作家が本を携えて人に会いにゆくことの意味
昨年12月に『コミュニティ難民のススメ―表現と仕事のハザマにあること―』(木楽舎)という本を上梓した。音楽やメディアアート、障害者福祉やコミュニティデザインなど、僕がこれまで携わってきたさまざまなコミュニティ(専門分野や業界)における試行錯誤の履歴を半自伝的に書いたもので、あわせて領域横断的に多様な生き方・働き方を実践している6人の仲間たち(銀行員、建築士、元DJの宿主、福祉施設で働く美術家、職業訓練コーディネーターやアートディレクター)も紹介するといった内容だ。
僕はこれまで仕事をする上で、ひとつの「これ!」といったコミュニティに属さず(っていうよりは属することができず)、かつその時々に応じて表現手法・アウトプットも特定していないことによって、周りから「結局、あの人は一体、何屋さんなの……?」と思われるような日々を過ごしてきた。ときに周囲から「あいつは根無し草だ」とか「結局、一体何がやりたい人なんだろう?」って言われたりしながら、特定の分野や目に見えやすいアウトプットに縛られず、自分の「表現」したい「根っこ」を掘り下げるようにして、自分なりに「仕事」を作り、「日常編集家」という謎の肩書きをでっちあげてなんとか家族も養っている。
しかし、これは決して「器用」とか「マルチ」の一言で綺麗に片付く話ではなく、やはりそれなりに自分のアイデンティティの置き場所につねづね悩んできたのだ。僕はその定まりきらないことで苦労も伴うけど、でも定まりきらないからこそ多様な職種の人々とのコラボレーションを果しながらいろんなコミュニティ間を創造的に架橋する存在を、「現代に生きるクリエイティブな漂泊の民=コミュニティ難民」として描ききろうということで、本書の執筆に時間を費やしてきた。
僕はここ数年、ありがたいことに「本を出す」という機会に恵まれ、また本連載も含めて複数のメディアに寄稿する仕事もいただけるようになった。もともとライターでもなく、どちらかと言うと人前にでて「実演」(演奏とかワークショップとか)をするのが僕の仕事だ。だから、生身の体を曝して多数の人々に出会い、ときにパフォーマンスをしたり、ときに直接語りかけたり、そういった場づくりを企画することにはそれなりに精通してきたつもりだ。そして否応なしに体得してきたこの「現場感」あるいは「ドサ回り感」が、どうも以下のような「出版ツアー」の敢行に反映されてしまったらしい。
出版ツアー全容
まずは全容を記そう。11月下旬の先行販売から始まったこのツアーでは、東京はもちろんのこと、横浜、京都、大阪、名古屋、福岡、仙台などの都市圏や、さらに八戸(青森)、猪苗代(福島)、甲府(山梨)、浜松(静岡)、富山(富山)、彦根(滋賀)、岡山(岡山)、須崎(高知)、今治(愛媛)など、ざっと半年間で23回の出版トークイベントを展開した。
このツアースケジュールの一部を、アサダのホームページやTwitter上で発表したとき、周囲から多かった反応はずばり、「それって完全にミュージシャンのレコ発ツアーじゃないか!」といったもの。僕は性根がミュージシャンなのか、実際に「レコ発ツアー」なるものも何度か経験してきた立場として、扱うメディアが「CD」から「本」に変わったとしても、同じようなスタイルでツアーを敢行してしまったようだ。以下はそのリスト(共演者敬称略)である。
2014年
• 11月21日(金) @愛知・名古屋 新栄パルル
• 11月22日(土) @静岡・浜松 黒板とキッチン × 鈴木一郎太(株式会社大と小とレフ)
• 11月23日(日) @山梨・甲府 Naturalia × 荒井慶悟(富士吉田市役所政策企画課、富士吉田市みんなの貯金箱財団)、浅川裕介(北杜市役所)
• 11月24日(祝) @福島・猪苗代 はじまりの美術館 × 岡武明(漆jah、御もてなしの宿悠ゆ亭)、千葉真利(はじまりの美術館)
• 11月25日(火) @神奈川・横浜 さくらWORKS × 岡本真(アカデミック・リソース・ガイド)
• 12月10日(水) @福岡・箱崎 ブックスキューブリック × 大澤寅雄(ニッセイ基礎研究所)、山内泰(NPO法人ドネルモ)
• 12月12日(金) @東京・神楽坂 かもめブックス × 太刀川英輔(NOSIGNER)、小倉ヒラク(発酵デザイナー)
• 12月23日(祝) @大阪・心斎橋 スタンダードブックストア× 釈徹宗(僧侶)、KumeMari(DIYer)、三原美奈子(パッケージデザイナー)、松村貴樹(IN/SECTS)
2015年
• 1月9日(金) @京都・東山 アーティストプレイスメンツ(HAPS) × 遠藤水城(インディペンデント・キュレーター)、タミヤリョウコ(ガールズヘルスラボフォーワーカーズ)、佐藤知久(文化人類学車)
• 1月17日(土)@富山・富山 紀伊國屋書店富山店 × トムスマ・オルタナティブ(美術家)
• 1月18日(日)@東京・新宿 紀伊國屋新宿本店 × 佐々木敦(批評家)
• 1月27日(火)@東京・池袋 リブロ池袋コミュニティカレッジ × 家入一真(連続起業家・活動家)
• 2月13日(金)@滋賀・彦根 彦根半月舎 × 細馬宏通(人間行動学者)、近藤隆二郎(NPO法人五環生活・滋賀県立大学教授)
• 2月15日(日)@大阪・心斎橋 スタンダードブックストア × 津村記久子(作家)、藤原明(りそな銀行)、梅山晃佑(二畳大学・A’ワーク創造館)、櫨畑敦子(のびしろ主宰)、松本典子(ヨガインストラクター、占い師)、松村貴樹(IN/SECTS)
• 2月16日(月)@東京・中延 インスト―ルの途中だビル × 今村ひろゆき(ドラマチック代表)
• 2月20日(金)@宮城・仙台 SENDAI KOFFEE CO.
• 2月21日(土)@青森・八戸 八戸酒造株式会社
• 2月28日(土)@大阪・心斎橋 スタンダードブックストア × 家成俊勝(建築家・dot architects代表)、乾聰一郎(奈良県立図書情報館)、山納洋(大阪ガス(株)近畿圏部)、中川和彦(スタンダードブックストア)、松村貴樹(IN/SECTS)
• 4月4日(土)京都・二条 ART HOSTEL kumagusuku × 金島隆弘(アートフェア東京 プログラムディレクター)、矢津吉隆(kumagusuku)、田中英行(Antenna)
• 4月11日(土) 高知・須崎 すさきSATまちかどギャラリー × ヒビノケイコ(4コマエッセイスト)、川浪千鶴(高知県立美術館学芸課長)
• 4月12日(日) 愛媛・今治 ほんからどんどん × 田中謙(村上水軍博物館学芸員)
• 5月10日(日) 岡山・奉還町 NAWATE
• 5月23日(日) 東京・下北沢 B&B × 内沼晋太郎(B&B、ブックコーディネーター)、仲俣暁生(フリー編集者・文筆家)
先行販売は東京“以外”で
本書は2014年12月10日が正式な出版日だったが、11月下旬には印刷会社から版元への納品がされていたので、「先行販売ツアー」と称して、まずは11月21日(金)@名古屋〜11月25日(火)@横浜までの5会場を回ることから始まった。ここでのポイントは東京を敢えて会場から外したことだ。あらゆる情報発信のお膝元である東京ではなく、都市の規模の差こそあれ、各都市の直接つながりのあるキーパーソンとともに、この先行販売ツアーを企画した。
名古屋は、新しい働き方や社会教育についての活動を行う仲間たちが。浜松は、本書でも紹介した障害福祉現場で様々な企画コーディネートを行なっていた親友の美術家が。甲府は、筆者が以前、甲府の街中で行なわれた芸術祭に出演した際につながった、まちづくりに励む若手の銀行マンが。猪苗代では、障害福祉分野とまちづくり分野からも注目される開館したばかりの美術館の学芸員が。そして横浜では、筆者の執筆活動を常に支え続けてくださっている独立系出版社の編集者が。共通するのは、各々が世間的にはかなり広範・雑多な領域で仕事・活動を展開している、まさに「コミュニティ難民」的な要素を多分に持ち得ている人たちであることだ。
こういったキーパーソンが、それぞれの馴染みのある都市で出版企画に携わってくれることで、自ずと本書のテーマに対する「当事者性」を帯びた人たちが会場に集まり、深い議論を展開しながら新たなネットワークを築けるのではないか、と考えたわけだ。そして、そこで繋がった人たちがこの概念をSNSや口コミを通じて自律的に広げてくれることで、数日後に控える正式な出版への話題づくりにも結果的に繋げることができるであろうと思い、実行をしてきた。
“地元”のツアーは手厚く
正式出版以後は2015年2月までの3ヶ月間、引続き青森や宮城や富山や福岡などのつながりを辿って企画を実現しつつ、あわせてこのタイミングで東京&関西で複数回に渡ってさまざまな方々と対談企画を行なってきた。とりわけ僕の出身地であり、数年前まであらゆる仕事のホームだった大阪では、「お世話になってきた方々への御礼参り」というほど大袈裟なものでないにせよ、かなり力を入れて企画をした。ここでは大阪で深くお世話になっているスタンダードブックストア心斎橋を会場に、そして雑誌『IN/SECTS』の発行など大阪から独自の文化発信を行なう有限会社インセクツの松村貴樹さんとともに企画を組み立てた。
対談ゲストには、本書にて紹介したさまざまな領域の実践者を始めとし、僧侶の釈徹宗さん、「働く」というテーマを文学に昇華した作家の津村記久子さんなどを招聘。「コミュニティ難民」という素材は変えずとも、毎回調理方法を変えることを心掛けた。その甲斐もあってか、同会場で3ヶ月間の間に3回も行なったにも関わらず、合計約170名の参加者が訪れるなど、数字の面でも盛況に終えることができた。
東京編は版元とがっつりタッグで
東京でのツアー展開は、版元である木楽舎とがっぷり四つに連携をし、合計5回開催した。東京ではより批評的な文脈を強調したうえで、アートやデザイン、出版や編集などで活躍し、各々が強力な個性と経験を携えているクリエイターたちとの対談が開催された。そして、会場は原則、「書店」にこだわった。しかも紀伊國屋書店新宿本店や池袋リブロのコミュニティカレッジなど、大手書店でありながら同時に講座企画を積極的に開催発信している会場、および、下北沢のB&Bや神楽坂のかもめブックスなど、本を軸にしながら食やアートなども交え、さまざまな出会いが生まれるコミュニティサロン的な会場においても開催した。とりわけ、かもめブックスは、2014年12月に開店したばかりで、本書の企画がなんといちばん最初のイベント開催となったのだから、二重にめでたい記念日となった。
東京編でとりわけ意識したのは、トークの内容を後日、再びテキストに纏めて公開するというプロセスだ。以下がその特設サイトである。まずは池袋コミュニティカレッジで開催した家入一真さんとの対談のテキストが全編公開されているので、ぜひチェックしていただきたい。このデータはアマゾンのkindleでも0円で提供し、現在製作中の『コミュニティ難民のススメ』kindle版の販促材としても展開する予定だ。
種を撒けば、自然とつながる次の候補地
こんなやり方で出版ツアーを突き進めていくと、本を介して各会場でさまざまな出会いが生まれ、次のツアー候補地へと導かれることがたびたび起こる。僕は出版ツアーは出版から約3ヶ月間と決めていたのだが、その期間やその後にも、彦根、京都、岡山、須崎、今治で活動する「コミュニティ難民」に新たに声をかけてもらった。
たとえば岡山での開催のキーパーソンは、独自の作業着ブランド「Sagyo」を立ち上げたばかりのイワサキケイコさん。彼女とは、神楽坂のかもめブックスの際に会場で初めてお会いした。本書の考えにとても共感してくださった結果、彼女が継続的に取り組んでいるトークイベント、その名も「シゴトとセイカツとワタシ」に招いてくれたのだ。
また、須崎と今治は、四国を股にかけて地域プロジェクトのコーディネートに努める濱田竜也さんが企画してくれたもの。なんと、僕に内緒で「アサダワタルと渡り歩く・しこく88のコミュニティ」という謎のチラシまで出来上がっていた。そこには「お遍路さんみたく白装束はまとってないけど、『コミュニティ難民のススメ 表現と仕事のハザマにあること』という、ちょっと挑戦的なタイトルの本を小脇に抱えて」という気の利いた文言まで記されていた。この四国での動きは、今後、不定期ながら継続的なプロジェクトとして進行する予定だ。
「場づくり」を通じて「本」の世界観を現実化すること
僕はこの半年にわたる出版ツアーを経て、一作家として「本」と「出版」の可能性についてあらためて考え直してみた。その一つに、出版イベントという具体的な「場づくり」を通じて「本」の世界観を現実化するという発想がある。本書では、まさしく「コミュニティ難民」という、どの領域にも収まらず、あるいは収まりきることができないでいる人たちが、その漂泊性ゆえに異分野同士に新たな関係性をもたらし、これまでになかったクリエイティブな課題解決を実践していく、そういった人々が編み出す世界観を表現したかった。そこで大切なのが「ネットワーク」である。
あらためて前掲の「図解」のような動きを、全国各地で実際に行なっているキーパーソンを尋ね歩いては会場の皆さんと具体的につながってゆく、そんな場づくりを実現したつもりだ。だから「作家とファン」といった関係性を生むことよりも、むしろ参加者と共に語り合える演出を心掛けたり、必ずその場で初めて出会った参加者同士を交えた二次会を行い、お互いが問題意識を共有して新たな仲間を見つけ出すように心掛けた。作家にとって出版という行為は、まさしくこういった実際に身体を動かす「社会運動」として意識で展開することが必要なのではなかろうか。
本も直接、作家に会って買う時代になる!?
前述した「ミュージシャンのレコ発ツアー」の話ではないが、また少し音楽を例に出そう。僕はここ数年、レコード屋でCDを買うことがほとんどなくなってしまった。現在は、いわゆるサブスクリプションサービスを使いながら、ときにiTuneMusicStoreなどでデータ購入するというのが、お決まりのパターンだ。
しかし、唯一CDを買う現場がある。それはライブ会場。それほど大物でないミュージシャンであれば大体、本人・バンドメンバーがライブハウスの会場に置かれた長机の上にCDを並べて手売りをしている。ライブが良ければ、ミュージシャン本人と少し四方山話を交わし、次のライブ予定を聴いたりしながらCDを買って帰るのだ。
そして、これはちょっと変な話かもしれないが、ものすごくライブが良かったわけでなくとも、なんとなく心に引っ掛かり彼ら彼女らと話をしたりする過程で、そのイベント全体で体験した「空気」を丸ごと持って帰りたいという思いから、CDを買うことだってままある。こういった経験をしている読者も相当数いるのではなかろうか?
僕は今回の出版ツアーを通じて、「本」もそうあって欲しいと感じるようになった。つまりCDとライブの関係のように、本に対する作家の「ライブ」という行為がもっと「本そのもの」と同じくらいに価値を持ってもよいのではないかと。作家にとっての「ライブ」とは、端的にはトークであろう。しかし、これまで多くの書店で行なわれてきた通常の出版トークイベントと違って、作家自身が参加者同士をつなげたり、そこから新たなプロジェクトを誘発するような「ファシリテーター」として振る舞えることが理想だ。そうすることで、もっと作家と参加者が近くなり、その「つながりの証」として現物の「本」が機能する。これから作家が行なうべき仕事のひとつに、こういった場づくりもあるのではなかろうか。
CDの売れ行きが落ち、音楽をネットサービスでいつでも好きなときに好きなものを聴けるようになったこの時代。本もすべてが電子書籍化され、サブスクリプションサービス化したとき、本屋は直接、作家と出会って交流できる場としての意味を強く帯び、そして現物としての「本」が、出会いとコミュニケーションのために実践的に「使われていく」、そのような場へと変化していくのかもしれない。
追記
2015年の秋から冬にかけて、横浜の小さな出版社から単著を、岡山の小さな音楽レーベルからソロのCDをリリースする予定だ。僕は、この記事に纏めてきたような場づくりを、言葉と音楽を駆使しながら一層意識的に各地で実践していきたいと思う。またここでも報告したいと思うので、乞うご期待。
執筆者紹介
- 日常編集家/作家、ミュージシャン、プロジェクトディレクター、大学講師。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『コミュニティ難民のススメ 表現と仕事のハザマに』(木楽舎)など。サウンドメディアプロジェクト「SjQ(++)」メンバーとしてHEADZからのリリースや、アルスエレクトロニカ2013デジタルミュージック部門準グランプリ受賞。2015年11月末に新著『表現のたね』(モ*クシュラ)と10年ぶりのソロCD『歌景、記譜、大和川レコード』(路地と暮らし社)をリリース予定。京都精華大学非常勤講師。http://kotoami.org
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