孤軍奮闘の作家をサポートするオーサーライト

2016年7月14日
posted by 小林恭子

「一生のうちに一度でもいいから本を出してみたい」――そう思う方は多いのではないだろうか。

昨今では、その夢は叶いやすくなったのかもしれない。商業出版や「自費出版」(著者がコストを負担する紙の本の出版代行)といった今までの道に加え、テクノロジーの発展によって、電子書籍の形でコストをほとんどかけずに著者自身が行う出版(「自己出版」)も可能になったからだ。アマゾンの「キンドル・ダイレクト・パブリッシング(KDP)」を利用して、好きなように書いたコンテンツを電子本として販売したり、日本であれば「note」のようなコンテンツ課金が簡単にできるサービスを使ってブログを有料出版することも可能だ。

しかし、自己出版が可能になったからといって、一人で何から何までやるのは容易ではない。また、たとえ商業出版をしたとしても、本の存在を広く知ってもらい、財布のひもを緩めてもらうところまでこぎつくのは並大抵ではない。

筆者はこれまでにノンフィクションの本を出した経験があるが――一度でも本を出したことがある人はほとんどが同意すると思うが­――本を執筆し、出版する形に仕上げるまでの工程はもちろん最も重要な部分ではあるものの、その後、作った本の存在を知らしめ、できればメディアに取り上げてもらい、一部でも買っていただく――この部分が実は最も難しい。

ところが、この部分でのサポートは普通は行われない。よっぽどの著名人かベストセラー作家でもなければ、本が世に出た時点で、著者は突然、誰からもサポートがない状況に置かれてしまう。後は神に祈るしかない――大げさに言えば、そういうことだ。自費出版、自己出版、商業出版――すべての形の出版において、この状況は変わらない。

英国には、著者をそんな孤軍奮闘状態から救い上げてくれるサービス「オーサーライト」がある。「著者」(author)と「権利・正しい」(right)という言葉を組み合わせた社名のとおり、編集から、本の表紙のデザイン、ウェブサイト構築、ブランディング、ソーシャルメディアでの展開、マーケティング、宣伝までの面倒を見てくれる会社だ。

このオーサーライトのCEOであるガレス・ハワード氏にロンドン・オフィスでインタビュー取材を行い、同社のサービス内容などを聞いた。

作家としての失敗体験から

オーサーライトは、2007年、ある著者のさんざんな経験を元にして立ち上げられた。

のちに共同創業者の一人となるハワード氏は小説『一つの白い失敗(Single White Failure)』の原稿を複数の出版社に持ち込んだが、「売れないだろう」という理由で断られ続けた。そこでやむなく自費出版し、自分と同じくジャーナリストであったヘイリー・ラドフォード氏らと共同してPR作戦を展開したところ、英BBCやサンデー・タイムズ紙、米メディアなどに続々と取り上げられたという。

「自分のこの体験を生かし、ほかの著者を助けたい」――そう思ったハワード氏はラドフォード氏らとともにオーサーライトを始めた。

対象とするのはあらゆる種類の出版(商業出版、自己出版、自費出版)を目指す著者だが、ベストセラー作家ではない著者や「セルフ・パブリッシング」(日本流では自己出版と自費出版を含む)で世に出ようとする人が中心だ。現在までに約3000人の著者に向けて、さまざまな支援を提供してきた。オーサーライトのウェブサイトによれば、「編集から宣伝までの一括したサービスを著者に提供しているところは、ほかにはありません」。

オーサーライトのスタッフ一覧。左端がガレス・ハワード氏。

オーサーライトのスタッフ一覧。左端がガレス・ハワード氏。

筆者がオーサーライトの存在を知ったのは、2013年の「ロンドンブック・フェア」でのことだった。この年、オーサーライトが担当した著者コーナーが大活況となり、翌年からはブック・フェアには参加せず、独自の「著者フェア」を開催するようになった。フルタイムのスタッフは5人だが、それぞれの専門分野のフリーランサーも雇用している。オフィスはロンドンとニューヨークに置いている。

オーサーライトのウェブサイトを見ると、ライフスタイルをテーマに書く米作家ジュリアンヌ・オコナーが地元のラジオ番組出演がすぐ決定したことを書いている。同じく米国のマリア・コンスタンチンが書いた『私の大きなギリシャ人家族(My Big Greek Family)』にはアマゾンで星5つのレビューが並ぶ。大手出版社フェイバー&フェイバーや、自己出版サービスも行っている「Kobo」がオーサーライトの取引先の中に入っている。

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オーサーライトが手がけて成功した作家ジュリアンヌ・オコナーのアマゾンの個人ページ。

マリア・コンスタンチンの電子書籍は日本のアマゾンからも買える。

「きめ細かく面倒を見ること」

「読者からすれば、その本が自費出版・自己出版なのか、商業出版なのかはもはや認識されないようになった。その違いは問題視されない」とハワード氏は大胆にも宣言する。違いは「本の質だ」と。

オーサーライトのサービスの中でウェブサイトに最初に挙げられているのが「出版サービス(Publishing Services)」。もちこまれた原稿を出版に足るレベルに高めていくためのクリエティブなステップだ。原稿はすでに出版社が決まっている場合も、決まっていない場合もある。

「どんな著者にも編集者が必要だ。どんな本にも編集が必要だ」――オーサーライトのウェブサイトに行って、「出版サービス」をクリックすると、まずこの文章が出てくる。

オーサーライトの「出版」サービスのページ。

オーサーライトの「出版」サービスのページ。

このページの最初の項目は「編集(Editing)」だ。

「編集」と一口に言っても、いくつもの段階がある。まずは「構成編集(Structural Edit)」。原稿全体のあらゆる面に目を通し、その構成、語彙、登場人物の設定、様式、話の広がり方などを細かく見る作業だ。この部分を担当する編集者には、原稿が果たして読まれる本になるかどうかという観点が欠かせない。

次の段階が「編集整理(Copy Edit)」。構成編集者が役割を兼ねる場合もあるが、この段階ではさらに細かい部分に目をやり、文法、綴り、間違った言葉の使い方をしていないかを見る。つじつまが合わない点も指摘する。

次が「校閲(Proofread)」。これまでの編集作業で見落とした点がないかどうかを確認しながら、文章全体を磨き上げ、完全原稿にする。

「出版サービス」の最後の項目は、「表紙デザインの選定(Book Cover Design)」だ。どんな表紙にするかでその著者のイメージも決まっていくので、この作業には「ブランディング」という要素もあるとハワード氏はいう。

出版事業も手掛ける理由

ここまでで、本にする原稿ができ、表紙のデザインも決まった。

さて、どこから出すか。これまでオーサーライトが扱う作品は同社以外から出版されてきた。しかし、それだけでは十分ではないと感じたので、みずから出版業も始めた、という。

これまでは、出版までの編集作業と出版後の宣伝・広報支援を中心にしてきたオーサーライトが近年手掛けるようになったのが、オンデマンド印刷による出版事業「クリンク・ストリート・パブリッシング」だ。現在のオフィスは高級ショッピング街メイフェアにあるが、その前にはクリンク・ストリートにあったことからこの名前になった。

クリンク・ストリート・パブリッシングのサイト。

クリンク・ストリート・パブリッシングのサイト。

自社から出版されたタイトル。

自社から出版されたタイトル。

オーサーライトの顧客は初めて本を出す著者、なかでも商業出版社からではなく、自費で本を出そうとしている著者だ。そうした著者に対して編集から宣伝までの部分で面倒を見ても、最後の出版(著者自身がすでに出版社を見つけている前提)の段階で不遇な目にあう著者をハワード氏はたくさん見てきたと言う。

ハワード:本の価格が出版社の都合で不当に高く決められたり、発売日を直前になって知らされたりすることがあるのです。

「著者に力を与えたい」というのが起業の理由であったことから、こうした不当な目に会う著者を減らすため、オンデマンド出版の専門企業「Ingram」や「ePubDirect」を使ってオーサーライトは出版業も手掛けることになった。

印刷と配送の実費を差し引いた純収益の25%をオーサーライトが取り、残りの75%が著者の収入になる。「日本も含めた海外のどの国でも、ここから出版された本の販売ができる」という。

しかし、原稿が完成し、出版の準備ができても万全ではない。

作った本の存在を多くの人に知ってもらい、買ってもらわなければ――。そのための支援は「オーサーライトが創業した最初の日から、私たちが最も力を入れていた部分だ」とハワード氏はいう。

いまや著者が直面する最大の問題は、「自分の本を出版できるかどうか」ではなく、「出版後、どうやって多くの人にその本の存在を知ってもらい、購入行動に結び付けるか」になってきたという。

ハワード:あなたが料理本を書いたとしましょう。今では多くの有名人が料理本を書きます。どうしたら、あなたが書いた本を有名人が書いた料理本と同じぐらいに、メディアで取り上げてもらえるでしょう?

誰しも秘訣があったら、知りたいところだが、「ここで私たちの専門性が生きるのです」とハワード氏はいう。自分自身が元ジャーナリストであり、オーサーライトにはほかにも元ジャーナリストがいるので、メディアがどう動くのかを知っていることが彼らの強みだというのだ。

ハワード:本を書きたい人の前で講演をするとき、私が必ず言うのは、「早まるな」ということです。自己出版のソフトを使えば、原稿が完成してから数時間で出版してしまうことも可能でしょう。でも、それでは早すぎるのです。

オーサーライトがある本を扱う場合、出版予定日の半年前からプロモーションの準備を始めるという。

ハワード:なぜなら、ジャーナリスト側にはそれぐらいの準備期間が必要だからです。私たちはメディアのスケジュールに合わせて、話を進めていきます。彼らは本が出版される前にそれがいったいどんな本かを十分に知っている必要があるのです。

信頼関係に結ばれたネットワークを多くのメディアとの間に持つオーサーライトは、手掛けた本を大手紙テレグラフやデイリー・メール、BBCなどの主要メディアに続々と取り上げてもらう実績を作ってきた。

本のマーケティング、宣伝活動、プレス・リリースの作成、著者がメディアに出演した場合の対応の仕方、ソーシャルメディアの効果的な使い方など、ありとあらゆる面での支援が、本の刊行後も続く。

書き手が成功していくのをみたい

オーサーライトと著者との最初のコンタクトは、メールによることがほとんどだ。その後、スタッフの一人が電話、スカイプ、あるいは直接会って話を聞く。「オーサーライトで面倒を見よう」と決めるまで、著者と2時間から5時間ほどかけて、じっくり話を聞くという。オーサーライトで扱うかどうかを決める、この最初の相談は無料だ。

オーサーライトの主な収入源は、編集、表紙デザイン、出版、マーケティング、宣伝活動などの作業それぞれについて著者が支払う金額だ。編集の部分にだけ関与するという選択肢もある一方で、すべてを頼む「コンシェルジェ」というサービスもあるという。

ハワード:著者にはなるべくたくさん本を売ってほしい。本が売れれば、こちらにもそれだけ多くの収入が入ってくるから。でも、それはこのサービスをしている主な目的ではない。私たちはなにより、手がけた本が売れて、書き手が成功してゆくのを見たいのです。

かつて、ハワード氏自身も小説を出版したことがあるのはすでに触れた。もう12年前のことになるが、「当時の私には、どんな構成にするべきか、どうやって売っていったらいいのかについて相談できる人が誰もいなかった」。いまでも、その状況はあまり変わっていないという。

英国では普通の商業出版社から本を出す著者には「リテラリー・エージェント(版権代理人)」がつく。しかし、たとえそうした著者でも、エージェントにも出版社にも頼れないときがある。

ハワード:ささいな相談ごとのたび、いちいちエージェントに電話するわけにはいきません。かといって出版社の担当編集者に電話して、「著者の誰それですが、少しばかりご相談したいことがありまして」と言っても、ふつうは話を聞いてもらえません。

プロの著者でさえそうなのだ。ましてや電子本の自己出版ではテクノロジーが出版社のなすべき役割を代替してくれるから、なおのこと「人間の介在がない」。

オーサーライトが提供する著者支援サービスの特徴は、スタッフがしっかりと著者と話す機会を持つことだ。会社全体では年間1000人を超える著者と面談しており、その約1割がオーサーライトのサービスを受けるようになるという。いったんオーサーライトが手掛けた著者との関係は、著者の側が打ち切らない限り、半永久的に続く。

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最後に、英国の書籍市場についての情報を補足しておこう。英国の人口は約6000万人で日本の半分だ。英国書籍販売者協会によると、2014年、書籍(紙と電子本の合計)は33億1100万ポンド[日本円で約5000億円]に上った。前年の33億8600万ポンドからは落ち込んだが、過去数年、微増傾向にある。

「ザ・ブックセラー」の記事(3月23日付)によると、英国の電子書籍市場で自己出版本が刊行点数で占める割合は、2014年の16%から2015年は22%に増加した。また2015年の販売金額では、電子本が27%(前年は26%)を占めた(「ニールセン&ブックスUK」調べ)。

同記事によると、印刷本は点数と販売金額の両方で前年より増加した(点数は3%増、金額は4%増)。その理由は35歳以上の女性と55-84歳の男性が印刷本を買っているためだった。電子本を合わせた書籍市場は点数で前年比4%増、金額で5%増となった。

執筆者紹介

小林恭子
在英ジャーナリスト&メディア・アナリスト。英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現「ジャパン・ニューズ」)の記者を経て、2002年に渡英。政治やメディアについて各種媒体に寄稿中。著書に『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)など。個人ブログ:英国メディア・ウオッチ