ。そして、その焦点を理論的に読みとくために必要な視点を仮説的に引っ張って来て、それでフィールドワークしてきた現場事例をいくつか引っ張り出して検証。最後はそれを理論化してまとめる、といったような手順があらかじめ想定されているわけ。

これは非常に面倒くさい執筆作業なんだけど、逆に言えば、このルールにさえ乗っ取って自分の問題意識を当てはめていけば、ようやく自分が今まで書きたかった「音楽」についての書籍も書けるのではないか、と思って茨の道を突き進んだのでありました。

さて、そして論文のテーマです。ずばり「音楽による想起がもたらすコミュニケーションデザインについての研究」。ざっくり説明すれば、誰にとっても音楽(特定の楽曲)を聴いて過去を思い出したり、かつての人間関係に思いを馳せたりして懐かしい気分になることってあるじゃないですか。

過去を懐かしむのはそれはそれでいいんだけど、僕はずっと、その音楽を通じて過去を懐かしみつつも、今現在目の前にいる人たちとの対話を繰り広げながら、また別の記憶を想起したり、人に記憶を「そうじゃない」と正されたり、こっちが懐かしがってるのに相手まで同じ曲で全然違う記憶をぶつけてきて「何お前の方がより懐かしがってんだよ」ってなったりしながら、なんというか、「音楽×記憶」がもたらすコミュニケーションから実は過去の記憶に対するイメージが読み替えられたり、上書きされたり、単に「懐かしい」という感情のみでは片付けられない対話がそこでは生まれている、という状況に関心を向けてきたのだ。

つまり、音楽がもたらす想起は、過去に向けられた行為のみではなく、むしろ他者との対話を通じて今現在の時点から過去を意味付けしなおしたり、新しい人間関係が生まれたりする、とっても重要なコミュニケーションのひとつなのだ、と。

僕は、そのテーマを検証するべく、自分自身が企画をした、大人の記憶の音楽を子どもたちが実演する音楽プロジェクトや、北九州市にある歌声スナックで繰り広げられる、懐かしの校歌のオリジナルカラオケ映像を作って、同窓会に異様な想起のコミュニケーションをもたらす事例などをフィールドワークしてきた。

例えば、本連載の第1回で触れた「借りパクプレイリスト」(“借りパク”専門の架空のCD屋さんを立ち上げる展示会)では、長らく借りたままになって返せなくなくなってしまった懐かしさと悔恨が綯い交ぜになった思い出のCDの聴取と対話をもとにしたコミュニケーションを促したり。

また第4回目で触れた記憶の楽曲を持ち寄ってその場でたった一枚のコンピレーションCDを作る「あなたの音楽を傾聴します」や、小学生たちが自分の親に子ども時代に聴いていた記憶の楽曲をインタビューして、そこからヘンテコなコピーバンドを立ち上げる「コピーバンド・プレゼントバンド」といった音楽ワークショップの数々も、筆者が自前で試行錯誤しながら企画と検証を繰り返して来た事例だ。

それで、ここから先はもう書けば書くほどこみいってくるので、現在、この博士論文における「事例検証」部分は、以下でネット公開されている2本の論文でがっつり読めるので、ぜひ気になる方はアクセスしてみてほしい。(ちなみに博士論文全体は全6章で出来ていて、そのうちこの2本の公開論文が3章と4章にあたっている)

『音楽を「使いこなす」. ポピュラー音楽を用いた. コミュニティプロジェクトについての研究』(アートミーツケアVol.6/2015)

『音楽による想起がもたらすコミュニケーションデザインについての研究 歌声スナック「銀杏」における同窓会現場を題材に』(京都精華大学紀要49/2016)

「音楽と記憶」の関係に着目した論文でリサーチした、北九州市小倉北区の歌声スナック「銀杏」の様子。ママの入江公子は、同窓会で必ず歌われる校歌の「想起」の機能に着目。同窓会幹事からかつての記憶を取材し、なんとオリジナルカラオケ映像を制作披露。同窓会には不思議なコミュニケーションが生成されている。

まちの記憶をあつめて「音楽」にする――足立区で「千住タウンレーベル」を発足

さて、近況報告の最後は、これから東京は足立区千住エリアではじまる音楽プロジェクトの紹介をさせてもらいたい。

「“タウンレーベル”ってなんだよ?」って話だと思うけど、まずはこれは完全に僕の造語です。まず、どこの街にもわりあいみかけるタウン誌の編集室をイメージしてみてください。タウン誌って、その街に住んでいる普通の人のインタビューが載っていたり、そこに住んでないと行かないだろう地元の名店が紹介されてたり、あと「これ譲ります/これ探してます」的なローカル感たっぷりの企画が満載ですよね。

それと何よりもその街ならではの些細だけどとっても芳醇な記憶の数々が登場していたりする。ああいうのを文字だけでなく「音楽(音)」として発行してみたらどんなことが起こるのだろう?っていうのが、この取り組みをやるシンプルな動機。だからその街ならではの広義の「音楽」をリリースするレーベルということで「タウンレーベル」という名をつけたのだ。

ある特定の街ならではの出来事や記憶を編集する行為は、これまでもトークイベントや冊子というカタチでは取り組んできたけど、僕にとってもそれを「音楽」として落とし込むのは初めてのこと。メディアイメージとしては、かつて存在したテキストと音楽のミクストメディアであり、ジャーナリズムと芸術のひとつの融合の在り方を示してくれた「朝日ソノラマ」のような存在を、ひとまず想定しているが、そこもどんどん参加者と議論をしてゆく予定。

11月23日(祝)は僕自身がライブ演奏も交えながらこのプロジェクトへの思いと内容をプレゼンする説明会を開催し、その12月以降はサウンドメディアの歴史的変遷に詳しい音楽学者や、雑誌や音楽など幅広いフィールドで活躍する編集者などと共に勉強会も行ってゆく。詳しくは、以下の企画概要をご覧いただきつつ、もしご関心あらばぜひ、「音楽×記憶×街」というキーワードで一緒に楽しいワルダクミをしてくれる人(タウンレコーダー)として関わっていただきたい。

「千住タウンレーベル」、参加者募集説明会チラシ。
裏面も含めて以下でダウンロード可能。
http://aaa-senju.com/2016/wp/wp-content/uploads/2016/11/asadawataru.pdf

まちの記憶を、「音楽」として編集・リリースする「千住タウンレーベル」が始動。まちに繰り出し、言葉と音を収録・編集する 「タウンレコーダー」(記者)の募集説明会を開催します!!

千住タウンレーベルとは〜音楽×日常で粋に遊ぶ〜

東京都足立区千住地域を舞台に「音」をテーマにしたまちなかアートプロジェクトを展開する「アートアクセスあだち 音まち千住の縁」(通称:音まち)。音まちではこの秋から、言葉や音楽を用いて新しい日常を生み出すアーティストの アサダワタルとともに新プロジェクトを立ち上げます。その名も「千住タウンレーベル」

千住で生活してきた市井の人々の人生譚(記憶)、千住のまちならではの風景や人間模様にまつわるエピソード、千住に根づき息づく音楽など、これらすべてをテキスト(文字)だけではなく、「音楽」として編集し、東京藝術大学やまちなかの拠点を編集室(スタジオ) として、発信・アーカイブしていくプロジェクトです。

■タウンレコーダーとは
このまちにしか存在しない、まちの情報サロンのような「タウンレーベル」。「音楽 × 日常」の新しくもヘンテコなあり方を追究する『音盤千住』(仮称)を定期的にリリース。この『音盤千住』リリースに向けて、まちなかでさまざまな取材、録音、編集などをおこなう「タウンレコーダー」(記者)を募集します!! ご興味のある方は、ぜひ説明会にご参加ください!

【タウンレコーダー募集説明会】
日時:平成28年11月23日(水・祝) 14:00~17:00
会場:東京藝術大学 千住キャンパス(東京都足立区千住 1-25-1)
アクセス:北千住駅[西口]より徒歩約5分
料金:無料要事前申込 定員:30名程度(事前申込優先)

内容:アサダワタルによるプレゼンテーションとミニライブ、住民のまちの記憶や音楽をテーマにしたワークショップ。参加者のみなさんと、頭と身体を使って「千住タウンレーベル」のコンセプトを共有します。

・その後の様々なプログラム、詳細、お問い合わせはこちらのプロジェクトサイトへ。
http://aaa-senju.com/asada

執筆者紹介

アサダワタル
日常編集家/作家、ミュージシャン、プロジェクトディレクター、大学講師。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ 表現と仕事のハザマに』(木楽舎)など。サウンドメディアプロジェクト「SjQ(++)」メンバーとしてHEADZからのリリースや、アルスエレクトロニカ2013デジタルミュージック部門準グランプリ受賞。2015年11月末に新著『表現のたね』(モ*クシュラ)と10年ぶりのソロCD『歌景、記譜、大和川レコード』(路地と暮らし社)をリリース予定。京都精華大学非常勤講師。http://kotoami.org